2人のフォトフレーム   作:プロッター

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遅れてしまい大変申し訳ございません。
また今回より、少し書き方が変わっております。予めご了承ください。


ピント

 週明けの戦車道の時間。

 休日で体を休めた履修生たちは、気が緩みがちな休み明けこそ気を付けねばと、自らの襟を正して戦車道に臨む。

 大学選抜の訓練の流れと言えば、まず最初に全体ミーティングで連絡事項や今日の訓練の通達。その後は各車輌の点検、統率訓練、最後に模擬戦といった具合だ。

 しかし今日は、ミーティングからして普段通りではなかった。

 

「先日から話に上がっていた、社会人チームとの試合についてだが・・・」

 

 皆の前に立つ愛里寿がその話題を出すと、会議室の空気がみしっと音を立てた気がした。

 社会人チームとの試合、と聞いて思いつくのは初夏のくろがね工業との試合だ。あの試合は結果だけを見れば、社会人チームに勝利し、大学選抜の力を世間にはある程度知らしめることができた。しかしその内容は、序盤から躓いた上に味方から離反者が出たものだから、大学選抜からすれば最悪そのものだ。

 それを抜いても、社会人との試合は彼女たちにとっても腕の見せ所だ。これまでの模擬戦など生ぬるいほどの緊張感を持つし、将来のプロ育成を目的とした大学選抜からすれば相手にとって不足はない。

 

「来月の中旬、ことぶき工業との試合が決定した」

 

 愛里寿がその相手の名を告げると、一層空気が引き締まり、緊張感が場を支配する。

 ここにいる全員、自分たちが選ばれし優秀な戦車乗りの自覚があるし、それが有名無実とならないよう鍛錬と研究、情報収集も怠っていない。だからこそ、ことぶき工業が社会人戦車道でも指折りの実力なのも知っていた。

 

「試合の詳細は追って連絡をする。通達を待つように」

 

 まだ試合をする日時が決まっただけで、試合をする会場や形式等細かいところは適宜話を進める感じだ

 だが、試合が決まっただけで、チームを緊張させるには十分だった。

 もちろん、愛里寿の下につき、チームを率いるバミューダ三姉妹も表情にこそ出しはしないが、心を引き絞るように表情を硬くしていた。

 

 

 その日のアズミの昼食は、メグミとルミ、そして愛里寿と一緒だ。

 最近は彼女たちと食べる機会もざらだったが、今日は色々と事情が重なったためにこのような形になった。

 

「しかし、ことぶき工業とはまた随分と強力な相手ですね・・・」

 

 ルミが、焼き魚の骨を箸で丁寧に取りながら話を切り出す。

 それは他でもない、正面に座っている愛里寿に向かって投げた言葉だ。だが、その愛里寿の背丈はここにいる全員よりも低いし、飛び級して同じ大学生とは言え13歳と年下。見た目年下の少女でしかない愛里寿に対し、大人な風貌のルミが子供に敬語を使うのも些か妙な感じだ。

 

「お母様が掛け合ってくれたの。『前途ある戦車乗りにチャンスを』って」

 

 フォークを置いて、愛里寿がルミを見る。

 その話し方は戦車道の訓練とは違う、やや舌足らずで柔らかい年相応な感じがする。先ほどの鋭い話し方は、大学選抜チームの隊長として意識を切り替えていたからだ。

 

「ありがたいですね・・・やっぱり、実戦が一番力をつけられますから」

 

 メグミがそう言うと、とんかつを一切れ口に含む。

 現在の大学選抜チームの世間の評価は、正直そこまで高くない。くろがね工業戦後は多少高い評価を得たものの、件の大洗女子との試合に負けたことでその評価も改めさせられてしまった。

 世の中とは、良いイメージよりも悪いイメージの方がずっと強く長く尾を引きがちになってしまう。敗北、それも年下にとなれば、否が応でもマイナスな印象を植え付ける。

 そんな中で強力な社会人との試合とは、まさに地獄で仏のようだ。

 

「詳しい話が決まったら、メグミたちもお母さまから呼び出されて話が行く思うから」

「はい、わかりました」

 

 愛里寿の隣に座るアズミが頷く。

 そこで愛里寿のポケットのスマートフォンが音楽を奏でたので、一旦離席した。恐らく電話だろう。

 それを見送ってから、アズミ、メグミ、ルミの3人は顔を突き合わせて話し出す。

 

「あんたたち・・・プレゼントは買った?」

「ええ」

「当の然」

 

 アズミの問いに、メグミとルミは大きく頷く。親愛する愛里寿の誕生を前に、プレゼントを忘れるなどのヘマはしないだろうと思っていたので、安心した。

 

「2人は何買ったの?被ったりしたらあれだし・・・」

「私はボコモチーフのメモ帳。メグミは?」

「えっと・・・猫のぬいぐるみ。可愛い系の」

 

 ルミの答えはおおむね予想通り、メグミのチョイスは最近の趣味の変遷からしてごく自然かもしれない。アズミは当然、先日モールで買ったボコモチーフのベレー帽だ。

 

「・・・後何か1つほしいわね・・・」

「何かって?」

 

 ルミが腕を組んで唸る。

 プレゼントは大学選抜チームのメンバー100余人分となると流石に多すぎるので、バミューダ三姉妹のパーシングメンバー+センチュリオンの乗員だけだが、それでもかなりの数があるだろう。それに加えて何が必要と言うか。

 

「何か、私たちと愛里寿隊長だけの思い出、的なもの欲しくない?」

「・・・・・・ああ、分かる」

 

 ルミの意見に賛同したのはメグミだ。アズミも、言わんとすることは少し分かる。

 今年は、アズミたちが愛里寿と初めて出会った年であり、大学選抜チームが躍進を始めた年でもある。そんな中での愛里寿の誕生日とくれば、プレゼントだけではどうにも物足りない。

 

「じゃあ、一緒にご飯とかどう?今とか反省会みたいのじゃなくて」

「あーそれもいいわね・・・」

 

 この日常の一コマと化している昼食や反省会のどんちゃん騒ぎなどではなく、もっとちゃんとした食事。それも確かにいいだろう。

 だが、アズミはまた別の案があった。

 

「それなら、一緒に写真を撮るなんてどう?」

 

 色々と写真には思うところあるが、思い出を残すにはもってこいだろう。

 それをアズミが伝えると、メグミとルミは『おっ』と顔を明るくする。どうやら、食いついてくれたらしい。

 

「写真かぁ、確かにいいかも」

「そうね。形として残るのも良いと思う」

 

 ルミとメグミも頷く。

 そこで誕生日の記念として、愛里寿と食事、そして記念撮影と話が丸く収まるかと思ったら、メグミとルミはまだアズミに視線を向けたままだ。アズミは、カレーライスを掬おうとしたスプーンを止める。

 

「で、もしかしてだけどアズミ?」

「何?」

 

 視線が合ったメグミが訊いてくるが、アズミはその時にメグミの表情が試すように笑っていたのに気付くべきだった。

 

「そのアイデアは、最近知り合ったって言う男の影響かしら?」

 

 指摘される。

 途端、アズミの身体がつま先から頭のてっぺんに、まるで温度計のように熱が伝わっていく。

 口では何とでも否定することができたが、照れ臭さが上回ったせいで言葉もろくに紡げない。

 二の句が継げないままでいると、それを肯定と受け取ってしまったのかルミが唇を緩める。

 

「隠そうとしても無駄よ。あんたが何度か男とお昼一緒にしてるの、見たんだから」

「昨日だって一緒にいたらしいじゃない」

 

 メグミもルミに加勢する。昨日の話をなぜ知っているのかと思ったが、恐らく鴨方か早島辺りから漏れてしまったのだろう。

 となると、最早誤魔化しは効かない。だからアズミは、ただ頷くほかなかった。

 

「・・・ええ、そうよ」

「ほう・・・とうとうアズミにも春が来たってわけね」

 

 メグミが微笑ましいものを見る目でアズミを見てくる。ルミは『いいねぇ、青春してるねぇ』と達観したかのような口ぶりだ。

 2人に囃し立てられて、アズミもついつい視線が下に向いてしまう。

 そうなるのも無理はない。何しろアズミは、既に笠守のことを単なる仲の良い男友達とは見れなくなっている・・・すなわち、明確に恋をしていると自覚したのだ。

 その気持ちを実感してからそれほど経ってない上に、アズミは生まれて初めてその感情を宿したのだ。だからまだ、気持ちの整理ができていないし、ちょっと茶化されるだけで気持ちが何倍にも膨れ上がってしまう。

 要するにアズミは、まだ恋心をコントロールできていないのだ。

 

(・・・急に、どうしたのかしら・・・)

 

 そして、そのアズミを見るメグミとルミも、流石にその異変には気づいた。

 最初はちょっとからかって様子見のつもりだったが、意外にもアズミの反応が芳しくない、と言うかむしろ真剣そうな反応をしたので反応に困っているところだ。

 だからと言って、この上さらにああだこうだと言うと、アズミが処理落ちしかねないので、茶化すのもほどほどにする。特にメグミは、こういう時は身を引いた方が無難と分かっていた。

 

「で、その彼は今日一緒じゃないのね?」

「え、ええ・・・今日はサークルでちょっと集まりがあるらしくて」

「ふーん・・・それってやっぱり写真系の?」

「ん、そうよ」

 

 ルミにもメグミの意図が伝わったのか、下手に踏み込もうとはしなかった。

 アズミは、ふうっと小さく息を吐く。自分の態度の変化には自分で気づけていたし、メグミとルミがそれを察して上手いところで話を引いてくれたのはありがたい。

 そして、自分の中のこの大きな気持ちは、ゆっくりと自分の中で折り合いをつけて育てたいと、そう思った。

 

 

 アズミが言った、『笠守はサークル』云々の話は嘘ではなく、その言葉通り笠守は写真サークルの部室にいた。

 

「えーっと、それじゃあみんな食べながらでいいから。始めるぞー」

『はーい』

 

 部長の矢掛が仕切ると、笠守をはじめとした男女混合10名に満たないサークル部員は遠慮もなくテーブルの上に各々昼食を置いて食べ始める。しかし身体は矢掛の方を向けていて、ちゃんと話を聞く姿勢はとっている。進行役の矢掛も、片手にサンドイッチを持っていた。

 

「今日話すことは他でもない、ウチの大学のホームページの写真についてだ」

 

 前々から話していた、大学のホームページに掲載する写真。それも、サークルの紹介の為ではなく、この大学そのものを紹介する写真だ。

 この大学は、年に1度ホームページの写真を更新する。その中で使われる写真は全部で5枚だが、それらをスライドショーのように代わる代わる映し出す。

 その写真を撮っているのは、学生の自主独立精神を育むということで写真サークルの部員が担当していた。もちろん、ホームページは大学の顔でもあるので、写真は何でもいいわけではない。ちゃんと大学の敷地内にあるもの、大学の行事など、大学に関係するものでなければならないのだ。

 そして今回は、事情が少し違うらしい。

 

「今回大学側は・・・なんかこう、斬新な写真が欲しいらしい。だから、これまでとは少し違った感じの写真を多少取り入れることになったんだが・・・」

 

 仕切る矢掛の口調が尻すぼみになっている。自分でも難しい注文なのが分かっている証拠だ。

 ホームページに載せる写真の鉄則は、『真面目過ぎずふざけ過ぎず、大学生活が楽しいと思えてそれでいて成長を促せそうなもの』と、正直厳しい。その上に『斬新』なんて抽象的な指示まで来たものだから、撮る側にとってはたまったものではない。

 それでも、誰も文句を言わない。面倒な注文には確かに辟易するが、写真好きとしてそんな無理難題さえも『挑戦したい』とプラス思考でいられてしまう。その性質を利用されている気がしないでもないが、この場にいる皆は挑戦心を優先していた。

 

「『斬新』って言っても、具体的にどんな感じですかね?そこらをもーちょっと詳しくしないと・・・」

 

 おにぎりを食べるのを止め、手を挙げて笠守が質問をする。ざっくばらんに『斬新』と方針を決められても、それだけではまだ何とも意見が出し辛い。

 それは矢掛も考えていたらしく、頷いてホワイトボードを軽く叩く。

 

「確認したところ、希望したいのは『これまであまりなかった写真』らしい。まあ斬新って言葉通りなんだけど・・・要は今まで大学のホームページになかったようなのなら良いわけだ」

 

 まあそんなものだろう、と笠守はある程度想定していた。他の部員も同じ考えだったのか、肩を竦めたり首を横に振ったりする。

 

「最初に配った資料に、これまでのホームページに使われた写真があるから。何か気付いたことがあったら何でも言ってほしい」

 

 言われて笠守たちは、机に置かれていたホチキスで綴られているA4プリントを手に取る。こういう気配りができるところとリーダーシップが取れる点は、本当に笠守も尊敬できる。ただ一点、嫉妬深いのが玉に瑕だが。

 それはともかく、笠守もリストで写真を確認する。大学の校舎はもちろん、普段講義をする教室、食堂で団欒を楽しむ学生などオーソドックスな点は押えられていた。これらに加えて、何か目新しい写真が欲しいというわけなので、中々に厄介である。

 

『・・・・・・』

 

 だが、誰もがこれに文句も愚痴も言わない。抗議など選択肢にもない。

 写真を撮ることを好いている者の性か、こうした課題にも真剣に取り組もうという姿勢は揺るがない。

 

「1つ提案、いいすか?」

 

 まず最初に手を挙げたのは、笠守の隣に座っていた灘崎。矢掛は『おう』と発言を許可する。

 

「校舎から街を眺める学生、的な写真はどうっすかね?」

 

 笠守は、ふむと思う。リストを見る限り、街を撮った写真は無いので『これまでにない』という条件には当てはまる。

 他の部員も悪くないと思ったらしく頷いているし、矢掛もホワイトボードに『校舎からの風景』と書きながら『良い案だな』と呟く。

 

「確かに悪くないな。だとしたら、街の風景はどうする?昼よりも夕方や夜の方が映えると思うけどな・・・」

「同感っす。そう言おうと思ってました」

 

 矢掛の付け足しには、灘崎だけでなく、笠守や他の部員も同意見だ。ホームページなど、目につく場所に載せる際は真昼よりも夕暮れ時の方が印象に残りやすい。

 

「ほかに何か意見はあるか?灘崎みたいにちょっとした意見でいいんだ」

 

 矢掛が促すと、灘崎の発言で少し空気が緩んだのか、他の部員も意見を出し始める。ボランティア活動の様子とか、壇上に立つ学生の後ろから撮る講堂とか、この大学特有の活動、あるいは最後に写真に使われてから時間が経った構図なども挙げられていく。

 矢掛はそれらを、否定せず1つ1つホワイトボードに書いていく。こういう時にまず必要なのは、意見を否定するのではなく肯定してまずはアウトプットすることだと、矢掛は分かっているからだ。こういうところはリーダーに向いていると部員誰もがつくづく思う。

 

「笠守はどうだ?何か意見あるか?」

 

 そして、こうして口を開かない者のこともよく見ていて、意見しやすいように話しかけたりもする。

話を振られた当の笠守は、紙パックの牛乳から口を離して机に置いた。

 実を言うと笠守は、案が全くないわけではない。むしろ、この会議が始まる前からずっと考えていた構図が1つあった。ただ笠守は、その案が多少攻めていると思っていたし、それをいきなり提案して場の空気を微妙にしてしまうのを懸念して、敢えて今まで沈黙を貫いてきた。普段の話し合いの時は割と積極的に意見を出す方である。

 

「そうですねー・・・1つ考えてるのがあるんですけど」

「お、何だ?」

 

 矢掛が身を乗り出してくる。他の部員たちも、どんなものかと注目してきた。

 それを受けてもひるまず、笠守は口を開いた。

 

「戦車の写真なんてどうですかね?」

 

 言った瞬間、部室が妙な感じに静かになった。それは笠守の想定の範囲内だ。

ただ1人、矢掛は『ふむ』と顎に指をやっている。

 

「して、その理由は?」

「ウチの大学、『大学選抜チーム』って言うそこそこ名が知れてる戦車道チームの本拠地なんですよ。それを前面に出すのはどうかと思いまして」

 

 それは少し前から知っていた知識だ。大学の敷地で戦車を撮ることは何度もあったし、この大学が大学選抜チームの本拠地なのも上辺だけは元々知っていた。

 だが、その大学選抜チームに属するアズミと知り合ってからは、チームの調べられるところはなるべく仔細に調べるようになり、こうしてプッシュしたいと思うようになった。

 しかしながら他の部員は、『全面的に賛成』的な顔をしない。戦車道が女性と一部男性に人気があり、ここ最近で人気を吹き返しているのは確かだが、それでもまだ世間一般に浸透しきったと認識されていないからだ。それをホームページに載せるのはいかがなのものかと考えているのだろう。

 

「・・・まあ、笠守は戦車を撮ることは得意だから技術面では問題ないかもしれない」

 

 そんな部員の空気を感じ取ったのか、初めて矢掛が渋るような話し方になった。やはり矢掛としても、懸念すべき点があるのだろう。

 

「けど、その大学選抜チームの戦車を撮るとなると、ちゃんとした許可が必要になる。それについては考えてあるのか?」

 

 宣伝目的となると、大学の敷地や行事を撮影するにも許可が必要になるが、事情を知られていればそこまで厳しくはない。

 だが、大学の敷地内にありながらも『大学戦車道連盟』の枠組みにある『大学選抜チーム』という1組織の所有物を撮るとなると話は別だ。大学のホームページに写真を載せたいと言うだけで、これまで戦車道となんらつながりのなかった笠守が許可を貰えるかが疑問だろう。それは笠守自身も分かっている。

 

「・・・大学選抜に知り合いがいますので・・・そこから頼んでみます」

 

 だから、自分の中にある人脈を使うことにした。

 しかし笠守は、これまで一度も『戦車道で知り合いがいる』とは言ってなかった。だからその発言は部員の誰にとっても寝耳に水で、中には『え?』と口から声を洩らす者までいた。

 

「知り合いって、いつ・・・・・・」

 

 矢掛も訊こうしたが、途中で思い当たる節があったのか『ああ、なるほどなるほど』と1人納得したように頷いた。

 

「分かった、分かった。みなまで言うな、うん」

 

 その思い当たる節が矢掛にとっても地味に傷つくものだったのか、それ以上は深く探らないでおこうと予防線を張ってきた。

 笠守は小さく笑ってから、付け加える。

 

「とはいえ・・・実際に撮らせてもらえるかは微妙なところです。なので、あくまで候補として考えて貰えればそれで大丈夫です」

 

 笠守だって、絶対に許可がもらえるなんて思っていないし、そんな楽観的になれない。だから、自分の意見はあくまでも候補の1つでいいと自分から言っておいた。

 矢掛は頷き、部員たちも何も意見をしない。だが、笠守の意見を排斥しようと無言の圧力をかけているわけではないのは、分かった。

 

「・・・よし、やってみろ」

「はい」

 

 矢掛がゴーサインを出す。笠守は頭を下げて、座り直した。隣に座る灘崎は『やるじゃん』みたいな顔で見てきていたが。

 その後の話し合いは、矢掛が意見をまとめ、最後に部員全員の異論を聞いて―――反対意見のようなものは無かった―――代表して矢掛が教師に報告するということでその日は解散になった。

 矢掛が締めると、各々部室を出てそれぞれ次の講義に向けて散開する。

 その中で笠守は、ポケットからスマートフォンを取り出してある番号を引っ張り出し、躊躇なく電話を掛ける。

 相手は、2コールと待たず電話に応えた。

 

「もしもし、アズミ?」

 

 

 

 約束の時間は夕方の4時。場所は大学のカフェスペース。

 2人掛けのテーブル席でアズミが座っていると、笠守が缶コーヒーを2つ持って姿を現した。

 

「悪いな、急に呼び出したりして・・・」

「ううん、問題ないわ」

 

 そして当たり前のように、笠守は缶コーヒーを1つアズミの前に置く。すかさずアズミは財布を取り出そうとしたが、笠守はそれを手で制した。話を持ちかけたのは自分なのだから、と言わんばかりに。

 

「それで、相談事って?」

 

 昼休みが終わる間際、アズミは笠守から電話を貰った。その内容は実にシンプルで、『相談したいことがあるから、話す時間が欲しい』と。

 その連絡を受けた時、考えるより先にアズミの口から『いいわよ』と了承の返事が出てきた。アズミ自身、親しい人からの相談事は放っておけないと思っているし、その相手は初めて恋をした笠守だからなおさら断るはずもない。

 だが、詳細についてはまだアズミは何も知らない。できる限り力になりたいと思っているが、内容によってはそれも難しいだろう。

 

「実はな、今日の昼にサークルで会議をして、次の大学のホームページ更新で新しく載せる写真はどうするって話をしたんだ」

「ホームページ・・・あ、うん」

 

 アズミは昨日、出掛けている最中に鴨方が似たような話をしていたのを思い出した。当事者の口から聞いて、改めてそれが本当だったのかと胸の中で頷く。

 

「で、今回は大学側が何か『斬新な写真』が欲しいらしくて、俺たちも色々考えて・・・俺は『戦車』を提案した」

「あら、本当?でも・・・どうして戦車を?」

「ウチの大学って、大学選抜の本拠地扱いだろ?それはもちろんこの大学だけのものだし、過去に戦車の写真がホームページに載ったこともあまりなかったからいいかなって思って」

 

 リストの中で戦車の写真は、かなり前に一度ホームページに載ったことがあった。だが、それも『かなり前』と表現するに値するほど昔なので許容範囲だろう。

 

「今はまだあくまで候補だけど、実際にそれが通れば正式に戦車の写真がホームページになる。けど、それにはまず大学選抜チームの許可が必要なんだ」

 

 そこまで来てアズミは、ようやく自分を呼び出した理由が分かった。

 

「だから・・・アズミ」

「うん」

「大学選抜チームの写真を撮る、許可が欲しい」

 

 アズミは、椅子に深く座り直す。

 笠守の頼みは無下にしたくないし、できる限り叶えてあげたい。そして今のアズミは、それを絶対に叶えるまではいかずとも、力を貸してやれるぐらいの立場にはいる。

 だが、力になりたいからこそ、まずは不明瞭な点を明らかにしなければならない。

 

「まあ・・・私は大学選抜の副官だし、そういう話は通しやすいかもしれない。けど、その前に詳しく訊いてもいいかしら?」

「それはもちろん」

 

 無論、笠守だって何の障害もなく話が通るとは思っていない。アズミに問われるのも予想できたので、笠守は自信を持って頷く。

 アズミは、笠守が買ってくれた缶コーヒーのプルタブを開けて一口飲む。程よく苦いそれを口の中で少し楽しんでから、飲み下して口を開く。

 

「前に、私のパーシングの写真を撮ったことがあったじゃない?あの時は許可はとったの?」

「あー、その時とはちょっと事情が違ってな」

 

 テーブルの上で、笠守が自分の両手を組む。

 

「俺があの時撮ったのは、あくまでもサークル活動・・・というか自分の趣味の一環で撮っただけなんだ。そういう時には許可がいらない。けど、宣伝とかを目的にする時は、どうしても許可は必要になるんだよ」

 

 大学の敷地内の要所要所に、『宣伝・営利を目的とする無許可の撮影及びその画像・映像の掲載は禁ずる』と書かれた看板がある。そんな感じのものを、アズミも見た記憶があった。

 要するに個人で楽しむ分には問題ないが、それを売ったり宣伝のために勝手に使うのはダメ、と言うわけだ。今回笠守の言う『ホームページに載せる』は、間違いなく『宣伝』に当たるだろう。

 

「そうね・・・その辺りは問題ないと」

「ああ」

「それじゃ次に・・・ちょっと厳しいことを言うようだけど」

「?」

 

 友人として、ではない。アルバイトとは言えモデルとして写真を撮られて、雑誌の一角に載ることもある身として、言わせてほしいことがあった。

 

「私たちの戦車を写真に撮って、大学のホームページに載せたいって話だけど・・・それはつまり、私たちの戦車だけじゃなくて、大学選抜全体の看板を背負うと言うことよ」

「・・・」

「それだけ責任は重大になるわけだけど、その覚悟はあるのかしら?」

 

 今だけは、アズミは笠守に対する想いを胸に仕舞って、笠守の目を、表情を、顔をじっと強く見つめる。

 何かの写真を撮って公に示すのならば、それは撮られたものの価値、そして責任を負う覚悟を要する。笠守と出会う前から写真に撮られることが多かったアズミは、その面についての理解があった。

 笠守は写真を愛し、ひたむきに撮り続けている真っ当な男だ。今回のような目的の写真を撮った経験があるかは不明だが、その辺りを何も考えていないはずはない。だからこれは、確認の意図を込めての質問でもあった。

 

「もちろん」

「・・・・・・」

 

 笠守は、自信をもって頷き、答える。

 アズミは笠守から視線を逸らさない。笠守も、アズミから目を離さない。2人が出会って以来ここまで見つめ合ったことはないが、今ここにあるのはロマンスではない。両者が持つ意思だ。

 

「・・・よかった」

 

 互いの視線がぶつかり合ってしばらく経ち、ふっとアズミは表情を和らげた。漂っていた緊迫感が、風に流され消えていく。

 

「私の方から隊長に、話を通しておくわ。すぐに返事がもらえるかは分からないけど・・・でも、できる限りOKしてもらえるように頑張る」

 

 戦車道履修生用の棟も演習場も、確かに大学の敷地内にある。しかし戦車道は女性の世界かつ荒っぽい武芸のため、不慮の事故も考慮して関係者以外立ち入り禁止だ。

 その区画を管理しているのは大学だが、戦車道に関する取材や撮影などは大学選抜の責任者が許可しなければならない。その責任者が、大学選抜の現隊長・愛里寿だ。

 

「面目ない」

 

 簡単に話が通るかどうかはまだ分からないが、苦労を掛けさせてしまうアズミに対して笠守は頭を下げる。

 アズミは首を横に振って『いいのよ』と優しく話しかける。

 

「戦車道をもっと知ってもらうチャンスになるかもしれないし、笠守の力にはなりたいから」

「え?」

 

 最後の一言に、笠守も思わず視線を上げる。

 その視線の先にいるのは、柔らかい笑みを浮かべるアズミだ。

 

「私たちの戦車を撮りたいって言ってくれるのは本当に嬉しいし、笠守にはちゃんと強い意思があるのも伝わった。だから、その気持ちにはしっかりと報いたいと思っているから」

 

 机の上で手を組んで、アズミはそう言ってくれる。

 途端、笠守の気持ちは火がついたかのように温かくなってきた。

 

「・・・ただ、交換条件・・・とでもいうべきかしら」

「?」

 

 そこでアズミが新しい話を持ち出してくる。

 

「その、ウチの隊長がもうすぐ誕生日って言う話をしたの、覚えてるかしら?」

「ああ、昨日もそのプレゼントを買いに行ったんだろ?」

「ええ、そうなんだけどね・・・」

 

 そして昼休みに、思い出が欲しいということで同僚と写真でもどうかと話をした流れをざっくりと説明する。

 笠守も、こと写真に関しては人一倍敏感でいるつもりである。だから、話に『写真』と出てきた時点で今から自分が何を言われるのかもおおよそ見当がついた。

 

「その誕生日にね・・・笠守に写真を撮ってほしいの。私たちの写真を」

 

 そしてその見当は見事的中した。

 

「・・・いいのか?昔大失敗した俺で」

 

 だが、素直に『うん』と答えられない。

 自分が昔どんな失敗をしたかは忘れられないし、時間が経ち、アズミが聞いてもなお受け入れてくれたとは言え、その傷が完全に癒えているわけではない。

 同じ失敗を繰り返さない、とも断言できない。だから笠守は、念のために確認をした。

 しかしアズミは、それに対しても迷わず首を縦に振る。

 

「そうやって昔失敗して、今もそれを覚えているのなら、間違えるはずはないって信じてるから」

 

 言われて、肩の荷が下りたような気がした。

 そこまで言われては、信じてもらっては、断ることなどできない。それ以前に、先に頼み事をしたのは笠守の方だ。尚更受け入れるしかないだろう。

 

「・・・分かった。俺で良ければ引き受ける」

「ありがとね」

 

 むしろ礼を言わなければならないのは笠守の方だ。無茶な頼みをしているのだから、コーヒーや写真の頼みを聞く程度では恩を返せていないと思っている。今度食事でも奢るべきか。

 

「でも、知らなかったわ。大学のホームページまで手掛けてるなんて」

 

 アズミが頬杖をついて笠守を見る。言外に『なんで言ってくれなかったのか』と問われた気がしたので、笠守はコーヒーを一口飲んでから話す。

 

「確かに・・・ウチのサークルは前からホームページの写真を撮ってたけど、一度も選ばれたことが無い俺が自慢するのも何かカッコ悪いと思ってな」

 

 笠守は今日の話し合いで意見を出したが、それは何も今回始まった話ではない。これまでの更新案会議でも、遊歩道の花壇や中央棟の大きな時計の写真を提案してきたが、どれも却下された。却下、と言ってもそれ以上の良い案が多かったために埋もれてしまった感じだが、笠守の案が採用されなかったのに変わりはない。

 それなのに『俺たちホームページの写真撮ってるんだぜ!』と誇らしげに語るのが、自分でどうにも良しとできなかった。

 

「真面目ね」

「自信が無いだけだよ」

 

 自嘲気味に笑う笠守。

 まだ笠守の写真の腕は、アズミのように『誰か』に刺さることはあっても『誰にでも』は良さが伝わらない。

 それを自分で分かっているから、笠守は写真の腕を磨くことを怠らない。

 そして、自分の写真を褒めてくれているアズミの存在が、支えになっている。

 

「・・・・・・どうかした?」

「いや・・・」

 

 少しだけ、アズミを見つめているのに感付かれてしまい、首を横に振る。

 アズミも深くは問わないで、笑いながら話しかける。

 

「でも笠守、タイミングがいいかもしれないわね」

「?どーいうことだ?」

「私たちね・・・社会人チームとの試合が決まったのよ」

 

 あっけらかんと告げられた事実に、笠守の目が丸くなる。

 大学生が社会人と試合をする、とはなかなかない経験のはずだ。それが叶うのは、もしかしたら大学選抜の実力が認められているからなのかもしれない。

 ただアズミは、まあ中々に結構強そうなんだけどね、とおどけるように笑って続ける。

 

「だから明日から、練習は結構厳しくなるはずなのよ。だからもし、写真を撮る許可が下りたら、笠守もいい写真を撮れるチャンスが増えるかもね」

 

 言われて笠守は、はっとした。

 ただ大学選抜の力を見せるチャンスが来ただけでなく、(許可の是非はさておき)自分の腕の見せ所が来たと気づかされたのだ。

 

「笠守、戦車を撮るのが好きって言ってたから、いい写真が撮れるといいわね」

 

 にこっと、アズミは笑ってくれる。

 笠守の顔に、熱が籠りだす。

 アズミと出会ってそれなりに時間は経っているが、こうしてアズミを意識することが増えてきている。きっかけは何だったか、過去に思考を巡らせると、展示会で自分の写真に一目ぼれしたと言ってくれた時まで遡る。

 それ以来、笠守にとってアズミとのやり取りには、何一つとして無駄と思うものが無い。すべてが実りあるやり取りだった。

 コーヒーを飲んで、思考を正そうとする。

 だが、目の前で嬉しそうなアズミが、笠守の思考を、心を揺るがしているのに変わりはなかった。

 

□ □ □

 

 翌朝、笠守は1人で大学へと向かっていた。

 ここ最近はアズミと一緒に登校していたが、昨日言った通り社会人チームとの試合が決まって、それに向けて練習時間が伸びたと、昨日アズミは教えてくれた。まだ学生の身分で社会人と試合なんて大変だろうし、その上朝早くからあの戦車に乗って鍛錬とは、まさに称賛と尊敬に値する。

 

「はぁ・・・」

 

 大分気温も下がっているのか、息を吐くと白くなり、空気と溶け合って消える。

 戦車の中もそこそこ寒いと言っていたし、寒くないだろうか。カイロでも渡したかった。

 見上げると、山吹色に染まったイチョウの樹が並んでいる。あの並木道ほどではないが、こちらもなかなか風情を感じる様相だ。この間までは、まだ半端な黄緑色で、その下をアズミと共に歩いていたものだと言うのに。

 

「・・・・・・」

 

 一度、自分の心を見直す。

 こうして1人の女性のことを考えることが、今まであっただろうか。

 昨日までは普通に接していた人がいないのだから、多少は意識しても仕方がないだろう。だが、ここまで暇もなく考えることは、果たして今まであったか?

 

「おう、笠守」

 

 悶々とした気分を連れて歩いていると、不意に横から肩を叩かれた。誰かと思えば灘崎だ。

 

「どうした、朝っぱらからそんな辛気臭い顔して」

「・・・そう見えるか」

「ああ。少なくとも、普段の調子じゃないな」

 

 早々に、今の笠守の異変を灘崎は見抜いた。

 灘崎も、笠守と同じく写真サークルに属しており、撮る写真の傾向は違えど同じように観察力は優れている。だから、良き友人である笠守の変化にも気付けた。

 

「で、何があったよ?」

「・・・いや、大したことじゃない」

 

 矢掛ほどではないが、灘崎もそういう話題には敏感な気質だ。素直に言ったらあれやこれやと言われるに決まっていたので、黙秘権を行使する。

 灘崎もデリケートな問題と感じ取ったのか、『そっか』と追及してこなかった。

 

「ところで昨日話した戦車の写真のヤツ、どうやって話進めるんだ?まだ候補だけど」

「とりあえず昨日、写真を撮る許可が下りるかどうかをその『知り合い』に訊いた。で、一先ずトップに話を通して、最後に話を詰めるときは俺が直接話すって感じ」

「へえ、とりあえず出だしはいい感じだな」

「まーな」

 

 大学の門をくぐる。ここ数日笠守は、アズミと並んでここを通ることが多かったから、灘崎と通るのは案外久々だったりする。

 そして、遠くの方から腹に響くような砲撃の音が聞こえた。

 

「珍しいな、こんな朝から戦車動かしてるなんて」

「社会人との試合が決まって、練習時間が早まったらしい」

「なんでそんなこと・・・って、そうか。『知り合い』か」

「・・・ああ」

 

 心底、戦車を撮るのが好きなだけの笠守が、戦車に乗る人との交流を知らないうちに始めたのが驚きらしい。灘崎は目を丸く開いていた。

 

「まあ、頑張れ。写真も、その人とも」

 

 肩をポンと叩いて、『そんじゃーなー』と別の棟へと灘崎は歩いて行った。

 しばしの間、笠守は立ち止まって考える。

 灘崎の言った『その人とも頑張れ』という言葉は、恐らくはその知り合い―――アズミとの交流を頑張れと言うわけだろう。無論、ただただ平行なだけの関係ではなく、もっと親密になれと、そう言っているのだろう。

 それを理解して、笠守の口から息が洩れた。

 言われなくても分かってる、と。

 

□ □ □

 

 大学選抜で実車を使って行う訓練は、射撃練習や様々な戦況を想定した統率訓練、そして模擬戦。

 その基本スタンスは訓練時間が早まっても変わらないが、厳しさは増している。だから、精神的・肉体的な疲れも割り増しだ。

 普通の隊員はそれだけでいいだろうが、中隊長・隊長クラスとなるとさらにそれ以上のプレッシャーが加わるのでなお厳しい。

 だがそもそも、その程度のプレッシャーに苦しむようでは上に立つ者など務まらない。

 

「ことぶき工業・・・ドイツ戦車を起用する社会人チームで、堅実な戦い方を見せてくるかなりの強者・・・ですって」

 

 昼食の席で、ルミがスマートフォンをスワイプしながら呟く。メグミから『行儀が悪いわよ』と言われると、大人しくスマートフォンを置いてシチューを口に含んだ。

 

「くろがね工業とも戦ったことがあるらしいですが、その際は僅差で勝ったって話ね」

「自動車系の企業で動力部に精通してるエンジニアが多いから、ドイツ戦車の課題の1つでもある足回りの弱さを十分カバーするほどのクルーもいるみたい」

 

 メグミとアズミが補足すると、3人ともにはぁ、と息を吐く。厄介な敵だ。

 このように、気が滅入りはしているものの、肩肘張らず昼食に興じている。緊張感も全く無いわけではないが、ちゃんと戦車道の時間内外で意識を切り替えることができているから、隊長格が務まっているのだ。

 

「でも、チームの皆も頑張ってくれてるし、練習を続けて行けば大丈夫だと思う」

 

 愛里寿が告げて、アズミたちは小さく笑う。

 社会人との試合が決まった、と聞いて大学選抜は全体的にやる気に満ちている。元々、高校生に負けて以来躍起になっていたから、この試合が自分たちの実力を見極め、努力の成果を見せる良い機会と踏んだのだ。

 

「でも、忘れちゃならないのはアズミね」

「え?」

 

 メグミに名前を出されると、アズミは視線を移す。

 

「今日の模擬戦、中々よかったじゃない」

 

 ルミと愛里寿も思うところがあったのか、頷いている。

 メグミの言葉の通り、今日の模擬戦でアズミのパーシングは相手チームの戦車を立て続けに撃破していた。最終局面のバミューダアタックで命中は叶わなかったが、それでも全体の戦果は上々と言っていいだろう。

 

「急にどうしたのかしらね?」

「まあ、ちょっと良いことが、ね」

 

 良いこと、とは笠守からの頼まれ事だ。

 ああして頼りにされるのはそれほど悪い気はしないし、何よりまた笠守が自分の戦車を撮ってくれるかもしれないのだ。

 もし写真を撮ることができるようになったら、自分の戦車を撮ってほしい。

 試合のため、そしてその時のためにアズミは自分たちの力をつけようと努力した。アズミのパーシングのメンバーも、その気持ちを知ってか知らずか張り切って、好戦果を挙げるのにつながったのだ。

 

(・・・でも、ちょっと寂しい)

 

 そんな笠守とは、朝の練習が早まったから、一緒に大学に向かえない。昼食も社会人との試合に向けて話を詰める必要があるから、一緒にはなれない。

 総じて、笠守と一緒にいる時間は減った。

 つい最近は一緒にいることが多かったから、その人がいなくなるのを寂しく思うのは当然だ。相手が想い人ならなおのことだ。

 

(だけど、やらなくちゃ)

 

 しかし、笠守からのお願い事も忘れてはいない。自分の努力だって、それが叶わなければ意味がなくなる。

 たとえ自分が寂しくても、その頼みだけは通さなければ。

 

「あの、隊長」

「?」

「折り入ってご相談があるのですが・・・」

 

 意志を持って、話しかける。愛里寿は、これから持ち出される突拍子もない話題にも気付かないような無垢な表情を浮かべていた。

 可愛い、なんて正直な気持ちは置いておき話を続ける。

 

「私の()()が、写真サークルに所属しておりまして」

 

 そこでメグミとルミは、その友人こそ、話していた男だと察する。しかし今は茶化す場合ではないと分かっていたので話を黙って聞く。

 

「それで、そのサークルでは大学のホームページの写真も撮ってるんです」

「・・・うん」

「そして今回、大学選抜の戦車を撮らせてはもらえないかと相談を受けました。私としては賛成ではあるのですが、ここはまず隊長の意見を尊重するべきと思いまして・・・」

 

 愛里寿の視線が少し下がり、真剣に考える風になる。

 メグミとルミは、アズミ同様に大学選抜の副官であり、それなりに高い地位にある。とは言え、そこまで悪い話でもないので一応その話は受けようと思っている。

 ただし、最終決定権は愛里寿にあるので今は傍で静観に徹しようと決め込んだ。

 

「もちろん、本人はちゃんと話をしたいと言ってます。なのでまずは、話だけでも聞いてもらえないかと・・・」

「・・・うん、分かった」

 

 だんまりだった愛里寿を見て危機感を覚えたアズミが付け加えると、愛里寿は頷いた。その『分かった』の後に続く言葉を聞くのが怖い。

 

「話を聞く分には問題ないし、私もその依頼は受けてもいいかなって思ってる。けど・・・」

「けど?」

 

 言葉を詰まらせる愛里寿。アズミが促すと、愛里寿は少し視線を逸らしながら。

 

「・・・最終的には、お母様の許可もいるんじゃないかなって」

 

 お母様、すなわち愛里寿の母である島田千代。大学戦車道連盟の理事長。そして島田流の家元。

 そこまで話が行くのか、とは思わなくもない。大学戦車道連盟は大学選抜の母体だし、愛里寿は確かに大学生で隊長でもやはり13歳。宣伝等を目的とする事態に絡むとすれば保護者の千代にも話を通すべきなのだろう。

 アズミは、笠守のことを思い浮かべつつ。

 

「・・・分かりました。本人にはそう伝えておきます」

 

 愛里寿としては賛成だが、千代にも話を通すということで条件を飲んだ。

 本人のあずかり知らぬ場所で話が少し肥大化したので、アズミは心の中で笠守に謝った。

 

 

 その日は、笠守の大学の講義は少し早めに終わった。

 帰りしな買い物を済ませて自宅に足を踏み入れると、ポケットの中でスマートフォンが震える。

 その瞬間、笠守は西部劇のガンマンもかくやと言った動きと速さでそれを引っ張り出し、画面を点けると『着信:アズミ』の文字がくっきりと写っているのを確認。それを認識したのと、『応答』をタップしたのは同時だと思う。

 

「もしもしアズミ?」

『もしもし?ゴメンね、今大丈夫?』

「ああ、大丈夫だ」

 

 買い物袋はとっくに下ろしていた。スマートフォンの充電も問題ない。

 

『笠守が大学選抜の戦車を撮りたいって話、隊長に通しておいたわ』

 

 スマートフォンを持つ手に力が籠る。

 先ほど素早くスマートフォンを取り出せたのも、それを考えない日が無かったからだ。いつ電話が来てもいいように、常に臨戦態勢でスマートフォンを身近に置いていた。

 

「・・・どうだった?」

『ん、隊長は詳しく話を聞かせてほしいって。それでまあ、受けても良いって言ってる』

「そうかー・・・」

 

 電話越しに良い報告を聞けて、ほっとする笠守。

 だが、『ただね・・・』とアズミが電話の向こうで残念な報告の前ぶりをしたのを聞いて、また肩に重石がのしかかるような気分になる。

 

「・・・ただ、何?」

「・・・その、大学選抜の責任者・・・島田流の家元にも話をするべきじゃないかって」

 

 笠守の目が、細くなる。

 最近では笠守も、少しでも戦車道を学ばないとと本格的に足を踏み入れ始めたので、島田流の家元が大学戦車道連盟の理事長であることは知っていたし、家元と言うからにはどんな大物なのかも想像がつく。

 だが、それほどの人と話すことになってしまったのは驚きだし、今聞いただけでも胃は悲鳴を上げ始めていた。

 

「・・・分かった」

 

 しかし、そこまで来てはもう後には引けない。引くつもりもない。

 だから笠守は、頷いた。返事をした。

 

「それで、話をする日程とかは、決まったりした?」

『ああ、うん。10月の24日ってことになったわ』

「24・・・」

 

 壁に掛けてあるカレンダーを見る。丁度4日後だ。

 

『でね、笠守の話を隊長に通す交換条件、覚えてる?』

「あー・・・誕生日の写真を撮るってやつだろ?」

『うん。その誕生日が24日だから。写真を撮ってそれで話もしてって感じでいい?』

「OK、それで大丈夫だ」

 

 笠守は頷くと、電話の向こうでアズミが一息吐いたように感じた。

 戦車道の訓練で疲れてるのだろう、と思って笠守は言葉をかける。

 

「・・・色々と悪かったな、アズミ。ただでさえ戦車道で忙しいのに、迷惑かけて」

『謝らないでいいわよ。私だって笠守の力になりたかったし』

 

 力になりたい、と告げられて笠守の心臓が跳ねる。その音が向こうに聞こえやしないかと不安になる。

 

「・・・本当に、ありがとう」

 

 謝らないでいいのなら、感謝の気持ちを伝えたい。

 笠守は電話越しで、たとえその仕草が見えなくても頭を下げた。

 

『・・・頑張ってね、笠守。いい写真が撮れるように、私も応援してるから』

 

 それじゃあね、とアズミは電話を切った。

 しばしの間、笠守は手の中のスマートフォンを見つめる。

 笠守は灘崎に、『辛気臭い顔』と言われるぐらいには、落ち込んでいたのだろう。そう指摘されるまで笠守は、1人で登校することに寂しさを抱いていた。

 しかし今はどうだ。

 最近になって交流を深めるようになったアズミと電話越しとは言え話をして、純粋に応援をされた、今の自分の気持ちはどうだ?

 それはもう、昂っている。心に火でも点いたんじゃないかと思うぐらい、胸の中心が熱い。

 薄々ではあるが、自分の気持ちが変わりつつあるのには気づいていた。

 そのきっかけや理由を自分なりに考えてみても、アズミの顔はちらついてくるし、その言葉も一緒になって思い出す。

 最初はただ、自分の写真を気に入ってくれたから、親しくありたかっただけかと思った。

 しかし今は違うと、心から断言できる。

 

□ □ □

 

 それから4日間、笠守は大学の講義の合間に写真を撮り続けた。

 イチョウの樹や自動車、風景、さらには大学の門を行き交う人を遠景にも撮った。経験上、人を撮るのには及び腰だったが、特定の誰かを意識して撮るのに比べれば気持ちも楽だ。それに、こうして人を撮ることで少しでも当日に対する緊張を薄れさせることもできる。

 明確に人を撮るのを目的としたのは、本当にあの失敗した時以来だ。しかし、あの時の使い捨てカメラとは違い、今使っているのは一眼レフカメラで、撮ったその場でプレビューを見られるから失敗の確率も減る。それでも、手放しに安心できないから、こうして撮り続けているわけである。

 肝心のホームページの写真だが、全部で5枚のうち3枚はこれまで通りの無難なものとし、残りの2枚が『斬新』なものとなった。1枚は既に灘崎の『夕景を望む学生たち』に決まり、2枚目は笠守の話が通れば戦車の写真で行くと矢掛から連絡を受けた。ちなみに、もしも笠守の話が失敗した場合は矢掛の方で予備の写真を用意しておくらしい。

 そしてその4日間、笠守はアズミと顔を合わせなかった。

 喧嘩したわけではない。お互いにサークル、戦車道、バイトなど要因がいくつも重なって顔を合わせる時間もないだけだ。

 今の時期、アズミは昼食も同じ大学選抜の隊長格であるメグミ、ルミ、愛里寿の3人と一緒になることが多く、部外者の笠守はお呼びじゃない。そして笠守も、ホームページの写真企画が始まってからサポートとして駆り出される事が多くなっている。

 だが、その会えない時間は、笠守の中の気持ちをはっきりさせるには十分な時間だった。

 

□ □ □

 

 迎えた10月24日、午後2時前。

 

「笠守、こっちよ」

 

 戦車道棟の入り口で、アズミが手を振っていた。自らの愛機が入ったバッグを肩に提げた笠守は、アズミの下へと寄ると頭を下げる。

 アズミはシックな色合いの大学選抜のユニフォームに身を包んでおり、一層大人らしさを感じられる。なぜかジャケットの下が素肌で胸の谷間が見えるのが気になったが、それを気にしすぎるのはマズいと思ったので思考を切り捨てる。

 

「待たせて悪い」

「大丈夫よ。まだ時間前だし」

 

 約束の時刻は2時丁度なのでまだ少し時間はあるが、多少無茶な話を持ち掛けた笠守としては些細なことであっても申し訳なく思う。

 

「早速で悪いけど、今日の写真はどこで?」

「そうね・・・部屋の中ってのも面白くないし、天気もいいから外で撮ろうかなって」

「お、いいな」

 

 写真を撮るにあたり、アズミは事前にどこで撮るかをメグミたちと話し合っていた。その結果、天気が良ければ外で、悪ければガレージでとなり、今日は晴天なので外だ。

 話ながらアズミは、笠守に『入場許可証』と書かれた名札を渡す。これが無ければ関係者以外はこの棟に立ち入ることができない。

 ここにいるのは皆血気盛んな戦車乗りとは言え、うら若き年頃の女性ばかりな。忍び入って不埒な真似をする輩も無きにしも非ずだし、情報を盗み取ろうとする狡い者もいるので警備も厳しい。

 

「ところで、それは?」

 

 アズミが指差すのは、笠守のカメラケースを提げる肩とは反対側の手にある小さな袋。中にはさらに小さな袋が入っている。

 

「ああ、今日ってその隊長の誕生日なんだろ?だからせめてと思って、クッキーを買ってきてた」

「へぇ・・・律儀ねぇ」

「律儀も何も、元々写真を撮らせてほしいって頼むのはこっちだから。これぐらいはしないと」

 

 そして戦車道棟へ足を踏み入れる。警備の女性に頭を下げてエントランスに入り、通路を抜けて、いくつか角を曲がる。時には大学選抜の選手と思しき女性とすれ違ったが、アズミには頭を下げ、笠守に対しては疑惑の目を向けていた。それは果たして、ここに男がいることが不思議なのか、それとも別の何かを汲み取っているのか。

 とはいえ笠守も、正式に許可証を持っているので、認められてここにいるのだから臆することも無い。妙な関係性を疑われても、別に問題はなかった。

 やがてアズミが1つの扉を開けると、棟の外へと出てきた。

 

「・・・おぉ」

 

 まず目に入ったのは、漆黒の機体の巡航戦車・A41センチュリオン。

 大学選抜のサイトでも見たが、実物はそのカラーリングもあって威圧感が半端ではない。そして戦車をこうして間近に見るのも初めてだから、圧倒されてしまいそうだ。

 

「お、来たわね」

「いらっしゃい」

 

 そのセンチュリオンの傍には、同じく大学選抜のユニフォーム姿の―――ちゃんとシャツを着ている―――2人の女性がいた。事前にアズミから聞いた話では、ロングヘアの女性がメグミ、ショートヘアで眼鏡の女性がルミとのことだ。

 そして。

 

「・・・」

 

 よく見ると、そこにはもう1人いた。

 メグミの後ろに隠れるように立っているのは、背丈が他の3人よりもさらに低い少女。

 彼女が件の隊長・愛里寿とは、大学選抜を調べる中で知った。まさかこんな年端も行かないような、何て感じの子だが、その頭脳は飛び級し、大学選抜の隊長を務められるほどには切れている。20数年平凡に生きた笠守と比べれば、愛里寿の人生など熾烈そのものだろう。

 だが、見知らぬ男を前にして不安を抱いているのは、年頃の子はそういうものだと笠守にも分かる。

 

「初めまして、写真サークルの笠守です」

 

 その緊張を取り払う意味も込めて、笠守は自己紹介をお辞儀と共にする。

 初対面のメグミとルミは律儀に頭を下げてくれたし、愛里寿もメグミの陰に隠れてはいるものの小さく会釈する。

 少し疑問に思ったのは、愛里寿の服装だ。彼女は他の3人とは違い、白と黒を基調としたロリータファッションの洋服を着ている。4人とも大学選抜の服かと思ったが、当てが外れた。

 

「実は隊長、ユニフォームを着てると神経が試合中みたいに鋭くなっちゃうから・・・私服に着替えて貰って、少しでも緊張しないでほしいと思ったの」

 

 アズミが耳打ちしてくる。普段のユニフォームを着ていたら、初対面の男を前にしてもあそこまで怖がりはしないらしい。要は、ユニフォームが意識のスイッチのようなものか。

 するとそこで、ルミが『へぇ~』と興味深そうな息を吐く。

 

「大分仲良さそうじゃない」

「まあ、そうね・・・もう何度も会ってるし、気の置けない友達って感じだから」

 

 この時アズミは嘘を吐いた。自分にとって笠守とは、友達程度の存在ではないのに。

 この時笠守は内心凹んだ。アズミにとって自分とは、友達程度の存在かと思ったから。

 

「ああ、ごめんなさいね。責めてるわけじゃないのよ」

「はあ・・・そうですか」

 

 メグミがフォローするのだが、笠守は自分が責められているとは思ってもいなかったので大して響かない。

 だが、笠守が敬語で返すと、メグミは首を横に振った。

 

「アズミとタメってことは、同い年なんでしょ?私もそうだし、敬語は大丈夫」

「私もー」

 

 ルミも便乗してきたので、笠守は『じゃー、遠慮なく』と厚意に甘えさせてもらった。

 さて、顔合わせもその程度にして早速写真を撮ることにした。

 

「どんな構図で撮る?」

「そーだなぁ・・・」

 

 アズミに訊かれて、笠守は少し考える。

 空は雲が多少あるが晴れていて、天候は問題ない。

 今この場にいるのはバミューダ三姉妹と今日の主役の愛里寿、そして彼女の愛機のセンチュリオン。

 周囲と空を見渡し、太陽の向きを考えて、笠守は口を開いた。

 

「陽の光も明るいし、東側のセンチュリオンがちょうどいいからそれをバックにして撮るか」

「うん、分かった」

「で、並び順なんだけど・・・」

 

 愛里寿だけでなく、アズミたち3人も写真に入るらしいので、撮られるのは4人だ。

 そして4人とは、写真を撮るうえでは少し頭を使う人数でもある。

 

「どうする?アズミたちが3人並んで、真ん中の人の前に島田さんが立つってのが一番ベストだと思うけど」

 

 4人が横一列に並ぶとバランスが悪いし、愛里寿の背の低さも際立つので、写真としては不格好になる。また、横並びだと堅苦しく感じるので、誕生日というめでたい日にはふさわしくない。

 だから3人と1人、と提案したのだが。

 

「・・・あんたら、分かってるわよね?」

「ええ」

「もちろんよ」

 

 瞬間、アズミとメグミ、ルミの間の空気に緊張が走る。

 笠守は一瞬だけ頭に疑問符を浮かべたが、次の瞬間。

 

『じゃん、けん、ぽん!』

 

 応援団長みたいな声の大きさでじゃんけんを始めた。

 びくっと笠守が震えるが、お構いなしに3人はじゃんけんを続ける。

 そして。

 

「いよっし!」

 

 アズミがガッツポーズを取って、

 

「くぁ・・・」

 

 メグミが猫の欠伸みたいな変な声を洩らして、

 

「なあああああ・・・」

 

 ルミが頭を抱えた。

 

「・・・気にしないで、いつものことだから」

「いつも?」

 

 そして、いつの間にか笠守の傍にいた―――逃げたと言うべきか―――愛里寿が達観したように呟く。これがいつもなのか。

 何だか知らないアズミの一面を見た気がするが、並び順は向かって左手からルミ、アズミ、メグミの順。そしてアズミの前に愛里寿と言う形に決まった。

 

「さて、それじゃあ撮りましょうか」

 

 真ん中にして愛里寿の真後ろと言うベストポジションを確保して大満足なのか、アズミがウキウキしながら促す。

 そして打ち合わせ通りセンチュリオンをバックに並ぶ。太陽の光も丁度いい向きで当たっているので、写真全体が暗すぎず明るずのベストなタイミングだ。

 

「・・・・・・」

 

 集中する。

 今日のために、過去のトラウマを吹っ切ろうと気持ちを整える訓練はしてきた。あの時言われた心無い言葉が胸に突き刺さっているが、フィルターの向こうの4人は写真を撮られるのを静かに待っている。

 緊張で手が少し震えているが、持っているカメラはあの時とは違う。もし違和感を抱いたらその場で見直して、撮り直せばいい。今日は愛里寿の誕生日だ。天候、日付共にベストなタイミング。適当な写真を撮るなど許されない。

 自分に落ち着けと何度も言い聞かせる。

 笠守はカメラを構えるが、1つ問題が生じた。

 

「島田さーん、もう少しにこやかに・・・」

 

 主役たる愛里寿の表情が硬い。正確には、少し不安そうな顔だった。

 無理もないとは思う。周りは普段信頼している副官とはいえ、カメラを向けているのは今日初めて知り合った見ず知らずの男。緊張し、不安になるのは責められない。それを差し引いても、愛里寿は恐らくこうしてカメラを向けられるのがあまり好きではないのかもしれない。

 かといって、硬い表情のまま撮っては折角の記念撮影が台無しだ。

 どうしたものだろう、と笠守が頭をひねっていると。

 

「笠守」

 

 前に立っていたアズミから声を掛けられた。

 フィルターから視線を上に上げると、丁度アズミがスローイングのポーズを取っているところだった。そして、綺麗な放物線を描く何かが笠守の下へと向かってきている。

 それを笠守がカメラを落とさないよう気を付けながら受け取ると、手の中には手のひらに収まるほどの大きさのボコのぬいぐるみがあった。

 改めてアズミを見ると、ばちーんとウィンクをかましてくる。

 

(ははーん・・・そういうことか)

 

 笠守はまずカメラを右手で持ち、左手でボコを落ちないようにカメラの上にちょこんと座らせる。丁度、レンズの真上の部分に座らせた。

 

「ボコだ・・・!」

 

 その瞬間、愛里寿の表情が目に見えてキラキラと輝いた。なるほど、アズミの言った通り愛里寿のボコ好きは本物らしい。

 撮られる人の明るい表情を引き出すために、ぬいぐるみや別の写真を見せるのは、写真屋などプロも同じ手法を取り入れている。

 さて、それよりも愛里寿の表情が輝いているうちに写真を撮ろうと、笠守はフィルターを覗き込む。

 

「・・・・・・」

 

 カメラのピントはまだ合っておらず、写真全体が少しぼやけている。笠守は、ピントを合わせようとその手に力を籠める。

 だが、もう緊張はしていない。呼吸が乱れたりもしていない。

 改めて、レンズの向こうにいる4人のことを意識する。

 今は、主役の愛里寿を綺麗に撮れるように集中しなければならない。

 だと言うのに、今の笠守はアズミのことが気になって仕方がなかった。

 

(・・・・・・)

 

 今日会った時もそうだ。アズミの姿を目にした途端に、自分の表情が明るくなっていくのを押さえつけるのに苦労した。そうなってしまうのも、数日ぶりにアズミと顔を合わせたことを嬉しく思ったからに尽きる。

 今生の別れでもなかったのに、数日程度直接会わなかっただけなのに、ここまで嬉しくなれたのは、それだけアズミに会いたいと笠守が焦がれていたからに他ならない。

 では、なぜそこまで胸が焦がれる思いでいたのだろうか。

 

「・・・撮りますよー」

 

 やがてピントが合う。4人の姿がくっきりと表れる。

 その中でも今、笠守が意識しなければならないのは愛里寿だ。

 だが、視界の半分ではアズミの方へと意識を向けていた。

 

「3・・・2・・・1・・・」

 

 カウントダウンをして、シャッターを切る。

 かしゃっ、と乾いた音が響いた。

 

「・・・・・・」

 

 撮れた写真を見直す。

 誰の目も瞑られてはいない。顔が隠れたり、逆光で見えなくなったりもしていない。

 完璧だ。

 

「撮れた」

「見せて見せて~」

 

 アズミが覗き込んでくる。メグミとルミも同じように撮れた写真のプレビューを見る。『良い写真だね~』とか『隊長可愛い!』とか好き勝手に言っているが、笠守の意識はアズミの横顔にしか向いていない。

 ピントが合って、アズミの姿がはっきり写った瞬間、自分の中のゆらゆらと揺れていた気持ちがはっきりとしたような感覚になった。

 

(・・・・・・そうか・・・俺・・・)

 

 それは自分の気持ちに、はっきり気付いたということ。

 

(アズミのこと・・・・・・好きなんだ)

 

 

 

 

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