2人のフォトフレーム   作:プロッター

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投稿間隔が開いてしまい、大変申し訳ありません…


フレーミング

 緑の草花が生い茂る演習場を、黄色いひし形のパーソナルマークが刻まれたパーシングが駆け抜ける。

 演習場は決して平坦な土地ではない。ある程度自然のままだから、地面は少なからず起伏があり、そんな中を戦車は素早く移動するから車内は縦横に揺れる。

 そして今、パーシングのすぐ脇で砲弾が炸裂し、土煙と衝撃がパーシングへ横から襲い掛かる。斜めの衝撃がパーシングに伝わって、中にいるアズミたちの身体が変な方向に傾く。

 

「装填、完了!」

 

 そんな戦車の中で、美作が砲弾を勢いよく装填し、その言葉に真庭が頷いてグリップを強く握る。

 アズミは、ペリスコープで周囲の状況を確認する。先の至近弾を撃ったらしき車輌は少し離れた林の中に潜んでいた。待ち伏せだろうか。

 その間にも真庭は砲塔を回してそちらへと照準を合わせている。ただし動きながらなので、狙いを定めるのは難しい。

 

「行けます」

「よし、撃て!」

 

 アズミの指示で、真庭がトリガーを引く。

 真庭とて、伊達に大学選抜中隊長車の砲手を任されてはいない。動きながらでも、揺れていても、砲弾を高確率で命中させる腕は持っていた。

 だから、真庭の放った砲弾も、潜んでいたパーシングを撃ち抜いて白旗を揚げさせた。

 

「撃破確認!」

 

 鴨方が嬉しそうに報告すると、真庭はニコッと笑って頭を下げる。美作は次の砲弾を装填しながらにかっと笑った。

 アズミも、露骨に喜ばずとも唇の端を緩めて通信用マイクを手に取る。

 

「メグミ、ルミ、状況報告!」

『こちらメグミ、合流地点まであと2分ってトコかしら。ちなみに中隊はやられちゃったわ』

 

 応じたのは信頼するメグミとルミ。まず最初にメグミから報告を受けると、中隊全滅の報にアズミの眉が下がる。

 

『こちらルミ。あと3分程度で合流できるかしらね。私の中隊はあと1輌―――』

 

 続くルミの報告だが、途中で鈍いノイズが走ってアズミも少し目を瞑る。

 

『・・・訂正。今最後の1輌がやられちゃったわ。ちょっと待って』

 

 そこで一度、ルミとの通信が途絶える。

 その数秒後、遠くの方から砲撃の音が聞こえた。

 

『ゴメン。今1輌相手を撃破したところよ』

「了解、私のところも中隊はみんなやられたから、残りはあと私たち3輌だけね」

 

 結局いつも通りのバミューダアタックか、とアズミは内心苦笑する。

 さて、敵の大将・センチュリオンの姿はまだ見えない。倒されたアズミ中隊の戦車長・佐倉(さくら)の報告では、今いる場所から北へおよそ700メートルの場所にセンチュリオンはいるらしい。メグミたちと合流するのはその手前だ。

 

「早島、速度を落として。あまり出しすぎると回転数で気づかれるし、私らだけが隊長とかち合っちゃう」

「了解」

 

 アズミが指示を出すと、早島がゆったりと速度を落とす。

 

「この後は合流して、パターンXだっけ」

「ええ。今回は難しい操縦をさせちゃうけど、頑張ってね」

「バミューダアタックなんて連携攻撃毎回やらせておいて何を今さら」

 

 確かにね、とアズミはふっと笑う。戦車での連携攻撃で肝になるのは砲手もだが、操縦手の腕もある。そんな早島にとって、難しい操縦などいつものことだ。

 アズミは再び外の様子を確かめる。白旗を揚げている戦車がぽつぽつと見えるが、まだセンチュリオンの姿は見えない。間もなく合流地点なので、早島に停止するように指示を出そうとすると。

 

「あれは・・・?」

 

 鴨方が何かに気付いた。

 小高い丘を越えようとしている車輌が見える。色と車体の形からパーシングではない。となれば必然的に、相手チームの生き残りである愛里寿センチュリオンだろう。

 アズミもそれを確認し、首を傾げる。

 センチュリオンは模擬戦では、必要以上には動かず最低限の動きだけで相手を撃破する傾向にある。だから、まだ十分近づいてもいないのに自分からああして動き出すのは稀だ。

 

「こっち向こうとしてるけど、どうする?」

 

 鴨方がアズミに訊ねる。センチュリオンの砲は、確かにこちらを狙おうとしていた。

 アズミはほんのわずかな間だけ考える。

 

「いったん距離置く?」

「・・・いえ、ここは攻めましょう」

 

 操縦桿を握る手に力を込めながら早島が訊くと、アズミは首を横に振った。その答えには、車内の誰もが目を見開く。それでもなお、アズミはマイクを手に取る。

 

「ごめんなさいメグミ、ルミ。私たち、気付かれたわ」

『え、じゃあどうするの』

「距離をとっても多分撒けないし、ここで戦うしかないわね・・・」

 

 メグミの心配にも淡々と答えるアズミ。

 今度はルミが横やりを入れてきた。

 

『ちょっとちょっと、本気?隊長相手に真っ向勝負って。ここは少しでも距離取って、私らと合流するのを待った方が・・・』

「悪いけど、ルミ」

 

 ルミの忠告は尤もだ。しかし状況は待ってはくれず、アズミは言葉を遮る。

 

「隊長は、待ってくれないみたい」

 

 センチュリオンが速度を上げ始めていた。

 なぜ愛里寿たちがこんなに早い状況から動き出したかは分からないが、とにかくこのままでいるといい的になる。

 

「早島、速度上げて。ノロノロしてたら逆にやられやすいわ」

「了解」

 

 無線は既に切っている。

 瞬間、パーシングが増速し、後ろに身体が置いて行かれそうになる。

 

「・・・・・・」

 

 アズミは、向かってくるセンチュリオンをじっと見る。

 両者の距離は徐々に縮まってきている。このまま進路を変えなければ正面衝突は避けられず、そうなればこちらに勝ち目はない。かといって、右か左に避けるのも愛里寿は想定しているだろうから、どのみち倒される。

 それをおよそ数秒で考えたアズミは。

 

「早島、私の合図で左にフェイントいれてから右に避けることってできる?」

「また難しい指示を・・・失敗しても怒らないでよ?」

 

 早島は『イヤだ』とは言わずに操縦桿を強く握る。

 美作が装填をし、真庭がグリップを握る。

 恐怖心や緊張などとは無縁のセンチュリオンは、決して速度を落とさない。その砲口は、真っすぐにアズミのパーシングへと狙いを定めている。絶対に撃破する、と言う意思も見えそうだ。

 両者の距離は500メートルを切っているが、センチュリオンはまだ発砲しない。そしてアズミも、砲撃指示を出さない。

 次第に距離は詰まっていき、アズミはそれにつれて目を細める。

 

「早島!」

 

 そのタイミングを見極めてアズミが指示を飛ばすと、一瞬パーシングが左に揺れた後に右へと向きを変える。

 その間も、アズミはセンチュリオンから目を離さない。

 そして、左にフェイントを入れてから若干遅れてセンチュリオンが発砲し、それはパーシングには掠らなかった。

 

「避けられた・・・」

 

 鴨方が、呆けたように言葉を洩らす。

 あのセンチュリオンの砲弾は、ほぼ間違いなく避けられないことに定評があった。だから、たった今その砲撃を回避したことに実感が持てない。

 だが、状況は止まらない。アズミは初めてセンチュリオンの攻撃を避けたことに対する嬉しさも感じないまま指示を下す。

 

「撃て!」

 

 指示と同時に、発砲する。

 真庭は元々、フェイントをかけると聞いてからパーシングの砲塔をセンチュリオンに向けるようにしていた。進路が若干逸れた今は、ほんの少し砲塔を回すだけで十分にセンチュリオンを狙える程度にあった。

 だが、センチュリオンもただでは避けられない。フェイントをかけられても、砲撃した瞬間から砲塔を回していたセンチュリオンは既に次弾装填を済ませ、アズミのパーシングとほぼ同時に発砲する。

 2つの砲声が周囲に轟き、甲高い金属音と、鈍い音が響く。

 しぱっ、と白旗の揚がる軽い音が聞こえたのは、アズミのパーシング。すなわち、やられたのはアズミのパーシングだ。

 

「・・・やられちゃいましたね」

 

 真庭が姿勢を少し崩して、アズミを振り返りながら呟く。

 アズミは、真庭の砲撃がセンチュリオンの砲塔を掠めたのを見届けていた。あの愛里寿が駆るセンチュリオンに掠らせたのはもちろん、フェイントで上を行ったのは快挙と言ってもいい。負けてしまっては、その嬉しさも少し薄くなるが。

 

「・・・やっぱり、メグミたちを待った方が良かったかもね。ごめんなさい」

 

 後悔の念が湧いてきて、アズミは頭を下げる。

 だが、車内の誰も、アズミを責めはしなかった。

 

「仕方ないよ、あの状況じゃああするしかなかった」

「隊長があんなにも早く動いたのだって、初めてですから」

 

 早島と美作がフォローし、真庭と鴨方も頷く。

 それで少し気が楽になって、アズミが肩を落とすと外からズドンと衝撃音が聞こえてきた。見ると、メグミのパーシングがセンチュリオンに撃破されたところだった。まさにクリーンヒット、一撃だ。

 そこを狙ってルミのパーシングが反対側から回り込み砲撃するが、センチュリオンは踊るように砲塔と車体を旋回させて避ける。そして、ひょいっと砲撃してルミのパーシングを真正面から撃ち抜いて模擬戦が終了した。

 

「あら・・・」

 

 アズミの表情が陰ったところで。

 

『ハロー、アズミ?』

 

 メグミからの通信が入った。アズミはゆっくりと通信機を手に取って答える。

 

「メグミね・・・どうかした?」

『どうもこうも無いわよ。一体どうしたの、あれ』

 

 『あれ』と言われても心当たりは・・・多すぎる。

 

「・・・あれって、どれ?」

『1人で先行したのは、まあ状況的には仕方なかったからいいとして、あのフェイントよ。どこで思いついたのあんなの』

「ん、そうね・・・」

 

 あの動きは試合が始まった時からやろうと思ってはいなかった。何せ、センチュリオンはバミューダアタックの段階まで動かないだろうと思っていたから。

 それでもあの動きを思いついたのは、動物的な勘が働いたとも言える。

 

「・・・何か、できるかなって思ったのよ」

『へぇ~・・・まあ、いいか』

 

 メグミは、一応納得してくれたようだ。言葉で説明しにくいこともあると、理解しているらしい。

 すると今度は、ルミから通信が入る。

 

『アズミたち、やったじゃない。隊長の戦車に掠らせるなんて』

「そうね・・・私もびっくりしたわ」

 

 言いながら、アズミは真庭を見る。視線を受けた真庭は、気恥ずかしそうにはにかんだ。

 

『けど、次からはもう少し連携を考え直さなきゃね・・・アズミが真っ先に狙われるとは』

『ええ・・・その前に、まずはミーティングだけど』

 

 メグミたちとの交信はそこで切れ、アズミは無線機を置くと全員に降りる準備をするよう促す。そこで、鴨方が話しかけてきた。

 

「でも今日、アズミの指示もキレッキレだったわね」

「あら、そうだった?」

「ええ。いつもより、声に張りがあったというか」

 

 美作も鴨方に賛成する。思い返してみると、確かに自分でも今日は思考が少し澄んでいたような気がした。あの局面でフェイントを思いついたのも、そのおかげかもしれない。

 

「終盤なんて、メグミさんとルミさんを引っ張るぐらいですし」

 

 真庭が乗っかる。バミューダ三姉妹のリーダー格はメグミだが、正式に誰がリーダーとは決まっていない。だが、今日のようにアズミが率先して動いたのは珍しくもあった。

 そうなる要因は何か―――

 

「ああ、そう言えば今日からだっけ?撮影の人が来るのって」

 

 早島が狙っていたのか、それを引き合いに出す。

 今朝のミーティングで、愛里寿からただの事務連絡として『撮影』が来ていると話がされていた。その人物が誰なのかは具体的には明かされていないが、愛里寿とアズミはもちろん、その話を聞いていたメグミとルミも知っている。

 そして、その『撮影係』であろう人と会っている早島たちも、その人物には察しがついていた。

 

「ああ、そういう・・・」

 

 真庭が納得したようにアズミを見る。

 要は、アズミにとって気になる人が来ているから、自然とやる気も出たのだろうという結論に至った。

 視線の先にいるアズミの唇は、少し緩んでいた。

 

 

 笠守は、アズミに案内されたテラスでカメラを構えていた。

 しかし今日は、カメラに三脚と望遠レンズを追加で装備し、中々ごつい仕様になっている。そうなっているのも、ここから遠い場所にいる戦車を集中して撮影するためだ。

 まず第一に、カメラにもズーム機能があるがそれには限界があり、今のように少し離れた演習場を撮影すると画質が粗くなる。故に望遠レンズは必須だ。

 そして、戦車の映える写真を撮るタイミングは読みにくく、長時間カメラを構え続けなければならない。その間、自分の腕だけでカメラを持っているのは体力的に厳しいため、こうして三脚に固定していた。それに固定していれば、シャッターを切る時にカメラがブレる心配もない。

 

「うーん・・・」

 

 だが、笠守は唸っていた。

 既に模擬戦は終了しており、現在は撮った写真を確認しているところである。

 しかし、やはり戦車を、それも一番魅力が際立つ砲撃の瞬間を捉えるのはすこぶる難しい。

 何しろ、観ている側からはいつ砲撃するかなんてタイミングが分からないからだ。

 加えて、今回求められているのは広報目的の写真として見栄えが良い写真だ。自分の趣味の範疇に収まるレベルでは当然ダメで、誰に見せても恥ずかしくない、素晴らしい出来を求められている。

 笠守もこれまで戦車を撮ってきたが、砲撃の瞬間を捉え、かつ多くの人を引き込める写真を撮ったことはない。あのアズミのパーシングの写真も、奇跡に近いレベルで撮れたようなものだ。

 だから今、笠守は自力で戦車の砲撃の瞬間を見極め、撮影している。

 

(お、これとかいいか・・・?)

 

 確認する中で、笠守は自分で良いと思う写真をピックアップしていく。

 確かに砲撃の瞬間をピンポイントで撮るのは難しいが、今は『連写』という便利な機能もあるから少しは気が楽だ。だからと言って気を緩めはしないが。

 そして、写真を撮れる日は今日だけでもない。写真を撮る明確な期限は設けられてはいないが、少なくとも来月末までには撮りたい。それまでの間、笠守には入館証が貸し与えられているため、いちいち面倒な手続きを踏む必要もない。

 

「・・・・・・」

 

 それでも笠守は、申し訳なく思ってしまう。

 アズミが自分のことを考えて話を愛里寿たちにしてくれたのは、もちろん嬉しい。だからこそ、そのアズミの気持ちに報いようと良い写真を撮れるように意気込んでいた。

 しかし現実は甘くなく、今日撮れた写真も自信を持って『これ』と言えるものは無かった。

 予想していた現実に打ちのめされて、笠守も少し心が萎むよう感覚になる。

 

(ごめん、アズミ・・・)

 

 心の中で謝ってもアズミに届かないことなど知っているが、それでも謝らずにはいられない。

 

 

□ □ □

 

 メグミは、戦車乗りとして強くありたいと常日頃から考えている。

 自分を強く保つこと、自分に自信を持ち続けることこそが強さの秘訣だと思っているし、体力面・頭脳面でも研鑽は欠かさない。もし折れそうになっても、今のメグミには()()()()()()()がいるから、今日まで戦車道を歩んでいられた。

 そして、自分がバミューダ三姉妹の中でも他の2人を引っ張る存在である自覚もある。自分の出身校が理由か、メグミは元々リーダーシップをとることに抵抗があまりないから、実力も相まって大学選抜の中隊長として力を発揮し、ルミとアズミもまとめている。

 しかしながら、ここ最近は少し変わってきた。

 

「うわっ、派手ね~・・・」

 

 メグミがパーシングの中からセンチュリオンと真っ向勝負を仕掛けるアズミのパーシングを見る。

 果敢にも、センチュリオンの砲撃を浴びても怯まず、退かず、立ち向かうアズミのパーシングからは、闘気のようなものまで感じられるほど力強い。

 

「あっ、やられた・・・」

 

 同じく状況を見ていた通信手の生月(いきつき)が嘆く。

 側面から回り込もうとしていたアズミのパーシングが、センチュリオンに撃ち抜かれて白旗を揚げさせられたのだ。審判役の隊員からも試合終了が告げられ、メグミたちは小さく息を洩らす。

 今日もまた愛里寿のチームに勝てなかったが、収穫もあった。

 

「隊長相手にあそこまで粘るとは、やるね」

 

 操縦手の深江(ふかえ)が背を伸ばしながら言うと、メグミも頷く。

 3輌でバミューダアタックを仕掛けたのは予定通りだったが、トリを務めるアズミがセンチュリオンの砲撃を数度回避して撃ち合いを見せたのだ。少し前までは避ける前に撃破されるのが普通だったから、今日のように何度も避けたのは驚異的だった。

 

「最近、アズミさんのパーシング、強くなってますもんね」

 

 砲手の平戸(ひらど)は、顔についた汚れをハンカチで拭き取る。

 少し前までは、アズミのパーシングも中隊長車として確かに強かったが、やはり愛里寿相手には一歩及ばなかった。それがここ最近で力を伸ばしているのは、誰の目にも明らかだ。

 

「何か、アズミたちに良いことでもあったのかね?」

「んー・・・あったんじゃないかしら」

 

 装填手の対馬(つしま)に訊かれて、メグミは少しばかり視線を逸らす。

 アズミが・・・アズミたちが変わった理由の1つは、恐らく先日会ったカメラマンだろう。しかし、それをおいそれと吹聴するのはアズミの親友として憚られる。いくら面識がある対馬たちでも、今は教えないでおこうとメグミは思った。

 そして今、メグミはアズミに対して親近感すら覚えている。

 メグミもまた以前、あるきっかけを経て愛里寿相手にタイマンを張れるほどには強くなった過去があった。それはメグミの力だけではなく、対馬や深江たちの力もあってのことだが、チームワークの塊たる戦車は1人の好調が他者に影響されやすい。

 だから、アズミのパーシングもかつてのメグミたちのような状態なのだろうと推測して、安心できた。

 そんなメグミは、首に掛けている猫の模様が入ったペンダントをそっと握った。

 

 

 写真を撮り始めて数日が経ち、笠守も『戦車が砲撃する瞬間』をだんだんと見極められるようになってきた。

 今までは神経を張り詰めてその瞬間をただ待つだけだったが、試合をフィルター越しに観ているにつれて、戦車がどういったタイミングで撃つか、どのような状況でどう動くのかが、少しずつ分かってきたのだ。元々写真を撮っていく中で観察眼を鍛えていたし、戦車の写真を撮り慣れてもいたので、試行錯誤の精神でどうにか撮れるようになってきた。

 ただ、砲撃するタイミングを撮れるようになっても、中々完璧な瞬間を撮るのは難しい。脳からの指令は手足に届くまで若干のタイムラグが発生する。脳でそのタイミングを理解しても、指がそれに追いつかずタイミングがズレることがしばしばあった。

 やがて模擬戦が終わると、写真をその場で何枚かピックアップして機材を撤収して、その場を去る。三脚や望遠レンズは重いので持ち運ぶ時にかさばるが、サークルの部室のロッカーに置けるので、大学の行き帰りで苦労することもない。

 

「こんにちは」

「こんにちは~」

 

 戦車道棟の中を歩いていると、大学選抜の人から挨拶をされるのも割と増えた。最初は奇異の視線を浴びていたが、何度か出入りをしていると警戒心も薄れてきたらしい。それに、戦車道を歩む人は皆礼儀礼節を重んじるようなので、挨拶をされるのはとても心地よかった。

 やがて戦車道棟を出ると、ポケットの中のスマートフォンが震える。バイブレーションの感覚からしてメールだったので、立ち止まって確認する。

 

「・・・んー」

 

 メールの差出人は矢掛。内容は戦車の写真の進捗確認と、コンテスト用写真の催促だった。

 戦車の写真はようやく形になり始めたが、まだまだ改善の余地は多い。

 コンテストの写真は、まだ決められていない。戦車の写真で手一杯なのもあるが、どうしてもコンセプトさえ決まらないのだ。申込期限は11月の上旬で、その話が出たころはまだ余裕だと思ったが気付けば期日も目前だった。

 

「何とかしなくちゃな・・・」

 

 呟きながら、笠守はメールの返信を書いていく。

 

□ □ □

 

 砲撃と同時に衝撃が車内に伝わり、ルミは片目を瞑ってそれに耐える。

 それでも状況は見逃さず、ペリスコープ越しにパーシングが1輌撃破されるのを確認した。

 

「よし、次弾準備!」

「「はい!」」

 

 装填手の小松(こまつ)、砲手の野々市(ののいち)が応え、砲弾を装填して再びグリップを握る。

 だが、ルミの下に通信が入った。

 

『ルミ、3時の方向!』

「え?」

 

 その主はアズミで、反射的に言われた方角を見ると確かに別のパーシングの姿があった。

 敵を撃破したことでの昂揚が一気に冷め、焦りが取って代わる。

 しかしながら、ルミが砲塔旋回を野々市に指示する前に、そのパーシングは何者かに撃破されてしまった。

 

「・・・アズミか」

 

 視線を巡らせて、撃破したのもまた警告を飛ばしたアズミのパーシングだと分かった。

 だが、いつまでもそれに拘ってはならない。ルミは操縦手の珠洲(すず)に移動するよう指示を出した。

 

「野々市、さっきの砲撃はナイスだったわ。次もこの調子でお願い」

「ありがとう、メグミやアズミたちに負けるわけにもいかないからね」

 

 大学選抜全体に言えることだが、ルミのパーシングも先の大洗女子学園戦を機に研鑽を重ねている。それぞれが、自分にできるトレーニングや勉強をして、力を伸ばそうとあがき、今もまた戦っている。

 しかし今は、別の気がかりなこともあった。

 

「ホント、ここ最近のアズミはすごいわね・・・」

「ですねぇ・・・」

 

 外を見ながらルミがつぶやくと、通信手の七塚(ななつか)が笑って頷く。

 近頃、めきめきと力を伸ばしているアズミのパーシング。先ほどの砲撃も、アズミの注意が無ければ命中は避けられなかっただろうが、アズミはそれに先に気付いた。それはつまり、アズミが自分たちだけでなく仲間の周囲にも気を配っていたということだ。

 それだけアズミは自分たちに余裕を持っており、視野も広がっている。無論その余裕とは慢心や驕りではなく、心が張り詰めていないからこそ生まれる余裕だ。

 

「・・・後れを取るわけにはいかないわ。私たちも頑張りましょ」

「はい!」

 

 珠洲が返事をして、パーシングを増速させる。

 もうすぐバミューダアタックの合流地点だ。アズミが今日はどんな戦いを見せてくれるのか、楽しみにしようと思う。

 

 

 昼食を摂り終えた笠守は、大学の遊歩道を歩いていた。

 だが、その表情は景色や草木を見て楽しんでいるようではない。悩みを抱えているような難しい感じだ。

 そんな表情の理由は、目下最大の課題である戦車の写真、コンテスト用の写真だ。

 まず前者だが、戦車の砲撃するタイミングが掴めてきた今、写真は撮りやすくなっている。砲撃する瞬間を捉えられる回数も増えてきた。まだ完成には程遠いが。

 そして後者は、応募期限が近い上にいいアイデアが降ってこない。このままでは参加もお流れになってしまうが、それは避けたかった。自分の腕を発揮する機会を自分から棒に振るのは、愚かな真似だと笠守自身は思っていたからだ。

 

「どうしたもんかねー・・・」

 

 ウッドチップが敷かれた道を歩きながらぼやく。視線を横に向けても、あるのは物言わぬサクラや梅の樹だけ。秋が深くなった今では葉も落ちて寂しいものだ。

 視線を少し下に向ければ、花壇でちゃんと手入れがされて力強く咲く花が咲いている。園芸サークルの手で、秋の花が植えられているのでこれを撮るのもよさそうだが、笠守はいまいち惹かれなかったのでパスする。

 そのまま当てもなく遊歩道を進んでいく。他の木々も鮮やかな秋の色合いに染まっていて、見ていてとても楽しい。

 この先には、モミジの樹もある。以前訪れた時は色も中途半端だったが、今はどうだろうか。

 そのモミジを思い出すと、釣られてあの日の記憶も蘇ってくる。

 

―――あの、すみません

―――これ、さっき拾ったんですけど、もしかして落とされましたか?

 

 アズミと初めて出会った日。自分の不注意でカメラのレンズカバーを落としたのがきっかけで、アズミと知り合った。今となっては、アズミという自分にとって素敵な人と巡り会えたからこそ、あの時カバーを落とした自分のミスを逆に褒めてやりたい。

 そんなあの日、笠守が撮っていたモミジは、今はどうだろうか。

 

「おー・・・!」

 

 そのモミジと対面して、思わず声を上げる。

 あったのは、真っ赤に染まったモミジだ。以前見た時とは比べられないほど鮮やかな赤一色で、かつけばけばしくない心地よい色に染まっている。

 

「いいなー・・・これ」

 

 心が疼く。この綺麗なモミジを1枚写真に収めたいと、笠守の精神が昂る。つくづく自分はこういった自然物も好きなんだと、改めて実感させられた。

 早速笠守は、肩に提げているバッグからカメラを取り出して、後ろに数歩引く。モミジの近くにはベンチもあって、もしかしたらこれも一緒に撮ると雰囲気が出るのでは、と思ってのことだった。

 フィルターを覗き込みながら、カメラを構える。自分にとって最良の構図となるまで、カメラ、自分の身体の向きを調整する。何だか近くで足音が聞こえた気がしたが、今だけは集中させてほしい。道を塞いでいるわけではないので責められはしないだろう。

 そして、最良のタイミングを見極めてシャッターを切る。小気味よい音が響き、笠守はカメラを下ろして写真を確認する。

 

「っし」

 

 口の中で嬉しさを表す。晴天に紅いモミジが映え、その下にあるベンチの程よい距離感が良い構図を作りだし、雰囲気を醸している。

 何よりいいのは、太陽の向きのおかげでモミジの葉の合間から陽の光が洩れていて、優しい雰囲気を出せていることだ。これが、いいアクセントになっている。

 ただせめて、このベンチに誰かが座っていたり、何かが置かれていたらもっと雰囲気は出ていたかもしれない、と思ったが。

 そこで笠守は、ふと先ほど聞こえた足音の正体が何か気になって周囲に視線を巡らす。

 

「こんにちは、笠守」

「・・・おー、アズミ」

 

 程なくして笠守の視線は、アズミとかち合った。彼女は、カメラを持つ笠守を見て少し嬉しそうな表情を浮かべている。

 

「随分集中してたみたいね。真剣そうだった」

「ああ・・・あのモミジが良い感じに撮れそうって思って」

 

 集中していると、他の人の存在に気付かなくなるのはよくある話だが、笠守はせめてアズミには気づきたかったと思う。

 そんなアズミは、大学選抜のユニフォームとは違う私服だが、その姿を見るのも久々な感じがする。

 

「なんか・・・笠守とこうして会うのも久しぶりな気がするわね・・・。家元と話した日以来、かしら?」

「あー、そういやそうか」

 

 そう思っていたのはアズミも同じだ。あの島田流家元・島田千代と話を付けた日以来、2人はメールでやり取りをするぐらいで顔を合わせたことが無い。

 そこで笠守は、その日の別れ際の、自分の言葉を思い出した。

 

「・・・そういや、自分で言ったのにまだ一緒にご飯とかできてないな」

「あ・・・気にしなくて大丈夫よ。私も忙しいし、笠守だって今は大変なんでしょ?だから、気にしなくていいから・・・」

 

 アズミがそう言ってくれても、笠守はしこりが取れない。自分から口にした約束で、アズミとの食事は楽しかったから次を楽しみにしていた。けれど現実はそう上手くいかない。

 そしてアズミも、告げたのは社交辞令みたいなもので、本音はまた一緒に笠守とご飯を食べたい。だが、戦車道という決して小さくはない要素にして責任が自分の素直な気持ちを押さえつけてくる。

 最近、自分で言うのも何だがアズミは力が思考がクリアになっている自覚があるし、力も伸びている。それは決して自己評価ではなく、メグミやルミからもその点は評価されており、愛里寿からもお褒めの言葉をいただいたほどだ。

 だからこそ、大事な試合が近い今のアズミは、一存で別行動を取るのが難しい。戦車道の話はできるうちにしておきたいから、結果として笠守と過ごす時間は減っている。

 それがどうにも切ないが、そんなことは口が裂けても言えないので本音は呑み込む。

 

「ふぅ」

 

 そんな中で、ここで偶然にも笠守と会えたのは僥倖だ。

 不意の安心感に包まれて、アズミは近くのベンチに座る。それに倣って笠守も、一休みと隣に座った。

 

「笠守は、モミジを撮りに?」

「いやー、実はちょっと行き詰っててな・・・戦車のもコンテストのも」

「あら・・・」

 

 ははは、と笠守が苦笑して笑うとアズミの表情が曇る。多少なりとも心配してくれているらしい。戦車の写真に関してはアズミも無関係ではないので仕方ないが、心配を共有させるわけにはいかない。

 

「ただ、戦車の写真は大分コツが掴めてきたからいいんだ」

「でも、コンテストの写真はまだ上手くいってないんでしょ?」

「ああ・・・いまいち惹かれるものがあまりなくて。で、ちょっと気持ちを整理するためにここに来たってわけ」

「ふーん・・・」

 

 笠守はカメラに保存されている写真を見返す。今日まで、色々と写真は撮ってきたがどれも心惹かれるようなものが無い。

 

「でも、さっきは何か久々にいい写真が撮れた気がする」

「それって、来た時に撮ってたの?」

「そう、これだ」

 

 アズミが気になる風で訊いてきたので、笠守はその写真をアズミに見せる。

 

「わ・・・何か綺麗な写真・・・」

「そう思う?そりゃ嬉しいなー」

 

 モミジの写真を見せると、アズミは表情を明るくする。こうして自分の写真で誰かを笑顔にできることは、カメラマン冥利に尽きる。自分が大切に想う人が相手ならなおさらだ。

 そして、この写真を『良い』と言ってくれたことで笠守もほんの少し自信が湧く。

 気分が良くなってきて、笠守はアズミに話しかける。

 

「アズミは?今日ここに来たのは・・・」

「気分転換ね・・・試合に向けて訓練も厳しくなってきて、ちょっと心が疲れちゃったから」

「そうか・・・」

 

 つまり今、アズミとここで会ったのは偶然なわけだ。

 太陽が雲に隠れたのか周囲がほんの少し暗くなる。笠守はそこでモミジを見上げると、暗いところだとあまり綺麗には見えないな、などと考えた。

 

「何か、最初に会った時みたいね。ここで、偶然会ったのが」

 

 アズミの言葉に、笠守は思わず視線を移す。

 アズミは同じように、モミジを見上げていた。しかしその表情は、昔を思い出すかのように遠い感じがして、なぜか惹かれるような魅力がある。

 そこで笠守の頭の中で、何か糸が繋がるような感覚になる。

 その時、静かな風が吹いて、草木の葉がさわさわと優しい音を奏でた。

 

「あら」

 

 そして、アズミの目の前にモミジの紅い葉がひらひらと舞い落ちてくる。

 雲に隠れていた太陽が再び顔を出して、陽の光が再びモミジの葉の合間から洩れ出る。

 その瞬間。

 

「―――っ」

 

 笠守の目が、見開いた。

 自分の頭の中で、電流が走ったかのような感覚に襲われた。

 心の中で、『これだ』と叫んだ。

 

「・・・なあ、アズミ」

「?」

 

 モミジの葉を拾い上げて、指先でくるくると弄ぶアズミに笠守は声をかける。

 

「・・・今、すごいいい構図が思い浮かんだ」

「え?コンテストの写真?」

「ああ。けど、ちょっと・・・」

 

 笠守は断りを入れて、スマートフォンを取り出すと恐ろしい速さで画面をタップしてネットに接続する。調べるのは、ネイチャーフォトコンテストの参加要領。具体的にはその応募できる写真の条件。

 アズミは、笠守の突然の発言と行動に戸惑う。だが、笠守の表情がふざけているように見えなくて、声をかけるのを躊躇う。

 

「・・・・・・よし、大丈夫だ」

 

 調べた結果を見て、笠守は頷く。

 いまいち状況が掴めないアズミはキョトンとする。だが、そんな彼女を置いたまま笠守は話しかけてきた。

 

「あのさ、アズミ」

「?」

「差し出がましいようだけど・・・また1つ、お願いがあるんだけど、いいか?」

「え?」

 

 笠守はベンチから立ち上がり、アズミの前に立つ。

 そこでアズミは、大学選抜副官特有の頭脳を持ってして、今このタイミングで、笠守が何を思いついたのか、気付いた。

 

「アズミを写真に入れて、応募したい」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

 だが、改めて言われるとアズミは疑問の言葉をそのまま口にする。

 頭から心臓に掛けて徐々にその意味を理解し始めて、それが心に届いたころに『え?』とはっきり声を上げた。

 

「ちょっと・・・どうして急に?」

「今さ・・・・・モミジの葉っぱがアズミのそばに落ちてきて、それで『これだ』って閃いたんだ」

「えっと、それは嬉しいんだけど・・・いや、待って」

 

 笠守も無理な話と分かっているのか、表情が固まっている。対するアズミも、しどろもどろ。その反応は当然のことだし、自分の言ってることは無茶ぶり同然と笠守も分かっている。それを承知で、笠守はアズミのことを撮りたかった。

 

「え、だってテーマは『自然』でしょ?私を撮るって・・・」

「ああ、メインはこのモミジだ。それでアズミも、その写真に入ってほしい」

「人が入るのはいいの?」

「ああ。さっき条件を確認したら、人は入っていても大丈夫らしい。ただし、写真の数パーセント程度じゃなきゃいけないけど」

 

 スマートフォンを見せると、そこにあったのは先ほど笠守が呼んでいたコンテストの写真の条件。確かに、人物は写真全体の10パーセント以内の割合であれば入っていて問題ないと記載されていた。

 

「もちろん、アズミが嫌なら無理強いはしない。俺個人でこういう写真を撮りたい、って思ってるに過ぎないから」

 

 望まない相手の写真を撮るのは笠守だけでなく、カメラマンの理念に反する。写真を撮る相手が嫌がるようであれば、絶対にシャッターを切らない。自分の中に浮かんだ最良のアイデアだって、水に流して全て忘れて無かったことにもする。

 それを受けて、アズミは。

 

「・・・どうして、私を?」

 

 一番気になるのは、なぜ自分が選ばれたのか。

 もちろん、笠守だって誰でもいいわけではない。

 

「アズミは、俺の主観だけど、ふわふわした柔らかい、優しい印象がするんだ。それがモミジと併せると、良い雰囲気になると思った」

 

 人の纏う雰囲気とは十人十色だ。ピリピリした雰囲気のする人、ほんわかとした雰囲気の人、きっちりしている人、色々だ。

 中でもアズミは、言ったように柔らかく優しい雰囲気を笠守は感じた。それが起用しようと思う理由の()()だ。

 

「それに・・・」

「それに?」

 

 アズミを選んだ理由はそれだけではない。そのもう1つ理由を言い淀む笠守だが、アズミはその言葉を飲み込ませるわけにはいかなかった。不明瞭なままでいるのは、気が済まないから。

 アズミが笠守の目をじっと覗き込むと、笠守は視線を逸らした。そこまで後ろめたい理由があるのか、アズミは無言で問う。

 一方で笠守は、観念したのか目を閉じて口を開く。

 

「・・・アズミは、その・・・・・・すごく、俺からすれば綺麗な人だから。撮りたいと、素直に思った」

 

 視線を合わせないまま言葉を紡ぐと、笠守は下唇を噛んで俯いてしまった。自分で言うのも恥ずかしい言葉だろうと、アズミも気持ちが汲める。

 そして、そんなことを言われたアズミ自身、自分の心と血と身体が熱くなってくるのが分かって来た。

 見た目には気を遣っているアズミとしては、『綺麗』と言われること自体嬉しい。自分を磨いてきた成果がちゃんと表れていると実感できるから。

 だが、笠守に言われるとそれ以上の感情が湧き上がってくる。そうなる理由なんて、わざわざ言葉にするまでもない。

 

「・・・そう、分かった」

 

 笠守は、アズミを見る。

 笑みを浮かべていた。

 

「・・・1つだけ、約束して」

 

 そう言ってアズミは、自分の右手を笠守に向ける。小指を立てて。

 

「・・・絶対、入賞してね」

 

 約束の証と、アズミの願い。

 笠守はこれまで、コンテストの類で賞に選ばれたことが無い。だからアズミからの約束は絶対に果たせられるかと言われると言葉に詰まる。

 しかし、笠守は弱気になってる場合ではないと自分で分かっている。

 そして、アズミのその約束は絶対に守らなければと、強く固く心で思う。

 

「・・・約束する」

 

 笠守も、自分の右手の小指を出す。

そしてアズミの小指と絡めて、指切りをした。

 

 

 夕方、笠守はサークルの部室へと出向いた。

 慣れ親しんだ部室のドアを開けると、窓にはブラインドが掛けられていて、夕日は遮られている。その窓の前の机で、部長の矢掛が椅子に座ってパソコンで何かを調べていた。

 

「部長」

「んー。どうした?」

 

 声をかけると、矢掛はパソコンから目を離して笠守の方を見る。

 だが、笠守がずんずんと自信に満ちた、迷いのない足取りで自分へと向かってくるのに、少しだけ『おや』と疑問を抱く。

 そして笠守は机の前で立ち止まると、懐からSDカードを取り出した。

 

「・・・コンテストに出展する写真を確認してもらいたいのですが」

 

 切り出された話題に、矢掛は意識を正して笠守を見る。差し出されたSDカードを受け取りながら、矢掛は話しかける。

 

「撮れたか。自信作が」

「はい」

「よし、確認しよう」

 

 サークル活動の一環でコンテストに出る場合、写真は全て部長が確認する決まりになっている。下手な写真を出してサークルのイメージを下げるのを避けるためだ。その点でも、この矢掛は信頼を置かれていると分かる。

 SDカードをPCに読み込ませると、1枚の写真が表示される。SDカードは笠守個人のものだが、コンテストに出す用の写真しか入れないので、写真もそれ関連しか入っていない。

 

「・・・・・・これは」

 

 そして、表示された写真を見た瞬間、矢掛は目を見張った。

 笠守の写真にありがちな、刺さる人にしか刺さらないであろう写真、ではない。

 純粋な興味を惹かれるような、良い雰囲気のする穏やかで優しい写真。

 矢掛は素直に、この写真を『とてもいい』と心の中で評価した。

 

「・・・お前、この人は・・・」

「大学選抜の、知り合いです」

 

 写真に写っている人を指差すと、笠守は隠さず明かす。元々、矢掛が『アズミ』という人を知らないとはいえ、大学選抜に知り合いがいることはサークルで既に知られている。今更隠す必要もない。

 

「・・・お前はこれを、良いと思ったんだな?」

「はい。部長はどう思いますか・・・この写真」

 

 笠守の覚悟はここに来るまでに決まっていた。いや、この写真を撮ろうと思った時点で、アズミを撮ろうと思った時点で固まっていた。

 矢掛は、もう一度写真を見て、頷く。

 

「・・・良いと思う」

「・・・」

「今までで、一番」

 

 写真の応募が、決まった瞬間だった。

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