笠守にとっても、アズミにとっても長く感じた10月だが、世間は何事も無かったように回り、秋の深まりがいよいよ色濃くなる11月になった。
この月は、それぞれにとって大事な行事があるひと月だ。
笠守にとっては、コンテストの結果発表が行われる月。アズミにとっては、社会人チームとの試合が行われる月。
笠守が参加するコンテストは、初の入選を狙って最良の写真を応募した。それも、その写真はアズミを撮ったものだから、なおのこと栄光を飾りたい。
アズミが挑む試合も、自分たちのこれまでの成果を発揮する場であるから、気が引き締まる。特に、それなりの事情があったとはいえ、高校生に負けてしまっているから、敗北を取り戻したいと切に思う。
そしてこの日は、アズミにとってはその緊張が一段階上がる出来事があった。
「来ることぶき工業との試合について、正式な内容が確定した」
普段通りの時刻に始まった、大学選抜チームの連絡事項通達。そこで、壇上に立つ隊長の愛里寿がそう告げると、会議室全体の空気が緊張で染まった。
先月の半ば過ぎ辺りに話題に上がったその話は、詳細が決まり次第追って連絡となっていた。それ以降は試合の場所、日にちとちょくちょく情報が更新されつつあり、今日になってその詳細は決定となった。
「まず試合の日時は、通達した通り11月15日。場所は松代演習場」
愛里寿の発言に合わせて、傍に控えるメグミがタブレットを操作する。前面に張られたスクリーンに詳細が投影される。
「この演習場は、市街地エリアをメインとし、その周囲に田園、森が広がっている。大半は市街地なので、今回の試合では市街戦がメインとなるだろう」
続いてスクリーンに映し出されるのは、石が敷かれた道と、同じく石やレンガで建てられた家屋が建ち並ぶ西洋風の町並みだ。周囲には広めの畑が広がっている。
ちなみにこの演習場、元は西洋の町を再現した居住地を開発して移住者を呼び込もうとしていたらしい。ところが、利便性がやや乏しい故に数年で廃れてしまった悲しい背景を持っている。戦車道連盟が有している市街地系の演習場は、こうした背景のある場所を有効活用しているのだ。
「この市街地は入り組んだ細道や交差点、噴水など地形が複雑で、かつ広い道があまりない。戦闘するには難易度の高い場所だ」
市街地の俯瞰図が表示される。建屋は高くて2、3階程度の高さなのだが、道が狭いとどうしても戦い方は限られてくる。机に座ってスライドを見る隊員たちの表情に、軽い苦みが混じった。
「参加車輌は両チーム25輌ずつ。昨日、相手チームの参戦車輌のデータが送られてきた」
メグミが画面をスワイプさせ、ことぶき工業の戦車を表示する。
「隊長車はV号戦車パンター。配下にはティーガーⅡが2輌、パンター18輌、Ⅲ号戦車J型が1輌、N型が2輌、ヤークトティーガーが1輌」
ことぶき工業がドイツの戦車を重用しているのは周知の事実なので、それには誰も驚かない。
今回相手が起用するのは、市街戦を考慮してか比較的足回りの良いパンターとⅢ号戦車。後は火力・装甲が優れているヤークトティーガーと、火力・装甲共に大学選抜を少し上回っていた。
「私たちはパーシング21輌、チャーフィー2輌、T28重戦車1輌、そして私のセンチュリオンが参戦する」
一方で大学選抜は、まず主力戦車のパーシングは確定。今回のような入り組んだ地形では重宝される、軽快な足回りのチャーフィー。そして強固なT28に、愛里寿の愛機であるセンチュリオン。ある意味、お決まりだ。
さて、かの大洗戦で文部科学省のお達しで無理矢理使わされたカール自走臼砲だが、今回は使用しない。と言うのも、カールの火力は確かにすさまじいものの、装甲が薄い上に護衛に数量割かねばならず運用性が悪いので、満場一致で留守番が決まっていた。恐らく今後、使う機会は全くと言っていいほどないだろう。
「そして、今回の試合で参加する車輌を、今から伝える」
続けて愛里寿は、この試合に参加させる車輌・・・誰の戦車かを発表する。これが、隊員たちにとって一番気がかりなことだった。
大学選抜チームは、プロ入りを想定して編成された特別なチームであり、所属する隊員は皆プロリーグ参加を目的として切磋琢磨しているのだ。その力を発揮する公式戦でお呼びでないとなると、実力不足を嫌でも感じざるを得ない。
愛里寿に名前を呼ばれないことは、戦力外通知も同然だから、誰もが恐れている。
そして、愛里寿が参加する車輌を告げると、会議室には安堵と失意のため息がそこかしこから聞こえてきた。
◆
「試合、松代なのか」
「知ってるの?」
「まあ、演習場があるって話は聞いてたから」
昼休みになって、笠守は久々にアズミと昼食を一緒に摂っていた。
誘ったのは笠守の方で、先日アズミをモデルに写真を撮らせてもらったため、そのお礼としてささやかながら奢りたいと申し出たのだ。
アズミも、これが普段だったり相手が別の誰かだったら丁重にお断りを入れていたが、笠守相手となるとどうも強気に出れず、『お言葉に甘えて』と素直に話を聞き入れる。笠守が言っても引かないのは目に見えていたし、せっかく一緒に食事を楽しめるのだから断るに断れない。惚れた弱み、と言うやつか。
「それで、試合にはアズミも?」
「ええ。これでも副官、中隊長だしね」
「・・・それもそうか」
アズミは、少し誇らしげに微笑みながら蕎麦を啜る。
だが、選ばれたことだけに満足してはならない。
よくある話らしいが、プロ入りの登竜門である大学選抜に入隊してから、プロ入りではなく大学選抜で公式戦に参加することを最終目的にしてしまう人はいる。つまり、大学選抜に入隊した目的をはき違える人が多かれ少なかれいるのだ。
アズミも数人そんな知り合いがいたようで、そうならないためにアズミは副官に選ばれ、公式戦にも参加できるだけで喜ぶのはまだ早いと思っている。
「私はもちろん、プロを目指している。だから今はまだ、喜ぶ時じゃないのよ」
「・・・なるほどなー」
笠守は、カレーを食べる手を止めて、アズミの話を相槌を打ちながら聞く。
戦車道もシビアな世界だと、笠守はつくづく思う。いつ何時たりとも、自己の研鑽を怠ればその時点で底が見えたようなもの。それに戦車は1人では動かせないから、個人の怠慢が他の誰かの足を引っ張る。
それをアズミの言葉を聞いて、改めて思った。
「で、笠守はどうする?今度の試合」
「ん、観に行こうと思う。写真も撮らなきゃだし、個人的に興味もある。それに応援もしたいからなー」
「そっか・・・それじゃ、頑張らないとね」
アズミがにこりと柔らかい笑みを浮かべると、笠守も少し笑ってカレーを食べる。
その瞬間、強烈な3つの視線を感じ取ってスプーンが止まった。
「・・・あら、どうかした?」
視線の下を辿れば、妙に嬉しそうなメグミが笠守の斜向かいに。笠守は『いや・・・』と視線を戻して逃げるようにもう一口カレーを食す。
「気にしなくて大丈夫よ?2人は遠慮なく会話を続けて?さあさあ」
「ルミ、あんまりからかわないで頂戴」
笠守の隣のルミが『どうぞどうぞ』と手を差し出すと、アズミは鬱陶しそうに手を払う。愛里寿は、からかったりはしない―――大人しい性格だからだろうが―――ものの、笠守とアズミのやり取りを丹念にチェックしていた。
メグミとルミ、そしてメグミの隣の愛里寿は、最初から同席していた。笠守が昼食に誘った時点で、アズミが元々メグミたちと一緒に食事を摂ることになっていた。それを知った笠守は取りやめようとしたが、メグミたち3人は笠守も一応は大学選抜の関係者、と言うわけで遠慮はしなくていいとなってこうして同席している。
ただ、笠守はメグミやルミとは既に顔を合わせているし、敬語もないので別段畏まった関係でもない。だから彼女たちは遠慮ない姿勢でいられるし、アズミとのやり取りも楽しく見届けられるのだろう。
しかしながら、笠守もこうして第三者から意識されると恥ずかしいので、一度『おほん』と咳払いをしてから話をする。
「相手、結構強いんだっけ」
そして今度は、メグミたちにも確認するように話しかける。頷いたのはルミだ。
「関東地区で第二位を飾るぐらいにはね」
「うわー・・・強そうだな・・・」
表情が曇る。スマートフォンで手早くことぶき工業とその戦車道チームを調べるが、確かに手強そうな印象があった。
「でも大学選抜は、俺の目からは問題ないように見えたけど・・・実際のところどうなんだ?」
「そうねぇ・・・全体的に力はついてきてるけど・・・まだまだ安心はできないかな」
アズミがうーんと少し唸るが、横合いから『でも』とメグミがメンチカツを飲み込んで告げる。
「アズミたち、最近伸びてきてるじゃない」
「そうそう。こないだなんて隊長の攻撃避けたし」
ルミもメグミと同意見らしい。目玉焼きの載ったハンバーグを食べながら、静かに話を聞いている愛里寿も、アズミを見て頷く。
「ああ、あのフェイントな。確かにすごかったなー・・・」
笠守も、その様子はフィルター越しとは言え見ていた。あの時の動きは、笠守も惚れ惚れしそうなほど華麗だったのを覚えている。もちろん、あれも写真に撮ってある。
「隊長としては、いかがですか?最近のチームは・・・」
アズミが愛里寿に意見を求める。
すると、ハンバーグを食べ終えた愛里寿はフォークを置き、少し考える。
口を開く瞬間のその表情は、やはり戦車道が絡む話だからか、きりっとしているように見えた。
「・・・元々、大洗との試合の後からみんな練習に力が入っていたし・・・基礎的な部分は大分成長していると思う」
「ですよね・・・隊員たちも、あの試合がカンフル剤になったみたいです」
大洗女子学園との試合は、結果含めて笠守も知っている。だが、実際は様々な内情が絡んだ真っ黒な試合だったらしい。それでも敗北したことは変わらないから、それを糧として隊員たちは己を磨いてきた。
「それにアズミだけじゃなくて、メグミもルミも力をつけてきているから・・・大丈夫だと思うよ」
「ありがとうございます、隊長」
愛里寿の総括に、アズミたちは頭を下げる。彼女たちにとっては、自身より目上の立場にある愛里寿に頭を下げるのは当然のことだろうが、笠守は未だにそれが少し変に思える。何せ、明らかに年上のアズミたちが愛里寿に敬語を使い、頭を下げているのだから。
だがそれは、戦車道の世界が実力主義であることを表しているし、同時にアズミたちが礼儀正しいのを示している。
「で、笠守は写真、どうなの?」
そう考えていると、メグミに話しかけられた。
コツは掴んできて、狙った一瞬を狙うのも大分慣れてきたが、それでもまだ完璧な写真とは言えない。
「まあ、ぼちぼち・・・」
「へー、ちょっと見せてもらっても?」
ルミに訊かれると、笠守は頷いてカメラを取り出す。
アズミを昼食に誘った時、『一応カメラは持ってくるように』と念押しを受けた。愛里寿たちも同席すると聞いていたから、恐らくは進捗を確認するためだ、と笠守は思っていたのだがどうやら的中らしい。
「へ~、よく撮れてるわね・・・」
「うん、いい感じじゃない」
ルミがテーブルの上で写真を眺め、メグミもそれを覗き込む。
「隊長も見てみます?」
「うん」
ルミが訊ねると、愛里寿は素直に頷いてカメラを受け取る。笠守としても、愛里寿へ進捗の報告も兼ねて持ってきたので特に問題はない。
「・・・すごい」
表示される戦車の写真を見て、愛里寿はぽつりと呟く。
シンプルな言葉だが、それはカメラマンにとっても大切な栄養剤。笠守は『どういたしまして』とお礼を告げてカレーを一口食べる。
「でも、納得いく写真は撮れてるの?」
「それはなー・・・。けど、苦戦した最初と比べれば大分慣れてきた感じだ」
アズミは最後の蕎麦を食べ終えて、ごちそうさまと手を合わせる。笠守は一度、水を飲んで喉を潤した。
「だから、そのことぶき工業との試合で写真が撮れればと思う」
「そうね・・・撮影用の観戦席はあるから、そこなら撮りやすいかも」
「ああ。助かる」
戦車道の試合では、写真を撮る人のために通常の観戦席とは別の区画が用意されることが多い。事前に試合の詳細を調べていたアズミは、それを笠守に教えた。
笠守もその場で調べてみたが、その区画を使用するには通常の観戦料とは別途料金がかかるらしい。それでも、必要経費と割り切ってそこへ行くと決めた。
「でも、今回は市街地戦だし、写真を撮るのは難しいかも」
大学選抜の演習場は草原がメインのため、視界が開けて写真も撮りやすい。だが、ことぶき工業との試合は市街地が中心で、町中での試合は建物が遮蔽物になって逆に撮りにくい。それはアズミでも分かった。
「それでもシャッターチャンスは来ると思うから、それを狙うしかない」
「もし・・・撮れなかったら?」
考えられる可能性を示すと、笠守は笑って肩を竦める。
「もう少し、大学選抜の演習にお世話になるかもしれん」
「やっぱりそうなるわよね・・・」
主目的が大学選抜の写真を撮ってホームページに載せることである以上、他の戦車を撮ればいい話でもない。ならば、撮れるまで挑み続けるしかない。しかし時間をかけすぎても迷惑になる。
何にせよ、松代での試合が腕の見せ所だ。
「隊長は何か、気になった写真はありますか?」
「え?」
熱心に写真を見ていた愛里寿に、アズミが声をかける。愛里寿は少し面食らったようだが、やがて1枚の写真を見せた。
「この写真とか・・・良いかなって」
愛里寿が見せたのは、アズミのパーシングが愛里寿のセンチュリオンの攻撃を避けた瞬間を捉えた写真。砲撃の瞬間よりも少しずれてしまったので、笠守としてはあまり良いとは思わなかった写真だが、愛里寿には刺さったらしい。
「それは・・・でもどうして?」
「何だか・・・動きが伝わってくるような感じがして」
「なるほど・・・」
愛里寿の意見を聞いて、笠守も新しい発見があった気がした。
自分の視点だけで写真を撮って選んでいたが、第三者からこうした意見を聞くと、選択肢もまた増えてくるのではないかと、笠守は思う。
「・・・じゃあ、それも候補にしておこうかな」
「うん・・・あと」
そして愛里寿は、今度は別の写真を見せたいらしい。他にも候補があるのかな、と悠長なことを笠守は考える。
「この写真に写ってるのって、アズミ?」
だが、愛里寿がその写真を見せた瞬間、心の中で『しまった』と叫んだ。
その写真とは、笠守がコンテストに応募するために撮影した、モミジの写真だ。もちろん、アズミだってばっちりくっきり写っている。
「え?」
「あらま」
そして必然的に、興味を惹かれたルミとメグミも写真を見て、次に笠守を見るときの表情ときたら面白いおもちゃを見つけた子供みたいな無邪気な笑みだった。
アズミは、頬を少し赤らめながら驚いた顔を笠守に向けるが、笠守は『ごめん』とハンドジェスチャーを送ることしかできない。
「・・・ちょっと笠守?」
「・・・何?」
今からあなたをからかいます、なんて顔に書いてあるような笑みのままメグミは訊いてくる。
「アズミとあなたって、具体的にどういう関係なの?」
「あ、訊いちゃった」
踏み込む質問に、ルミが平和そうにツッコむ。
その質問を受けて、笠守の喉が引っ付いたように言葉が出なくなる。一方アズミは、まだダメージが少なかったのか、困った笑みを浮かべながらもメグミを向く。
「ちょっとちょっと、笠守に何訊いてるのよ・・・」
「いやー、最初に顔合わせた時は2人とも仲良さそうだなとは思ってたけど、実際どうなのかしらって」
「どうって言われても・・・」
男女2人に『どういう関係?』と訊くのは、暗に『2人は付き合ってるの?』と訊いてるのとほぼ同義。
それとメグミは、割かし物怖じしない性格で、結構スパッと物を言ってくる。ルミも似たようなものだが、先に訊くか後に訊くかの違いだった。その点をアズミは理解しているので、まだ対処もしやすい。
「何でもないわよ。言ったでしょ?友達同士だって」
「ああ、そうそう」
アズミも、
「へぇ・・・でもさ、笠守が家元に撮影交渉するのをアズミが手伝ったって聞いたけど」
「それは当然のことでしょ。私が隊長に話を通してそこから家元に話が伝わったんだから、橋渡し役の私がいなきゃお話にならないし」
ルミの質問にアズミは毅然と答え、それは正論だとルミだけでなくメグミも頷く。
「それに、笠守だって真剣に『戦車を撮りたい』って言ってたんだもの。その力になりたいって、私は素直に思ったから」
笠守は、アズミの言葉を聞きながら、最後の一口を食べて完食する。
写真サークルに所属しているのは趣味の延長に近い。だが、写真とは笠守と言う人間・人生を形作っている重要な要素であり、それは趣味ではない。
そして、今回の戦車の撮影に関しては、趣味でも遊びでもなく広報目的だ。笠守はその目的のために、真剣でいたつもりだった。だから、アズミのフォローは自分のことを分かっていて、力になりたいという気持ちを持って笠守に協力してくれたのを聞けて嬉しい。
「笠守は、今のアズミの話を聞いてどうよ?」
「そりゃー、素直に嬉しいよ。俺の写真の腕を認めてくれてるから、力になってくれてるんだと思うとさ」
ルミから訊かれて、率直な気持ちを言葉にする。
そこで愛里寿が、珍しく積極的に話しかけてきた。
「じゃあ、この写真は・・・?」
話題は燃料タンクにマッチを投げ込むようなものだったが。
「そうだ、この写真はいったい何なのよ」
ルミが、愛里寿が見せた写真を指差しながら笠守に問う。アズミは、隠れて『チッ』と舌打ちをした。
「いや、それは・・・・・・」
笠守は、ちらっとアズミを見る。だが、ついっと目を逸らされて援護が遮断された。
腹が捩れるほど悩み抜いて、仕方なく答える。
「・・・サークルで、コンテストに参加するんでな。それで、アズミを撮ろうと思ったんだ」
「ほー」
「へー」
「・・・」
にまにま、な笑みをメグミとルミが浮かべる。愛里寿は実に興味深いのか、真剣に笠守を見ている。
「・・・直感で、絵になると思ったんだよ。だから頼み込んで、撮らせてもらった」
「なるほど」
ルミが一応は納得の姿勢を見せたが、話が終わる気配が見えない。
どころか、アズミに向かってにやにやと笑いかけている。
「まぁ、アズミは私らの中でも結構外見に気を遣ってるし、絵になるってのは間違って無いかもねぇ」
「いやいや、あなたたちだって磨けば光るのよ。まあ、メグミは最近アレだけど・・・」
たはは、とメグミは笑う。
「で、要するに笠守はアズミが魅力的に見えたんだ?」
メグミにストレートな質問、そして意見を求められて笠守は死にそうになる。時間の流れを限りなく遅く感じ始めて、汗が止まらない。
「はいはい」
沈黙を破ったのはアズミだ。手を叩きながら、言い聞かせるようにメグミとルミを見る。
「あまり笠守を困らせないでちょうだいな。カメラマンも繊細なんだから」
カメラマン云々はさておき、笠守は割と繊細な性格をしているのでその助言はありがたい。メグミとルミは、それで『仕方ないか』と定位置に戻った。
「それにしても、2人っていつから知り合ってたの?」
「先月ぐらいかな。丁度、笠守のサークルで展示会があって、そこで知り合ったの」
メグミの質問にはアズミが応える正式には、あの遊歩道でカメラのキャップを拾ったのがきっかけだが、あの時は自己紹介もしていなかったからその方がいい。
「その展示会って、写真サークル?」
「ああ、そうだよ」
「笠守は、何の写真を?」
ルミに訊かれて、笠守は『戦車』と素直に答える。
今度は愛里寿が、カメラを笠守に返しながら訊ねる。
「笠守は、普段どんな写真を撮ってるの?」
「基本は植物とか自然の風景。戦車も、元々撮ってた」
アズミは、愛里寿がこうして自分から話しかけるのを不思議に思う。
戦車に関しては天才的なセンスを持っている愛里寿だが、それ以外のことに関しては興味津々だ。『写真』というある種独特なジャンルの趣味を持つ笠守に、愛里寿も少し興味があるのかもしれない。
「でも、アズミがそう言うトコに行くって珍しいわね。どういう風の吹き回し?」
「まあ・・・個人的に立ち寄ったのよ」
メグミの質問にアズミは答えるが、メグミは『ふーん・・・』と虚空を見上げる。
「偶然立ち寄った展示会で出会って、それで今まで付き合うか・・・」
羨ましそうに、懐かしそうに、嬉しそうに告げるその言葉に、アズミも笠守も妙な気分になる。ルミはメグミと同様に、うんうんと笑って頷いていた。
すっと、笠守が愛里寿に視線を移すと。
「・・・がんばって」
何に対してか。
写真か。それともアズミか。
◆
気が気でない昼食を終えてから、笠守はアズミたちと一度解散した後、もう一度アズミと合流して遊歩道へ出向いていた。解散を挟んだのは、メグミたちから曲解されるのを避けるためである。
「あの2人って、あーいう感じなんだな」
「あはは、まあ悪い人じゃないのよ」
モミジの樹の下にあるベンチに座って、先の昼食のやり取りを思い出す。
メグミたちとの付き合いは、アズミの方が長いから人となりを理解している。だから、こうした色恋の話には全力で乗っかってくるのは読めていた。その話題を不慮とは言え持ち出したのが愛里寿だったのは意外だが。
「ごめんな・・・変な話題になったのは、俺の責任だ」
笠守が、コンテストに出展したあの写真を保存したままにしていたのは痛手だ。無論、あの写真は笠守にとっても大切な写真なので、SDカードに加えてUSBメモリにも保存している。万一のために生データを保存したままだったのが仇となった。
アズミだって、自分とそういう関係を示唆されたのは嫌だっただろうに、と思って謝る。
だが、アズミは首を横に振った。
「いいのよ。あの2人がああいう感じなのは知ってたし」
笠守には言わないが、以前は自分がメグミやルミと同じポジションにいた記憶がある。だから、囃し立てて煽る彼女たちの気持ちも分かるのだ。
笠守はもう一度、『ごめん』と頭を下げて話題を変える。
「・・・今度の試合、やっぱり厳しそうか」
「そうね・・・悔しいけど相手は格上だし、実績もあるから」
足元に敷かれたウッドチップを踏む足を、アズミは特に意味もなく上下に動かす。
その足の動きを横目に、笠守は口を開いた。
「・・・俺は写真を撮らなきゃだけど、応援はさせてもらうよ」
「ありがと、笠守」
冷ややかな風が吹いて、モミジの葉がまた1枚落ちる。
舞い落ちる落ち葉で、アズミは思い出した。
「あの写真、もう応募したのよね?」
「ああ、撮ったその日にな。ウチの部長に見てもらったら『一番の出来だ』って言ってくれた」
「へぇ・・・じゃあ、お墨付きってことね」
笠守は頷く。矢掛も写真を見る目は確かだし、サークルの部長が務まるぐらいには写真に造詣がある。そんな彼が言うのであればと、笠守も信頼していた。
「結果って、いつどうやって発表されるとかあるの?」
「場合にもよるけど、今回は郵送で結果が家に来る。封筒に入れられて、もしも優秀な作品だったらフォトフレームに収めた状態で、それと賞状も一緒に入ってるらしい」
笠守は、スマートフォンでコンテストの詳細を確認しながらアズミに話す。過去に電話で結果が知らされることもあったが、電話を待つ間は胃に穴が開くほど緊張した記憶があった。
「丁度、私たちの試合の日と被ったりして」
「それはー・・・ありそうだ」
アズミが苦笑して言うが、笠守は笑えない。試合が行われるのは日曜日で、11月の丁度真ん中あたりだから、アズミの言葉も考えられるのだ。
「けど、写真が決まって、応募できたのもアズミのおかげだから・・・またお礼がしたいと思う」
「・・・前から思ってたけど、笠守って律儀よね」
以前もまた、同じようなことを笠守は言っていた。その時アズミが提示したのは『一緒に食事』だったが、アズミは笠守が一度自分が決めたことには絶対の自信と強い意思を持っているのを知っている。断るのも無駄な抵抗だと分かっていた。
そしてアズミは、同じ答えを言うつもりは無かった。
「笠守」
「?」
改まってアズミが話しかけてきて、笠守は視線をアズミの目と合わせる。
アズミは、かすかに視線を彷徨わせながら、言葉を投げてくる。
「最近の戦車道の練習って、大分厳しいのよね」
「ああ、それは・・・写真を撮ってるだけの俺でも分かる」
模擬戦は苛烈だし、その前の統率訓練も神経を尖らせているだろうことは伝わってくる。戦車に乗っている人がどれだけ大変かなど、写真を撮ってるだけの笠守の予想を軽く超える物だろう。
「試合もきっと・・・いえ、間違いなく激しい戦いになると思うわ」
「そうだな・・・」
「でね?」
アズミがそこで、座ったまま笠守と距離を少し詰める。
「試合に勝ったら、英気を養うために休日を作るって隊長は言ってたの」
「へぇ」
「だから笠守」
笠守は、『だから』で自分の名前がつながることに引っかかりを覚えるが、考えようとする前にアズミがニコッと笑った。
「その休みの日に・・・良ければ一緒に出掛けない?」
「・・・?」
何を言っているのか、分からない。
笠守が思わず首を傾げそうになるが、アズミが自分をデート(かどうかは疑わしいが)に誘っていると気づいた。
「・・・いいのか、俺なんかと一緒で」
「なんか、はナシよ。笠守だからいいの」
風が吹いて、モミジの葉が2人の間を舞い落ちる。
笠守は、そのお誘いを断るわけにはいかなかった。写真を撮らせてもらったこと、これまで世話になったこと、そして何よりも、アズミに対して想いを抱いているから『NO』とは言えない。
「・・・いいよ、行こう」
できる限りの笑みを浮かべて笠守が応えると、アズミは『やった』と小さく呟く。
そして笠守を見る。
「これで、試合も頑張れそうよ」
次回は戦車戦メインのため、投稿時期は少し開きそうですので予めご了承くださいませ。
感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。