海軍大将青キジは、
ぽかぽかと暖かい夏島付近の気候に眠気を誘われつつ、顔を出したイルカに挨拶したところで──遠くから、ドォン、と大砲の音がした。
「あらら……お仕事の時間か」
どんなに平和に見える海でも、どこかで闘争は行われている。青キジ──クザンは進路を変え、新たな氷の道を作っていった。
***
俺こと田中太郎は俗に言う転生者である。転生後の名前はまだない。
トラックに轢かれ、神様に転生先と転生後に使える能力を与えられた。いずれもランダムということでハラハラしていたが、蓋を開けてみればONE PIECEの世界でHUNTER×HUNTERの念を使えるという、かなり楽しそうな結果になった。
一口に念と言っても色々あるが、基本の四大行は何となくできる状態で、本当の意味での能力──発──は自分でこれから練れる感じだ。ちなみに系統は特質系。自由度が高すぎてワクワクを通り越して不安なくらいである。
海賊が闊歩するこの世界でどんな能力が役に立つのか……とりあえず今は、さしあたり今日の暮らしをどうするかが問題なわけだが。
神様とのやり取りを終えてふと気付いたとき、俺は無人島にいた。
本当に無人かはまだわからないが、いかにも無人島という感じの島の、砂浜に倒れていた。鏡も何もないので自分の姿も見えないが、手を見る限り子供のようだ。そして、どうやら俺は女になってしまったらしい。そういえば神様は性別については何も言っていなかった。
性別のことは後で考えるにして、食料でも確保しないとまずいだろう。
そう思って砂浜から少し離れた森っぽい所に入った。森の中で、ふと地面を見ると良い感じの棒が落ちていたので反射的に拾う。エクスカリバーと名付けたいくらい、こう、良い感じの棒を手に入れた。男子は何歳になったってこういう棒が好きだ。今の俺は女の子のようだが、まあそれは良い。
棒を片手に森を進んでいるとばったり海賊の酒盛りに遭ってしまった。見覚えはないのでこの世界にいくらでもいるモブ海賊のようだ。何という不運。しかし話しみると海賊たちは良い奴らだった。略奪や虐殺はしたことがなく、宝探しの旅が目的だと言う。ロマンを追い求める男たちというわけだ。ロマンスドーンで言うところのピースメインってやつだな。
海賊たちは突然現れた少女の俺に迷子か何かかと聞いてきたので、身寄りがないと答えた。嘘はついていない。この世界で俺は天涯孤独だ。海賊たちはめちゃくちゃ同情してくれて、次の島までなら送っていってくれるという。渡りに船とはこのこと。願ってもない申し出だったのでお言葉に甘えさせていただき、数日間の宴の後に彼らの船に乗り込んだ。初日に島で拾った
船の上は潮風がしょっぱくて気持ちいい。海賊たちに会った時もそうだが、こういう夢にも見たような感覚を味わうと自分が今ONE PIECEの世界にいるのだと実感する。
次の島までは10日ほどかかるらしく、それまで俺は小さな体でもできる手伝い(洗濯とか)をすることになった。未だ現在地も時間軸もわかっていないが、いずれ名前を知ってるキャラクターに会いたいなあなんて思いつつ、それから3日経ち───
他の海賊船と遭遇、即戦闘となった。ピースメインといえど海賊は海賊、血の気が多い。よく俺の世話を焼いてくれていた船医さんも「チビは船室にいな!」と俺を室内へ放り込んで戦いに行ってしまった。すごいなあ。ちなみに相手の船も見覚えはなかった。まだ念能力も考えてないし、戦闘には役に立てないので大人しく船室で待っていた。
剣や銃の音がいっぱいして、怒号や悲鳴がたくさん聞こえた。戦争のせの字も知らない平成日本生まれ育ちには超怖かった。平々凡々な人生だったので、殺意にも縁がなくて、体が怯えで震えた。
他人同士のを感じるだけでも怖いのに、自分に向けられたりしたらと思うと怖すぎる。実は自分の体が成長したら海賊になるか海軍になるかしようと企んでいたが、ちょっと揺らいできた。やっぱり人間、平和が一番だよ。
しかしこれはすでに一度死んだ身。せっかく与えられた人生を平穏に過ごしたって面白くはない。とはいえ怖いものは怖いので、やっぱり有用な能力を考えたいところだ。例えば、殺意を向けられても反撃できる感じの能力にすれば怖くないかな。相手の負の感情に反応して攻撃するみたいな。
何となく、島からずっと持ち歩いている
なんて事を考えていたら外が静かになったので、恐る恐る外に出てみると、信じられない光景が俺を待ち受けていた。
甲板が一面の氷で覆われていた。敵味方入り乱れて、戦っている格好のまま全員氷漬けになっている。一瞬思考が止まった俺だが、すぐに一人の人物に思い至った。こんな能力は一人しか知らない。
海軍大将青キジ──クザン。一体いつの間に来たんだろう。そりゃ「早く名前を知ってるキャラに会いたい」とは言ったが、こんなタイミングでとは思いもよらない。辺りを見回すと敵船の方にめちゃめちゃでかい男が見えた。アイマスクと特徴的な髪型を見るに、どう考えてもクザンである。確信した途端、クザンはこちらを振り返った。はたと目が合う。
ここで俺は恐ろしい事に気がついた。知っているキャラクターを見れたことで浮かれていたが、クザンは海軍で俺は海賊の船に乗っている。ONE PIECEの海軍って結構理不尽だし、幼女と言えど敵と見なされてもおかしくないのでは?
「だらけきった正義」をモットーにするクザンだからと言って安心はできない、俺が知っているクザンのことなんて、結局は漫画で描写された程度の表面的なところだけだ。
ビビって後ずさった途端、つるりと足が滑って床に頭を打ちつけた。咄嗟のことで念によるガードは一切できていない。念能力考える前に、基本の修行をするべきだったなあ……。
そんな反省を最後に、転生者田中太郎の二度目の人生はある意味で終わった。
ここから先は、念が使えるだけの、ただの幼女のターンである。
***
クザンは凍った海賊船の甲板を見渡し、手配書と見比べて頭をかいた。
「んん~、やっぱり見ねェ顔だな。早とちりしちゃったか」
懸賞金もかかっていないのなら、海賊旗を掲げていようと旅人と大差ない。
──というのはだらけきった正義を信条にするクザンの超個人的な考え方である。この世界では海賊旗など掲げただけで犯罪者。例え旗揚げ一日目で誰にも迷惑をかけていなくとも、逮捕されて当然だった。
クザンは不意に視線を感じてもう一方の船を見る。甲板にいる子供と目が合った。子供は、一瞬にしてその姿を消した。
「……クラバウターマン……的な?」
首を傾げつつ子供のいた方の船に移ると、普通に子供が倒れていた。片手に木の枝を持っている。
「あらら、氷で滑ったんだな」
氷の上で寝いていては風邪をひくか、肌が氷に張り付いてしまう。クザンは子供を抱き上げ、ついでに木の枝も拾って子供の服の隙間に差し込んでやった。甲板を見回すと船内に入る扉が開いているので、恐らく子供はそこから出てきたのだろう。海賊船にいる以上は海賊──などと決めつけては早急だ。子供の場合、海賊の子供である可能性よりも誘拐された可能性の方がうんと高い。
念のため船内に入ると他にも人の気配があった。物色しながら船内を歩く。
果たして、気配の正体は子供たちだった。船底にほど近い、牢屋のような部屋の中に少年少女が閉じ込められている。クザンに気付いた子供たちは皆一様に怯えた様子で縮こまって互いの体を抱いた。
「こりゃあ……とんでもねェもん見つけちまったな」
海軍大将青キジは、面倒そうに頭をかいた。
片方は旗揚げしたばかりの無名海賊だったが、子供がいた方のは海賊を装った人身売買組織の末端だった。聞けば近辺では子供の行方不明事件が多発していたという。
クザンは最寄りの海軍基地に連絡を取り、逮捕と子供たちの保護を任せた。唐突な大将の出現に慌てふためく基地の海兵たちが気の毒になったので、手柄もついでにやろうかと言えばより畏まってしまった。そんな度胸じゃ出世はできないぞと軽口を叩いて、クザンは基地を後にした。むろん、一人だけ甲板に出ていた謎の子供も置いて、である。
偶然とはいえ無辜の子供たちを助けてやれてよかったなと、クザンにとってその件はそれでおしまいの筈だった。数日後、件の基地からの電伝虫が鳴るまでは。
その日クザンは久々に海軍本部に戻っていた。溜めに溜めた書類仕事を片付けろと部下から泣きつかれたからである。書類に判子を押すのに飽きてきた頃に鳴った電伝虫に、これ幸いとばかりに飛びついた。
「もしもーし、こちら海軍本部」
『もしもし。こちら
「ハイハイ、それおれ」
『大将殿、お久しぶりです。実はですね……』
電伝虫の向こうの海兵曰く、件の人身売買組織に攫われた子供のほとんどは身元が判明し、概ね保護者に引き取られていったという。まだ引き取られていない子供も、保護者の到着を待つばかりになった。
「良い事じゃない。おれに言う意味あった?」
『いえ、本題はこれではなく……その、一人だけ未だに身元のわからない子供がいまして』
「あらら」
『どうも記憶を失っているようで、本人がクザン大将を見れば何か思い出すかもと』
「おれ?」
クザンは子供たちの顔を思い出した。あの中に見覚えのある顔はなかった筈だが。唯一心辺りがあるとすれば、甲板に出ていた子供か。
「その子もしかして、木の枝みたいなの持ってる?」
『やはりお知り合いで!』
「いや、知り合いっていうか……まあいいや。呼ばれてんだろ?そっち行くわ」
「ありがとうございます!お待ちしています!」
電伝虫がガチャ、と鳴いた。別に、あの子供と知り合いというわけではない。しかし自分を見れば思い出すというのなら、きっと記憶をなくしたのはあの氷で滑った時だろう。であれば自分に責任がある。なにより、これを口実に書類仕事から逃げられる!
「じゃあおれ行ってくるから!おれのせいで迷惑かけたみたいだし!」
「ちょっと、クザン大将!?」
引き留めようとする部下を華麗に避け、大将青キジはイキイキと自転車に飛び乗った。
***
少女が目を覚ましたとき、まず知らない天井が視界に広がった。ここはどこだろう、と思ったとき、そもそも自分が誰かもわからないことに気がついた。海兵に名前と出身を聞かれ、いずれもわからないと答えた。
何も手に持っていないことが不安で、海兵に言えば木の枝を渡された。握ってみるととても落ち着いたので、ここ数日手放せないでいる。その間、困った様子の海兵が入れ替わり立ち替わり、何か覚えていることはないかと訊ねてきた。
唯一答えられたのは「自分が念能力を使えること」だったのだが、その「念能力」が何かと聞かれるとそれもわからなかった。
海兵の様子を見ていれば嫌でもわかる。ここは自分がいていい場所ではない。自分がいることで迷惑がかかっている。出ていけるものなら行きたいが、あてもない旅に出られるような知識も度胸も頑丈さもない少女は、腫れ物に触るような大人の対応を甘受する他なかった。
ふわふわと地に足がつかない気持ちを味わって数日。どうにかおぼつかない記憶を必死に探って、大きな男の姿が思い浮かんだ。自分は何故かその男の名前を知っている。そして、海兵たちも知っているだろうという謎の確信があった。
「あのね、あお、きじ……?ってひと、いる?」
「! クザン大将を知っているのかい?」
「わかんないけど……この名前だけしってる、きがする」
「わかった、すぐに連絡しよう!大将殿がすぐに来てくれるかはわからないが……」
そう言って退室した海兵は、帰ってくると心底安堵した表情をしていた。
「クザン大将……青キジさんな、すぐに来てくれるそうだ。本部からだから、きっと数日はかかるだろうが」
「ありがとう、ございます」
「いや、いいんだ!手がかりが見つかってよかったよ」
海兵の様子は、どうにも「これで厄介払いができる」と言いたげな雰囲気がぷんぷん漂っていたが、きっと子供の相手なんて慣れていないだろうし、仕方ないとも言える。未だ呼び名のない少女は、そっと木の枝を握りしめた。
***
クザンが例の子供が待つという基地に着くと、予め到着予定日を伝えていたこともあってか大勢の海兵に迎えられた。多分基地の海兵全員が出てきているといえる数だ。
「青キジ大将に敬礼っ!!!」
「正式な訪問じゃねェからあんまり大々的にしなくていいんだけど」
「そうもいきません。子供はこちらです」
「ハイハイ」
案内された部屋では、あの日見た少女がぽつんとベッドに座っていた。
「あおきじさん……」
「そ、おれが青キジだよ。クザンっての。お嬢ちゃんは?」
クザンは少女の隣に腰かけた。ベッドが大きくきしむ。クザンを案内した海兵は、気を効かせて退室した。
「名前、わかんない」
「ああ、記憶喪失だっけ?ごめんね、おれの氷が」
「クザンのこおり?」
「そこは覚えてないんだな。おれはヒエヒエの実を食べた氷人間だ」
クザンは手の平から小さな氷の船を作り出してみせた。少女の顔がぱあと輝く。
「きれい!すごい!」
「気に入った?じゃあこれはここに置いとくな」
船をぱきりと折ってベッド脇の机に置く。
「それで嬢ちゃん、記憶は本当にない感じ?全然まったく?」
「ない。です」
「うーん、この辺の行方不明届にも嬢ちゃんっぽいのはなかったんだよな」
クザンは道すがら少女の届けを探したが、見つけることはできなかった。天涯孤独といって差し支えないというわけだ。
「そこで提案なんだが、嬢ちゃん
「!」
「いや、無理に海軍に入れって訳じゃねェが、記憶なくしたのはおれのせいだろ。おれの連れとしてマリンフォードに住民権取ってやれると思うんだよ」
マリンフォードは海軍本部のある島だが、同時に海兵達の家族の住居もある。クザンの住居もそこにあるので、そこで引き取ろうという提案だ。
「でも、あたし、家族じゃないよ」
「血の繋がってねェ親子なんかいくらでもいるさ」
少女はぱちぱちと瞬きして、首を傾げた。
「…クザンがあたしのパパになってくれるの?」
「そういうことになるな。奥さんもいねェのに急に子持ちになっちまうが」
「うれしい!ありがとうよろしくパパ!」
「順応はや」
ベッドの上で飛び跳ねて喜ぶ少女に、クザンは苦笑した。
「というわけで嬢ちゃんのことはおれが引き取ることにしたから」
「はっ!了解です!」
「うん、じゃあまたな」
「大将殿がお帰りだ!見送りの準備を!!」
「そういうのもういいって」
「はっ!失礼しました! ……その、クザン大将、その状態でお帰りに……?」
「ン?そうだけど」
クザンは少女を片方の肩に乗せて抱えていた。明らかに人攫い案件のルックスだ。しかし聡明な海兵Aは口を噤んだ。
「……いえ、何でもないであります!お気をつけて!」
「うん、それじゃあね」
「海兵さん、ありがとうでした」
少女もクザンの肩の上から手を振った。高い位置から見下ろすのが面白く、静かに上機嫌である。海兵も小さく手を振り返し、微笑んだ。
さて、さすがに自転車に乗る時は肩に乗せてはいられない。氷で荷車をつくり、その上に毛布を置いてそこに少女が入っていられるようにした。
「そういや、親子って設定なのにいつまでも『嬢ちゃん』じゃ締まらねェよな。何か名前の候補ある?」
「パパにつけてもらいた~い」
「いきなり甘えてくるじゃん。じゃあ……そうだな、……アナとかどうよ」
「アナ?うーん、いいよ」
「即決じゃないんだ……上から目線だし」
「名前うれしいよ。アナです、クザンがパパです、よろしく」
「はいよ、よろしく娘ちゃん」
───海軍大将青キジは、
風邪に髪を揺られながら、アナは持ち出した木の枝を握りしめていた。記憶がなくてふわふわと地に足のつかない感じは未だに継続しているが、それがやっと少しだけ重力に引っ張ってもらえた感じだ。
(マリンフォードってどんな場所だろ)
不安と期待に胸をざわめかせ、転生者田中太郎改めアナは、自転車に揺られていた。