青雉の娘   作:春巻千歳

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3.能力2個持ちでもいいよね、主人公だし

夕方、ボルサリーノはアナを腕に抱えて帰宅した。

「ここがわっしの家だよォ」

「……おっきい…」

アナは家を見上げる。日本家屋を思わせる外観は元日本人であるアナに無意識に懐かしさを感じさせたが、3m近い身長の人間が暮らせるように作られた家屋はおとぎ話に出てくる巨人の家そのものだった。これでこの世界の巨人族よりは小さいというのだから驚きである。

「クザンが家具を揃えた意味が今わかったよォ~」

ボルサリーノの家に元からある家具は大きすぎてほとんどアナには使えないので、予め普通サイズの家具を買っていなければ数日は(マリンフォードも街なので家具屋は一応ある)生活に支障を来していたことだろう。アナは心の中でクザンに感謝した。

 

ちなみにそのクザンは本部に残っている。本当はアナに関する書類だけ提出したらアナたちと本部を出るつもりだったが、それを見越した部下に捕まってしまったのだ。クザンは疲弊しきった部下の様子に流石に同情し、渋々執務室に籠った。同情も何も、元はと言えば自分が溜めた仕事なのだが。

 

「こっちが台所だよォ。わっしはほとんど使わないけどねェ」

ボルサリーノはアナを腕に抱えたまま家の中を案内した。アナの歩幅では家の中でもボルサリーノについて歩くとすぐに疲れてしまう…とボルサリーノが思っているからだ。

一応念能力者であるアナの体力が人並み以上であることは、まだこの世界の誰も知らない。

「アナが疲れてしまうから自分が持って歩く」という発想はクザンと同じなのに、肩に乗せるか腕に抱くかで性格の差が出るなあと抱えられる側のアナはしみじみ思った。クザンの肩は言うなれば巨大ロボのコクピットのような緊張感と万能感と安心感があったが、ボルサリーノの腕は全身を真綿でくるんでその上から更に包み込まれるような心地よさと不安感を同時に味わえる。

正直どちらが良いかと聞かれても、どちらが悪いかと聞かれてもしばらく悩む。

「トイレはどうしようかねェ~…」

ボルサリーノは困ったように言った。3m近い身長の人間が使えるようになっているサイズのトイレは、当然平均サイズの人間には非常に使いづらい。

「…おまるでも買うかァい?」

アナは無言で首を横に振りまくった。推定とはいえもうすぐ2桁になろうかと言う歳で、おまるだけは絶対に嫌だった。ボルサリーノはそれを見て笑う。

「冗談だよォ~。来客用の普通のトイレはこっちにある。わっしら用のとは少し離れてるけどねェ」

「わっし『ら』?」

複数形ということは、他にも使う人間がいるということだ。もしかしてクザンもよくこの家に来るのだろうか。

───アナの淡い期待が砕かれるまであと数分。

 

 

「わっしは着替えてくるから好きにしてるといいよォ」

そう言ってボルサリーノの腕から降ろされ、自分の足で立ってみてアナは家の大きさをやっと実感した。まず天井が高い。すごく高い。見上げて首が痛くなるほど高い。さっきも薄々気づいてはいたが、少し歩いてみると広さもえげつなかった。家の中を一周走るだけで結構な修行になりそうである。

ほとんどの部屋は案内してもらったが、されていない場所もある。例えばこの縁側に繋がっていそうな部屋とか───

 

 

アナは不用意に襖を開けたことを深く後悔した。

 

 

襖を開けた部屋は見立て通り縁側に繋がっており、中庭も見えたが、その部屋に変な人がいた。角刈りで半裸の、クザンやボルサリーノと同じくらいの大男が、あぐらをかいて盆栽と向き合っていた。上半身には見事な刺青が彫られている。

誰?なぜここに?ボルサリーノはこの人のことを知っているのだろうか。さすがに不法侵入でここまで堂々とはしていないだろうから知っているはずだが、だとしたらどうしてアナに何も教えてくれなかったのだろう。否、そんな事はどうでもいい。今すべきことはたった一つだ。

「………失礼しましたぁ…」

「待たんかい」

「ひっ」

そっと襖を閉めようとしたが、変な人の方から声をかけられてしまった。

「きさん、ボルサリーノの何じゃ」

それはこっちの台詞です。アナは半泣きで言葉を飲み込んだ。しかしボルサリーノの何かと聞かれると、これと言って的確に自分の立ち位置を表現できる言葉が浮かばないのも確かだ。馬鹿正直に言うならボルサリーノの同僚の子供、ということになるわけだが、そうなると説明が面倒くさい。居候、といえばピッタリだろうか。

アナの思案をどう捉えたのか、変な人はフン、と鼻を鳴らした。

「…まさかあいつに隠し子がおったとはのう。名は?」

「………えっと…」

知らない人に名前を教えるのはちょっと。あとボルサリーノさんの隠し子ではないです。アナは再び言葉を飲み込んだ。よく見ると顔も怖いし、とりあえず襖を閉めてこの部屋から離れたい。

足音がして、縁側の方から浴衣に着替えたボルサリーノが現れた。着崩して胸元の大きく開いた着物は、先ほどまでの黄色いスーツ姿とはうって変わってラフな印象を抱かせる。

「オー、来てたのかァ~サカズキィ…」

「白々しい言い方はよさんか、最初から気付いちょった癖に」

どうやら変な人はサカズキという名前らしい、そしてボルサリーノの知り合いらしい。アナは少しだけ安心して、ボルサリーノの方へ駆け寄った。

「ボルサリーノ、その子供はなんじゃ。いつの間に作った」

「わっしの子じゃないよォー、クザンの子」

「クザン?」

サカズキは片眉を上げた。ボルサリーノから紹介してもらったことで、アナはぺこりと頭を下げる。

「あの、アナって言います。サカズキさん…?も、パパの知り合いですか」

「…知り合い……まァそうじゃのう、その程度の関係じゃ」

どこか嘲る様子のサカズキにアナが首を傾げると、ボルサリーノが「違うよォー」と割り込んだ。

「サカズキもわっしらと同じ海軍大将でねェ~…赤犬って呼ばれてるよォ~」

「あかいぬ?…パパは青キジだっけ。それで、ボルサリーノさんが黄猿…ですよね」

「そうそう、物覚えが良いねェ~」

わしわしと頭を撫でられ、またアナの顔が赤くなる。サカズキは何故か不満げに鼻を鳴らし、立ち上がって腰に巻いていた服を着た。

「それで、クザンの子供がここに何の用じゃ」

サカズキはボルサリーノではなく、アナに向かって尋ねた。アナが言葉に詰まってボルサリーノを見上げると、ニコニコと笑みを浮かべて「自分で言ってごらんよォ~」と言った。

「…えっと、最初はパパの家に行くつもりだったんですけど、パパは全然家に帰らないから、あたしが一人ぼっちになっちゃうから、代わりにボルサリーノさんがあたしを家に置いてくれるって言ってくれたので、……あの、来ました」

「……………あァ?」

「ひぃ」

睨まれ、アナは首を竦めた。何がいけなかったのだろう、説明は間違っていないはずだが。

「何じゃ、要するにきさんが今日からここに住むっちゅうことか」

「はい」

「ボルサリーノと?」

「はい」

「………正気か、ボルサリーノ」

ボルサリーノは肩を竦める。

「別にィ、サカズキに世話しろとは言ってないよォ~?アナだって自分の事は自分でできる歳だしィ…わっしの家に誰を連れ込もうがわっしの勝手でしょォ~」

「……わしの家でもあるじゃろうが」

「残念だけどサカズキの部屋はここだけだよォ~~」

「………?」

話が見えず、アナは首を傾げながらボルサリーノの浴衣を引いた。

「何のはなし?」

「あァ、そういえばまだアナに言ってなかったねェ~。サカズキはねェ、クザンと違ってよく働く男なんだが、逆に働き過ぎて家に帰らなくてねェ~」

「じゃかァしい」

サカズキが居心地悪そうになったが、ボルサリーノは気にせず続けた。

「何年か前に趣味の盆栽が枯れるからってわっしの家…この部屋に置いてねェ。そこからほとんどここはサカズキの部屋みたいになってるんだよォ。合鍵も渡してあるから勝手に入るしィ~、まァこの部屋には近づかないようにねェ~」

「わかりました!金輪際近寄りません」

「………」

 

 

サカズキは帰った。アナは自分が不快にさせてしまったのではと心配したが、元々息抜きに盆栽を見に来ただけですぐ帰る予定だったらしい。息抜きに入った人の家で半裸になるな。

 

「自分の部屋は覚えたかァい?」

「玄関から入って右手の廊下の突き当たり、左の部屋があたしの部屋!です!」

「本当にもの覚えがいいねェ~」

「……あの」

また大きな手で頭を撫でられ、アナは首を傾げた。

「あたし、そんなに言ってもらえるほど、もの覚えが良いほうじゃないですよ。たぶん。普通くらいだとおもうの」

「オーー……そうかい?」

ボルサリーノも首を傾げたが、頭を撫でるのはやめなかった。

「この髪がねェ~、触ると気持ち良くてねェ…つい触っちまうんだよねェ~…」

軽く叩くようにするとぽふぽふと音がする。アナも同じように自分の髪を触って、確かに面白いかも、と思った。でもこの感覚には覚えがある。

「パパの髪は触ったことない?同じ感じがする…えっと、しますよ」

「クザンの頭ァ…?考えたこともなかったなァ~…」

例え思いついたとしても、何が悲しくて成人男性の頭など撫でなければいけないのか。クザンの髪を思い浮かべたが、アナほど惹かれるものは感じなかった。似た髪質であることを喜んでいるようなので言わないが、恐らく二人の髪は「そう整えればかなり近くなる」という程度で、本質的にはわりと違うのでは、というのがボルサリーノの見解である。

「何かとアナを褒めたくなるのはァ…髪を撫でるため口実なのかもしれないねェ~」

「じゃ!じゃあ、いつでも好きな時にさわっていいですよ」

アナは授業中の模範生徒よろしく元気に挙手をした。

「オー…いいのかい?」

「うん、おうちに置いてもらってるから、少しでもお礼したいし…それに、あんまり褒められると勘違いしちゃうの…」

自分が歳相応の、平均的な賢さでしかないことはわかっている。わかっているつもりだが、何度も過度に褒められては自惚れて、勘違いしてしまう。天狗ほど恥ずかしいものはない、とアナは両手の人差し指を突き合わせながら言った。

「…………」

「きゃあ」

ボルサリーノの手は、アナの体を抱き上げた。のみならず、力強い腕は大きな胸板にアナを抱き竦める。

「…ど、どうしました…?」

「んん?…いやァ~~~……どうしたんだろうねェ~?」

ボルサリーノは首を傾げる。もじもじと顔を赤らめるアナを見ていたら、たまらなくなって抱きしめていた。

「…父性ってやつかねェ~~?」

「……?」

わけがわからなくて二人で首を傾げていると、アナの木の枝がにわかに熱を持った。

「え…なんで、なんで!?」

アナの知る限り、枝は近くにいる人の負の感情に呼応してエネルギーを貯める。その際に熱を帯びるわけだが、今アナの近くにいるのはボルサリーノひとり。ということはボルサリーノが負の感情を抱いたことになる。アナを力いっぱい抱きしめながら敵意や殺意及びそれに準ずるなにかを抱いたということだが、そんな怖いことがあってたまるか。何かの間違いだとアナは首を振った。

「その枝がどうかしたのかァい?」

「あう、えっと…」

アナは手短に自分の能力を説明した。ボルサリーノが「見せてごらん」と枝を握ろうとするのに慌てて抵抗する。

「話きいてましたか!?あたし以外が持ったら爆発しちゃうんだってば」

「物理攻撃なら、わっしは怪我しないからねェ~~」

「おうち壊れるかもですよ」

「オーーー、それは困るねェ~……外でやるかァ」

「そういう問題じゃなくて…!」

抵抗しようにも、抱えられたアナには成す術がなかった。あれよあれよと屋外へ連れ出され、そこそこの面積の空地に辿り着いた。

「爆発はどれくらいの範囲に及ぶのかわかるかい~?」

「えっと…今はすっからかんのはずだから、あんまり大きくはないはずだけど…でも、さっき貯まったのが誰のどんなエネルギーなのかわかんないから…わかんないです」

少し前は「センゴクがクザンに」抱いた「怒り」だとはっきりしていたから「これくらいの力が出る」とおおよその見当をつけて能力を使ったのだが、今は何もわからないのでアタリもつけられない。知るためには爆発させてみるしかないというわけである。

「じゃあ…いきますよ…」

「いつでもいいよォ~」

アナは恐る恐る、ボルサリーノの手に枝を乗せた。

 

枝が光を放つ。

 

クザンといた時に船上で見せた爆発直前の閃光とは違い、柔らかな光が零れるように枝からじんわりと広がっていく。

 

結論から言えば、想定していた爆発は起きなかった。

 

辺り一体は数秒光に包まれ、やがて本来の景色に戻った。

 

「…………」

「……………」

「何、今の……」

「爆発…しなかったねェ~…?」

「しなかったけど…不思議な感じ…」

枝を返してもらったアナが釈然としない顔で枝を睨んでいると、空地から少し離れた位置にある家からいかにも海兵らしい体型の男が飛び出した。

男はきょろきょろと辺りを見回し、アナたちに気づいて近づいてきた。

「黄猿大将!お疲れ様です!」

「オーーー……お疲れェ…。お前、わっしの部下じゃないねェ…?」

「は!自分の所属はつる参謀の部隊であります!つい先ほどまで(・・・・・)足を骨折して休養を取っていた所であります!」

「そうかい、そりゃお大事にィ……」

「ボルサリーノさん、めんどくさくなってるでしょ」

海兵は少しだけアナに視線を寄越したが、敬礼したままボルサリーノに向けて続けた。

「失礼ながら、先ほどの温かい光はもしや大将殿の能力でありますか?」

ボルサリーノとアナは顔を見合わせた。

「一応、あたしの能力…だと思います」

アナがおずおずと手を挙げる。海兵は瞠目したが、感動した様子でしゃがみこんでアナの手を握った。

「実は骨折したのはつい3日前で、全治は2ヶ月ほどだと言われていたのだが、君のおかげで治った!これでつる参謀のお供ができるよ!ありがとう!」

「…え?」

「それでは自分はこれで!失礼します!」

改めて敬礼して、海兵は去って行った。

「元気な男だったねェ~…」

呆れ顔のボルサリーノに対し、アナは深刻な顔で枝を握っていた。

「ボルサリーノさん、今のひとが言ってたのが本当だったら…」

「さっきのは…治癒の光ってことだったのかねェ~?」

「そうなんですけど……なんでなんだろう…?自分の能力なのによくわかんないの、嫌だなぁ~~!!」

空地なのを良いことに叫んだアナの声は、黄昏時の空に吸い込まれていった。

「うう~~っ、モヤモヤする!ボルサリーノさん、あたし走って帰ります!先に帰ってて!」

「オ~~…いいけどォ、場所はわかるのかい~?」

「ばっちり!!」

アナはぐっと親指を立て、ボルサリーノの家と反対方向に走り出した。今いる空地とボルサリーノの家は決して近くはないのに、それを覚えていると豪語するあの自信…。小さくなっていく子供の背を見送り、ボルサリーノはぽつりと呟く。

「やっぱり、もの覚えがいいよねェ~~…」

 

アナが家に帰ってきたのはとっぷりと日が暮れてからだった。やはり道に迷っていたのかと出迎えれば、汗だくの少女が肩で息をしていた。空地で分かれてから、宣言通りずっと走っていたらしい。記憶力だけでなく、か弱そうな見た目に反して体力もあるようだ。

「お帰りィ~…」

「ハァ、ただいまです…ハァ」

「汗でビショビショだねェ~、飯の前に風呂に入ったほうがいいかもねェ」

「すみません、…ハァ、ハァ……」

「とりあえず落ち着こうかァ~…」

水とタオルを渡して一段落すると、アナは眠たそうに目を擦った。こういう所は年相応だ。

ボルサリーノはアナに、急に走っていった理由は聞かない。突飛な行動が意外ではあったが、会って一日も経っていない人間のことなど意外なことが多くて当然であると理解しているし、何より大して興味がなかった。

「そういえばァ~、クザンとの風呂はどうしてたんだい?」

「ホテルに泊まった時はパパと一緒に入ってました。パパはシャワーだけだったけど、あたしはその横でお風呂に浸かってて」

「じゃあわっしとも一緒に入ろうかァ~」

「やったあ」

ボルサリーノは湯に浸かりたい派だった。あるいはクザンも出先だから万一に備えてシャワーで済ませていただけなのかもしれないが、何にせよアナは初めて自分意外の誰かと湯船に入った。

「ボルサリーノさん、肩まで浸かってない…」

「肩まで浸かると力が抜けちまうからねェ~…それに、アナが沈んじゃうでしょォ~」

「それはまあ、そうですけど」

湯量はアナがボルサリーノの膝に乗って肩まで浸かれるほどだが、体格の差もあってボルサリーノは腹の上ほどまでしか浸かっていない。クザンから「肩まで浸かるもの」と習ったアナはそこが不満だったが、自分のためと言われては何も言えなくなった。

「…その枝、風呂でも持ってる必要があるんだねェ~」

「そういう能力なので…」

浴室に持ち込まれた木の枝は心なしか湿っていたが、風呂から出ると元の良い感じの棒の雰囲気を取り戻した。念能力の一部に組み込まれたことで、ただの枝とはすこし違ったものになったようだ。

 

 

晩飯を済ませ、あとは寝るばかりとなった。ボルサリーノが自分用に布団を出していると、先に自室で寝ているはずのアナが部屋に来た。

「ボルサリーノさん…」

「オ~~、もしかして一人じゃ眠れないかい?」

「眠れないわけじゃないんですけど…どっちかって言うと一緒に寝たいな~みたいな…。…だめですか…?」

記憶を失ってしばらく、海軍基地に保護されていた頃はほとんど一人で寝ていた。その時はそれが当然だと思っていたから眠れたが、その後はクザンと寝ていたため今さら一人では寝られなくなってしまったのだ。端的に言えば寂しいのである。

「…構わないけどォ、寝返りで潰しちゃうかもねェ~」

「潰れませんよ!あたし丈夫だから」

ボルサリーノの台詞を許可と認識したアナは、敷かれた布団にダイブした。ごろりと仰向けになり、ボルサリーノを見上げる。

「あ、ボルサリーノさん、もうひとついいですか」

「んん~~?」

「キスしてほしいの」

ボルサリーノの思考は一瞬停止した。

「……………何だって?」

「おやすみのキスです!パパがしてくれてたから」

「…クザンがァ~?」

子供にキスするクザンの姿など、ボルサリーノには全く想像がつかない。同僚でも知らないことがまだまだ多いらしい…。アナは断られるなど露とも思っていない期待に満ちた目で見上げてくる。

「…今日だけだよォ~?」

「えーーー」

「文句言うならしないけどォ…」

アナは慌てて口を閉じる。

 

ボルサリーノは、静かになったアナの目に手を当てて視界を奪い、薔薇の花びらを想起させる小さな口に、恭しく唇を落とした。

 

「…これで満足したかい?」

ボルサリーノが手を退けると、アナはきょとんとして首を傾げる。

「……パパはおでこかほっぺだったよ」

「わっしはクザン(パパ)じゃないからねェ~~」

悪戯っぽい笑みを浮かべ、ボルサリーノは布団を被った。

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜アナは夢を見た。不思議な夢だった。

 

アナは真っ白な空間に立っていて、目の前に知らない男がいた。

 

男はこの世界ではあまり見ない服を着て、特徴のない、ザ・一般人という呼び名がしっくり来る顔をしていた。

 

「失礼な描写だな、俺だって好きでこんな顔じゃねえっての」

 

男は何かに文句をつけ、気を取り直してアナに話しかけた。

「俺は田中太郎。あー、一応初めましてってとこかな?アナ」

「……なんであたしの名前…」

「単刀直入に言おう、俺は記憶を失う前の君だ」

「!?」

「青キジの氷で滑って頭を打って、俺の意識はその体から弾き出された。念能力者だからなのかな?ほら、なんか悪霊とかそういうのって念の仕業だって言うじゃん。俺も多分そんな感じで、意識だけはあるわけよ。まあ、守護霊的な?」

「………???」

首を傾げるアナに構わず、田中太郎は続ける。一息なのではと疑うほど早口だった。

「いやほんとは君に干渉する予定はなかったんだけどさ、どうしても謝らなきゃいけないことと伝えなきゃいけないことがあって。念能力さあ、増えてただろ?あれ俺がやっちゃったみたいなんだよね。混乱させて悪かったと思うよ、ほんと。でも俺だってわざとじゃないっていうか。攻撃だけできてもこの世界じゃ強い人間なんかいくらでもいるわけだろ。ちょっと他とは違うアプローチでいかないと海軍で昇進するのに時間かかりそうだなと思って、回復系なら重宝されそうかな~?みたいに妄想してたわけ。そしたら何故かそれが実装されちゃってさあ。今後はあんまりそういうの、考えないようにするから安心してね。今の君の人生楽しそうだし、俺は見守るだけにしとくから。じゃあ能力の説明に入るね、朝になる前に済ませたいからぱぱっといくよ。君の新しく追加された能力は───」

 

 

 

 

 

 

 

「─────はっ!?」

アナが目を覚ますと、隣ではボルサリーノが本を読んでいた。外はまだ薄暗い。時刻は早朝だった。

「起きたねェ~」

「あ、おはようございます…」

「魘されてたよォ~?大丈夫かい?」

「え?すみません…!うるさかったですか」

「別にィ、元々朝は早いほうだからねェ~~。何もないならいいんだけどォ~…」

「…変な夢を見てた気がするんですけど…もう思い出せないや。心配してくれてありがとうございます」

「どういたしましてェ~…」

ボルサリーノはひとつ大きな欠伸をして、本にしおりを挟み起き上がった。

「朝飯にしようかァ~…。そうそう、わっしは今日も仕事だけどォ…ついてくるかい?」

アナは飛び起き、目を輝かせる。

「いいんですか!?行きます!!」

 

 

─────その日、アナと共に出勤したボルサリーノを目撃した海兵たちの間で「黄猿に孫いる説」が広まったとか広まってないとか。

 

ちなみにクザンは珍しく二日連続で出勤した。ボルサリーノと共に来るであろうアナに会うためである。アナが本部から出ない限りクザンが真面目に仕事をするので(それでもちょくちょくサボろうとはするが出勤すらしない日に比べれば大進歩である)、アナはクザンの部下から直接「ずっと本部にいてくれ」と泣かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「預かってもらっといてなんだけど…うちの娘にヘンなことしてないよな?」

「……………………………してないよォ~?」

「決めた、仕事サボって家片付けるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アナの二つ目の能力:「等価交換の愛(love me for you)

他者がアナに向ける好意・愛に反応して他者の体力回復や怪我の治癒に使えるエネルギーが(エクスカリバー)に溜まる。この能力で貯めたエネルギーでアナを回復することはできない。

因思応報(reaping animosity)」と共に常時発動している。エネルギー使用の使い分けは任意だが、慣れるまでは間違いも多発すると思われる。

 

霊体でアナに憑いている転生者田中太郎の意思によって作られ、ボルサリーノのハグで開花した。

 

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