鬼舞辻無惨は激怒した。必ずやあの鬼を喰らってやろうと決意した。
無惨には心が分からぬ。…いや、実際は正確に心情を聞き取る事が可能だしその気になれば最高の上司になれる程の能力を持っているのだが…。
遺憾せん心優しき医師を勘違いでぶっ殺した過去持ちの上、自分こそ絶対であるという傲慢と偏屈と後は腐ったプライドを錆び付いた鍋で混ぜ合わせたヘドロよりも醜悪な性格が災いし。
『私を否定したな…死ね。』
とまぁ、こんな雑な感じに自身の最高戦力のはずである十二鬼月すらも喰ってしまう程の唯我独尊っぷりであるという割とどうしようも無い男なので心は読めても理解はしないという部下からすれば理不尽の塊のような男だ。
そんな彼が珍しく怒鳴り散らす事なく青筋を顔中に浮き立たせている原因である下手人…いや、下手鬼はつい昨日まで割とお気に入りだった『下弦の弐』の鬼たる血染という鬼であった。
鬼にとした当初はここまで生き残るとは夢に思わないような弱さの鬼であったがある時を境に着々と成長を重ね、昨日遂に無惨が下弦内で問題視していた柱の討伐に成功していた。
これには無惨も大喜び。この後予定していた下弦の解体も先延ばしにする程珍しく機嫌が上がっていた。具体的にいうなら半天狗とか玉壺とかをリストラして上弦の鬼に昇進させてやろうかと一考した程に。
が、その柱を倒した次の日から何故か血染の反応を見失った。
とはいえ、十二鬼月にまで上り詰めたという事は少なからず自身への忠誠があると信じて疑わなかった無惨はそれを放置した。
そして今、彼の手元には恐らく彼女の筆で書かれた手紙だったものがある。
かなり長々と書かれていたそれに書いてあった事を要点に絞って纏めると。
何故かは不明だが太陽を克服したので十二鬼月を退職する。
という事に絞られる。
太陽を克服した鬼が現れた。つまり長年の夢が叶うといういわば希望がようやく誕生したのだと無惨は歓喜した。
後は血染を喰えば自身が願ったやまなかった太陽の克服も完遂し、作るのも億劫となりつつなった鬼どもを増やす理由も無くなる。
だが、無惨は十二鬼月を退職するという文に先ず一本青筋を立てた。
退職ってなんだ、そもそもこれは仕事では無いなどと見当違いの怒りを血染にぶつけ、更にはこんな手紙を出すぐらいなら顔の1つでも見せろというなんだかよくわからない怒りも相乗しこれで彼女の上弦への道は断たれた。
まぁ、彼女自身が辞めると言った時点でそんなのは無いようなものだし仮に帰ってきても無惨に喰われてバッドエンド一直線なので結局のところそんなのは那由多の彼方にしか存在しないのだが。
が、無惨が本当の意味で切れたのはそこでは無い。
切れた本当の理由は彼女の手紙の右端にあった追伸という一文にあった。
そこにはたてよみ、と書かれた一言だけ。
だが、それを無惨が確認すると。
む ざ ん ざ ま あ
となる。
当然の事だがこれには無惨も怒髪天。意外とお気に入りだった部下からこんな幼児みたいな罵倒をされたのだ。これには堪忍袋の緒が脆すぎる事で有名の無惨。直ぐさま手紙を怒りのまま破り捨て、下弦、上弦を含めた全ての鬼に血染の捕獲命令を発令した。
「あの愚か者を迅速に私の元に連れてこい……!!」
ここに、鬼が鬼を追いかけるという地球史始まって以来の鬼ごっこがここに開幕したのであった。
♠︎
時は少し戻って。
「ん〜やっぱり死にませんなぁ。」
そんな少し先は梅雨知らず、森の隙間から溢れる日差しを浴びている当の下手鬼。
名を血染といい、無惨によってつい数十年程前に鬼にされた元少女である。
彼女は割と死闘の末に柱と呼ばれていた女を殺し、その死体を喰いながらのんびりと今の状況を整理していた。
柱との戦闘の後、疲れと欠損した脚も相なって迫り来る太陽を木々の隙間から見た血染は鬼にしては珍しくその生を諦めていた。
彼女的にはまだまだ色々と調べたい事や学びたい事、試してみたい事が山のようになったが死というの実感するにはちょうど良いかもしれないというお気楽な思考の元、自身の消滅を黙して待っていた。
だが、待てども待てども太陽は自身を溶かさず与えるのはその熱による温かさだけ。
流石に不思議に思って目を開けば朝日が穏やかにこの体を照らしていた。
「んん??……どういう事なんですかねェ…これって?」
鬼は太陽に当たれば死ぬ。
それは何度も聞き、何度も見てきた鬼界における常識中の常識である。
しかし、それが自身に適応されていないという事は必然的に答えにたどり着く。
「ありゃりゃ…もしかしてアタシったら克服できた感じなのかしらァ?」
女の心臓の噛み締めながら、血染はのんびりと腕を伸ばして呟く。
そして。
「フヒャ」
フヒャヒャヒャヒャヒャァ!!
朝の静かな森の中に狂った笑い声が響く。
おかしくってしょうがない、酒の飲み過ぎで笑いの螺子がどこかへ飛んでいった人のような周りを気にしないただ笑いたくて仕方がない本能の笑いがこだましていく。
「あ〜ぁ、おっかし…なァにが満足したですかアタシ。…まだまだこんなにも世界には秘密があると言うのに!!何を満足して死んでいるのか間抜けェ!!」
と思えば今度は自身に向かって憤怒し、地面を殴りつける。やはりそこはしっかり鬼なのか殴った地面がひび割れている。
「…ま、当分はこれについての研究って事にしましょう。あーん。」
殴った事で落ち着いたのか、血染は最後に残った目玉を飲み込み当分の研究目標を自身の体の究明と定めた。
だが、その前にしておく事が1つだけあった。
それは。
「無惨様におてがみ書こ。ん〜、でもただの手紙ではつまらないですし…少し煽りでも入れておきましょうか。さっきの人間みたいに。」
自身の上司である無惨への手紙を書くこと。少し未来の言葉を使うのならば退職届の提出である。
が、何をとち狂ったのか彼女は少し言葉のスパイスを加えた状態でその場に手紙を置いた。
こうして、手紙を書き終わり。
うっかり名前を出したにも関わらず自身が生きている事に今更気づきながらも彼女はその場から鼻歌を歌いながら中身のない頭蓋骨を残した血の池を気にする事なくゆっくりと下山していくのだった。
取り敢えず、彼女の目下の目的地は。
「そうだ、お団子とやらを食べに行ってみましょうか。折角良い天気ですしね。」
近くの街の茶屋らしい。
明治こそこそ話。
血染の血鬼術は名前のまんまだぞ。
けど、彼女の元々の欲望と少しばかりの知識が混ざり合って凶悪化してるそうだ。