紫のスキマを潜り抜けたその先には。
八雲紫とその家族が住まう屋敷があった。
和風で建築されたその屋敷は年季を感じさせたがしっかり手入れがされているのが分かる。
「空気が美味しいですね」
幻想郷に来て1つ目の感想がそれだった。
外の世界は人間たちによる進化の象徴として開発された土地があった。
しかしそれは世界を汚す一因にもなっており空気が汚れてい
る。
だからこそ幻想郷はとても綺麗なのだろうと理解出来た。
「さて、紫はもう先に行っているでしょうし……」
屋敷の玄関口で昔ながらの横開き扉を軽く叩く。
ガラガラと開かれた扉の向こうには紫のような服装をしている女性がいた。
その背後には巨大な尻尾が9つ見えていたが。
「久しぶりですね、藍」
「クーリア!?どうやってここに?」
「紫に誘われまして。暫くの間、この屋敷でお世話になると思います」
「紫様が……?あの人ならやりかねないな……とりあえず中に入るといい」
「では、お邪魔致します」
藍に言われ屋敷に入ると靴を脱いで中を案内される。
「クーリアはここに来てよかったのか?」
「まあ……人間達の進歩を観察するのも好きではありますが、親友のお願いの方が大事だったからですね」
「紫様はいつも貴女の事を嬉しそうに話すからな。私としても親しい人が来て嬉しく思う」
「ふふ、そうですね」
事実藍から生えている尻尾は少しばかり揺れており、本当に嬉しいのだろうと分かってしまう。
本人が気づいていないからクーリアは何も言わない。
「さて、もうそろそろご飯になるからクーリアはここで待っているといい」
「私も手伝いましょうか?」
「今日はクーリアの歓迎をしたいだろう。それに紫様の親友に働かせては私が紫様に怒られてしまう」
「あら、よく分かってるじゃない?」
自然とクーリアの隣に座っているのは先程クーリアを置いていった本人である八雲紫だった。
「藍、今日はクーリアの歓迎も兼ねてやるわ」
「分かりました。クーリア、何か苦手なものはあるか?」
「いえ、特にありませんよ」
「ふむ……じゃあ料理してこよう」
「あらあら……」
紫から見てもクーリアが来てくれて嬉しい藍の姿が分かるようで、浮き足立っている藍を珍しく思いながら笑っていた。
「紫。幻想郷にはどんな妖怪がいるんですか?」
「うーん、そうねぇ……どんなと言わわれば数え切れないほどいるわ」
「そうなんですね」
「ええ。でも貴女と同じ種はいるわ」
紫がそう告げた瞬間。
クーリアの雰囲気が少し変化していた。
何一つとして聞き逃さないように。
「貴女と同じ種族である
「同族が……ですか」
妖怪であるクーリアの種族。
それこそが紫が先程言った《吸血鬼》と呼ばれる妖怪。
闇夜の王、不死者の頂……言い方など様々なそれは、強大な妖怪達の中でも新参者でありながら大妖怪に匹敵する力の持ち主。
「最初に行ってみる場所は決まったようね?」
「まぁ、そうですね」
紫は分かっていてあえてクーリアに教えたのだ。
彼女の能力や戦闘方法などは知らないが、その人生などは知っていた。
今でこそ深窓の令嬢らしい言葉遣いと仕草などをしているが、出会った当初は自身以外の生物全てを嫌悪していた。
かつて自分しか信じれられる者は存在しなかった彼女にとって八雲紫という人物は恩人とも言ってよかった。
「紫」
「はーい?」
「……いつかの日、私の戦いを見たいと言っていましたね」
「……ええ」
孤高で戦い続けることなど不可能だろうと考えていた紫にとってクーリアという少女が如何様にして生き延びていたのか。
その生き様や戦い方、思考全てが興味を惹かれた。
だからこそ唯一未だ見たことのない戦いを見たいと昔言っていた。
「生憎と私は手加減出来るほど優しくはありません。現在を生きるために身につけた護身でしたから」
「分かっているわ」
「それでも構わないと、例え死しても構わないという覚悟があるなら。
事、戦いにおいては右に出るほどのいない天賦の才を持った戦闘狂。
普段でこそ現れることのない、戦闘思考は八雲紫をも超える。
「貴女と戦うなら万全の状態でも厳しそうだもの。今はまだいいわ」
「……そうですか。それがいいと思います」
「幻想郷では血なまぐさい戦いはご法度。気をつけなさい?」
「そうでしたか。ごめんなさい」
「幻想郷の戦い方を後で教えてあげる。だから今は藍のご飯を味わいましょう」
誘導されていると分かりながらも、ここで戦闘すればこの美しい光景がなくなってしまう。
クーリアはそれが嫌だったからすぐ様普段通りになった。
「紫様、クーリア。ご飯が出来上がりましたよ」
「ええ。橙ももうすぐ帰ってくるでしょう」
「そうですね」
橙という化け猫もまた八雲一家の家族。
式神という主従関係でありながらも家族として受け入れているその関係性は羨ましく思えた。