クーリアは剣翼を羽ばたかせて、巨大な妖力の塊へと急ぐ。
本来ならば発現することのなかった狂気。
吸血鬼という存在に加え、この世に存在するあらゆるものを破壊する能力。
その規格外な力の持ち主がもし狂気に飲まれていれば後は察するだろう。
「……凄まじいですね」
クーリアが通る道。
普段は廊下だったそれは、粉々に破壊されており原型を留めていなかった。
「『おいでよ、おいで、私の元に。この世の暗きもの、この世の影なるもの、私の元へ』」
鈴の音を転がすように美しい声で紡がれたその文言。
妖力と魔力を使って行ったその術は数秒の時をもって形を成す。
とても薄くクーリアを包むように纒わりついた暗影はクーリアを守る壁でもあり、太陽の光の影響を一切受けないカーテンでもあった。
「さて、行きましょうか」
地を蹴って先へと進むと、攻撃性のある弾幕が飛んでくる。
当たれば無事では済まない妖力が込められたそれは今の幻想郷のルールでは違反とも取れた。
「……とりあえず、鎮めましょう」
この状況を作り出した相手が誰なのかも分かっていた。
だからこそ元に戻してあげたかったと。
「フラン」
「ダレ?」
「御相手して下さるかしら?」
「ウン!イイヨ!」
元気よく頷いた幼い少女。
背中からは七色の結晶のようなものが翼についており、ふわっとした金髪が風に吹かれていた。
「サイショハー……コレッ!」
ぐぐっと手を握って一気に妖力を圧縮したフランは一瞬にして解放して大量の弾幕を貼る。
その全てがクーリアへと向いており、当たれば危険だろうと分かった。
焦らず、クーリアは片足をつま先で円を描いて踵で中心を踏むと陽炎のように姿が消える。
「『幻鏡』」
「アレ?ドコ?」
きょろきょろと居なくなったクーリアを探しているフラン。
「こっちですよ、フラン」
「ヘッ?」
「『幻想結界・乱れ桜吹雪』」
予め組んでいた術式を発動させると、クーリアはまた存在を消す。
発動させたのはクーリア自身が想像した武器が予測不可な軌道を描いて飛び交う幻想結界。
フランの能力も対策するために術式を組み直してまで作ったそれは狂気にただ飲まれただけの何の実力もない少女に対してはとても有効打だった。
結界が消える頃にはフランはボロボロでふらふらと立ち上がっていた。
クーリアは近づいてフランにそっと触れると目を閉じる。
「ア……ゥ……」
「……点は、ここですか」
フランの存在そのものを精査し、中に巣食う狂気を探り当てると、顕現させた刀を構える。
「痛くはしません。そのまま寝ていると良いのですよ」
「ふー………………、『水月一閃』!」
勢いよく振り切られた一撃でフランの狂気そのものを斬る。
精神という分類に入る狂気は元を辿っていけばクーリアの能力の適用範囲内。
フランには傷をつけず、狂気だけを切り離して消し去ることなどクーリアにはいとも容易く出来た。
「ぁ……」
気を失ったように身体の力がなくなったフランの身体をクーリアが受け止めると、抱きかかえて来た道を戻り始める。
「戦うことは好きじゃないんです」
虚空に向かって喋りかけると、先程まで見ていた視線は消えた。
クーリアにはその正体が分かっていたものの、一々注意するほどでもなかった。
「『さようなら、現の世界』」
自身の能力を発動させると陽炎のように姿が消えていく。
その時クーリアの姿を見たものはいなかった。