銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

100 / 200
77話

 アルが出撃を止められてから少しばかり時が経過した。銀鳳商騎士団が仕入れや整備と大忙しにしている中、アルはエルの言い付け通りイサドラの護衛という名の連れ回され要員というぱっとしない役目を遂行する傍らでレーヴァンティアの試験や修正。そして、エルが手がけている地対空装備の魔法術式(スクリプト)をレビューするというかなり地味な作業を行っていた。

 地味な作業に耐性を持っているアルでも癇癪の一つでも起こすような作業量なのだが、まるで企業に入りたての新人のように淡々と言われたことをしている作業風景に流石のエルも『まずい』と思い始めていた。

 

「ねぇ、アル。無理してない?」

 

「してないっす」

 

「もしかして、休めていないのでは?」

 

「滅相もない。な? キッド君」

 

 とある日。アルは半ば強制的にエレオノーラとのお茶会に参加していた。だが、最近絶えずアルに襲い掛かる背中の鈍痛やパッチワークに乗っても上手く動かせない手や身体。そして、幻晶騎士(シルエットナイト)が動かせないことを知られた銀鳳商騎士団達からの視線に焦りを感じていたアルの表情はとても暗かった。

 さすがにアルの顔が暗すぎたのか、エレオノーラやイサドラから連日の作業がきついのかという質問を受けるが、アルは笑顔で顔を塗り固めるとキッドに『圧』をかけながら返答する。

 

「そう……。あ、お茶菓子が無くなったわ。アル、何か作ってくれる?」

 

 そんな時、突然イサドラが菓子のリクエストをしだした。エレオノーラがイサドラの方を向きながら無作法を嗜めようとするが、イサドラは何かを伝えようと目をパチパチと瞬きする。そんなイサドラの仕草に意図を察したエレオノーラはそのまま事もなさげに待機していると、少し前なら『やですー』と緩めの拒否を示していたアルが黙って席を立った。

 

「……分かりました」

 

 ふらふらとした足取りでアルが外に出て扉を閉めると、たっぷり数十秒待ったイサドラは勢いよくキッドに詰め寄った。エレオノーラの花が咲いたような満面の笑顔とは違い、肉食獣が餌を前にしたような少々危ない笑顔を作りながらイサドラはキッドの肩に手を置きながら質問を投げかける。

 

「騎士様? 何があったのか知らない。いえ、知ってるわよね?」

 

「知ってる前提!?」

 

 キッドのツッコミに、『良いからキリキリ話せ』と肩に置いた手に力を込めるイサドラ。その『圧』から、わずかにアルと似たようなモノを感じたキッドは『似た者同士かよ』と心で毒づきながら観念したように銀鳳商騎士団で連携したことを話した。

 

***

 

 キッドが尋問めいたことをされている最中、アルは館の厨房に来ていた。ちょうど休憩の時間帯だったらしく、各中隊の面々がそれぞれの机から奥で作業しているアルを興味深そうに見ていた。

 

「とろ火……よし!」

 

 火加減を確認したアルが火の上に大きな銅板を置くと薄く油を塗って馴染ませる。やがて銅板の温度が高くなると、同じく銅で出来た丸く厚い金型の内側にバターを薄く塗ってから銅板の上に置いてまた数分待つ。そして銅板から煙が出始め、試しに落とした水滴がシュワリと一瞬で蒸発したのを確認したアルは、銅板が熱されている間に作っておいた乳白色の生地を型の内側に流し込んだ。

 

 生地が焼ける音と共に周囲には生地の中に含まれている砂糖が焼けるなんとも甘い匂いが漂い、それを嗅いだ銀鳳商騎士団の面々の表情が緩くなる。

 だが、厨房の方から団員達の顔が見えないアルは気にせずに流し込んだ生地の中心まで火が通るように少量の水を型の外側に入れると即座に蓋をして蒸し焼きにしてしばらく待つ。数分後、蓋を開けると中から見るからにふわふわの生地が姿を現した。

 その後は生地をひっくり返してもう片面に焼き色を付けてから皿の上に乗せればパンケーキの完成である。

 

 それら動作を何度も行い、厚焼きのパンケーキが並べられた皿を4つほど量産するとアルは小さな紙を取り出した。そのまま何かを見ながら紙をチョキチョキと切り刻み、数個ほど失敗したものを丸めて火の中に投げ込みながらも、アルは一つの切り絵を完成させた。

 

「副団長。なんです? それ」

 

「王族に出す物なので凝ろうと思いまして。それより皆揃ってどうしたんです?」

 

 声をかけられたことに驚きながらもアルは先ほどから作っていた銀鳳騎士団の紋章を象った切り絵を広げる。その手際にディートリヒが『上手い物だね』と褒めるが、紋章術式(エンブレム・グラフ)の作成といった精密な作業をかなりの頻度行っているエチェバルリア兄弟にとって、この程度の作業は朝飯前である。

 だが、褒められると嬉しくなる系副団長のアルはそのままパンケーキの上に先ほど切った切り絵を乗せると、あらかじめ細かくなるまで挽いていた粉砂糖を上から薄く撒く。粉砂糖は粉雪のようにパンケーキの上に舞い散り、仕上げにアルが上に乗せている紙を付着している砂糖がパンケーキの上にこぼれない様にそっと外すと、銀鳳騎士団の紋章が粉砂糖によって浮かび上がったパンケーキが出来上がった。

 

「おおー」

 

 これには銀鳳商騎士団の面々もテンションを上げながら次々と出来上がるパンケーキを凝視する。パンケーキの皿を動かしてもその視線が切れないことに苦笑したアルは『食べます?』と言いながらジャムが入った瓶から少量のジャムをすくう。自身の中にあるオサレを最大限に発揮させながら皿の縁あたりに飾り立てるように置くが、銀鳳商騎士団員からの『足りねぇ。もっと盛れよ』という無言の抗議に、アルはジャム瓶とパンケーキの皿をドンッとそれぞれ中隊長が座っていた机に置いてやる。──甘味による宴の始まりである。

 

「お前ら! 順番に! どわぁ!」

 

「お前達。第2中隊のようになったら分かってるな?」

 

「左に同じ。分かってるでしょうね?」

 

 人の波に呑まれるディートリヒとは対照的に、エドガーとヘルヴィの中隊は均等に分けながらパンケーキを胃袋に納めていく。ただ、『中隊』なので小さいパンケーキが全員に行き渡るはずもなく、アルは追加で量産していく。

 

(今の僕が騎士団の皆に出来るのはこれぐらいですからねー)

 

 同じことをやっているとその作業がいかに重要なのかつい失念してしまうことがある。今日までやってきたテストの監督や作業の大切さが分からなくなったアルは、『銀鳳商騎士団内部で唯一仕事していない人物』という被害妄想から逃れようと必死にパンケーキ製造機になろうとしていた。

 

(どう思う?)

 

(エルネスティじゃないんだから分かるわけないだろ)

 

(いや、あれは自分なんて居ても居なくても変わらないって目ですよ)

 

 そんなアルの様子を見ながらひそひそと話し合うエドガーとヘルヴィの間にいつの間にかエルが机の下から現れる。どうやら開いていた扉から人だかりを利用して2人に近づいてきたらしく、いきなり姿を現したことに軽く驚いたエドガーやヘルヴィは『アルのことを一番よく知っている人物』に詳しい話を聞くことにした。

 

(いや、アルフォンスは居ないとまずいだろ。新型機のテストやミシリエで行われているシルエットナイト関連の作業が遅れるぞ)

 

(それに、あの子が居ないと誰が団長を止めるのよ)

 

 暗にエルが暴走した時のストッパーとして期待しているヘルヴィに『ここ最近は大人しいですよ?』と弁明するが、大旦那──またの名を現フレメヴィーラ王国の国王であるリオタムスが許可しているとはいえ、カルディトーレの技術を流用して新型機を作製している時点で『アウト』と『セーフ』の境界線を反復横跳びしている。ただ、現にクシェペルカの軍事力は高まりつつあるので2人はとりあえず聞かなかったことにした。

 

(テストの準備も指示したのがいけなかったかも……。あれって結構精神にキますし)

 

 エルがアルを休ませる名目で頼んでいた作業内容を懺悔するように2人に話し出した。

 テストの準備とは、『左腕を動かす』や『右足を動かす』といった基本的な動作内容を事細かに書く作業である。しかも今回はクシェペルカにもあまり伝承されていない新型機開発のノウハウなので、『土台』として余計に基本的な動きを確認する作業を作っていく必要がある。傍から見れば重要なことなのだが、作業者にとってそれは非常につまらない作業なのである。

 

 例として挙げるならば経理だろうか。流れて来る紙に書かれた数字を電卓やアプリに打ち込み、ひたすらそれを続けていく。ひたすらお決まりのことをやっていくという点では、今回のアルがやっていた内容にも合致している作業だ。

 

 そして、今のアルの精神状態は非常に不安定である。幻晶騎士(シルエットナイト)幻像投影機(ホロモニター)越しに見えた『法弾を撃った先』を見てしまったアルは罪悪感に塗れ、事態を引き起こした幻晶騎士(シルエットナイト)を本能で拒否してしまっている。そんな騎士はフレメヴィーラ王国基準で考えると『落第』である。

 『銀鳳商騎士団が活躍しているのに、自分だけ役に立ててない』という被害妄想を肥え太らせる土壌として頭を使わずにひたすら腕を動かすだけの作業は、まさにうってつけだった。

 

(こんな時はプラモとかロボアニメフルマラソンに付き合わせて何とかしてたんですがねぇ……。仕方ないですね!)

 

 謎の言葉を呟きながらエルは先ほど入ってきた開かれているドアに向かってハンドサインを送ると、扉の付近で待機していたアディが駆けだしていく。その連携に首を傾げた2人に、エルは『男を奮い立たせるのは……なんでしたっけ』と謎の言葉を言い残しながらそそくさと部屋を出ていった。

 そしてエルが出て行ってから時計の長針が1周回る頃、やっと団員達から解放されたアルが戻ったことによってエレオノーラとのお茶会を再開したのは良いが、イサドラとエレオノーラの雰囲気がアルが部屋を出ていった時と違ってぎこちなく、さらに時間も時間なのでアルは早々にお暇したのだった。

 

「イサドラ様ー、買って来ました」

 

 アルが退室して数分後。入れ替わるようにエルとアディがイサドラに液体が満たされた瓶を数本手渡す。

 その際に『あの子、それ飲むと本当に面倒くさいので覚悟してください』と念押しされたイサドラだが、イサドラは軽く微笑むと『じゃあ試してみましょう』とノリノリで部屋を後にする。そのウキウキ具合からエルはこの場に居ない弟の快復を祈るのみであった。

 

***

 

「えーっと、次はサブアームの試験か」

 

 夜の闇が街を黒く染める頃。アルはお茶会が終わるや否や自室に引き籠ると、幻晶騎士(シルエットナイト)開発に使用する試験項目を黙々と書いていた。時折治ったはずの背中からじくじくとした痛みが走るが、アルはそれに耐えながらひたすらテストに使用する項目や作業手順を書き殴る。

 

「はー、ほんとこんなにテストして意味あるんですかねぇ」

 

「ほんとにね」

 

 脚の動かし方や腕の動かし方といった基本中の基本動作を1つ1つ確認していくテストに、ついテストの重要性を完璧に忘れたような言葉が漏れてしまったアルの隣で誰かの声が聞こえる。アルが慌てて隣を振り返ると、瓶を数本持ったイサドラがテスト項目を書いた紙をまじまじと見ながら『こんなに必要なの?』とさらに疑問を投げかける。

 

「基本的な動きを試験するならこれぐらい必要なんです。それより、ノックもせずに部屋に入るとかマルティナ様にチクりますよ?」

 

「したわよ! それに声もかけたのに無視する方が悪いでしょ!」

 

 『いや、その場合は時間を改めろよ』という普通の答えが真っ先に出なかったアルは当然のように謝る。だが、その謝罪姿を見たイサドラは一瞬だけ悲しそうな表情をしてからアルの目の前に持って来た瓶を見せつけるように出した。

 セッテルンド大陸では機械による大量生産が無いので結構お高いガラス瓶。その中にはガーネットを思わせるような紫がかった濃い赤色の液体で満たされ、イサドラが栓を抜くと仄かにブドウの香りとアルコール特有の匂いがアルの鼻孔をくすぐった。

 

「すみません。僕、お酒は駄目なんです」

 

「成人してるでしょ。良いから1杯だけ飲みなさい」

 

 イサドラがアルの部屋に置いてあったコップにワインを注ぎながら少しだけ強引に飲酒を勧める。そんな若干『()()()()』染みた行動に、アルは素直にコップを受け取るとそのまま飲み干した。──その姿をイサドラは少しだけ口元をニヤつかせて見ていた。

 

「れしゅからねぇ。ぼくがここにいにゃくてもいいわけれしゅよぉ(ですからね。僕がここに居なくても良いわけですよ)」

 

「うん……うん……。で、他に何がいけなかったの?」

 

 アルが飲酒を開始して数分。見事にアルは泥酔した。机に項垂れながらイサドラのアルに問いかけるような口調に乗せられて過去にやらかした失敗を立て板に水のように垂れ流していくアル。中にはテレスターレ開発時に失敗したことやベヘモス事変のこともあったのだが、イサドラは気にせずに聞き役に徹していた。

 しかし、脳裏にはこの作戦──『酔わせて慰めてあげてください。え、僕はあの子とお酒飲むとまずくなるんでパスです』とエルがサムズアップしている光景がフラッシュバックした。

 

(お兄さんの言ってることは本当ねぇ)

 

 いつもは兄であるエルと比較すれば割としっかりしているアルが、数杯のワインで泥酔して弱音をつらつらと相手に吐く姿にイサドラは物珍しそうに相槌を打ちながら観察を続ける。

 三つ子の魂百までという諺とは少し違うが、前世で成熟した精神や性格はそう簡単に拭えないものである。それが例え『泣き上戸』といった酒を飲んでいる最中の行動でさえも、肉体が飲酒を検知すると既に飲酒を経験した精神が肉体に命令する。──俗に言う『体が勝手に……』というものだ。

 

 銀鳳騎士団が忘年会をした折、アルが飲酒して幻晶甲冑(シルエットギア)を遠隔操作した罰として『副団長麦シュワ禁止令』というものが出されたことがある。

 飲酒後の記憶がすっぽり抜けているアルには『幻晶甲冑(シルエットギア)を大量に動かして迷惑をかけた』といってあるが、禁止にした根本的な理由は酔って暴れたという可愛らしい理由ではなかった。

 

 あの時も今回のように今まで体験した失敗談を垂れ流しては1人で落ち込むという、開発の苦楽を共にやってきたという色眼鏡を介しても許容できない程に酒がまずくなる展開になりつつあったのである。照準の失敗や幻晶甲冑(シルエットギア)の操作ミスといったアルの1人反省会が続く中、『せっかくの宴会に暗い空気を撒き散らされてはかなわない』と仏カウンターという独自の制裁カウンターが一気に0になったエルと、酒盛りを心底愛する種族であるダーヴィド率いるドワーフ系騎操鍛冶師(ナイトスミス)がアルを簀巻きにしてその場を鎮圧。

 後に『副団長麦シュワ禁止令』という物が銀鳳騎士団の中で制定されたのがこの事件における全てだった。

 

「しゃいきん寝ても夢でいりょんな人におこりゃれるんです(最近、寝ても夢でいろんな人に怒られるんです)」

 

「ふーん、どんな人?」

 

「いりょんな人です(いろんな人です)」

 

 言葉を濁すアルが突然机に突っ伏すと小さくイビキをかき始めた。未だ瓶の半分ほどしか飲まれていないワインの量に、イサドラは『この子、こんなに酔いやすかったのね』とアルの小さい弱点を嬉しそうに笑いながらアルを横抱きに抱きかかえた。

 

「これが劇なら配役が逆ね」

 

 アルの身体が飲酒をしたことによりポカポカと温かくなり、密着したことでイサドラの暖となっているこの状況。素面のアルが見たら別の意味で熱くなり、床に身体を投げ出してから恥も外観もなく転がり続けるだろうが、今は大人しい小動物のような寝顔をイサドラに曝け出していた。

 身長的にはイサドラの方が少々大きいのだが、男の身体を女が運んでいるので多少苦労を乗り越えてアルをベッドに移動させたイサドラは後片付けをしてから作戦を立てたエルに内容を共有しようとしたが、それはアルの手がイサドラの手を握ったことで中断された。

 

「止めて……殺したかったわけじゃないんです。なんで先輩も居るんですか……なんで睨むんですか」

 

「アル?」

 

 苦しそうにうわ言を呟くアルにイサドラはアルの口元に耳を澄ませる。『止めてくれ』、『殺したくなかった』、『守ろうとしただけなのに』と否定的なことを口に出しては目から涙を流している。

 そんな今まで見たことが無いほど弱り切っているアルを見たイサドラは時間が止まったかのように動きを止めた後、ぎこちない動きでアルが寝ているベッドに腰を下ろした。

 

「あなたのお兄さんもあの騎士様もあなたが必要なの」

 

 握られた手を強く握り返しながら眠っているアルに語り掛けるようにイサドラは声をかけるが、そんな説得を跳ね除けるような強い力で握られて思わず顔を顰めた。

 

「そうですか。戦えないからお荷物なんですね」

 

 うわ言のようにありもしない現実を呟くアルに、イサドラはどうするべきか部屋を見渡す。一瞬だけ頭をぶっ叩いて無理やり起こそうというエムリス染みたことを考えたが、すぐに冷静になるとアルのベッドの横に巨大なウサギのぬいぐるみが見えた。

 

「たしか、アルの抱き枕よね。これ」

 

 イサドラがこのぬいぐるみを見た時の記憶を思い出すが、多少汚れてはいるが当て布をしたりと大切に使われていたはずである。ぬいぐるみを隠しながら『5代目です』と恥ずかしそうに呟くアルの姿も覚えているので間違いない。

 ──ならば、なぜこの抱き枕が()()()()()()()()()()。その答えが脳裏に浮かんだと同時にイサドラはアルのベッドの中に潜り込むとアルの身体をしっかりと抱きしめた。

 

「ほんと、弱みも甘えを見せないつもりでいたのね」

 

 エル曰く『奥の手』である酒を飲ませることでやっと晒したアルの弱音。眠りながらイサドラをぬいぐるみと同じように排除しようとするアルだが、イサドラは負けじとアルの耳元で『大丈夫』と呟いた。何に対して大丈夫なのかも言った本人でさえも分からないのだが、イサドラはアルにやってもらったことを思い出しながら何度も大丈夫という言葉をささやき続けた。

 

 ***

 

 死人に口なしという言葉がある。夢枕や心霊写真などでたまに交流されることはあっても基本的に生者と死者は相いれないものである。

 しかし、『しでかしてしまった』や『やってしまった』といった負い目を感じる人間に対し、死者は途端に口達者に語り掛ける。ただ、それは死者本人の言葉ではなく、負い目を感じた人間が勝手に捏造した死者の姿だけを真似た偶像に過ぎないのだが、当の本人──アルはそのことを全く気付かなかった。

 

 ──痛い

 ──熱い

 

 アルの目の前には空飛ぶ船の残骸が轟々と紅蓮の炎を纏っており、船の中から痛みや熱から逃れようと黒い影がアルの方向へ走ってくる。人影はアルの横を通り過ぎた瞬間に、口元をわずかに動かすと物言わぬ灰へと姿を変えて地面に降り積もった。

 

 ──鬼神め

 ──助けてくれ

 ──怖い

 

 人影がアルの横を通り過ぎるたびに何かを喋り、灰に還っていく。その言葉を受けてもアルはただ、涙を浮かべながら呆然と佇むことしかできなかった。

 やがて、船から人が出てこなくなると、情景が霞のように消え失せる。先ほどまでのおどろおどろしい場面から一転してミシリエの工房のような場所に移ったが、アルの前方に居た自分とよく似た少年から『アルをフレメヴィーラに帰そうと思います』というとても正気とは思えない発言がアルの鼓膜に届いた。

 

「ああ、戦えない騎士はこの先きついだろう」

 

「そうだね。最近じゃ部屋に籠って開発ばかりしてるんだろう?」

 

「こんな大事な時期に……」

 

 中隊長を中心に波紋が広がるように団員達の意識はアルを騎士団から外そうとする考え一色に広がっていく。そこには『アルは開発に必要だから居てもらう』という肯定的な意見は一切なかった。

 

「ちょっと待ってください! なんで!」

 

「そりゃぁ君が戦えないからだろう」

 

 そんな異様な空気に、ついにアルは声を荒げながら叫ぶとアルのすぐ後ろで声がかかった。アルが振り返るとそこには何時しかの中肉中背の男──カザドシュ事変で失神したアルの意識の中で出会った『鞍馬翼』が立っていた。ただ、その表情はカザドシュ事変の後に出会った時とは別物だった。

 まるでアルがすべて悪いと叱責するような厳しい顔で睨んでおり、その鞍馬のすぐ横を血まみれの男が鞍馬と同じ表情で睨んでいる。

 

「なんで先輩もいるんですか!」

 

「戦えないから憐れんでいるのさ。皆が言わないことを良いことにずっと辞表も出せない甘ちゃんだからね」

 

 『先輩』と呼ばれたベヘモスの攻撃によって命を落とした高等部の騎操士(ナイトランナー)はアルの問いかけに何も答えなかったが、隣に居た鞍馬は砕けた口調でヘラヘラと笑いながらアルのことを馬鹿にする。

 

「そ、それは……」

 

「だから邪魔だからさっさと出してフレメヴィーラに帰れって言ってるんだよ!」

 

 とうとう鞍馬がアルを殴り飛ばしながら吠えた。殴られたアルはゴム毬のように跳ねながら工房の壁に激突し、涙を浮かべながら鞍馬を睨みつける。だが、鞍馬は睨みつけられたことなど毛ほども気にしていない様子でフィンガースナップを鳴らすと工房だった周囲が前世でアルが勤務していたオフィスに場所が変わる。

 

「よし。あとは先輩が居れば……って居ないか」

 

 アルと鞍馬の視線の先には新人時代の鞍馬が座っており、何やら挙動不審げに周囲を見渡している。その光景に即座にアルが『止めろ!』と叫ぶが、そんな声は届くはずもなく若い鞍馬は自身の作成した命令をパソコン──正確にはデータベースにだが流しこんだ。

 結果は命令の内容がお粗末すぎたのでデータベースに保存していたデータがすべて吹き飛び、慌てていた所に上司である倉田が来て『一度は通る道だよな』と笑いながら直してくれて事なきを得たのだが、この経験は鞍馬の中に『致命的な失敗』として刻まれることになった。

 

「ま、あの時は流し込んだだけで反映させてなかったから先輩がちゃちゃっと直してくれたよな。これで分かったろう?」

 

「何が……ですか?」

 

「まだ分からないのか?」

 

 『やれやれ』とまるで困った奴に呆れるような仕草をしながら鞍馬は何度かフィンガースナップを鳴らし、アルが過去にしでかしたことを次々と追体験させる。

 

 細かな試験を簡略化した結果、最後の試験で大幅な仕様変更が必要になっている場面。

 机上の理論だけで修正した結果、確認していなかった他の部品で使用していたことが分かって大騒ぎになった場面。

 資料を『仕様が分かっている人向け』に記載して会議で使用したため、『仕様が分かっていない上司』に大目玉をくらった場面。

 そして、幻像投影機(ホロモニター)の照準機能が全く進まないイライラをアディにぶつけてしまった場面。

 

「邪魔なんだよ、君が居たら。何が直掩機だよ! 所詮、僕達は先輩の後ろをふらふら飛んでるひよっこじゃないか」

 

 鞍馬の言葉にアルは『違う』と反論できずに項垂れる。確かにアルはエルのように魔法の演算は上手くない。さらには幻晶騎士(シルエットナイト)の操作技術もエルには遠く及ばない。今は搦め手を使っているのでなんとかなってはいるが、それもそろそろネタ切れなので追い越される日もそう遠くない。

 いつしか、先ほど空飛ぶ船からアルが居る方向に走ってきては灰になった人影も再構成され、アルの周囲で恨むような視線をぶつける中、アルは『帰ります』と呟いた。

 

 ***

 

 薄暗い部屋の中でアルは目を覚ます。二日酔いで痛む頭を押さえようと腕を動かそうとするが、何かに抱きしめられている違和感にふと顔を上に上げる。

 

「大丈夫。あなたは必要なの」

 

 寝言なのか何度も言葉を繰り返しながら安らかな寝顔を見せるイサドラに、アルは先ほどまで考えていた『騎士団を辞める』という考えを思い返した。自身が辞めてフレメヴィーラに帰ったらどうなるかを再度改め、仮に負けた時は目の前の少女がどうなるかを考える。そんなことを考えていると自身の心臓の辺りがチクリと痛み、ふつふつと『帰りたくない』という拒絶の感情が湧き上がって来た。

 その感情を種火に徐々に戦う意思が炎のように燃え上がると、アルの目には明確な意思が灯った。

 

(逃げちゃ駄目ですね。僕も戦わないと……でも、少しだけ)

 

 やがて戦う決心を固めたアルだったが、少しだけ足りない勇気を補充するために少しだけ強くイサドラを抱きしめながらまだ眠り足りないと再度眠りにつく。再び意識がまどろむ感覚に身を任せていると、アルはいつしか広い運動場のような所に降り立っていた。

 

「自転車なんかできないよ!」

 

(あー、ありましたね)

 

 傷だらけになりながら泣きじゃくる子供時代の鞍馬を目にしながらアルは目を細める。物心がついて初めて体験した失敗であるそれを懐かしそうに眺めていると、子供時代の鞍馬の前にアルと同じぐらいの背をした女の子が鞍馬を優しく起こすと運動場の時計を見て『帰ろう』と言い、本当はいけないのだが荷台に鞍馬を乗せながら女の子は自転車漕ぎ、鞍馬は夕日なのか照れによるものなのか顔を赤くしながらアルから離れていく。

 

「僕の姉好きってあそこから始まったよなぁ」

 

 在りし日の光景を見ていたアルは一人呟く。

 思えば、アルの姉好きという一種の趣向はそこからきていた。あの女の子──名前は忘れてしまったが、何かと世話を焼いてくれた気がするのを良く覚えている。県外の高校や専門学校を経て入社したのであまり帰郷していなかったが、帰って早々に結婚したという報告があった時は図々しいが涙を流したものだ。

 この段階でこんな夢を見てしまった原因(イサドラ)を頭の上に浮かばせていると、ニヤついた鞍馬がアルの肩を揺さぶってきた。

 

「君の思ってることはこうだろ? 『ここまでイサドラ様にしてもらったんだから何かを返したい』」

 

「さっきまでボロカスに言っておきながら今更なんですか?」

 

 先ほどの嫌味な顔とは違い、すっきりした顔の鞍馬相手にアルは邪険に睨むと鞍馬は『君の精神状態が不安定だし、僕が言ったことも自分が思ってることだろ』と悪びれずに答えた。

 そう──ここで駄弁っている2人だが、共にアルの精神なのだ。アルがマイナス思考になれば自身が思っていることを喋らせることによって一方的に責めたて、何か迷っている時には対案をまるで2人で話しているように出てくる都合が良い存在である。

 『我は汝。汝は我』とふざける鞍馬に『ベイベ』と何回も続ける戦闘曲で返したアルはひとしきり笑うと、『ほんと……ここまでしてくるなんて良い子ですよね』と呟いた。

 

「とりあえずイサドラ様に適度に甘えたら良いさ。……後は地道にロボに乗ってリハビリだね。でも、その前にやることがあるんじゃないかい?」

 

 何かを破るような動作をする鞍馬の姿が霞のように消えていく。どうやらタイムリミットは近いようだ。意識が上に上がっていく感覚を覚えるが、再び姿を現した黒い人影の恨み辛みを込めた視線を前にアルは決して怯まずに相対する。

 

「それがどうした」

 

 その一言によって人影は霧散し、アルの意識は天へと上っていく。瞼に優しく降り注ぐ光を頼りに目を開けると、目の前には頬を朱色に染めたイサドラがアルのことをしっかりと抱きしめながらエル達と口論している様子が映った。

 

「いや、僕もまさかそこまでやるとは思ってませんでしたし」

 

「あのまま放置したら後味悪いじゃない! だからよ!」

 

 そんな口論を聞きながらアルは現在の自分の状況を軽く振り返ってみる。

 まず第1に個室で2人っきりの飲酒だが、ここまでは良い。だが、ベロベロのアルが気がついた時には既にイサドラが布団の中に入っていた。俗に言う同衾である。

 どう考えてもNGな行為なので、とりあえず誤解をとくことを優先したアルは無理やりイサドラを引き剥がしてから『女性団員集めてジャッジをお願いします』と言うと、エルやダーヴィドといった男性団員を連れて部屋から出て行く──前に机から何度か書いては消した痕跡がある『辞表』を手に取った。

 

「これは、もういらない」

 

 びりびりに破いたそれをゴミ箱に投げつけるように叩き込んだアルは部屋の外に出るとエルとダーヴィドを集めて耳打ちする。その内容とは、今後この周辺にジャロウデク軍が侵攻してきた際に行う防衛策で、例としてあげるならば木の枝と魔獣油を用いた引火式の落とし穴や魔力転換炉(エーテルリアクタ)を用いた法撃陣地という一介の騎士がどうこうできない代物だった。

 

「アル。それを言って来るということは……決まったんですね?」

 

「はい。アルフォンス・エチェバルリアは前に進みます。例え、この戦いで兄さんが居なくなっても……戦いますよ」

 

 覚悟を決めたアルが真面目な口調で宣誓すると、エルはしたり顔をしながら『やっぱりアルアルでもしたんですか?』と茶化す。『アルアル』という謎の造語に対して言葉を解さなくてもなぜか共通認識が出来たアルは、『アルアルって言うな。やってません』と否定すると女性団員達が集まっていくアルの私室をもう一度見ながら先ほどまで間近で感じていたあの暖かさを思い出す。

 

「惚れた女にゃ幸せになってもらいてぇってね」

 

「君はどこの人間ですか?」

 

 つい出てしまった謎の江戸っ子口調に、『なんでこの子が惚れるのはこう面倒くさい家柄の人が多いんでしょう』という本音を隠したエルが詳しい話を詰めようと男性陣のみで悪巧みをするために別の部屋へ移動する。その後、アルの部屋から女性達の姦しい声が響くのだが、絶賛幻晶騎士(シルエットナイト)や戦術クラスの悪巧みをエムリスやその他貴族と話し合っていたので全く聞こえていなかった。




一昨日あたりに30MINUTES MISSIONSというロボットのプラモデルとしこたま買いに行った帰り、十字路で車に轢かれかけるというリアルナイツマやらかしそうになりましたが僕は元気です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。