アルが自主的に退室し、なにやらエムリスなどの上層部を巻き込んで悪巧みを始めた頃。騎士団長補佐のアディや第3中隊のヘルヴィ、キャリーを主体とした銀鳳商騎士団の女性陣はアルの部屋を物色していた。
ただその動きはどこか精彩を欠いており、まるで『副団長の面白そうなことが発見できないか』とクローゼットの中身など今回のことで関係なさそうな所を探す様子にイサドラと館の侍女達は少し困った顔をする。
「あのー、ベッド周りを調べないのでしょうか」
「え、だってあの副団長よ?」
「うん、アル君だよね」
口々に今回の対象がアルだということを言ってくる銀鳳商騎士団の女性陣にイサドラや侍女達は首を傾げる。すると、銀鳳商騎士団とイサドラ側で解釈が異なっていることに気付いたヘルヴィは笑いながら『あの子は何もしてないわ』と断定する。
その謎の断言に今からベッド周りを調べようとしていた侍女達が『ふざけないでください』と少しだけ怒りながら言うが、現になにもされていないことを自身がよく知っているイサドラはヘルヴィに理由を問うと、間を割ってアディが手を挙げた。
「アル君ってヘタレだからでーす」
「後、失恋したの結構引き摺ってたもんね。そこで順序すっとばしていきなりイサドラ様をなにかするとは思えないわね」
仲間と思われていた女性陣からの容赦ない攻撃に、イサドラは心底この場にアルが居なくて良かったと思った。居たが最後、アルは恐らく泣きながらこの場から逃走しそうだとイサドラの脳内に潜むアルの幻影がこの部屋を縦横無尽に動き回り、最後に部屋のガラスを突き破って部屋の外に出たところでキャリーが『それにしても』と何かを切り出そうと口を開けた。
「イサドラ様が一介の騎士である副団長の布団に潜り込むのはどういうことですかね」
「ふぇ!?」
「あ、それ私も聞きたかった。アディちゃんの話だと話を聞くだけだったはずですが?」
キャリーの質問を皮切りに女性陣の興味がイサドラの方へ流れて来る。いつの間にか『異常なし』という裁定を下していた侍女達もイサドラの方をちらちらと見ながら観察しているので、羞恥によって身体を震わせていたイサドラは諦めたかのようにふっと息を吐くと、『絶対にここだけの話よ』と念を押した。
もしここがオフィスなどの給湯室ならここだけの話にならないだろうが、騎士や侍女としての訓練を受けた彼女達は礼をしながら力強い返答をする。正直、力の使い時が間違ってるとイサドラは少しだけ呆れながらぽつりと自身の秘めていた想いを吐露した。
「最初はね。助けてくれたって特別感でアルのこと見てたんだ。それが段々付き合っていく内にアルが本気で私のことを見てくれていないことに気付いたの」
最初にイサドラがそのことに気付いたのは木剣での稽古に付き合ってもらった時のこと。たまに本気交じりの剣戟が来るが、それは一時的な物で大半はまるで『我儘なお嬢様に無理矢理付き合っている』ような力の入れようだったのだ。そんな手抜きに気付いたイサドラはつい激怒しかけたが、一歩踏み留まることに成功すると続けて現在のアルと自分の間は『提供者と客』という立場と言うことを改めて認識した。
「戦争が終わったらアルは帰っちゃうんだし、このままの友達付き合いも悪くないかなって思ったんだけど……その前にアルがああなっちゃってね」
イサドラのか細い声に女性陣はこの前までのアルの様子を頭の中に思い浮かべ、そのとても友達付き合いとかそんな余裕がなさそうなメンタルに揃って苦笑した。
しかし、イサドラの独白はここで終わらなかった。イサドラは『あの子は私よりも強いし、頭も良いのは分かってるけどバカなの』と少し矛盾している言葉をまるでこの場に居ないアルに言い聞かせるように投げかけると、先ほど捨てたアルが辞表をゴミ箱から取り出した。
「自分を大切にしないのよ。一人になるのが怖いくせに、自分は必要がないってあっさり切り捨てるの!」
辞表を自身の胸に押し当てながら涙を流すイサドラに、アディは故郷でアルが行ったことを思い返していた。
まるで最後の思い出を作るようにステファニアの執事として仕え、自分が諦めれるように恋敵である婚約者に協力してもらう。もしこれが自分でステファニアをエルと置き換えるならば、絶対に諦めない自信がある。
だけど、アルはあっさりと引き下がった。そんなアルのことをアディは不思議に思っていたが、イサドラの言葉に胸の中のもやもやがストンと胃の辺りに落ちたような気がした。
「だから私が……アルは皆にとっても……私にとっても必要ってことを言ってあげたかったの」
全員が沈黙を続ける中、ようやく言いたいことを全て言い終えたイサドラ。しかし、改めて考えると同性とはいえ現在この場に居ない男に対する思いをぶちまけるといった恥ずかしすぎる行いをしてしまったという羞恥心にイサドラの顔に熱が集中していくことが分かった。──だがイサドラは気付かなかった。そんな光景をほっこりとした表情で全員が見ていたことに。
***
一通りの調査という体裁のイサドラの独白を聞いた面々がエル達に合流すべくよく会議に使用している館の大部屋の扉を開けると、中ではとんでもないことが行われていた。
肩よりも長い髪を結いあげたアルが白い服を着て畏まった座り方で坐しており、その横ではエルが『チェストでごわす』と言いながら装飾塗れの剣を素振りしていた。
さらに、アルの目の前には『パンをミルクで浸した粥とチーズの切れ端が3枚』置かれており、形式は少し異なるがこれを日本の忘年会の一発芸でやれば『一文字腹』か『十文字腹』か『無念腹』という論争が巻き起こるだろうこと請け合いの光景だった。
「ちょっと団長! 何やってんの! エドガーもディーも止めなさいよ!」
「いや、姫に不貞はいけないだろ」
「うむ。うちの騎士団はこれでもそういった色恋沙汰とは無縁だからね。一部を除いて!」
茶化しながら言うディートリヒにヘルヴィが怯み、アディは何のことか分からない顔をする。そんないつもの空気が大部屋を支配した時、エルは手に持った剣をあっさりと元あった位置に返しながら『さ、お仕事しましょうか』と手を叩いた。どうやら先ほどまでの騒ぎはアルが何かしらでふざけた結果だということを場の空気で把握したヘルヴィは腹いせに近くに居たエドガーの背中を引っ叩く。
「申し訳ありませんが、情報共有を行いたいので他の方は退室お願いします」
エルの言葉にイサドラや侍女達が退室し、銀鳳商騎士団の実働部隊のみが部屋に残った。すると、開口一番にアルが『まずは皆さんに心配をかけてすみませんでした』と頭を下げる。
「君の無駄に自信のない考えには慣れっこだよ。……大丈夫かい?」
「横に同じだが、シルエットナイトの操縦はどうなんだ?」
ディートリヒやエドガーからの質問にアルは手の平を握ったり開いたりしながら『微妙ですね』と答える。イサドラの身を挺した行動によってアルは人を殺すという行動に一通りの区切りを付けれたのだが、それを
「やっぱり私達で部屋を調べさせたのはイサドラ様達を遠ざけるためだったのね」
「ええ、侍女の方も僕的には信用出来ないので念には念を入れてですね」
アルが説明をしている間にエルが部屋の隅に追いやっていた地図や盤上で作戦を伝達するための駒を持ってくる。既に使用された形跡があるそれを再び銀鳳商騎士団の前に広げるなどセッティングし始め、準備が完了すると同時にアルは『エドガーさん達には話しましたが』という枕詞を付けてから説明をしだした。
「大前提としてここは元宿場町なので碌な防衛設備がありません。なので仮にジャロウデクが攻めてきた場合は野戦という選択肢しかないです」
「そうね。でも、空飛ぶ船を相手に野戦って出来るの?」
ヘルヴィの質問にアルは頷きながらエルに視線を送ると、エルが説明を引き継いだ。槍のような絵を描いた紙をヘルヴィに見せながら空飛ぶ船の対策の一つである『地対空装備』の概要や現在の進捗情報を話すと、アルは『その装備を使用するために網を張ります』と複数ある馬の駒を森と思われる深緑色の部分に置いた。
「木々に紛れて十分空飛ぶ船を惹きつけてから奇襲します。おそらくあまり損害を出せないでしょうが、イカルガ以外の攻撃手段を持っていることを相手に知らせるだけでも混乱してくれますよ」
何時もの調子が戻ってきたアルに内心安堵していた面々に、アルは淡々と奇襲についての説明を行う。
ツェンドリンブルを木々に隠すためのネットの使い方や日中に攻めてきた場合と夜間に攻めてきた場合の段取り、さらには『全て上手くいく保証はない』と言いながら以前にアルが考えた特大対空砲といったサブプランをいくつも話していく。アルの口から流れて来るありとあらゆるサブプランを覚えようと、ヘルヴィは何も言わずにただ頷くだけであった。
「……空飛ぶ船に対する奇襲作戦は以上ですが、何か質問は?」
「いつの間にこんなに考えたの?」
「え、ウジウジと考え事してた時ですが? ああいうマイナスに吹っ切れた時こそサブプランは出てきやすいよ」
『イサドラ様が居なければこれらのことを纏めて兄さんに報告してからさっさとフレメヴィーラに帰るところでした』とかなり危ないことを笑いながら言うアルの横で同じことを聞いたエドガーとディートリヒが黙って首を振る。
そのマイナス思考なのかプラス思考なのかよくわからない、転んでもただでは起きない男にヘルヴィは先ほどの作戦を反芻させながら『了解』と返事をするが、アルのターンはまだ終わっていない。
「次に陸上部隊が攻めてきた時ですが、これはまだ決まってません」
「え? まだ別の作戦があるの?」
正直サブプランが大量にありすぎて頭がパンク状態なヘルヴィだったが、アルは知ったこっちゃないと説明を続ける。
捕虜からの聞き取りで分かったのだが、空飛ぶ船の積載量はあまり多くない。なので、空はあくまでおまけで陸上部隊の相手が本命だとアルは腕を組みながら妙案がないか思考を巡らせる。
「兄さん、空飛ぶ船とシルエットナイトの群れ。どっちが良いです?」
「どっちも!」
どっちか決めてくれたらイカルガを相手の陣地へシュートして超エキサイティングさせてあげれば済むのだが、『困った時は両方だ』と言わんばかりの即答ぶりにアルは改めて作戦を考える。相手はクシェペルカすらも呑み込んだ大国なので、常勝は出来なくとも最低でもミシリエを防衛する1戦だけでも勝てるような作戦の取っ掛かりを求めてアルは知恵を絞った。
「罠で戦意を挫きます」
「どんな罠なんだい?」
ディートリヒの質問にアルは机の上から何も書かれていない真っ白な紙を手に取ると説明しながら絵を描き始める。
「まずは地中に埋めて魔力によって爆炎や杭を風魔法で飛び出すようにした地雷型シルエットアームズ」
「それって魔獣用じゃなかったか?」
『地雷型』と呼ばれた
「言ったでしょ? 僕はもう覚悟を決めました。剣を持って向かってくるなら、僕は自分の持てる力を全て使って守ります」
数日前まで今にも消えそうなぐらい弱っていたアルの意思が十分籠った声に、エドガーは『それなら良い』と黙ってアルの手を眺める。既にアルは持てるすべてを使おうと前に向かって走ろうとしている。そこに余計な横槍は必要ないのだ。
「……と、恰好つけた台詞を言った割にはこのぐらいしか考えれないので周辺見回りたいです」
「では、適当に見て回りましょうか。いざという時のために準備しておかないといけませんし」
頭を掻きながら照れるアルの横で次の方針を決めたエルが元気よく拳を天に突き上げると、アディもそれに同調しながら意気揚々とエルと共に外へ出ていく。そんな『何時もの光景』がやっと帰ってきた感覚に銀鳳商騎士団の面々は口には出さずとも一様に同じようなことを心に思い浮かべた。
***
アルが元気を取り戻して少し間が空いた。ミシリエから少し離れた森林部では大音量が響いていた。その森林地帯に少しでも足を踏み入れると、そこには大音量の主であるカルディトーレやレーヴァンティアの姿があった。
サブアームには大型のクレーンやら大型ペンチのような重機を思わせるアタッチメントを接続させ、手にはツルハシやスコップを装備させてせっせと土木作業を行っている姿はどことなく滑稽なのだが、これでも参加している
「うぉーい。そっちはどうだ?」
「あー、若旦那「棟梁と呼べ」あ、はい」
1機のカルディトーレにエムリスの乗機であるゴルドリーオが手に持った大剣を振り回しながら近づいてくる。その接近に気付いたアルが未だに震える手でカルディトーレを操縦して挨拶を返すが、エムリスは土木工事を始めると聞いてノリノリで飛び出してきた時に言った『棟梁呼び』が出来ていないと不機嫌そうな声を出した。
「いよっと。長時間乗ると身体の方も慣れますね。まだちょっと震えますが操縦できてます」
「その調子で頑張れ。……作業についてだが、流石にシルエットギアとラボ謹製の土木パーツがあると速いな。もうほとんど出来てるじゃないか」
「土木パーツはもどきですけどね。これも帰ったらラボに運用した所感を提出しないと」
アルから薦められた黄色と黒で斑に塗られた鉄兜を被りながらエムリスはぐるりと作業現場を見渡す。
場所を決めたのはエムリスと話を聞きつけてこちらに戻ってきたレトンマキ男爵であった。
手付かずの大森林は
最大の懸念点であった場所が決まると、そこから銀鳳商騎士団の動きは早かった。待ち伏せをする騎士が不自由なく過ごせるキャンプ設備や相手の
「いや、慣れればほんとサクサク進みますよ」
「俺、この戦いが終わったら中古のシルエットナイト買って土木関係に転職しようかな」
最初はサブアームや効率の良い作業の仕方を学ぶことに時間を取られていたクシェペルカや銀鳳商騎士団の団員だが、今では雑談しながら盛り土やら地面の掘削作業を行っている光景にアルは今回工事を行う部分を再確認する。
「罠の敷設は完了。後はミシリエに行くための斜面はもう少し土を盛ってなだらかにしましょう。物資の輸送もしやすくなりますし、行軍中に道を作れるほどマンパワーないですし」
「崖にシルエットナイトを配置させて待機所を作るのも良さそうだな」
次から次へと出てくる陣地構成案に、アルは必死にメモを取る。そんな現在の作業進捗だが、『作業が速く進みすぎてアルやエムリスが提案した端から作られていく』というアルにとって結構楽しい時間になっていたりする。
まず紹介するのは落とし穴である。
塹壕のように長大な穴を掘ってからその中に切り倒された木の細い枝を敷き詰めて地面と色合いが似ている布を被せただけの簡素なものだが、日中でも注視しなければ目立たないし、夜間になると数回作業用の
次に罠──現代風に言うと地雷なのだが、これは当初の予定通り『上方に向かって杭を打ち出すタイプ』と『爆炎が
相手からの見え方にも左右されるが、アルには十分陸上戦力を驚かせることは出来るだろうと確信していた。
「うーん、この主要道路を法撃で穴だらけにして進軍を遅らせたりも出来ますが?」
「絶対やるなよ!? 貴族連中が絶対泣くからな!? つーか、お前はクシェペルカとフレメヴィーラの国交断絶させてぇのか?」
「やだなぁ、冗談ですよ。ロカールも無くなったので、ジャロウデクとクシェペルカの間なら許されると思うんですけどねぇ」
道は国にとっての生命線である。仮にも破壊された場合はそれを修繕するために人手がべらぼうに必要になるし、当然かかる金も目がくらむほど必要になる。それを冗談とはいえ平然とした態度でぶっ壊そうと提案するアルに、エムリスは『お前が騎士団長じゃなくて良かったぜ』と珍しく冷や汗を垂らす。
そんなことを話していると、作業をしていたカルディトーレから『法撃陣地を見て欲しい』という要請が来たため、アルはエムリスと共にカルディトーレの手に掴まって現地へ赴く。時間にして1分も掛からずに現地についたアルの目の前には、カルディトーレなどに使用されているクリスタルプレートで囲まれた空間が目に入った。
謎の建築物に首を傾げていたエムリスを余所に、地面に降り立ったアルがその空間に入るとさっそく設置されている
「後は天井を被せるだけですね。……すみません。試射したいのでそのシルエットギアを貸してください」
「了解。作業員はしばらく待機所に避難しておきますね」
そう言い残しながら駆け出した騎士が周辺で作業をしていた騎士と
「さすがに藍鷹騎士団のおかげで情報のガードは任せてますが、目立ちすぎですかね?」
この大規模な工事は当然余所から見れば即バレするものだったが、事の重要性はこちらの方が高いと判断した藍鷹騎士団がミシリエの防諜を犠牲にしてこちらの防諜に力を入れてもらっている。しかし、仮にバレてもジャロウデクがティラントーでミシリエに行くためにはこの道かエルが本格的に対策しだした空飛ぶ船による輸送しか今の所思いつかないので、エムリスはどちらを選んでもジャロウデクにとっては苦難の道になるだろうなと考えた。
アルが
「よし、これを後数個用意しましょう」
「そうか、シルエットナイトの戦力が乏しい分の埋め合わせか」
アルが満足そうな笑みを浮かべる側でようやく合点が行ったエムリスがこの設備の意味を把握する。
そう、この設備は
試射が終わり、騎士達が法弾が直撃した地面をならしている光景を見ながらアルはこの
「でも、僕としてはこれをもっと発展させたいんですよね。連携を確実にするために伝書鳩……いや、光信号?」
「もうアルが逐次指令出した方が良いんじゃねぇか?」
「あ、その案良いですね」
──それはエムリスがつい呟いてしまった一言だった。
しかし、それが幸か不幸かアルの耳にも届いてしまい、あろうことか全力で賛同してしまった。これが後にジャロウデク軍の結末が確定し、後でその顛末を聞いたイサドラがアルを思いっきり怒ることになるのだが、当時のアルは思いもしなかった。