銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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80話

 ジャロウデク王国がジェデオン要塞を越えて東進してくるという情報はすぐさまミシリエに届けられた。レトンマキ男爵を含めた将兵を悼む気持ちもそこそこに、エルは残り時間がないと『商品』である地対空装備やアルの管轄下にある対空砲の進捗度合いを確認していく。

 

「アルー。そういえば考えてたデカブツの対空砲どうするんですか?」

 

「え、もう出来てますよ?」

 

 工房に入る前に呼び止められたアルは、あっけらかんとした表情でエルが知らない情報を答える。今まで音沙汰がなかったため、製造に着手していない、もしくは製造が初期の段階ならば対空砲の製造をやめてもらって幻晶騎士(シルエットナイト)戦力にマンパワーを回して欲しいと頼もうと思ったエルだったが、思わぬ誤算に嬉しさよりも報告されていないことへの怒りが勝る、

 

「報連相出来てませんよ」

 

「それについては申し訳ない。兄さんと共有していた設置型ですが、置物になりそうなのでシルエットナイトが装備できる形に仕立て直しました。……見てもらったほうが早いですね」

 

 そう言いながら工房の大きな門を潜ったアルは、最近エルが陣取っている地対空装備の開発現場を通り過ぎる。最近開発に注力しすぎて工房のパトロールと言う名のリフレッシュをしていなかったエルは、自信ありげなアルの後姿を追いかけながら改めて工房を見渡すと、十数台のレスヴァントを見かけた。

 

「アルー。もう使えなさそうな機体が並んでるんですが、今直す必要あるんですか?」

 

「手品に使うんですよ」

 

 アルの言葉にエルが先ほどのレスヴァント達に視線を向ける。そのレスヴァント達は一見では修理中のように思えたのだが、全身くまなく損傷していたり、胸部装甲がめった刺しになっていたり、胴体が千切れかかっていたりと大破寸前の物ばかりであった。

 

「立っているのがやっとの物ばかりですが、これで戦えるんですか?」

 

「ああ、これらは棒を持たせて立っているだけで良いんです。それより、あれですよ」

 

 答えになっていないことを口にしながらアルは前方にあるパッチワークが立っている付近の上を指差した。そこにはパッチワークが狙撃を行う際に使用するサジタリウスよりも大きく、パッチワークの肩で担がねばまともに保持できないような魔導兵装(シルエットアームズ)がクレーンに釣り下げてあった。

 その存在に目を向くエルを他所に、アルは近くの騎操鍛冶師(ナイトスミス)に頼み込んで先ほどの魔導兵装(シルエットアームズ)を工房の床に降ろしてもらう。砲身だけでもパッチワークの全長と同じぐらいなのだが、真に驚くべきは砲身の中身にあった。

 

「性能試験も終わっていますし、いつでも実戦投入可能ですよ」

 

「なん……つーもの作ってるんですか」

 

 魔力が通っていないことを指差し確認したアルに手招きをされ、エルも砲身の中に潜り込む。暗い砲身の中を這いながら周囲を見ると、紋章術式(エンブレム・グラフ)が上下左右にびっしりと書き込まれていた。その文字量はエルの開発した中で最も心血を注いだイカルガ専用の魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)よりも多く、所々筆跡が違うことからアルだけがこれを作ったわけではないと分かった。

 

「これ、アルだけが作成したわけではないですよね」

 

「ええ、諸事情で砲身だけ予備を作ったのですが、1本につきパーサーの方々をダース単位で招集して1日かかります」

 

「いや、ほんと何やってるんですか。……ナイトスミスの人達だったら拳骨でしたよ」

 

 あっさりと作業工程をゲロったアルに内心『ほんとこいつどうしてくれようか』とアルもエルに対して思っていることをそっくりそのまま思ったエル。この1日さえも惜しい現状に構文師(パーサー)という職種をダース単位で集めるのは考えが足りないとしか言えなかった。

 それに、エルが砲身から抜け出してから改めて全体を見るとこの武器には内部に籠った熱を排出する機構が欠落している。当初の仕様では魔力転換炉(エーテルリアクタ)を2基使った法弾を放つというのに、そのエネルギーによって生じた熱を処理する機構が無いのはどんな理由があっても欠陥兵器である。

 しかし、その問題点を聞いたアルの返答が『砲身ごと交換します』という頭のネジが数本どこかで落としたようなものだった。

 

「ほら、相手は空を行く船ですからね。もちろん高度限界はあるのでしょうが、それがどれぐらいなのか知りません。なので、射程距離と当たった時の威力を極限まで追求しました」

 

「で、結果としてこれから冷却装置を作るのも時間がかかるから失くしちゃおうと」

 

 アルは何かを持った手を横へ何度もスライドさせる『それはそれで置いといて』という仕草を見たエルは、視線をパッチワークの横に立てかけてあるサジタリウスに移しながらようやく今回の武器の仕様を理解した。

 まず第1に、アルが中等部から手掛けていたナンブやサジタリウスといった独自の魔導兵装(シルエットアームズ)から脈々と受け継がれてきた冷却装置は未だ発展途上……というか、冷却自体の原理があまり分からないので不完全な代物である。さらに、機構を取り付けるのに少なくない時間がかかり、いくら効率化を図ろうと熱い空気を外へ逃がすための穴や排出用の紋章術式(エンブレム・グラフ)を増設しようとも劇的に変化することはなかったので、生半可な結果になるのを恐れたアルは思い切って砲身を付け替えることにしたのだ。

 

「水冷の方は別の物で成功したんですが、これに使うと冷却が不十分だったんですよね。水も別のに比べたら大量にいりますし」

 

「作っちゃったものは仕方ないですよ。一先ずそれらを狙撃予定地点にエーテルリアクタと共に運搬……ん? ちょっと待てよ?」

 

 運搬を指示しようとしたエルが動作を止めると顎に手を当てながら考え事を始める。装備を運び出そうと近くで作業をしていたダーヴィドを呼んでいたアルが帰って来ると『魔力転換炉(エーテルリアクタ)』や『幻晶騎士(シルエットナイト)で代用』と謎の単語を羅列するエルにダーヴィド共々首を傾げる。

 

「あ、そうだ。アル、これもうちょっと改造して良いですか? 後、アルが最初に待機する場所は僕の隣で」

 

「えー、狙撃をする時は誰にも邪魔されず、自由で何というか……救われてなきゃあダメなんですよ」

 

 どこかの貿易商のような顔をしながら残念そうな顔をするアルを無視し、エルはダーヴィドに魔導兵装(シルエットアームズ)の基部とイカルガの腹部に銀線神経(シルバーナーヴ)を接続する端子を増設するように頼み込んだ。やたらと具体的な改造プランにエルがやろうとしていることが長年の経験から分かったダーヴィドは、『豪勢な法撃になりそうだな』と獰猛な笑顔を作りながら騎操鍛冶師(ナイトスミス)を招集し始める。

 

「さて、僕達は商品が出来るまで配置についていましょうか。大尉?」

 

「えー、それ金色枠の殿下でしょー」

 

 ダーヴィドはエルの提案の『意図』を理解したが、その『元ネタ』を知っているアルはエルの言ってくる『大尉』という言葉に恐らく正確な答えで文句を言ってのけた。

 

***

 

「そんなわけなので、実働部隊の皆さんにはこれからしばらくはミシリエ近郊で戦闘配置についてもらいます」

 

「うえぇ~」

 

 商騎士団の中隊を集めたエルが放った指示にアディが嫌そうな声を漏らした。エル大好き人間のアディにとってエルと離れるということは、強化ならぬ狂化を施すことと同義である。

 しかし、ジェデオン要塞が攻略された以上、いつジャロウデク軍が攻めて来てもおかしくない状態なので、エルは『団長命令』とアディが絶対逆らえないような口ぶりで説得する。

 

「キッド、手綱はしっかり握っておいてくださいね」

 

「ほんとお前ら兄弟は……」

 

 狂化した妹の手綱を握るという重要かつ苦労する内容をまるっとキッドに投げつけたアルは、反論するキッドの言葉に口笛を吹きながら我関せずという態度を取った。その態度にキッドは腹いせにアルの耳を引っ張るが、アルは気にせずに『配置場所説明します』と地図を開いた。

 

「ふぅむ。そもそもこんなに上手くいくのか? 回り込まれたりはしないか?」

 

 街道に沿って建築された妨害用の設備の多さにエドガーは率直な意見を出す。時間がなかったこともあるが、一般人かつ騎士のアルにとって陣地作製という裏の裏を読むような軍師や魔術師めいたスキルという大層なものはない。

 だが、陣地を作る場所が決まった上で地元の人間や地形の把握に詳しい騎士団員を引き連れながら現地を肉眼で調査した分には回りこまれてもミシリエに到達できないし、先だっての特殊な幻晶騎士(シルエットナイト)なしに崖は登れないことは確認している。さらに、森の中にはクシェペルカの最新鋭機であるレーヴァンティアも配置する予定なので後ろから奇襲を受けることは『ほぼ』ない。

 

「そこは完璧な作戦なんて存在しないってことで。とりあえず、商品やその他の補給用品は準備が出来次第ミシリエに残る部隊とナイトスミス隊で運び込みます。しばらくは例外を除き、各中隊で固まっての生活なので、そのつもりでお願いします」

 

「了解。陣地についての説明は後でしてもらえるかな? 作るのには参加したが、何をしたのか微妙に分からないことがあるからね」

 

「ええ、待ってる間も暇なので実際に起動したりして説明しますよ。他に伝達事項は……ないですね。それでは兄さん」

 

 ディートリヒに親指を立てながら伝達漏れがないことを確認したアルは最後の締めをエルにしてもらってからキッドを伴ってさっさと退出する。その妙な取り合わせの類似点を察したヘルヴィと女性団員は『あらあら』という言葉を漏らすが、ヘルヴィの横で突っ立っていたエドガーが何のことか分からない表情でそれを見つめていた。

 

 そんな視線を送られていたことを知らずにアルはキッドと共にエレオノーラの部屋まで足を運んでいた。ノックしてから扉を開けるとエレオノーラとイサドラが一斉に奇異な目でこちらを向くが、来訪者の姿を確認して次第に笑顔で2人を迎え入れる。

 

「話は終わったの?」

 

「これから配置に付きます。なのでミシリエの防衛が終わるまではこちらに帰ってくることはありません」

 

 イサドラの言葉にアルは少しだけ口を詰まらせるが、自分のこれからの行動と予定を伝える。それを聞いたイサドラは小さく『そう』と呟くと、エレオノーラもキッドに向かって『騎士様もですか?』とまるで懇願するように質問する。

 

「俺もアル……副団長と一緒に行かなきゃいけない。姫様のためにも行かなきゃいけない。大丈夫、必ず帰ってくるよ」

 

 『俺達が強いってことを知ってもらわなきゃな』とキッドがさっぱりした笑顔を向け、つい頬を高揚させるエレオノーラ。その甘酸っぱいコンビとは対照的にイサドラは俯きながら『ほんとに行かなきゃいけないの?』と手を震わせていた。

 

「僕は絶対とか奇跡とかそんな言葉はあまり好きじゃないです。なるようにしかならないので」

 

「知ってる」

 

「だけど、奇跡に頼るのではなく奇跡のような結果を目指すのは別です。僕はそのためにがんばってきた」

 

 奇跡という不明確なものに頼るのではなく、『奇跡のような結果』を求めるいつもどおりのアルの瞳をイサドラが不安そうに覗き込む。その不安が見え隠れするイサドラに対し、アルは今にも枯れてしまいそうなほど弱っていた時期に自分を抱きしめていたイサドラの手を自らの両手で優しく包み込むと、『今度は僕の番です。僕が貴女の不安を取り除きます』と告げる。

 

「僕はキッドみたいに大丈夫とか言えませんが、代わりに僕の意思を伝えます。生きることを諦めません。生き残るために全てを試します。正道も……時には外道も使いますが、出来る限りのことはします。なので、帰ってきたらまた笑ってください」

 

「……はい!」

 

 手の中に有ったイサドラの手の震えが消え、その手を静かに……若干名残惜しそうに離したアルはキッドに呼びかけると礼をしながら部屋から出て行く。

 部屋を出たすぐそこでヘルヴィやアディ、あとついでに第2中隊が壁に耳を当てていたのだが、それを見たアルは冷静に腕を組みながらヘルヴィ達の奇行を見守っていたディートリヒに腹いせとしてローキックを放つと『仕事に戻りますよ』と廊下を歩いていった。

 

***

 

「いやぁ、あのアル君があそこまで言うとはねぇ」

 

「帰ってきたらまた笑ってくださいだって!」

 

 ヘルヴィとアディがつい先日聞こえてきたことを話す傍らでアルは真剣にとある物を組み立てていた。現在進行形でこちらを茶化すような声は聞こえてはいるが、今反論したら火に油を注ぐようなことになるので決して反応せずに慣れぬ手つきで組み立てること数分。なにやらパッチワークの装備であるナンブを人が持てるようにサイズダウンした物が組み上げられた。

 

「なんだいそれ」

 

「新しい連射型のシルエットアームズです。こうやって中に水を貯めることで冷却しながら連射できます」

 

 ディートリヒが興味深そうに魔導兵装(シルエットアームズ)を見つめると、アルは円筒状になっている部品を取り外す。アルが両手で抱えるぐらい大きいそれはほとんどが空洞であったが、中心には紋章術式(エンブレム・グラフ)が刻まれた銀の筒が固定されているというディートリヒには見覚えが無い構造となっていた。

 

 今回、アルが開発したのは水冷式の連射型魔導兵装(シルエットアームズ)である。ちなみに形は機関銃の祖先とも言うべき『マキシム機関銃』をモデルにしているのだが、アルは何もロマンだけで目的でこの形にしたわけではない。──大半はロマンだが。

 初期の機関銃に取り入れられていた水冷式というものは弱点が多数存在する。

 例えば水。液体という物は嵩張りやすく、なおかつ重量も馬鹿にならない。しかも、射撃中は絶えず冷却をするために蒸発していくので水の確保にも気を使わねばならない。──と水の問題だけでもかなりの難点があった。

 

(魔法なら銃身の加熱とかそんなに気にしなくてもいいですからねー)

 

 ただ、アルが現在居るのは銃火器ひしめく現代ではなく法撃という魔法が存在するセッテルンド大陸である。法撃を放つために用いられる魔導兵装(シルエットアームズ)と言う物は暴力的に言えば『銀という魔力が通るための経路と紋章術式(エンブレム・グラフ)という魔法術式が刻まれた銀板に魔力が移動さえすれば良い』ので、平時は銃身部分に水を入れた銃身を密閉保存して陣地に保存しておき、後は水が無くなるタイミングで銃身を入れ替えて魔力を通すだけで法撃が出来るのだ。

 さらに、サジタリウスのような高密度の法弾を打つような紋章術式(エンブレム・グラフ)は刻んでいないので、魔力が移動する際に生じる熱もただちに銃身が焼けつくほどのような熱量は出さない想定である。ミシリエを防衛するのみに使用するなら影響はない──はずだ。

 

(まぁ、いざとなったら水筒で濡らした布とか人間の体内から出る水で冷やしてもらうか)

 

 『確かそんな記述もあったよなぁ』とおぼろげな記憶を引っ張り出しながらアルは魔導兵装(シルエットアームズ)を組み立てては法撃陣地に駐留予定の騎士に渡していき、騒がしくもあった待機1日目が過ぎていく。

 

 しかし、アルの準備はまだ終わらなかった。

 待機2日目。パッチワークがどこから調達してきたのか小麦をひくための巨大な石臼を大量に荷台に乗せて第1、第2中隊やゴルドリーオが待機している崖付近へ近づいてきた。

 

「アルフォンス。それは何に使う気だい?」

 

「え、転がすんですよ」

 

 石臼をくっ付けてボビン状にし、中央に爆破用の銀板を取り付けていたアルがシルエットギアの兜を跳ね上げて不思議そうな顔をしながらさも当然のように答える。たしかに斜面なので転がせば被害は出るだろうが、魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)までも取り付け始めた代物にエドガーは奇異な視線でその兵器とアルを交互に見た。

 

「本当はプロペラとかつけてダウンフォースも狙いたい所ですが、安定性を取ることにしました」

 

「分からんが、ジャロウデクの奴らに痛打を与えるなら良し!」

 

 エチェバルリア語を話すアルの横で『とりあえず好きにさせればジャロウデクに嫌がらせできるだろう』と早々に理解することを拒否したエムリスの言葉にアルのボビン作りは加速する。ただ、商騎士団随一の常識人であるエドガーは『本当にミシリエが守れるのか』と一縷の不安が芽生えたが、高笑いしながら兵器を作製するアルを前に中々辞めるように言えなかった。

 

 その後、罠を配置した区画に入らない様に防衛部隊に勧告するため、ティラントーを用意してリハーサルを行っている最中。うっかり発動した罠によってディートリヒが早贄になりかけるという事件が起こったり、イカルガ用の新型兵装の練習をするためにイカルガ以外のことは全てアルに任せっきりになっていたこともあってか、エルに会えないと言うストレスによってアディが日を追うごとにダークサイドに染まっていき、やがて『ジャロウデク。許すまじ』としか言わず、いつ用意したのかスキットルに紅茶を入れて飲むというそこはかとなく『ワル』を感じる行動が増えてきていた頃。

 

 道行く関所が全てもぬけの空という事態に東進を進めていたジャロウデク軍の総大将であるクリストバルが気落ちしていた。

 

「これはこれでつまらんな」

 

 何度目か分からない大休止を指示しながらクリストバルは飛空船(レビテートシップ)の窓から空を見る。クリストバルはこの機会に邪魔な王族やティラントーの元を作ったであろう魔獣番を根絶やしにしようと出来うる準備を施した。その結果、唯一の懸念点であったクシェペルカが用意した案山子に仰々しいお洋服を着せた代物もジェデオン要塞攻略戦にて多くの弱点が露呈し、クリストバルの前に躯を曝した。

 

「ゆっくり進もうではないか。どうせやつらに逃げ場などない」

 

 後ろにはオービニエ山地があるだけで何も戦略的施設のない宿場町であるミシリエで、どれだけ防備を固めようとも飛空船(レビテートシップ)や旅団規模のティラントーを前に何が出来るかと側近達に問いかけるクリストバル。側近達も、この瞬間にも汗水を垂らしながら必死に無駄な足掻きをしているであろうクシェペルカ残党を想像し少なくない笑い声を上げる。

 そんなどこか緩い空気が流れつつあるジャロウデク軍を木々の合間から見張るシャドウラートの数が日増しに増えているのだが、それを知る者は1人も居なかった。

 

 ***

 

「ですからねー。目玉焼きには醤油ですって」

 

「いやいや、塩コショウでしょ。君が一時期七味派に鞍替えしてこっちにかけてきたことは忘れてませんよ」

 

 たき火の側でエルとアルが喧々諤々と目玉焼き論争を行っている。その話し声は別のたき火に当たりながら待機をしていた商騎士団所属の装甲装備型ツェンドリンブル、『カタフラクト』とキャリッジの後部に連射型魔導兵装(シルエットアームズ)やリーコンを備え付けたカタフラクト専用キャリッジに搭乗するカルディトーレの騎操士(ナイトランナー)にも聞こえており、リーコンで空の監視をしながら各自思い思いの飯話に花を咲かせていた。

 

 ジャロウデク軍を待ち伏せし始めて早数日。そろそろ1週間にもなろうとしていた頃合なので、ここまで来ると夜中に話すネタも少なくなってくる。

 最初は真面目に大出力法撃の手順確認をしていたエルとアルだったが、だんだん飽きてきて団員に兵装のアイデアを募ったり、イカルガの新装備で遊んだり、唐突に小麦粉を水で練った生地をちねりだしたり、『5メガネから始まり、割りばしの代用として結晶筋肉(クリスタルティシュー)でフェイントをかますという技巧を用いたデュエル』をしたりと徐々にふざけ出し始めた。

 

「ぶっちゃけ、美味ければ何でもいいんですけどね」

 

「ミートゥー。……目玉焼き論争してたら色々思い出してきましたよ。うどん食べたいです」

 

「イサドラ様に変な子供を見る目で見られたので、もう僕はライヒアラでしか作りません」

 

 小麦粉をまとめた生地に厚手の布を敷いて足で踏んでいる作業を見られ、さらにそれをエルと食する光景をまるでインスピレーションが働いて犯人である小熊を追い詰めようとする目つきで見られたアルが『イサドラ様、目こわっ!』と言い放って以来、うどんは実家だけで食べようと心に決めた。

 

「そんなことより、レーヴァンティアの改造計画話しましょうよ」

 

「暇ですからねー」

 

 そんなどうでもいい話の合間にアルがクシェペルカの最新鋭機であるレーヴァンティアの改造計画を提案する。ちなみに、レーヴァンティアは長い幻晶騎士(シルエットナイト)史を主軸に言うとつい先ほど生まれた幻晶騎士(シルエットナイト)である。そんな短い期間で改造と言うほどの手を加えるのかと傍で聞いていた騎士団員達が一斉にアルの方を見たが、エルとアルは視線に気づくことなく話し合いを始める。

 

「まずは僕の地対空装備をつけたタイプですかね。成果はまだ分かりませんが、投槍として使うには十分かと」

 

 エルはまず、自身が作った地対空装備である『魔導飛槍(ミッシレジャベリン)』を備え付けたレーヴァンティアを提案する。

 魔導飛槍(ミッシレジャベリン)とは簡単に言うと人力誘導式の投槍である。槍に推進・姿勢制御用の触媒結晶を埋め込み、そこに銀線神経(シルバーナーヴ)を接続して射出することで人力で目標物まで誘導させながら飛翔させ、銀線神経(シルバーナーヴ)が届く範囲を超えると槍が魔法術式(スクリプト)によって切り離される仕組みだ。

 ちなみに最初は発射装置の名称である『垂直発射式連装投鎗器(バーティカルロンチドジャベリンスローワ)』と呼称していたが、アルやキッドが『ば、バーティカル……ロロロ……ロッヂ!』など良い間違えたり、舌を盛大に噛むなどといった被害を被ったので、今の所は魔導飛槍(ミッシレジャベリン)にすることに決めた。

 

 閑話休題。

 ただ、この魔導飛槍(ミッシレジャベリン)だが誘導にかなりの適正が必要な装備でもある。エルやアル、そして彼らの弟子のキッドやアディは元々の演算能力が高いからか複数──エルに至っては少なくとも10発以上の操縦は可能だったことに対し、ヘルヴィやエドガーといった初期メンバーは2~3本。クシェペルカの騎士だと1本を操作するのがやっとであった。

 

「こっちは風魔法で石や金属のボールを飛ばすタイプですね」

 

「あー、砦につけようとしたやつですか。キャノンタイプと言えば搭乗員が変わったら無双しそうですし、全体的に赤く塗ります?」

 

 アルが提案した内容にエルも追加で案を出す。

 レーヴァンティア・キャノン。中距離支援砲撃を行うことをコンセプトにしようとするが、この世界に法撃はあっても()()という概念があるのかアルには分からなかったので、騎士団の本拠点である砦を改修しようとした折に提案した『風魔法による重量物の投射を行う技術』を転用することで強力な支援攻撃が出来るのではないかと考えたのである。

 

 だが、この改造方法にも難点があった。魔導飛槍(ミッシレジャベリン)以上に投射物の制御が難しいのだ。魔導飛槍(ミッシレジャベリン)魔法術式(スクリプト)さえ理解すればあとは人の持つ魔術演算領域(マギウス・サーキット)の領域次第なのだが、投射物の場合は形や重さや気象によって飛距離や描く軌道も千差万別である。

 手元が狂ったことによるフレンドリーファイアにもなる恐れもあり、弾道計算といった補助システムを追加しようにもそのような力学やらの話を当然エルやアルが知っているわけでもないので、キャノンタイプの話は打ち切られることになった。

 

「2機1組で行う法撃機のバリエーションの方がまだ現実味ありますね」

 

「戦力が増えてきたら皆に聞いてみるべきですね……うぉ、まぶし」

 

 別のバリエーションの話もされ、話し合いもここからといった具合で夜空が真昼のように明るくなった。眩しそうに片手でそのまばゆい光を和らげながらアルが光の向こうにいくつもの黒い点──空飛ぶ船の姿を確認すると、一目散にパッチワークに乗り込んだ。

 

「大出力法撃モードに移行。クロー展開、アイゼンロック」

 

 アルが流れるようにボタンやレバーの操作を行うと、パッチワークは長大な魔導兵装(シルエットアームズ)を上空へ構え、頭部に備え付けられた精密射撃用に特殊な望遠装置の付いた面覆い(バイザー)が下りる。続けて脚部のつま先部分から折り畳み式のクローが展開され、パッチワークが地面を踏み込むことで大地を力強く掴み、踵から金属製の杭が地面に突き刺さることで機体は完全に固定化される。

 

「兄さん、頼みます」

 

 アルがそういうとイカルガは構え終わった魔導兵装(シルエットアームズ)の基部に増設された蓋を開き、手に持った両端がイヤホンのジャックのようになっている銀線神経(シルバーナーヴ)の端子を接続させる。そして、もう片方側の端子をイカルガの腹部に新たにあけた端子穴に接続させると、イカルガの操縦席でエルが新たな魔法術式(スクリプト)を流し始めた。すると、イカルガの皇之心臓(ベヘモスハート)はその魔法術式(スクリプト)に従って目覚め、大音量を撒き散らしながら大量の魔力を銀線神経(シルバーナーヴ)に送り込み始めた。

 

「魔力充填。そちらでも確認できていますか? ……しかし、こうも的が大きいと一発で致命傷は難しいかもしれませんね」

 

「出来てますよー。……いや、それ暗に外せってことですか?」

 

「ヤ、ヤダナー。ソンナコトナイデスヨ」

 

 途中でエルが手を加えた魔力供給の仕方といい、先ほどの言葉といい、このような重要な局面で言うセリフではないことを怒るアルにイカルガは器用に首をそっぽに向けた。その間にも2発目の法弾により再度夜空に光が灯る。先ほどよりも大きくなった船の姿に、言いたいことは後で言おうとアルは幻像投影機(ホロモニター)を睨みつけた。魔導兵装(シルエットアームズ)の基部に組み込まれた小型魔導演算機(マギウスエンジン)から送られた魔法術式(スクリプト)幻像投影機(ホロモニター)に照準として映り込み、こちらに向けて飛行する1隻の船に狙いを重ねる。

 

「我、決戦の火蓋を切り 勝利への号砲と成す」

 

 アルは万感の思いを告げながらトリガーを押し込むと、皇之心臓(ベヘモスハート)という一般的な幻晶騎士(シルエットナイト)の数倍では利かないほどの魔力転換炉(エーテルリアクタ)から生み出された莫大な魔力が砲身の紋章術式(エンブレム・グラフ)に叩き込まれ、強大かつ密度の高い法撃が夜空を駆けた。

 先ほどから夜空を照らす光に負けないほどのまばゆい炎が上空の空気を焼き焦がしながら引き裂く音と共に通り過ぎるのを森の中から見た待ち伏せ部隊は近い内に来るであろう出番に身を固めた。




平日は仕事して寝るだけの生活になっていますが、僕は元気です。
上記の理由から申し訳ありませんが、2週間に1話のペースに変更となります。
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