──走る ──走る
ミシリエから遠ざかるように黒い
その
生半可な法撃を跳ね返すほど厚い装甲を有し、その装甲の後ろに隠された綱状に編み上げられた
「なんだ。あれは……あれはなんだったんだ!」
「落ち着け。もうあのガキは居ない。今は1秒でも早く後続の部隊と合流するんだ」
街道を走るティラントー達の操縦席に座る
「あれは夢だ……夢だったんだ。死者が蘇るわけない」
「落ち着けと言っている! あんなものはまやかしだ!」
うわ言のように呟く1人の
それもそのはずである。今この場に居るティラントーはわずか10機ほどだが、本来は50機ほど居たのだ。思い出すのは妙な子供と突然地面から出現した杭と炎。そして……法弾を当てても構わずに攻撃してくるクシェペルカの量産機であるレスヴァントの群れとそこから放たれる法弾の雨。
「だがこれで罠が張られていることは分かった。合流次第、バネスト大隊長に報こぐっ!」
先頭を走るティラントーが仲間を励ますために後ろに声をかけた瞬間、横合いから黒い物が飛び込んできた。それは寸分違わず先頭のティラントーに衝突すると、その勢いのまま森に生えている1本の大木にぶつかった。
その一連の出来事によってかのティラントーの後ろを走っていたティラントー達は数峻ほど呆然とするが、ぶつかった衝撃で頭を強く打ったのかピクリとも動かないティラントーを助けようと動き出した1機のティラントーの肩や腕を掴むと強制的に撤退し始めた。
「見捨てるんですか!」
「ああ、見捨てる。俺達にそんな暇はない! ……だから、もし俺が動けなくなっても見捨ててくれ!」
そしてその数分後、ティラントー達が立ち止まっていた場所に赤い装甲に白い十字が刻まれた数機のカルディトーレと銀鳳商騎士団の第2中隊長機であるグゥエラリンデが森の奥から姿を現した。
「んを? 声が聞こえたと思ったら気のせいか?」
「いや、君。いきなり声が聞こえたと言ってティラントーを殴り飛ばす馬鹿がどこにいるんだい?」
「ここに!」
腕に装備された『手甲』を見せつけるように自身をアピールする無手のカルディトーレにグゥエラリンデは軽く拳でカルディトーレの頭部を叩きながら現場を精査する。先ほど森の中でティラントーと1戦を交えた第2中隊だったが、戦闘中に先ほど叩いたカルディトーレの
もちろんこれの設計を行ったのは『装備品に関してはエルより馬鹿をやらかす』と評判の我らが銀鳳商騎士団の副団長であり、件の手甲も過去の失敗作と成功作の例に漏れずに『ボタンを押し込んだら大気を圧縮させた法弾が出る仕組み』になっていた。
「いやー、副団長の言ってた『フタエノキワミ』ってのをやってみたくて」
「副団長の言葉はあんまりアテにしないでくれ。それより味方には誰も当たって……ない……」
あくまで能天気な返答をする団員を軽く怒りながらディートリヒは先ほど吹き飛ばしたティラントーの行方を捜す。
「……敵だな。よし!」
「よし!」
ディートリヒの理解力がすかさず両手を上げて降参し、とりあえず『敵だったし後で回収』という緩い指示をしながら第2中隊の待機場所である森の中へ戻っていった。
***
撤退中に横から何かに吹き飛ばされたことによって1機リタイアしたティラントー達だったが、鋼翼騎士団所属の部隊と合流したり、レスヴァントに似ているがティラントーと同等の膂力を持った新型機と思われる
「くそ、あの野郎。戻ったらただじゃおかねぇ」
「いや、今は生き残ることに……」
「お前らはいきなり空から落とされたことが無いからそんなことが言えんだよ。あれのせいで俺含めて2機しかまともに動く状態じゃなかったんだぞ!」
色々と優先順位がおかしいことを言いながら反論するのは先ほど合流を果たした鋼翼騎士団所属のティラントーの
曰く、攻撃を受けた
未だに続く無理やり地上に下ろした上司の悪口に耳を傾けながらも黒顎騎士団の面々は呆れながらも大隊を探すためにティラントーを歩かせる。
「おかしいな。たしかこの辺で別れたんだが」
「置いていかれたんじゃ……」
度重なる不運に見舞われたためかすっかり弱気になってしまった
「な、なんだこれは」
周囲にはティラントーと思われる腕や足といった部位が散らばり、法撃の余波なのか橙色の炎があちこちで燃え盛っているという数時間前とは様変わりした光景にようやく味方と合流できそうだったという一縷の望みが木っ端微塵に粉砕される。
だが、彼らにはまだ絶望が足りないとばかりに燃え盛る炎の中から1機のティラントーが炎を掻き分けながら姿を現した。
「お、おい! あれはバネスト大隊長じゃないか! どういうことですかこれは!」
「お前達! 来るな! こっちへ来るな! やつg」
他のティラントーよりも華美な装飾を纏ったティラントーが必死に足を動かしながら叫ぶが、その言葉は途中で胸部装甲から生えた『謎の手のようなもの』によって中断された。搭乗者が居なくなったことで『バネスト大隊長』と呼ばれた
「おっと、おかわりですね。ふふふ、まだまだ大勢居るじゃないですか。ロボット同士の戦闘をもっと……もっともっともっと楽しみましょうよ!」
「ひぃ! なんだあの鬼面の化け物は!」
蒼い装甲を纏った憤怒に染まった瞬間を切り取ったような面覆いを装備した背中に4本の腕を有する規格外の
「ステイ! イカルガステイ! あのー、武装解除していただけるとありがたいんですが」
「ヒェッ……で、出た」
だが、横からひょっこりと出てきた特徴的な外見と分厚い盾を装備した
もちろん理由は言うまでも無く前衛であるパヴァンの部隊をほぼ壊滅状態にした元凶を見たからなのだが、それ以外にも自分達が味方を見捨ててまで逃げてきたのに楽々と先回りし、さらに後ろに控えていたバネストの大隊を潰すといった離れ業を行ったことに
別人が同じような機体に乗っている感も否めなかったが、そんな元パヴァン隊に居た
「おっと、ここに居るのは僕達だけではないので大人しくしていた方が身の為ですよ」
投降の意思を見せないティラントー達にパッチワークは腕に装備された法弾を空に放つ。すると、数分もしない内にすぐ近くの森から法弾が打ちあがると共に数本の投槍がティラントー達とイカルガ達の間に突き刺さった。その内の1本がパッチワークの装備している大盾『デュランダル』に当たって儚い金属音を奏でたが、パッチワークは気にせずに『あなた方は既に包囲されています』と降伏勧告を続ける。
「先ほどここに居た部隊の半分ぐらいはこちらに居る鬼神が屠りました。皆さんも鬼神のうわさぐらいはご存知でしょう?」
「それがどうした! 我々が貴様らを倒せば同じこと!」
そう言いながらイカルガ目掛けて突っ込むティラントーにイカルガは
仕上げに暴れるティラントーの腕と胴体の間に頭部兵装を乱射し、頭部兵装から放たれる細かい法弾を何十発も続けて打ち込み続けることでようやく胴体から腕を取り外して無力化することに成功した。
「周りを見てみろ! もう囲まれてるんですよ! 今僕らを倒して逃げてもすぐさま追いつきますよ!」
「ぐっ……」
「それに僕だけじゃない。あれを相手に出来るんですか?」
言葉に詰まるティラントーの
ミシミシと嫌な音を立て始めた頭部にイカルガはさらに力を込め
──グシャリ
ついにイカルガの握力に耐え切れ無かったティラントーの頭部はりんごのように圧壊する。
破片や潤滑油がイカルガの手からまろび出てきた時。パッチワークに押さえつけられたティラントーが大人しくなり、元パヴァン隊と鋼翼騎士団の
エルとアルは知らないが、中国には『
先ほどの行為自体はイカルガを動かしていたエル曰く、『一度やってみたかったのでやった。すっきりした』と語ったらしいが、実際に目の当たりにした
次はお前らだ
こうしてジャロウデク軍の中でも精鋭と謳われた黒顎騎士団は、謎の攻撃の正体を看破することなく潰走、もしくは捕虜になった。
「それでは、さっそくですがあの空飛ぶ船に連絡取れる人います?」
すっかり大人しくなった
「……分かりました」
「隊長!?」
隊長と呼ばれたティラントーは僚機の声も聞かずに『
「長いですね。本当に送ったんですか?」
「ええ、陸上部隊が潰走したこと。そちら側が降伏勧告してきたこと。降伏するならレビテートシップを地上に下ろすことを伝えました」
「……私も見てましたが、文面に間違いは無いはずです」
光信号を発して有に時計が10周以上回った頃。ジレったくなったのかエルが
「どうしましょうかね」
「決裂っぽいですねぇ」
打つ手無しといった具合にイカルガの面覆いが横に居るパッチワークを捉え、アルが何か不穏な言葉を口にしたその刹那──返答と言うには少々荒っぽい、
***
時間は最初の光信号を
「なんだそれは! 降伏勧告だと!」
「は……はい! 他の観測員も敵と思われるシルエットナイトと両腕がなくなったティラントーが一緒に居る所を確認しています!」
報告を聞いたクリストバルの顔が見る見るうちに赤くなるが、それを余所に鋼翼騎士団の騎士団長は艦橋から外の様子を見て『こりゃダメだ』と早々に諦める。
軍人としての性なのか生き汚く活路を見出そうとした彼だったが、地上部隊は連携の『れ』の字もないほど散り散りになっていた。そのもはや敗残兵ともいうべきティラントー達を人馬のような
ここから巻きなおすには文字通り時間を巻き戻して最初に戻るしかないと察した騎士団長だが、この場での指揮権は王族であるクリストバルが優先なので彼の言葉をじっと待つ。
「俺がクシェペルカの弱兵や魔獣番共に……手玉に取れられるだと……あまつさえ虜囚になれだと? ……ふざけるな!」
艦橋の床を踏み抜かんばかりに蹴ったクリストバルは忌々しげに先ほど騎士団長がやっていたように外の様子を見つめるが、敗色が濃厚な戦況に徐々に現実を受け入れ始めた。そのまま後ろずさりながら元々座っていた席にクリストバルはつまずくと流れるように着席し、少しばかりの沈黙の末に小さく撤退を指示した。
それを聞いた騎士団長は心の底で安堵の息を漏らす。もしここで徹底抗戦を指示されていた場合、待っているのは各個撃破による犬死である。軍人として命の張り所を弁えていると自負している騎士団長はクリストバルの言葉のとおりに命令しようと口を開けるが、その前に艦橋内の若い騎士が大声をあげた。
「そんな! 地上部隊を見捨てるおつもりですか!」
(馬鹿!)
その騎士は今年に入って鋼翼騎士団入りした最年少であった。ゆえに戦場の機微を感じ取れずにただ『味方がやられているのに助けに入らないのか』と新兵特有の発作が起こっただけである。しかしながら、それを言い放ったタイミングと言った相手が最悪であった。
心の中で悪態をつきながら発言を無かったように振る舞おうとする騎士団長だったが、ばっちり聞いてしまったクリストバルは椅子から立ち上がる。
そしてずんずんと足音を鳴らしながら騎士団長を押しのけ、先ほどの発言を行った騎士の胸倉を掴んで宙吊りにした。
「なに? では貴様が一人でここから降りて救援に行け! さぁ、さぁ! ……いや、俺自らが下ろしてやろう! あの戦力差を見事ひっくり返すが良いわ!」
行き場の無い怒りを騎士にぶつけたクリストバルは、ガチガチと歯を鳴らしながら脅える騎士の表情に興味を失せたのか鼻を鳴らすと艦橋の床に騎士を叩きつけるように放り投げた。そして元の椅子に座って騎士団長に命令を再び出そうとするが、寸でのところで何かを思いついたのか笑い声を上げる。
「ふふ……ははは! 確かにこのままおめおめと帰れば良い笑いものになる。せめてこの戦いに水を差した主犯格を1人ぐらい潰しておかないとな!」
笑いながら再び艦橋の外を見たクリストバルは騎士団長が持っていた単眼鏡を奪い取ると捕虜であるティラントーの近くで
「こいつか!」
ドロテオが仕損じ、『多数の腕を備えた鬼神のごとき敵』と評した
その指示に驚いたのは騎士団長だけではなかった。わざわざ喧嘩を売る真似をしたことに艦橋内は騒然とするが、横に居る鈍重そうな機体はともかく、見るからに細身な鬼神に高い所から打ち出される岩を耐え切る力が無いと踏んだクリストバルは『たかだか敵は
そして、時間は投石器からの巨岩が雨のように射出された所に戻る。
「アル! 捕虜の2人をお願いします!」
「とっくに防御体勢ですよ」
その間にも巨岩は続けて打ち出されては時折デュランダルの表面を激しく叩くが、大盾であるデュランダルを構成する装甲版で最も堅いミスリルが内包された第3装甲はおろか、装甲強化の
「どう見ても交渉決裂ですね。合図を送ります」
「味方ごと撃ちますか。そうですか」
味方である自分達ごと攻撃されたことに捕虜の2人は『なぜだ』という言葉を繰り返し、アルも味方ごと攻撃するという蛮行に怒る最中。エルだけはいつもと同じ調子で森に向かって手を大きく振ると少しの暇の後に青い炎弾が空を駆けた。
炎弾の中に封じられている先ほど夜空を明るくした物とは使用している金属を変えた信号弾もどきが夜空を青く染め上げ、先ほどと異なる色から
「すでに配置は終わっていますよ」
エルがそういうと共に森の中から数本の投槍を先導に後ろから数十本の投槍が空を駆けた。その数とそれを飛ばしている兵、もしくは
「それでは僕は商談に行って来ます。捕虜の方達も損傷は……ありませんね。後はお願いします」
「まーた面倒なことは僕に……って行っちゃった」
捕虜達が乗っているティラントーに被害が無いことを確認したエルは、アルの反論を聞かずにイカルガを上空に舞い上がらせる。その投槍と共に空を駆ける姿に捕虜たちは本日何度目かも分からない驚愕の声を上げるが、イカルガは空を飛ぶ物だと変に慣れてしまったアルは『いっつもああなんですよ』と捕虜たちに愚痴を言いながらも言われたとおりに元来た道を捕虜と共に戻っていく。
「一先ずミシリエ付近まで連れて行ってください」
「了解した……っとぅ!? なんだ今の音は」
先ほどの降伏勧告から戻ったアルは
「誰かついてきてください。後、藍鷹騎士団の方からも何人か斥候としてお願いします」
「了解しました」
一先ず確認してみないことには判断は下せないので、アルは数機のカルディトーレと数名のシャドウラートに乗り込んだ騎士を招集する。シャドウラートが斥候として森の中へ姿を消し、用心のためにパッチワークを中心とした防御陣形でゆっくり森の中へ入ろうとするが、先ほど入ったばかりのシャドウラートが1機戻ってきた。
「早いご帰還ですね。もう見つけたんですか?」
「はい。どうもティラントーとは意匠が大きく異なる機体のようで……原形を留めていた装飾も華美なので国王騎に準ずるものかと」
「は? 国王騎? こんな場所に?」
早すぎる偵察結果にアルは混乱する。国王騎とは読んで字のごとく国王のみが搭乗を許される機体のことである。装飾や使われる部材も贅沢極まりないもので、本来は式典や有事の際に大将を乗せるのに使用するのが通例である。
こんな戦いに国王を引っ張り出す必要があるのかとアルはふに落ちない顔をするが、逃げたはずの
「とりあえず、イカルガは……無事なようですね。その落ちたシルエットナイトのところまで案内してください」
ミシリエの方向に進む大きな白い布を下部に備え付けられた鎖に巻き付けた
「聞いていたとおり、ティラントーと大きく違いますね。部材の質も良いし、肩や頭部の意匠もこだわりを感じます」
「一応ですが、搭乗者を確認してみます」
「まだ生きてるかもしれませんけど、怖いので結果だけ聞きます」
細部にも掘り込みや細かい造詣が映し出されている
「おい、こいつって……」
「失礼だろ。この方は……」
「誰なんですか? 生死は?」
操縦席を力づくで開いた藍鷹騎士団が話す様子にアルも会話に混ざると、藍鷹騎士団の団員は『ジャロウデク王国第2王子……クリストバル・ハスロ・ジャロウデク様です』と告げた。突然の大物の名前にアルの頭に住み着いている『小市民』が金切り声を上げるが、それを無理やり黙らせながら藍鷹騎士団に遺体の確保を命じる。
「遺体って返したほうが良いんですかね?」
「いやー、俺達って魔獣としか戦ってませんから戦場の作法とか知らないっすよ?」
「魔獣を効率よく倒せる技術なら知ってますけどね!」
いつもの第2中隊節を聞きながら布で包まれて運び出される遺体にアルは少しばかり考え込む。
(遺体……返還……何かに活かせないかな)
「副団長、もう行くぞー。返すにしても捕虜も連れて行かないとあっちから撃たれるし危険だろ?」
しばらく考え込むアルに撤収しようとした第2中隊に引っ張られながら文句を言われるが、中隊員の放った一言によってアルの頭の中に存在する豆電球がドス黒い光を放った。アルは顔をニヤリとニヤつかせながら『相手にデバフタ~イム』と呟くと味方や捕虜と共にミシリエに帰還した。
***
町に戻ったアルは駐機場へパッチワークを移動させると駐機状態も取らずにパッチワークから飛び降りて館へ向かう。その足取りは心なしか速めで、館の扉を開いたままにしながら中へ入ったアルは階段を駆け上がってから廊下を突き進み、目的地の部屋を隔てる扉に手を掛けて一息に開け放つ。
「誰!」
突然の来訪者に部屋の中に居たイサドラが驚きながらも剣を手にエレオノーラの前に立ち、その隣でマルティナも杖を抜いて扉の前で立っていたアルに向ける。しかし、来訪者がアルだと分かるとマルティナは安堵の表情で杖を下ろすと『心臓に悪い』とアルに文句を投げる。
「あー、すみません。……イサドラ様? 流石の僕も傷つくので剣を降ろして貰えると嬉しいんですが? もしかして怒ってます?」
未だに剣の切っ先をこちらに向けているイサドラにアルは勝手に怒らせたと勘違いしてボロボロとイサドラに隠してきた余罪を暴露していくが、当のイサドラはその余罪を追及することも無く『違うの』と呟くと剣を握った手と反対側の手を遣って剣の柄から手を引き剥がそうとしていた。
その動作から彼女の心境を読み取ったアルは静かにイサドラに近づくと剣の柄を握ったほうの手を両手で包み込んだ。
「たしかにエレオノーラ様を最後に守れるのは貴女かもしれません。ですが、気負いすぎてもせっかく積んだ修練が無駄になります」
一言一言言い聞かせては小指、薬指と自らの体温で硬直したイサドラの指を解すように剣から引き剥がしていく。やがて、カランという硬質的な音と共に剣を床に落としたイサドラは緊張の糸が切れたのか、アルにしな垂れかかって気を失う。
「エチェバルリア卿。詳しいことはリースに聞くから娘を頼みます」
「分かりました。僕もお話したいことがあるので後で伺います。それではエレオノーラ様、マルティナ様。失礼します」
少し身長差があるためか格好は付かないがイサドラを横抱きに抱えたアルは一礼すると少しだけその光景を羨ましそうに眺めるエレオノーラを視界の外に追いやりながら退室する。
「戦闘を僕達だけに任せずに頑張ってくれたんですね。ありがとうございます」
廊下をゆっくりと歩く最中でアルは腕の中に居るイサドラに声をかける。返事は無いが、それでも戦っているのは自分達だけではないという感覚にアルは改めてクシェペルカ王族の土壇場での強さを垣間見た気がした。
ただ、戦が終わると同時に速攻で帰ってきてイサドラを横抱きにして館を歩く様子を帰ってきた銀鳳商騎士団にばっちり見られたアルは数日間ほど『あらあら』とまるでアル達の母親であるセレスティナを思わせる含みのある笑いを向けられるが、その都度アルの持っている手帳の『ネタ帳兼ジャ○ニカ復讐帳』に名前を刻んでいた。
余談だが、今までのワースト復讐者はぶっちぎりの『エル』だった。しかし、今回の騒動で『アディ』と『ディートリヒ』がツートップに躍り出たとかなんとか。