夕暮れ時ゆえなのか、それとも散っていった幻晶騎士の残骸や騎士の躯なのか分からないほど赤く染まった大地が真昼のように明るく照らされる。
その光の出所はまさに今、焼け落ちて大地へと還ろうとしていた小さな船から発せられており、四方に飛び出した閃光は瞬く間にコデルリエ平原の大部分を駆け抜ける。
そして、戦場を駆け抜けた閃光は運悪くその船の方向を見ていたティラントーの幻像投影機や目を容赦なく焼きつかせ、ジャロウデク王国所属の兵と指示をしっかり聞いていなかったクシェペルカ王国所属の兵を混乱させた。
その閃光による被害にジャロウデク王国の将はクシェペルカ側の新兵器かと警戒を強めたが、この閃光は決してコデルリエ平原で行われている決戦の優劣を決定付けるための兵器ではなかった。
***
「なんの光ぃ!」
「なんだ! ホロモニターが死んだぞ!」
「こちら第8アンキュローサ! 視界不良! 指示を請う!」
ヴィーヴィル。ジャロウデク王国の純戦闘型飛空船の各所に埋め込まれたアンキュローサの騎操士達は悲痛な声を上げながら艦橋とコンタクトを取ろうと声を張り上げる。しかしながら、伝声管の奥からは自分達よりも混乱した様子の声が漏れ聞こえてくるのみで状況を全く理解できずに居た。
事が起こったのは謎の飛空船がこちらに向かって小船を突っ込ませてきたことから始まる。明らかに敵意のある行動なので、騎操士達は即座に敵と判断してアンキュローサの魔導兵装の切っ先を小船に向ける。
だが、上官であるドロテオの指示により小船はヴィーヴィル最大の攻撃方法である火竜撃咆に任せ、自分達は小船を射出してきた飛空船を攻撃しようとそれぞれが小船の後ろで反転準備をしている飛空船に狙いを定めようと操縦桿を動かしていた。
その時、目を焼きそうな光が一瞬という短い間だったが幻像投影機を埋め尽くしたのだ。もう少し腕で光を遮る動作が遅かったら自身の目も潰されていたのではないかと疑うほどに強い光に騎操士達は驚くが、数秒後にようやく光が収まったと安心しながら目を覆った腕を動かすと幻像投影機が完全に死んでいたので驚きはさらに加速することになった。
そして伝声管越しで周囲の状況をすり合わせると、どうやら周囲のアンキュローサも幻像投影機をやられているらしく今に至る。
「おい、待て! あのレビテートシップは今どこに居る!」
どうやって幻像投影機を直そうかと相談していた矢先、1つの疑問の声にアンキュローサの騎操士達が艦橋に連絡を取ろうと伝声管にがなりたてながらそこらへんのボタンやレバーを引いたりと躍起になった。
件の攻撃を仕掛けてきた飛空船。遠目でしか見ていないが、飛空船である以上はなんらかの攻撃手段を持っているはずである。投石器から打ち出される岩石ぐらいならば堅牢な外装で守られたヴィーヴィルに損傷を負わせることは出来ないが、あの船自身がぶつかってくるという馬鹿げた行動を仕掛けてくる可能性もあるので、現状どのようになっているのか確認するのが急務であった。
「くそ、直らん! ……目視で確認する!」
だが、いつまで経っても幻像投影機が光を取り戻すことはなかった。そんな中、ヴィーヴィルの下部に配置されたアンキュローサを担当する1人の騎操士が敵の位置だけでも目視で確認しようと自機の胸部装甲を開けるためにレバーを操作する。『気をつけろよ!』という仲間達の声を背に胸部装甲を開けた騎操士目掛けて凄まじい風が飛び込んできた。高高度ゆえに強い突風が操縦席で暴れまわり、その風に騎操士はつい目を閉じてしまう。
吹き飛ばされまいと必死に出っ張りにしがみ付きながら件の飛空船を探そうと騎操士が目を開けた瞬間、その飛空船は見つかった。──彼の目の前で。
「あいつら、俺達の横n」
報告を入れようと叫んだと同時に飛空船に備え付けられている小型の魔導兵装の切っ先がこちらに向けられる。間髪入れずに軽く見積もっても数十はくだらない小型の法弾が風切り音と共に射出され、ヴィーヴィルの装甲に当たるたびに爆炎の花が咲かせる。当然だが、その中で『胸部装甲を開いて外を確認していた人間』はどうなるか。法弾に命中した騎操士は報告を最後まで言い切る前に呆気なくこの世を去った。
***
未だ巡航状態のヴィーヴィル、ジルバヴェールは左右にある制動帆を限界まで開きながら強引に横付ける。報告にあった雷の鞭を使用していないヴィーヴィルを眼前に捉えた機銃班に属している騎操鍛冶師達は若干テンション高めに法弾を撃ち、『せっかくなので心臓も潰してしまいましょう』とエルも銃装剣をアンキュローサに向ける。
そして、ヴィーヴィルの速度に着いてこれなかったのか、今頃になって戦線に到着したアンキュローサや装甲板をつけた3隻の改造船に向け、アルはパッチワーク・アラーニェの艦砲射撃を実施する。
「兄さん、イカルガの魔力をジルバヴェールに。墜ちる」
「あいあい」
城門を溶解させる熱量を持った法弾が改造船を貫き、ふっと一息ついたアルは魔力のことを思い出してエルを呼ぶ。イカルガが近場に置いてあった魔力供給用の銀線神経を編んだ綱をサブアームに掴ませることによってイカルガの規格外の魔力がジルバヴェールに流れ込むが、艦橋で魔力貯蓄量の報告を聞いて慌てていたダーヴィドは『だから気をつけろと言ったじゃねぇか!』と伝声管越しにアルを怒鳴り散らした。
どうやら制動帆を限界まで広げたことにより空気抵抗が増し、外装硬化に使用される魔力が増したらしい。そこからさらに機銃を乱れ撃ちと艦砲射撃を行ったのでジルバヴェールの魔力貯蓄量が2割を切っていたのだとか。そのことを聞くと流石のアルも『ごめんなさい』と謝罪しながらも片手間で2隻目の改造船を打ち落とした。
……本当に反省したのだろうかは謎である。
「撃ってきやがった!」
「まだ1隻居ますが……そろそろ逃げに入らないとまずいですね」
そんなことをしているとアンキュローサから法弾が飛んでくる。法弾はジルバヴェールはもちろん、甲板に居るパッチワーク・アラーニェを叩くが、パッチワーク・アラーニェに施された重装甲は伊達ではない。アルは冷静にダーヴィドに逃げることを提案し、胴体と脚部の間のロックを外してヴィーヴィルの方向に胴体をぐるりと回すと半円状に配した大楯に守られながら改めてヴィーヴィルの損害を確認する。
「上部は6機全部残ってる。下部は……後3、いや4機か」
こちらに向けて砲撃を放ってきているアンキュローサの数を確認しながらアルは『先制攻撃にしては良い成果』だと僅かに口元を吊り上げる。上部はエルと共に考えたもう1つの攻撃方法を実施するので、心臓を2つも破壊すれば流石の竜も戦闘能力が落ちるだろうと推測しながら加速するジルバヴェールの甲板にしっかりとパッチワーク・アラーニェをしがみ付かせる。
「本陣に信号弾! 1隻は近衛に任せましょう!」
「アイサー」
改造船から降下するティラントーになんとか当てられないか思案している間にクシェペルカ本陣からぐんぐん離れていくので、『1個小隊ぐらいならなんとかなるか』と考えたアルはジルバヴェールに信号用の法弾を上げることを指示する。ジルバヴェールから追加の黄色い法弾が発射され、そのまま雲の位置まで上がらないように高度を注意しながらクシェペルカ本陣から離れていく。
「全員、エーテル酔いになってる方は居ませんか?」
「艦橋は全員ピンピンしてら」
「機銃班も大丈夫っす」
「機関部も大丈夫よ」
「俺もアディもなんともないぜ」
エルを含むジルバヴェールの乗員から『なんともない』という報告を聞いたアルは一安心しながら現在の高度を維持するように厳命する。
エルが感じた謎の圧迫感と呼吸の乱れは雲海に突っ込んだ後にやってきたと本人が話していた。つまり、雲より上に行かなければ個人差はあれ、エーテル酔いにはならないのではないかというアルの推測は当たった。ただ、今は大丈夫でも体調が急変することがあるので、定時連絡はするように言っているアルの視界の隅を橙色の法弾が横切った。
「親方。背を向けても良いので全力で法撃を回避しながら本陣から離れてください。機銃班は牽制を! 僕達は攻撃準備に入るので、イカルガからの魔力の流入が増えますよ」
「任せとけ! そっちの指示で減速をかけるぞ!」
「機銃班了解! イカルガより大きいしなんとかなるさ」
ジルバヴェールからの心強い返答に安心しながらアルはジルバヴェールの魔導演算機に意識を集中させる。時折、ヴィーヴィルからの法撃が大楯にぶつかるが、並の威力では重装甲のパッチワーク・アラーニェの防御を崩すことは不可能である。
「兄さん。例のジャベリンは何番?」
「分かりやすいように1番から10番の10本です。まずは僕が攻撃するので、アルは後でお願いします」
イカルガの筐体を休眠状態にしながらエルは攻撃の順序を説明する。本来ならば100本全ての魔導飛槍を操作することなどイカルガの操縦から手を離した状態のエルには造作も無いことだが、今から行う攻撃は『隙を生じぬ2段構え』というミツルギスタイルのような構成となっている。特にアルの担当する10本は事前にエルとアル自らが手がけた10本しかない特注品なので、その威力とえげつなさは押して知るべきだろう。
そんな会話が繰り広げられていると、ヴィーヴィルは突如、雷で編まれた籠を全身に顕現させると一気にジルバヴェールに接近してきた。
「うっわ……なにあの雷の籠……真似したい」
「プライ○アーマーより実用的ですね。今度真似しましょう!」
雷の籠、後に『雷霆防幕』と知ることになるその魔法を2人は満場一致で『真似をする』という明確な意思を見せながら攻撃準備に入る。まず、エルが魔法術式をジルバヴェールの魔導演算機に流し込むと、ジルバヴェールの甲板の覆いが続々と開かれた。その覆いの内には魔導飛槍を打ち出すための機構である垂直発射式連装投鎗器が顔を覗かせる。
内蔵式多連装投槍器と命名されたその機構の中に存在する総数90本もの魔導飛槍は、月光によって先端を鈍く光らせながらエルの次の命令を今か今かと待っていた。
「親方! 減速!」
「エアブレーキ展開!」
アルとダーヴィドの声を聞きながらエルは魔導飛槍の操作に集中するべくさらに深く魔法術式に潜り込み──戦いの開始を告げた。
「さぁ、始めましょう! 僕達のお祭りを! まずは始まりを告げる鐘をどうぞ心行くまでお楽しみください!」
エルが魔法術式を流し込んだ瞬間、ジルバヴェールの甲板上が別の意味でお祭り状態になった。爆炎魔法による轟音が何重にも巻き起こり、爆炎で生じた炎や煙が甲板上に立ち込める。
「アルー! 生きてますかー?」
「兄さんが操縦席を気密仕様にするように言った理由がよーく分かりましたよ。後で家族会議ですからね」
魔導飛槍の群れが成長する木々のようにまっすぐ登り、やがて曲線を描きながらヴィーヴィルに向かう最中。既に主要な魔法術式は流し終えたエルが気楽にアルに話しかけるが、アルはパッチワーク・アラーニェの改造中に何度もやってきては『操縦席を気密型とか諸々の調整を施さないと危ないですよー』と口うるさくアドバイスしてくる理由が分かってご立腹であった。
というのも、イカルガはジルバヴェールの中央──魔導飛槍の爆炎が届かない場所を陣取っていたが、パッチワーク・アラーニェはジルバヴェールの前方の方。具体的に言うと『すぐ後ろに垂直発射式連装投鎗器の発射口』がある位置を陣取っていた。そのせいで魔導飛槍から生じる人を殺しかねないほどの熱気や煙がパッチワーク・アラーニェ全体を包み込むのだが、操縦席を気密式かつ、エルがイカルガに施した大気圧やらなんやらの高高度対応型の魔法術式を入れているので、アルは今も無事に会話を続けている。
ただ、危険だとは再三伝えていたので、エルも『そこに居るお前が悪い』とアルに怒鳴りつけた。
「それに、そこは危ないって言ったのにそこが良いって聞かなかったのはアルでしょうが!」
「兄さんの横で撃ってたら、いつ撃たせろってせがまれるか分かったものじゃないからですよ!」
アルの反論にエルは自身の行動を仮定する。横にはご機嫌に超長距離法撃を行う弟、対する自分は愛機を動かせずにじっとしている。答えは器用にイカルガの頭部を明後日──クシェペルカ本陣の方向に向けることだった。
「そんなこと! ……あり……ません……けど?」
「おう、こっちにイカルガの顔向けろや」
そんな『自分は絶対やりかねない』という動作にアルはツッコむが、唐突に響く雷魔法特有のつんざく様な音に2人は意識を切り替えて音の発生源。といっても自分達以外にこの周辺には1隻しか居ないのでそちらの方を向いた。
「やっぱり全天防御は良いですねぇ」
「圧倒的強キャラ感出て好きなんですよね。G○フィールドとかA○フィールドとか」
全ての魔導飛槍が叩き落されるという渾身の攻撃が全て防がれた緊急事態だというのに、甲板では未だに雷霆防幕の運用法にご熱い議論を交わすロボキチ共。そんな彼らの表情には一切の焦りはなく、代わりに獲物が罠にかかったかのような笑顔が浮かんでいた。
***
時を同じくして、ヴィーヴィルの艦長であるドロテオやヴィーヴィルの矛であり盾の役割を果たすアンキュローサの騎操士達は、破砕音の凄まじさからかなりの量の魔導飛槍を打ち落としたことを感じ取り、改めて雷霆防幕の圧倒的防御能力に誇らしげな笑みを浮かべていた。
「投槍を全て撃破! 繰り返す! すべて撃破! よくやった!」
「外の様子が分からんが流石ドロテオ様だ! よし、引き続きドロテオ様の指示の通りに動くぞ!」
伝声管から聞こえるドロテオの声にアンキュローサの騎操士が気合を新たに操縦桿を握りしめる。相も変わらず彼らの前方にある幻像投影機はすっかり焼け付いて使い物にならないのだが、彼らは伝声管から聞こえてくる彼らの上官であるドロテオの指示を聞き逃さない様に目を閉じて全神経を集中させ、次の指示に備えている。
先ほどの特大閃光玉によってアンキュローサの幻像投影機はすべからく死に絶えた。それによりジルバヴェールからの先制攻撃を受けるヴィーヴィルだったが、騎操士からの『幻像投影機が潰れた』という報告にドロテオは素早く椅子から立ち上がる。そして、伝声管が多数配備された場所にしがみつきながら陣取ると一言、『全員、今から全て私の指示の通りに動け』とヴィーヴィル全ての指揮系統を他人を介さずに自身に集約させるように指示を出した。
本来、そのようなことをすれば生半可な将ならば飛空船の専門用語や動かすための手順をすべて覚えているわけではないので、途中で命令の伝達が不十分になりかねない危険な行為である。だが、騎士から将、そして今やジャロウデク王国で五指に並ぶ騎操士へと至った研鑽と先の戦で王子を討ち取ったイカルガへの憎悪からドロテオは最初は苦戦はすれど徐々にヴィーヴィルの制御に成功していった。
「このまま再突撃を行う! 各アンキュローサは待機せよ! ……ふぅ」
全ての命令を出し終えた後の僅かな空白時間。先ほどまで矢継ぎ早に指示を行っていたからか、ドロテオの口から僅かな疲れを思わせる重い息が漏れた。そんなドロテオに艦橋に詰めていた彼の部下が1人近づき、『お疲れ様です』と水の入った革袋を差し出す。礼を言いながら革袋を受け取り、即座に半分ほど飲み干したドロテオは指揮を再開しようと前方のジルバヴェールを見据えるが、ヴィーヴィルの艦橋のガラスに雨も降っていないのに水滴が貼りついていることに不審がる。
そんな時、ヴィーヴィルの各所からの報告が入ってきた。
「こちら第1アンキュローサ! 変な臭いがします!」
「第3アンキュローサも同じく! おかしな臭いがします!」
「こちら観測所! なんだこれ……黒い水が付着しました!」
「何が起こっている。……鬼神め、また何かおかしな手を」
そう言いながらも視線は外さずにジルバヴェールの甲板に立つイカルガを見据えていたドロテオだったが、イカルガはまるで指揮杖を振るように軽い所作で銃装剣を構えると法弾を射出する。出力を絞ったのだろうか一般的な炎の槍と大差ないその火球は一直線にヴィーヴィルに飛んでくる。
「回避だ!」
「油だ!」
鼻につく臭いからアンキュローサの騎操士が叫ぶのとこれまでの報告とイカルガから放たれた法弾から攻撃方法にあたりをつけたドロテオが回避を命じるのは同タイミングのことだった。だが、ドロテオの叫びも虚しくヴィーヴィルに法撃が着弾すると瞬時に燃え広がり、ヴィーヴィルは一塊の火の玉と化した。
真っ赤に染まった艦橋でドロテオは殴りつけるように状況を確認するが、アンキュローサからの『熱い』といった悲鳴によって思わず伝声管から顔を背けた。
幻晶騎士の操縦席には横も見えるように小さな覗き穴が存在している。通常ならば視界確保に一役買うこの仕様なのだが、ヴィーヴィルが火に包まれている現在ではその仕様は悪手となっていた。
覗き穴から炎が操縦席に回り、さらに外が全て火の海と化しているので胸部装甲を空けて安易に外に出ることは叶わない。さらに機内温度も急上昇していくという劣悪な環境に置かれた騎操士は助けを求めようと喚き続ける。
だが、彼らにジルバヴェールからさらなる攻撃が降りかかる。
「第2波! 来ます!」
「馬鹿な! 早すぎる!」
ジルバヴェールから天高く伸びる魔導飛槍。数は先ほどとは比べ物にならないほど少なかったが、防御を指示しようにもヴィーヴィル全体が炎に包まれている状態でどれだけのアンキュローサが生き残っているのか一切わからなかった。
「こ……ら……ローサ……ぼ……します」
「3……ぎ……し……」
そんな時、伝声管から微かに声が聞こえてきたかと思うとヴィーヴィルを雷の籠が包み込む。残念ながら数機のアンキュローサが沈黙していたので完全な雷霆防幕に至らなかったが、数回に及ぶ破壊音を聞いたドロテオと艦橋に詰める兵達は騎操士達の想いと最期まで職務を守ろうと行動する姿勢に目から涙を流す。
「ジャ……に……うを」
「ドロ……ま」
「すまない……お前達……すまない! 必ずや鬼神を手土産にそちらへ向かう!」
涙を流しながら前方のジルバヴェール、もとい鬼神を睨みつけるドロテオ。その時、凄まじい轟音が響いた。その衝撃に艦橋が揺れ、操舵手など艦橋に詰めていた兵士が地面に倒れ伏すが、ドロテオは素早く杖を引き抜きながら身体強化を使用して近くの取っ手に捕まることで難を逃れる。
「状況を……状況を知らせろ!」
「こちら動力部! 異常なし!」
「報告! ヴィーヴィルの胴体付近に大きな穴が開いています!」
被害の確認のためにヴィーヴィルの中を走り回っていた兵からもたらされた報告に、ドロテオはギリリと奥歯を鳴らす。部下の命がけの防御の甲斐もなくヴィーヴィルに損害を与えてしまった悔しさと、自身の中に少しだけ存在していた飛空船の扱いについてはこちらが上手と思っていた僅かな慢心に対する怒りがドロテオの身体中を駆け巡る。
だが、それも数秒後には『ヴィーヴィルを回して炎を振り払え!』と命令出来るほど冷静になるが、彼の頭の中では飛空船の生みの親である『オラシオ・コジャーソ』から託された『奥の手』の存在が声を大きくして自らを主張していた。
***
「デトネーションジャベリンとピアシングジャベリンの成果は上々ですね」
「普通のレビテートシップならあれで何回も墜ちてるんですがねぇ」
ヴィーヴィル用に調整した魔導飛槍によるコンボ攻撃が終わりを告げた。エルは自身たちの開発した兵器の成果を前に満足そうに頷き、片やアルはそれらを受けてもなお空に君臨し続けるヴィーヴィルの規格外さに嫌気が差しながらジルバヴェールの甲板上の開かれた覆いが閉じていく様を見ていた。
今回、ヴィーヴィルとの再戦に備えて魔導飛槍の運用方法を2分化した。
まずは魔導火箭。これは魔導飛槍本体に粘性の高い油である『魔獣油』を詰めた樽を取り付けた物で、雷魔法による迎撃を想定した魔導飛槍である。
魔導火箭が破壊されたと同時に散布される魔獣油が雷による着火で辺り一面を焼き払うナパーム弾のような物なのだが、幸か不幸か雷霆防幕で着火しなかったので、エルが急きょ着火をする結果になってしまったが、魔導飛槍自体を『餌』にする運用方法で作られた一品である。
次にアルが発射したのは、徹甲榴槍である。これは単純に外装硬化とイカルガのラーフフィストにも使われている爆炎系魔法のエンブレムを刻んだ魔導飛槍である。また、従来は飛翔中にミッシレジャベリンから銀線神経を切り離す仕様なのだが、これは爆炎魔法で銀線神経が千切れない限りずっとジャベリン本体に銀線神経がくっついたままという変わった仕様に変更されている。
先ほどはアルがフルコントロールを用いて、魔導火箭によって開けられた雷霆防幕の僅かな穴を巧みに通り、ヴィーヴィル本体に深く突き刺さってから爆発して内部に損傷を与えるという徹甲榴弾に近い活躍を見せた。
「ピアシングジャベリンでドレイクから機体をこそげ落とすつもりでしたが、邪魔されましたか」
しかし、当の本人は何やら不満気な顔で作戦失敗を告げる。
エルやアルの考えていた徹甲榴槍の使い方はヴィーヴィル本体にダメージを与えるのではなく、『ヴィーヴィルに埋め込まれたアンキュローサを剥がす』ことを念頭に入れた兵器であった。だが、アンキュローサが思いの外稼働していたので、10本あった徹甲榴槍の内の6本は雷霆防幕によって防がれてしまった。
残りの4本もヴィーヴィルの心臓でもあるアンキュローサに刺さらず、騎操士が事切れた後のアンキュローサも魔力の供給というヴィーヴィルが最も欲している物を作る作業に従事しているので、2段構えの作戦は半ば失敗に終わったことにアルは肩を落とした。
「あちらも優秀な騎士が居たのでしょう。残念ですが、やっぱり突撃をかけるしかなさそうですね」
「言葉と行動が一致してない!」
あくまで『残念そう』な声色をしているが、パッチワーク・アラーニェの視線の先には『イカルガ、いっきまーす!』といった騎操士の心の声が透けて見えるほどの敬礼をキメるイカルガの姿があった。そのいかにもフォトジェニックな仕草にアルはツッコミを入れたが、エルはそのままジルバヴェールから『いっきまーす』しようとイカルガの筐体を目覚めさせた。
「アルー、あれやってくださいよ。あれ」
「えー、それやりたいのは分かるけど……。よし、誰も居ない!」
サブアームにジルバヴェールへの魔力供給用の銀線神経を握らせた状態のイカルガが全魔導噴流推進器の稼働準備に入る。『エネルギー供給用のケーブルを繋いだ状態でスラスターの準備をする』という行動で何をしたいのかを察したアルは、文句を言いながらもジルバヴェールの甲板上に人が居ないかを確認する。
だが、流石に魔導飛槍を100本ほど打ち上げたせいで未だ熱い甲板上に人が居るはずもなく、アルはそこからジルバヴェール内の魔導演算機にアクセス。人知れずそっとジルバヴェールにかけられた外装硬化の出力を上げる。
「イカルガ出ます! イカルガ発進!」
アルが叫んだ瞬間。前進用の魔導噴流推進器を全て点火させたイカルガが銀線神経を掴んだまま飛翔した。そのあまりにも強い推力にジルバヴェールも多少引っ張られるが、数秒ほどジルバヴェール引っ張った後、サブアームから銀線神経を離したイカルガはその推力のままヴィーヴィルに向かって突っ込んで行った。
何やらイカルガの方から感極まったような……心底愉快そうな笑い声が聞こえるが、おそらく気のせいだろう。気のせいだと信じたい。
「親方、甲板の熱が引いてきました。機銃班を一時的にミッシレジャベリンの装填に割り当ててください」
「おう! ……銀色坊主が飛び出した時、俺が指揮する羽目になるんじゃねぇかって冷や冷やしてたぜ」
限界まで引き延ばされた銀線神経がようやくジルバヴェールの甲板上を跳ねるのをやめた頃合でアルは魔導飛槍の装填を命じる。その様子に、飛空船の指揮をするという畑違いも甚だしいことをしなければならないと思っていたダーヴィドは冷や汗をかきながら安堵したような声でアルに語り掛けるが、返ってきたのは『いざという時には親方にお任せしますが?』という悪魔からの言葉だった。
「時間的にも不可能だと思うのですが、仮に2号機とかあったら目も当てられませんし、それに旗色が悪くなったら僕が地上で殿する必要もあります。どちらにせよ、飛空船の扱いについては親方の方が詳しいんですから……お任せします」
「だから俺たちゃ鍛冶師だっつってんだろうが!」
「親方。騎士でも鍛冶師でもレビテートシップを指揮する人って今までの世の中で居なかったと思うんだけど」
自身が騎士ではなく騎操鍛冶師だということを高らかに宣言し、艦橋に居る騎操鍛冶師達も同調するように首を縦に振るが、バトソンがボソリと呟く。そんな会話にアルは『人手不足って嫌な言葉ですよね』と、かつてエルと共に駆け回った炎上案件のことを思い出しながら実感の篭もった言葉を漏らしながら嫌そうに幻像投影機を見つめた。
「……うわぁ、最悪の展開の1つ目が的中しちゃったよ」
ヴィーヴィルという巨体でも使えきれない程の魔力がヴィーヴィル自身を包み込んでいる光景を見てアルは『まずくね?』とさらに頭を抱える。
死に体でようやく行う手段。所謂、『最終手段』という物は大抵のアニメや漫画の中ではとんでもないリスクと共に莫大な恩恵を使用者に与える物である。
例えば、エルが人知れずイカルガに仕込もうと嬉々として魔法術式を組んでいた(無論、ダーヴィドと銀鳳騎士団の構文師に見つかってしこたま怒られた)自爆に関しても機体やパイロットの損失という代償と共に相手へ莫大な損傷を与えたり、機密を守れることもある代物である。
(でもサ○ヤ人には効かなかったよなぁ)
超能力を使う某戦士のことを思い浮かべながらも、いつ攻撃の余波によってジルバヴェールが損傷を受けるか分からなかったので、アルは視線を決してイカルガとヴィーヴィルが戦う様から離さない。その眼は未だに出来ることはないかと模索する戦士の目をしていた。
「とりあえず、近づきすぎたら普通に墜ちますね。……でも、仲間外れは良くないですね」
「おい……アル! 何してんだ!」
「いえいえ、ちょっとお手伝いをしようかと思いまして。相手の射程圏外から一方的に撃てるのがこの子の良い所ですから」
適度な距離を保っていたジルバヴェールの甲板上でパッチワーク・アラーニェが魔導兵装を構えた。その様子を見ていた機銃班の騎操鍛冶師達が騒ぐ。その騒動や甲板からもたらされた報告に、アルが何をしでかそうとしているのか長年の経験から察したダーヴィドがいつでもジルバヴェールを増速させれるように指示を出すとアルに『魔力の回復込みで5発までだ』と告げた。
「了解」
アルが返事をすると同時に魔導兵装が火を噴いた。既に狙いをつけていたのか、法弾は寸分たがわずにアンキュローサ目掛けて飛んでいく。
しかし、アンキュローサの目の前には先ほどからヴィーヴィル全体を包み込むほどに迸る魔力のせいで鉄壁と化した雷霆防幕が存在する。現に、今もそれを攻略しようとイカルガが銃装剣で法撃を加えているが、あまり効果が見られないようだった。
「さぁ、矛盾対決です!」
魔力によって強化された盾と矛がぶつかり合う。ぶつかった瞬間こそ全体の雷霆防幕が揺らいだが、その後は安定してジルバヴェールからの法撃を受け止めた。だが、一向に勢いの衰えない法撃にドロテオは雷霆防幕に向ける魔力を増やすが、それでもなお法撃は減衰する様子を見せなかった。──それどころか、徐々に法撃の核である地中から噴出すマグマを固めたような獄炎の塊が徐々に雷霆防幕を破りつつあった。
「お釣りですよっと」
そんな時、アルは軽い言葉と共に『2発目』を放った。1発目がまだ打ち消せていないドロテオは回避を選択しようとするが、イカルガからの法撃がその選択を阻んだ。結局、2発目の法撃が雷霆防幕に着弾することで強固だった『最強の盾』は『最強の"2本"の矛』の攻撃に突破を許してしまう。
「さすが僕の直掩機です。さて、それでは僕の趣味と今後の脈々と続くシルエットナイトの未来の為に……お覚悟を」
2本の獄炎の塊が2機のアンキュローサを仕留めたことにより、元々魔導飛槍数本ぐらいしか通らない程だった雷霆防幕の穴が広がった。その幻晶騎士1機が通り抜けられるほどの穴を見たエルは、今一度幻晶騎士の未来について思いを馳せながら気合を入れなおすと改めてヴィーヴィルに突撃した。