銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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92話

 アルの法撃により雷霆防幕(サンダリングカタラクト)に小さくない穴が出来た時、ドロテオは既にヴィーヴィルの頭部に生える竜騎士像(ドラゴンヘッド)の操縦桿を握り締めていた。竜血炉(ブラッドグレイル)という高濃度エーテルに対応した特注の魔力転換炉(エーテルリアクタ)から生み出された膨大な魔力をなんとか押さえ込んだのは良いが、その魔力を持ってしてもイカルガと追随するジルバヴェールに良いように振り回されている事態にドロテオは少なくない怒りを覚える。

 ただ、竜血炉(ブラッドグレイル)を起動した代償に飛空船(レビテートシップ)のもう一つの燃料である源素晶石(エーテライト)は既に底を突きかけており、これから先の計画は薄氷の上を歩くかのような慎重さを持たないと到底遂行できないという事実がドロテオの心臓を強く叩かせる。

 

「敵本陣に移動しながら鬼神を叩く!」

 

 ドロテオが叫ぶとヴィーヴィルは一旦雷霆防幕(サンダリングカタラクト)を解除し、ハリネズミのような弾幕でイカルガを牽制しながらジルバヴェールですら追いつけない速度でこの場を離れた。

 その方角にはクシェペルカの本陣があり、エレオノーラ達の顔が浮かんだアルはパッチワーク・アラーニェの強靭な脚部を想いっきりジルバヴェールの甲板に叩きつけ、甲板に居るであろうダーヴィドに向かって吠えた。

 

「親方! 魔力を送るので追ってください!」

 

「よし来た! 回せぇ!」

 

 脚部にある銀線神経(シルバーナーヴ)とジルバヴェール全体に行き渡っている銀線神経(シルバーナーヴ)に無理やり接触させると魔力を送り、指示を聞いたダーヴィドの声が艦橋に響いた。すると、ジルバヴェールは一息にトップスピードまで増速したが、その時には既にヴィーヴィルとの距離は随分離れてしまっていた。

 だが、そんな逃げるヴィーヴィルにぴったりとくっついている存在が居た。

 イカルガである。

 

「王手にはまだ早いですよっと」

 

 ぴったりと着いてくるイカルガにヴィーヴィルからは法弾の雨が殺到した。だが、既に『飛空船(レビテートシップ)からの対空防御』という経験を短いながらも積んでいたエルはアンキュローサからの法撃を『素麺みたいなもんだぜ』とばかりに避けつつ、返す銃装剣(ソーデッドカノン)でアンキュローサやヴィーヴィルに法撃によるダメージを着実に与えていく。

 

「埒が明きませんし、こちらから近づきますか」

 

「鬼神が突っ込んで来るぞ!」

 

 さらに増速してヴィーヴィルを追い抜いたイカルガが、ヴィーヴィルの真正面から法撃を放ちながら突っ込んでいく。その姿にドロテオはアンキュローサは雷霆防幕(サンダリングカタラクト)を張り直すように指示を送るが、元々13機もあったアンキュローサはエルやアル、そしてジルバヴェールの攻撃によって既に半分以上が沈黙していた。魔法の基点が無くなったことから所々大きな穴が開いた不完全な雷霆防幕(サンダリングカタラクト)をイカルガは何の苦もなく通り過ぎて行った。

 

「おのれ! 今度こそ竜の炎で焼き尽くしてくれる!」

 

 しかし、その様子をただ指を咥えて見ているドロテオではなかった。雷霆防幕(サンダリングカタラクト)を抜けたイカルガを待っていたものは既に口を大きく開け、火竜撃咆(インシニレイトフレイム)を放とうとしているヴィーヴィルの姿だった。

 

「僕とイカルガにそれは効きません!」

 

 そう言いながらエルはイカルガに備え付けられた魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を前方に向ける。魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)から噴き出た炎と竜の炎が互いに反発するようにぶつかり合い、竜の炎が揺らいだ僅かな隙にイカルガは魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の稼動部を限界まで動かしながら独楽のように回転しながら滝の中を進む鯉のように炎を遡って行く。

 

「あー、レーザーの初期照射だけならなんとかなるっていう理論ね。あの人、ほんと無茶ばっかりするなぁ」

 

 そんな戦闘の様子をパッチワーク・アラーニェの面覆い(バイザー)越しに見ていたアルは、とある『あいとゆうきのおとぎばなし』に出てくる正確無比なレーザーを撃って来る敵を想像していた。

 たしかに竜の炎──火竜撃咆(インシニレイトフレイム)は強力な兵器である。ただそれは城塞や地上を歩く幻晶騎士(シルエットナイト)のような『余り大きく動かない敵や建造物を相手』にした場合に限る話で、イカルガのような『一瞬炙られた後に射程外に出てしまう相手』には余り効果はなかった。

 

 無論、そんな高速でビュンビュンドヒャドヒャと飛び回る幻晶騎士(シルエットナイト)は後にも先にもイカルガだけだろうが、それを知るよしもないドロテオは目の前の理不尽に対して竜騎士像(ドラゴンヘッド)のすぐ傍にある竜の角を手に取り、それを今もなおこちらに向かってくるイカルガを迎撃するために振り上げた。

 魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の速度と共に竜騎士像(ドラゴンヘッド)を叩き斬ろうとした銃装剣(ソーデッドカノン)と竜の角が火花を撒き散らしながらぶつかり合い──反発した。

 

「しまっ……! 抜かれたか! 総員、船を回すぞ!」

 

 そのまま2合目に備えたドロテオだったが、イカルガが竜騎士像(ドラゴンヘッド)の横をすり抜けていくのが見えたのでヴィーヴィルの乗員にこれから行うことを伝達する。しかし、乗員の返事を待つと言う悠長なことをしているとその間に取り付かれ、致命的な一撃を見舞われると判断したドロテオは乗員が迅速に指示に従ったことを信じながら鐙をかけている足に力を込める。空気抵抗によってミシミシと嫌な音を立てながらもヴィーヴィルは身を捩ることで背中に取り付いたイカルガの排除に成功する。

 さらに幻晶騎士(シルエットナイト)を幾度となく粉砕した圧倒的質量を誇る近接用の装備、『格闘用竜脚(ドラゴニッククロー)』をイカルガに向けて叩きつけようとした。

 

「うひゃー、よくやるよ」

 

「あ、この前親方がやろうとして失敗したやつだ」

 

「うるせえ!」

 

 そんな攻防戦をようやく追いついたジルバヴェールの甲板上で見ていたアルとパッチワーク・アラーニェからの映像を艦橋の幻像投影機(ホロモニター)で見ていた騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は、ヴィーヴィルを動かしている乗員たちの操作技術に呆れながらも感嘆する。

 いくら源素浮揚器(エーテリックレビテータ)の力があるといっても大気圏内のバレルロールは一歩間違えれば真っ逆さまに墜落な危うい操船である。それをこの土壇場でやる胆力やことをなす精密な操縦に敵ながらに見事といいたくなるのも仕方の無いことだった。

 

「親方~、ミッシレジャベリンの補充終わりました~」

 

「よし! それじゃあ銀色小僧、どうする?」

 

「……んー、相手のシルエットナイトのほとんどは動いてませんね。上からなら比較的安全に近づけそうです」

 

 面覆い(バイザー)からの映像から雷霆防幕(サンダリングカタラクト)による雷の籠が全くといって良いほど形を成していないことを確認したアルは、ヴィーヴィルの上部から接近するように指示を送る。その指示にジルバヴェールは高度を少し上げた後にゆっくりとした足取りで、今もなお破壊の権化であるイカルガが暴れまわっているヴィーヴィルに接近していく。

 そんなジルバヴェールの姿をドロテオが見つけた時、激しい怒りに苛まれた。

 先ほど1本目の格闘用竜脚(ドラゴニッククロー)を失い、防御手段のほとんどを喪失したヴィーヴィルにイカルガは背中に配された四本の腕、ラーフフィストを用いて機体をヴィーヴィルに固定しながら好き勝手暴れている。

 

「思えばあの油が入った投槍を撃ち落したのが始まりか」

 

 既にドロテオの頭の中には敗北の色が濃く滲み出す。アンキュローサは壊滅状態に加え、ヴィーヴィル本体も軽症とは口が裂けてもいえないほどの損傷を被った。対するイカルガは損傷らしい損傷は無く、さらに飛空船(レビテートシップ)まで合流されたとあれば、いかにヴィーヴィルでもいとも容易く墜とされてしまうだろう。

 そんな考えが頭にしつこくこびり付くが、ドロテオの目はまだ死んでいなかった。操縦桿や鐙を素早く動かすとイカルガを振り落とそうとヴィーヴィルを再び錐揉み回転させる。

 

「懐に入られると芸が少ないようですね」

 

 ただ、既にその行動は見飽きたとばかりにエルはキーボードに指を走らせ、ラーフフィストのワイヤーを限界まで巻き上げる。その直後にヴィーヴィルが回転したのか視界が大きく回り、遠心力によって操縦席に凄まじい圧が加わるが、エルはそれに耐えながらイカルガの手に持つ銃装剣(ソーデッドカノン)をヴィーヴィルに突き刺した。

 

「チェックメイトです!」

 

「舐めるなぁ! ドラゴニッククロー射出!」

 

 内部に向けたファルコネットがヴィーヴィルの内部を蹂躙するのと同時に生き残っていた格闘用竜脚(ドラゴニッククロー)の爪部分が勢い良く飛び出した。魔導飛槍(ミッシレジャベリン)と同じように爆炎による推進を得ながら数本の竜の爪は一直線にジルバヴェールへと向かっていく。

 いくら蒼き鬼神といえども仲間の船が危険に晒されたとあってはヴィーヴィルを離れていくだろう。

 そう思ってジルバヴェールに攻撃を仕掛けたドロテオだったが、イカルガは気にせずにヴィーヴィルを攻撃していた。

 

「仲間が危機に晒されてるんだぞ! ……もしや、仲間ではなかったのか!」

 

 ドロテオの中でイカルガに対する非常識さの度合いが上がっていく。格闘用竜脚(ドラゴニッククロー)は先ほどヴィーヴィルが受けた魔導飛槍(ミッシレジャベリン)とは比べ物にならないほどの質量を持っている。それが一直線に仲間の飛空船(レビテートシップ)に近づいているというのに無視するのはあんまりではないか。

 法弾でヴィーヴィルの外装がボロボロと大地に墜ちて行く中、ドロテオは『理解できない』というような表情をしながらイカルガを睨みながら操縦桿を動かしていると、件の飛空船(レビテートシップ)──ジルバヴェールから飛び出した一条の光が格闘用竜脚(ドラゴニッククロー)を貫いた。

 

「なっ! ドラゴニッククローを迎撃しただと!」

 

 続けて2個目、3個目と全ての爪が迎撃される光景にドロテオは信じられない物を見る目でジルバヴェールを凝視する。

 そう、彼は失念していたのだ。イカルガの影に隠れる異形の存在に。イカルガの存在が大きくなればなるほどにその異形はより深く闇に混じり、常にその柔らかな急所を晒すのを監視していることに。

 その証拠として爪を迎撃したのと同じ法弾がヴィーヴィルの竜騎士像(ドラゴンヘッド)目掛けて飛んできた。再度ヴィーヴィルを回転させて回避したドロテオは、格闘用竜脚(ドラゴニッククロー)を迎撃されたと同時に仕掛けてきた法撃のタイミングに冷や汗を流しながら、『化け物め』とイカルガとパッチワーク・アラーニェ両方に対してなのか良く分からない言葉を吐き捨てながらヴィーヴィルの艦内に残る全ての乗員に向けてゆっくりとした口調で語りかけた。

 

「この飛竜は既に命運尽きつつある」

 

 その言葉から伝声管から息を呑む声が聞こえてくるが、ドロテオは続けてヴィーヴィル最期の行動方針を伝える。

 それは、『このヴィーヴィルでクシェペルカ本陣に特攻。エレオノーラをヴィーヴィルと引き換えに亡き者にすること』だった。ヴィーヴィルは他の飛空船(レビテートシップ)と比べて巨大なので、ドロテオの言った方針はクシェペルカ本陣を壊滅させるのと同義である。

 

「すまん。お前達の命も渡してくれ」

 

 ただ、まだ生き残っている部下も死なせてしまうのだけはドロテオ唯一の気がかりだった。ヴィーヴィルには避難用の装備が積まれていない。──いや、『積める部分を全て戦闘に回してしまっている』

 ドロテオは『鬼神にこだわりすぎた』と遅すぎる後悔をしながら部下に謝罪するが、返ってきたのは被害状況を報告する声や源素浮揚器(エーテリックレビテータ)などの動力系統の状況をドロテオに報告する声だった。

 その士気の高い声にドロテオの中の狂気とも取れるイカルガへの執着は薄れていく。もはや取り付いているイカルガの姿には目もくれず、ヴィーヴィルは一直線にクシェペルカ本陣に進路を取った。

 

***

 

 クシェペルカ本陣では高度を下げながら本陣目掛けて進むヴィーヴィルの巨体に騒然となっていた。

 その騒がしさといったら近衛騎士団の投槍戦仕様機(ジャベリニーアスタイル)は射程圏外にも拘らずに撃ち落とそうと魔導飛槍(ミッシレジャベリン)を射出し、やはり飛距離が足りなくて槍が地面に落ちたり、砲兵仕様(アテラリー)は魔力の充填も済まさずに長距離法撃を敢行し、ヴィーヴィルの外装に僅かな損傷を与えるのみという様子が散見された。

 

「ヘレナ! 私達も逃げるわよ!」

 

「……どこへ逃げれば良いのでしょう。それに、あの速さでは追いつかれます」

 

「でも! 生きることを諦めないの! 何か……何か……」

 

 近衛騎士団の重鎮が『何処へお連れする』や『我々が盾に』といった議論が繰り広げられる中、イサドラは自身の騎士の『何が何でも生き残る』という心情の通りに周囲を見渡す。

 

(武器を捨てて走る? ……駄目! あの速度じゃ、あの騎士団長のじゃないと追いつかれる! 他に……他に何かないの!?)

 

 今もなおぐんぐん近づいてくるヴィーヴィルの速度を考えると、アルに教えてもらった最終手段である全速力の逃走は焼け石に水。それこそ、彼の兄の幻晶騎士(シルエットナイト)に搭載されている爆炎を背に受けて機体を進ませる移動方法にしなければ到底間に合わない。

 イサドラは他に使える手段はないかとカルトガ・オル・クシェールの頭部を左右に彷徨わせる。

 

(アル! 助けて!)

 

 やがて案は全てイサドラ自身によって却下され、前方では銀鳳商騎士団の旗機であるイカルガが1つの質量兵器と化したヴィーヴィルを必死に押し返している後ろ姿に、イサドラは自身の騎士を心の中で呼ぶ。

 

(来るわけがない)

 

 しかし、イサドラの中に潜む現実主義なイサドラが現在の戦況やアルの戦っている場所から来ないだろうと自身の脳裏に描いた甘い考えを打ち砕く。イサドラは飛空船(レビテートシップ)に拮抗する1機の非常識な幻晶騎士(シルエットナイト)を見やりながら少しでも距離を取ることを選択し、操縦桿を強く握り締めながら自身に言い聞かせるように叫んだ。

 

「今の内に少しでも離れるわ! 近衛は援護を!」

 

「あっ……イサドラ!」

 

 イサドラを呼んだエレオノーラの細い指が幻像投影機(ホロモニター)のとある一点を指し示す。そこには小さな点が映っており、それが徐々に大きくなっていく。

 ジルバヴェール。銀鳳商騎士団の有する飛空船(レビテートシップ)がヴィーヴィルを追ってきたのだ。

 そのままジルバヴェールは甲板上のべスピアリを起動。ヴィーヴィル目掛けて魔導飛槍(ミッシレジャベリン)が飛翔し、槍の先端がヴィーヴィルの各所に満遍なく突き立った。しかし、それでもヴィーヴィルは自身の状態も顧みずに前進を続ける。

 銀鳳商騎士団でも止められないという事実に近衛騎士団は撤退を開始するため、エレオノーラの周囲に集まる。だが、それがヴィーヴィルからしてみれば倒すべき対象を自分達から示した行動となった。

 

「飛竜の口が!」

 

「国王騎を守れ!」

 

 がぱりとヴィーヴィルの口が開けられ、その口内に蓄えられている小さな火球が見る見る内に巨大な物に変貌していく。背後には火炎を遮る物はなく、飛竜の炎は城塞という巨大な建築物も落としたという話から移動して回避は絶望的だと判断した近衛騎士団。

 しかし、彼らは騎士団の銘にある『近衛』としての責務を果たそうとレスヴァント、レーヴァンティア問わず盾を前に突き出しながらカルトガ・オル・クシェールの前に密集していく。

 だが、そんな悲壮感漂うクシェペルカ本陣に不審者。もとい、『不審機』が足を踏み入れた。

 

「イサドラ様ぁぁ!」

 

 不審機の中の騎操士(ナイトランナー)がまるで仲の良い友達を呼ぶような調子で叫ぶと、カルトガ・オル・クシェールまで数百mはある所から大きく跳躍する。数拍の後、その不審機はカルトガ・オル・クシェールの前を陣取っていた近衛騎士団のさらに前を陣取ると少しだけ頭部をカルトガ・オル・クシェールの方に向けた後に前方で大きな口を開けているヴィーヴィルに威嚇するかのような──かの銀鳳商騎士団の旗機であるイカルガの吸気音にも負けないぐらい甲高い吸気音を鳴らした。

 

「なんで……ここに居るの?」

 

 見慣れた4本足と声にその不審機──パッチワーク・アラーニェが駆けつけてきたことをようやく認識したイサドラが掠れた声で問いかける。そんな今にも消え入りそうな声に、アルはパッチワーク・アラーニェの4本の脚から飛び出した杭を大地にしっかりと食い込ませながら、『え、なんて?』と無粋な聞き返しをすることなく軽く笑いながら──。

 

「船から落っこちちゃった……」

 

 なんとも悲しげなセリフを漏らした。

 

***

 

 少し時は巻き戻る。魔導飛槍(ミッシレジャベリン)の斉射が意味を為さず、ヴィーヴィルは手応ながらもクシェペルカ本陣へ向かう最中。甲板上に居るパッチワーク・アラーニェの操縦席でアルは前方のヴィーヴィルの姿に得も知れない悪寒がよぎっていた。

 

(使っている魔力が少なすぎる)

 

 たしかに魔導火箭(デトネーションジャベリン)などによってヴィーヴィルは決して少なくない被害を被っただろう。だが、先ほどの魔導飛槍(ミッシレジャベリン)の刺さり具合や外装の剥離といった損傷具合、そして今もなおイカルガと戦っている騎士像(フィギュアヘッド)からの法撃頻度を確認していたアルは、『必要最低限の魔力運用しかしていない』という印象を受けた。

 

 ならば残っている魔力はどこに使用しているのか。そう考えていたアルの目が、偶然にもヴィーヴィルの口の端から魔法現象特有のスパークにも似た光を捉えた。その光とこれからヴィーヴィルが行おうとしていることに今まで感じていた悪寒の正体が氷解したアルは、すぐさま半円状に展開していた大楯を翼のように広げながらジルバヴェールの甲板上を歩く。

 

「親方。ここで降ります」

 

「は!? おまっ、降りるって空中だぞ!」

 

「はい。行けたら行くって約束したんで、ここで降りたらイサドラ様の所に行けるから行きます」

 

 不可思議なことを言いながらもアルは操縦席に増設された4つのボタンの内、1つのスイッチレバーを指で跳ね上げる。すると、先ほどまで緩やかだった魔力貯蓄量(マナ・プール)の回復量が急激に上昇していく。面覆い(バイザー)の色も青色から赤色に変化したパッチワーク・アラーニェはジルバヴェールの甲板を移動し、ツェンドリンブルが格納されている甲板付近をゴンゴンと2回強く踏みしめた。

 

「キッド、僕は行くんで……後は頼みますよ」

 

「ああ、エレオノーラ様のことは頼んだぜ」

 

「そうですね。キッドの主様はついでに守ってあげますよ~」

 

 『イサドラ様の所』という単語から、アルがこれから何をしに行くのかはっきりと分かったキッドは自身の主のことを頼むが、それを軽口で返しながらパッチワーク・アラーニェは甲板で十分な助走をつけてから夜空に飛び立った。

 飛空船(レビテートシップ)から飛び降りるというあまりにも馬鹿げた行動に、今までヴィーヴィルを止められずに手が無いかと思案していたキッドだったが、『アルに頼まれちゃ仕方ねぇな』と零してダーヴィドに船を近づけるように頼み込んだ。ジルバヴェールがヴィーヴィルに近づくにつれ、もう1人の幼馴染が懸命に闘っている姿を格納庫内に設置された幻像投影機(ホロモニター)で確認したキッドは立て掛けていたツェンドリンブル用の槍をツェンドリンブルに装備させながらアディに語り掛けた。

 

「しばらく無茶する」

 

「はいはい、いってらっしゃい。親方さ~ん、キッドが外出るって~」

 

「はぁ!? まったく、銀色坊主達の友人ってのはこれだから……」

 

「親方~、俺もあっちに入れるのやめてくれよ」

 

「シルエットギアに関しちゃ俺達より詳しいバト坊がよく言うぜ」

 

 アディの声に反応したダーヴィドは文句を言いながらもキッドのツェンドリンブルに接続されている銀線神経(シルバーナーヴ)を取り外すように指示を出す。

 

 このジルバヴェール。内部に補助動力として4基ほど魔力転換炉(エーテルリアクタ)が積み込まれており、機銃や艦砲射撃などはそれらの余剰魔力によって賄われていた。

 もちろん、ツェンドリンブル2機やイカルガといった魔力源も存在するが、最初に設計段階で『簡単にその場を動けてしまう幻晶騎士(シルエットナイト)のみを魔力源にするのはリスクとして許容できない』と、アルが共同設計者のエルに文句を言い、リスクマネジメントや補助動力の概念を知っているエルはその考えにノリノリで同意しながら設計図に修正を加えたのだ。

 

「まさか……銀色小僧。こうなることが分かって余計にエーテルリアクタを取り付けさせたのか?」

 

「あの子、そこまで考えてないと思いますよ。石橋を法撃で破壊して、その横に金属の橋を架けないと危ないって言ってましたし」

 

「それ、元の橋ないよな!?」

 

 先見の明がありすぎると困惑したダーヴィドだったが、隣に居た騎操鍛冶師(ナイトスミス)はバッサリとダーヴィドの考えを切り捨てた。

 

***

 

「エントリィィィ!」

 

 そんな会話がジルバヴェールの艦橋でされている最中。アルは細心の注意を払いながら操縦桿や鐙、さらには直接制御(フルコントロール)外装硬化(ハードスキン)魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)の出力を小まめに変えながら降下していた。空気抵抗により翼のように広げていた大楯を掴んでいるサブアームの関節部がミシミシと嫌な音を立てるが、アルは魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)を噴かせつつ大楯を掲げる角度を僅かにずらすことで、なんとか風を和らげながら戦場を滑空する。

 

「法撃ぃ!? ……あ、この! 敵と味方の区別も出来ないんですか! 顔覚えましたよ!」

 

 闇に解けるような機体色をしているパッチワーク・アラーニェだが、そんな目立つ行為をしていると当然だが格好の的になる。謎の機体が空から滑るように戦場に乱入してきたので、存在に気づいたティラントーはもちろん、なぜかクシェペルカ所属のレーヴァンティアまでもバックウェポンから炎の槍(カルバリン)を打ち放ってくるので、アルは暴言を吐きながらも回避運動を取った。

 しかし、敵と味方の区別というが『いきなり空を漂いながら姿を現した足が4本ある異形の所属不明機』が味方なのかと問われれば、10人中7人ぐらいは間違いなく首を横に振るだろう。

 さらに、顔を覚えたと言っても『レーヴァンティアの顔』を区別できる人間は……1人居るが、アルはそんなレアスキルを保有できるほどロボキチ度は極まっていない。

 

「当たりませんようにー! 当たりませんようにー! 我らが慈母アマ公じゃなかったアマテラス様ー」

 

 敵味方に法撃されるという事態に、アルは戯言から神頼みに移行する。

 『弾は臆病者を好む』や、『身構えている時は死神が来ない』という話も映画などで見たことあるが、そうやってフラグを立てた途端にやられていくことが多いので、アルの中に存在する庶民は遠く離れたもう1つの故郷に住む八百万の神に頼むことにした。

 しかしながら、法弾の1つが運悪く広げていた大楯に着弾。1枚の大楯がサブアームから離れたことにより、滑空中のパッチワーク・アラーニェは大きくバランスを崩した。

 

「ブッ○ァァァ!」

 

 八百万の神に祈っていたのに何故か悟った人物の名前を言いながらアルは、全てのサブアームから大楯をパージさせる。風を受けて機体を減速させることは出来なくなったが、幸いにも地面に近い。搭乗者の直接制御(フルコントロール)と2つ目のボタンのスイッチレバーを跳ね上げることにより、パッチワーク・アラーニェは着地用に増設した脚部中央の魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を噴出させ、大きな土煙を周囲にたてながらも五体満足で着地に成功した。

 

「デュランダルは回収して……本陣はあっちの方角……よし」

 

 パージした大楯の中から一番大事な装備を回収したアルは、パッチワーク・アラーニェの背部にあるリーコンを展開させながら本陣の方角を目指して魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)で直進する。途中でゴルドリーオの獣王轟咆(ブラストハウリング)が轟く音が聞こえるが、それすらも気にせずにアルは約束を──『行けると踏んだら"絶対"行く』という約束を果たすためにホバー推進用の魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)を全開にする。

 

「こんなに全力稼働でもマナ・プールが減らないって逆に怖い!」

 

 本来ならばこれほど全力稼働したら半分ほど魔力貯蓄量(マナ・プール)が減っているのだが、目盛りは相変わらず『満タン』を示していることにアルは新たに搭載した源素供給器(エーテルサプライヤー)の効果を実感する。

 そうしている間にもヴィーヴィルは咢を開き、口中に牙のように生えた魔導兵装(シルエットアームズ)から魔法現象特有の光が見えた。それを見たアルは意を決するように魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を使用しながら大きく跳躍した。

 

「……ごめん」

 

 近衛騎士団の前にパッチワーク・アラーニェを着地させたアルは、これから愛機に対して行うことに操縦桿を撫でながら謝罪する。アンブロシウスから前身であるラーパラドスを受け取ってから様々な改修を続けてきたパッチワークだが、今回の改修で源素供給器(エーテルサプライヤー)という毒を組み込んでしまった。

 それは、どんなに取り繕っても自分の好きな物を破壊してしまうような改修を自分で設計してしまったという事に他ならない酷い仕打ちである。

 

「だけど、大切なものが出来たんだ。力を貸してください」

 

 近衛騎士団の形成した壁の奥に居るカルトガ・オル・クシェールをチラリと見ながら言葉を続けたアルは、パッチワーク・アラーニェの脚部から杭を大地に向けて打ち付ける。

 その時、後ろの方でイサドラから『なぜここに居るのか』と問われる声がアルの耳に届いた。その返答として『"約束したから"とか言うの嫌だなぁ』と考えたアルは、あくまでもジルバヴェールから不注意で落っこちた風なことを言いながら操縦席の横からイカルガに備え付けられている物と同型のキーボードを引っ張り出した。

 

 『イッショケンメイ』

 

 キーボードに打ち込まれたコマンドがパッチアーク・アラーニェ全体に駆け巡った瞬間、機体に備わっている安全装置が全て解除された。これによりパッチワーク・アラーニェはベヘモスと相対した際のグゥエールのように、幻晶騎士(シルエットナイト)魔導演算機(マギウスエンジン)内に元々備え付けられているリミッターが外された状態になった。

 

 さらにアルは操縦席に増設された残り2つのスイッチレバーをパチパチと跳ね上げると、その操作によりパッチワーク・アラーニェに収まっている2基の魔力転換炉(エーテルリアクタ)に接続された残りの源素供給器(エーテルサプライヤー)が稼動しだす。

 先ほどのヴィーヴィルと同様に使えきれない魔力が機体の関節部から漏れ出すが、アルは魔導演算機(マギウスエンジン)内にスクリプトを送り込むことで漏れ出た魔力をデュランダルと4本のサブアームに回すと、今にも火炎を吐き出しそうなヴィーヴィルに向けてデュランダルを突き出した。

 

「……自信無いなぁ」

 

 目の前にはジャロウデクが生み出したクシェペルカを焼き尽くさんとする巨竜。それに対してアルは心底自信がなさそうに呟きながら魔導演算機(マギウスエンジン)でパッチワーク・アラーニェの状態を逐一確認する。

 

 アルがこのような勝負に出たのは、ただ単に『クシェペルカ側が詰みの状態』にあったからだ。平原は森林も点在する丘陵地帯なので、国王騎を連れて後退するにしても通常の幻晶騎士(シルエットナイト)の脚ではその前に竜の炎によって焼かれてしまう。また、森林地帯に逃げ込んだとしても樹木によってさらに移動が制限され、炎が樹木に燃え移ればあっという間に炎に巻かれてしまう。

 

「あの船の艦長。ほんとこっちの弱い部分ばかり突いてくるなぁ」

 

 イカルガに抑えられながらもこちらに向けて口を開いているヴィーヴィル。その頭頂部に生えている騎士像(フィギュアヘッド)の胸辺りに居るであろう騎操士(ナイトランナー)の執念に呆れながらもアルは準備を急ぐ。

 どうあっても詰みの状況でアルが出来るのは炎から王を守ることだ。改修に改修を重ねたこのパッチワーク・アラーニェにも要人を護衛するための装備は搭載されているし、直接制御(フルコントロール)を使えば時間稼ぎぐらいは難なくこなせるだろう。

 しかし、相手は対城塞兵器を放とうとしているヴィーヴィルだ。ただの守りでは到底守り切れず、仲良く灰になるのが関の山だ。

 『死守』。文字通り、命を懸けて守るほどでなければ守り切れないとアルは覚悟を決めた。

 

「ストームシールド展開」

 

 デュランダルとサブアームを起点に突風が発生する。最初こそ周囲の木々を轟々とざわめかせながら無秩序に吹き荒れていたその風は徐々に風がパッチワーク・アラーニェの前方に集まり始め、何時しかヴィーヴィルほどの大きさを持つ巨大な風の壁になった。

 

「さて、矛盾対決の2回戦と行きましょうか」

 

 パッチワーク・アラーニェの持つ全魔力を伴った最強の盾に、ヴィーヴィルの持てる限りの魔力を振り絞った最強の矛が衝突した。




ストームシールド
 ハイスペルのハイプレッシャーウォールをオーバードスペルクラスに改ざんした魔法。
 検証実験ではイカルガの法撃を数発撃つだけで消し飛ぶ程度だったが、リミッターを外した状態 + エーテルサプライヤー4つという破格の魔力量を込めているので、格段に強度は上がっている。


スパロボ30の艦長がショ○コンという情報を取得した調査員。
果たして彼女は、精神年齢が高いエル君(アル君)でもOKな『エンジョイ勢』なのか、それとも魂から幼い子を判別出来る『ガチ勢』なのか。
その謎を解明すべく調査員はアマゾンの奥地へと向かった。

幕間でなんか拵えられたらいいなぁ。
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