銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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93話

 コデルリエ平原の一角では大地を異形同士の攻防戦が行われていた。

 西方では伝説の存在である魔獣の中でもさらに御伽噺の存在であるドレイクが口から紅蓮の炎を吐き、その炎を上半身こそ人間のそれだが、その上半身を支える足は節足動物のような形状の物が4本生えているといった御伽噺でも聞かないような魔獣ともいえるような存在が受け止めている。

 4本足の魔獣の前に顕現し続けている嵐を凝縮したような盾がドレイクの吐く紅蓮の炎を散らし、舞い散った炎の残骸によって周囲はまるで昼間のような閃光を放っていた。

 

「ぐぬおぉぉ!」

 

 炎を受け止めている4本足の幻晶騎士(シルエットナイト)、パッチワーク・アラーニェの操縦席ではアルが額から玉のような汗を流しながら苦悶の表情を浮かべていた。ストームシールドによって炎自体は防ぐことが出来るが、『熱気』は容赦なくパッチワーク・アラーニェの前面を炙る。幻晶騎士(シルエットナイト)のほとんどは金属で出来ているので、それらの熱は操縦桿を握るアルのアガートラームにも伝わっているのだ。

 

「来い! 来い!」

 

 アガートラームから沸騰した湯に手を入れたような熱が伝わってきたアルは痩せ我慢をしながら挑発するような口ぶりで操縦桿をさらに押し込んだ。

 ヴィーヴィルが魔力を使い果たせば後の処理は簡単である。エルがイカルガによってヴィーヴィルの進路をずらしてあげればそれで未曽有の危機は回避される。なので、アルが行うべき最重要タスクは『相手の魔力を少しでも削る』ことであり、今のアルにやれることは持てる全ての魔力を計算しながらストームシールドに注力するのみである。

 これは、云わば火竜撃咆(インシニレイトフレイム)に使用するヴィーヴィルの魔力が尽きるのが先か、それともパッチワーク・アラーニェが耐え切れずに燃え尽きるのが先か。(いち)(ばち)かの根競べであった。

 

 すると、先ほどの挑発が効いたのかヴィーヴィルからの火力が心なしか上がる。手に伝わる熱も急上昇し、アルは一瞬手を離しそうになるが目をギラつかせながらより一層操縦桿を握る手に力を込めた。

 

「アル!」

 

 ふと、後ろから声が聞こえる。その声に先ほどまでしかめっ面だったアルの表情筋がふっと柔らかくなった。

 

(思えば初めてですね。ここまで尽くそうとしたのは)

 

 身体が処理しきれない熱によって歪む視界がいつの間にか明るく輝き、なんだかふわふわした感覚の中にアルは身を委ねて行く。

 

 アルがこのセッテルンド大陸に生まれ落ち、先輩であるエルと再会したあの日からずっと心の中にはエルの姿があった。エルが何かする際にはそれのフォローに走り、逆にアルが何かをすればエルがフォローや助け舟を出す。そして、1人で何も出来なければ2人、最終的には銀鳳騎士団全員で共に事に当たる。

 それが今までのアルの全てで、アル自身も『それ以上の人生はない』と特に疑問を持つことはなかった。だからこそ、『少年期』という限られた時間のリソースを幻晶騎士(シルエットナイト)のために費やせたし、エルと共に幻晶騎士(シルエットナイト)を作ることが自身にとって最上だと信じていたからこそ、ステファニアから差し伸べられた手を取るようなことはせずにアルはここまでの旅路をエルという光り輝く指標の後ろをずっと歩いてきた。

 

 だが、その一辺倒だったアルの心にイサドラへの気持ちが入り込んできた。

 エムリスの縁で助け出したその女の子は芯が強そうに見えて実は脆かった。最初は『ジャロウデク』という言葉だけで脅え、それを宥めるために遊びに連れて行ったり、ご機嫌取りのために剣の修練に引っ張られたりと苦労した思い出も今となっては懐かしい。

 

(だけど、あの子が居たからここまで戦ってこられた)

 

 次に思い出すのは初めて人を殺してしまった時のこと。

 兄であるエルの言葉をもってしても届かなかったアルの心にイサドラの想いは届いた。色仕掛けといえばそれまでだが、あの温もりは確かに冷え切っていたアルの心という炉に覚悟という火を灯らせるのに十分な熱量を帯びていた。

 

 そこからだろうか、アルの心にイサドラの存在が主張してきたのは。

 戦場から帰ってくるたびに出迎えてくれた笑顔が愛おしいと感じたのは。

 戦場に出ると決めたイサドラに『止めて欲しい』という思いで訓練中、きつく当たってしまったのは。

 

 そして──

 

「アル!」

 

 イサドラの声かけによってアルは灼熱の操縦席の中で意識を取り戻す。どうやら何時の間にか気を失っていたらしく、頭を振って意識を覚醒させたアルの視界にジルバヴェールがヴィーヴィルに近づいて来る様子が映った。その光景にもう一踏ん張りだと判断したアルはパッチワーク・アラーニェの現状を確認する。──が反応が返ってこない部分がほとんどだった。

 

 操縦席に座っているアルからは見えなかったが、パッチワーク・アラーニェは満身創痍といった風体だった。

 構えているデュランダルは熱によって幻晶騎士(シルエットナイト)の外装で作られた第1層は溶け落ち、外装硬化(ハードスキン)紋章術式(エンブレム・グラフ)が刻まれた銀板も半分以上が溶け落ちて3層目の精霊銀(ミスリル)の板が顔を覗かせている。

 パッチワーク・アラーニェ本体も、外装が内部の綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)ごと弾け飛んだ脚部が2本。残った2本も限界が近く、上半身の増加装甲はとっくの昔に剥がれ落ち、肩装甲もいつの間にか無くなっていた。頭部も眼球水晶が無事なだけでほぼ内部骨格が露出という、もはや全身の中で無事といえる部分が元教導機ゆえに分厚い胸部装甲で守られた操縦席しかないという有様だった。

 

「こんな状態でもまだ動くなんて、うちの鍛冶師は腕が良いですね」

 

 反応を返さない部分の処置をどうしようかと考えながら、アルはちらりと魔力貯蓄量(マナ・プール)の目盛りを見やる。源素供給器(エーテルサプライヤー)を4つ起動してもなお魔力貯蓄量(マナ・プール)はジワジワと減っており、仮に何もつけていなかった場合のことを考えると灼熱の操縦席内にも関わらず、アルの背筋が少しだけ涼しくなった。

 

「アル! お願い!」

 

「そんなに叫んでも……人には限界があるんですよっと!」

 

 声援によりパワーアップなんぞ正義の味方や特撮の世界だけ。そう思っているアルはイサドラの声に呆れ顔で熱すぎる操縦桿から手を離し、『別の操縦』を行うために近くのコンソールに両拳を叩き付けた。

 

「ですが、少しでも足掻かないと格好がつきませんね! 相棒、足りないなら僕の魔力も持っていきなさい!」

 

 コンソール内の銀線神経(シルバーナーヴ)を掴んだアルは、自身の生産するなけなしの魔力を送り込みながら直接制御(フルコントロール)で全てのスラスタ類をパージする。背中のリーコンをも投棄し、もはやパッチワーク・アラーニェは移動も偵察もままならない状態となった。

 だが、それで良い。この機体のもともとのコンセプトは『圧倒的な防御力』である。流石にエドガーのアルディラットカンバーのように変幻自在の攻防は出来ないが、『守るためにその場に踏み止まる』のは、アルもパッチワーク・アラーニェも得意分野だ。先ほどのパージによって浮いた僅かな魔力も、アルはためらうことなくストームシールドに注ぎ込む。

 

 絶望的な状況下でも自分に出来る精一杯を模索する。そんな小さな少年の大きな背中に魅せられた精鋭達は先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、出来ることを精一杯行うためにそれぞれが行動を始める。唐突に魔力貯蓄量(マナ・プール)の目盛りが上がり始めたことに驚いたアルは、慌ててパッチワーク・アラーニェの頭部を後ろに向けそこに居る存在を見やる。

 

「近衛騎士団!?」

 

「こちらも協力させてくれ! おい、魔力を回せ!」

 

 砲兵仕様(アテラリー)への魔力供給用に増設された銀線神経(シルバーナーヴ)をパッチワーク・アラーニェの銀線神経(シルバーナーヴ)が露出している部分に押し付けたレスヴァントがそれぞれ魔力をパッチワーク・アラーニェに送り込む。その行動によって一気に魔力貯蓄量(マナ・プール)が最大まで回復したのを確認したアルは、ジリ貧ゆえに後回しにしていた機体の保護を再び活性化させる。

 再び息を吹き返したパッチワーク・アラーニェ。だがその時、ヴィーヴィルの横っ腹をジルバヴェールの硬い舳先が叩いた。ヴィーヴィルの外装が魔獣の断末魔のような音を上げながら外装がひしゃげ、砕けた破片が地面へ落ちる。

 

「遅いですよ」

 

 ジルバヴェールがぶつかったことで射点が大きくずれた火竜撃咆(インシニレイトフレイム)をストームシールドの角度を変えることでいなすことに成功したアルの目に、ジルバヴェールからヴィーヴィルに飛び移ろうとしている3匹目の異形の姿が飛び込んできた。

 ジルバヴェールに搭載されている幻晶騎士(シルエットナイト)の内、4本足の存在はこの場に居るパッチワーク・アラーニェを除くと2機しか存在しない。そこからさらにこんな馬鹿なことをやらかそうとする騎操士(ナイトランナー)なぞ1人しか居ないので、アルは確信した笑みを浮かべながらヴィーヴィルの胴体を駆け上がるツェンドリンブルに向けて悪態をつく。

 所々穴が開いて走りにくいヴィーヴィルの背を一直線に走り抜けるツェンドリンブルに、竜騎士像(ドラゴンヘッド)からの法撃が降り注いだ。当然、ヴィーヴィルの背中はそれを回避できるほどの空間的余裕はなく、ツェンドリンブルは法撃をまともに食らってしまう。

 

「キッド!」

 

 地上からはヴィーヴィルとツェンドリンブルの戦いが良く見えないアルが叫ぶが、煙の中から所々の外装が弾け飛んだツェンドリンブルが手に持った騎槍を振り上げながら一切スピードを落すことなくヴィーヴィル最後の操縦者であるドロテオに突進していく。

 

「おのれ! 邪魔をするなあぁ!」

 

 もはやツェンドリンブルとの1対1の状況で、ドロテオは竜騎士像(ドラゴンヘッド)の手にした竜の角を一直線にツェンドリンブルに振るう。その矛先はツェンドリンブルの胸部──キッドに向けられていたのだが、キッドは冷静に僅かにまたがっていた操縦桿を斜めに倒すことで、竜騎士像(ドラゴンヘッド)からの攻撃をツェンドリンブルの肩装甲で受け止めることに成功する。

 

「っ! ……やぁぁぁ!」

 

 肩装甲を喪失した衝撃に耐えながらキッドは気合の入った叫びと共に騎槍を振るう。その攻撃は正確に竜騎士像(ドラゴンヘッド)の胸部──ドロテオを刺し貫いた。

 

「ぐほっ……でっ、殿下。良い知らせを持ってっ……いけそうに……ありませぬ……」

 

 赤黒い塊を吐きながらも空の上からコデルリエ平原を見たドロテオの瞳に戦場を横断する馬車と数機のティラントーが見えた。それは何の変哲もない馬車なのだが、『なぜか』目を離せなかったドロテオは薄く笑みを浮かべると『グスターボ、パヴァン。後は』と言葉を最後まで言えずに自らの血で彩られた騎槍の穂先に倒れこんだ。

 

 こうして歴戦の将とジャロウデク王国最大の強敵との戦いは幕を閉じた。

 

 ***

 

「ル。……ア……」

 

 ふわふわとした空間に漂っていたアルの耳に何かを呼ぶ声が聞こえる。その声に反応するようにアルは真っ暗な操縦席の中で目を覚ますと、唐突に目の前のホロモニターがボロボロと崩れ去った。そこから数人の騎士が操縦席に入り込み、操縦席とアルを繋ぐベルトをてきぱきと外した後にアルを担ぎながら外に出る。

 

「アルフォンス殿! 意識はありますか!」

 

「は……っごほっ!」

 

 騎士の言葉に返事をしようにも口中の渇きで咳き込むアルに、騎士は慌ててほかの騎士に清潔な布を持ってくるように頼み、用意された布を革袋の中の水で湿らせるとアルの口の周りを吹きながら水分を補給させる。

 

「パッチワーク……」

 

 水分を補給したことでようやく立てるようになったアルは、改めてパッチワーク・アラーニェの操縦席に潜り込んだ。

 銀の短剣は刺さったままなのにも関わらず、炉の吸気音は全く聞こえてこない。それでも諦め切れなかったアルが魔力貯蓄量(マナ・プール)の目盛りや残っている魔力はないのかと調査を開始するが、もはやパッチワーク・アラーニェは再び動くことはなかった。

 

「アル、こっちへ」

 

「国王騎に乗せるのは駄目なのでは?」

 

 パッチワーク・アラーニェの操縦席で項垂れていたアルにイサドラが声をかける。本来ならば国王騎に搭乗するのは国王、そして今回のイサドラのような者のみなのだが、エレオノーラは『話したいことがある』という言葉と共に許可を出した。カルトガ・オル・クシェールの掌に乗ったアルは『失礼します』という言葉と共に操縦席に入ると、エレオノーラは視線で後ろに座るイサドラの元へ行くように促した。

 

「アル! また無茶して……なんで! 無茶するの!」

 

「はぁ…………。あれ、僕が悪いんですか? 無茶しないと全員この世からさよならバイバイだったのに、随分な言い方ですね」

 

 小柄ゆえに操縦席の開いた隙間に収まったアルの腰にイサドラは抱きつきながら泣き叫ぶ。最初は気恥ずかしさから何も言わずにじっとしていたアルだったが、少し間を置いた後にイサドラの物言いが気に入らなかったのか文句を言うと、一連の流れを前で聞いていたエレオノーラが後ろを向いた。

 

「アルフォンス様、それとこれとは話は別です。私だって……騎士様の行動には結果がどうあれ、ちょっと物申したいことがありますわ?」

 

 エレオノーラの表情はいつもの笑顔だったのだが、目は決して笑っていなかった。その目にアルは二の句をぐっと飲み込み、『ごめんなさい』と素直に謝罪する。──しなければ頭を冷やされると思ったからだ。

 周囲は強大な敵であったヴィーヴィルを落したことで大盛り上がりだったが、エレオノーラ達を守るために全力で演算をしていたアルは急激な眠気に襲われた。

 

「眠い……」

 

「え、ここで降りるのは駄目!」

 

 横で首をデンプシーロールを受けているかのように左右に揺らしているアルの姿にイサドラは慌てる。

 ヴィーヴィルを落しただけで、クシェペルカ軍は要塞を攻略していないのだ。そこに本陣とはいえ、乗機を失って睡眠状態の騎操士(ナイトランナー)。しかも、クシェペルカ王国にとって恩人ともいえるような重要人物を置いていくのはあまりにも外観が悪すぎる。

 

「言ってることは分かりますけど……ほんと眠いんで。ジルバヴェール呼んでください」

 

「迎えに来させられるわけないでしょ! ……あっ」

 

 まるで泥酔したので迎えのタクシーを呼んでもらうような口ぶりでゆらゆら揺れているアルにイサドラは叫ぶが、唐突に何かを閃いたのかアルの身体を自身の身体に預けさせた。

 

「なら、一緒に行きましょう。これなら安全にアルも眠れるでしょ?」

 

「後頭部に装甲が当たって痛いですっていたぁ!」

 

 カルトガ・オル・クシェールが歩くごとにアルの頭にイサドラの軽鎧がゴツゴツと当たり、そのことに文句を言ったアルはイサドラからの鉄拳を食らう。そのやり取りを密かに見ていたエレオノーラは、『後で騎士様にも……』と謎の言葉を呟きながら全部隊へ前進を指示する。

 

「あー、どうしても操縦代わってほしかったら …………ジェロニモって叫べば代わりますよ」

 

「え? なんていったの!?」

 

 ごにょりと謎の合言葉を発したアルはすぐさま『グンナイ』と就寝に入る。しかしながらヴィーヴィルが墜ちた今、士気が極限まで低下したジャロウデク軍は即座に撤退を開始。結果、カルトガ・オル・クシェールには被害が出ないまま、クシェペルカ軍は四方楯要塞(シルダ・ネリャク)東部の要塞を攻略することに成功したのだった。

 

 その後、クシェペルカ軍は要塞を攻略したのが夜中ということもあってか、要塞内部に残る残敵の調査や休息のために夜明けまで要塞に駐留することになる。アルも要塞の一室で寝かされ、従軍していた医師に診察してもらい、診察結果として『脱水症状はあるが、明日には普通に動ける。ただし、操縦桿を握っていた手の平の一部の火傷が酷く、治療後もそこだけ火傷の痕が残ってしまう』というありがたいお言葉を頂戴しては見舞いに来たディートリヒとヘルヴィを安心させていた。

 

「むー、ここで僕もエドガー先輩もリタイアですか」

 

「仕方がないさ。……そんなことより、うちの隊員達がやけに殺気立っているのだが?」

 

 隣で寝かされたエドガーが不思議そうに『エドガー隊長の仇を取るぞ』と部屋の外で息巻いている第1中隊員を見る。もちろん、エドガーの姿はアルにも見えており、さらには足もちゃんとあるのだが、まるで死んだかのように振る舞う中隊員の横でヘルヴィは呆れながら『銀鳳商騎士団で1,2を争う防御力の2人が一気に居なくなったから戦意高揚させてるのよ』と中隊員の行動に補足する。

 

 ひとしきり珍しい第1中隊の奇行を眺めていたアルだが、唐突に『明日、何に乗って行こう』とまるで明日のコーディネートに悩む女性のように呟いた。明日は王都であるデルヴァンクールを取り戻す戦いなので、間違ってもそんなデートをするような口ぶりは不適切。さらに、火傷を負っているので戦闘行為に加わるのも言語道断なのだが、アルは『幻晶甲冑(シルエットギア)で行きましょうかね』と出撃準備を妄想しだした。

 

「アルフォンスも休むべきだろ」

 

「何を言ってるんですか。うちの中隊長3人の内、2人は乗機修理中で戦線離脱ですよ。それに、幻晶甲冑(シルエットギア)ならやりようによってはまた商品を鹵獲できるので、これが最後の仕入れ作業になるかと」

 

「その商人設定、まだ生きてたのかい」

 

『仕入れ』という単語に未だ銀鳳『商』騎士団ということを思い出したディートリヒはデルヴァンクールに詰めているであろうジャロウデク軍に僅かな同情を向ける。目の前の副団長は少しでもエーテルリアクタやマギウスエンジンといった希少部材をジャロウデクから奪い取ろうとしているのだ。おそらく、そこに一切の慈悲はないだろう。鬼神と呼び声も高い彼の兄も合流すれば飛空船(レビテートシップ)もその鹵獲対象に含まれるので、いったいどのぐらいの戦力が撤退できるか怪しいものである。

 

「まぁ、他人の技術を許可なく真似して争乱を起こしたんだ。色々覚悟もあるだろうね」

 

「そもそも、補給面やその後の統治からしていきなり自分と同じぐらいの大国家攻略は無理がありすぎます。まずは小国家を落として最後にクシェペルカを包囲すれば良かったのでは? ……こう、デルヴァンクール囲んで四方からジャロウデク王国の国歌を斉唱するような感じで」

 

「アル君ってそこらへんの知識どこから引っ張り出してくるの?」

 

「銀鳳商騎士団の副団長たるもの。このような机上の戦略が立てられなくてどうします」

 

 嘘である。とある故事成語のことを言っただけなのだが、これ以上言及されたくないアルは適当にごまかしながら『明日は早いので休息に入ってください』と手を打ち鳴らす。その声に銘々部屋を後にするが、入れ替わるようにエルが部屋に入ってきた。全身油まみれというお見舞いには不適切過ぎる風貌にエドガーは呆れるが、エドガーの反応とは対照的にアルは何かを期待するような眼差しで『何か見つかりました?』とエルに問いかける。

 

「あの飛竜……捕虜の話ではヴィーヴィルというらしいのです。それを動かしていたとされる巨大なエーテルリアクタを発見しました。落下の衝撃で壊れてる部分が多いので解析は難航しそうですが、フレメヴィーラに帰ったら隙を見て解析でもしましょう」

 

「うん。その前にエレオノーラ陛下に許可をもらうんだぞ。絶対にもらうんだぞ!」

 

 横で不穏な会話をしているのでエドガーは思わず叫ぶ。

 要塞をクシェペルガ軍が攻略した際、ジルバヴェールはマギウスジェットスラスタを噴かせながら一目散にヴィーヴィルの墜落現場に急行した。その際にエルはツェンドリンブルの機密保持のためと言っていたが、そのワクワクとした瞳は誰から見ても『本音はあの飛竜だろうな』と連想させるのに十分な光量を放っていた。

 そしてヴィーヴィルの墜落現場にたどり着いたエルはツェンドリンブルの回収をダーヴィド達に任せると、いの一番にヴィーヴィルに飛びついて外装やら銀線神経(シルバーナーヴ)といった部品類の検品を始めた。その様子は近くで見ていたダーヴィド達曰く、『倒したんだから僕の物ですよね!』といった具合であった。

 

 そんな勝手に戦場に現れては経験値と残骸を奪い取っていきそうなエルだが、流石に時間が足りなかったらしい。ヴィーヴィルの残骸の一部と心臓部の竜血炉(ブラッドグレイル)。そして、事前にアルと決めていた『ヴィーヴィルの首』を途中で合流したツェンドリンブルの小隊に牽引させるとそのまま要塞への帰路へ着いて今に至る。

 

「じゃあ、明日はそのヴィーヴィル? の首を吊り下げてデルヴァンクールへ向かいましょうか」

 

 相変わらず敵の士気を下げることに余念がないアルが上機嫌になるが、なにやらアルが出撃しそうな雰囲気を感じ取ったエルは、エドガーの方を向きながら片手でアルを指差した。

 

「……エドガー先輩。アルって出撃できます?」

 

「医者の話では脱水症状や軽い火傷は問題ないらしい。ただ、操縦桿を握っていた指の付け根から第3関節辺りは痕が残るほど火傷が酷いと聞いた」

 

 エドガーに聞いたエルは少し悩む。横のベッドからしきりに『大丈夫』と鳴き声を上げている生物が居るが、この生物は大抵の『大丈夫ではないこと』を大丈夫と言い換えてしまう危険な習性があるので、エルはその鳴き声を無視してアルを出撃させる場合の配置場所について長考に入る。

 少し悩んだ末、火傷によるアル自身の運動能力の低下は幻晶甲冑(シルエットギア)を使えば何とかなるのではないかと考えたエルは、『街の中で幻晶騎士(シルエットナイト)を暴れさせるのは危険ですから、幻晶甲冑(シルエットギア)でかき回してください』とアルに指示を出した。

 

「エドガー先輩も出撃出来るならばディーさんとシルエットギアで城に入るエレオノーラ様の護衛をお願いしたいです」

 

「承知した。……そろそろ休まないと明日に響くな。アルフォンス、見張りの確認をしておいてくれ」

 

「うぇーい」

 

 アルの気の無い返事にエドガーは再び布団に入り込んだ。しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきたので、アルはエルにハンドサインとジェスチェーで会話してからエルと共に部屋の外に見張りが居ることを確認してから布団入る。

 

 デルヴァンクール奪還まであと少し。その事実はクシェペルカ軍にとってそれは思わず舞い上がるほどの慶事だった。いつもはピリピリとした空気を放っていた近衛騎士団もこの時だけは少し襟を開きながら少々高揚し過ぎのきらいもあったが、それでもせっかく取り戻した要塞を奪い返されない様に2人1組で着実に職務を遂行していた。

 

 ただ、この時。戦勝気分の方が勝っていたゆえに──いや、誰であろうとも見逃していただろう。

 デルヴァンクールの付近を気づかれないようにゆったりとした足取りでジャロウデク王国に向かう飛空船(レビテートシップ)が数隻。そして、その中には騎操鍛冶師(ナイトスミス)達と共に飛空船(レビテートシップ)の生みの親である『オラシオ・コジャーソ』を乗せていることに。

 

 この人物の逃走が後に西方で割とシャレにならない事態を引き起こし、嬉々として幻晶騎士(シルエットナイト)飛空船(レビテートシップ)を動かして壊して改造する狂人と虚ろな目をしながら走り回る者達がその事態を鎮静化するために奔走するのだが、当の本人達は知る由もなかった。

 

 ***

 

 旧クシェペルカ王国の王都デルヴァンクール周辺では、総勢で大隊以上の戦力が待ち構えていた。彼らは街の中だけではなく街道にも小隊規模で展開しており、いつ来るか分からないクシェペルカ軍をいち早く発見しようと目を皿のように開けて周囲を監視する。

 

「本当に……ヴィーヴィルは墜ちたのか?」

 

「信じられん」

 

「大方、クシェペルカが意図的に流したデマだろ。仮にヴィーヴィルを墜としたとしても、シルエットナイト1機にレビテートシップ1隻でどうにかなるものか」

 

 コデルリエ平原から敗走してきた騎操士(ナイトランナー)達の情報はデルヴァンクールに詰めていた騎操士(ナイトランナー)にも共有されたが、ジャロウデク最強の兵器であるヴィーヴィルがたった1隻の飛空船(レビテートシップ)とクシェペルカの蒼い鬼神に討たれたという事実はあまりにも信憑性が無かった。

 さらに、コデルリエ平原から帰ってきた騎操士(ナイトランナー)はとても戦える状態ではない者が多く、鍛冶師といった非戦闘員と共にジャロウデク本国へ昨夜護送したばかりである。ゆえに、コデルリエ平原で戦っていた騎士でデルヴァンクール防衛の任に着いた者はあまり居らず、それが余計に『情報』を『戦場で良くある誇張表現した噂』レベルまで落とし込んだのだ。

 

 そんな街道に巨大な影が落ちる。未だ朝日が昇る時間帯ゆえにその不可思議な現象に揃って上空を見上げると、そこには巨大な竜の首が浮かんでいた。飛空船(レビテートシップ)の下部から伸びる何本もの鋼線がヴィーヴィルの頭部を持ち上げ、四方楯要塞(シルダ・ネリャク)東部の要塞から続々とクシェペルカ軍の幻晶騎士(シルエットナイト)が進軍してくる様子にティラントーの小隊は錯乱状態に陥った。

 

「う、うおわぁぁぁ!」

 

「で、出たぁぁ!」

 

「まて! 逃げるな! まずは後続の部隊に合流……を!?」

 

 その圧倒的な戦力差に小隊は瞬く間に瓦解。中には逃げだす者もいたのだが、小隊長はシルエットアームズを上に向けながら味方と合流するように指示を出す。

 しかし、その最中。いきなり自身が操作しようとしていた動きと全く違う動作をティラントーがし始め、騎操士(ナイトランナー)の顔が緊張で強張る。敵は目前まで迫っているのに、整備不良で討たれたとあっては良い笑い者だと操縦桿を乱暴に動かしていると、唐突に胸部装甲が開いた。

 

「パイロットにはそのまま! 機体は破壊させてもらいます!」

 

 目の前に現れた鎧を纏った大男は似つかわしくない可愛らしい声を出しながら武骨な手で騎操士(ナイトランナー)を殴りつけて気絶させる。さらに騎操士(ナイトランナー)を固定するベルトを多少苦戦しながらも、しっかりと外した大男は、ティラントーの騎操士(ナイトランナー)をひょいっと担ぎ上げて胸部装甲から地面に降り立った。

 少し離れた所で大男は仕上げとばかりにティラントーの操縦席に向かって爆炎砲撃(フレイムストライク)を数発打ち出すと、小隊長のティラントーは爆発と共に部品を周囲にまき散らしながら大地に伏せた。

 

「小隊長がやられたぁ!」

 

「逃げろ! 逃げろォ!」

 

 代表者が討たれたことにより、小隊は一目散にデルヴァンクールへ走っていく。その様子を見た大男──アルは、深く息を吐くと近くで待機していた銀鳳商騎士団員に先ほど引っこ抜いた小隊長を預け、続けてアルの側に近づいてきた幻晶甲冑(シルエットギア)幻晶騎士(シルエットナイト)の集団に向かって大声を張り上げた。

 

「銀鳳商騎士団各員! これより、クシェペルカ軍を援護しながらデルヴァンクールに潜む脅威を排除します!」

 

『応!』

 

 アルの声に銀鳳商騎士団の地鳴りのような返答が周囲の空気を揺らす。

 

「シルエットギアは街中でシルエットナイトの援護をしてください! 撃破出来なくて構いません! 関節や手など適当に破壊し、後はシルエットナイトに任せてその場からすぐに退避を! ジャロウデク軍は自分達が追い込まれた袋の鼠だと思っているでしょうが、我々こそが真の鼠だということをその前歯で分からせてやりましょう!!」

 

『応!』

 

「シルエットナイトはこのまま進軍してティラントーの排除を行ってください! 町の中なので、小回りの利くシルエットギアとの情報共有を密にお願いします! そして、油断は禁物です! 傷ついた妊娠中の魔獣を相手にしていると思ってください!」

 

『応!』

 

 アルからのオーダーにそれぞれが大きく返答する。幻晶甲冑(シルエットギア)は平地ではあまり役に立たないが、入り組んだ地形では格段に化ける。

 その特性を活かし、アル達幻晶甲冑(シルエットギア)部隊はそのままデルヴァンクールでゲリラ戦を行って相手の機動力や戦力を削っては撤退。後から来る幻晶騎士(シルエットナイト)部隊はその削られた戦力を打ち負かして0にするのが主任務である。

 ちなみに、アルが言った『傷ついた妊娠中の魔獣』は、フレメヴィーラ王国における『最大級に危険な存在』の慣用句であり、特に浮気がばれた夫が家に帰る際に使用されていたりする。

 

 作戦を伝達したアルは専用の幻晶甲冑(シルエットギア)であるストライカーの面覆い(バイザー)を降ろし、そのまま威風堂々と前進。──しようとしたところで振り返った。

 このまま進むと思って幻晶騎士(シルエットナイト)に搭乗しようとしていた一同が何事かと思って再度集合した所で、アルは『倒した幻晶騎士(シルエットナイト)は仕入れ交渉に使用するので、目印付けといてください』と先ほどとは打って変わってほんわかした笑顔でお願いする。

 

「それでこそいつものアルフォンスだな」

 

「誰が替え玉してるのかと思っちゃった」

 

「今なら誰かに声を当ててもらったと言っても怒らないよ」

 

 散々な言われようにアルは『僕だって真面目にやる時はやるんですよ。上に居る兄とは違って』とジルバヴェールを指差しながら再度面覆い(バイザー)を降ろすと、ストライカーの足に仕込まれた魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)によってデルヴァンクールへ早足で近づくクシェペルカ軍を追い抜く。その速度に慌てた銀鳳騎士団と藍鷹騎士団は早急に出撃準備を進めるのだった。




これにてパッチワーク編は終わりとなります。
後継機に関しては・・・既存の機体にゴテゴテの追加パーツを乗せて無理やり飛ばせるやつ→可変の移り変わりになるかと。

既存の機体については原作からいつの間にか消えた機体を使う予定です。
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