銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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94話

 四方楯要塞(シルダ・ネリャク)東の要塞が陥落したという早馬がデルヴァンクールの城門に飛び込んで来た深夜。ジャロウデクの第1王女であるカタリーナは、すぐさまデルヴァンクールに駐留する黒顎騎士団に防衛を命じた。しかし、平原から逃げ帰ってきた騎士は半ば放心状態で到底戦うことが出来ない者が多く、デルヴァンクールを包囲されるのも時間の問題だったのでカタリーナは戦えない将兵について決断した。

 

「戦えない者を本国へ送ります!」

 

「レビテートシップの準備を急がせます! カタリーナ様もお早く!」

 

「皆が戦っているのに、私だけ逃げ帰るわけにはいきません」

 

 その言葉に騎士達は『おぉっ!』という喜びの声を顕わにしながら部屋から退室していく。やがて全員が退室した後、カタリーナは近くの椅子に力が抜けたようにすとんと勢いよく座り込むと、『あの鬼神の手から逃げきれるものですか』と、先ほどの言葉についての本音を漏らした。

 

 ヴィーヴィルを落とした飛空船(レビテートシップ)や鬼神の情報が先ほど自身に伝えられた今こそ、本来ならば傷病兵と共にジャロウデクへ帰還するのが筋である。ただ、彼女の両足はクリストバルやヴィーヴィルを討った鬼神への恐怖に縛り付けられていた。

 仮に撤退途中に鬼神と出くわした場合、戦闘不能な傷病兵に変わってカタリーナが総大将を務めるしかない。アルケローリクスは既にグスターボの手に渡り、カタリーナが乗れるのは何のカスタマイズもされていないティラントーしか存在しなかった。

 

 量産化された際はあんなにラボを褒め称え、その重装甲に期待していた幻晶騎士(シルエットナイト)。それが鬼神によってまるで紙のように切り裂かれているという報告を聞いた上でティラントーに乗り、鬼神が追って来ない可能性に賭けてジャロウデクに帰還出来るほどカタリーナの肝は大きくなく、かといって飛空船(レビテートシップ)上で何も抵抗せずに降伏することが出来るほどカタリーナのプライドは安くなかった。

 

 だが、四方楯要塞(シルダ・ネリャク)もヴィーヴィルも落とされた今のジャロウデク軍に何を指示すれば良いのか分からず、カタリーナは茫然とデルヴァンクールから離れる数隻の飛空船(レビテートシップ)を窓から見つめていた。

 

***

 

 記者などが取材対象に密着する様を夜討ち朝駆けという。取材対象からすればそれは大変礼を失する行為なのだが、その語源である戦用語としては実に合理的な手段だった。

 

「行け! 王都を奪還するんだ!」

 

「うぉぉ! エドガー隊長の仇ぃ!」

 

「ディータイチョの……仇ぃ! キィエェイ!!」

 

 デルヴァンクール郊外ではクシェペルカ軍の攻勢が止まらなかった。銀鳳商騎士団の第1、第2中隊の中隊長がやられたことにより、その仇を討つのが自らの使命だと胸に刻んだ中隊員は、王都を奪還しようと駆けるレーヴァンティアよりも先に突撃し、ティラントーらを退ける。なお、その横で中隊員の声を聞いていたエドガーとディートリヒは『死んでない!』と声高らかに叫ぶが、地響きが起こるほどの足音にかき消されて中隊員の耳には入っていなかった。

 

「城門は閉じてる……防備も完璧……そんな設備で大丈夫なんですかねぇ」

 

 そんなエドガー達の横で何やら工作をしていたアルが怪しく笑いながら銀線神経(シルバーナーヴ)を握る。その先にはツェンドリンブルが魔導飛槍(ミッシレジャベリン)を放つための垂直発射式連装投鎗器(バーティカルロンチドジャベリンスローワ)が1基置いてあり、通常の物と比べるとかなり大きい魔導飛槍(ミッシレジャベリン)が既に装填されていた。

 

「エドさん、ディーさん。やってしまいなさい」

 

 アルが発した変な文様をもって諸国を漫遊するご老人のような掛け声の後、エドガーとディートリヒは青い法弾を空中に発射。その法弾が空中で炸裂する僅かな合間も待たず、それぞれはデルヴァンクールの城壁に向かって駆け出した。

 

「バトルラムジャベリン。発射!」

 

 法弾が炸裂する音を聞いたアルはすぐさま『破城飛槍(バトルラムジャベリン)』と呼んだ魔導飛槍(ミッシレジャベリン)に魔力を流す。すると、破城飛槍(バトルラムジャベリン)垂直発射式連装投鎗器(バーティカルロンチドジャベリンスローワ)という枷から解き放たれ、一気に宙へと舞い上がった。

 一気にデルヴァンクールの城壁よりさらに上へ舞い上がった破城飛槍(バトルラムジャベリン)は、柄から延びる銀線神経(シルバーナーヴ)を掴むアルの命令に従ってデルヴァンクールの街の中央へ向けて急降下する。

 

「うひぃ! このまま……突っ込む!」

 

 破城飛槍(バトルラムジャベリン)の先端に取り付けられた眼球水晶によって高度が落ちていく様子を専用の幻晶甲冑(シルエットギア)であるストライカーの頭部で確認していたアルは、ジェットコースターに乗っているかのような悲鳴を出しながらも巧みに破城飛槍(バトルラムジャベリン)内の小型魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を操り、幻晶騎士(シルエットナイト)や障害物を避けながら『城門の裏側』に向かってイカルガのような速度で突っ込む。

 

「チェックメイト!」

 

 城門の映像が見えた途端にストライカー頭部に備え付けられた幻像投影機(ホロモニター)が真っ黒になる。そのことから無事に城門に突き刺さったことを確信したアルは魔力と共に魔法術式(スクリプト)を流し込むと、デルヴァンクールへの出入りを担っていた城門は『内側からの爆発』によって破壊された。

 先ほどまで何者も通さないというジャロウデク軍の固い意志が込められたように閉じきっていた城門はすっかり風通しが良くなり、城門付近でクシェペルカ軍の到来を待っていた中隊規模のティラントーは全て吹き飛ばされ、吹き飛んだ拍子に騎操士(ナイトランナー)が気絶したのかうつ伏せに倒れ込んでいた。

 

「むふー!」

 

 先ほどの法弾による合図によって進軍速度を緩めていたクシェペルカ軍には爆破された城門の大きな破片がぶつかり、数機のレーヴァンティアの外装が凹んだこと以外はこれといった被害は出なかった。それとは逆にジャロウデク軍にとっては城門と城門を守るティラントーが無力化される結果となった。

 また、これは銀鳳商騎士団しか知らないことだが、藍鷹騎士団を含んだ幻晶甲冑(シルエットギア)隊が先ほどの騒動の隙に入り込んでいたりする。

 味方の被害は最小限。敵には大損害を体現した攻撃結果にアルの顔は多少ドヤっていた。

 

「アル、派手にやるじゃないですか。後が怖いですが」

 

「どうせ、攻城戦したら色々修繕しなきゃいけないんですからちょうど良いでしょ」

 

 クシェペルカ軍が先ほどまでの緩やかな進軍速度から一転、城門へ向かって走りこむ姿を見ていたアルの後ろからエルがイカルガの拡声器で声をかける。城門は破壊できたが、その見事な壊れっぷりに請求費が銀鳳商騎士団に来るのではないかと少しだけ心配したエルだが、アルは『コラテラルダメージ、コラテラルダメージ』と気にしない様子でイカルガの掌に乗る。

 

「では、撤退するレビテートシップを潰しながら、王族の人を探すとしましょうか」

 

 アルの言葉にイカルガの首が上下に動くと、甲高い魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の音を響かせながら飛翔する。城壁を易々と飛び越えたイカルガは、デルヴァンクールの外まで逃げていた飛空船(レビテートシップ)を片手で掴んでいる銃装剣(ソーデッドカノン)による法撃で手当たり次第落としながら、一気にデルヴァンクールの再奥にある王城まで近づいた。

 そして王城が十分に見える辺りで停止すると、一気に高度を上げてから偵察するように周囲を見渡す。

 

「レビテートシップがひのふの……荷物を搬入中のところを見ると脱出準備ですかね?」

 

 鬼神の襲来に腰を抜かした兵達や飛空船(レビテートシップ)に運び込もうとしている物品から推測し、逃げ支度中だと判断したエルは王族の捜索を続ける。しかしながら、エルの脳内検索に叩き込まれた『華美な服を着て偉そうな人』というキーワードに該当しそうな人物は王城の外には見当たらなかった。

 そんな時、ストライカーの面覆い(バイザー)を外して遠眼鏡で王城の様子を偵察していたアルが、『見つけた』と声を上げる。その遠眼鏡の先にはいかにもな豪勢な服に身を包んだ女性が玉座に座りながら呆然と外を見ている姿があった。

 

「多分、玉座の間ですかね? あの窓から入れそうなので、ちょっと行ってきます」

 

「了解。僕はレビテートシップを落としておきます」

 

 方針と入れそうな窓の方向を伝えたアルは、すかさずストライカーの面覆い(バイザー)を下ろして一息にイカルガの手の中から飛び降りた。空中で圧縮大気推進(エアロスラスト)を用いることで降下ポイントまで移動し、王城に近づくに連れて徐々に大気衝撃吸収(エア・サスペンション)を強めることで減速を掛けていく。

 そして、玉座の間と思われる窓ガラスにぶつかる直前にストライカー全体に外装硬化(ハードスキン)で防御を固め、保険としてアルの身体全体にも身体強化をかけてから身体を丸め、そのまま部屋にダイナミックエントリーを仕掛けた。窓ガラスを突き破る音に、とあるアニメを見るうえでの対価を支払っている気分だったアルは『白い仮面つけてきたら良かった』と、ズダンという豪快を音を立てながら三点着地を決める事によって床に降り立った。

 

「何者だ!」

 

 突然乱入してきた鎧姿の大男に報告を行ってきた騎士が腰に佩いていたロングソードを抜く。その騒ぎに玉座の間へ繋がる扉が勢いよく開かれ、さらに槍やメイスなどを持った数人の騎士が玉座の間に侵入してきた。

 多対一という分が悪い状況の室内。その中でアルは落ち着いてストライカーの右腕を正面に出し、左腕でしっかりと右腕を保持しながら魔力を込めることでガシャリという金属音と共に右腕前腕部がせり上がり、数本もの杖が束ねられた筒が姿を現した。

 

「王族の方。すぐに兵を退かせて下さい」

 

 自分達の存在を無視し、あまつさえ王族に指図すると言う上からの発言。あまりにも状況が読めていない行動にカタリーナの正面で構えている騎士の堪忍袋はぷっつりと切れた。ロングソードを上段の構えながら突っ込む騎士に、アルは身体全体をその騎士に向けるとさらに魔力を込める。すると、先ほどの杖達から細かな火炎弾丸(ファイアトーチ)が連続で射出され、鎧に守られた騎士の腹部を強かに叩き続けた。

 

「ウッうぐ……ギャッ」

 

 魔法がコモンスペルの火炎弾丸(ファイアトーチ)なので鎧は貫かれることはなかったが、着弾による衝撃はダイレクトに騎士に襲い掛かる。数秒と斉射した後にアルが魔力を込めるのを止めると、立っているのもやっとな状態だった騎士がどさりと地に伏した。数秒だが衝撃的な光景によってすっかり静かになった室内に倒れた騎士が握っていたロングソードが床に落ちる硬質な音が鳴り響く。

 

「もう一度言います。すぐに兵を……いえ、もう良いです」

 

「なにをっ!」

 

 煙をもうもうと出している右前腕部をカタリーナに向けて降伏勧告を発していたアルは、ちらりと窓を見るとカタリーナに向けていた腕のギミックを元に戻した。その『まるで手遅れ』のような態度にカタリーナはアルに問い詰めようとした矢先、けたたましい音と共に蒼い鬼の顔面が窓にドワォと映った。

 

「そう……なのね……」

 

 西方統一というジャロウデクの夢を粉々に打ち砕いた鬼神の顔に、カタリーナは手で顔を覆いながらぽつりと騎士達に武装解除を命じる。その焦燥した様子に、アルはカタリーナが自害しないようにその辺の壁にもたれかかっていたが、既に心が折れてしまったのかデルヴァンクール中に響く戦いの音が消えてもなお、手で顔を覆ったままジッとしていた。

 やがて銀鳳商騎士団や藍鷹騎士団の幻晶甲冑(シルエットギア)部隊が王城に突入してきたらしく、階下が騒がしくなってくる。もしかしたら王族を捨て身で保護して逃げ出すかもしれないという少しの可能性を考えたアルは、ストライカーの右腕のギミックを展開し、誤射しないように気をつけながら扉から少し離れた空間に右腕を向けるが、ディートリヒが両手にロングソードを持ちながら扉を蹴破ってきたのを見るや否や、瞬時に右腕のギミックを収納した。

 

「やぁ、ディーさん。エドガーさんもご無事で何より」

 

「君、さっきなにか危ない物をこっちに向けてなかったかい?」

 

「気のせいです。気のせい。仮に気のせいじゃなくても取り返しに来たジャロウデクの兵士だと思っただけですよ」

 

 暗に『気のせいじゃない』ということをサラっとバラすアルだったが、状況が状況なのでディートリヒもこれ以上追及せずに藍鷹騎士団と共に兵士を連行していく。

 

「おっと、エドガーさんちょいちょい」

 

「なんだ?」

 

 しかし、エドガーは兵士を連行する最中にアルが手招きをしたので、近くの藍鷹騎士団員に連行する役目を代わってもらう。何か重要な案件かとエドガーがアルに近付くと、アルはストライカーの拳をエドガーの前に突き出し、『今度は勝ちましたね』と笑いかけた。

 エドガーにとってこの大戦は自身の汚点との戦いだった。カザドシュ事変でテレスターレを奪われなければこのようにジャロウデク王国が力を付ける事もなかったし、クシェペルカ王国も一度滅ぼされることもなかった。

 全ては『たら、れば』の話だが、エドガーの心にはいつもそんな『たら、れば』の疑念が渦巻いていた。だが、そんな疑念を今回の戦いで綺麗に拭い去ったエドガーは、アルの差し出してきた拳に自身の纏っている幻晶甲冑(シルエットギア)の拳をぶつけながら『ああっ』と強く頷いた。

 

「あ、アルフォンス様。国王騎がこちらに向かっています。一応ですが、護衛をお願いします」

 

「了解です」

 

 ノーラからカルトガ・オル・クシェール──エレオノーラが王城に入場してくることを聞き、アルは出迎えをするために玉座の間を後にする。廊下を小走りで駆けていくと、近衛騎士団を伴って玉座の間を目指すエレオノーラの集団と出くわしたので、怪我一つなく無事な様子の集団にアルはいつもの調子で笑った。

 

「おかえりなさいませ。エレオノーラ様」

 

「ただい……あれ、なんで……涙が……」

 

 おかえり。──そう、おかえりなのだ。

 王城を追われ、デルヴァンクールからも追われ、さらには国が一度滅んだ。それでもなお、崖っ縁から再度立ち上がった新生クシェペルカ軍によってエレオノーラは再びここに帰ってきた。

 先ほどの『おかえり』という言葉に今までの1年と少しという長すぎる旅路が走馬灯のようにエレオノーラの頭によぎり、今までぎりぎりまで張り詰められていた緊張の糸が切れたのか、その場でへたり込みながらさめざめと泣いた。そして、その涙に近衛騎士団の中にはもらい泣きしている者も続出し、到底すぐに面会できる状況じゃないと判断したアルは『もうちょっとここでゆっくりしていきましょう』と提案しながら玉座の間へ伝令に行く。

 

(んー、でもどう報告しよ)

 

 しかし、伝令するにしても遅れる理由については報告しないといけないと思ったアルは、迷った末に『エレオノーラ様におかえりって言ったら全員泣いちゃいました』とぶっちゃけた報告をしてしまう。その報告を聞いた藍鷹騎士団の親父は『お前ってたまに心の機微に対してアホになるよな』と呆れられ、ノーラには『アルフォンス様は人の心が分からないんですか?』と咎められた。

 

「失言したのは確かですが、そんなに怒らなくても良いじゃないですか!」

 

「いや、怒ってないがな? こう……相手の気持ちをだな。分かるだろ?」

 

「分かりますけど! いや、おかえりって言っただけじゃないですか! こうなるって予測……納得いかないです!」

 

 アルは『解せぬ』と言った顔で2人を見て抗議するが、後から合流したエドガーやディートリヒに事情を話すと『いつもはこんなに人の心が判らないやつじゃないんです』と逆に謝る羽目になったので、アルは静かに涙を流しながら2人の給料を少し減らすことに決めた。──最悪の副団長である。

 

***

 

 その後、エレオノーラとカタリーナの会話が為された後、エレオノーラが玉座に座ったという報告がデルヴァンクール中を沸かせる。『瓦版』のように街の人々に情報を流す紙を刷っている商会は儲け度外視でその喜ばしい報を絶え間なく刷り続け、商会の丁稚や雇われた者がデルヴァンクール中──否、馬車でデルヴァンクールを発つと道行く先々でそれらを配って行った。

 こうして、1か月もしない内にクシェペルカ王国が再び成ったという報は国内外へ知れ渡った。

 

「で、兄さん。ノーラさんも首尾は?」

 

「抜かりないです」

 

「こちらもある程度のことは調査済みです。こちらの資料をどうぞ」

 

 そんなクシェペルカ王国に住まう民にとって嬉しい報が駆け巡る中、銀鳳商騎士団や藍鷹騎士団といったフレメヴィーラからカチ込んで来た騎士達は束の間の休みを満喫。──するはずがなかった。

 ツェンドリンブルの荷馬車(キャリッジ)一杯にティラントーの部品や魔力転換炉(エーテルリアクタ)が積み込まれている様子にエルはメカを愛する表情を浮かべながらアルに1枚の紙をアルに手渡し、ノーラの方もエルやアルがいつも機体について説明するために作成する報告書のような厚みの紙をアルに手渡した。

 

「了解。じゃあ行ってきます」

 

 それらの紙を手にアルは王城に入り、入り組んだ廊下を歩いた先のとある一室にノックをする。『どうぞ』という許可が出された後に入室すると、ちょうどペンを置いたマルティナがアルの方に目を向けてきた。

 

「エチェバルリア卿、お待ちしておりました」

 

「マルティナ様。数日前から本日までの間に我が商会が仕入れた物品でございます。後、こちらが例の調査資料になります」

 

 アルはマルティナに先ほど受け取ってきた紙束を手渡すと、マルティナはまずエルの書いた『本日の仕入れ状況』を見て相変わらずの暴れっぷりにため息をつく。しかも、完品や脚パーツのみといった細かい報告に、マルティナは『助かるけど読みにくい』と少しだけ読むのが億劫になったので、別の資料──ノーラから託された紙束を開いた。

 

「ふむ。ナガリウス伯爵は工房に稼働状態のシルエットナイトが1機もなく、見張りが居たと……。で? ステビ男爵にジャロウデクの鎧を着た集団が接触……なるほど」

 

「怪しくなさそうなのは軽く調査し、怪しい物はかなり調べたそうです」

 

 マルティナが資料を読む横でアルが補足説明をする。

 この紙束は直球に言うと『親征に参加していなかった貴族が何をしていたかのリスト』だ。

 親征の際、エレオノーラの名前を出してマルティナや近衛騎士団は各地の貴族達にその旨を知らせる手紙を送っていた。その内容も『幻晶騎士(シルエットナイト)戦力が無いのなら騎士だけでも良い』や『途中で合流してほしい』といったハードルを下げに下げた内容だったのだが、それでもいくつかの貴族は参陣しなかった。

 

 それを疑問視したマルティナはエムリスに相談し、クシェペルカ王家が擁する密偵集団と藍鷹騎士団というフレメヴィーラ王家の擁する密偵集団という国家間を超えた諜報部隊を設立。親征に参陣してしない貴族の背後関係を洗い出したのだ。

 

 その結果、出るわ出るわ。ほとんどが地位の低い貴族達だが、クシェペルカ王国を見限ってジャロウデク王国に尻尾を振っていたらしく、物資の横流しや工房の貸し出し、挙句の果てには警邏に来ていた新生クシェペルカ軍の位置を教えて待ち伏せを誘ったりといった書面やジャロウデクの印が押された証拠が出てきた。

 

 中にはジャロウデク軍の見張りが居たり、騎士のみを派遣しようにも立地的にジャロウデク軍に見つかる可能性が高い土地だったりと仕方のない貴族も居たのだが、先ほどのような『寝返り工作』に引っかかった貴族を鈴も付けずに飼っておけるほど現在のクシェペルカ王国は余裕はない。これ以上の対応はクシェペルカ側で行うしかないので、マルティナは調査の打ち切りの連絡をすると共に資料を持って来たアルに礼を言った。

 

「助かります。陛下はまだ政務を取り仕切れるほどの余裕はありませんし、イサドラ・・・・・・にも後々教え込む必要がありそうですね。骨が折れそうですが」

 

「ギャン泣きされそうですね」

 

 イサドラの性格的にこういった『貴族の裏に隠れた闇』に関しての事柄とは相性は良くないと思っているマルティナだが、此度の大戦で人材を多く失ってしまった今のクシェペルカ王国は猫の手すらも借りたい状況である。

 無い袖は振れないのでこういったことに慣らそうと考えていたマルティナは、アルの言うイサドラが行う行動予測に苦笑する。あわよくば、こういった纏める仕事が出来てある程度の事務方も出来る人材──まさに『目の前の騎士』のような人材が居ないものか。そう思ったマルティナは駄目元で、『うちに仕えませんか?』とアルに問いかけてみた。

 

「駄目ですね。フレメヴィーラの騎士名乗ってるんで、そういう交渉はリオタムス陛下とどうぞ。あ、もしかすると先王陛下も話に混ざるかもしれませんが、その時は頑張ってください」

 

「……無理ね。勝てる気がしないわ」

 

 銀鳳騎士団は王家の直轄であるが、現国王のリオタムスよりも銀鳳騎士団を創設して様々な『面白い物』を銀鳳騎士団で体験したアンブロシウスの方が入れ込みが強い。仮にマルティナがリオタムスを言い負かそうとしても、その話を聞いたアンブロシウスが面白がって乱入してくる可能性は大いにあり得る。あっさりと両手を上げるマルティナにアルは『してやったり』とほほ笑んだ。

 

「では、失礼します」

 

「ええ、また報告してくださいな」

 

 部屋から出たアルはそのままエムリスに言われていた救援要請に応えるため──本当は無視したいのだが、無視すると後で殴りこんできてそのまま拉致られるので、素直にエムリスの居室へ重い足取りで向かった。

 その数十分後、『アルが退室した時から誰も入室していない』マルティナの居室から、イサドラが深刻そうな表情を浮かべながら出てきて自室へ戻っていった。

 

***

 

「殿下ー、計算を僕に押し付けるのは良いですけどねー。確認するの殿下なんですよ? 間違ってたら殿下の責任にもなるんですよ?」

 

「なら絶対間違わないようにしろ」

 

「んな無茶な」

 

 現在、エムリスの居室はフォンタニエでエルとアルが使っていた居室以上に紙が乱雑していた。そのどれもが細かな計算式に塗れ、たまにエムリスが書き損じたのか雄叫びを上げながら紙を丸めて投げ捨てる。一応、紙は羊皮紙に比べて高価なものなので、それも経費に入るだろうとアルは先ほど失敗した紙の代金を経費に潜り込ませた。

 

「ほら、まだ報告事項がこんなにあるんですからね」

 

「分かってるわ! ……まぁ、アルが居てくれて助かった。俺1人じゃ到底帰国までに間に合わなかったぜ」

 

「え、なんですか? 気持ち悪っ」

 

「お前、後で1発ぶん殴る」

 

 『まったく』と少しご立腹なエムリスが再び机に齧りついている姿を見習い、アルもおしゃべりを中断すると計算に戻っていく。

 新生クシェペルカ王国がデルヴァンクールを奪還した際、藍鷹騎士団の中から選抜された連絡員がフレメヴィーラ王国へ戻ってリオタムスに一次報告を行っていた。その連絡員が本日、フレメヴィーラ王国で任務を行っていた藍鷹騎士団の別部隊を連れて戻り、リオタムスからの伝言をエムリスや銀鳳騎士団に伝えた。

 

「僕、もうすぐ帰れると思ってたんですが、戴冠式まで居なきゃならないんですね」

 

「一度滅んだ国が新しく興るわけだからな。貴族はもちろん、周辺諸国にもそれを認知させるために各国を招かなきゃならん。それも考えると俺達がこのままここに居るのがフレメヴィーラ的にも助かるっていう寸法よ」

 

 リオタムスからの伝言で新たに銀鳳騎士団に出されたオーダーは3つ。

 1つは現在、エムリスとアルが行っている新生クシェペルカ王国とジャロウデク王国の戦いの報告書である。

 ただ、その報告の中に本大戦で銀鳳騎士団が取得した幻晶騎士(シルエットナイト)の部材といった戦利品の大まかな見積もりも入れて欲しいという追加の要望があった。そういった経緯でエムリスはアルも引っ張り出してきたわけだが、リオタムスはそれも読んでいたのだろう。戦利品は新生クシェペルカ王国の復興に必要なものなので、戦利品の受け取り交渉は手加減してやって欲しいとの通達がエルとアルに言い渡された。

 ただ、そのオーダーを聞いたエルは『じゃ、新生クシェペルカ王国と僕らの取り分を多くするために仕入れに行ってきます!』とクシェペルカ王国から撤退するジャロウデク軍に対して(ティラントー)刈りに赴き、アルはロボ欲のために駆逐されるジャロウデク軍に向けて静かに合掌した。

 

 次のオーダーは本大戦で使用された新兵器である飛空船(レビテートシップ)の資料を作成することだった。

 空を征く船。それは人類が空という新しいステージへ踏み出すために必要な技術である。それらが生み出す莫大な利益はもちろん、飛空船(レビテートシップ)の登場はこの大戦で諸国に知れ渡っているので、フレメヴィーラ王国としても乗り遅れるわけにはいかない。

 なので、ジャロウデク王国の飛空船(レビテートシップ)を核に飛空船(レビテートシップ)を生み出した銀鳳騎士団に自国で飛空船(レビテートシップ)を生産、運用するための資料を用意してほしいとのことだった。

 これにはダーヴィドやバトソンを筆頭に、力のある騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が毎日顔を突き合わせながら紙の束を量産してもらっている。

 ただ、運用資料だけではどうしようもない問題もある。それは、源素晶石(エーテライト)の問題だ。

 飛空船(レビテートシップ)を運用するには大量の源素晶石(エーテライト)が必要である。今まで脚光を得なかった分、源素晶石(エーテライト)の値段は何も対策しなければ恐らく最高値合戦が続けられ、しばらくまともな値段にならないだろう。

 また、源素晶石(エーテライト)は大気に触れると大気中のエーテルに還元されていくことから、詐欺などにも用いられやすいと危惧したアルは、フレメヴィーラに戻る藍鷹騎士団の部隊が出立する前に事前情報やフレメヴィーラ中の源素晶石(エーテライト)鉱山の国営化を上申する書類を書かないといけないと考え、やることの多さに項垂れた。

 

 最後に、新生クシェペルカ王国の再興を見届けてから帰還することである。

 再興を見届ける。つまり、エレオノーラが名実ともに新生クシェペルカ王国の女王となる戴冠式を見届けるまで待機して帰還せよというオーダーなのだが、アルは『早く帰りてぇ』とそのオーダーにだけは不満の声を漏らしていた。

 

 閑話休題

 

「しかし、クシェペルカ王国の貴族を調査とか越権行為では?」

 

「伯母上も承諾している。それに、俺達の商会はサービスの良さが売りだろ?」

 

 リオタムスから下された3つの新しいオーダーだが、そのどれにも先ほどマルティナへ渡した『クシェペルカ王国内の裏切者を調査する』という形で抵触していない。完全なエムリスとマルティナ間で交わされた契約である。

 『サービスの良さ』とはいうが実働部隊として藍鷹騎士団が調査に動いているので、アルは『勝手に売りを増やさないでください』と釘を刺し、お灸を据えるために『わざと』計算を間違えた見積書を1枚、エムリスに手渡した。

 

「……分からんが、とにかく良し!」

 

「それ、間違ってますよ」

 

「やっぱ2発ぐらいぶん殴る」

 

 現場猫案件を指摘されたエムリスが怒りのあまり机を持ち上げようと手をかけた矢先、見張りのために扉の前で待機していたノーラが控えめなノックと共に入室してくる。先ほどまで騒々しかった室内はあっという間に静かになるが、扉を挟んで聞こえていたノーラは『仕事してください』とエムリスに言うと、アルの方を向いた。

 

「カタリーナ様が鉄華の騎士に会いたいとのことですが……いかがしますか?」

 

「カタリーナ様が?」

 

 ジャロウデクの王族とは死体以外何の接点もないので、アルは首を傾げる。すると、ノーラは続けざまに『第2王子や兵を丁重に返還してくれた礼がしたいとのことです』と言ってきたので、ようやく点と点が結びついたアルは手を打ち鳴らしながら納得した。

 『鉄華の騎士』という言葉に、アルは頭の中で板場に幻晶甲冑(シルエットギア)を纏った板前が鉄火巻を作るイメージが浮かんで嫌な顔をするが、会いたいというなら会ってみようとノーラにフォンタニエに捕虜を返還した際にアルが髪に塗った塗料を用意するようにお願いする。

 

「なんだ? 今更変装なんて」

 

「風貌が知られていると厄介ですから。それに、鉄華の騎士はクシェペルカ所属ってことにしといたら周辺諸国からも騎士の質という点で認められやすいでしょ」

 

 変装理由を言いながらアルは部屋を出る。そのまま工房へ寄ってストライカーを纏い、タイミング良く炭を持って来たノーラに手伝ってもらいながら黒髪にしたアルは王城で一番中央から離れた部屋へ赴く。見張りの近衛騎士団所属の騎士に小声で所属を述べると、『分かってますよ』と笑われながら部屋に通されたアルはカタリーナと対面すると膝を折った。

 

「鉄華の騎士、参りました。どのようなご用件でしょうか」

 

「私は虜囚の身。丁寧に接する必要はないのですよ?」

 

 目の前の大男に対してカタリーナは少し自虐気味に答える。目の前の男にとってカタリーナは敵の王族である。本来ならば憎しみのあまり、この場で八つ裂きにされてもカタリーナは文句も言えない。

 だが、大男──アルはカタリーナの申し出に『じゃあ、遠慮なく』と告げると近場の椅子に幻晶甲冑(シルエットギア)を纏った状態で座り込んだ。呼び出した当初から罵詈雑言を予想していたカタリーナはその思いがけない行動に呆気にとられながら、自らも椅子に座ってアルに向かって礼をする。

 

「クリス……クリストバル王子の亡骸とミリシエで亡くなった将兵の遺留品を届けてくれて感謝します」

 

「クリストバル様と将兵の皆さんは、国へ帰られて休まれてますか?」

 

 死んだ人間。しかも敵国の人間もしっかり人間扱いする言葉に、カタリーナは目から涙を流しながら口を自らの手で隠しつつ首を縦に動かす。ドロテオの言っていた『一番騎士らしい騎士』という言葉をその一言だけで理解したカタリーナは、世界の父(ファダーアバーデン)を再び為すために侵略を開始した自国との落差に身が張り裂けそうな思いだった。

 

 そんな大層なことを考えていたカタリーナだが、アルは『他国の人間』である。仮にエルや銀鳳騎士団の面々が戦死した場合は文字通り、この世の果てまで追いかけて報復するほど情の深い人間だがクシェペルカ王国のことなので『死んだらちゃんと奉らないとマサカドっちゃう』と先ほどの遺族へ向ける言葉が出るぐらいに余裕があったりする。

 ちなみにエルは『怨念の力も取り込んで再びこの世を征服しようとする悪の首魁! 興味があります! きっと機体もパワーアップしてるんでしょうね!』と割と死生観がバグっているので、気にしないことにする。

 

 閑話休題

 

「なぜ、返還したんですか?」

 

 静寂だった部屋の中をカタリーナの声が満たす。この部屋に件の騎士を呼んでから聞こうとしていたその問いに、アルは少し悩むと『フォンタニエを守護していたドロテオって人にも言いましたが』と前置きを述べてから本題へと続ける。

 

「人が何をするにも適切な場所があるものです。仕事をするなら執務室。食事をするなら食堂。……亡くなられた方にも適切な場所で休んでもらいたいだけです」

 

 『将兵の方々は遺品だけになってしまいましたがね』と少し残念そうな声にカタリーナは再び目を伏せると、『顔を見せてはくれないだろうか』とアルに問いかけた。その問いにアルは困ったが、変装していることを思い出してストライカーの兜を取り去った。

 黒い髪を靡かせながらアルとカタリーナの視線が交差する。

 

「驚きました。女の騎士でしたか」

 

「いえ、男です」

 

 デジャヴを感じたやり取りの後、カタリーナは自身の首に下げていた紅玉をあしらったネックレスを外すと、『ジャロウデクの第1王女ではなく、カタリーナとして弟を返してくれた礼です』とアルの首に付けた。

 

「ありがとうございます」

 

「……要件はそれだけです。名前はあえて聞きません」

 

 カタリーナの言葉に、アルは『ありがとうございます』と礼をしながら兜を被って踵を返す。扉は再び閉められ、1人になった空間でカタリーナは今回の大戦で犠牲となった将兵達をいかに1名でも多く本国へ帰すかの算段を付けていた。

 

***

 

 大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)から数十年後。クシェペルカ王国ではとある役職が存在していた。その役職は大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)から数年後に出来上がり、その役職に任命される人物には騎操士(ナイトランナー)としての力量もさることながら、他者への労りや思いやりといった献身的な姿勢が求められた。

 

 任命された人物には先代から『紅玉をあしらったネックレス』が継承され、任命者の幻晶騎士(シルエットナイト)の肩部に『鉄で出来た造花』が飾られるのが習わしである。

 だが、残念なことに世代が進むにつれてどのような経緯でこの役職が出来たのか分からず、役職事態も任命できるほどの騎士が居らずに形骸化していく。

 

「なぁ、この役職。初代の名前が無いぜ?」

 

「記録が抜けてるんじゃないか?」

 

 ただ、この役職には1つ不可解な点があった。この役職に一番最初に就いた『初代』の名前がどこにもなかったのだ。

 

 その役職の名は──『鉄華の騎士』




幕間の鉄華が気付けばここまで話が広がりました。後悔はしてない。

バトルラムジャベリン
 シルバーナーヴとジャベリンの切っ先に増設した眼球水晶によって遠隔操作が可能となった攻城型ミッシレジャベリン。
 爆炎のエンブレム・グラフがびっしり刻まれているため、通常の物よりも大型だがマギウスジェットスラスタの恩恵で急加速が可能。
 城門といった弱い部分に突き刺さった後に大爆発を起こして城砦などに打撃を与える。
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