銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

120 / 200
95話

 新生クシェペルカ王国がジャロウデク王国から王都を奪還。その情報はセッテルンド大陸を駆け巡り、西方の諸国が弱った相手に石を投げつけようと根回しを始めている頃。戴冠式まであと少しという大事な時期に、まさかの『戦勝パーティ』が執り行われるという話を聞いたアルは貴族達の頭の中に糠でも入っているのではないかと疑問視した。

 

「そう言うな。戦続きで疲弊している兵や民への慰労も兼ねてるんだ」

 

 ぶつくさ言いながらも、これからフレメヴィーラ王国に戻る藍鷹騎士団員の隊長に源素晶石(エーテライト)に関する上申書を手渡したアル。その後ろからエムリスがパーティが執り行われる理由を言いながら後ろから抱えると、アルの耳が近づいた一瞬の隙に『裏切者を王都に呼び寄せるためでもある』というパーティが開かれる裏の理由を述べながらその場から一気に走り出した。

 その淀みない動きと手際にアルはもはや『人攫い』と叫ぶのを止めてエムリスの行き先をチベットスナギツネのような目で見ていた。王城の中をドカドカと騒々しい足音を立てながらエムリスは慣れた足取りでとある一室にたどり着くや否や荒々しくノックをし、返答を待たずに『銀鳳商会だ! 届け物を持って来たぜ!』と扉を開けて入室する。

 

「エムリス! まだ着替えていたらどうするんです!」

 

「キッドがここに居るんだからそれはないと踏んだんだ!」

 

 余りにも無作法な行いにマルティナがエムリスを叱りつけ、その最中に抜け出したアルは部屋を見渡した。外に見られない様に厚手のカーテンで閉じられた一室には一際豪華なドレスに身を包んだエレオノーラとイサドラが立っており、エレオノーラの側にはキッドも何やら挙動不審な動きをしながら立っていた。何が何だかわからないアルは、事情を聞こうとイサドラに接近してみる。

 

「なんで、こうなってるんです?」

 

「先勝パーティのドレスの衣装合わせ。着替え終わったら、リース兄がいきなり騎士に判定してもらおうって飛び出しちゃったの。……で、ヘレナの騎士様を連れてきてああなってる」

 

 事のあらましを聞いたアルは親征前の衣装合わせのことを思い出してげんなりする。キッドの方は『似合ってる』やら『綺麗だ』と口々に言ってはしっくりこない様子でしどろもどろと考え込み、エレオノーラの方はそれらすべての言葉を真剣に受け入れては頬を赤くさせている。

 

「ちっ、イケメンめ。滅びろ」

 

「ヘレナ、何してるの! そこで抱き着きなさい!」

 

 はた目からして美男美女の姿に目を焼かれたアルは舌打ちと共に恨み節を言い、イサドラはまるで近所に住んでいるおばさんのような野次を飛ばす。すると、エムリスが『なにやってんだ』呆れながらアルをひょいっと摘むとイサドラの正面に立たせた。

 

「おら、アルフォンス。次はお前だぞ」

 

「えー、この前も似たようなことして失敗したんですから良いじゃないですか」

 

「何のためにお前を連れてきたと思ってるんだよ」

 

『ほらっ』と大きな手でアルの背中を叩いたエムリスはニヤけた顔で腕を組む。ここまで来るともはややるしかないと、アルは少しキリっとした表情を作りながら妙に低い声でイサドラの名を呼んだ。

 

「すごく、似合ってる。綺麗だよ」

 

「…………あ、うん。微妙」

 

 たっぷり余白を作った後のなんとも力が籠ってない返答をしたイサドラに、アルはそそくさと厚手のカーテンに近づいて小学生がするようにカーテンに巻かれながらさめざめと泣いた。『キメたって良いじゃない。人間だもの』と渾身の格好付けをハズした言い訳をするアルにイサドラが必死で宥めようとするが先ほどのハズしまくりの格好付けを思い出して吹き出してしまい、火に油を注いでしまう結果となった。

 

「あの、アルフォンス様」

 

「……はい、アルフォンスです」

 

 その時、イサドラの横からエレオノーラが声をかけてきたので、アルはカーテンのスキマからちらりと目だけを出しながらエレオノーラを見据える。それはマナーをかなぐり捨てた行動だったが、この場には見知った人間しか居ないし、そうなる原因を作ったのは自身の娘なのでマルティナは黙っていた。

 

「その、私達を守ってくださりありがとうございました」

 

「出来る可能性が高いと思ってやった行動なので。なんだったら救い料1億万円、ローンも可。ということでエーテルリアクタを1,2個多く包んでもらえると助かります」

 

 落ち込んでいても相変わらずの幻晶騎士(シルエットナイト)好きに、エレオノーラは軽く笑いながら『それぐらいなら』と言うと、カーテンから飛び出したアルが『じゃ、そういうことで』と元気よく部屋から飛び出して行った。その変わり身の早さに全員呆気に取られたが、いち早く正気に戻ったエムリスは『あいつ、日増しに強かになってやがる』という呆れ声にキッドは首を上下に振りながら激しく同意した。

 

***

 

 そんなこんなで戦勝パーティ当日の朝、銀鳳商騎士団は工房に集められた。それぞれが談笑しながら団長であるエルの登場を待つが、その集団の中に1人だけ──キッドとアディの間に挟まるように立っている2人と同じ黒髪にアディと同じ髪飾りをつけた少女が居た。

 

「なぁ、アルフォンス」

 

「アルトリアです」

 

「アルフォ「アルトリアです」あ、うん。アルトリア……ちゃんはどこの誰だい?」

 

「キッドお兄ちゃんとアディお姉ちゃんの2つ下のアルトリア・オルターですがなにか?」

 

 どこぞの王様のような偽名を語るアルトリア──アルに、中隊長達は『また変なこと考えてるな』といつもの対応に切り替える。そんなことをしているとエルがやってきたので、エドガー達が一斉にアルを指差すとエルは『あー、今回は僕が矢面に立つんです』となんとも嫌そうな表情を浮かべる。

 

 銀鳳騎士団は建前だが『銀鳳商会』としてクシェペルカに入国した。そう、例え人外のような強さを持った鬼神を保有していても、馬型という奇怪な幻晶騎士(シルエットナイト)で輸送任務をこなそうと、さらっと新型機の開発を行おうと、彼らは銀鳳商会に属する人間だ。

 ゆえに本当にそんな名前の商会があるんだと勘違いしている貴族からしてみれば、彼らは『喉から手が出るほど欲しい人材達』でもある。『そんな商会よりも給与を出すよ?』や『きみ、いいからだしてるね。ゲッ○ーチームにはいらないか?』といった具合に銀鳳商会の人間を自領の騎士団に勧誘するタイミングとして今宵の戦勝パーティが最適だろう。

 

「──というわけで、兄さんには矢面に立ってもらいます。流石に兄さん勧誘して次に別の人って節操無しは居ないでしょ。……多分」

 

「で、君はそんな格好をしてどうするんだい?」

 

「副団長は体調不良でお休みにした方が勧誘を兄さんの方に集中出来るので。僕は適当に料理を美味い美味い言って、頃合を見たら失礼しますよ」

 

 ハナから最後までパーティに参加する気配さえ見せないアルの勝手さに全員が顔を顰めるが、たしかにエルへの勧誘が多いとなると別の人間。銀鳳商騎士団のナンバー2を狙う貴族も居そうなので、このような対処の必要があるのは分かった全員は何も言わずに口をつぐむ。すると、騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の前で腕を組んでいたダーヴィドが手を挙げた。

 

「銀色小僧、俺達ぁティラントーの残骸や部品の片づけするために不参加だ。そういう引き抜きがあるなら行く理由はねぇ」

 

「そっすね。貴族様の相手より金属とかシルエットナイト相手にしてた方が気が楽っすよ」

 

「了解です。この城の厨房に色々頼んでいるので、後で美味しい物持って行きますよ」

 

 先ほどの引き抜きがあるかもしれないと言う話にダーヴィドは鼻を鳴らしながら不参加を伝え、騎操鍛冶師(ナイトスミス)達もそれに同調する。

 騎操鍛冶師(ナイトスミス)達も新型機の開発や日ごろの整備の手際からこの戦いに大きく貢献してきた猛者ばかりである。騎士という直接的な戦力でなくとも、貴族達からすれば喉から手が出るほど欲しい人材だろう。そんなダーヴィド達の反応もアルは読んでいたらしく、差し入れを手配していることを言うと、ダーヴィドは『期待してるぜ』と言いながら作業を片付けるべく騎操鍛冶師(ナイトスミス)を連れて部屋から退出していった。

 

「さて、大抵の勧誘は兄さんに行くと思いますが、皆さんにも気をつけてもらいたいことがあります」

 

「ああ、引き抜きに関しては首を縦に振らないようにだろ?」

 

「それもありますが、他にも注意していただきたいことが山ほどあります」

 

 そう言ったアルが1枚の羊皮紙を第2中隊の団員に手渡した。その羊皮紙には名前を書く空欄が存在し、その横には別の羊皮紙が被せられており、『銀貨1枚をアルフォンス・エチェバルリアに貸しました』といった借用書でよく見られる内容が書かれていた。

 するとアルは『サインをお願いします』と言うので、団員は怪しいとは思ったが話が進まなさそうなので素直に空欄にサインを行う。

 

「はい、これがダメな例です。わざわざ付き合ってもらってありがとうございます」

 

 サインした羊皮紙を返してもらったアルは、サインが書かれた羊皮紙の横に被せられていた借用書の文言が書かれている部分をぺりぺりと取り除く。その中には『私は第1中隊に編入を望みます』という異動を希望する内容が姿を現したので、それを見た団員が声を荒げた。

 

「ちょっ! 副団長それはないですよ!」

 

「それがありえるかもしれないという注意です。もちろん、これは破棄します。本来は紙を被せているかもしれないので、注意をお願いします」

 

 臭いが部屋に篭もらないように窓を開け放ち、羊皮紙が完全に燃え尽きるまで火炎弾丸(ファイアトーチ)で炙りながら、アルは全員に聞こえるように注意を促す。

 そういった『騙まし討ちに近い契約』は法的な整備が割かし為されていた前世ではアル達も対面することはなかったが、この世界ではたまに偽造書類をやらかして投獄されている事件などアルは耳にしたことがある。

 巧妙に仕組まれた結果、後々にクシェペルカ王家やフレメヴィーラ王国といった国家権力を持ち出して契約をなかったことにすることが出来るとはいえ、表だって余計な波風を立てるのは得策ではない。アルがそう説くと、全員の目が真剣なものに変わる。

 

「また、泥酔しないようにしてください。泥酔状態によって正常な判断が出来ず、長ったらしい契約を読み飛ばして言われたとおりに証明証などにサイン。後から不利益な交渉でしたーという場合があります。また、これは毛色が違いますが異性にも注意です」

 

「異性?」

 

「……あー。確かにパーティなら注意ね」

 

 アルの言った話の意図が分からないエドガーとは逆にヘルヴィは意図を察してどうするべきか考え込んだ。

 パーティでは合間にダンスを挟むのが通例である。その際、男女でペアになるので異性からしたらダンス中に2人きりになるように誘いをもちかけやすい。後は──俗に言うハニートラップを仕掛ければ男女の情を用いて交渉の席に着かせやすいという寸法である。

 

「踊るなとは言いませんが、なるべく銀鳳騎士団で固まるようにお願いします。……あ、エドガーさんはヘルヴィさん以外と踊ったらもれなくケツ引っ叩くので、第1中隊の皆さんは目を光らせてください。イケメンは爆発するべき」

 

 アルの宣言に第1中隊の集団から一斉に野太い声が上がる。当の本人は横に居るヘルヴィが見てきたので咄嗟に顔を横に逸らすといった青春的行動を行っており、それが癪に障ったアルは『では次ぃ』と極端にやる気を落とした声で注意事項を言っていく。

 その後、『異性に部屋に誘われた場合はやんわり断る』や『基本的に固まって行動』といったパーティに対しての心構えを説明し、ちょうど侍女達が呼びにきたタイミングで銀鳳騎士団は戦勝パーティへと踏み込んだ。

 

***

 

「此度の勝利は銀鳳商会の御力があってこそ! ぜひ、商会の支部を私めの領地に!」

 

「いやいや! ぜひともうちに! 余っている土地がございますので!」

 

「あのー、お気持ちは嬉しいのですが……商会はあちらの若旦那に話を通していただかないと」

 

「はい、それはもちろん! ですが、鬼神のナイトランナーたるエルネスティ様にも話を通しておかねばと思い──」

 

 戦勝パーティが行われている部屋の一角で、アルの想定どおりの展開が繰り広げられていた。エルと周囲の大人達の身長差的に事案待った無し、スリーアウトチェンジなやり取りが行われており、その光景に出遅れた貴族が銀鳳商騎士団のナンバー2かつ、ドレイクの炎から王族を守ったと噂される副団長を求めて探し回る。

 しかし、『参加していない』という団員達の言葉に彼らは肩を落としながら諦めるか、『せめて1人だけでも』と別の団員に声をかけるといったことが行われていた。

 

「お姉ちゃん! これ美味しい!」

 

「いやぁ、エルには悪ぃけど。美味いなこれ」

 

「アルちゃん可愛い……幸せ……」

 

 そんな中、立食パーティゆえに料理が盛られたテーブルを陣取って件のナンバー2と騎士団長補佐達が幸せそうに料理を頬張っていた。彼らは一様に銀鳳騎士団の制服を着ているが、アルを中心とするアットホーム感漂う雰囲気にエドガーやヘルヴィといった『大人の騎士』といった感じが全くしなかった。

 それゆえに貴族達は彼らのことを裏方の見習いだと勝手に想像し、実働部隊の騎士を引き抜こうと完全にスルーしていた。

 

「なぁ、エルがすごい形相でこっち見てるんだけど」

 

「うわ、エドガーさんもディーさんもこっち睨んでる。こわー」

 

「実際に部隊を率いて戦っていたわけですからね。……じゃ、私はそろそろお暇させていただきますー」

 

 こちらに一切勧誘が来ないので、周囲で勧誘による総攻撃を受けている銀鳳商騎士団員や貴族の子息に囲まれているイサドラの目が徐々に怖く変貌していく。だが、『知ったこっちゃねぇ』と余裕の表情を浮かべたアルが妙に高い声でキッド達に部屋を出て行くことを伝えていると、数人の男がアル達の前に歩いてきた。

 

「失礼。アルフォンス殿……ですね?」

 

「私、見習いです……けど? 銀鳳商会……ってところに雇われてるんですけど!」

 

 『こんな見習いのような子供にまで勧誘か』と貴族の節操のなさにアルは上を向くと、その男達は一様にとある騎士団の服装をしていた。その集団の中から1人の男──近衛騎士団の団長がアルの前に進み出ると、ペコリとお辞儀をする。

 そのお辞儀の意味にコクンと静かに頷いたアルは『騎士様、アルフォンス副団長は別室でお休み中です。お会いになられますか?』と問いかけた。

 

「ありがたい。皆はここで待機していなさい。私1人で面会する」

 

 騎士団長の言葉に全員が前方の騎士団長にではなく、横に居たアルに向かって周囲にはばれないように小さく礼をする。当然その行動にアルはぎょっとするが、動揺を見せないように騎士団長を伴って部屋から退室すると騎士団長は『皆、君に感謝してるんだよ』と言いながら近くの部屋に通される。

 

「引き抜きの件だったらこのまま退室しますよ?」

 

「とんでもない。君なんか引き抜いたら僕が騎士団長から真っ先に下ろされる!」

 

 今回は一緒に戦った誼で話を聞くだけなので、アルは引き抜きのことを注意すると騎士団長は手を大きく振りながらその話を否定する。どうやら本当に引き抜きは関係ないらしく、アルが拝聴の姿勢を取ると騎士団長は再び大きく礼をした。

 

「我らや殿下を守っていただき、感謝します」

 

「自分に出来ることを必死にやっただけですよ。それに、それを言うなら守れるように魔力を補給して下さった近衛騎士団の方々こそ称賛されるべきでは?」

 

 あの時、魔力を補充されなければパッチワークの外装がさらに破損し、いずれアルの身体は焼け焦げていただろう。それを支えたのは紛れもなく近衛騎士団の幻晶騎士(シルエットナイト)達だった。

 性能なぞ関係なく、ただ魔力を送り込むその行動はアルにとって命綱にも等しかった。しかし、その言葉に騎士団長は頭を振りながら『あの時の私達は半ば折れかけていました』と声を絞り出した。

 

「いくら銀鳳商騎士団の攻撃で弱っていようが前線で暴れ回っていたドレイクです。それが目の前に居て、後ろには忠誠を誓った陛下が居る。……絶望的でした」

 

 両手を顔を隠しながら懺悔するように呟く騎士団長に、アルは心から尊敬の念を抱いた。

 本来ならばそんな状況、1人2人逃げてもおかしくない。だが、騎士団長を中心に彼らは決して逃げずに王を守ろうと踏みとどまった。その忠誠心はいくら黄金を積まれたとしても決して手に入れることが出来ない宝である。

 ただ、そんなことをアルが言っても素直に称賛を受け取ってもらえなさそうなので、アルは何も言わずに騎士団長の独白をただ聞いていた。

 

「そんな中、あなたはただ1人で乗り込んできて……私達を守っていただきました。……本当に感謝しています」

 

「いえいえ、我が銀鳳商会は約束事は必ず守るのがモットーなので。行けたら行くってイサドラ様と約束しましたし」

 

 商売人としては正しいモットーに騎士団長は『そうですか』と笑いながら席を立つ。本当に礼を言いに来ただけらしく、そのまま握手をして解散しようといったところで騎士団長は『そういえば』と思い出したかのように口を開いた。

 

「あの盾、どのように作られたんですか? 我らも見たことが無い光沢を放つ材質なのですが……」

 

「特別性です」

 

 近衛騎士団に回収された際に人目に触れたデュランダル。合間から見える月光に照らされることで妙な光沢を放っていた謎の金属を目にしたらしい団長の問いに、ここで『精霊銀(ミスリル)使ってるんですわ』と答えた日には最悪、フレメヴィーラ王国に帰れないとアルはえらく短い返答を持って終わらせた。

 ただ、精霊銀(ミスリル)を抜きにし、その重量に目を瞑ればデュランダルは拠点防衛用として最高の防御用の兵装である。

 

「その特別性を抜きにした設計書でしたらお渡ししますよ?」

 

「おお、助かります。実は私もなんですが、あの盾にあやかろうとするナイトランナーが何人か居ましてね」

 

 ようやく暗い顔から一気に明るくなる騎士団長に、アルは『別に縁起物ではないですよ』と苦笑しながら簡単に真似できるように精霊銀(ミスリル)を抜いた大楯の概要と機体を重装甲化する上で気をつけねばならない点を軽くメモして騎士団長に手渡すと、アルはそのまま退出した。

 

 その後、近衛騎士団では王都や重要拠点といった大事な場所を警護する大楯と重装甲を施したレーヴァンティア、『レーヴァンティア・ガードナー』が誕生するのだが、アルがそれを知るのはエルとアディが『新婚旅行』と言いながらアルをクシェペルカに引っ張っていった時であった。

 

***

 

 デルヴァンクールの周りを流れる河にその巨体を降ろしたジルバヴェール。その周辺ではいずれ来る帰国に向けて騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が銀鳳商会の取り分であるティラントーの魔力転換炉(エーテルリアクタ)やその他の部材といった物資を後に使いやすいように仕分け、ジルバヴェールの船倉に納めていく。

 

「みんな~」

 

「お、戻ったか。お前ら、一旦作業は中止しろ! 向こうも豪勢にやってる中、こっちだけ働くのも馬鹿らしい!」

 

 ジルバヴェールのかなり大きく設計された船倉に3割程荷物が運び込まれた時だった。文字や記号で表現できそうな走り方をしながらアルが近づいてきたので、ダーヴィドは作業中の騎操鍛冶師(ナイトスミス)達を一旦召集させる。そして、アルがここまで運んできた大八車に満載になった料理や酒といった物を運び出した彼らは、ジルバヴェールの周辺でどんちゃん騒ぎを始めた。

 

 そんな騒ぎの中、アルはアルコール度数の低いジュースのような酒と木の杯を2つ持って静かにジルバヴェールの船倉へ潜り込んだ。月明かりと所々に置かれている魔導ランプの明かりを頼りにアルは船倉の奥まで進んでいき、やがて巨大な物体の側で座り込んだ。

 

「君にも……いっぱいお世話になりました」

 

 木の杯に酒を流し込んだアルは片方の杯をその物体の前に供えるように置く。ヴィーヴィルの炎によって焼失してしまった部品が多く、大破状態を通り越してスクラップとなってしまったパッチワークに礼を言いながらアルは酒を一口含む。酒特有の苦さと果物の微かな甘みを含んだ液体が喉を通った時、アルの脳内に沢山の思い出が蘇ってくる。

 

 魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)の稼働実験で派手にすっ転んだことや、御前試合後に自慢の装備を紹介したこと。司令殻獣(コマンダーシェルケース)との死闘に勝利したことはじめ、様々な戦いを経験したこと。

 アルがなにかを経験するごとにパッチワークは装備を変え、姿を変えた。性能面ではエルの駆るイカルガには到底届かないが、それでも相棒のためにつぎ込んだ時間だけはエルには負けないとアルは自負している。

 

「心臓を入れ替えれば復活ッッになりますが、もはや作り直した方が早いですね」

 

「そうだな。ここまで壊れちまったら作り直した方が早え」

 

 グラップラーが復活したような口調で感傷に浸るアルに、後ろからダーヴィドが声をかけてくる。アルと同じく木の杯に酒を並々とついで上機嫌な彼は、アルの横に座り込むと一息に酒を呷ってから小さく『後悔してんのか』と言葉をかける。その言葉にアルは首を左右に振りながら酒で口を湿らせた。

 

「いえ、僕が決断して作ってもらいました。そこに後悔なんてあったら親方にもパッチワークにも申し訳ないです。……ただ、新しく作った物がパッチワークって呼ぶのも違う気がするんですよね」

 

 機体は作り直すことができるとダーヴィドは言うが、アルはその機体が名前本来の意味である『つぎはぎ(パッチワーク)』を名乗っていいのだろうかと疑問視した。

 既にアルはパッチワークを経て様々経験からエルでいうイカルガのような独自の幻晶騎士(シルエットナイト)の青写真が出来上がっている。未だ技術検証が出来ておらずに歯抜けの部分も存在するが、アルが次世代の自機として作るであろう幻晶騎士(シルエットナイト)は間違いなく、技術検証用の『つぎはぎ』ではないのは確かだ。

 そんな幻晶騎士(シルエットナイト)を『パッチワーク』と呼ぶのは、このパッチワークに対しても失礼だし、アルも不作法極まりないと感じたので、『パッチワークはここでお別れです』と別れの言葉を告げた。

 

「別れの盃ってところか」

 

「ええ、いっぱいお世話になりました。もちろん、親方にもお世話になりました」

 

「おう! 引き続きご愛顧のほどって……泣くやつが居るかよ。……まぁ、そこまで愛着を持ってくれたなら鍛冶師冥利に尽きらぁ」

 

 未だ見えぬ新型機に対する高揚感よりも失った焦燥感の方が勝り、アルの目から水滴が漏れる。その水滴を見ない様にダーヴィドは己の仕事の結果を肴に酒を楽しんでいた。

 

***

 

「それでね! こう言い返してやったの! "ドレイクの炎からも私を護ってくれますか? そうだ! 銀鳳商会に頼んで実際にやってみましょう"って! そしたら全員顔を青ざめて帰って行ったわ!」

 

「ハッハッハ! 良いぞ、イサドラ! しかし、そのぐらいの胆力すらないとはクシェペルカ貴族の子息達も情けないな!」

 

 パーティが終わり、貴族達がそれぞれ宛がわれた自室に戻るか、もしくは歴史の闇に消える頃。げっそりとした様子でパーティ会場を後にした銀鳳商会は、いつの間にか合流していたエムリスとそれについてきたイサドラを伴いながら城を出てジルバヴェールの近くまでやってきた。

 移動中、イサドラは激しい戦いによって貴族が大分減ったことを良いことに、王族に取り入ろうとする貴族の子息をどうやって対処したか──護衛役のヘルヴィが話を聞く限り、『それ、約1名ぐらいしか該当しないわよね』と思うほどの無理難題を語り、エムリスは『いい気味だ』と上機嫌で笑っていた。

 かくいうヘルヴィ自身も『そんなお誘い』が当然あったのだが、アルの指示通りに近くに居たエドガーが少しにらみを利かせた上で矛先を逸らせてくれたので大いに助かった。──のだが、エルを含めた全員がパーティ開始早々に意気揚々と誰かを連れて離脱していったあの副団長をどうやって懲らしめてやろうかと画策していた。

 

「お前たち、ご苦労。アルフォンスはどこへ行った?」

 

「親方とジルバヴェールの船倉で酒盛りしてますよ。なんでも新型機がどうとか」

 

「ほほう。僕に面倒なことを押し付け、黙って新型機の構想を練るとか許されませんよ」

 

「いや、それイカルガに乗る系のお仕事とか言って君もやってただろう。仕事全部押し付けて」

 

 アルが聞いたら身体強化を用いた全力の拳が飛んできそうな暴論。しかも、自分が行った行為を棚に上げた言葉にディートリヒはノータイムでツッコむが、『それはそれ。これはこれです』と適当に流しながら船倉へ向かう。その無敵ぶりにパーティ参加組がいくらかアルに同情しながらエルについていくと、何やら楽しそうな会話が聞こえてきた。

 

「ですから、エーテリックレビテータを小さくできれば空中で浮かんでいる最中に変形できるんじゃないかなぁと思ってます」

 

「マギウスジェットスラスタを1方向に集中させる変形機能と騎士の状態に変形する機能なぁ……。どう運用するのかさっぱりだ」

 

 何やら熱く語るアルとそれを聞くダーヴィドの姿を見つけたエルは、昔にアルが設計していた『可変機』の話を思い出した。たしかにそれぞれの役割に見合った形態に変形を行うのは良い着眼点ともいえるし、ロボット魂的にも正しい。ただ、その可変機に対するエルの裁定は『高速移動中の変形は部材の剥離や圧壊に繋がって危険』という判断が下されていた。

 

(なるほど。エーテリックレビテータを使えば止まった状態で変形可能! やっぱりただでは転びませんねぇ)

 

 アルの言う源素浮揚器(エーテリックレビテータ)を使用した変形方法にエルは言葉を反芻させながら同意する。源素浮揚器(エーテリックレビテータ)により集められた高濃度のエーテルは、起風装置(ブローエンジン)魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)といった外からの力が加わらない限り、浮かび上がる高度を維持する。

 つまり、変形する直前に魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を切りながら源素浮揚器(エーテリックレビテータ)を起動させれば速度が0になっても一定の高さで浮かぶので、その際に変形すれば良いというのが、先ほどアルがダーヴィドに説明した新しい可変方法である。

 

(……ですが、まず飛行可能なシルエットナイトの開発が先では?)

 

 だが、アルは自分の趣味に先行し過ぎたためか、1つ見落としがあった。

 

 まず、この世界には『飛行出来る量産型幻晶騎士(シルエットナイト)』が存在しないのだ。

 イカルガはワンオフの機体なので除外するとして、まずは飛行型の幻晶騎士(シルエットナイト)を認知させることが出来なければ、アルの言う『現地まで高速移動。後に現地で騎士に変形して戦えるといった可変の利点』が理解されることは大変難しい。なので、アルの計画の前段階として『飛行型幻晶騎士(シルエットナイト)を作る』ことが条件になってくる。

 若干、後ろの方から『楽しそう』やら『こっちで気楽な祝勝会してたのか』といったどす黒い感情が渦巻いている最中、ダーヴィドは『話は変わるが』と木の杯を置いてアルに話しかけた。

 

「銀色小僧はクシェペルカに未練はないのか? あの娘っ子のこととかよ」

 

 ダーヴィドの言葉に約1名の心臓が跳ねあがる。

 娘っ子という言葉遣いに少しだけ思うところはあるが、アルの心の中にクシェペルカに対する未練があればそれを参考に引き止めようと企んだイサドラはエムリスを押しのけながら耳を傾けた。

 

「それ、イサドラ様に言ったら叱られますよ。うーん、今のところは未練はないですね。それよりも兄さんと新型機の開発ですかね」

 

(まぁ、僕も飛行型を作りたかったですからね。また2人で面白い物を作りましょうか)

 

「未練……ない……」

 

 アルの言葉にニコニコと笑い出したエルを他所に、イサドラはクシェペルカをあっさり去ろうとするアルに結構ショックを受けていた。まるで全ての希望が打ち砕かれたかのような悲壮感漂う声色に、女性陣は我が事のようにイサドラを慰めていた。

 だが、そんなアルの返答が自身が考えていた内容と違っていたダーヴィドは『あの娘っ子のこと好きだったんだろ?』とイサドラの心臓を再び高鳴らせる質問をアルに投げかけた。その質問に、アルは素面では答えにくいことなのか木の杯を思いっきり呷り、『酒の席ってことで一つ』と前口上を述べた。──もちろん、エル達のことは全く気づかないでアルは話を続けた。

 

「好きじゃなかったらヴィーヴィルの炎に立ち向かいませんよ。ましてや、一番大切な自分の身体や二番目に大事なパッチワークを犠牲になんて絶対にしません。……彼女には色々助けてもらったし、僕も口ではああ言ってましたが僕自身もかなり彼女に惹かれていました」

 

「じゃあ、やっぱり未練があるんじゃねぇか」

 

「ただ……、僕はフレメヴィーラ王国の騎士です。王家直轄の銀鳳騎士団の副団長です。僕も兄さんもまだ陛下からのオーダーを最後までやりきれていませんし、クシェペルカには兄さんが居ないですからね」

 

 酔っぱらいに似つかわしくない芯の通った視線がダーヴィドを射抜く。

 『未だ見ぬ幻晶騎士(シルエットナイト)を作り上げる』。それが銀鳳騎士団が設立された真の目的で、エルとアルが自分達の我儘を通せる唯一の場所である。アルの中でイサドラに対する未練と、その『遊び場』や『エル』を失うことを天秤に掛けた場合、遊び場とエル(ゆめのようなかんきょう)が勝利するのは当然ともいえることだった。

 

「たしかに、銀色小僧が色恋に走ってシルエットナイト作りを疎かにするのは想像できねぇな」

 

「まぁ、ここだけの話ですけどね? 僕は騎士や専用の騎士団や専用機や改造あれこれを条件にした人の手も振りほどいた男ですよ? ……そこまで……寄り添ってくれたのに……突き放した最低な屑野郎ですよ。そんな屑野郎にイサドラ様は不釣合いですし、そもそも別の国ですから……あ、やばい泣きそう」

 

 徐々にマイナス思考になっていくアルに、『やべぇ。藪蛇だった』とダーヴィドが慌てて宥める。その後ろでエムリスや事情の知らない騎士団員が何のことか周囲に聞き、事情を知っているエルは『黒歴史です』と余計な詮索をしない様に告げると、もはや何を行えばアルが留まってくれるのか分からない状態になったイサドラに声をかけた。

 

「イサドラ様。僕が言うのもなんですが、アルは頑固者です。同時に自身の立場や役割も把握している賢い子です。……なので、もしそれでもという気持ちがあれば踏み込んであげてください」

 

「ええ、それでも私はアルが好き。それに変わりはないわ」

 

 その申し訳なさそうなエルの言葉にイサドラは自身の好意を周囲に示す。その男らしさにエルは『あ、はい』と呆気に取られた表情で立ち止まっていると、イサドラは『ひとまず、お母様とヘレナに相談ね』と言いながらジルバヴェールの船倉から出ていく。

 

「ありゃ完全に取る気だな。悠長にしてていいのか? 銀の長」

 

「いや、そこでなんで僕に振るんですか? ……アディも離れてください」

 

「やっ!」

 

 大まかに言えばイサドラもエルも、アルを欲しているのは違いない。ただ、『伴侶』として欲しているイサドラと違ってエルは『抜けられては結構困る人材』として見ているので、まるで三角関係のような口調で発破をかけてくるエムリスに、エルは途中でくっ付いてきたアディを引きはがしながら困った表情で答えた。

 

 一方その頃。

 

「ヘレナ! 近衛騎士団をアルに渡す案はどう思う?」

 

「えっ……えっ!?」

 

「いきなり帰って来て何言ってるんですか! この娘は本当にっ!」

 

 突然戻ってきたイサドラが何やらおかしなことを言う姿に、マルティナはどことなく『ガハハと笑いながら似たようなことを言いそうな甥』の姿を幻視して頭を押さえた。こうしている間にも銀鳳騎士団がクシェペルカを発つ時間まで刻一刻と近づいていった。




今回から数話にかけて後始末回です。
え、イサドラがヒロインなのにどうするかって?
そんなすぐにくっついたら面白くないでしょ。
ハハハ・・・ドウシヨ

拠点防衛用のシルエットナイトや可変機の前に飛行型シルエットナイトを作らなきゃいけないくだりは、黒金失様とホツマ様のコメントより使わせていただきました。
ありがとうございます。

また、ペットボトム様より頂戴したイラストを加工し、タイトルの挿絵として使わせていただきました。重ねて御礼申し上げます。

え?パッチワークもう出てこないのに挿絵詐欺?
・・・ヘーキヘーキ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。