銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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そうかぁ・・・。コミカライズ版、大西域戦争までなのかぁ・・・。


104話

 夕方の時期はとっくに過ぎ去った夜半。エチェバルリア邸から出掛けた2人は慣れ親しんだ道を歩きながらオルター家の邸宅を目指す。

 

「手土産ヨシ。枕ヨシ。ファーラビット3世ヨシ!」

 

「家族への対応がヨシじゃないんだよなぁ」

 

 準備してきた物を確認していくアルにややあきれ顔のエルがエチェバルリア邸でのやり取りを思い返した。

 

 お泊り会の約束をした後、エル達は何事もなくエチェバルリア邸に帰宅した。アルが帰宅したことにより、セレスティナや学園から帰ってきたマティアス、ラウリが忙しなく飛び回るアルの帰還を喜び、上機嫌になりながら豪勢な食事や一等上質な酒に舌鼓を打っていた。

 

 だが、ここでアルの『お泊り会をする』という連絡が響く。大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)から数えると1年以上も満足にコミュニケーションをとっていない息子が帰宅し、ようやく家族でゆっくり出来ると思っていた矢先に友達の家に泊まるという所業に、もちろん家長であるラウリが叱りつけるためにアルを別室に呼んだ。

 しかしながら、数十分後には諦めたような表情を浮かべながら『行かせてやってくれ』と掌を180度返したので、こうやってエル達はオルター邸に足を進めているわけだ。

 

「お爺様に何を話したんですか?」

 

「詳しいことはご想像にお任せしますという言葉ではぐらかして、銀鳳騎士団から脱退者が出るということと、このお泊り会の理由についてを話しました」

 

 ラウリに話したことを思い返しながら説明するアル。プライベートの時間まで銀鳳騎士団(しごと)のことを最優先にする仕事人間の思考となっているのだが、目の前に愚弟(アル)はそれに全然気づいていない。

 エルは、部屋から出てきた時のラウリが憔悴しきったことを思い出して心の中で黙祷を捧げながら注意を行うが、はたしてそれもアルに響いているのかすら怪しかった。

 

 そんなやり取りをしている内に2人はオルター邸へたどり着いた。キッド達の母親であるイルマタルに手土産を渡し、そのまま別室で着替えた2人はキッドの部屋に突入する。部屋の中には既にアディがキッドとカードゲームに興じており、2人の来訪に気付いたアディはエル達の方を向いて笑顔を振りまく。

 

「あ、2人共いらっしゃい」

 

「……なにやってるんだ?」

 

 アディに挨拶を返したエルとアルは、早速とばかりにキッドの部屋を物色する。本棚の中やベッドの下といった『何かが隠されていそうな部分』の探索を開始した。キッドがそれを不審に思いながら2人に問うと、アルは至極当然といった表情で『お宝ないかなぁと思いまして』と返してくる。

 

「ちょっ、そんなもんねぇよ!」

 

「ほんとにござるかぁ?」

 

 年齢的に青年半ばゆえに、その言葉にピンと来てしまったキッドは慌てて家具からエル達を引き剥がす。そんな今世ではした記憶が無いどこか懐かしいやり取りをしながら、4人はカードゲームをしながら雑談に興じる。

 

「なんかライヒアラの街を歩いていたらやたら視線感じるんだけど」

 

「あ、あたしも。たまに声かけられるんだけどなんだろ」

 

「クシェペルカ王国の一件で僕達も有名になりましたし、それらの影響でしょ」

 

 キッドやアディが周囲の視線が気になるという話題を振るが、アルはカードで顔を隠しながら推測を述べる。

 たしかに、クシェペルカ王国の一件で銀鳳騎士団は有名になったので、そこだけ見ればなにも間違ってはいない。ただ、カンカネンで演劇を見てきたので『銀鳳騎士団が有名になったのは推測ではなく確信』である。さらに言えば、『未だ人気は燃え広がりを見せる余裕すらある』ことをアルは意図的に話さないようにした。

 ここで言ってしまったらつまらn──失敬。余計な混乱を生むからだ。……本当である。

 

 そんな時、キッド達の会話に出ていた『有名』という言葉に、アルは商会への挨拶回りで遭遇した出来事を思い出してエルの方に顔を向けた。

 

「あ、兄さん。有名と言えば、イカルガって今後量産する予定ないですよね?」

 

「あ"ぁ"ん?」

 

 アルの唐突な言葉にエルの頭は瞬間湯沸かし器のように沸騰した。持っていたカードを放り出し、アルの胸倉を掴んだエルはグイグイとアルの目に自分の顔を近付ていく。そんな彼らのやり取りに、キッドとアディは慣れた手つきでカードを回収しながら何時でも止めに入れるようにスタンバイを行う。

 

「アルは良い子ですから、何の理由もなくそんなことは言いません」

 

「はい」

 

「詳しく……説明を。今、僕は冷静さを欠こうとしています」

 

 目は一切笑っていなかった。ここで仮に『嘘デース』と言ったが最後、『DEATH』をプレゼントされるぐらいには殺気が籠っている目に、アルは様々な商会にて代表が言っていたことを話し出した。

 

 その話とは端的に言えば『蒼き鬼神はどの機体をベースに作られているのか』といったものだった。茶飲み話としてはバリバリの機密に当たるものなのだが、かの大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)とイカルガは切っても切れない間柄である。なので、このように耳の速い商人がその性能に驚いて多少不作法を犯してしまうのは仕方のないことだと言える。

 

「……で、なんて答えたんです?」

 

「"カルディトーレの系列以外は詳しいことは言えません"とだけ」

 

「十分です。イカルガもカルディトーレの技術を使っているので嘘ではありませんし」

 

 満足そうに頷いたエルがようやくアルを手放すと、一連の流れを理解できなかったキッドが『イカルガが認められて嬉しくないのか?』と聞くと、エルは『それは嬉しいんですがね』と呟きながら頬を掻く。その何とも言えない表情を浮かべるエルをキッドとアディが不思議そうに見つめていると、横からアルが『伝説として勝手にあやかられるかもしれないって、もにょってるんですよ』としみじみと語り出した。

 

「伝説って?」

 

「ああっ! ……ではなく、イカルガの特徴って何でしょうか?」

 

「空が飛べることと……形かな。他のシルエットナイトと結構違うよね」

 

「あとは心臓部も違うってエルが言ってたな。どう違うか分からねぇけど」

 

 キッドとアディが口々にイカルガの特徴を言っていく。それらは全て正しいので、エルとアルが満足そうに頷きながら続けて『その中で真似できるのは何でしょう』と問うた。

 突然の難問に少しだけ呆気に取られる2人だが、銀鳳騎士団内でもエルとアルの弟子と呼び声の高い2人はすぐさま気を取り直すと与えられた問題に真摯に取り組み始めた。

 

「マギウスジェットスラスタは真似できそうだけど……イカルガほど動かすのは厳しいんじゃねぇか? ディーさんでも苦労してたし」

 

「エーテルリアクタは無理かな。エル君が違うっていうんだから普通のとは絶対に違うと思うし」

 

「そうなると、姿形を真似るぐらいしかできないよな?」

 

 キッドの言葉にアルは指で丸を作る。

 魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)はシルフィアーネが普及されれば、技術的には実装が可能である。ただし、それは『実物を作るのが可能』なだけであって、エルと同じように空中で機動戦を行うためには最低限キッドやアディ、アルといった演算能力が必要不可欠になってくる。

 銀鳳騎士団でいち早く魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を導入したディートリヒでも未だに空中機動は無理な所から、そこら辺の騎操士(ナイトランナー)が操るのはどう考えても現実的ではない。

 

 続いて魔力転換炉(エーテルリアクタ)だが、これも皇之心臓(ベヘモスハート)女皇之冠(クイーンズコロネット)といった特注の魔力転換炉(エーテルリアクタ)を用意しなければいけない。材料や作業内容的にこれも独裁国の国王クラスじゃないと手に入らない代物なので、これも安易に真似はできない。

 

 そうなると後に考えられるのは姿形の模倣である。サロドレアやカルダトア、カルディトーレといった機体は前世的には西方の鎧のような意匠で作られているが、イカルガは日ノ本の鎧をモチーフにしている。なので、イカルガの姿を見知っていれば十分に再現可能なのだ。

 

「ん? 別に姿形似せられてもなんともないんじゃね?」

 

「ジム頭……じゃない。カルディトーレの頭部だけイカルガの頭部に差し替えて、"我こそは蒼き鬼神である! "って言ってきたらどう思います?」

 

「……あー、知らない人からすればってやつか」

 

「その通りです。最悪、偽物が負けまくって"鬼神って大したことない"って噂が流れたら銀鳳騎士団的にもちょっとまずいです」

 

 騎士団というはどの国でも戦力の要であり、花形だ。それが『様々なイカルガ』が登場しては散って様子が吹聴されると大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)で有名になった分、落ちる時の落差が大きくなる。フレメヴィーラ王国の幻晶騎士(シルエットナイト)の開発を担っているので銀鳳騎士団自体の運営には支障はないが、好き勝手に騎士団の旗機の偽物を無許可で増産されるのはあまり気分が良い話ではない。

 

「ただし、イカルガは他に操縦難易度も他の量産機と比較にならないので、さっきアルが言ってたことは全部アルの考えすぎかもしれません。僕としても騙りに利用されるのは流石に腹が立ちますが、新しいイカルガのバリエーションが生まれると考えると、中々悪くないかと」

 

「確かに人間というものは得てして分かりやすい物を迎合する性質があります。そうなると、操作しにくい飛行能力をあえてオミットし、陸戦型イカルガっていう案とか良くないですか?」

 

 高コスト機の規格外品を使用した数合わせの機体の構想をイカルガに転用させた案に、エルの脳内ではパラシュートパックを背負って空挺降下するイカルガや、イカルガに着いていないはずの打突用シールドを地面に突き刺した後ろで大型の魔導兵装(シルエットアームズ)を放つイカルガの姿が鮮明に映し出された。

 廉価品とはいえ、対象はエルが心から愛するイカルガ。どんな能力をそぎ落とし、逆にどんなものを強化するかの差配は自分次第という、エルやご相伴に預かろうとするアルにとってまさに好きなもの×好きなものと馬鹿みたいな方程式。その解はすなわち、『ブレーキの消失』に他ならなかった。

 

「あーあ、こうなったらカードも無理だな」

 

「そうだねー」

 

 これまた、いつもの展開にキッドとアディは少々残念そうにしながら本格的にカードを片付け始める。そんな彼らの行動に、アルはここに来た理由を思い出しながら先ほどの夢のような構想を頭から追い出しながら1通の封筒をキッドに見せた。既に封は切られているが、断片からクシェペルカ王国の王家が使用する印が象られていることに気付いたキッドの視線は封筒に釘付けとなる。

 

「この構想は後でするとして……。今回、お泊りを企画したのはキッドにクシェペルカ王国から届いた手紙を見せようと思ったんですよ」

 

「ヘレナちゃんから? 見よ見よ!」

 

 愛称を呼びながら手紙を我先に掴もうとするアディだったが、アルが手紙を持った手を上に上げることで空を掴むことになった。アルの意地悪な態度にアディはじと目で睨むが、気にすることなく『アディにとってのアレです』と未だに陸戦型イカルガについて正座で思いを馳せているナマモノを指差した。

 

「? ……あ。……あーあー……。分かった!」

 

 最初は何のことか分からなかった様子のアディの表情が徐々に変化し、最終的に元気よく手を挙げながら答えると、未だに思考の海を漂い続けているエルを小脇に抱えて部屋から出ていく。その元気の良さにアルは主にエルに対しての心配をしたが、少し下種な話をするとエルぴょいでもエルエルでもしてくれた方が余計な邪魔が入らなさそうなのでさらっと兄を人身御供することにした。

 

「で、手紙にはなんて書いてるんだ?」

 

「え、そんな手紙なんてないですよ? この状況を作りたかっただけなので」

 

 2人が去った後、本題の手紙の事を聞いたキッドだったがアルは手紙は口実だということをあっさりバラす。何がなんだか分からないとばかりに額にしわを寄せるキッドを手招きしながら、アルはキッドの部屋の窓からオルター邸の屋根へと登っていく。

 やがて、屋根を上り切った2人は出っ張りに腰掛けながら静かに月を見投げること数分。ようやくアルが『キッドの本心を聞かせてください』とキッドの目を見て問いかけた。

 

「俺の本心?」

 

「エムリス殿下の御付のことです。行きたくないのか。行きたいのか。どちらなんですか?」

 

 アルの物言いにキッドは黙り込んでしまう。先ほどアルに言われた内容は、本来ならば今日か明日にでも自分自身で考えた末に決めようと思っていた事柄だった。それを先んじて他人に言われてしまったので、キッドはもはや何をどうしていいのか分からなくなってしまったのだ。

 

「アルは……どうしたら良いと思う?」

 

「それをやってしまうとキッドはこの先、僕や兄さんが決めたことしかできなくなりますよ」

 

 アルにしては珍しい叱責の言葉がキッドの耳を強かに叩く。だが、エムリスから誘われたのはキッドであり、その考えにアルの思想が入った瞬間、それはアルの──そして銀鳳騎士団の判断となってしまう。キッドが叱責を受けるのは至極当たり前のことだった。

 

「キッドのことですからゆったり考えようと思ってたと思いますが、こういったことは特別な事でないとそのままだらだらと先延ばしになる可能性がありますよ。いや、なりますね」

 

「言い切ったな」

 

「経験則です」

 

 アルがふんすと胸を張りながらかける言葉の内容にキッドはアルを不審な目で見つめるが、そこはかとない説得力を肌で感じていた。──というのも、この『経験則』。元を正せばアルの前世──大学時代の経験から来ていた。

 大学というものはやる気と目的があれば教育機関になるのだが、惰性を突き詰めてしまえばとことん無駄な時間を消費してしまう。

 その代表例として『明日から真面目にやろう』とベッドの中で微睡ながら決意したはずが、次の日には『今日はだるい』と講義をサボってしまうことも多々あった。ただ、テストや論文の発表前だけ限定で『これだけはやる!』と宣言してしまえば火が着いたので、アルはキッドの本音と共に火を灯らせようと画策していたのだ。

 

「俺自身は行きたいと思ってる。でも、俺にとっては銀鳳騎士団も大事なんだよ。分かってくれよ」

 

 だが、キッドは成人はしているが大人から見てまだまだ幼さが残る齢だ。どうしても今まで育って来た古巣を離れるという決心が付けることが難しかった。その葛藤を傍で見ていたアルはどうアドバイスして良いのかと悩むが、アルが助け舟を出す前にキッドがアルを呼んだ。

 

「もし、俺がクシェペルカ王国に行くことにしたら……俺の居場所……じゃない! 銀鳳騎士団は除籍になるのか?」

 

「ああ、なんで僕達の考えを聞こうとしていたのかようやく理解できました。大丈夫です、騎士団長補佐……キッドの席はちゃんと開けておきますので向こうで活躍しちゃってください。ただ、向こうでの居場所が見つかった場合は連絡してください」

 

 キッドの口からまろび出た本当の理由を聞いたアルは、ニコリと笑うといつでも戻って来れるように『キッドの居場所』を残し続けることを約束する。その言葉を聞いたキッドはほっと一息つきながら『なら、喜んで行かせてもらうよ』と決意の言葉を発する。

 

「おや? エレオノーラ様のことはもう腹を括ったんですか?」

 

「いいや? エムリス殿下も友好国への大使として行ってるんだから、滅多な真似はしないだろ。向こうでじっくり考えることにするさ」

 

 一世一代の決定をしたばかりの心身を労うように、キッドは屋根にごろりと寝転がる。

 流石に『銀の長、魔獣の巣ぶっ潰しに行こうぜ』や『アルフォンス、ちょっと飛空船(レビテートシップ)で遠出しようぜ』と、割と自由気ままに銀鳳騎士団を使うエムリスでも、自国ではないクシェペルカ王国で大使という大役を預かって(くさりにつながれて)いれば多少大人しくなるだろう。その間にじっくり考える時間が出来ると踏んだキッドの意見に、アルは『ならば大丈夫ですね』と同調する。

 

***

 

 1人の男が決意を固めてから、しばしの時が流れる。その男──キッドは既にエムリスと共にフレメヴィーラ王国を出立していた。

 出立する日にはとある男が出立途中の一団を止めてまでキッドと何かを話したようだが、エムリスが何度聞いてもキッドは『男と見込まれたんですよ。殺し文句ですよね』と詳細は頑なに明かさずにフレメヴィーラ王国に別れを告げる。

 そして、変化が起こったのはなにもキッドだけではない。銀鳳騎士団も大きくその役割を変える準備に取り掛かっていた。

 

「はい、ではいつもの乱捕りを行います。本日も第1、第2、第3中隊の皆々様が相手なので、下手したら大怪我しますよ」

 

「フーロイドくぅん! あっそびましょぉ!」

 

「やだぁぁ!」

 

 朝の日差しが降り注ぐ砦の練兵場では全体的にガッチリムッキリとした外観の健康的な肉体を持った銀鳳騎士団員に囲まれたフロイドが今日も元気に叫び声を上げていた。

 ただ、ガチムキの野郎共の中に女性騎士も当然混ざっているので、野郎共と一緒にされた彼女達はフロイドをどんな祭りに上げてやろうかと喧々諤々と話し合いを始める。

 

「交戦ルールは制限時間を生き残ってください。あと、大きな怪我をさせるのはダメですよ。また、怪我して動けない人が出た場合は気づいた人達で運んでください。……まぁ、いつものです!」

 

 そういうと腕に装着したアガートラムを媒介に身体強化を施したアルは、数箱ある木箱の中身をランダムで練兵場全体に撒き散らした。木製の槍や斧、剣といった木製武器の類や、同じく木や革で出来たヘルメットや篭手などといった防具。変わり物としてその辺の木の棒や料理で使うお玉や鍋の蓋といった物が練兵場に落下し、運が悪い中身は地面へ衝突した際の衝撃で折れ曲がったりしていく。

 

「デュエルの開始を宣言しろ! 磯野ぉ!」

 

「……誰だい?」

 

 謎の人物を呼び掛けたアルだが、アルの横には審判と進行役のディートリヒしか居ない。困惑しながらも一応開始を指示されたディートリヒは乱捕りの開始を宣言した。──瞬間、練兵場は大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)も霞むほどの怒号が満ちた。

 

「おらぁ、かかってきやがれぇ!」

 

「お玉ー……キィック! お玉ー……パァンチ!」

 

「それお玉関kぶへぇ!」

 

 槍を両手でブンブン振り回して威嚇していた第2中隊所属の団員がお玉を片手に装備しただけの同じく第2中隊所属の団員の徒手空拳──本人は後に『お玉真拳』と名付けたそれで沈め、第1中隊は即席の部隊を編成して自身達の身を守りながら防具をメインに武器の確保に勤しんでいるところを第3中隊の団員達の強襲を受けている。

 

 これは大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)で学んだ『乱戦は武器の取捨選択が厳しい』という教訓に対応した訓練である。ランダムに撒き散らされた損傷度がランダムな武器や防具。はたまた、武装として怪しいものといったアイテムをいかに使用し、いかに立ち回るかといった思考力と継続戦闘能力がこの訓練の肝となっている。

 なので、事前に同盟を組んだり部隊単位で動いてもそれは『立ち回る前の根回し』としてカウントされているので、別にルール違反にはならない。──当然だが、裏切っても良い。しかし、後で酷い目に合うのは確実なので、現在はアルぐらいしか裏切り行為を行ったりはしていない。

 

「あ、盾みっけ。確保確保」

 

 そんな乱闘の中、『身体強化と圧縮大気推進(エアロスラスト)しか魔法は使用しない』と独自の縛りを設けていたアルは第1中隊と同じように武器拾いに専念していた。背中には2本の棒がX字に括りつけられ、腰には1本の紙を蛇腹上に居って纏めた伝説の武器(ハリセン)を装備した彼は、木製のタワーシールドを持つや否や、ニヤリと笑いながら圧縮大気推進(エアロスラスト)と身体強化を用いながら一直線に第1中隊所属のとある小隊に突貫した。

 

「げぇ! 副団長が盾持ったぞ! 逃げろ逃げろ!」

 

 蒸気機関車のような力強さで突っ込んでくるアルに集まって防御陣形を組んでいた小隊は数人単位で陣形を解きながら退避していき、アルが陣形を組んでいた場所を通った時には最後に残った一人が飛び込み前転で無事に回避していた。陣形の解き方や指示の出し方、どれもが中隊長の性格がよく出ていることにアルは再び小隊に向かって突っ込もうとしたが、ディートリヒの大声がその動きを止めさせる。

 

「なんですか?」

 

「こちらもそろそろ時間だよ」

 

 ディートリヒの続けざまの言葉にアルが太陽を確認。そろそろ次の予定が近づいていることを思い出すと、槍や槌を持った団員達に追いかけ回されるフロイドを回収しながら近くの団員に進行役を任せると、ディートリヒと共に格納庫近くに併設された幻晶甲冑(シルエットギア)の保管庫へ向かう。

 

「やれやれ、また飛行訓練とは……グゥエラリンデに乗る時間もないね」

 

 保管庫へ入ったディートリヒはぶつくさ言いながらも幻晶甲冑(シルエットギア)の貸し出し名簿に記帳をしながら当直している団員から紋章式認証機構(パターンアイデンティフィケータ)となっている銀の短剣をもらう。アルとようやく合流したフロイドもディートリヒに倣って銀の短剣を当直員から受け取っていると、既に幻晶甲冑(シルエットギア)を着込んだヘルヴィとエドガーが保管庫の扉を開けて顔だけ覗かせる。

 

「遅いわよ、ディー。教導役として覚えることが山積みなんだから」

 

「ヘルヴィ。そうは言うが今日は……"アレ"だぞ」

 

 緑のラインが着色された幻晶甲冑(シルエットギア)に搭乗しているヘルヴィが遅れてきたディートリヒに喝を入れるが、白いラインが着色された幻晶甲冑(シルエットギア)に搭乗しながら空の彼方をいつもの覇気がまるっきり感じられないような表情で見つめるエドガーが珍しくヘルヴィに茶々を入れる。

 今から行われる『アレ』に対し、アル以外の全員は意気消沈したようにため息をつきながらも全員の幻晶甲冑(シルエットギア)への搭乗をもって保管庫横の工房へ足を運ぶ。

 

「おう、来たか。シルフィアーネはあいつらに任せてあるからとっとと準備しな。トレーナーの方はすまねぇが、これから準備するから来てくれ」

 

 5人が工房の扉を開けると、その音に気付いたダーヴィドが奥にあるシルフィアーネと比べると倍近く大きい機体を指差しながらアルとフロイドを手招きする。そして、シルフィアーネの方は既に発進前の点検も済ませているらしく、エドガー達は翼の先端をそれぞれの色に塗り分けられたシルフィアーネに近づくと前に立っていたそれぞれの機付長と2~3度言葉を交わしてからシルフィアーネに乗り込んでいった。

 

「さて、では僕達も行きますか」

 

「いやいや、ひたすら空を飛ぶ感覚を覚えさせられただけですよ!? 操縦方法これっぽっちも教えてもらってないんですが!」

 

 エドガー達がシルフィアーネに乗り込む姿を横目にダーヴィドの後に着いて行こうとしたアルだったが、後ろからフロイドの抗議の声が耳を叩く。──というのも、フロイドはシルフィアーネ特有の機構である脱出装置の修練や、脱出装置の他にシルフィアーネの操縦桿も担っている特別な幻晶甲冑(シルエットギア)である『降下甲冑(ディセンドラート)』の装着方法や操作方法といった初歩の初歩は教わっているが、シルフィアーネの操縦や戦闘機動といった空を飛ぶためのあれこれといった説明は未だ受けていなかったのである。

 

 ただ、この会話は既に何度も交わされた後なのでフロイドも内心、『どうせ聞かないんだろうな』と諦めかけていたが、アルは『何日も説得してきてるので教えますが』と多少渋い顔をしながらフロイドの説得に対する答えを言い始めた。

 

「別に意地悪で教えてないってことはないですよ。このシルフィアーネ・トレーナーは教導目的で作られた代物です。予備知識が0の状態の人を乗せた場合はどうなるのか、色々やってみたいんですよ」

 

「さいですか」

 

「さいです」

 

 アルの自慢げな表情を視界に納めながらフロイドは目の前のシルフィアーネを見つめる。

 

 シルフィアーネ・トレーナー。教導機を現す『トレーナー』の名を冠した本機は、カルディトーレ・トレーナーと同じく操縦席が上下合わせて2つ設けられている。また、魔導演算機(マギウスエンジン)にも教官側の操作したレバーやボタンが生徒側にも反映されるなどといった教導機用の魔法術式(スクリプト)が保存され、さらには教官側の操縦席と生徒側の操縦席を繋ぐ伝声管も新たに取りつけるといったアップデートが為されていた。

 

 だが、操縦席の2つ付けは空を飛ぶためにあらゆるものをそぎ落としたシルフィアーネの身体には大き過ぎた。各部品も、これ以上縮小化すると性能が著しく下がるというエルやダーヴィドの見解から、アルはこのシルフィアーネ・トレーナーの筐体を大きくするという道を選んだ。

 

「……まぁ、出来た余剰スペースに僕の趣味が多分に含まれている感が否めないですがね」

 

「たしかに後ろ向きに放つシルエットアームズとか、追加武装込みの装甲とかいらないでしょ」

 

「戦闘訓練もするんでゴツめが良いんですぅ」

 

 ただ、このシルフィアーネ・トレーナー。先ほどアルも言っていたが、筐体を大きくしたことで出来た余剰スペースに多大な男のロマンもとい、アルの趣味が多分に詰め込まれていた。

 例として、一部の飛行機で使用されていた後部銃座のように背部に取り付けられた魔導兵装(シルエットアームズ)だったり、翼に懸架された大量の穴の内に小さな魔導飛槍(ミッシレジャベリン)が詰め込まれたブロック状の装備だったり、頭部兵装だったりとかなりの重武装が組み込まれているが、大型化したことで魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を初めとした主要部品が大型になっているので性能は良かったりする。

 

「それに、今回はイカルガとの模擬戦があるので耐久テストも兼ねてかなり振り回す予定ですから。そのつもりでお願いします」

 

「……聞いてないんですが」

 

「言ってませんもん」

 

 至極当然のように返しながら、埒が明かないとシルフィアーネ・トレーナーの生徒用操縦席にフロイドを蹴り入れたアルは上の教官用操縦席に入り込む。そのまま降下甲冑(ディセンドラート)をしっかりと固定させると、伝声管を通してフロイドに計器のチェックに入るように指示する。

 

「イカルガと模擬戦とか無茶に決まってるじゃないですか! 相手は騎士団長機ですよ!」

 

「まぁまぁ、一先ずチェックを済ませましょう。……あの恨み、晴らさでおくべきか」

 

「なんか言った! 絶対なにかしら無茶やらすつもりだ!」

 

 フロイドの不安そうな声が操縦席を満たす中、アルは操縦席をざっと見渡して備え付けられているレバーやボタンに異常が無いか確認する。シルフィアーネに共通する物もあればシルフィアーネ・トレーナー特有の物もあるが、アルは決して慌てることなく1つ1つを確認していく。

 やがて、レバーやボタンといった入力装置の確認を終えると、アルは次に出力装置である計器の確認に入った。

 

「エーテル量の計器、マナ・プールの計器、正常。整備員に感謝」

 

 すると、フロイドも計器の確認に入ったのか、正直者には5機に見える編隊員のような言葉を唱えながらチェック項目を進めていく。

 そして、魔力転換炉(エーテルリアクタ)に灯を入れる前の計器には何の異常もなかったことを両者で報告し、そこでアルはやっとシルフィアーネ・トレーナーの紋章式認証機構(パターンアイデンティフィケータ)である銀の短剣を刺し込んだ。

 

「親方―、外側のチェックお願いします」

 

「任せとけー。トリガー、良し。操縦席開閉確認、良し」

 

 声をかけられたダーヴィドは固定器(トリガー)と呼ばれる機体を地面に縫いとめる器具がしっかりと機能を果たしていることや、操縦席を開閉する機構が正常に動作していることを指差し確認しながらアルに伝える。その報告を聞いたアルは続いて源素浮揚器(エーテリックレビテータ)を起動するスイッチを押下、出力を緩めに調整して機体をわずかに浮き上がらせる。

 

「マギウスジェットスラスタの確認に入ります」

 

 外に確認事項を伝えたアルが鐙を軽く踏むと、機体の後部に存在する魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)から陽炎が揺らめく。そこからあまり間を置かずにスラスタ後部から小さな炎の尾が生え、その現象に従って機体はゆっくりと前に進む。

 

「動作確認! 次ぃ!」

 

 固定器(トリガー)によってこれ以上前に進むことを阻まれたシルフィアーネ・トレーナーを確認したダーヴィドは、手を大きく振りながら合図を送ってからシルフィアーネ・トレーナーの両翼が良く見える位置へ移動する。

 ダーヴィドが移動する最中、合図を見たアルは魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を完全に停止させると、続いて操縦桿を動かすことで各翼の可動部が動いていることを確認してもらう。

 

「翼、OKだ。次は魔導光通信機の点灯確認だったな。"ヤジリ ジンケイ"で点灯させてくれ」

 

「了解です」

 

 ダーヴィドの指示に、アルはボタンを一定の調子で連打する。すると、ボタンが押し込まれるごとに機体のひれの部分に存在する魔導光通信機(マギスグラフ)が明暗し、その符号を読み取ったダーヴィドがアルに『離陸準備に入れ』と大声を上げる。

 その声の通りに魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)が完全に停止していることを再度確認したアルは、固定器(トリガー)を機体下部に収納した後に再度魔導光通信機(マギスグラフ)を点灯させた。

 

「お前ら、押せー!」

 

 魔導光通信機(マギスグラフ)の符号を見たダーヴィドは、近くの騎操鍛冶師(ナイトスミス)達と協力して機体を工房の外へと押し出し始める。既にエドガー達のシルフィアーネは外で待機しており、残すはアルの機体のみだ。

 源素浮揚器(エーテリックレビテータ)から発せられる弱めの浮揚力場(レビテートフィールド)の作用により、機体は屈強な騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の剛腕によって瞬く間に外へ押し出された。

 

「全員揃ったな? よし、浮上!」

 

 全員が揃ったことを手旗で確認したエドガーの号令で全員が源素浮揚器(エーテリックレビテータ)の出力を少しずつ上げる。以前、ディートリヒがいきなり出力を最大まで上げ、上空にて激しく吹き荒ぶ風によって激しくバランスを崩して大事故を起こしかけたので、全員はその様子を反芻させながら慎重に操作を行っていく。

 

『ワレ センコウ ヤジリ』

 

 そうして全員が砦を一望できる高度まで上がったところで、エドガーの乗っているシルフィアーネの魔導光通信機(マギスグラフ)が点灯し始める。未だ完全にルール化していないためか、単語のみの符丁でやり取りをしながら彼らはくの字型の陣形を素早く整える。

 そのまま進路をクロケの森側に向けてしばらく遊覧飛行を楽しむアルだったが、エドガーのシルフィアーネが陣形を三角に変更するように指示を出した。

 

「ん? なんでしょうかね」

 

 特に陣形を組み替える意味が見当たらないのだが、現在の隊長はエドガーなのでエドガーのシルフィアーネの背後にシルフィアーネ・トレーナーを寄せ、ヘルヴィやディートリヒがシルフィアーネ・トレーナーの側に自らの機体を寄せる。

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、イカルガと戦うからな……。俺じゃ荷が重い」

 

 空中でも良く聞こえるように出力を調整した拡声器から頼りなさげな言葉が聞こえる。エドガーからしてみれば、銀鳳騎士団最強の騎操士(ナイトランナー)が同じく銀鳳騎士団最強の機体を引っ提げて『身体は闘争を求める(あそびましょう)』と言ってきているのだ。

 しかも、こちらは最新鋭機と言えば聞こえは良いが、実際は試作機。潤沢な資材と最新鋭の技術によってそこら辺のカルディトーレよりも性能は良いとは思うが、イカルガにぶつけるには少々頼りない。──ぶっちゃけ、自身の指揮で味方がどんどん撃墜されるのは精神的に悪いし、操縦も覚束ない現状ではとても指揮が出来る練度ではなかった。

 

「なんだい、エドガー! 普段の君らしくないね!」

 

「そうよ! いつもは"与えられた役割に徹する"とか言ってるじゃない!」

 

「じゃあお前達のどちらかが隊長で良いんだな? ……おい、なんとか言ってくれ!」

 

 模擬戦を行う場所として数週間前から立ち入りを禁じている森の上空に佇んでいるであろう魔の者(イカルガ)と会敵するまであと数十分。先ほど軽口を叩いていた頼れる仲間達は皆死んだように口を閉じた。その様子にエドガーは魔導光通信機(マギスグラフ)をおざなりに光らせながら隊長を代わってほしい旨を伝えるが、苦楽と青春を共に味わった仲間達は一向に答えない。

 

「了解。じゃあ、隊長交代します」

 

「良いのかい? 相手はエルネスティだよ!?」

 

「僕は例え、エドガーさんやディーさんやヘルヴィさんが撃墜判定喰らおうとも、あのエチェってる頭に一発ぶち込めればそれで良いんで」

 

「あー……。ほどほどにな」

 

 アルが仲間を仲間と思っていない様な非情な言葉を放つが、言葉の最後に漏れたアルの本音にエドガーは得心した。

 

 アルがここまで怒っている理由。それは彼がせっかく手直ししたスクランダーが国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)へ送られたことに起因する。

 本来ならばじっくり腰を据えて追加装備(オプションワークス)に仕立てようとした本機は、エルの『源素浮揚器(エーテリックレビテータ)などの小型化の資料と共にスクランダーは国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)で面倒見てもらいます。なので、アルは手が足りないのでシルフィアーネ開発と教導に参加よろ☆』という鶴の一声によって国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)へ送られてしまった。

 当然、アルも『僕が一番スクランダーを上手く調整出来るんだ!』とどこかの天パのようなセリフで戦ったが、騎士団長命令の前にあえなく首を縦に振るしかなかった。

 

「──で、なんですが。あのエチェ公に一矢報いるために。……ゴニョニョ」

 

 段々エルのことを失礼な呼び方にしていくアルに、ヘルヴィが『君もエチェバルリアだよね?』と疑問を口にするが、聞こえてくる作戦に全員は耳を傾ける。そうしている間に、恐らくエルと共に出かけたと思われるアディのシルフィアーネがアル達の幻像投影機(ホロモニター)に映りこんだ。

 

「では各々方! よろしくお願いします!」

 

 幻像投影機(ホロモニター)の先に映る豆粒の様な蒼い物体を視認したアルは、それぞれのシルフィアーネに声をかけながら操縦桿の親指を掛ける部分に増設された引き金に指をかける。すると、イカルガもシルフィアーネの来襲に気づいたらしく、シルフィアーネの魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)に負けない様な爆音で一気に距離を詰め始める。

 

 クシェペルカの蒼き鬼神と空を駆ける4機のシルフィアーネ以外何もないクロケの森奥地の上空。そんな彼らはあらかじめ決めていた取り決めに従って鐙をひたすら強く踏みつけた。

 

 交戦規定はただ一つ。──生き残れ




シルフィアーネ・トレーナー
 飛行型のシルエットナイトであるシルフィアーネの教導機。その大きさはシルフィアーネのおよそ1.5倍にもなるが、余剰スペースを全てアルがロマンを詰め込んだので余剰がほとんどない。
 現在確認されている兵装は以下の通り。
 『頭部兵装』
 『翼に懸架されているミッシレジャベリンが詰め込まれた箱』
 『操縦席と操縦席の隙間に、後ろ向きで取り付けられたシルエットアームズ』
  ※脱出の関係上、操縦席は隙間を開けなければ危ないため。脱出の際はシルエットアームズも装甲と共にパージされる。

 あと、地味に操縦席回りや翼に装甲が施されている。
 メインを濃い緑。翼の先端やラインは黄色というどこかの教導隊のようなカラーリングとなっている。
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