楽しみにしていただいている方々には申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
アルが再度教鞭を執ることになって初めての授業が終わり、ついでに一部の上級貴族の頭を悩ませる問題を丸投げして数日が経過した。例の
ただ、父親であるクヌートから家督を譲ってもらったばかりの現公爵が
さて、そんな雲の上に住んでいる様な人物の話はさておき。我らが銀鳳騎士団はというと──
「何か思ってたのと違う……ですか?」
アルの下に数人の人間が集まり、それぞれがどんよりとした気配を纏いながら自身達の内情を吐露していた。
彼らは銀鳳騎士団が作った
そんな彼らがなぜアルに頼ってやって来たのか。それは単純に年が近くて話が分かりやすいからである。エドガーやディートリヒは未だ青年と言っても差支えない年齢なのだがすでに老練の騎士のような圧を放っているし、かといって紫燕騎士団員達からは『癒しの女神』と呼び声の高いヘルヴィに話を聞いてもらうのもなんだか違う気がする。──別に、後ろで『お?やんのか?』と無意識な威嚇をしているガチムキに恐れをなしたからでは…………断じてない。
そうなると、必然的にアディかアルのどちらかになるのだが、アディの教えは感覚派なうえに擬音多様で理解が追い付かないので除外すると、残ったのはアルだけとなる。ただ、アルも現役教官なためか座学に飽きられない様に開発時の小話や操縦時の豆知識を披露するなど、教えられる側に寄り添っての座学の仕方が好評なので、多少頼りにされていたりするらしい。
「せっかく騎士団に配属されたのに、実機の操縦訓練をしてないんです」
「あー、気持ちは分かります」
彼らの想像していたことを正しく頭に中で描いたアルは、現在の訓練内容を鑑みて紫燕騎士団員達に同情する。
紫燕騎士団は新たに発足した騎士団なので、騎士達全員に機体が貸与される。なので、本来であれば全員が既に
ただ、紫燕騎士団が担う
なので、エドガーやディートリヒといった
しかし、団員の中には学園を卒業したての雛も混ざっているような状態の紫燕騎士団。理屈では分かっていても、こう実機を乗り回せない訓練が続くとフラストレーションも溜まっていき、毎日反復する訓練を続けていると訓練の目的も忘れていくものだ。
そんな彼らの言いたいことも分かるし、なにより教官の1人に入っている自分を頼るほど困っているのだろうと察したアルは少しばかり思案する。
「ふーむ。では訓練の目的を思い出させるため、手始めに次の座学に脱出のお話でもしますか」
「ありがとうございます!」
自分達の要望が聞き入れてもらえたことに喜びながら部屋を出ていく紫燕騎士団員達。全ての団員が部屋から出ていくのを確認したアルは、ニヤリと口元を歪ませると机の引き出しを開ける。中には丁寧に閉じられた便箋が2通あり、それぞれの宛先を見たアルは送り先を間違わないために蜜蝋を一滴垂らすとそれぞれ別の印章を押し付けた。
「あっちが退屈だって言ったんですからね。僕は悪くないですよ」
『自分は悪くない』や、『何も強要していない』と誰も居ない室内で良い訳を繰り返しながら蜜蝋が乾いた便箋を何気なく窓わくの内側に置いたアルは、そのまま窓を軽く叩いてからカーテンを閉める。
すると、窓を開ける小さな音と共に外気が部屋の中に少し入ってくる。カサリという紙が擦れる音と『お預かりします』という言葉の後、再び元の静寂が戻ってくる。
「いけませんねぇ。代替機をポンと出してもらうためのネゴシエーション能力はともかくとして、無事に自陣に戻ってくる技術がないとイジェクト名人は名乗れませんよ」
虚空に向かって割と物騒なことを言いながら、アルは座学のためにニヤついた笑みを張り付けたまま部屋から出ていく。彼の言っていることはよく分からなかったが、少なくとも脳内はユージ○大陸の空に小旅行していたのは確かだ。
***
「で、なんでアディが正座してるんです?」
「ア”ル”く”ぅ"ぅん!」
座学が行われるちょっと広めの部屋に赴いたアルが最初に見たのは、アディが泣きながら正座している光景だった。アルの登場にアディは恥も外聞もなく飛びつき、一瞬だけ『エル君よりも小さくて落ち着かない』と正気に戻るとそのままオイオイと泣きじゃくり始めた。
幼馴染以前にアディも年頃の娘なので、当然そこら辺の感覚がアルに伝わってくる。『うちの兄貴、枯れてるどころか人間じゃないのかも』と毒を吐きながらも、ハンカチで鼻をかんでいるアディに事情を聞くためにアディの方に首を向ける。
「えっと?」
「あwせdrftgyふいこ」
「いつも通り講義していたら"アディ教官の説明が分かり辛いので、ヘルヴィ教官に変更願います"って言われた?」
「へぶっ!」
「何で分かるのよ」
鼻をかみながらの説明を完璧に訳したアルにヘルヴィが呆れるが、幼馴染ならばこのような芸当はお手の物である。
ただ、幼馴染とは言ってもこのまま彼女の味方になるわけではない。ある程度場を落ち着かせたアルは部屋から出るととあるアイテムを手に戻ってくる。そのアイテムをアディの首に提げ、そのままアディを部屋の外へ投げ捨てた。
「ちょっ、アル君! ごめんなさいっ、ちっちゃいって言ってごめん!」
首から『説明できない子』という懐かしの木製のプレートを提げたアディが扉を叩くが、しばらくすると何も聞こえなくなった。反応が無くなると同時に、『悪は去った』と言いながらアルは部屋の隅に置かれているエチェバルリア専用踏み台を踏みしめると、黒板に『脱出について』という文字を書いていく。
「アル君、あの子に辛辣ね」
「僕だって怒る時は怒りますよ。さて、それでは今回は予定を変更します」
突然の予定変更でざわめくが、アルは気にせずに紫燕騎士団員の1人に現在の訓練内容を聞く。その問いに当てられた団員は
「結構です。紫燕騎士団に入ってもう1週間は経ってますよね? いつまでもこんなことしたくないという人も居るかもしれませんが、とりあえず聞いてください」
元気よく絵を描き出したアルの背中を紫燕騎士団員達は少しだけ億劫そうに見つめる。脱出の重要性はいかに彼らがひよっこでも十分に理解している。今更そんなことを言われても訓練に身が入るとは思えなかった。
だが、アルは気にせずに地面と雲とトゥエディアーネをデフォルメした絵を描くと、全員に対して『トゥエディアーネは何処に居ますか?』と質問する。
「そりゃぁ……空ですよね?」
「何度も聞かされていましたからね」
困惑する紫燕騎士団員達に、アルはさも当然のように『正解です』と答える。その当り前の言葉がより本人達を当惑させる。
だが、アルはそこに何やら鳥のような生物の絵を描くと、トゥエディアーネの絵に大きく×印を描いた。その動作に紫燕騎士団員達は、何時当てられても良いようにトゥエディアーネが魔獣にやられた際の脱出手順を思い返していた。
「では、魔獣にやられて落ちる前に脱出する時はどうします? えーっと、じゃあそこの人」
「はい、まずは周囲の安全を僚機に守ってもらい、ギア・イジェクターを起動させます。ただ、僚機が居ない場合はほぼ無防備な空中に居る時間を限りなくするために地面ぎりぎりでギア・イジェクターでの脱出を試みます」
当てられた者は、エドガーから受けた脱出装置である
「なるほど、よく勉強されていますね。ですが……、何事にもイレギュラーが存在しますよね」
「イレギュラー……ですか?」
「えぇ、十分な整備を受けられていない機体には付き物の誤動作。
どこかの『ざんまい』のように両手を広げる仕草をしながら自由に相談する許可を行ったアルは、紫燕騎士団員達が喧々諤々とどのような対処を行うのが正解か話し合う中でこっそり隠し持って来た設計図の続きを描きはじめる。そんな明らかにサボっている光景に、ヘルヴィはアルの耳を強く引っ張った。
「副団長君、皆に言った質問の答えちゃんと持ってるの? 私でも分からないんだけど」
「イデデ……、いつも僕が言ってるでしょ? 機体なんざってやつ。操縦方法や座学とは別に僕は心構えを説いて行こうかと」
アルの言う銀鳳騎士団創設当初からいつも言っている一種のスローガンのようなものは、確かに戦いに身を投じはじめる出来立ての騎士団にとっては最も重要なことだ。先ほどの言葉から、本当に教えたいことを察したヘルヴィは『そういうことね』と呟くとアルの耳から手を離す。
「なので、話し合いの時間中は暇なのでこうやって製図をするのは何もおかしいことではありません」
「……その理屈はおかしいと思うけどね。それに、この製図だと下半身がすっごい貧弱なんだけど」
ヘルヴィが呆れながらアルの製図する
その
それだけでもツェンドルグやシルフィアーネと同じような『今までの常識に喧嘩を売った代物』感を強く匂わせる機体なのだが、その
「アル君、これなんなの?」
「なにって、新型の設計図ですよ? 今回は変形仕様でいこうかと」
変形仕様機というものはアルの夢の果ての一つ──エルにとってのイカルガのような存在である。自在に変形することによって空から現場に到達する速度を上げ、現場では
ただ、変形する際の空気抵抗によって骨格が歪む恐れがあるという機体構造的な話や、変形時のGをどうやって対処するのかといった操縦者についての課題が山のように出てきて今まで夢物語になっていた仕様でもあったりする。
しかし、エルが約束通り
エル曰く、
試験勉強を理由に動作試験の立ち合いを騎士団長命令で却下されたが、見物に来ていたエドガー達が口々に『シルフィアーネが
操縦者の保護については
ちなみにアルの夢は他にもあるのだが、
やがて、そろそろ昼食の時間になる頃合いになるのだが、未だに紫燕騎士団員はどのようにすれば安全に脱出できるのかと相談を続けている。しかし、これ以上議論を続けるのも時間的にも厳しいと思ったアルは手を叩きながら全員の注目を集めた。
「さて、それでは色々出揃ったところで我こそはという人は?」
「アルフォンス教官、様々な意見が出たのですが纏めきれませんでした」
「意見が出ることに意義があるので大丈夫です」
アルの意見の正否は問わないという声を皮切りに続々と手が挙げられる。『魔力が持つかの勝負だが、杖で戦いながら降下する』や、『空中で剣が触れるか怪しいが、短剣であしらいながら降下』するといった積極的な意見から、『タイミングを計ることになるが、魔法を用いて一気に地上まで降下する』や『なにか目潰しになるような物で怯ませる』といった逃げに徹する意見まで様々な意見がアルの下へ届いた。
どれもこれも不安要素を真っ先に出してくることからよく遂行されていることが分かる案なので、アルは少し勿体ぶりながら唸ると小さく『どれも良いですね』と呟く。
「ですが……それを咄嗟に出来ますか? 空中で魔法や剣はどう作用するか分かりません。目潰しも相手を激昂させるかもしれません」
「では、どうすれば良いのですか!」
「その場その場で考えるしかないんじゃないですか?」
ダメ出しをするアルにとうとう紫燕騎士団員の1人が喧嘩腰でアルに聞いてしまうが、対するアルはさも当然のような口調で返す。その当り前過ぎて何の解決方法にもなっていない案に、『馬鹿にされた』とそれぞれの顔が少し赤くなった。
ただ、それらの反応も意に介さずにアルは『これらの訓練は生きるために必要なんです』と全員目掛けて語り出す。
「皆さんは機体がやられるのと自身が死亡することを同義だと思っていませんか? 死ぬことだけが騎士の道ではないことをよく覚えておいてください」
そう語りながらアルはベヘモス事変でのディートリヒの言い分を思い出した。口ではああ言っていたディートリヒも、今ではフレメヴィーラ王国を代表する騎士へと成長した。いや、エルに引っ張られて成長せざるを得なかったのかもしれない。なんだか可哀想になってきた。
なにはともあれ、滅多な失敗さえしなければ命を捨てずとも後はどうとでもなることを伝えたかったアルは周囲の反応を見ながら言葉を続ける。
「機体なんざ消耗品。
アルから『生きるために考え続ける』という真の答えをもらった紫燕騎士団員達は、先ほど考えていた無事に地面に降りるために発生しうる障害からさらに1歩踏み出し、『脱出をした後の想定』を自発的に考え始める。
魔獣との遭遇や逃走、友軍との距離がかなり離れている場合はサバイバル技術。無事に降りた後の困難の連続と困難を乗り越えられなかった末路に、今まで無事に降りたら友軍の近くだと勝手に考えていたのか一様に顔を青くしている。
(あー、これは学園に居た時は騎士団が守っている拠点周辺で固まって演習してたから勘違いしたんでしょう)
(なるほどねぇ。そりゃ、この子達からしたら脱出訓練……ましてやランニングなんて馬鹿馬鹿しいわよね)
陸上で運用する
本来ならば騎士団の先輩の手ほどきを受けながらそういった現実との差異を埋めていくのだが、今回に至ってはその差異を満足に埋めずに訓練を開始してしまったため、アル達側と紫燕騎士団側との『訓練に対する打ち込み度合』に差が出てきたのである。
ただ、考えを改めた若者のパワーは凄まじく、ひとしきり後悔が済んだ紫燕騎士団員は座学の時間が終わるや否や慌ただしく礼をしながら一斉に教室から飛び出していく。目的地については──言うまでもなかった。
「エドガー教官! 次の脱出訓練ですが、空中で魔法を撃つために杖の携帯を願います」
「俺も! 短剣の携帯を願います!」
「ディートリヒ教官! ランニング後に近接格闘の訓練をお願いします!」
「私も!」
突然、やる気を漲らせた紫燕騎士団員の集団が押し寄せてきたので、面を喰らいながらも一先ず落ち着かせることにした2人。会話をするごとにどうやら『アルが脱出や脱出後の訓練の重要性を説いた』ということが分かり、エドガー達も『意味はある』や『生死を分ける』とは言ったが、具体的な重要性について説明をしていなかったことを思い出す。
「流石、現役の教官だねぇ」
「流れで受けてしまったが教官というものも楽ではないな。俺達も学ぶことばかりだ」
アルのサポートに2人は苦笑いを浮かべつつ、改めて前で並んでいる紫燕騎士団員達の相手を始める。独自のメニューを基の訓練に積極的に取り組み、縛り内容込みの訓練には万が一が起こらないように安全面を徹底することになった。そんな、最初に比べるとエグいぐらいに『狂化』された訓練を紫燕騎士団の面々はいずれ来るであろう実戦に向けて着実に習得していく。
だが、そんな彼らに対してアルは更なる試練を与えようとシルフィアーネ・トレーナーという機動力を武器に文字通り各地へ飛び回っていった。
***
脱出や基礎体力といった初歩的な訓練を開始してから数週間が経過した。アルのサポートもあってか紫燕騎士団員達は脱出も淀みなく行えるようになり、周囲の安全が保障されたという枕詞がつくがクロケの森の中に落ちても無事に帰って来ることも出来るようになった。
そこで、アルは脱出訓練を次の段階へ移行させる。1日おきに紫燕騎士団の中からランダムで1名選出し、シルフィアーネ・トレーナーに乗せて飛び立ったのだ。本来ならば実機に触れられるまたとない機会なのだが、帰ってきた紫燕騎士団員達は須らく目から涙を滲ませながらまるでこの世で最も恐ろしいと思うものに遭遇したかのような真っ青を通り越した真っ白い顔色を浮かべて帰ってきた。
「なにがあったんだよ」
「っ!? い……言えない!」
「そうだ! 言えないんだ! 言っちゃいけないんだよ! 言ったら……あぁっ! あ"ぁ"っ!」
「ど、どうしたんだよ、お前ら」
帰ってきた仲間達に何があったのか聞こうとするが、頑なに──それどころか先日に連れていかれた人間が少し錯乱しながら同調する様子にアルのお供をしていない団員達は首を傾げる。だが、日増しにその数が増えていくので『アルのお供をすると心が壊れる』といった噂話がオルヴェシウス砦に流れ出した。
「え、そんな噂になってるんですか?」
「いや、俺達も知らないことを平然とやらないで欲しいんだが?」
「そうそう。噂は本当なのかって私やエドガーの所に来ても説明できないじゃない」
「そうそう。…………ちょっと待ってくれ、私の所にはあんまり来なかったんだが!?」
騎操士学園で行った課題の採点を行いながら、アルは件の噂話に関する苦情を真摯に受け止めていた。やったことは各方面に根回しをしてとある実地訓練を行っただけなのだが、思った以上に薬が効き過ぎたらしい。
ただ、この各方面について『王族』や『近衛騎士団』、そして『藍鷹騎士団』が関係者に入っていることを補足しておく。──ここまで来ると理解の速い諸兄はお察しであろう。
「あー、それは申し訳ないです。……じゃあ、そろそろ僕の授業は打ち切り時ですかね。経験者も増えたことですし」
「いや、なにをしたのか知りたい。最後についていっていいか?」
「別に構いませんよ。ただし、なにがあっても手出し無用でお願いします。3人のトゥエディアーネに望遠装備をさせたうえで、あくまで観察するだけですよ?」
何時の間に作ったのか分からない望遠装備を用いた観察をするだけという念の入れ具合に、一縷どころか綱のような不安がエドガー達に襲い掛かる。しかし、もしかすると自分達も何か勉強になるかもしれないという銀鳳騎士団特有のハングリー精神で同行を頼むと、アルはサムズアップしながらエドガー達を工房に連れていく。
「おう、銀色小僧。今日だったな? ばっちり言うとおりにしておいたぞ」
「ありがとうございます。今日で最終日にしようと思うので、今後はこんな滅茶苦茶な改造をしなくても良いですよ」
「ようやくか。何してんのか分からねぇが、こんな滅茶苦茶なやつはこれっきりにしてほしい……が、おめぇや銀色坊主はやめねぇよな。知ってら」
呆れるダーヴィドに対してアルは聞いているのかいないのかよく分からない空笑いで返し、そのままダーヴィドを伴ってシルフィアーネ・トレーナーの側に近づく。他の
「大丈夫です。引き続き、パッチワークの予備資材で作ったアレをエドガーさん達のトゥエディアーネに付けてください」
「ん? 今日はエドガー達を連れていくのか?」
「いえ、最後なんで何をやっていたのか教えときたくて」
追加案件が増えた理由に『今まで独断だったのかよ』と文句を言いながらも改造を施すためにナイトスミス達を集めに離れたダーヴィドと入れ替わる形で銀鳳騎士団とは異なる服装を纏うアルと同じぐらいに若い騎士が姿を現した。
「アルフォンス教官、お呼びでしょうか?」
「ああ、キヴィラハティさん。噂で聞いていると思いますが、遊覧飛行のお誘いです。……が、もちろん断ることも出来ますよ」
アルは1枚の紙をキヴィラハティに手渡しながら今回の招集理由について話す。キヴィラハティもそれらの噂をよく耳にしていたので、『そらきた』と喜びながらも決してその感情を表に出すことなく手渡された紙をチラリと見る。──が、そこに書かれていた数々の制約にキヴィラハティの目は大きく見開かれる。
「あの……教官? なんでこんなに制約事項が?」
「この遊覧飛行の詳細について誰も話さないでしょう? 許可した場合以外の口外の禁止が一つ。かなり危険な操縦とか諸々があるんで、一応死傷関係で一つ。後は全部、他の騎士団の活動内容を漏らさない誓約書ですね」
制約内容を聞かされた上でキヴィラハティはもう一度紙面を見るが、訓練内容の口外や死傷関係の制約は全体の3割程度で、他は全部他の騎士団の活動内容の口外や流布の尽くを禁止する文面だった。騎士団というものは所有する貴族の軍事力そのものなので致し方ないのだが、ここまで入念に制約を交わす必要があるのかとキヴィラハティは問いかけると、アルは『そういえばキヴィラハティさんって貴族ご出身でしたっけ』と問いかけつつ誰にも聞かれない様に口元を近づけた。
「はい、キヴィラハティ子爵家の三男です」
「今回協力していただける騎士団は、銀鳳騎士団も含めて全て王家の所有物です。そこまで言ったら分かりますね」
全て王家の所有物。つまり、今回の遊覧飛行で近衛騎士団のようなフレメヴィーラ王家が保有する複数の特務騎士団の活動内容を見ることになるという宣言に、せいぜいどこかの貴族の騎士団が協力してくれたのだろうと思っていたキヴィラハティは開けた口が一向に塞がらなかった。
それでも、今までは
「はい、結構です。では、準備してきてください」
そう言ってエドガー達の下へ歩いていくアルと別れたキヴィラハティは真っ直ぐシルエットギアが保管されている部屋で
***
「案外揺れますね」
「風を捕まえていない時はこんなものです。逆に、上手く風に乗れば……こんな感じで揺れも少ないですから覚えておいてください」
やがて、キヴィラハティが準備を始めてから数時間後。アルとキヴィラハティはすっかり空の住人と化していた。操縦席のボタンやレバーの操作具合や飛行中の注意事項など座学では教えられていない内容を始めとした遊覧飛行も兼ねたマンツーマンの講習に、キヴィラハティは噂のことなどどうでも良くなっていた。
そして、その光景をはるか後方から見ていた3機のトゥエディアーネもそのお手本のような飛行に大したことないと飛び立ってから今までずっと張り詰めていた気をやっと緩ませる。
「なんだ。本当にただの遊覧飛行じゃないか。こんな装備までくっつけて」
「バレないようにってことだし仕方ないでしょ」
気が緩むついでに自分達の機体の頭部にくっ付けられた望遠用の装備についての文句をいうディートリヒにヘルヴィが口を挟む。
この装備の前身は、元副団長機であるパッチワークの頭部に被せられていた狙撃用の望遠装備である。その予備パーツをトゥエディアーネの頭部に合うように調整、細かな修正を施してからトゥエディアーネに換装。少々不格好な出来にはなったが、元が副団長機の狙撃に使用するパーツなので尾行に最適な装備であった。
「予備パーツの手間にもよるが、この望遠装備は偵察に良いな。数機用意して偵察に使えば魔獣の早期発見にも繋がりそうだ」
「はいはい、それは後で副団長君に言っておいてね」
「まったく、この機体についての意見なんてアルディラット一筋っていうのは嘘なのかい? アルディラットが聞いたら搭乗拒否されそうな言葉だよ?」
「ち、違う! 俺は純粋に紫燕騎士団の強化についてだな!」
アルディラットカンバーを差し置いてトゥエディアーネのバリエーションについて考えるエドガーをネタにディートリヒとヘルヴィが雑談に興じる。
だが、空という遮蔽物が無い空間に望遠装備──つまり、敵をいち早く見つけることが出来るツールは来る空同士の戦いではかなりのアドバンテージを誇るだろう。エドガーの弄りネタを抜きにしても提案してみるのも悪くないと『新しい物好き』に火がついたヘルヴィがそろそろ雑談を止めて監視に戻ろうとすると、はるか前方のシルフィアーネ・トレーナーから
「"後ろ"と"無視"が1……2……3回ずつ。"作戦開始"が1回? なんのこと?」
「俺にも分からんが、何かあればすぐに対処できるようにしておこう」
謎の符丁に少しばかり頭を悩ませるが、銀鳳騎士団の