銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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107話

 シルフィアーネ・トレーナーは長い幻晶騎士(シルエットナイト)史において導入したての新型機に位置づけられている。源素浮揚器(エーテリックレビテータ)魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)のような銀鳳騎士団でのみまともに運用されている先進的な技術を前に、どのように動かしていくのかと紫燕騎士団所属のキヴィラハティは大いに期待しながら機体に操縦席に座っていた。

 そして、この機体を動かす騎操士(ナイトランナー)は彼が所属する紫燕騎士団の教官を務めているアルフォンス・エチェバルリア。このシルフィアーネ・トレーナーを始めとした空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)の総飛行時間は軽く百時間を超えているという大ベテランである。

 

 ここまで御託を並べたのだが、最終的に何が言いたいかというと──。機体から脱出したキヴィラハティがなんやかんやありつつも最終的には近衛騎士団によって捕縛された。

 

「あ、やっぱりここに居たんですね」

 

「かなり粘られましたよ。……ていうか、日増しに粘り強くなってません? また取り逃がすところでしたよ」

 

 そして、王城であるシュレベール城の地下牢に収容されたキヴィラハティを墜落したのにもかかわらず、何故か五体満足な状態なアルが上機嫌で迎えに来ていた。しかも、今までキヴィラハティのことをすごく厳しい目付きで見張っていた騎士が急に笑顔になりながらアルを出迎え、『よく頑張ったな』という言葉と共にキヴィラハティを外に出す。

 アルが姿を現してから数分という短い間に繰り広げられる情報量があまりにも多いため、キヴィラハティはポカンと口を開けながら自身がこのような状態になった経緯を思い出していく。

 

 そう、あれはカンカネン周辺に乱雑する森林地帯から謎の法撃を受けた時まで遡る。

 

***

 

「なんてことだ。もう助からないゾ」

 

「どういうことですかぁ!」

 

 法弾が直撃したことにより凄まじい衝撃を体全体で受け止めていたキヴィラハティは、アルのギャグなのか真面目なのかよく分からない言葉に吼えた。

 カンカネン周辺に近づいたシルフィアーネ・トレーナーは謎の攻撃を受け、非常にたどたどしい動きをしながらカンカネンの上空に侵入。このままいけば王城にぶつかるという不敬に不敬を重ね、なおかつ首謀者が死亡という最悪の形となってしまう。

 

「キヴィラハティ君、多少強引な操縦するので脱出しなさい」

 

「教官はどうするんですか!」

 

「下は一面の人家ですからね、機体は落とせそうにありません。機体は消耗品ですが、騎士が民を傷つけるのは駄目でしょ」

 

 伝声管からしきりにボタンや操縦桿を乱雑に動かす音と共に少しだけ強張った声が聞こえてくる。刻一刻と近づいてくるシュレベール城に、キヴィラハティはアルに代わってどこか機体を落とせそうな場所を探すがどこも人や幻晶騎士(シルエットナイト)がありそうで指示できる状況ではなかった。

 

「無理に付き合う必要はありません。最悪、カンカネンを抜けて森林部にでも落とすので先に脱出しておいてください」

 

 一向に脱出しようとしないキヴィラハティに、アルが『さっさと脱出しろ』と急かす。その命に従うためにキヴィラハティは甲冑射出機構(ギア・イジェクター)の手順を頭の中で反芻。さらに、口で復唱しながらようやくシルフィアーネ・トレーナーの操縦席後部の装甲が弾け飛ばすところまで操作が終わる。

 ここまで来たら後は脱出するだけなので、脱出ボタンに手をかけたキヴィラハティはこれから脱出することを報告しておこうと伝声管の蓋を開ける。

 

「では、お先に失礼します」

 

「了解。機体を安定させます……っとそうだ!」

 

 機体が安定してきたのでいよいよ脱出しようとしたキヴィラハティの手が止まる。何か重要な伝達事項などがあるのかと操縦席内に入って来る風の音に耐えながらも続きの言葉を聞こうとしたキヴィラハティだが、身体全体に凄まじいGがかかり出した。

 

「辛いとき、苦しいときは僕の名前を呼ぶと良いでしょう。あと、本当に駄目だと思った時はこういえばいいです。……ジェロニモ

 

「え、なんて言ったんでえ"ぇ"ぇ!」

 

 後半の部分を聞き直す機会も与えられず、キヴィラハティはあっという間に機外に放り出される。そのまま重力に従って落ちていくキヴィラハティの視界には、シルフィアーネ・トレーナーが肩装甲を稼働させながら魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を動かし、全体を傾けて進むことでなんとかシュレベール城に衝突することは避けた様子が映っていた。

 

(良かった、何とかなった。……あの機体って遠隔操作出来るのか)

 

 今まで知ることもなかった教導機の謎が一つ解消されたことで、キヴィラハティは改めて着陸地点を決めるために地面を見据える。

 街は幻晶騎士(シルエットナイト)サイズの胴体着陸は無理でも人1人ぐらいならば着地地点に事欠かないし、なにより魔獣が蔓延る森と違って襲われる心配がない。ただ、今回は謎の法撃のこともあるのですぐさま近衛騎士団に上申しなければならないと考えたキヴィラハティは必ず近衛騎士団と合流出来るであろうシュレベール城の中庭目掛けて落ちていく。

 

「良し、そろそろ……」

 

 ぐんぐんと地面に近づいていくが、教官であるエドガーから何度も教えられた訓練の内容が身体全体に染み込んでいたキヴィラハティは身体の力を抜きながら身を捩って体勢を整える。そして、降下甲冑の手足に仕込まれた紋章術式(エンブレム・グラフ)を起動すると、降下甲冑は大量の圧縮された大気によって落下速度を見る見るうちに落としていく。

 そのまま魔力を流し続け、ようやく降下甲冑の脚部が地面に降り立つとキヴィラハティは一仕事終えた後のように疲労感を口の中から吐き出す。後は近くの近衛騎士団に事情を話すだけ、そう思っていた時だった。

 

「貴様、どこから入ってきた」

 

 1人の男が圧の強い言葉と共に槍をキヴィラハティの喉元に突き付ける。模擬戦でよく見る刃引きがされていたり、突いても怪我をしない様に丸みを帯びているわけでもない正真正銘の刃先にキヴィラハティはぎょっとするが、それでも味方だからという安心感を頼りに『この状態で失礼します』と一声かけてから改めて状況報告を行うために息を吸い込んだ。

 

「自分は紫燕騎士団所属のラーファエル・キヴィラハティです。先ほどアルフォンス・エチェバルリア教官と訓練していた際、カンカネン近郊の森林部から法撃を受けました。自分は教官より早く脱出し、この場に居ます。どうか、増援を!」

 

 言葉遣いも報告する並びも若干怪しい報告だったがなんとか近衛騎士団に伝え終わったキヴィラハティは、ほうっと安堵の息を漏らす。そうしている間にも金属製の鎧を着た騎士達が集まり、先ほどから槍を突きつけている男の後ろで待機している。

 その威圧感にキヴィラハティは生唾を飲み込みながら沙汰を待っていると、槍を突きつけていた男はふっと笑いながらキヴィラハティの首元から槍を離した。

 

「おぉ、紫燕騎士団の! 委細は承知しました、すぐに小隊を向かわせます」

 

「助かります」

 

 朗らかな笑顔の男に笑顔で返しながらすっくと立ち上がるキヴィラハティ。しかし、男は片手をゆっくり挙げて合図を送ると、後ろの鎧集団が半円状にキヴィラハティを取り囲んだ。その予想だにしなかった対応にキヴィラハティは慌てていると、男は『おかしいですね』と小さいながらもやけに耳に残るような声量で語り出す。

 

「紫燕騎士団は現在、操縦訓練をしていないはずですよ? ……貴方はどこの誰ですか? ラーファエル・キヴィラハティ殿?」

 

 丁寧な口調ながらも冬場を思わせるような寒々とした声色とガシャリと騎士達の持つ槍がキヴィラハティの背筋を震わせる。

 思い返せばキヴィラハティは一つの勘違いを起こしていた。教官役のアルも居らず、自身が唯一身分を保証できるといえば紫燕騎士団の団員を示す服とキヴィラハティの名前のみ。

 しかし、それらは全て命を懸けて騙そうと思えば簡単に詐称が出来る──つまり、キヴィラハティは自身の身分を保証できないのだ。

 

 さらに言えばここは政の中心である王が住まう城。そこに身分不明の騎士もどきが無許可で入り込んで来た場合は──どうなるかはお察しである。

 

「取り押さえ……いや、逃げられないように四肢を狙え」

 

「冗談じゃない!」

 

 周囲から漏れ出す殺気と男の指示に冗談の類は一切感じなかった。その瞬間、キヴィラハティは大声を上げながら姿勢を低くし、包囲が甘い部分に突っ込む。仮にも四肢が動かなくなれば待っているのは地獄である。そう考えたキヴィラハティは包囲を抜けると即座に全力疾走でその場を後にした。

 

「追え! ……怪我はさせるなよ」

 

 小声ながら先ほどとは真逆のことを指示する男に、『分かっています』と言いたげな表情で鎧集団はキヴィラハティを追いかける。やがてガチャガチャと金属同士がこすれ合う喧しい音が幾分か穏やかになった頃、男は静かに手持ち式の魔導光通信機(マギスグラフ)を城壁に向かって光らせながら尖塔の中へ入っていく。

 尖塔の中の螺旋階段を経て城壁の上にたどり着いた男は、城壁の上にわざわざ持って来た机と椅子を用いて優雅なティータイムをしている奇特な一団に歩み寄った。

 

「あ、騎士団長閣下。ご無沙汰です!」

 

「相変わらずの名演技だのぉ」

 

 男──近衛騎士団の騎士団長の姿に気付いたアルが挨拶をし、アンブロシウスが騎士団長の演技力の高さを褒めながら席を指差す。

 

 そう、全ては脱出した紫燕団員が無事にシュレベール城の近衛騎士団から逃げ切ることを主眼に置いた訓練であった。なので、森から放たれた法撃を打った犯人も近衛騎士団の一団で、法撃される前にエドガー達が見た魔導光通信機(マギスグラフ)の符丁も全て近衛騎士団とのやり取りだった。

 

 現に、『すわ! 襲撃か!』と法撃位置を特定して上空から乗り込んでいったエドガー、ディートリヒ、ヘルヴィが事情を聞くと共に近衛騎士団員の案内で既にこのテーブルに着いており、特にエドガーとディートリヒは予想だにしていなかったアンブロシウスとの鉢合わせに内心、血圧が安定しない人間のように心臓の動悸を中々抑えられずにいる。

 

「さて、ではアルフォンス。頼むぞ」

 

「承知しました。えっと、あの足の速さなら廊下付近ですかね。あ、そこの人。大元のシルバーナーヴ接続お願いします」

 

「かしこまりました」

 

 近くの女中──藍鷹騎士団の団員に銀線神経(シルバーナーヴ)をより合わせた綱を接続させたアルは決められた魔法術式(スクリプト)を送り込んだ。すると、その送られた魔法術式(スクリプト)が鍵となって城内の各所に繋げられた銀線神経(シルバーナーヴ)とその先にある眼球水晶が一斉に起動し始めた。

 

 これは、銀鳳騎士団が出来てすぐの頃。カザドシュ事変の失敗から防犯面を強化しようと定点カメラをなんとか再現できないかと考えたアルが『眼球水晶と幻像投影機(ホロモニター)でいけるんじゃね』と適当に作った、所謂『かなりの実用性が見込めるが、気楽に外部に漏らしたら困る系アイテム』の1つである。

 ただ、この定点カメラもどき。幻像投影機(ホロモニター)や配線を行ったり、各眼球水晶への切り替えや画角調整は操作している人物が専用の魔法術式(スクリプト)を送らなければならないのでそこが若干手間であり、カメラとは言っても録画や再生と言ったカメラらしい機能は無いという欠点を持っている。

 

 そんな扱いに困るアイテムだが、防犯カメラとしては使えるのではないかと考えたエルとアルは連名で当時国王だったアンブロシウスへ提出した。だが、防犯カメラという概念を知らない人間からすると『監視するなら衛兵で良いじゃん』という言い分で却下されてしまう。

 さらに言えばこれは幻晶騎士(シルエットナイト)関係ではないアイテムである。『作ったは良いけどこれ以上発展する気が起きない』という製作者(アルフォンス)の一声でこれは今までオルヴェシウス砦の倉庫の奥に仕舞いこまれていた。

 

 今回はそれを在庫処分的な意味合いで増産。城の内部に張り巡らせた上で『わざとシュレベール城内に脱出させた紫燕騎士団員 VS 近衛騎士団』というどこかのテレビ番組のような企みを目論んだのだ。

 なお、当然だが機密や暗殺防止ゆえに絶対入ってはいけない場所には事前に騎士を見張りに立たせ、周囲は騎士団の団員で固めているので不祥事は最小限起きないよう、アルと企画を聞いてやる気になったアンブロシウスが根回し済みである。

 

 シュレベール城の内部から『アルフォンスきょうかーん!』という泣き声交じりの大声が聞こえるや否や、続いて『あっちから声が聞こえたぞ!』という怒号やどたばたという足音が聞こえてくるのが耳で感じたアルは平然とした様子でキヴィラハティの顔が見えるように眼球水晶を調節する。

 

「アルフォンス、呼ばれておるぞ。これで何人目じゃ?」

 

「7人目ぐらいですね。辛いときは僕の名前を呼ぶと良いと言いましたが、特に何をするとか言ってませんし」

 

「君達、この副団長殿。性格悪くなってないかい? 私の気のせいかい?」

 

「戦争がこの子を変えたんです」

 

「今の彼を敵にするともれなく、あの手この手で厄介なことをしてきます」

 

「そこにうちの騎士団長閣下が"僕の作ったシルエットナイトと本気の手合わせ! 滾ります!"と戦場を引っ掻き回してきますよ」

 

 近衛騎士団に追いかけ回されるキヴィラハティを見物するアルに、数年前に出会った純朴そうにコロコロと表情を変える幼子と同一人物とは思えなくなった騎士団長は近くに居たエドガー達にこっそり話しかける。

 しかし、大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)でアルが行った所業。機体乗っ取りから始まり、騙し討ちや幻晶騎士(シルエットナイト)へのピンポイントな破壊工作。罠や無人機を使って数を誤認させるなど。剣を打ち合い、魔法を撃ち合うような今までの戦術論を一切学んでこなかったかのような、騎士とは程遠い存在が行うような戦い方を思い出した彼らは、ただ苦い顔を浮かべながら実感の籠った言葉を返した。

 

「む、失礼ですね。僕がそんな極悪非道な人間に見えますか? どこからどう見ても善良な一般人ですよ」

 

「アルフォンスよ。では、仮にフレメヴィーラ王国を落とすならばどうする?」

 

「え? すっごく長いシルバーナーヴの先に爆炎魔法を刻んだエンブレム・グラフを刻んだものや、簡単なもので岩とかファルコネットクラスのシルエットアームズをシルフィアーネに持たせてシュレベール城の上空から精密爆撃します」

 

「ふむ……。して、それを防ぐには?」

 

「カンカネンの周囲にピケット艦……不意打ちを防ぐための早期警戒用のレビテートシップを配置ですかね。それか、対空専用の砦で迎撃とか?」

 

 アルは元国王であるアンブロシウスの疑問にさらっと国家転覆についてのプランを語る。防衛のためのプランも語っているので近衛騎士団の騎士団長は特に何も言わなかったが、側で聞いていた銀鳳騎士団に属する3人は気が気ではなかった。

 ただ、もちろんアルだって『お前ら空に関する開発するな! 危ないから!』とアンブロシウスに命令されるのが怖いので、話す内容は直近で有り得そうなことぐらいしか話していない。

 

 仮に『そんな命令しないから話せ』と軛を放たれれば最後。機体の周囲を装甲板で囲い、大型の魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)板状結晶筋肉(クリスタルプレート)で構成した強襲用大型ブースターをつけた追加装備(オプションワークス)でピケット艦を突破、分離後にカンカネンを星の屑にする作戦。さらに既存の飛空船(レビテートシップ)空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)でも届かない様な高度から攻撃する作戦といった話を考えた端から喋り出すだろう。

 

「他にもあるのだろう? 申せ」

 

「空に関しては分からないことが多すぎるので何ともですね。……あ、キヴィラハティ君。机の下に隠れた」

 

 アンブロシウスがさらに情報を引き出そうとするが、開発停止が怖いアルは『これ以上ない』というように首を振りながらキヴィラハティの観察に戻っていく。

 

 企画。つまり『ドッキリ』の意味合いが強いが、アルの中にはきちんとした意思があってこのような訓練を行っている。

 空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)を筆頭に続々と空への切符を集めつつあるフレメヴィーラ王国だが、他の国も決して無能ではない。いや、カザドシュ事変のことを考えると相手国が自国よりも優秀ということを念頭に動かないと足元から崩れかねない。

 

 既に他国も空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)とよく似たような機体が開発されていると仮定した場合、何年後かは分からないがフレメヴィーラ王国に攻めてくる可能性も大いにあり得る。現在は森に不時着した騎操士(ナイトランナー)は下手を打てば魔獣の腹の中に納まるだけだが、いずれ来る他国との制空権争いで不時着した場合は相手から逃げ、自身の陣地で自分の所属や身分を誤解なく明かし、原隊に復帰しなければならない。これは、そのための第1歩なのである。

 

 ──まぁ、アルのバラエティ番組についての記憶が『電波な少年』辺りで途絶えているので、この企画の苛烈さもその番組の企画に準拠しているのは秘密である。

 

「おぉ、金属鎧の騎士を投げ飛ばしおった。見どころあるのぉ」

 

「彼は近接格闘術どころかどの成績も優秀ですからね。操縦になったら分かりませんが、順当に育って行ったら小隊長……中隊長ぐらいは余裕かと」

 

 目の前の幻像投影機(ホロモニター)からは、逃走経路が狭められたことを悟ったキヴィラハティが槍を彼に突き付けようとする近衛騎士団員を投げ飛ばしたシーンが映る。その鮮やかな手並みにアンブロシウスが興味を持ち始め、そこにすかさずアルがエドガー達に確認を取りながらキヴィラハティのプッシュを開始する。

 

 こういった将来有望そうな騎士を推薦することも教官の務めなのでアルもアルでかなり気を使っているのだが、悲しいかな。見た目ではアンブロシウスと共にキヴィラハティを肴にして歓談しているようにしか見えなかった。

 

「残念じゃな。自力で脱出した者に備えて金一封を用意しておったのだがのぉ」

 

 絶え間なく襲い掛かる近衛騎士団を相手に、キヴィラハティは時には脱兎のごとく逃げ回り、時には隠れ壁や天井に張り付いてやり過ごし、時には果敢に立ち向かったのだが1時間にも及ぶ逃走劇はとうとうキヴィラハティの捕縛で幕を閉じた。彼が捕まった様子を確認したアンブロシウスは残念そうに懐からジャラジャラと音のする大きな巾着を机に置くと、それに気が付いたアルが『本当に用意してたんですね』と反応する。

 

 これは企画をアンブロシウスに伝えた際、アルが冗談半分で『自力で逃げ切ったら賞金を出すのが習わし』だと教えたのでアンブロシウスも真に受けて用意したのだが、アルの言動から冗談だったことに気付いたアンブロシウスは『おぬしが言ったんじゃろ』とため息をつく。

 

「まぁ、良い。ほれ、今回でこの催しも終わりじゃろう? 近衛騎士団と折半し、団員への慰安に充てよ」

 

 そのまま適当な袋を用意したアンブロシウスは同額になる様に金貨を分けると、アルと近衛騎士団長に手渡す。袋を恭しく受け取った2人は頭を垂れる。──が、アルの方はさっと頭を上げるとエドガーに『いただきましたー』と袋を渡す。

 まるでお年玉をもらった子供が父親に預かってもらっているような彼らの雰囲気に、近衛騎士団長は『うちの同僚ってこんな緩いんだ』とエドガーが慌ててアルの頭を抑え込む様子を感慨深そうにじぃっと見ていた。

 

 その後、机や城内の定点カメラもどきを回収したアル達は、投獄されたキヴィラハティを回収。そのままオルヴェシウス砦への帰路についた。行きは操縦に対しての質問や雑談で聊かにぎやかだったキヴィラハティだが、帰路は他の同伴訓練を行った紫燕騎士団員のように静かだった。

 

***

 

「じゃ、脱出訓練終了を祝して。かんぱーい」

 

「乾杯じゃないですよ! なんですか、あの暴挙は!」

 

『そうだそうだ!』

 

 キヴィラハティにとっては地獄の追いかけっこが終わって数日後。オルヴェシウス砦内にある一番大きな部屋に紫燕騎士団の全団員が集まっていた。部屋の所々には料理や飲み物を置いたテーブルが設置されており、どこからどうみても祝賀会的な雰囲気を醸し出していたのだが、紫燕騎士団は音頭を取っていたアルに抗議の声を投げかけた。

 

 抗議の声を受け取ったアルは最初こそなにがなんだかわからない様子で茫然としていたのだが、次第に『ああ、あれね』と紫燕騎士団員を王城に落として追いかけっこさせる秘密訓練を思い出す。当然、秘密訓練は今も箝口令が敷かれているので、知らない紫燕騎士団員は『またそれか』と慣れた調子で飲み物を口に含んでいる。

 

「そうですね。知っている人と知らない人で格差が起こるのは本意ではありませんし、この場においては何をされたか口外しても良いですよ」

 

 二極化する反応に箝口令を厳しく敷きすぎたと反省したアルは情報の口外を許可する。すると、周囲はダムが決壊したかのように情報が飛び交い始める。キヴィラハティの体験した話はもちろん、他にも『明らかにヤバい空気を発した幻晶甲冑(シルエットギア)の集団に追いかけ回された』といった話や、『捕まった後に黒覆面と黒マントの集団が延々と隣で拷問準備をしながら"彼女、居るかい?"と聞かれた』と若干精神崩壊しかかっている話を聞くにつれてアルと同伴していない一部の紫燕騎士団員も顔色を青白く染め上げる。

 

「アルフォンス教官。流石にこれらは度を越し過ぎていると思いますが?」

 

「度を越しているのは承知しています。しかし、これはある意味での卒業試験だと僕は認識しています」

 

 アルの言葉に未だ脱出訓練のみでトゥエディアーネの操作も何も行っていない彼らは卒業試験という言葉に首を傾げる。すると、彼らの表情から戸惑いを感じ取ったアルがもう少し具体的な話をするために合図を送ると、エドガーとディートリヒが黒板を部屋に持って来た。ここから先は講義の時間である。

 

「トゥエディアーネは今まで口を酸っぱくしながら言いましたが、未知の領域を征く幻晶騎士(シルエットナイト)です。ですが、いつまでも"訓練中"と言っていられるほど陛下はともかく、貴族の方々は我慢強くない……ってぐらいでキヴィラハティ君みたいな貴族出身の方は分かります?」

 

「……っ! そうか、そうか!」

 

「キヴィラハティ、自分だけで納得するなよ。俺達に教えてくれよ」

 

「実績作りだよ。脱出の重要性を説いた指南書という実績で貴族を押し留めるんだよ!」

 

『実績』というキヴィラハティの言葉に団員内でどよめきが起こる。今まで訓練しかやってこなかった自分達が初めて実績という形で評価を受ける対象となるのだ。緊張するなと言うのは無理な話である。

 

「安心してください。これまでの脱出訓練の内容や、マニュアル化した手順は逐一ラボや陛下に渡しています。それに付け加え、キヴィラハティ君達が僕の同伴訓練に参加してくれたおかげで先王陛下には紫燕騎士団の粘り強さは伝わっていますよ」

 

「え、先王陛下?」

 

 現国王であるリオタムスではなく、なぜか先王であるアンブロシウスの名前が出てきたことにより再び団員達の衝撃が走る。だが、アルはアンブロシウスから下賜された金で購入したテーブルの上の物品を指差しながら、当然のようにアンブロシウスから見た紫燕騎士団の評価を伝える。

 

 参加していない者は先王ではあるが、王族に働きを認めてもらったことに参加者の首に手を回しながら歓喜する。しかしながら、訓練参加者は逃走中のことははっきりと覚えていなかったので、何か粗相をしていないかと別の意味で震えていると、アルはキヴィラハティの名を呼んだ。

 

「先王陛下が褒めてましたよ。騎士を投げ飛ばすなんて見所があると」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「次にモントーリ君やヒュー君はよく僕の言ってた呪文を覚えてましたね」

 

「ジェロニモってなんですか?」

 

「然る格闘家の弟子が師匠に慈悲を請うための秘密の呪文です」

 

 さらっと嘘を混ぜ込みながら、アルは次々と訓練参加者の良かった点を挙げていく。特に良かった点は十人十色だったが、とある点に関しては共通していた。

 

 それは、常に考えて動いていたことである。逃げたり隠れたりする中で、彼らは決して自分から虜囚になる真似は一切しなかった。単に近衛騎士団長が脅し過ぎたのかもしれないが、自らが捕まった際のデメリットをしっかりと把握したうえで最終的に捕まってしまうことになろうとも、脱出するために最善を尽くさんと勤めていた。

 騎士としてはやや1人前未満の彼らのこの行動に、訓練の概要を聞いていたアンブロシウスも破顔レベルで頷いていたので、紫燕騎士団の素質は王家に伝わったことだろう。

 

「そんなわけで、脱出訓練は無事に修了! 明日からは実機を交えた操縦訓練になるので、今日一日は英気を養っておいてください」

 

 全ての訓練参加者の良かった点を挙げ終わったアルが再びコップを片手に言葉を締めくくると、部屋は一気に騒がしくなる。訓練の壮絶さや学んだことを肴に思い思い語り合う紫燕騎士団員の姿に、『上司が同期同士の宴会にいつまでも居ると気まずくなるだろう』という社会人特有の事例を思い出しながら部屋を後にした。

 

***

 

「で、なんで私達にこんな危険なことを黙ってたの?」

 

「聞かれなかったんでったぁ!」

 

 騎士団長室で絶賛正座状態のアルの頭部にヘルヴィから放たれる鉄拳が炸裂する。鉄拳制裁を喰らったアルが痛みで騎士団長室の中をもんどりうつが、騎士団長室の中に居る人間はアルをかばうようなことはしなかった。

 脱出訓練も大詰めとはいってもいきなり脱出させるような危険行為に加え、近衛騎士団との肉弾戦を想定した追いかけっこ。さらに言えばそれを鑑賞するという結構悪趣味な真似に、エドガー達は渋い顔をしていた。

 

「そうか? いつ実戦になっても良いようにやったんだろ? ……まぁ、それを鑑賞するのは悪趣味だが」

 

「そうですね。訓練ではなく実践として考えれば、アルの言ってることはさほど問題にはならないかと。後、僕にはちゃんと報告してくれましたし」

 

「……なんだと?」

 

 ただ、エルやダーヴィドは『実践として考えるならばアリ』というジャッジを降す。──というのも、彼らは事前にアルがやろうとしていることを知っており、エルに至っては他にどのような人物を巻き込む予定なのかという報告と相談をアルと共に行っているのだ。

 

 しかし、エルからそのことを聞いたエドガーがピクリと眉を動かす。『自分達が信用ならないのか』と言った感情を込めた目線がアルに突き刺さるが、アルは手を高速で左右に振る。

 

「いや、別に信用してなかったとかそんなんじゃないです。協力を取り付けるためにあっちこっちへ飛び回ってたので、伝達する優先度がその……低かったというか」

 

「つまり、忘れてたと?」

 

「……はい」

 

 そこまで言ったアルはもう一度深々と土下座をする。すがるような目で申し訳なさを表してから両手を『ハ』の字に配置し、頭を床から1cmの所まで一気に落とす。美しい背中の曲線が何とも慈悲を誘い、その姿勢のまま硬直するアルにエドガーはため息をつく。

 

「はぁ、もう良い。俺も悪かった」

 

「そうね。ちゃんと色々考えてたのは分かったし。ただ、具体的に何をしたのかは教えてほしいわね」

 

「そうだね。裏で何をしていたのか分からないと後味が……もう頭を上げて良いと思うのだが?」

 

 一向に頭を上げないアルに、今度はエドガー達の方が慌てだす。だが、仕出かしたことの度合いで土下座における硬直時間は増減するので、アルはそのまま土下座を維持する。この一連の流れにエルは、『今度はラー○ンズネタで来ましたか』と素早くネタと推測すると、『それではアルに引き継いで、僕と藍鷹騎士団の方が説明します』と窓を開け放った。

 

「エルネスティ閣下もアルフォンス閣下も私達を忍ばせてもらえないのですね」

 

「いえ、クリスタルティシューの伸縮する独特の音が聞こえたので。どなたかは全然知りませんでした。ノーラさんだったんですね」

 

 窓から幻晶甲冑(シルエットギア)がのっそりと入って来ることで騎士団長室が少し騒がしくなるが、その幻晶甲冑(シルエットギア)──シャドウラートからノーラが飛び出してきたので警戒が一気に解かれる。その後はテキパキと椅子や机、お茶などが騎士団長室に運び入れられ、ついでに土下座状態のアルが『邪魔だからそこでやってくれたまえ』とディートリヒの手によって部屋の隅に置かれる。

 

「それでは、アルフォンス閣下の行った根回しについて話させてもらいます」

 

 ノーラが出された紅茶を一口飲み込むと、ちらりと部屋の端でオブジェになっているアルを見てから話し始める。

 アルは初めにアンブロシウスと藍鷹騎士団と接触することにした。だが、その会合場所が王族が暮すシュレベール城……ではなく、まさかの藍鷹騎士団の本拠地であるカンカネンの酒場である。

 

「いやいや、待て待て。何を最初からぶっ飛んだことをしてやがる!」

 

「いえ、先王陛下がついでに藍鷹騎士団と話すならあそこが良いと我々の酒場を指名していただいたので。ちなみに週1でいらっしゃるお客様です」

 

「えぇ……」

 

 まさかの上客発言にツッコミを入れていたダーヴィドの脳裏で『似たような人物』が高笑いを放った。現在その人物はキッドと共にクシェペルカに旅立っているので声は聞こえないはずなのだが、1年近くも一緒に居たせいで幻聴が聞こえるその耳にダーヴィドは指を突っ込みながら『遺伝ってすげぇ』と人体の神秘を噛みしめていた。

 

「もちろん、アルフォンス閣下は事前に何通も手紙でやり取りされたうえで行動に起こされていたので、いきなりと言うことはありませんよ」

 

「ああ、そこまで常識外れではなかったか」

 

「ただ、クシェペルカに送る手紙と一緒にするのは検閲作業が入るから止めてほしいと団員から苦情が「あー! あー! すみませんでしたぁー!」」

 

 物のついでに下手なことを言いそうになったノーラの言葉に合わせるように土下座状態のアルが叫ぶ。ただ、その言葉の一端を聞き取った恋する乙女約2人がアルに詰め寄る。その顔は他人の恋路エピソードを燃料とする逞しい女性そのものだった。

 

「え? イサドラちゃんと文通してるの? ほんとに? なんて書いてるの?」

 

「手紙以外で何か送ってるの? 何か気の利いた言葉とか? 教えて!」

 

「うるさいですね」

 

 キャイキャイと姦しい2人にアルは2人の耳元に口を寄せる。

 

「この前、抱き着いて寝ていたら寝ぼけた兄さんが抱き着き返してきて失神してましたよね? 見てましたよ? 防御力低いくせになに反動技使って自滅してるんですか」

 

「ほぐぅ!?」

 

「そっちはクシェペルカの例のお二人が結婚することをネタに接近しようとしてましたが、あの堅物相手になに小ダメージの小技ばっかり使ってるんですか。相手ノーダメージどころか気づいてませんでしたよ」

 

「ふぐぅ!?」

 

 腹に鋭い一撃を喰らったような声を出しながら倒れ伏す2人を余所に、アルがすっくと立ち上がるとこれ以上変な茶々が入らないように自らの口で続きを説明しだした。

 ただ、一番の難敵だと思っていたリオタムスも手紙にて訓練の重要性を何度も説き、割と乗り気なお祭り男であるアンブロシウスの援護射撃も入ったことで割とすんなり許可が下り、そこからは芋づる式に近衛騎士団や女中など王城で働く人間、さらに事故によって怪我人が出た時も考えて王家御用達の医療従事者にも話が通っていく。

 後は藍鷹騎士団の手引きでアルがオルヴェシウス砦の倉庫にしまいっぱなしだった例の定点カメラもどきを増産。配置が完了したタイミングと同じくして紫燕騎士団の脱出訓練の練度に目途が立ったというわけだ。

 

「そういえば、座学とか訓練の見学以外は外に出かけてたな。そんなことをしていたのか」

 

「先王陛下曰く、"自分に足りない物があるならば持っている者や出してくれそうな者を頼れ"。ようするに何事も根回しが大事というわけです」

 

「よく破綻しなかったね」

 

 アンブロシウスから学んだことつらつらと述べるアルに、ディートリヒが根回しの綿密さに舌を巻くと同時にこの計画の破綻し易さについて指摘する。

 ただ、アルは綿密に練られた計画ほどリカバリが利き辛い物だと前世で痛いほど身に染みているつもりだ。なので、今回の計画は例えば『いついつのどこどこで発光信号を出した機体を撃ち落としてくれ』や、『いついつに城の中庭に不審者が降り立つから、本気で捕まえてくれ』といった場所と日時とふわっとした指示しか出していない。

 

「このぐらいですかね? 教官は鍛えるだけが仕事じゃないんですよ。生徒がどの程度教えたことを理解しているのか把握するのも立派なお仕事です。……かといって僕も独断専行し過ぎました。ごめんなさい」

 

 再び腰を折って謝罪するアルを前にエドガー達は、生徒──紫燕騎士団員の今後を考えての試験をあの手この手を使って実施するというアルの教官ぶりに感銘を受けていた。そして、そんな試験を『自分達に秘密で危険な行為を強要させた』と憤慨していた今までの自分を恥じていた。

 自分達は未だ教官になりきれていないと知覚したエドガーが『俺もアルフォンスのような立派な教官になれるだろうか』と口を開きかけたその時。

 

「うーん。やっぱり地力で逃走成功で賞金じゃなくて逃走時間によって賞金の額が増減とかの方が良かったですかね」

 

「それだと身長180cmの人間かつ、黒スーツとサングラスが必須ですね。あー……、主旨変わりそうですね」

 

 そんなことを言う彼らの目はもはやエンタメ番組を取り仕切るプロデューサの目をしていた。彼らのあんまりな言いようにエドガー達、教官の気持ちが一つになる。

 

『台無しだよ!』

 

 本日も銀鳳騎士団は平和そのものだ。




昔のテレビはなんというか・・・ぶっとんだのが多かったですね。外国に芸能人をガバガバ監視で放ったりとか
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