カンカネンで余分な仕事をして帰ってきたアル。予め銀鳳騎士団に送っていた手紙によって連絡を受けていた為か、学園側からだけ『もうちょっと早く伝えてくれない?』と愚痴っぽく言われた以外はそんなに騒ぎになることはなかった。
紫燕騎士団への教導は概ね順調だし、このまま何事もなければ数ヶ月もすればトゥエディアーネの集団が大空を舞う光景も見られるだろうと予想していたアル達だったが、アルと入れ替わる形でカンカネンへ召喚されていたエルが帰ってきたことで事態は急転する。
なにやら困惑しているような珍しい顔色のエルに、呼び集められたエドガー達の脳裏に警鐘が鳴るが、この場を脱しても事態は好転しないことから大人しく傾注の姿勢をとって待機する。
「いきなり集まってもらってすみません。実は……ウィンジーネスタイルの有用性自体を疑問視する声が上がっているらしくて……。急遽、なんらかの演習をしなければいけないらしく」
「人を集めておいて疑問を持つのかい? それはなんとも……」
「今更ですね」
フレメヴィーラ王国は王が政治の中心である。その王が紫燕騎士団を設立するために人を集めたのに、その
「疑問視というのは語弊です。要するにウィンジーネスタイルの概要は分かっても、どんな役に立つのか分からないんですよ。魔獣を討伐出来ると言ってもどう運用するのか想像するのは難しいですし」
「そうね。どんなことが出来るのか想像出来ないと、変な任務押し付けて全滅するかもしれないしね」
鳴り物入りで呼び集められた部隊が実際にどのように役に立つのか。そして、その部隊が使用する最新鋭機に興味はそそられるが、いざ作ってもらって置物にしかならない状態では目も当てられない。なので、検討するための試金石が欲しい。そんな貴族達の声が透けて見えそうなオーダーに、全員はため息を漏らした。
「それを証明する……か。しかし、彼らにはまだ早いと思うがな」
「それに、彼らはまだ簡単な模擬戦を数度しか行っていませんよ」
先ほど紫燕騎士団の訓練は順調とあったように、彼らは空中での陣形変更などの練度が日増しに上がっていっている。だが、練度が上がっているからといってもすぐに魔獣を討伐しろと言われて即座に行動が起こせるような練度にはまだまだ至っていないのである。
また、彼らはようやく模擬戦という『実践と比べるとお遊び』に入ったところで、戦闘に対する心構え──いわば『命の取り合い』に全くといっていいほど適応していない。そんな状態の彼らをいきなり実践に放り出すのは危険だとエドガーとアルは指摘した。
「しかし、僕達や紫燕騎士団は王家に仕える騎士団です。行けと指示されたのに、"準備不足なので待ってください"では意味がありません。なので、実戦に対する心構えの訓練は急務と言えるでしょう。となれば、成果報告のついでにアルの脱出訓練で用いたドッキリを用いて訓練してしまいましょうか」
「アルフォンスの──ああ、実戦形式の訓練か。今度は何をやる気なんだ?」
「どうせ、トゥエディアーネにも手を加えるつもりなんだろ? 聞かせろ」
訓練を流用するという言葉にエドガーとダーヴィドがアルに視線を合わせながら反応を待つが、アルもそんな話を聞いた覚えがないので必死に無関係をアピールする。すると、先ほどの流れからアルも噛んでいると勘違いしているのを察したのか『アルは何も知りませんよ』と笑いながら一言を添える。
「本当に何をするつもりなんだい?」
一体全体何をやろうとしているのか、それはエルだけしか全容を知らない状態。全員の視線がエルを射抜く中、周囲に自分達以外誰も居ないことをもう一度確認してからエルはこっそりと胸に秘めている考えを述べた。
なんてことはない。トゥエディアーネの教導を行っている中隊長達と紫燕騎士団1個中隊による模擬戦を開始することで、現状の成果を発表。そして模擬戦終了後、不意打ち気味にエルとアルがアンノウンと称して乱入し、あらかじめ話を通したトゥエディアーネを2~3機ぐらいを落とした後に母艦に向けて突撃するという実践さながらの状況を作り出すだけである。
「いや……。それは……危険すぎるだろう?」
アルの時と比べてはるかに危険な考えに、唯一反論ができたエドガーの声だけが宙に溶ける。そして、その声に呼応するようにディートリヒが声には出さないが同意するように首を動かすが、ヘルヴィとアディは少しだけ考え込む姿勢を取った末、エルの考えに同意するというエドガーの反論とは間逆の反応を示した。
「ヘルヴィは別の意見だと思うが、アディちゃん。分かっているとは思うけど、騎士団長閣下の意見を率先して聞くのが騎士団長補佐の仕事じゃないよ?」
「でも、あの戦いの後なのか……あの人達を見てたらなんだか不安なの! だから、準備が整っている今、やっておいた方が絶対良いと思……う?」
基本的にアディはエルの言う事をほいほい聞いているだけなので、ディートリヒはアディに自身の考えを言うように注意を促す。しかし、アディの口からは自身が考えたらしい言葉が次々と吐き出されるので、それを聞いた一同は驚きと共に心の底にある父性(または母性)が『立派になって』と涙を浮かべた。
ただ、アディの口から出て来る言葉の節々には『不安』や『疑問系』といった歯に物が詰まったような不快感を表す言葉が混ざっていたので、聞いている方もなにやら判断に困る顔を浮かべ始める。
そんな時、紫燕騎士団で女神と囁かれているヘルヴィがその会話に見かねて助け舟を出すために手を挙げる。
「えっと、彼らの戦いの経験値っていうか……。心構えっていうか……。そんなのが不足しているのは皆の共通認識よね?」
「そうだね。それをおいおい育てていこうかと思っている。エドガーもそうだろ?」
「そうだな。今、やる必要はないと思っている」
「そのおいおいするであろう訓練に、現状ほど色々揃う見込みはあるのかしら?」
ヘルヴィの順序立てた意見にエドガーとディートリヒはすぐさまアルを見る。そんな困った時はこいつが何とかしてくれるだろう的な視線に気づいたアルは、『なんでも僕に押し付けないでくださいよ』と文句を言いながら少し考えを巡らせるが、やがて指で×を作る。
「たしかに似たような状況は作り出せるかもしれません。ですが、何事も最初の記憶は強く本人に根付くもの。兄さんの目的が教訓を記憶に刻み付けるためであれば、2度目の出撃だと教訓になり辛いと思われます」
「記憶による強い意識付けか。……ああ、たしかにそうだよ。記憶に刻み込んだ方が身になるのは確かだ」
「いまだに医務室嫌いが治ってねぇもんな」
グゥエラリンデとエルを交互に見たディートリヒが遠い目で実感がたっぷり込められてそうな言葉を漏らす。おそらく過去のことに思いを馳せているのだろうディートリヒとそれを茶化すダーヴィドをよそに、エドガーは危険行為による死傷者の可能性とアディやヘルヴィの言うように精神面の錬成という結果を真剣に天秤に掛けていた。
「いや、エドガーさん。そんなに悩まなくても喜んで被害出そうとはしてないです。指揮官が突如不在になった時の判断や指揮官補充による指揮権の譲渡など、不測の事態による対応は座学だけでは学びきれないことを教え込もうって思ってます。エドガーさんも経験があるでしょう?」
「そう……だな。あの大戦では学ぶことが多かった」
どこからともなく飛んでくる法弾に敵の待ち伏せ。空高くから強襲をかけてはお祭りを楽しもうとする
後者2人は話から逸れるが、隣で待機していた小隊が
「そうと決まったら早速綿密な打ち合わせ……の前に、アルのシルフィアーネ・トレーナーって量産可能ですかね?」
「駄目だ。手が足りねぇ」
ダーヴィドに視線を向けたエルだが、ダーヴィドからは『無理』の一点張りだった。
銀鳳騎士団の
ならば、なぜ手が足りないのか。答えは至極単純で、『2つの騎士団の面倒を見ているから』である。
「一般的な業務に加えてトゥエディアーネの修理や補修作業で作業が圧迫してる。その合間に紫燕騎士団のナイトスミス達にも整備に関しての技術を叩き込まにゃならねぇ。これ以上の仕事を割り振るのは無理だぞ」
人一人が出来る作業には当然だが、限界が存在する。たまにその限界を乗り越えるように発破をかけて従業員を潰す企業があるが、銀鳳騎士団はエルやアルがたまに常識に喧嘩を売る開発を行うことによって『多少』のストレスが団員達に降りかかるというブラックさを除けば、中々ホワイトな職場である。そんな彼らにさらなる作業を求め、万が一でも現場猫案件が発生して欠員が出るのはエルにとっても避けたい事態なので大人しく引き下がるが、それほどまでにエルがシルフィアーネ・トレーナーに固執する理由が分からなかった。
「僕のシルフィアーネ・トレーナーを使うのはまずいんですか? 見慣れない外見目的なら、可変機とか。まだ構想段階で、試験機も出来てませんが」
「机上の理論に基づいた危険行為に付き合う気はないので却下。見慣れない外見もそうですが、"アルとは別の誰かかもしれない"って疑惑を紫燕騎士団員に与えたいんです。砦にあったのになんでもう1機あるのー?って感じで」
アルからの疑問に、エルは『より紫燕騎士団員を混乱させるため』と答える。演習後という気が抜けた瞬間を狙った襲撃。それだけでも混乱を誘うのに、『砦にあるはずの機体がなんでここにあるのか』という疑惑を持った中で戦う状況も加わることによって、より判断を鈍らせることが出来る。
そして、仮にその状態でまともな判断──襲撃者の撃破を目標として動けるのであれば、既に彼らは並の騎士団以上の現場判断能力を有している十分な証拠となるだろう。満足に動けないにしても、成果に付け加える形で『課題が残っているのでもう少し時間をください』と切り返すことが出来る。
「当然、使用するシルエットアームズは出力を抑えますが、やると決めたら僕も本気で戦闘を行います。彼らには少しばかり、何が起こるか分からない戦場の空気というものを感じさせてあげましょう」
「分かった。開けれる作業は無いか確認するが、それが駄目ならラボにでも頼んでくれ」
「僕は連絡が必要そうな面々をピックアップしてきますので、兄さんはプレゼンの準備に入ってください」
「俺達は……どうせ落とされるのは俺達だろうから、誰がやるのか決めておくか。他にやることもないし」
エルが締め括りの一言を話し終えると、自身が考える目的を告げながら解散していく。その数時間後、エルとアルはシルフィアーネ・トレーナーをカンカネンへ向けて砦を発つ。
ここから数日ほど、カンカネンの城からは『勘弁してくれ』という嘆きや、『面白そうだ』という興味心身といった声が聞こえたらしいが、近衛騎士団は巻き込まれたくない一心であえてその声を無視した。──のだが、結局は演習を見届けなければならないということで、近衛騎士団内部に最近出来た『特設飛行船団』のメンバーが仲間達に見送られる形で次々と会議室に入っていった。
***
カンカネンで王族や特設飛行船団へのホウレンソウが済んだエルとアルは、今後のやらなければならないことを手早く整理してから次の行動に入る。エルはエドガーやディートリヒなど演習をコントロールする側のメンバーを交えての具体的な方針の検討するためにそのままカンカネンに残り、アルはシルフィアーネ・トレーナーを1機都合してもらえるよう、
「なるほどなるほど。つまり、銀鳳騎士団では手一杯だからこの教導機を1機急ぎで作って欲しいと? ……冗談ですよね?」
「え、うちはやっても良いですよ? 教導機とか面白そうですし」
「こっちもアルフォンス殿の頼みなら皆、頼まなくても勝手に来ますよ」
「君の班はトゥエディアーネの量産。君の所はカーゴシップの外壁を仕上げる役目があるでしょう」
デュフォールに着くや否や、機体から降りて来た存在にすぐさまオルヴァーが招集された。そして、その手に持っている指令書や資料の山を認めると既に一線を退いているガイスカを呼び、持ちこんで来た資料から工数を算出するように指示を出しながら既に新しい技術の虜となっている技術馬鹿達を牽制する。
「稼働している工房や仕事量から見るに……厳しいですな。む? この工房とこの工房は空いておりますぞ」
「そことそこはナイトスミスが倒れてもぬけの殻だよ。やっぱり、すっごく残念なことに僕の計算違いではないようだね。あぁ、どうしよ」
計算間違いであってほしかったオルヴァーだが、自身の頭はまだ正常なことに頭を抱える。
フレメヴィーラ王国内の
ただ、現状は紫燕騎士団で使用するトゥエディアーネや各領地で運用予定の
どこもかしこも空、空、空という要請に、そろそろ温厚なオルヴァーもプッツンきそうなタイミングで、アルが『ちょっぱやで機体作ってください』と泣きついてくる。カルディトーレ開発の手伝いや技術指導と大き過ぎる恩が無ければ即座にデュフォールから叩きだしているほどのかなり間の悪い時の依頼だった。
「少々スケジュールを拝借。……この方と、この方、そしてこの方。……後、リテイラー伯爵とディクスゴード公爵の納期はもっと先で良いです。ちょうど、カンカネンにいらっしゃっていたので先王陛下と一緒に頼みに行って快諾いただいてます」
「さらっと先王陛下を交渉に持ち込まないでくれるかい?」
「いえ、僕だけで交渉に行こうとしたら"交渉事のイロハを叩きこんでやるゆえ、連れて行け"と勝手に参戦してきました」
相変わらずのフットワークの軽さにオルヴァーは目元を抑える。ただ、アルから持ち込まれた情報を基に再度工数の計算を試みると先ほどアルに依頼されたシルフィアーネ・トレーナーを1機どころか3機ほど量産しても少し余るほどの猶予が生まれたので、オルヴァーはパッと顔を綻ばせる。
「いやぁ、助かったよ。近衛騎士団から色んな情報が届けられて、その情報を寝食を忘れて読み解いていたナイトスミス達が倒れてね。もう駄目かと思ったよ」
「あー、それ届いたんですか」
アルの一言によって朗らかなオルヴァーの顔が真顔で固まる。先ほど話題に出ていたカンカネンの近衛騎士団からもたらされた眼球水晶の個数を増やした
その理由は
「やっぱり君のせいだったんだね! ハハハッ、誰かが倒れるたびに予定を組み直す僕の身にもなってほしいな!」
「皆、勉強熱心なようで良かったです」
オルヴァーが怒り混じりで抗議するが、どこ吹く風とそっぽを向くアルの態度やすぐに真似が出来るという理由で取り入れることにした
「じゃあ、アルフォンス君の依頼を受ける工房は──」
『はーい!』
話を戻そうと顔を上げたオルヴァーの目には天高く挙げられた手の群れが映る。それは話を聞いていたほとんどの
そんなお祭りテンションに冷水をぶっかける真似など、度重なる激務で疲労困憊状態のオルヴァーには出来なかった。
「ガイスカさん。あなたからも何か……」
「所長。ワシ、一応引退した身じゃから手伝っても良いかの?」
「ガイスカさん。あなたもですか」
内心頼りにしていた人物が誰よりも綺麗に皺だらけの手を挙げていたことにオルヴァーは吹っ切れた。ガイスカに『班が出来たら報告してください』と言った彼は、ふらふらとした足取りで部屋を後にする。
アルが納期を延ばしてくれたおかげでかなりの余裕が生まれた。ならばやることは一つしかない。久方ぶりのベッドを目指し、オルヴァーは先ほどまでのやり取りを忘れて行進を続ける。
***
そうした一幕もあり、アルの行動範囲は格段に増すこととなった。
────────────
「バックウェポンの登場によってシルエットナイト同士の戦いにおいては身を隠すのが定石となるでしょう。その時に必要なのがシャベルです。身を隠す穴や、その穴を繋げて身を隠して行動するための空堀を作ることも出来ます。剣や槍。シルエットアームズよりも取り回しの良い武器にもなります。──そういえば、ミシリエの戦いで土木用のシャベルとか両手に小さいツルハシ装備させて暴れ回っていた騎士も居ましたね」
(この人、どんだけ騎士を土木作業員にしたいんだろ)
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「キヴィラハティ君!エーテリックレビテータが止まりましたよ! あと数分もしないうちに地面に激突ですよ!」
「ひいぃぃ!」
「ほら、次はホロモニターがイカれましたよ! 次は吸気口! 次は魔力伝達の異常です!」
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
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このように授業がある日はライヒアラ騎操士学園で教鞭を執り、無い日は差し入れを片手に砦で紫燕騎士団を『可愛がり』をおこなう。そして日の入りの時間になると、今度はエルと共にシルフィアーネ・トレーナーでデュフォールまでかっ飛び、ガイスカ達から進捗報告を受け取ると帰宅という過密スケジュールを送るようになった。
「銀色小僧、大丈夫なのか?」
「え、なにがです?」
「いや、今日もデュフォールに行くんだよな?」
「え、新しい子の性能について聞きたいんですか?」
ただ、そんな傍目から見てもいつかぶっ倒れると囁かれていた彼だったが、不思議なことにピンピンしていた。曰く、今回のトレーナーには眼球水晶を4つ付けたバイザーを付けた視界改善仕様にしており、可動状態の操縦席に座るだけで疲れが吹っ飛ぶと、まるで新しいおもちゃを買ってもらった後の子供のようにはしゃいでいた。
矢継ぎ早に話される新しい機体──シルフィアーネ・トレーナーとは明言していないが、エルの計画の一部を工房内で話し出すアルにストップをかけるダーヴィド。ただ、傍から聞いていればただの
つまり、いつも通りである。
『銀鳳騎士団の人達はどうやら、僕も騎士団長と同じ
後に、このことをアルはさる御方に充てた手紙のネタとして認める。当然、他にも機密に当たらない様な当たり障りない内容も書き、『そう言えばヘルヴィさんとか夏でも寒いと言ってたな』と薄手のブランケットを購入して手紙と一緒に藍鷹騎士団に渡した。
『今更じゃない?』
ただ、そこまでのことをしたのに返ってきたのは慰めの言葉ではなく、元から知っていたかのような内容。あんまりだとばかりにアルは両膝を床に落としつつ『あんなのと一緒にしてほしくない』と激怒するが、対するさる御方は贈られた薄手のブランケットを常時笑顔を浮かべていたとか。アルの好感度ポイントがちょっと下がったのは内緒だ。
***
そんなドングリの背比べのようなやり取りがあったが、いよいよ紫燕騎士団の選抜メンバーが現在の練度を近衛騎士団に見せる日がやってきた。今回の演習の目的は積み荷が満載状態の
「俺は今回選ばれなかった皆とレビテートシップに乗船する予定だ。選ばれなかった諸君も、いずれ来る本番に備えて守られる立場というものを体験して今後の糧にしてほしい」
この演習は事前に決められた通り、紫燕騎士団全員を参加させている。これはトゥエディアーネに搭乗する練度が高い騎士達の他に
「エドガー教官。演習中に魔獣が入り込んでくる可能性がありますが、その際はいかがしますか?」
多少浮付いた空気の中、可能性としては十分にあり得るイレギュラーについての措置をキヴィラハティが質問する。与えられた情報だけではなく、自身で何かを考えて意見する精神にエドガーは彼の成長を感じ取りながら『可能であれば殲滅。最悪、追い払え』と命じる。
ただ、『出て来るのは魔獣だけでは限らない』と言いそうになったエドガー。ネタばらしになるために滑りそうになる口の中を噛みしめることで必死に耐えていた。
「それでは、近衛騎士団と合流するためにカンカネンへ出発する!」
話が済んだエドガーがカンカネンで待たせている近衛騎士団と合流するため、紫燕騎士団員を次々とツェンドリンブルのキャリッジに誘導していく。揺れるキャリッジの中で、紫燕騎士団員は人前ではじめて腕前を披露できる機会や、初めて
そのためか、この場にエルとアルが居ないことを誰も気にすることが無かった。最重要タスクである紫燕騎士団を放っておいて、2人は何処へ行ったのかというと……既に空の上だった。
「エーテルリアクタに供給する大気の量を調整するスクリプトを試験的に実装しましたが、上手くいってますね」
錆止めだけに留めた真っ黒いシルフィアーネ・トレーナーの腹部に存在する操縦席の住人、エルは上機嫌に前方だけではなく左右にも視界が広がった最新型のホロモニターと計器が指し示す嬉しい報告にご満悦だった。
「では、黒騎士を手筈通りにカンカネンの南からアプローチさせますね」
本来は出自を表す紋章を持たなかったり、理由があって紋章を塗り潰したフリーランスの騎士に用いる名前を付けられた機体は、いささか煩い吸気音を鳴らしながら進路を変更する。その音にエルは、『同じ種から作られたエーテリルアクタ同士、気が合うんですかね』と、エーテルリアクタのカップリングが実在するかのように話し出した。
「えぇ、なにカップル成立したら何処からともなく駆けつけるオバちゃんみたいなこと言ってるんですか」
「良いじゃないですかー。結果的にクィーンズコロネットの魔力を防御力に全振り出来てるんですから」
引き気味に放ったアルの言葉に対し、エルは不機嫌そうに答える。
実はこの機体、通常のシルフィアーネと同じく2基のエーテルリアクタを積んでいる。片方はアルが倒した魔獣の触媒結晶を材料にエルが作成した『
通常ならば
その後、銀鳳騎士団の旗機であるイカルガを突如倉庫の奥に仕舞いこんだり、巨大なゴンドラを装備させたシルフィアーネ・トレーナーに謎の大荷物2つとダーヴィドを含んだ古参の
まぁ、そんな大事をしでかした結論だが『そんな都合の良い現象なんて発生してねぇよ!』というのが我らが
「他にも色々つけてるし……兄さんのおもちゃ箱じゃないんですよ?」
潤沢な魔力を備えているからか、ぐんぐんと速度を上げる黒騎士。その両手にはアルが良く使用する
これらの装備は、またもやエルが『せっかく演習するんだから』と妙に張りきったために作り上げられた物達ばかりで、アルは使い方すらも把握できていない。変則的な複座の機体でそれはかなりまずいのだが、今更説明されても習熟するのに時間がかかるだろうと判断したアルは自身をパイロット。エルを管制官と役割を定義した。
「そういうアルも頭部に装備させてるじゃないですか」
「これは実戦テストだから良いんです」
かくいうアルも機体の頭部に眼球水晶を4つ付けたバイザーを装備させているのだが、これはカンカネンの実験を経て確立された新技術の実戦テストという名目で付けたとアルはなんの悪びれもせずに反論する。
そうこうしている内に前方の方で大きな黒い塊の周囲を黒い点が忙しなく動いていることにアルが気づく。それをエルに共有しながら徐々に機体の速度と高度を落とし、非常にゆっくりとした足並みで黒い塊に近づいていく。
「望遠装備持って来た方が良かったのでは?」
「これに望遠装備も付けますかねぇ」
「望遠距離が異なるレンズを使い分けるのも良いんじゃないです?」
気づかれないよう慎重に操縦する場面でも開発魂に火がついたエルの口は止まらない。アルも慣れた調子で『はいはい、むせるむせる』とおざなりに返しながら、見つからないように距離を見計らう。
そして、黒い点──トゥエディアーネの動きが緩慢になりつつあるタイミングになった途端。アルは伝声管を使ってエルに機体の各種出力を上げるように指示する。
「ジェネラルソウル及びクィーンズコロネット、共に最大出力。クィーンズコロネットの魔力を全てハードスキンに回します。兵装のスクリプトチェック……全て良好」
「集団に突っ込んだら手筈通り、ヘルヴィさんとディーさんとのドッグファイトに移ります。後ろを取られる形になるので牽制をお願いします」
「了解」
徐々に高まる吸気音と同じく闘志も温まっていき、全ての伝達事項が終わった瞬間。アルは鐙を思いっきり踏み込んだ。限界まで引き絞られた矢のように黒騎士はトゥエディアーネの集団に飛んでいき、彼らの間を器用にすり抜ける。
「現在接近中の
その明らかな挑発行為に、
こうして、銀鳳、近衛、紫燕3つの騎士団を交えた盛大なお祭りの第2幕が上がり始めた。
黒騎士
コマンダーシェルケースの触媒結晶から製作されたエーテルリアクタと、イカルガの通常起動時のエーテルリアクタを合わせたシルフィアーネ・トレーナー。
カラーリングは全てサビ留めである真っ黒で、その風貌と用途から機体名はフリーランスの騎士を語源とする黒騎士になった。
基本的にはシルフィアーネ・トレーナーと似たような形状だが、頭部には眼球水晶を4つくっつけた視界改善用のバイザーを搭載し、大隊級魔獣産のエーテルリアクタから産まれる膨大な魔力を十全に使うためにマギウスジェットスラスタの出力も上げている。
※本文にもある通り、元々クィーンズコロネットを入れる計画ではなかったため、クィーンズコロネットの魔力は全てハードスキンととある防御用魔法に使用しているので、遠距離に対しては見た目以上にカッチカチの仕上がりとなっている。
武装は両手にエルのウィンチェスターを模したシルエットアームズ。大型の翼にはミッシレジャベリンが両翼合わせて2本。ゴムのような妙な光沢を放つ小さな塊が両翼合わせて4個ほど搭載されている
これらの兵装は管制官のエルがフルコントロールから機体にアクセスして使用する運びとなっているため、アルは操縦と頭部兵装に集中できる。
脱出訓練に加え、このような過剰な訓練はもしかすると・・・今後の災いに対する大きな力になる・・・かもしれません