銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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ボキューズ大森海調査飛行前夜編
109話


 カンカネンの近くに存在する森林地帯。その上空では空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)同士の戦闘が行われていた。

 輸送型飛空船(カーゴシップ)からの指示を法撃によって応えたことにより、エドガーは黒いシルフィアーネ・トレーナーは『黒騎士』と呼称。アディと演習を行っていたキヴィラハティの中隊を輸送型飛空船(カーゴシップ)の守りに配し、ディートリヒとヘルヴィで迎撃するように指示を出した。

 

「あの機体なんなの! アル君の乗ってたのよりも速くなってない!?」

 

「騎士団長閣下と副団長閣下の合作だよ? なにも起きないはずは……ないっ!」

 

 まずは小手調べとばかりにトゥエディアーネと黒騎士の追いかけっこが始まる。ただ、一向に距離が縮まる気配を感じない2人は輸送型飛空船(カーゴシップ)から距離が離れていることを良いことに軽口を叩きながらボタンを押し込むことで法撃を始める。

 少しでも相手の機動や速度を殺すことを意図した法撃だったが、黒騎士は空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)に取り付けられている鰭翼(フィンスタビライザ)と呼ばれる部分や翼の一部を動かすことによって法撃の間をすり抜けるように回避される。

 

「何が"撃墜できるなら撃墜して構いません"だ。一筋縄と行かないじゃないか。ヘル「ディー、後ろ!」」

 

 事前に聞かされていた指示通りに全力で対応しても遊ばれているかのように舞う黒騎士に、ディートリヒは現状を打破しようと近接戦をヘルヴィに提案しようとした瞬間。黒騎士は水平状態の胴体を引き起こした。

 大型の胴体と翼に大量の大気が当たり、黒騎士は浮揚力場(レビテートフィールド)によって現在の高度を維持したまま急激に減速。そのまま高速で黒騎士を追いかけていたトゥエディアーネを見送ると、再び胴体を水平に戻して先ほど追い抜かした2機を追いかける。

 

「後ろを取られ続けるってのは嫌なものだね。ヘルヴィ、散開するとしよう」

 

「そうね。どっちが狙われても文句なしってことで!」

 

 後ろという死角を取られた2人は即座に散開する。その手際の良さに黒騎士は一瞬悩むが、とりあえず視線の端に捉えたトゥエディアーネ──ディートリヒの方へ進路を取る。操縦席にまで聞こえる爆音が近づいてきたことにディートリヒは、『貧乏くじか』と己の運の無さを嘆きながらも鰭翼(フィンスタビライザ)源素浮揚器(エーテリックレビテータ)の出力を上下させ、一秒でも長くの時を稼ぐよう尽力する。

 

「ディーには悪いけど、これで……ってウソ!」

 

 時を同じくして、多少大回りに放ったがディートリヒを追いかける黒騎士の背後に着いたヘルヴィは早速とばかりに法撃を仕掛けるが、黒騎士の両腕が後方のヘルヴィに向けられる。そのまま両手に装備された2丁の魔導兵装(シルエットアームズ)から細かな法弾が放たれたことによってヘルヴィからの法撃を相殺した。

 

「後ろに目でも……ってあれ、2人乗ってるのよね」

 

 曲芸染みた行動に改めて2人乗りの強さを実感するのも束の間。黒騎士からヘルヴィを追い払うように細かな法弾が壁のようにトゥエディアーネの進路を遮ってくるので、彼女は舌打ちしながら黒騎士から距離を置く。

 

「ディー! ミッシレジャベリン!」

 

 すると、邪魔者が居なくなったことで黒騎士の翼に懸架されている魔導飛槍(ミッシレジャベリン)に爆炎が灯る。その光景と狙いを瞬時に察したヘルヴィは、魔導光通信機(マギスグラフ)を絶え間なく灯らせながら大声を出すが、ディートリヒのトゥエディアーネは黒騎士よりも遥か先で回避行動を取っており、トゥエディアーネの操縦席から見て真後ろは死角となっている。そのため、ヘルヴィの大声も魔導光通信機(マギスグラフ)の符丁もディートリヒには届かなかった。

 

「ああ、もう! 世話が焼ける!」

 

 そうなって来ると、ヘルヴィの取れる手段は魔導飛槍(ミッシレジャベリン)を命中させない様に妨害するしかない。ディートリヒからしてみれば理不尽に感じるような怒りと共に、ヘルヴィは命中させるために必要な銀線神経(シルバーナーヴ)魔導飛槍(ミッシレジャベリン)の本体に狙いをつけてから法撃を放つ。

 だが、残念なことに魔導飛槍(ミッシレジャベリン)が蛇のようにグネグネとした機動をとっているため、しっかり狙いを付けたはずの法撃は呆気なく空を切る。

 

「なら、黒騎士の方を狙うまで!」

 

 魔導飛槍(ミッシレジャベリン)への攻撃は失敗に終わったが、当たらないと知るやヘルヴィはすぐさま狙いを黒騎士に変更する。──が、源素浮揚器(エーテリックレビテータ)のみでは説明がつかない程に上下左右と動く黒騎士に加え、先ほどから法撃をばかすか撃ち過ぎたことによって魔力貯蓄量(マナ・プール)が割とギリギリになっている状況にヘルヴィは心の中で『あ、これ無理』と諦めの言葉を呟いた。

 

「さて、そろそろヘルヴィが何とかしてくれただろう。形勢逆転と……」

 

 ヘルヴィが諦めの境地に至っていたちょうどその時、逃げ回ることに全ての力を注いでいたディートリヒがふと黒騎士からの法撃が止んでいることに気付く。状況から見てヘルヴィが上手いこと黒騎士を退けてくれたと期待にした彼は、トゥエディアーネの胴体を回転させながら後ろを確認したの──が。

 

「キィエェェァ!?」

 

 幻像投影機(ホロモニター)一杯に太陽光によってまばゆい光を放ちながらこちらへ向かってきている魔導飛槍(ミッシレジャベリン)の姿。一種の恐怖体験にディートリヒは絹を引き裂くような乙女よりも数段高い、一撃に全てを込める流派の猿のような叫び声を上げながら操縦桿を掴む手に力を込める。

 しかし、トゥエディアーネが回避行動を取るよりも僅かに早く、演習用に用いる刃先を丸めた魔導飛槍(ミッシレジャベリン)がトゥエディアーネの胴体を強かに叩いた。高速で突っ込んだため、先端がひしゃげてしまった魔導飛槍(ミッシレジャベリン)は爆発と共に自壊し、大小の破片が重力に引かれて森の中へと消えていく。

 

「もうちょっとやれると思ったんだがねぇ。えっと、このボタンを押して……。うぉっと、結構振動が来るな。そのまま地上付近で脱出と言う流れだったね」

 

 そんな魔導飛槍(ミッシレジャベリン)の動きを見ていたディートリヒは、少しばかり意気消沈しながら予め教えられた操作を行う。ボタンを押すごとに操縦席の背後から爆発音が轟き、その影響で操縦席が揺れ始める。さらに操作を続けると、今度はもうもうと黒い煙がトゥエディアーネを包み込み始めたので、ディートリヒは手順が合っているのか若干不安になりながらも徐々に源素浮揚器(エーテリックレビテータ)の出力を落として下降を始める。

 

「えぇ、私1人であの子達相手にするの? ……無理ぃ」

 

 ディートリヒが被弾して落ちていく中、ヘルヴィはディートリヒのトゥエディアーネが緊急時に点灯させる約束の強化型魔導光通信機(マギスグラフ)が点灯していないことを確認しながら独り言ちる。ただ、紫燕騎士団や近衛騎士団が遠めに見ている手前、引くに引けない彼女はもう一度気合を新たに黒騎士を追いかけはじめる。

 

 ツェンドリンブル時代に培った機体の重心移動を使った緩やかに方向転換や、空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)を乗り回すことで身に付いた鰭翼(フィンスタビライザ)を用いた瞬発的な動きを行うことでなんとか黒騎士と離されない距離を保つが、未だに有効打を与えられていないことにヘルヴィは思考を巡らせようとしたその時。

 

「っ! その動きは見たわよ!」

 

 黒騎士は再び胴体を引き起こし始めたことにより、ヘルヴィは後ろを取られまいと同じようにトゥエディアーネの魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を停止させながら胴体を引き起こした。機体の急減速によってヘルヴィの身体の節々が悲鳴を上げるが、彼女は身体強化の出力を上げつつトゥエディアーネの持つ魔導兵装(シルエットアームズ)の切っ先を黒騎士に向ける。

 両者共に急制動を掛けている今だからこそ当てられる。そう思ってトゥエディアーネの首が黒騎士を捉えるまでの時間が惜しいと、ヘルヴィは法撃のボタンに指の力を込める。──前に彼女の身体に突如強い振動が何度も襲い掛かった。

 

「あっちもそう思ってたのね。やられたわ」

 

 トゥエディアーネの首が回ったことによって、ヘルヴィは既にこちらに首を向けていた黒騎士の姿を捉える。頭部付近に陽炎が出ていることから、急減速を掛ける前からヘルヴィがこちらに攻撃を仕掛けてくることを想定に入れて頭部兵装を備えている頭をこちら側に向けていたと分析を済ませた彼女は、得心が行ったような表情を浮かべながらディートリヒが行ったような操作を行って徐々に降下を始める。

 

「なんで黒騎士を止めてくれなかったんだ!」

 

「あんなの止めろって無理でしょ! それより、もうちょっと気合入れて避けなさいよぉ!」

 

「あの2人のミッシレジャベリンから逃げ切るって無茶にも程があるだろぅ!」

 

 その後、彼らは無事に機体を脱出して合流を果たして早々口喧嘩が勃発したのだが、フレメヴィーラの豊かな大自然はそんなやりようの無い怒りを多分に含んでいる喧噪も慈悲深く包み込んでいった。

 

***

 

 輸送型飛空船(カーゴシップ)を中心に防御陣形を組んでいたキヴィラハティ中隊は、ディートリヒとヘルヴィのトゥエディアーネが立て続けに撃墜されていく様子を青白い顔色で見ていた。大量の黒煙やその奥にチラつく紅い炎に巻かれながらゆっくりと森へ向かって降下していく2機の姿に、近くに居た中隊員が引きつったような声を上げる。

 

「ディートリヒ教官と……ヘルヴィ教官が……」

 

「どうすりゃいいんだよ。勝てっこねぇよ」

 

「そもそもあの機体、なんでここにあるんだよ。副団長が同じ騎士団の団員を殺したってことか?」

 

「そんなの知らねぇよ!」

 

 混乱の大渦の中でもがく中隊員は、もはや自力で正気に戻ることは不可能だった。そして、それらの会話はトゥエディアーネの拡声器を通じて輸送型飛空船(カーゴシップ)の艦橋にも届いており、会話の内容からエドガーは『まだ早かったか』と呟きながら指示を出そうと輸送型飛空船(カーゴシップ)の拡声器に近づこうとするが、その前にキヴィラハティの力強い声が聞こえて来た。

 

「キヴィラハティからエドガー教官とアデルトルート教官へ!」

 

「なに?」

 

「エドガーだ。どうした?」

 

「防衛役として中隊から1個小隊を出します。カーゴシップはこの場から即時撤退してください! アデルトルート教官は先導役としてカーゴシップの前で警戒をお願いします」

 

 キヴィラハティからの意見具申。それも、エドガーや同席している近衛騎士団の特設飛空船団団長を務めあげる『トルスティ・コスケンサロ』が予め指示しようと決めていたことにドンピシャの意見にエドガーとトルスティはニヤリと笑う。

 しかし、これはキヴィラハティの独断である。当然、周囲で先ほどの意見を聞いていた中隊員は彼に食って掛かっていた。

 

「はぁ!? キヴィラハティ、お前中隊長だからって俺達に相談なしで決めるなよ!」

 

「相談しなかったのは謝る。だけど、僕達はあそこにいる紫燕騎士団の代表としてトゥエディアーネに乗っているんだ。ここに居る多数が生き残るために出来ることを考えると、これが最善なんだよ」

 

 だが、キヴィラハティは自身の中で十分に考えた末に出した結論を持って説得を行うと、中隊員は輸送型飛空船(カーゴシップ)を見て押し黙ってしまう。アルが教えて来た『生き残るために考える』という概念は、もはや紫燕騎士団の意識として定着している。

 そんな彼らが今、輸送型飛空船(カーゴシップ)の中に居る人間を教官2人を討ち取った黒騎士から守れる手段は非常に悔しいことだが、誰かが時間稼ぎをしている間の撤退しかなかった。

 

 それならば教官であるアディを残すのがセオリーだろうが、立て続けに2人の教官クラスの実力を持つ人員の撃墜という痛手を考えれば、やはりキヴィラハティ中隊が適任だろう。

 

「ああ、分かった。俺達は紫燕騎士団の代表だからな、そうだろ皆!」

 

『応!』

 

 中隊員の力強い返答にキヴィラハティはせめてかく乱できるような作戦を立てていると、輸送型飛空船(カーゴシップ)からエドガーではない別の人物の声が聞こえてくる。

 

「トルスティだ。我らはキヴィラハティ君の意見に従うことにする。殿を務める者はすまないが、奮戦を期待する!」

 

 近衛騎士団所属というそこらの貴族が所有する騎士団の団長という役職を除けば騎士としてはエリートな人間からの激励にキヴィラハティは内心舞い上がりそうなほど歓喜に打ち震えるが、鋼の意思をもって自身を律する。

 とりあえずトルスティには『了解』という返事をした彼は時間が惜しいと護衛役として1個小隊を配し、『気を付けてね』という声を残すアディのトゥエディアーネを先頭に輸送型飛空船(カーゴシップ)から背を向けながら魔導兵装(シルエットアームズ)と近接用の剣を構える。

 

「カーゴシップが十分に離れたと同時に離脱。最後まで諦めるなよ?」

 

「機体なんざ消耗品だろ? ダーヴィドさん達の説教が聞くまではくたばらねぇよ!」

 

 周囲に集まってきたトゥエディアーネを見渡しながら軽口を叩きあうキヴィラハティだが、頭の中では今まで学んできた陣形や符丁を総動員させる。

 仮にあの黒騎士の騎操士(ナイトランナー)がエルかアル。遠目から見てあんなにウィンジーネスタイルを手足のように動かす操縦技術と逃げていく輸送型飛空船(カーゴシップ)を追いかけずにいる様子から2人のうちどちらかであることはキヴィラハティの脳裏でほぼ確定しているのだが、そんな2人を1個小隊で長時間拘束することができるのか不安になってきたキヴィラハティは『アデルトルート教官にも協力してもらえば良かった』と早々に自身の判断に自己嫌悪し出した。

 

「イチバン ニバン ハサメ サンバン コウゲキ」

 

 念のために魔導光通信機(マギスグラフ)による符丁で合図を送ったキヴィラハティは、小隊の2番機と共に黒騎士へ挟み込むように動き出す。その後ろを3番機が彼らが仕損じた場合のフォローが出来るよう、源素浮揚器(エーテリックレビテータ)の出力を少し上げて高い所から先行する2機を追随。3機による今出来る中で最良を思われる連携にて黒騎士を駆逐せんと襲い掛かる。

 

「船を逃がして殿で時間稼ぎをする作戦ですか。嬉しいですね、ここまで育ってくれてるとは予想外でした」

 

「練度も良いですね。挟み込む2機の息がぴったりですよ」

 

 そんな黒騎士にとって絶体絶命の最中、黒騎士の操縦席ではとある2人の会話が為されていた。1人はこちらに向かって来るトゥエディアーネの連携が素晴らしいことを称賛し、もう1人は今までの修練や座学の成果に胸中を感動で震わせる。

 

「では、本気を出さないと失礼に当たりますね」

 

「不作法と言うものですね。兄上」

 

 銀鳳騎士団の幹部が聞いたらなにが『失礼』で、なにが『不作法』なのかと総ツッコミを入れられそうな会話を最後に、2人の意識は先ほどディートリヒ達を落とした時のような意識に切り替わる。こうして、カンカネン周辺の上空は、再び魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の甲高い音が支配する空間に変貌した。

 

***

 

「ほう、紫燕騎士団の者が船の撤退と殿を申し出たのか!」

 

「はい、中隊長はキヴィラハティという者です」

 

「私も間近で聞き、予定には入ってませんでしたが激励を飛ばしてしまいましたよ」

 

 件の輸送型飛空船(カーゴシップ)襲撃事件から数日後。カンカネンにあるこじんまりとした酒場──藍鷹騎士団の本拠地を借り切って催された報告会に飛び込み参加を行ったアンブロシウスは、報告書やその場に居合わせていたエドガーやトルスティの会話を上機嫌で聞いていた。

 

 何度も言うが、紫燕騎士団は銀鳳騎士団と同じく若い世代が集まってできた騎士団である。そんな者達が上官を立て続けに撃墜した相手に殿を務めようとすること自体が難しいだろう。それが出来たキヴィラハティの判断は素晴らしいし、回りも多少の衝突があったが納得して自身の役割に徹することが出来たのは、騎士として最上の成果ともいえることであった。

 

 ただ、アンブロシウスはある程度紫燕騎士団を褒め称えると、机の端にて現在進行形で『今回の副座式をベースに合体とかありおりはべりじゃないですか?』や、『ドッキングならば、昔に言った巨大なブースターつけて飛ぶアームドベースもいまそかりじゃないですか?』と謎の言語で会話をするナマモノ達に目を向ける。

 

「しかし……。そんな者達を物の数分で片付けるおぬし達の技量を褒めるべきか。それとも紫燕騎士団の気概は認めるが、技量不足を嘆くべきか」

 

「彼らはかなりの手練れでしたよ? 陣形の変更や攻撃のタイミングもばっちりでしたし」

 

「そうですよ。これ以上を求めると、逆に周りとの連携が取り辛くなる可能性もあります」

 

 アンブロシウスの言葉に対し、2人は即座に紫燕騎士団の練度についてかばう発言を行う。たしかに実際刃を交わした所感として、現状のキヴィラハティ中隊はエルとアルの満足のいく連携をとっていた。絶えず状況が変化する中で、陣形や各自の役割を逐次変更することで相手に癖を看破され辛くしたりと時間稼ぎと言う主目標を考えれば100点満点の動きを取っていたのは本当だ。──相手がこの2人でなければ。

 

 これまでのやり取りでおおよそ分かるとおり、キヴィラハティ達の命を賭した時間稼ぎ行動は完全に失敗に終わっていた。ただ、先ほどのエルの報告にもある通り、彼はあの手この手で黒騎士の動きを制限。または、本格的に仕留めようと攻撃を振るっていたのは事実なのだが、どれも暖簾に腕を押し込んだかのように紙一重に攻撃を躱されていた。

 

「手加減ぐらいしてやっても良いだろうに」

 

「それだけの力を見せてくれたのならば、手加減するのは無作法と言うものだと思いますので。はい」

 

 全く本音が垣間見えない返答にアンブロシウスはこれ以上の追及をせず、アルが手に持っている小さな塊に目を向ける。外見はツルツルした光沢のある物質で、アルがその物体を机に降ろすと硬質な音が聞こえることから何かが入っていることを思わせるこの謎の物質は、エルとアル曰くキヴィラハティとの戦いの切り札となったとのことだが未だに説明されていない事実にアンブロシウスの好奇心が疼きだす。

 

「その物体の説明もまだなんじゃが?」

 

「ああ、忘れてました。これはこう使うんです」

 

 謎の物体を弄んでいたアルは思い出したかのように物体の先にくっついている銀製の端子に銀線神経(シルバーナーヴ)を巻きつけると、魔力を流し込みながらポイっと酒場の床に物体を落とす。すると、みるみるうちにその物体が膨らんでいき、数秒もせずにトゥエディアーネをデフォルメした形状の物体が出来上がった。

 

「伸縮性に富んだ魔獣の皮をトゥエディアーネの形に加工して、中に空気を入れることで肥大化させる"ダミーバルーン"という装備です」

 

「傍目から見て玩具にしか見えぬが、これが役に立つのか?」

 

「止まっている状態ならば魔獣相手に目暗まし以上の効果は見込めませんが、高速戦闘中では人間にも効きますよ? 現にキヴィラハティ君達の包囲もこれで抜けましたし」

 

 この謎の物体──エルとアル曰く、『ダミーバルーン』と呼称したそれは黒騎士がキヴィラハティ達から逃げるのに一役買っていた。なにせ、高速機動中に相手が突然『分裂』するのだからやられた方はたまったものではない。キヴィラハティ達もこれらの偽物に惑わされ、陣形が崩れた隙に黒騎士はまんまと包囲から抜け出し、輸送型飛空船(カーゴシップ)法撃戦仕様機(ウィザードスタイル)や機銃から放たれる法撃を文字通り、規格外の魔力によって極限まで出力を上げたハードスキンで耐えながら追い越すという挑発行為をしながら撤退したのである。

 

「もっと巨大な物……カーゴシップの形に出来れば逃げる時に使えそうだね」

 

「でも、費用対効果的に微妙ですよ? 魔獣の皮は比較的お安いんですが、鍛冶師の仕事じゃないってラボの人に断られましてね。で、半ばやけ気味にフロイド君のアパートを襲撃して一緒に針仕事をしましたが、埒があかなかったので卒業生の伝手を頼って被服系のギルドに頼んだら加工代金がとんでもないことになりました」

 

「それに魔獣の攻撃ならば一発で……いや、複数のバルーンで構成すれば長時間使用に耐えうる……でも、お値段が……」

 

 なにやらダミーバルーンの運用やら改善、作成する費用について現場畑の人間が喧々諤々としているが、空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)に乗ったことが無いアンブロシウスは近くのエドガーに話の通訳を頼むが、エドガーもよく分かっていないらしいので話を戻すために大きな咳払いをする。

 

「ゴホンッ……。そのダミー何とかという物は後にせよ。ワシが知りたいのは黒騎士の処遇を含めた後始末じゃ、どうなっておる?」

 

「黒騎士は予定通り、藍鷹騎士団に譲渡する予定です。現在はうちのダーヴィド・ヘプケンと数名の監視の下でラボにてエーテルリアクタの取り外しを行っています」

 

「紫燕騎士団への周知も予定通り行いました。カーゴシップへの法撃で何人かの下着と尊厳が犠牲にはなりましたが、概ね予想していた反応は得られましたよ」

 

 予想外の事故の報告が聞こえないことにアンブロシウスは安堵しながら次々と寄せられる報告に耳を傾ける。

 今回の突発的な戦闘訓練の大まかなシナリオは、『ラボで試作中だったシルフィアーネ・トレーナーの強化型を強奪した犯人が逃走中に演習中のトゥエディアーネと交戦。戦闘の後に逃走するが、戦闘で魔力を余計に消耗したために首謀者2人はそのまま墜落死』というなんともありがちな筋書きとなっている。

 

 ただ、それだけでは紫燕騎士団の面々も納得しないだろうということで、藍鷹騎士団に頼んで『真っ赤な液体が滴る2つ分の適度な重みと膨らみのある麻袋』を用意してもらった。麻袋から漏れる赤黒い液体や、中身を見ずとも騎士ゆえにある程度の辺りがついた全員はただ無言でアルからの報告に頷くしかなかったが、キヴィラハティを始めとした実際に黒騎士と戦った数人は、『いや、操縦的に無理があるだろ』と心の中でツッコんでいた。

 

 ちなみにこの袋だが、手渡されたアル本人も藍鷹騎士団から何も聞かされていない。『あー、豚とかの家畜のっすね』とフランクに問いかけてもシラを切られるので、これ以上深みに嵌まりたくないアルはお肉屋さん辺りで売られてる家畜系のやつだと思い込むようにした。

 ──ただ、袋を藍鷹騎士団へ返却した直後にアルは岩塩を数個購入。その後、『臨兵闘者皆陣列在前』や『どーまんせーまん!』と狂ったように叫びながら魔法で岩塩を粉々にし、身体中に塗りたくったのは一部の藍鷹騎士団員しか知らない。

 

「また、今回トゥエディアーネに乗っていた彼らの意識も大分"空想上の英雄"から"現実"に寄り始めたようす」

 

「あれほどのことすればそうなると思いますが」

 

 今まで口をつぐんでいたトルスティは法撃によって揺れる輸送型飛空船(カーゴシップ)の振動を思い出しながら苦言を呈す。

 今まではどこか銀鳳騎士団のような華々しい戦果や実績を夢見ていた紫燕騎士団員だったが、今回の想像を遥か斜めを行く出来事を境に大きく意識が変わった。演習時でも初めに小隊内で指揮官が撃墜された場合に備えて次席の指揮官をランダムに決めたり、それぞれの小隊が抱える弱点や問題を優先的に排除しようと練習メニューや演習の相手を変更するようにエドガー達に働きかける団員も現れ始めたのだ。

 それは指揮官が唐突に居なくなる瞬間を目の当たりにした彼らなりの対応策であり、先ほどの意識改革との相乗効果で紫燕騎士団の練度は留まる事を知らなかった。

 

「そんなにか。ならば、もう少し先になる実戦内容を少し変更させることは可能か?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

「ちょっ、兄さんホウレンソウ!」

 

 エルが返事をするや否や、アンブロシウスの瞳が怪しく光る。アンブロシウスの言葉にエル以外の全員の背中に悪寒が走るが、アンブロシウスは気楽げに藍鷹騎士団からフレメヴィーラ王国全体の地図を受け取りつつ、『何事も実際に見なければ判断がつかぬからな!』と周囲に言い訳をしながらもワクワクとした様子で机の上に地図を広げるのだった。

 

***

 

 黒騎士の襲撃から少し時が進んだ頃。

 

(ほんと、あの教官は突拍子な行動が多すぎる)

 

 トゥエディアーネの操縦席でキヴィラハティは本日めでたく10回目の悪態を心の中で呟いた。彼の後方には輸送型飛空船(カーゴシップ)が『3隻』飛んでおり、その周囲にはトゥエディアーネが輸送型飛空船(カーゴシップ)を囲むように併走している。

 その物々しさから分かるとおり、本日は紫燕騎士団が輸送型飛空船(カーゴシップ)と連携して魔獣を駆逐しながら荷物の運搬ができるのか確認する日。いわば、銀鳳騎士団から巣立つ日である。

 キヴィラハティも中隊長の立場から、輸送型飛空船(カーゴシップ)の航路やら出現する魔獣の種類といった情報をアルから聞かされ、それを基に戦術を構築していたのだが──。

 

(数日前に予定が変更なんて……)

 

『シュウヘン イジョウ ナシ ウシロ オクレ』

 

 キヴィラハティを中心にした集団よりも先行して偵察を行っていたヘルヴィ率いる『偵察機(ウィングマン)』の小隊からの符丁を輸送型飛空船(カーゴシップ)の護衛をしている部隊へ送りつつ、束の間の空白時間を利用して彼はここ数日間の忙しさを思い出していた。

 

 数日前、血相を変えたエドガーに拉致されたキヴィラハティは、何かを悟ったようなアルカイックスマイルを浮かべるアルから前から聞かされていた実践日の計画が変更されることを告げられた。

 まず航路だが、本来はカンカネンを出発して『剣舞鳥(ブレイドダンサー)』と呼ばれる魔獣の生息地を抜けて再びカンカネンに戻るという計画をカンカネンから剣舞鳥(ブレイドダンサー)の生息地をさらに進んでセラーティ領の領都まで飛んでいく計画に変更された。

 

 そして、本来この日に使用される輸送型飛空船(カーゴシップ)は1隻のはずだったが、とある人間の介入によって近衛騎士団の保有する全ての輸送型飛空船(カーゴシップ)が投入。余剰枠向上によってキヴィラハティ中隊は一気に大隊相当へと数を増やした。

 ただ、そこまで増えると今度は指揮官が足りないので、護衛、偵察、迎撃と役割に合わせて銀鳳騎士団からエドガーやディートリヒ、ヘルヴィを派遣して各中隊(小隊)のサポートを担わせている。──が、今回の主役は紫燕騎士団なので指示を行うのは大隊長であるキヴィラハティである。

 他にも『ミスター積荷』とアルから紹介された超有名人が輸送型飛空船(カーゴシップ)にゲストとして乗船しているなど、もはや当初の計画の面影なぞ少ししか残っていなかった。

 

「もう少しで森を抜ける。偵察小隊を後ろに配して……胃が痛い」

 

 森では散発的に剣舞鳥(ブレイドダンサー)の襲撃があったが、どれも護衛部隊との連携によって輸送型飛空船(カーゴシップ)にも味方にも損害は出さずにここまで来ている。残り4分の1の行程でひと時の休みを得られると奮起したキヴィラハティは絶え間なく続く腹の痛みに耐えながら前方と後方に魔導光通信機(マギスグラフ)での指示を出し続けていた。

 

***

 

「突発的な襲来にも冷静に対応。まさかこれほどとは」

 

「全てのカーゴシップも無傷。凄まじい戦果ですな、ウィンジーネスタイルはまさしくこれからの空の時代を象徴するものとなりますな」

 

 所変わって輸送型飛空船(カーゴシップ)の艦橋では、アルからミスター積荷と呼ばれた3人の男達がトゥエディアーネの集団を食い入るように見つめていた。トゥエディアーネが何の損害も無く剣舞鳥(ブレイドダンサー)を一方的に殲滅した成果に、レビテートシップや空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)の推進に反対を示しているアーツィル侯爵が目をむき、前ディクスゴード公爵であるクヌートが侯爵に対して冷静に時代の分岐点がすぐそこまで近づいていることを説く。

 その言葉にアーツィルが思案顔を浮かべながら『そうかもしれませんが』と、もう少しで賛成派に転びそうな言葉を漏らす。すると、彼らの会話に最後の『ミスター積荷』であるアンブロシウスが話しかけてきた。

 

「左様。おぬしらもこれから忙しくなると思うが、現国王と連携して空へ至る技術を普及させていって欲しい」

 

『御意!』

 

 時代の変化がすぐそこまで来ているという事実とその変化に対応した幻晶騎士(シルエットナイト)の戦果という状況から、アーツィル侯爵や反対派の貴族は押さえ込めるだろうと判断したアンブロシウスは間髪いれずに『今更、レビテートシップの諸々について反対せんよな?』という念押しに掛かる。

 

 こうして、輸送型飛空船(カーゴシップ)と紫燕騎士団は一度セラーティ領の領都まで赴き、予め準備されていたカンカネンへ送る予定の物資を1日かけて積み込むと再びカンカネンへ向けて出発した。帰路でも剣舞鳥(ブレイドダンサー)や他の飛行型魔獣が群れを成して輸送型飛空船(カーゴシップ)を襲うが、偵察機(ウィングマン)やキヴィラハティが指揮する迎撃部隊の活躍によって鎧袖一触といった様子で一行はカンカネンへ凱旋を果たす。

 

 自らの存在価値や空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)の有用性を見事勝ち取った紫燕騎士団は瞬く間にフレメヴィーラ王国の話題を掻っ攫っていき、その情報によって自分達も流行に乗ろうとする貴族達は我先と概要に手を伸ばす。

 ただ、空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)はまだしも輸送型飛空船(カーゴシップ)ともなれば調達費や運用上の整備費と割とお高くなってしまうという世知辛い背景もあってか、じわじわという速度でフレメヴィーラ王国全体に大航空時代の風が浸透していった。




これにて紫燕騎士団教育編 終了となります。
特殊すぎる訓練内容の余波で、実践がいきなり大隊規模。実践内容も多数の船による輸送任務中の護衛と本番となりました。

今回出てきた装備について
散弾式魔導兵装 開発コード:スキャッター
 紋章術式が刻まれた銀板と触媒結晶を多数配したことにより、散弾銃のように法弾が散開発射するように改造した魔導兵装の新たな種類。
 今回使用されたのは演習用に威力を減衰させた銀板だが、本番用だとアルディラットカンバーの盾を保持するサブアームを半壊させるほどの衝撃を与える。
※ちなみに一部の近接攻撃スキー(脳筋)中隊からラブコールが来ているが、未だ試験中のために配備はされていない。

欺瞞風船 開発コード:ダミーバルーン
 大気操作の紋章術式が刻まれた銀板をゴムのような特性を持つ魔獣の皮に仕込み、魔力を通すことで瞬時に膨らませる装備。
 そのままでは魔獣相手に驚かせるぐらいしか効果がないが、膨らませた後の形を整えることによって欺瞞効果を相手に与えることが出来る。
※なお、フロイド君とアルが数日かけたが4分の1も縫えずにギブアップ。後に被服系ギルドを頼った際に請求されたお金がかなりの大金だったため、銀鳳騎士団の活動資金で支払いを行った。もちろん事後報告なので、エルに軽くキレられた。
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