銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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アクセス数がいきなり急上昇して驚いていたら、なんだかランキングに載っていたらしいです。
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本当にありがとうございました。

そんな応援してくれた人の期待を裏切れねぇぞ。ミカァ!ということでがんばりました。


幕間(アルフォンス婚活編)

 『結婚』という行為は伴侶を作れるだけの人間性や社交性、甲斐性を持ち合わせているという証明でもある。日本でも大抵の親はそのような思想から子に『早く結婚しなさい』などとせっつく家庭が多いが、やられた側はたまったものではない。

 そして世界観が大きくかけ離れたここ、セッテルンド大陸のフレメヴィーラ王国でも周囲との連携を是とするためかそんな思想は根強く、貴族の娘や縁がある商家の娘だったりと相手は様々だが大抵の騎士団長や副団長は既婚者とのこと。情報源は酔いどれ状態のエムリスなので、信憑性は……多分ない。

 

 つまり、何が言いたいかというと。

 

「どの家の方も期待しておりますので」

 

「どの家の"党首の"方も"銀鳳騎士団が身内になることを"期待しているの間違いでしょう? 言葉は正しく使わないと余計な誤解を生みますよ?」

 

 オルヴェシウス砦の応接室。現在の気温は氷点下を軽く下回るほどひえっひえだった。

 もちろん、実際にはそんな気温になっていない。ただ、資料を渡しながら話す男の目の前に座る少年から言葉が紡がれる度、男は部屋の気温が徐々に下がっていく感覚に陥っていた。

 

「えぇ、思ってみれば僕もこの歳ですしね。こうなることも理解できますが、なんで騎士団長閣下への縁談がないのですか?」

 

「そ、それは……その……エルネスティ騎士団長は……かなり特殊なお方なので……」

 

 手に取った資料をバサリと机に放り投げたアルは厳しい瞳で男に質問するが、彼は反応を伺うようにエルの方をチラチラ見ながらしどろもどろに答える。

 これらの資料。先日オルヴェシウス砦に来て、今もアルの対面に小さくなりながら座っている男──ヘッドハンティングマン(アル命名)が忘れていった封筒の中にあったもので、様々な縁談相手がリスト化されていた。貴族、騎士団、商会、ギルドといった様々な出自の娘の名前や年齢が記載されているが、どれもアルを見合い相手として指名していた。最初は別の書類になっているのかと思ったのだが、ヘッドハンティングマンの口ぶりからすると本当にエルを指名した縁談がないらしい。

 このことによってさらに部屋の気温が下がった気がするが、それは仕方なかったってやつである。

 

「理由は納得できますよ。騎士団長閣下はシルエットナイト一筋ですし」

 

「は、はい。一応、それでもエルネスティ騎士団長にもお会いしたいというお話があったのですが。ひぃっ! なんでもありません!」

 

 ヘッドハンティングマンが言葉を終える前にアディがティーカップを握力のみで砕く音が応接室に響く。その音とイカルガの面覆い(バイザー)のような鬼気迫るアディの表情にすっかりヘッドハンティングマンはビクついてしまうが、アルはエルにアディをなだめ続けるよう指示を出しながら話を続ける。

 

「ですが、なんで歳が一回りも二周りも上方向に離れている人も候補に挙がってるんですか?」

 

「アルフォンス副団長は以前、年上の方に好意を示していたという情報がありましたので。その……、年上がお好みなのかなと。一応、歳が一桁や学園卒業前の方もいらっしゃいますが?」

 

「年上! 年下! 過ぎる! でしょうが!」

 

「愛があればいかなる障害も些細なものかと」

 

「なぜそこで愛!」

 

 割と余裕がありそうなヘッドハンティングマンの返しについにアル、キレた。嵐を吹かせる歌を奏でるおじさんのようにひとしきり頭を揺らすと、机にかじりついて『削除 削除』と呟きながら自身よりも一回り以上年齢が上の名前を軒並み取り消し線を入れ始める。気分はすっかり新世界の神である。

 

 もちろん前世の年齢を加味すればそんなご婦人も『同年代かちょっとお姉さん』に入るのだが、流石に自らが若い燕になる選択肢を選ぶ勇気はなかった。どう考えても『御家のため』という向こうの要求が透けて見えるし、仮に前述の理由でなくともアルのような女風味なチンチクリンを選ぶ = ヤバいの方程式が容易に完成される。

 年下については言わずもがな。次々と取り消し線を引くアルに、ヘッドハンティングマンはアルが取り乱したことでわずかに余裕が出来たのか、内心『やっぱり無理か』と取り消された娘をねじ込んできた依頼人達に黙祷する。

 

「それでも10件ほどある……。一応ですが、絶対選ばなきゃいけない……ん……」

 

「いいえ、我々がお話を聞いた方々だけなので全員断ってもらっても。如何しました?」

 

 ひとしきりお断り候補を洗い出したアルは、ヘッドハンティングマンに質問をしながら少なくなった候補をじっくりと確認する。ヘッドハンティングマンもアルからの質問に真摯に答えるが、アルの動きが止まっていることに気づくと彼を気遣うように具合を尋ねる。

 

「なんでステファニア・ケルヴィネンの名前があるんですか?」

 

「ステファむぐっ!?」

 

 突然の聞きなじみのありすぎる名前にアディが叫びそうになるが、部外者が居る前でアディとセラーティの関係がバレるわけにはいかないとエルは素早く彼女の口を手で塞ぐ。一連の行動とアディが叫んだ断片的な言葉にヘッドハンティングマンは『お知り合いですか?』と問いかける。未だ、アディ達とセラーティは無関係を通しているので、『その情報に比べれば』とアルは平静を装いながら『ライヒアラ騎操士学園で先輩で、先ほどの情報にあった僕が好意を示していた人物です』と自らの黒歴史を赤裸々に語る。

 その言葉にヘッドハンティングマンは納得しながらステファニア本人直々に依頼されたことを語り、『忘れられないのでは?』と茶化し始めた。

 

(いや、あの人がそんな無駄な。僕らの気持ちを踏みにじる行動はしないはず)

 

 だが、ステファニアとその夫であるレンナルトの人柄を良く知っているアルは、ヘッドハンティングマンの言葉に『ハッハッハ、モテ期来ちゃいましたかね?』と話をあわせながら依頼の意図を考察する。

 結婚してからおよそ1年で次の夫──それも自身が唾をつけていたアルの見合いをセッティングするのは、アルだけではなくレンナルトにも不義理な行動だし、そもそも論としてこの依頼をしていることはレンナルトも知っているはずである。

 

 考えれば考えるほど分からなくなってきたので、一応候補に挙がった10件あまりの所には向かうという約束をすると、ヘッドハンティングマンがステファニアの所には最後にという追加条件を言ってきたため、その約束も結んでからヘッドハンティングマンとの対談は終了した。

 

「アル。イサドラ様はどうするんですか?」

 

「あの人とは文通相手ですよ。ちょうど良い機会ですから僕が見合いすることでも書いておきましょうかね。あの人が忘れられるように」

 

「アル君はそれで良いの? その……キスしたんでしょ?」

 

「あれは文通に対する契約だけです。それ以上の内容は結んでいません、まぁ、あの人が結婚なりなんなりして、ふとしたタイミングで僕のことを思い出してくれたらそれだけで満足ですよ」

 

((おっも! でも、言ったら怒りそうだし何も言えない))

 

 淡々と事務的に話すアル。その100%無理をしているが、同時に覚悟も極まってしまっている彼にエルとアディは何も言えなかった。結局、アルが見合い──婚活するという話は手紙に記載されてしまい、藍鷹騎士団の検閲も『フレメヴィーラ王国とかの機密じゃないし……ヨシ!』といった感じで手紙はクシェペルカへと無事に届けられてしまった。

 

***

 

「では、失礼します」

 

「あの、もう少しお話を」

 

 丁寧な挨拶をしたアルは相手が言葉を言い終わる前に踵を返す。なにやら後ろで『押し倒してでも』やらなにやら聞こえてくるが、アルにとっては他家のことなので気にすることなく駐機状態にしていたシルフィアーネ・トレーナーに乗り込むと源素浮揚器(エーテリックレビテータ)を起動させた。

 

「良かったのか?」

 

「あの状態で僕が押さえにかかったら、"そんなにうちの娘を思ってくれるなら"って口実で流されますよ」

 

 シルフィアーネ・トレーナーの腹部に備わっている副操縦席に座っていたエドガーが先ほどのやり取りになにやら不満な様子で問いかけるが、アルは割とドライな返答をしながら魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を吹かす。

 たしかに可哀相だとは思うがあそこで介入しても碌なことは起こらないだろうし、彼女にしても数日ほど家の雰囲気が最悪になるだけで、すぐにいつもの調子に戻るだろう。アルがそんな考えに至るぐらい先ほどの見合いは最悪だったとも言えるのだが、それはアル自身の問題であってエドガーに言う必要はないことだ。

 

「ところで、なんで俺を連れ出したんだ?」

 

「今、騎士団の移籍に一番熱心になってるのはエドガーさんみたいですから」

 

「熱心?」

 

 最後の目的地であるケルヴィネン領の都街に進路を変えている最中。連れて来た理由を問いかけてきたエドガーにアルは返答すると、彼は自覚がなかったようにアルの言葉を繰り返す。

 移籍話が来てからというもの、エドガーはたまに1人でなにやら物思いに耽っているような行動が目立っていた。それこそ1日の内に数回ぐらいそんな姿を見かけるので、そんな姿を見せられて『熱心ではない』と言われたら逆に不安になってしまう。

 

「それに、悩んでいるっぽかったのでスキルシートの受け渡しついでにどんな空気なのか見学するのも悪くないと思いまして。現に見学できて良かったでしょ?」

 

「そうだな。予めそこで働く騎士の話を聞けたのは良かった」

 

 操縦席の中で予備のスキルシートを広げたエドガーは、見学した貴族達の騎士団に所属している騎士たちの訓練の様子を思い返していた。

 

 スキルシート。アルが銀鳳騎士団全員に書くように提示したおよそA4サイズの紙のそれは、どこの学園を何時卒業したか、騎操鍛冶師(ナイトスミス)ならば専用機を含めてどんな機体を担当したか、騎操士(ナイトランナー)ならばどんな種類の魔獣(または、幻晶騎士(シルエットナイト))を相手取ったかを比較的簡潔に記載し、自己PRを添えた過去の実績や専門性を判断する情報を書くための技術経歴書である。

 

 その記入作業には今までの戦闘や整備状況の資料を引っ張り出して記述する必要があり、自己PRも何を書けば良いのかさっぱり分からない状態の中、エドガーはいち早くそれを仕上げてきた。記入内容も問題なく、その仕上がりの速さからエドガーの葛藤を読み取ったアルは、見学ついでにスキルシートを移籍希望者に直接手渡すという行動に出たのである。

 

 ちなみに、スキルシートの中には現在のエドガーの乗機であるアルディラットカンバーを降りる気はない旨もばっちり書かれているので、依頼者それぞれにアルが『そこらへんも陛下の許可取ってください』と先日のわりとお粗末な条件に対してチクリと釘を刺しており、数名の依頼者はアルが立ち去った後にカンカネンに送る謝罪を表す書状を用意したとか。していないとか。

 

「実はな、これからどんどん銀鳳騎士団が変わっていくと思ったら、俺がここに必要かと考えてな」

 

「で、ヘルヴィさんに泣きついたら"自分で考えろ"って言われたんですね」

 

「な、なぜ知ってる! ……いや、泣きついていないぞ!?」

 

「え、ヘルヴィさんがそう言ってましたよ」

 

 どうやら銀鳳騎士団内の噂ネットワークのセキュリティはガバガバらしい。あっさりバラされたエドガーは、『あいつめ』と話を漏らした下手人を恨みながら尾鰭が付いていることを必死に抗議するが、アルには暖簾に腕押しであった。

 

「そうですね。転職は早めにした方が良いとか、3年待ってからした方が良いとか色んなお話を聞きますが、結局のところは自分の意思しだいですからね」

 

「あぁ、結局のところ自分がどうしたいのかが分からないんだ。もしかしたら……まだ決まっていないだけで、時間が解決してくれるかもしr「それは駄目です」」

 

 独白のように悩みを打ち明けながら解決策を言おうとするエドガーに伝声管からの鋭い言葉が刺さる。突然の否定に驚いたエドガーが伝声管を見やると、そこからさらにアルが言葉を続ける。

 

「周りや時間が環境を変えてくれることを期待しては駄目です。時間で環境が変わっても自身が変わってしまう場合もあります。周りに期待しても、思わぬところで裏切られてしまうと一気に不満が出てしまいます。だから、周りの期待を一旦忘れるんです。そして、自分は何が出来るのかを見つめ直してからゆっくりとやりたいことを探すんです。……まぁ、それまで生活が出来る余裕が必須ですがね」

 

 一言一言重みのある言葉。それを聞いていたエドガーは伝声管が繋がっている先に居る存在が自分よりも年下であることをすっかり忘れていた。エドガー自身のことを心底案じ、時には厳しい言葉をもって安易で愚かな道に行くことを防ぐ頼れる年上の存在──父のような存在だと錯覚してしまった。

 

「それでも……やりたいことが見つからなかった場合はどうすれば……っ! いやいや、忘れてくれ!」

 

 だからか、つい甘えた言葉が漏れてしまう。言葉を漏らした瞬間にエドガーが正気に戻り、その場を取り繕うとするがもう遅い。改めて考えると他力本願の極みのような言葉に、『やってしまった』と自己嫌悪に陥るエドガー。

 しかし、アルからの返ってきたのは『今回は特別ですよ?』とのため息交じりの言葉だった。

 

「人生というものは、道を作っていっては進む繰り返しです。まぁー、既に道を他人の手で作ってもらえる一握りの人はいらっしゃいますが、概ねは自身で道を切り開いていきます。なので、今は一旦その道を振り返って見ましょう。エドガーさんは、今までの人生は納得いく内容でしたか?」

 

 言葉に従ったエドガーは今までの──特にベヘモスと対峙してからの出来事を振り返ってみた。テレスターレの開発、カザドシュ事変、殻獣(シェルケース)の討伐、そして大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)。その間に開発や実験が容赦なく挟み込まれていたので、エドガーは『思い返せばかなり忙しかったな』と呟いた。

 だが、今にして思えばその経験を血肉に出来ていたと自負出来る忙しさだったので、そのことを伝えるとアルは『その気持ちを持てるような場所に行けば良いんです』と助言する。

 

「他人の評価なんて呆気なく変わります。そんな水物を当てにするより、自身の納得を優先してあげてください。いつかきっと、その成果は評価に変わるはずです。一番してはいけないことは決意を持って踏み出したことを後悔することです」

 

「後悔?」

 

「仮に移籍して騎士団を率いることになれば、時には銀鳳騎士団で出来ていたことが出来なくて不満を持つことがあるでしょう。一過性ならば良いんですが、それを長い期間持ち運ぶのは良くありません。それは、条件を出してくれた方や自分自身を貶す行為です。色々言いましたが、自分や明日をバーンと信じればいいんですよ」

 

 アルは真面目にエドガーのことを考えた助言を伝える。それでも、『あっちの騎士団へ行け』や『銀鳳騎士団に残れ』といった具体的な指針を示さない厳しさはあるが、その厳しさも言い換えればエドガーの意思を強く尊重した優しさの現われでもあった。

 

「偉そうなことを言いましたが、能力の高い人は気をつけないと周りに色々頼まれて潰されることもあるんですが……と、そろそろ着きますね」

 

「いや、十分に参考になった。しかし、本当に速いな。ツェンドリンブルで回っても3日では利かん距離だぞ」

 

 いくつもの街の上空を過ぎ去り、やがてケルヴィネン領の都街が見えてくる。

 ひとまず、先ほどのことを胸に仕舞ったエドガーはこの1日で体験し続けた高速移動ぶりに驚くが、現在の空はツェンドリンブルでありがちな道の狭さや、突発的な事故による交通規制の類はほとんど関係ない。

 さらに、シルフィアーネ・トレーナーに搭載している魔力転換炉(エーテルリアクタ)の内の1基は黒騎士に搭載してあった将之魂(ジェネラルソウル)に交換してあるので、トゥエディアーネよりも遥かに高速で移動が可能となっている。

 

「記録に残りませんが、1日でフレメヴィーラ王国を回った機体ですしね。今後、レビテートシップが増えてきたらこんな風にはいきませんよ」

 

 今後は航路の規制などによってこのような無茶な移動は出来そうにないが、空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)は様々な前準備を行い、かつ朝日が昇らない時間に出発すればフレメヴィーラ王国を僅か1日で回りきることが出来るという結果にアルは『良い実験結果を得た』と満足げな表情を浮かべながら駐機場へシルフィアーネ・トレーナーを進ませていった。

 

***

 

 ここで、今までのアルが体験したお見合いを振り返ってみる。彼がお見合いした人間には、大きく分けてアルの力を充てにしている人間とそれ以外の人間の2パターンが居た。

 前者は単純明快で、アルの持つ開発力や戦闘能力。もしくはエルを含めた銀鳳騎士団の力と名声にあやかれないかと娘を差し出すパターンである。もちろんだがアルはなんの要求もしていないし、そんな交渉の代価として娘達を要求するほど頭は蛮族になっていない。──これにはアル本人も『どうして』と受話器を耳に充てる猫のような感想を漏らしている。

 

 ただ、このタイプは出会った瞬間の親の視線がギンギラギンしていたり、肝心の本人が消極的だったりと見分けやすかったので、一応『王族からの命ならば、銀鳳騎士団が力を貸す』と魔獣退治に嬉々として参加してくるだろう人型魔獣(エルネスティ)を想像しながら約束することで無理矢理言い包めることが出来た。

 それでもギンギラギンな視線をさりげなく出来ない自身の生き方を貫く貴族も居たが、それは後で王族に出張ってもらうことを心に誓ったアル。おそらく王族を通したら領地に余計な出費がかかったり、幻晶騎士(シルエットナイト)や装備開発の技術が無いために安く済ませようとしていると背後の事情についてアルも察していたが、『それはそれ。これはこれ』である。そういった意図ありとして王族に給湯室で行うような話をするぐらいのデメリットぐらいは覚悟してもらう。

 

 そして、2つ目のパターンだが──。

 

「えーっと、なぜこのお見合いを?」

 

「可愛くて頭の良い子が好きだからでーす。第2の夫希望でーす」

 

「…………元侯爵の娘の姿か? これが」

 

 彼女(ステファニア)のような打算抜きの相手だ。

 今までの打算抜きでお見合いを仕掛けてきた面々も中々にストロングスタイルだったが、やはり元祖は格が違った。腹違いの妹(アデルトルート)のような元気の良い返答をしつつ、腕を広げてハグの受け入れ態勢を取っているステファニアに、アルは毒づきながら彼女の夫であるレンナルトに憐憫な視線を向ける。

 

「レンナルト、あなたの嫁でしょう? なんとかしてください」

 

「ごめんなアルフォンス。……ティファ、そろそろ止めてあげなさい」

 

 レンナルトが一言注意すると、ステファニアは『久しぶりなのに』と口を尖らせながらアルをテーブルに招くが、そこは弁えて欲しかったアルは『次はないですよ』と嫌みを言いながら着席する。

 

「その様子を見ると、散々だったらしいね」

 

「えぇ、打算有り無し問わず大変でしたよ。無駄に劇の題材になるのも苦労しますね」

 

 供された紅茶に口を付けながら、アルはレンナルトの言葉に今までの見合いで相手に言われ続けた一言目の言葉を思い返す。それは銀鳳騎士団物語というエル達の活躍に多大な尾鰭をつけて出版された本や、その本を参考に様々な変更が加えられた演劇が発端の悲しい認識齟齬だった。

 

「僕が長身のイケメン騎士とか腹黒系眼鏡とか陽気な軍師とか色々勘違いされました」

 

「うん、僕も色んな劇団の劇を見たことあるけどアルフォンスの役だけ色んな変貌遂げてるよね」

 

「あら、騎士団長のエルネスティ君だって実際よりかなり大人しいわよ?」

 

 泣き言と共に顔を覆うアルに、2人とも追い討ちの如く現実と異なる点を上げていく。

 そう、目の前の2人のような実際のアルを知っている人物は除くが、お見合いを望んだ多くの人間がアルの容姿自体も知らないのだ。

 しかし、それは仕方の無いことだろう。アルはお見合いをする気はさらさらなかったので、もちろんお見合い時に必要な絵画の発注もしていない。

 そして相手側もアルが良く出没するライヒアラや、パレードや王族への謁見でよく出向くカンカネンにわざわざ赴いてアルの容姿を確認するのは手間がかかり過ぎるし、印象というものは人によって代わるので情報の整理が難しい。

 

 ──ともなれば、一番安価かつ一番労力が少ない情報源。芝居小屋を頼るのは仕方のないことだし、劇団のスターや団員達に合わせて台本を大幅修正した劇に出てきた仮想の『アルフォンス(○○劇団の姿)』にドはまりするのは百歩ぐらい譲ってあげれば仕方ないことである。全てはエドガーやディートリヒに腕を掴んでもらって実施する、『ぶら下がり式背伸ばし法』が実を結ばないアルが悪いのだ。

 

 ただ、アルの頭から足元の間を視線で3往復ぐらいさせた後、『聞いていたお話とお姿が違いますわね』と明らかにテンションが下がるのは止めて欲しかった。後から話を聞けば、気恥ずかしそうに『劇は所詮劇ですわね』と答えるのだが、返答に困るのでそれも止めて欲しかった。

 

「騎士団なんて基本的には領内にとどまっているから、情報が出なくて当たり前ね。……で、他には何か言われた?」

 

「後はステファニアさんのように、元々僕の容姿を知ってた人ですね。男っぽいのが苦手な方とか、ライヒアラの卒業生の方とかいらっしゃいました」

 

 ステファニアの質問にアルは素直に続きを話し始めた。前世だったら情報漏えいやら侮辱罪やら問題になりそうだが、アルにとっては感想を述べているだけで悪口は言っていない。なのでモーマンタイである。

 

 閑話休題

 もちろんだがステファニアのように正しくアルの背格好を知っている者は、アルのお見合い相手に少なからず存在していた。ただ、それらは例えばエドガーのように筋骨隆々のいかにも『漢』を体現したような容姿を酷く嫌う御仁だったり、アルが在学中に足しげく通っていた図書館で既に出会っていたらしく、出会って早々『あの時から決めていました』と直後に『どの時!?』と思わず叫ぶほどに速攻を決めてきた御仁だったりとかなりのインパクトある人物でもあったため、アルの方が怖気づいて色好い返事は送っていない。

 

「なんか、私だけが知ってる人の魅力に徐々に周囲が気づきつつあるのって腹が立つわね」

 

「ティファ、落ち着きなさい。それにしても、予め仲介役にここを最後にするように頼んで置いてよかったよ」

 

「そういえば、あの人から言われてましたけど。何か理由でもあるんですか?」

 

 理不尽な怒り方をするステファニアをよそに、アルはレンナルトの言葉に対して質問をする。すると、さも当然のように彼は『このお見合い計画したの僕らだし』とアルにとっては衝撃的な言葉を暴露した。

 

「え、なぜ? ……いや、ほんとなぜに?」

 

「いや、言葉を返すけど僕からすると君達の行動もなぜだよ? なんで君達は何も対策してないんだい?」

 

『えっ?』

 

 思い思いのことを話した2人は同時に疑問の声をハモらせる。そんなどうしようもない空間に、ステファニアは仕方ないという表情を浮かべつつ、レンナルトや自身から見たエルとアルの総評と今回のお見合いを計画した経緯を話し出した。

 

 まずエルとアルの総評の前提として、幻晶騎士(シルエットナイト)飛空船(レビテートシップ)といった最新技術をその頭に宿している黄金の卵である。

 ただ、その恩恵を自身の領内。もしくは自身の手柄にしたい人物は少なからず──否、セラーティ家やディクスゴード家のように自身の騎士団の乗機が全てゲテモノになると予想してアルを内部に取り込みたがらない家のほうが稀である。

 さらに言えば2人のいずれかを身内にすると、もれなくフレメヴィーラ王国最強の存在になりつつある銀鳳騎士団とのパイプも特典として付いてくるので、貴族達からすると『あら、お買い得だわ』となるわけだ。

 

 そうなれば、まるでバーゲン開始直後のおばさんのように貴族達が独自のタイミング。しかも、紫燕騎士団を教導している銀鳳騎士団のタイミングも考慮せずに続々とオルヴェシウス砦に申し込みの依頼が殺到することになってしまう。そうなると、爵位も持っていない騎士団長のエル達が貴族の依頼を無碍に出来ないし、それに怒った王族が銀鳳騎士団を保護しようと動くと、今度は余計な不和を貴族間に与えることになってしまう。

 

「ちょうど、銀鳳騎士団のメンバーをスカウトするって話題がサロンで流れてたし、ついでにそのスカウトの人にお見合いも依頼すればどうかって提案してね。ほんと、ガス抜きの意味合いが強いよ」

 

「あー、申し訳ない。あんまり気にしたことなかったです。あれ、じゃあなんで兄さんへの依頼は少なかったんですか?」

 

 お見合いの経緯を聞いたアルは謝罪しながらもエルへのお見合い依頼が少なかったことを質問する。すると、今度はステファニアがレンナルトの代わりに『だって、アディが居るじゃない?』と答えるが、いまいちピンと来ていないアルに首をかしげた。

 

「スカウトの人から聞いてない? エルネスティ君がかなり変わった趣向の人だからってことと、止めに"良い人"が居るから無理って情報を与えたら希望者が居なくなったって」

 

「"良い人"ってのは聞いてませんね。その前にアディが無理やり黙らせたので」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)に興奮する癖の説明はされたが、それ以上のことはアディの物理的な『脅し』によって聞けなかったことを報告すると、ステファニアは『あの子は……』と額に手を置く。そして、ひとしきり呆れると、アルの方を見た。

 

「アディのこともあるから、エルネスティ君には"良い人"が居るってことに情報を流したの。……で、エルネスティ君目当ての人もアル君に行っちゃったってわけ。アル君もお相手居ないし、ちょうど良いから今の貴族情報を教えてあげちゃおうってことで最後にここに来てもらえるように仕組んでたわけ…………?」

 

 ここまでネタ晴らしをしてようやく一区切りが付いたステファニアは達成感に満ちた笑みを浮かべる。そして、アルの返事を待つついでに彼の全身を見やると、ふと……えも知れない違和感が脳裏を駆けた。

 アルから視線を離すと、レンナルトもなにかのどに詰まったかのような表情を浮かべながら首を傾げており、『ちょっと中座させてもらうよ』と告げると扉から外へ出て行ってしまう。

 

「アル君、ちょっと聞くんだけど。お付き合いしてる人居ないわよね?」

 

「え、居ませんよ?」

 

 突然の質問に驚いたように答えるアル。いつもなら『気のせいか』とスルーするステファニアだが、どうしても違和感が拭い去ることが出来ない。出会った頃の彼と今の彼を照らし合わせながら間違い探しのように真剣に観察していると、徐々にその違和感が氷解していった。

 

「アル君の服装っていつからそんなのだったっけ? いつもはエルネスティ君の色違いみたいな感じじゃなかった?」

 

「あー、いつもは作業のしやすさから兄さんの色違いなんですがね。クシェペルカに行った時に、ある人が"貴族と会う時はちゃんとするように"って色々選んでくれたやつですね。それ以来、これと似たようなの買ってます」

 

(他人の色に染め上げられてる!?)

 

 ステファニアのおぼろげな記憶では、アルはエルの服のラインを緑にしていたような服装をしていた。だが、今はグレーの長ズボンとジャケットにジャケットよりも薄いグレーのシャツを身に纏っている。ジャケットの襟には小さなブローチが着けられており、その存在が少々背丈が子供っぽいアルの存在を上の位階へ引き上げていた。

 

 ただ、先ほどアルは『ある人に選んだもらった』と明言していた。その言葉を聞いた後からどうにも嫌な予感が絶えず過ぎるステファニアだが、アルに話を聞く前に突然扉が勢い良く開かれた。

 

「ティファー! 中止! このお見合いは中止だ! こいつ、クシェペルカ王国のイサドラ様と文通してる!」

 

 いつもの穏やかな口調をかなぐり捨てながら部屋に突入してきたレンナルトに面食らった2人だが、その最新情報に確信を得たステファニアは指を震わせながらアルの服を指差す。

 

「えっと、その服ももしかして……。イサドラ様が?」

 

「え、はい」

 

「文通してたの?」

 

「たまにプレゼントの交換とかしてました。このブローチもそれですね」

 

「(装飾品のプレゼント!?) 陛下は…………そのことを知っていらっしゃる?」

 

「銀鳳騎士団経由なので、多分知っていらっしゃるかと。エムリス殿下経由でも報告はされてるでしょうし」

 

 何がとは言わないが、3アウトだった。まるでホームランを打たれた投手のように打ちひしがれるステファニアとレンナルトだが、数秒後に再起動を果たすとそれぞれが勢い良く部屋から出て行く。そこから数分してから屋敷内はまるでベヘモスが出てきたような大騒ぎになった。

 

「レニー! 急いで! 文通相手が居たなんて聞いてないわよ!」

 

「僕も知らなかったよ! とりあえず、陛下に報告しないと!」

 

「あ、じゃあシルフィアーネ・トレーナーに乗っていきます? ここからなら数時間もかからないですよ?」

 

 ワーワーと騒ぐ2人にアルは平然と提案する。思えば彼がこの騒動の発端なのだが、今はそれを言っても詮無いことなので、リオタムスへの言い訳を考えながら2人は屋敷の執事に巨大な木箱を用意させる。

 そして、シルフィアーネ・トレーナーにその木箱をしっかり持たせ、登城するのに相応しい服装に着替えた2人はその木箱に入ってから杖でそれぞれに身体強化を掛ける。

 

「ステファニアさんはエドガーさんと交代した方が良いんじゃ……」

 

「時は一刻を争います! 早く出発して!」

 

「あ、はい」

 

 ステファニアからの有無を言わさない怒号にアルは大人しく従う。カンカネンへ行く間もエドガーから『ケルヴィネン様からアルフォンスとイサドラ様の関係を聞かれたんだが、何があったんだ?』と聞かれるが、アルの方もまさか文通相手といっただけで取り乱すとは想定していなかったので、『さぁ?』と返すしかなかった。

 

 結局、カンカネンについた一行はちょうど会議がひと段落着いた隙をつく形でリオタムスと謁見。最初は多くの手続きを省略したために怒っていたリオタムスだったが、レンナルトの行った計画や立案理由を聞いていくと次第にその怒気も薄れていった。

 

「迷惑を掛けた。本来ならば私がスカウトの話と共に、それも取り仕切るべきだった」

 

「いえ、まさかアルフォンス副団長が文通をしているとは露知らず。申し訳ありませんでした」

 

 本来は勝手にスカウトやお見合いを計画していたことを責めるべきだが、本来ならば銀鳳騎士団は王族直轄。かつ、アルとイサドラの関係も知っているので、王族が率先してそれらの調整を行うべきであった。ただ、飛空船(レビテートシップ)空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)の会議という重大な事柄があったため、そのことをすっかり忘れていたのだ。

 知らなかったとはいえ貴族達から噴出する問題をいち早く察知し、自身が音頭を取ることで軟着陸させようとした者に大鉈を振るうつもりはリオタムスには無かった。

 

「実はというと……私もこの手紙を見てそれに気づいた口でな。アルフォンス、おぬし見合いのこと書いただろう」

 

「あ、はい。書きました」

 

「検閲しなかった私達も悪いが、相手は選んでくれ。抗議文のような手紙や報告書が届いたぞ」

 

 原因が分かったことで脱力するように玉座にもたれかかったリオタムスは、近衛兵経由でアル達にクシェペルカ王国から送られてきた手紙──と評すには些か暴力的な文で書き連ねられた抗議文を見せる。その内容にアルは完全におびえた表情を浮かべながら読み進める。時折、キッドのような筆跡で『助けてくれ』や『さっさと謝ってくれよ』といった文字が出てくることからイサドラのみならず、エレオノーラも『おこ』なのだろう。

 

「即座に謝罪文と共にご機嫌を取ります!」

 

「分かった。銀鳳騎士団へのスカウトについては条件を提出するように触れを出す。アルフォンス以外の者は近衛の者に送らせるゆえ、一室で待機しておくように」

 

 こうして長い長いアルの特別な1日は幕を下ろす。お見合いが突然キャンセルという報で各方面が荒れに荒れるのだが、見合いがセッティングされた理由とそれがキャンセルされた理由、どちらも把握していたセラーティ侯爵は『一箇所でも上手く行っていたらまずかった。よく見合いを全部断ってくれた』とアルを賞賛した。




結論:『プレゼント交換込みの文通』の意味を全く知らなかった。というか、それを普通の友達感覚だと思っていたアルのせい。
一般市民(仮)だからね。仕方ない。

『時間と誰かが環境を変えてくれると思うな』は、自分の恩師の言葉です。小説版のエドガーさんは何もヒントも後押しもされないまま自分が出来ることを探し出していたので、これは後押ししてやらねばと思ってました。

アル君は決して人を人と思っていないシルエットナイト馬鹿じゃないよ。ホントダヨ!
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