それはいつになく平凡な日常だった。
滞在中、アルは長年考えていた可変形
その結果、『
ただ、高機動状態による現場への到着時間の短縮に加えて空を主戦場とする魔獣と陸を主戦場とする魔獣両方への対応力と可変機が持つとされる利便性を聞いていた
デュフォールからの帰路、『明日はもっと楽しくなるよね。ハ○太郎』と脳内に具現化したひまわりの種が大好きそうなキャラに呼びかけるほど上機嫌に操縦していたアルだが、進路上に巨大な船を中核とした大船団と出くわす。
小さな町をすっぽりと覆い隠せるほど大きさと船底に塗装された銀の鳳。そんな
「イズモ!? 調査飛行から帰ってきたんだ!」
アルはすぐさま艦橋付近まで高度を上げると、
その合図にすぐさまイズモが返答し、船団はその場で一時停止する。イズモ自慢の船倉が開放され、シルフィアーネ・トレーナーが慎重にその中へ着艦を果たすと、船倉に居た
ただ、彼らは揃いも揃って暗い表情を浮かべていることを機体の
「皆さん、お帰りなさい」
「あ、あの……副団「銀色小僧!」」
アルに向かって言い辛そうに何かを言おうとする
「兄さんはどうしたんです?」
アルは多少上擦った声で兄であるエルの所在を問う。すると、ダーヴィドは調査飛行の最中に出会った蟲型魔獣の話をしだした。
曰く、
曰く、その
現に最初に蟲型魔獣と戦った小隊の内1人がかの魔獣からの攻撃によって
ここまでの話で死者1名というアルにとってあまり聞きたくない話であったが、ここから先の報告こそ真の地獄であった。
「奴らは……先回りしてきた。しかも、進路上に体液を撒いてきて雲で逃げ道を塞いできやがった」
「は? ……魔獣がですか?」
信じられないといった様子で口を開けるアルに、ダーヴィドのみならずバトソンも首を縦に振って肯定する。通常、魔獣は獣と称されている通り、シェルケース種などといった多少の例外は存在するがあまり組織立った行動は行わない。それを
「相手の脅威は分かりましたし、兄さんがここに居ないであろうことも…………。いや、仕事の話をしましょう」
「なっ!? おめぇ、兄貴がここに居ないってのは平気「なわけないでしょうがっ!!」」
至極冷静に今後のことを話そうとするアルに向かってダーヴィドが叫ぶが、その言葉を言い終わる前にダーヴィドの胸倉を掴みながらダーヴィドよりも大きな声量でアルは叫ぶ。『嫌なことを考えさせてくれるな』と言わんばかりに、アルは歯を剥き出しにしながらダーヴィドの目を正面からにらみ付ける。
1分、2分と何も言わない空白の時間が流れていき、ようやく手を離したアルは近くでその光景を見ていたトルスティの近くまで歩み寄ると、死亡した紫燕騎士団員の家族に遺体を引き渡す役目を自らが志願する。
「いや、それは紫燕騎士団の長である私の役目だ」
「いえ、彼らを育てたのは我々です。それに、騎士団長閣下にはカンカネンで陛下にこのことをお伝えするのが最優先だと考えます」
「閣下、私も同行するので許可を……あいつを故郷に帰す許可をください」
最初は渋るトルスティだったが、有無を言わさない気配のアルやキヴィラハティからの言葉に渋々承諾する。許可をもらったキヴィラハティは犠牲になった団員の小隊から2人選出し、
「顔を見ても?」
「えぇ、どうぞ」
断りを入れた後にアルは袋の前で礼をしてから手を合わせて袋を開ける。最初に対面した感想は『君か』という見知っている人間と再会したような短い言葉だった。
彼はシュレベール城に脱出させた際も最後まで兵士に自分の所属を明らかにしながら肉弾戦を挑み、最後には2階にも拘らず手を眼前にクロスさせながら窓を突き破って脱出を図ろうとしたが、窓が思った以上に硬くて頭から床に落ちて気絶したユーモア……と言っていいのか分からないが面白い人物だった。また、『生き残ることを諦めない』というアルの心情に深く共感していた騎士でもあったことをアルは覚えている。
ただ、じっくり物事を進めることができない──所謂せっかちな性質が玉に瑕でもあった。
本来ならば紫燕騎士団でじっくりとその性格や能力を鍛え上げ続けることで、優秀な
そんな彼がこのような結果になったことに悲嘆したアルは、気づけば自身の手を握りこみすぎて船倉の床を血で汚していた。
「彼をシルフィアーネ・トレーナーの操縦席に。キヴィラハティ君、彼のご実家は分かりますか?」
「はい、先ほど確認してきました」
いつの間にか船倉に居る全員が騎士の礼を取りながら整列している。その中央を進みながら、シルフィアーネ・トレーナーの腹部にある操縦席に彼が入った袋を丁寧に運び込んだ4人はそれぞれの機体の操縦席に飛び乗ると、
「皆さん、お願いします」
アルの声を同時に力強い返事を行った
「やっぱり、この方法乱暴だなぁ。クロスボウみたいな感じで飛ばせないかな」
全機が放り出されるまでの僅かな時間。アルは射出方法について模索していたが、いつもは目をキラキラと輝かせながら彼のその目の焦点は合っていなかった。傍目からは『他の嫌な事から必死に目を逸らしている行動』であったが、生憎キヴィラハティ達は射出中なのでアルの精神的な問題に気付く人間は居なかった。
やがて、全機が射出されると隊伍を組んでから一路亡くなった団員の実家がある村の方向に進路をとる。しばらくは
「調査飛行は……いかがでしたか?」
拡声器の言葉が聞こえる距離でシルフィアーネ・トレーナーの周囲を囲っていたこともあり、その言葉にどう返答しようかキヴィラハティは迷う。銀鳳騎士団の騎士団長であるエルとイカルガが蟲型魔獣の放つ
だが、それを今ここで言う勇気はキヴィラハティには無かった。どうしようかと思ったその時、初めて蟲型魔獣と戦闘を行った小隊の小隊長の方からノイズの音が走った。
「僕らがまだ知らない未確認の魔獣の宝庫でしたよ。最後の蟲型魔獣もそうですが……自爆してくる魔獣も居ました」
「自爆!? もしかしてまだ被害が!?」
思わぬ攻撃方法にアルは思わず叫ぶ。彼の頭の中には魔獣がトゥエディアーネの胴体に掴まり、自らが眩い光を発して大爆発を起こすシーンが浮かんだのだが、どうやらトゥエディアーネの法弾が命中した際に法弾の威力以上の爆発が起きたから分かったことで、紫燕騎士団は重/軽症者は居れど死者は現在送り届けようとしている彼しか居ないことにアルは胸を撫で下ろした。
「岩のような巣が空に浮かんでいて、全長は人間よりも少し大きい程度だと他の皆から聞いてます」
「涙滴状の起伏のない外見だということと、ブレイドダンサーのように羽ばたかないってこと。後は魔法で前に進んでいるのか知らないが、速度はトゥエディアーネを追ってくるほど速かったと報告を受けてる。……速度については信じられないけどね」
「そうなると、プレーンのまま使い続けるのは限界が近そうですね。偵察機や攻撃機といった役割別の改修が必要になるかも」
いつものようにぶつぶつとトゥエディアーネの改造案を漏らすアルに、いきなり感情を爆発させてこないことに安堵したキヴィラハティや他の団員達。その後もなるべく怪我を負った部分に極力触らないような魔獣や調査飛行中の話を中心に報告を行い、ようやくとある村へたどり着いた。
村の周辺に機体を下ろし、いつものように
その後は劇にもなっている噂の銀鳳騎士団や、空という新たな戦場の最前線を往く紫燕騎士団の来訪ということでその場に浮き上がりそうなほど浮き足立っていた村長は、アル達の表情と伝えられた内容で一気に現実という名の地上へ叩き落される。年配にも拘らず、やや蒼白な顔色をしながら村の方へと走り出した彼が同じく少々年を取っていながらも目鼻立ちがくっきりとしている芯の強そうな女性と、屈強な筋肉の鎧を纏う男性を連れて来た時と同じタイミングで、小隊長達の手によって亡くなった団員の入った袋が村長の家の前まで運び出されていた。
「紫燕騎士団の大隊長を預かっているラーファエル・キヴィラハティと言います。本日は──」
この団員は紫燕騎士団の所属なので、定型のような挨拶はキヴィラハティに任せようとアルは目配せをする。キヴィラハティもそんなアルの反応を察して女性の前に立つと、軽い自己紹介と村まで来た要件を話し出した。話と人1人が詰まっているであろう袋を見た女性はその場で泣き崩れ、男性は袋を見ながら『よく頑張ったなぁ』と天を仰ぐ。そんな姿を見せられたキヴィラハティは、思わず説明を中断して唇を噛んでしまった。
「キヴィラハティ君、交代しましょう。どのように戦ったのかはこちら、彼が所属していた小隊の小隊長の方に」
動きが止まったキヴィラハティを無理やり交代させ、小隊長を手招きで呼んだアルはそのまま村長の基へ歩いていく。なぜかキヴィラハティも着いてきたが、一旦無視して村によって葬儀の仕方が異なる場合があると過去に授業で聞いたことがあったアルは、献花などはやっているのかと聞いた後にそこかしこの服の裏地から銀貨を数枚取り出していると、キヴィラハティも同じような行動をしてアルの手の平に載せる。
「良いんですか?」
「副団長閣下も同じことやろうとしてるじゃないですか。別に強制されてはいませんよ、僕の意志です」
キヴィラハティの顔を見ながら問うアルに、彼は毅然とした態度で答える。
正直、こちらが何をしようともあの家族の慰めになることは決して無いだろう。それに、ここで村に金を渡したら亡くなる人間が増えるごとに村に金を払うという習慣が出来てしまって悪手なのだが、アルやキヴィラハティはそこまで優れた人間ではない。そこらへんに居るただの人間だ。
だから、自分達がやっていることは非常に我侭で偽善的な行いかつ、上に立つ人間として失格であるということは重々承知していても、『そんな失格だったら、こっちから願い下げだ。やってから考える』と感情的に行動したに過ぎなかった。
「いえ、流石にこれは……」
「余ったら祭りにでも使ってください」
最初は申し出を断ってきた村長だが、2人がその手を握りながら再三説明することによって『そういうことなら』と丁寧に例をする。性善説を信用するわけではないが、一応村人の視線がある中で多少声を大きくしながら渡しているので悪い使われ方はおそらくされないだろう。
そんなこんなで案外長く村に留まり過ぎたということもあり、『そろそろお暇しよう』と戻る彼らの前に、亡くなった団員の父である男性がその進路に立ちふさがる。
「息子は……お役に立ったのですよね? 息子の死は!! 国にとって益だったのですよね!」
実の息子が亡くなった意味を問う言葉。たかが言葉だが、一つ言い方を間違えれば遺恨にもなりかねる大事な場面である。
キヴィラハティはどう答えるべきか迷ったが、その横でアルはなんのためらいも無く『はい』と力強く答えたことに彼は目を剥く。
「報告しか聞いたことはありませんが、彼の死と引き換えに手に入れた情報はフレメヴィーラ王国にとって有益な物でした。必ずや、この情報に恥じない装備を作り出し、しかるべき報復を行うことをお約束させていただきます」
(何勝手なこと言ってんですか!?)
キヴィラハティからしてみれば青天の霹靂ともいうべき言葉の数々に、自分達の指揮形態がどうとか、次なる調査飛行もどうなるか分からない状況だと反論したかったが、涙を流しながら『そうですか』と何度も頷きながら連呼する男性や再び泣き崩れる女性に、『どうにでもなーれ』と思考を放棄した。
その後、紫燕騎士団に合流するべくライヒアラの上空で分かれた際。
「僕の考えですが、この魔獣はかなり危険です。なので、紫燕騎士団の皆さんにはより一層の鍛錬やこの魔獣に対する有効な戦い方の模索をお願いします」
「は、はぁ……承知しました」
アルから告げられた一方的な会話にキヴィラハティ達は首を傾げる。たしかに、
ただ、かの魔獣と出会ったのはボキューズ大森海の最奥近くである。どう考えても今のフレメヴィーラ王国の状況ではそこまで行く用事がない。アルと別れた後、キヴィラハティは彼の言っていることをしばらく反芻させながら考えるが、真意を見出すことは叶わなかったが負けっぱなしは癪なので、とりあえずは帰ってからの士気の回復と反省会は必須だと脳内のメモ帳に記述した。
***
「──俺が見て来たのはこれで全部だ」
「ありがとうございます。ヘプケンさん」
時を同じくして、ライヒアラのエチェバルリア邸にはダーヴィドとディートリヒが訪れていた。ダーヴィドから告げられた来訪理由に家に居たエルとアルの母親であるセレスティナと、偶然その場に居合わせたキッドとアディの母親であるイルマタルの顔色が失われていく。
その居た堪れない現場に1秒であっても居たくなかった彼らだったが、生き残った者と騎士団長を仰ぐ者として頑なに足元に力を込めてその場に踏み止まっていた。
「ただいま帰りました」
「あ、あら? まだ学園は……」
そんな時、エチェバルリア邸の扉が開かれる。中に居た全員がその扉を見ると、真っ先に家の中に入ってきたアルの後ろに授業時間中なのにも関わらずマティアスとラウリの姿もあった。だが、その顔色はセレスティナ達のように蒼白で、どう考えても職務に憔悴したような顔色ではなかった。未だ学園に居るはずの2人の登場にセレスティナは驚いた表情こそすれ、真っ先に入ってダーヴィド達に『お疲れ様です』と労いの言葉を掛ける息子の姿を見ると理由を察したのか再びイルマタルとお茶の準備に入る。
「エチェバルリア教官……」
「クーニッツ君、久しぶりだね。……アルフォンスからある程度のことは聞いたけど、改めてエルネスティのことを聞かせてくれるかい?」
本来であれば酒でも酌み交わす所だが、事情が事情なだけにマティアスは頭に燻る熱を冷ますために深い息をついてからディートリヒとダーヴィドの顔を正面から見据える。ラウリもそれに倣って拝聴の姿勢をとり、彼らの通算3度目の報告が行われた。
ダーヴィドの口から伝えられる内容全てがマティアスとラウリの想像の斜め上をいくが、
「よく報告してくれた。無事に情報を持って帰ってきてくれてありがとう」
「……団長が守ってくれただけだ。まだやることがあるから失礼させてもらう。副団長は今日はもう休んどけ」
「ありがとうございます」
席を立つダーヴィドとディートリヒを見送り、エルを除いたエチェバルリア一家とイルマタルは再びテーブルに着く。全員が何を言うでもなく黙って茶を啜っていたのだが、セレスティナは一言。『あの子は約束を破ったりはしませんでした』と呟いた。
「アル、弟の視点からどう思う?」
「生きてるとは思います。親方達は墜ちたといっただけで死んだとは言ってませんし、なおかつ
マティアスの質問にアルはつらつらと答える。
エルは無意味なことはあまりやらない。──いや、周囲が無意味だと分かっていても『分かりきっている結果』を出すために実験を行うような人物だ。
そんな人間が何の見込みのない現場に突っ込むだろうか? いや、しないだろう。仮に見込みがなければ、他の手段を投じていたはずだ。
つまり、その対応策である見込みが大外れしていなければ十中八九、エルは生きている可能性がある。
「後はアディの存在ですね。1人より2人のほうが生存率が高いですし、あの子は兄さんを決して見捨てません。下手したら負傷した兄さんを背負ってでも脱出してきますよ」
「親として微妙な心境ですけど……ありえそうなのが怖いわね」
目を完全に据わらせたアディが杖を噛んで保持し、ボロボロのエルを背負った状態で森の入り口に姿を現す光景が思い浮かんだのか、イルマタルはようやく笑いながらアルの言葉に頷く。
親の立場であってもそのような言い方に納得するほどアディの『エル大好き』は極まっており、その存在はエルにとってもアディにとってもプラスに働くだろう。
以上のことを踏まえ、アルが『現在は』エルが生きていることを伝えると全員揃って思案顔になる。
「そこじゃな。まさか、捜索させてくれと言って再びあの森へ行かせてもらえるとは考えがたい」
「今の状況では、エルはもう死んだものとしてアルを騎士団長に据える可能性のほうが高いな」
ラウリとマティアスが貴族と騎士の視点から今後の展開を予想する。
さらに言ってしまえば、行方不明中の騎士団長を捜索する陣頭指揮は銀鳳騎士団の上下関係的にアルが担うので、王族や貴族からしてみれば『両方帰ってこれない可能性も十分にありえる博打を打てるわけないだろう!』と叫ばれるのも止むなしだ。
「ですがねぇ。兄さんのことは置いといて……。件の蟲型魔獣も放置はまずいんじゃないかな……と」
「というと?」
「天敵、居なさそうじゃないですか」
ダーヴィドから話された蟲型魔獣の特徴を思い出した全員の口から『あっ……』という声が漏れる。
食物連鎖。生物界の捕食・寄生など、食べ物とする/されるという関係を示したものである。
ただ、これに先ほどの蟲型魔獣を当てはめればどうだろうか。
「今まで数が居なかった……いや、ベヘモス事変のことを考えると着実に生息域を増やしていると僕は予想してます」
「ベヘモス? なぜそこにベヘモスが関係するんだ?」
「はい、これも推測で証拠もないのですが。憶測ということを念頭に入れて聞いてください」
エルの心配も他所に、ベヘモスという過去に起こった危機を持ち出すアルにマティアスは怪訝な表情をする。
『ベヘモスは元々群れで暮らす種族ではない』といった調査報告が後々上げられるかもしれないが、今は師団級なんて早々お目にかかれない魔獣の生態についてまだまだ調査は進んでいない。なので、『ベヘモスを通常の魔獣と同じ』という憶測を念頭にアルはとある推測を口に出した。
それは、クロケの森で起こった小型魔獣達の暴走がボキューズ大森海でも起こっていたという推測だった。
「蟲型魔獣は、伝え聞く厄介さでいえばベヘモスよりも上。……いえ、数も合わさると遥かに格上です。それに、あの時現れたベヘモスは1匹でした。それはなぜでしょうか?」
「アルよ。もしや、ベヘモスが番や子を蹂躙され、ボキューズから逃れてきたと言いたいのか?」
「はい。それを抜きにしても、空を飛ぶ魔獣らしいのでこのままフレメヴィーラ王国に来る可能性も捨てきれないかと」
推測の域を出ない言葉に加えて可能性の話。心配しすぎという声をラウリは上げそうになるが、憶測や推測にしてもベヘモスの件については、おそらく当時聞かされていれば『なるほど』と信じ込んでしまいそうなほど現実離れした内容ではなかった。その蟲型魔獣がフレメヴィーラ王国に飛んで来るという可能性の話にしても100%あり得ないという確証もないので、少しばかり考えたラウリは『ならばどうする』と今後のことについてアルに問いただす。
「父様、母様、お祖父様。そして、イルマタルさん。申し訳ありません、僕は兄さんとアディを迎えに行きたいと思ってます」
謝罪、そして決意がアルの口から紡がれる。全員、須らくアルの性格は知っていたので、その思いを聞いた全員の胸中に『何を馬鹿な』という批判が浮かび上がるが、同時に『やっぱりそうなるか』という諦めの思いも浮かんでいた。
「アルよ。1人では事が運びづらいと思うが……。銀鳳騎士団も巻き込むつもりか?」
しかし、たかが個人の決意など総意という大勢の人間の願望の前では容易く打ち砕かれてしまう。それを防ぐために銀鳳騎士団を巻き込んで捜索を行った場合、銀鳳騎士団を作り出した人間──王族の指示を聞かなかったために『造反行為を行った』という汚名が付きまとう。例え、エルとアディを助け出してもその汚名を背負うことになるのは明らかにマイナスといえるだろう。
「いえ、きちんと国からの命令で行かせてもらいます。ただ、ちょっと工作は行う予定ですがね」
銀鳳騎士団を巻き込んでの行動と思っていたラウリだったが、アルには微塵もそんな思いはなかったらしい。ただ、銀鳳騎士団が汚名を着ずに大手を振ってボキューズ大森海へ捜索に向かうには工作──所謂根回しが必要だと伝えると、ラウリは自身の孫にそんな知恵をつけさせた人物の姿が頭を過ぎった。
「先王陛下かの?」
「お見通しですか。いつの世も正しい提案が可決されるわけではないので、先王陛下や兄さんからの金言に従います」
遠い目をしながら答えるアル。ぽっと出の一般社員が会議中に放った一意見など、それがどんなに正しい提案だとしても、失笑された上に棄却される可能性が高いのが世の常だ。そのためには推している意見の弱点を把握し、補強し、会議の参加者や中立寄りの人物に予め話を通して内々的に好印象を与えておけば万事OKだ。
数年ぐらいのペーペーだったが、元社会人として根回しの有用性を前世のエルから教えてもらっていたアルは、『うちの息子達って毎度ながら突拍子の無いことを仕出かそうとするな』と呆れかえる全員に対して頭を下げる。
「ですので、お祖父様達には予め僕の予定を話させてください。そして、良ければ協力をお願いします」
「アル、私達は家族だ。それに、お前がエルを助けに行こうとしているのに俺達が拒否する道理があるか? ……と言っても、お前のことだから説明しないと駄目とか思っていそうだな」
「ふふ、それも"根回し"なのね。なんだかワクワクしてくるわ。ね、イルマさん」
「そうですね。私もアディ達が帰ってくるなら協力は惜しみません」
「…………すまぬが、その予定の如何によってはわしはお前の行動に反対せねばならぬ」
マティアス、セレスティナ、イルマタルがそれぞれ無条件な協力を約束する言葉をアルに投げかけるが、反対にラウリは詳しく話を聞く姿勢をとる。その目は抜き身の刃を思わせる鋭く、アンブロシウスの相談役を任される程に卓越した思慮深さを誇る1人の貴族。ラウリ・エチェバルリアの姿がそこにはあった。
ただ、ラウリがここまで反対の意を示すのは理由がある。ライヒアラ騎操士学園だ。
前回は事情に加えて王族というVIP過ぎる所からの要請もあって何の諍いも起こらなかったが、今回のことで再び教官を辞することになると、流石に他の教官は黙ってはいられないだろう。
例え学園長の孫だろうと、いかに最新の
──とアルにとっては厳しいことを言ってはいるが、そこらへんも考えての『臨時教官』という立場で、実際にラウリは学園のことに関しては特に気にしていなかったりする。だが、『今の立場を簡単に捨てる発言』だけは許さないという信念と、『たまには祖父としての威厳を!』という僅かな茶目っ気でによってこうして今後についてアルに問いかけているのもまた事実であった。
「もちろんです。まずは──」
そんなラウリの心情を知ってか知らずか、アルはこれからの自身の予定を話し出す。その話の中にはどこから聞きだしたのかという計画や、そんなに上手くいくわけがないと思うような話が度々見受けられたが、そんな計画が立ち上がっていると政からかなり離れていたラウリがそう思えるような推測や説明を聞かされ、話し合いの決裂といった予定が変わった際のリカバリ内容も豊富であった。
当然、ラウリ以外の人間は政に対して耐性がない。一般人には知りえない情報の波に宇宙の真理を読み解いたかのような放心具合を晒していたのだが、断片的にも理解していたので説明が終わったアルに対して挙手を行う。
「ほんとに……そんなことをするの? 話し合いではなんとかならないの?」
「ティナの言うとおりだ。お前が良いと言っても、大怪我になるかも知れないんだぞ?」
「なので、父様と母様にはタイミングを見計らっていただきたいです。それに、今回は戦争と訳が違います。撃墜 = 死と同じなので、着いて来いと命令したくないです」
奇しくも両親とも同じ疑問──特にアルにとって怪我をするだけで特にメリットを感じられないことを挙げる。しかし、そのメリットが感じられない行動に関してもアルの考えがあってのことだった。
もちろん対策はしっかりと施す予定だが、余計な判断を裂かないように命を捨てる覚悟を持った面子で望みたいのがアルの本心だった。そのためならば、例え銀鳳騎士団を半ばギクシャクさせても、副団長から下ろされても構わないと話すアルに、2人はもう何も言わなかった。
「ふーむ。そうなると、陛下の御耳に入るのはまずかろう。あのお方にお伝えするのは、わしがなんとかしよう」
「やった! ありがとうございます。陛下の御耳に入ることを承知で藍鷹騎士団に頼もうと思ってたんです」
2人が静かになると、代わりにラウリが顎に手を置きながらカンカネンの方角に視線を向ける。『あのお方』の連絡についてを自らに任せて欲しいという援護射撃にアルは喜ぶ。
そして、誰からも質問や疑問が出なくなった頃合で『明日から忙しくなる』という言葉と共に話し合いはひとまず解散する。イルマタルはマティアスとセレスティナに家まで送ってもらい、ラウリは先ほどの約束を果たすために書斎にこもる一方で、アルは自室で明日から行う行動についての準備を行う。
「大体、危険生物の情報と引き換えに紫燕騎士団の1人と兄さんって等価じゃないですよね。……あの人を返してもらうついでに溶かしてきた諸々の制裁をしないとイーブンじゃないですよね」
予想外のバッドイベントにまたしてもお得意のマイナス思考になるかと思いきや、意味不明なことを呟きながら準備を行うアルの心境は『かの魔獣に対しての復讐心』で一杯だった。
物語では『復讐はなにも生まない』、『虚しいだけだ』と言っている主人公も居るが、それを言ったら忠臣蔵だって全員路頭に迷ってめでたしになるし、とある龍殺しの妻もフン族の王と普通に生活していただろう。
『やってすっきりするなら良いじゃん』と、例えエドガー達といった銀鳳騎士団創設初期の面々でさえも到底見せられないほど、どす黒い混沌とした思考がアルの身体にじんわりと広がっていく。
そして、怒涛の話し合いから数時間後。すっかり朝日がライヒアラの街を照らし、住民が活動を始めた時分。話し合いが行われた現場であるエチェバルリア邸の子供部屋にアルの姿は無かった。
原作を見て『主人公=イカルガ憑依しなくて良かった』と心底思った今日この頃。
原作との乖離点
蟲型魔獣との初戦時。不可解な攻撃に為すすべなくやられた騎士君だが、アルの実践訓練で咄嗟の対処を行った。
結果的に原作と同じになるが、アルという原作には無いキャラの存在によって紫燕騎士団の潜在的な意識改革には成功している。