銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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111話

 ボキューズ大森海の最奥。人間の埒外にある巨大な獣が闊歩するその場所に不時着してしまったエルとアディ。

 蟲型魔獣の体液や不時着の衝撃で乗機がボロボロになりつつも五体満足で地上に降りることが出来た彼らは、ひょんなことから巨人という大きな存在と出会う。幾分か異なる比喩や文化形態を持つ巨人達だが、決闘や度重なる異文化コミュニケーションによって2人はカエルレウス氏族という一門に迎えられていた。

 

「都合よく目覚めなさい! 僕の精神感応能力! エチェバルリアテレパシー!」

 

「すごい! 師匠はそんな魔法も熟知しているのか!」

 

「パールちゃん、あれは真似しちゃ駄目だからね」

 

「えぇ……」

 

 近くの小川で髪を湿らせたエルは前髪を天高く逆立て、そのまま近場の石の上に上がると片膝を立てつつ静止。おもむろに懐からサバイバルグッズを入れているアルが製作した大き目の巾着を天高く突き上げながら声高に叫んだ。

 言葉から新しい形態の魔法(マギア)だと思った4つの目を持つ巨人、『小魔導師(パールヴァ・マーガ)』が師匠(マギステル)となったエルに羨望の眼差しを向けるが、対するアディは極めて冷静な口調で真似をしないように告げる。

 そんなやり取りを隣で聞いていた3つ目の巨人、『ナブ』はエルとアディの関係に『夫婦って大変なんだな』と子供ながらに真理に近い思いを心の中に灯らせていた。

 

***

 

 さてさて、ボキューズ大森海のエルが巾着両手に電波をピピピッとしたわけだが──。それと同じタイミングでライヒアラの街中でいきなり目をくわっと見開いたアルはとある一点を見つめていた。

 

「っ!! おっちゃん、今日は鶏丸々1匹が3割引だって!? 一昨日、ハム一塊を結構安く売ってたじゃん!」

 

「どっかの村が一斉に大量に卵が産めなくなった鶏を卸したらしくてね、遠い村だって聞いたけど。まったくそんな遠い所から食材が早く届くなんて、レビテートシップ様様だよ」

 

 トゥエディアーネや飛空船(レビテートシップ)のおかげで物資の大量輸送が本格的になり、その成果として市民は毎日新鮮な食材を口にすることが出来ている。商人達も市民が口にする商品を素早く、大量に、遠くへ運んで卸せる飛空船(レビテートシップ)には感謝しており、その技術を西方より持って返ってきた銀鳳騎士団にはかなりの恩義を感じていた。

 だが、飛空船(レビテートシップ)の技術に対して指示を出したのは王族であり、騎士団長と副団長の欲望を解放した結果を後ろから見守っていたに過ぎないと考えていた銀鳳騎士団の面々は、恩義と感じた商人達からの過剰なサービスはなるべく受けないようにしているのが現状であった。

 

「じゃあそれを1つ。あ、手足はぶつ切りにして血抜きもやっておいてください。賃貸なので、血はちょっと面倒くさいです」

 

「あいよ。……ってあれ、アルフォンス君は実家じゃなかったっけ? 家出でもしたの?」

 

「ちょっと家ではやりづらい仕事が入ったんで、"友達"の所に転がり込んでます」

 

 『大変だねぇ』という店主が奥に引っ込んでいる間、アルは『友達』と言っていた彼──フロイドの家に転がり込んだ時のことを思い返す。いきなり押し掛けたが、ハムの塊と今月の家賃の6割の提供、そしてアルがこれからやろうとしていることを説明すると、『やっぱりですか。では、騎士団内の動向は僕が見て毎日伝えます』と計画に快く乗ってくれた彼は、実に強かで良い部下に育ってくれていた。

 

 後は彼経由でラウリから伝えられた、今日到着予定の『アンブロシウスから呼びかけられた協力員達』と合流し、彼らと連携して数日後までに資料とプレゼン用の説明を準備できれば第1工程の完了である。

 しかし、既に伝えたい内容はエチェバルリア邸で全て書き上げているし、フロイドに資料を見せた反応から的外れな内容は書いていないことは分かっている。

 ただ、なにごとも神は細部に宿るものだ。言い回しが分かり辛い部分があればその分だけプレゼンの熱量は下がっていく。

 そんなしょうもないミスを潰すため、時間一杯まで出来るだけ足掻いていこうとアルはさらに奮起していると、店主がアルの注文した物を袋に包んで持ってきた。

 

「はい、これね。……さっきから思ってたけど、ちゃんと寝てるのかい? ちょっと顔色悪いよ?」

 

「最近寝不足で。でも、大丈夫ですよ。じゃ、これで」

 

「はい、たしかに。あんまり酷かったら医者に行くんだよ」

 

 店主に目の下の隈を指摘されるが、アルはなんでもないと笑いながら分かれると家路につくが、先ほど店主に言った『なんでもない』は真っ赤な嘘であった。なにを隠そうエルがボキューズ大森海に墜ちたという報告を受けてから毎日、アルは夜中何度も悪夢によって寝床から飛び起きていたのだ。

 

 見慣れた服の横に転がる骨。無残に食い散らかされたエルやアディだった物。魔獣の腹から出てきた紫銀と黒い髪。アルのマイナス思考が手塩にかけて作成した悪夢が就寝してから数時間おきに繰り広げられ、アルの精神状態を酷く汚染していく。

 ただ、アルはなにを考えているのか。その夢の内容を逐一寝具の隣に置いていた紙に書き連ね、再び床に就くという謎の行動をエチェバルリア邸から出た日から毎日行っていた。

 その光景を見たフロイドも、アルに何をしているのか問いただしたことがあるのだが、答えは決まって『説得材料です』であった。

 

 そんな割と内面がボロボロのアルがフロイドの借りている部屋に帰ってくると、手洗いをしてから前掛けをつけて料理の支度に入る。

 

「鶏の手足を鍋にドボンして今日のスープに。あとは今日と明日用にパンを細かく下ろしーの、ザルで細かく砕きーの、野菜刻みーの、鶏に詰めーの」

 

 毎日、出汁を引いて味噌汁を作っている主婦の尊さや永○園といった即席味噌汁の英知や手軽さに心の目から涙を流しつつ、アルは朝に鍋一杯に張った水に干し肉をラードで密閉保存した素を入れて作ったお手軽スープに先ほど買ってきた鶏の手足を投入していく。

 ガラや手足の肉から濃い旨みがじわじわ染み出してくる間に、続けてかなり放置していたせいでかなり堅くなったパンをガリガリとチーズを粉状に砕く道具で削る作業に入る。削った端から出てくるパン粉をさらにザルで細かくし、荒微塵にした野菜類と共に鶏の胴体部分にパンパンになるまで押し込む。

 後は温度が低い所で寝かせることで明日の晩の支度は完了するのだが、そのタイミングでアルの耳にドアを叩く音が聞こえた。

 

「はぁ~い。新聞、宗教勧誘お断りで~す」

 

「おー、アルフォンス来たぞってお前ナニやってんだ!」

 

 ドアを開いた先にいたのは藍鷹騎士団の親父とノーラと他数人といったアルにとって見慣れた面々。

 しかし、ドアから出てきたアルの風体に親父が開口一番に叫ぶ。親父の叫びの後も、ノーラを含めた全員が口々に『え、なにこの子』や『こわっ!』と悲鳴交じり声を漏らしている状況に、流石のアルもムッとする。

 

「なんですか! いきなりご挨拶ですね!」

 

「見た目と風貌の落差がこえぇんだよ!」

 

 団員全員の総意を込めた叫び。しかし、今のアルは前掛け姿と容姿と合わさるとどこからどう見てもお母さんの手伝いをしている年頃の子供そのものだ。

 逆にそんなことを言う藍鷹騎士団側がおかしいのではないかとアルが問うと、ノーラが思うおかしな所に指を指し示す。

 

「包丁は危ないので、持って応対はまずいのでは?」

 

「料理してたんで、後物騒だし」

 

 最近、この近くで空き巣や傷害事件があったと同居人が言っており、料理中なこともあってか自衛手段は包丁しかなかったことを説明するが、それでも他の藍鷹騎士団員からの指摘は止まらなかった。前掛けの惨状を指差しながらとある藍鷹騎士団員がツッコム。

 

「なんで前掛けのところどころがどす黒くなってるんですか! 怖いですよ!」

 

「血って中々落ちないんですよね。おろした根菜染み込ませてもシミが多いんで諦めました」

 

 アルの使用している前掛けはエチェバルリア邸で使用していた物である。つまり、料理の傍らに血抜き作業などを行っていたこともあってか、前掛けの所々に大きな赤黒いシミが付着していたのである。破れた部分を補修したのか、可愛い猫のアップリケが前掛けにくっついているのだが、それにもベッタリと赤黒いシミが付着しているので、それらも相まって現在のアルは顔面や包丁にこそ血が付いていないが、どこかのヤのつく自営業のお宅か快楽殺人犯のお宅から出てきたような出で立ちであった。

 

「納得できませんが、とりあえず中へどうぞ」

 

「例のフロイド君はオルヴェシウス砦か?」

 

「えぇ、いつも通り何か僕について聞かれても知らないの一点張りをしてくれる予定です」

 

 フロイドのことを共有しながら訪問してきた全員を中へ招きいれ、テーブルの周りに着席するや否やアルはテーブルに資料を置く。厚さからみてかなりの文字が収められていそうな資料だが、まずは形式に則って自分達がこの場に合流した理由と経緯の説明を親父が行った。

 

「元相談役のラウリ・エチェバルリア殿の要請によって我々は動いている。アンブロシウス先王陛下からはラウリ殿に伝えたとおり、1週間後にシュレベール城の会議室と伺っている。ここまでは良いな?」

 

「ありがとうございます」

 

 粛々としたやり取りにアルは頭を下げながら謝辞を述べる。藍鷹騎士団が来た理由は複数あったが、アンブロシウスからのメッセンジャーが主な理由だ。

 曰く『あやつらは初手で言いたいことについて纏めておいた書面を叩きつけてくる。ゆえに纏めたものや言い分を事前情報として送ってこい』という、なんともアルというか『エチェバルリアのやべーやつら』の操縦方法を熟知している言い分だったらしく、アルもその対応に対して『そこまで読まれていると、恥ずかしいですね』と照れるが全くと言っていいほど褒められてはいない。

 

「いや、呆れられてるんだろ。……まぁ良い。要請の確認から行くが、内容は今後の問題に対するボキューズ大森海の再調査についてで良かったか?」

 

「はい。この調査飛行が成功した暁には第二次調査飛行、もしくは浅い部分の森伐遠征を行う予定。いや、成否問わずに既に編成を行おうとしているのではないかと思ってます。もし、再調査を行う場合は即座に行うよう進言したいんですよね」

 

 親父も密偵集団である藍鷹騎士団の上位に当たる人物なので、一部しか知らない情報である第二次調査飛行の編成が計画されていることは知っている。ただ、数多の推測を前置きに書いた末に『一番高い今後の展開』とアルが知りえない計画の一部を資料に記載し、あまつさえ言葉に出来ているぐらい的を得ていることから親父は人知れず戦慄した。

 

「詳しい話はともかく、要請は分かった。だが、今後の問題とはなんだ?」

 

「親父さんや皆さんも紫燕騎士団経由で調査飛行のあらましは聞いてますよね?」

 

「親父言うな。……まぁ、聞いている。シルエットナイトを溶かす蟲が現れたんだよな?」

 

 『親父』呼びに軽くツッコミながらも親父は、周囲の団員達の顔を見ながら自身が聞かされた報告を反芻させる。その報告に齟齬がないと頷きながら、アルは先日にエチェバルリア邸で家族に話したベヘモス事変を例とした大小の魔獣を対象にした暴走の懸念を話し出す。

 最初は『師団級魔獣がそんな簡単に動きますか?』とノーラや他の団員が疑問を口にしていたが、『殻獣(シェルケース)のような群れが大きくなりすぎたゆえの習性』や『ジャロウデクのような強大な戦力を数多く調達したことによる支配領域の拡張』という2つの例を話すと、親父は煮え切らない考えを唸ることで発散する。

 

「一方の例が人間なのはあれだが、十分にありえる話だな。俺でもそんな危険なやつがすぐ隣の大森林地帯に潜み続けている方が怖い」

 

 ある日、ボキューズ大森海から大量の蟲型魔獣が襲来。大森海に面した村落や町を手始めに人間や建造物を溶かしながらフレメヴィーラ王国全体を蹂躙していく光景。騎士が1匹ずつ駆逐してもなお、酸の雲(アシッドクラウド)によって被害が増えていく光景。まさに地獄絵図と評するに相応しい光景を幻視した親父は怖がるように少しだけ身震いする。

 しかし、同時に調査を行う上で必ず直面する問題──アルの参加について疑問に思った。

 

「だが、その調査飛行でお前が出て行く理由にはならないだろ? この資料を見れば陛下も先王陛下も納得するとは思うが、別にお前じゃないと調査飛行が勤まらないわけではないだろう」

 

「そうですよ。イズモなど大型のレビテートシップを稼動させる建前として銀鳳騎士団が作戦に参加するのは有り得ます。ですが、エルネスティ騎士団長閣下がいない今。シルエットナイト開発はどうなるのです?」

 

 当然、幻晶騎士(シルエットナイト)開発関連についての諸々の意見が出てくる。だが、それらもアルは既に切り返し方を考えていた。頭に手を置いたまま、彼は深いため息をつくと『最近、閃きが無いんですよね』と呟いた。

 

「閃き? アイデアが浮かばないということですか?」

 

「はい、寝ても醒めても兄のことが気がかりで。現に寝不足ですし」

 

 そう言いながらアルはそっと1枚の大きな紙──ここに転がり込んでから夜中に記録していた悪夢の内容を机に載せる。そのリアリティの高さに全員が口に手を覆うが、げんなりするアルを前に不憫そうな視線を向ける。

 

(まぁ、そこまで体調が悪いと自覚しているわけでもないですが)

 

 そんな『紫銀の髪の子、可哀相』な空気だが、アルは実に強かだった。人材を失うのが惜しいというのが上の意向なら、『惜しいと思えなくすれば良い』のだ。エルという実兄の喪失から精神的な問題で新たな幻晶騎士(シルエットナイト)開発が困難になったと言っておけば、合理的な者ならば『戦闘能力は高いんだし、調査飛行に行っといで』と手の平を返してくれるに違いない。

 

 『嘘ではないか』と怪しまれても実際に悪夢は見ているし、長時間まともに眠ることが出来ていないのも事実だ。それに、こうして体調が悪そうな顔で言っておけば『本当に不調なんだな』と真実味を帯びてくるので、アルの望んだ展開に転がりやすくなるというものだ。

 ──そう、アルは兄を探しに行くために自身の不調という当人にとってのデメリットまでも交渉材料にしたのだ。

 

「だが、それを証明するものはあるまい? と本来は言うべきだが、アンブロシウス先王陛下は事前情報を欲しているからな。本当にシルエットナイト開発が出来なさそうなのか藍鷹騎士団を代表して見極めさせてもらう」

 

「それについては隣の部屋とか借りていただければ。今、誰も住んでいないようなので」

 

 本当に調子が悪いのかは現状では判断できかねないと親父が話し、それについてアルは藍鷹騎士団に隣に住んでもらって観察をして欲しいという形で話は終わる。最後に全員でほぼほぼ出来上がっている資料に目を通し、綴りミスや言い回しが分かりにくい部分などに印を入れる作業を行い、アルが作った軽い昼食を摂ってから藍鷹騎士団はフロイドの部屋を出て行く。

 

「さーて、ぱっぱとご飯作って資料直しますかね」

 

 そう言いながらアルは再び調理に戻っていく。その数時間後、金がパンパンに詰まった袋を持ちながら親父が『隣を確保したぞ』と押し掛けてきた。どうやらエムリスもよく多用していたフレメヴィーラ王国の得意戦術であるパワープレイをしたらしいが、アルにとっては管轄外のことなので『後で巻き込まないでくださいよ』と注意するだけに留めた。

 

***

 

 中天まで昇った太陽がとっぷりと沈む頃、フロイドがライヒアラに帰って来る。少々気疲れの表情を浮かべていた彼だったが、銀鳳騎士団の面々と別れた後に数度ほど尾行がないか確認してから家の扉を叩く。

 

「おかえりなさい」

 

「……ただいま帰りました」

 

 綺麗に片付けられた部屋。綺麗に畳まれ、埃が付かないように小さな机に置かれた明日着る予定の服。卓上で湯気を立てる食事。そして金属で出来た幻晶騎士(シルエットナイト)の小さな像。最後の謎の存在は他所に置いておくとして、フロイドにとっての理想の生活がそこにはあった。

 

「副団長、実家住みでしたよね? なんでこんだけ家事できて趣味に没頭する時間あるんです?」

 

「フロイド君。銀鳳騎士団の副団長たるもの、この程度のことが出来なくてどうします」

 

「いや、副団長関係ないです。てか、自然と鞄と上着持って行かないでください」

 

 謎理論を展開しながら上着は皺にならないように伸ばし、鞄は上着の傍に丁寧に置く。アルは前世の年齢も加えるとそこらの貴族の屋敷にいる花嫁修業中の少女よりもはるかに年上なおじさんである。なおかつ元一人暮らしなので、アル本人が経験してやってもらったら助かるような行動しか今の所は起こしていない。

 

 ただ、そんなアルの考えはフロイドには伝わらなかったらしく、『元の生活に戻れるかな』と言いながら手を洗って卓に着いた彼は改めて食卓に並べられたものを見渡す。

 カリッカリに揚げられた薄かったり厚かったりするメインのハムカツ。芋を潰したサラダとシャキシャキの葉野菜の千切りという付け合せ。朝に飲んだものよりもはるかに豊かな香りを放っているスープ。

 アルが家に転がり込んでから彼の生活の質が極端に上昇したが、一番は食事であった。朝昼晩の暖かな食事にフロイドは本格的に元の生活に戻った際にどうなってしまうのか不安になってくるが、アルは少しだけ温め直されたパンを置いた皿をフロイドの前に置いた。

 

「薄い方は衣にチーズを削ったものを入れてあるので衣まで美味しいですよ。でも、フロイド君はヤングなのでガッツリも欲しいと思って厚切りハムの物もご用意しております」

 

「こんなに揚げ物とかはじめて見ました」

 

「揚げ物を食べるときはね、太るとか健康に悪いとかを考えながら食べるとまずくなります。後、油をよく吸っている衣を剥がして食べるとかいった小細工をするのではなく、ガッツリ食べて後悔しながら満足感に幸せになっていれば良いんですよ。とにかく……おあがりよ」

 

 独自理論を言いながら食事を開始するアルに倣ってフロイドも料理に手をつける。カリカリに揚げられた薄いハムカツは揚げてからの処置が良かったのか、余計なくどさが無くサクサクの食感と濃厚なチーズのコクが舌に響く。厚切りもサクリと衣を噛み切った途端、分厚いハムの重厚な脂と肉を噛んでいるという満足感が疲れた肉体に活を入れる。

 

「この芋を潰したやつ、美味しいですね!」

 

「あの黄色い調味料とコショウ、それとビネガーを入れてるんですよ。後はお好みでカリカリになるまで炒めたベーコンも入れるとより美味しくなるんですが、今回はメインがハムなのでクドくなると思って入れてません」

 

 さらに言えばマヨネーズなんかも入れるとねっとりとした舌触りが優しい酒に合うポテトサラダになるのだが、アルの脳内データベースにはマヨネーズは自作する物ではなく、買う物となっているのでどちらにせよ手に入らない。

 

「ところで、銀鳳騎士団のほうはどうですか?」

 

「今日もクーニッツ隊長が副団長を探し回ってましたね。ボキューズ大森海にいち早く赴いて騎士団長閣下を探したいのかと」

 

「うん、知ってました。一週間で先王陛下を味方につけて、その後に物資融通してくれそうな人にアタックかぁ。……ディーさん、早まったりしないかなぁ」

 

 頭が痛いとばかりに頭を抱えたアルに、オルヴェシウス砦でディートリヒや他の団員の様子を見てきたばかりのフロイドは苦笑で返す。その反応にアルは期間を短縮できないかと頭をひねるが、どうしようもなかったのでこのまま行くことを決定して食事を早めに平らげる。

 

「副団長が出て行ったら元の生活に戻るの難しそうですね」

 

「嫁を早く見つければ良いのでは? 銀鳳騎士団の副団長補佐って肩書きチラつかせればイチコロでしょ。あ”~、一般人と結婚したい」

 

 フロイドの生産元の権力的にやたら高望みすると相手側の権力的に尻に敷かれそうだと話すと、アルは軽く笑いながら洗い物を行う。なお、そんなことを平然と言っているアルにもそんな未来が確約しそうな展開が刻一刻と近づいているので、ある意味では彼とフロイドは同じ悩みを持つ同士でもあった。

 

「親がすごい権力者だと尻に敷かれそうですからね。ある意味、騎士団長閣下と騎士団長補佐の関係って憧れてたんですよね」

 

「幼馴染とか良いですよね。でもあの閣下、どう考えても脈アリの人のアプローチに一切靡いてませんよ。あの人結婚できるんですかね」

 

「えぇ、それ人として大丈夫なんですか? ……ていうか、しれっと閣下が生きてる前提で話してますよね」

 

「あの師団級人間が俺の屍を越えてゆけッて性質に見えます? それにあの人、色々修羅場潜ってますよ。例えば──」

 

 彼らは食後に藍鷹騎士団から添削された資料の修正を行いつつ雑談に興じ続ける。エルとアディの関係を羨ましがったフロイドだが、エルはエルで幻晶騎士(シルエットナイト)LOVE(ガチ)なせいであまり進展が無いことを話すと心底変なものをみたような声量でドン引きながら、アルがエルが生きている前提の未来の話をしていることに気付いた。

 

 その気付きに対し、アルは『ボキューズに墜ちたぐらいで死んでるのだったらウェスタングランドストームのどこかで死んでるし、それよりも前に起きた"流れ星事件"で上空から一切減速せずに墜落死してる』と言ったらフロイドは『変な意味での信頼感がすごい』と苦しそうな感想を漏らす。

 

(ま、(むいむい)程度でおっ死ぬタマやったら転生なんてしとらんわなぁ。だけど、腹が立つ(けたくそわるい)なぁ。せっかく返ってきたら色々面白くなりそうだったのに、楽しみを邪魔しくさってからに)

 

 エルも家族も居ない場で一人暮らしの社会人時代を思い出したのか、アルは心の中で方言全開にしながらエルが生きていると思っている本当の根拠や、ボキューズ大森海の調査に水を差した魔獣に文句を言う。

 

 ──そうだ、死んだぐらいで消えるほどの弱い願望ならば既に倉田が死亡した時点で終了していたはずだ。

 だが、そうはならなかった。日本からセッテルンド大陸という異世界に旅立つほど彼の願望は強く、その異世界で願望に少々忠実に生き、魔獣や人が生み出した大量破壊兵器といった様々な死線がエルに襲い掛かってきたが全て彼は返り討ちにした。

 

 ならば、彼が生きていることに賭ける価値は十分。アルがエルを探し出す原動力はそれである。

 それでも、まだ足りない。一度途切れてしまった銀鳳騎士団という物語を再度紡ぐ『何か』。それは一つなのか、はたまた複数なのかも分からない何かだが、こちら側に少しずつ手繰るようにアルは日に日に憔悴しながらもアンブロシウスを納得させうる武器を磨き上げていった。

 

***

 

 やがて、短くあり長くもあった1週間は過ぎ去っていく。カンカネンの上空には将之魂(ジェネラルソウル)を抜かれた上で銀鳳騎士団から藍鷹騎士団へと譲渡された黒騎士が大きな木箱を手元に抱えながら、城下町から機体が見えないようにシュレベール城の裏手にあるジルバティーガが置かれてある駐機場へと降下する。浮き上がらないように固定器を地面に突き刺した黒騎士は、抱えていた木箱を地面に静かに下ろすと、その中からアルとフロイドと藍鷹騎士団の親父が降りてきた。

 

「お待ちしておりました。既に先王陛下は会議室にいらっしゃいます」

 

「ありがとうございます」

 

 小走りで駐機場まで来た近衛騎士団員に連れられ、3人は大量の紙束を抱きながら城内の会議室を目指す。時折、あまりにも大量の紙束にすれ違う人々がぎょっとした視線を3人に向けるが、彼らは気にすることなく──というか、説明する内容を忘れないように頭の中で必死に繰り返しながら足を進めていた。

 

「こちらです。銀鳳騎士団副団長閣下と副団長補佐。ならびに藍鷹騎士団の代表の方が参られました」

 

「あれ、親父さんってデュフォールの現場責任者がありませんでしたっけ」

 

「何時の時代だよ。とっくにデュフォールだけじゃなくて色々手広くやってるんだよ。……お前のせいでな」

 

 親父の地位について疑問を呈したアルだったが、既にかなりの昇進を果たしているのか親父から小言を賜る。そんな小言に『いやぁ、照れますなぁ』とどこかの5歳児のような返しをしつつ、アル達は会議室に入室する。

 会議室の中にはアンブロシウスの他に既に後任に爵位を譲ったクヌートと、フレメヴィーラ王国の台所を預かるヨアキム、そして紫燕騎士団長のトルスティが椅子に座ってアル達の方を見ていた。

 

「全員揃ったようじゃな。では、はじめてくれ」

 

「はっ。ここでの会話は全て書記官に記録される。また、その記録や提出された資料内容も後にリオタムス陛下の目に入ることを留意されたい」

 

 進行役のクヌートの言葉に全員が了承するように頷くと、アルは会議室の机に数枚の紙──件の蟲型魔獣について書かれた部分だけを抜粋した資料を並べる。アンブロシウスを初めとした重鎮はその資料をしげしげと見やり、時折『どう対処するのだ』という困惑の声を漏らすが資料を確認するには十分すぎるほどの時間が経過した後、近くで控えていたトルスティに声をかけた。

 

「トルスティ騎士団長。この資料に書かれている内容で相違ないか?」

 

「はい、よく纏められています。内容についても我々が知り得ている情報と相違ありません」

 

「シルエットナイトを溶かし、極少量吸い込んだだけでも重体になる気体など……法撃で散らす程度しか思いつきませんな」

 

「だが、相手は組織立った行動をする上に数が多い。どうする?」

 

 アルからもたらされた資料が虚偽ではないことが分かり、ヨアキムとクヌートの意識は完全に会議モードへと移行する。しかし、2人で対応の話し合いを開始する最中、アンブロシウスの大きな咳払いの音が会議室に広がり、全員がアンブロシウスを見やると『まだ報告の最中である』と彼は目線をアルの方へと向ける。

 

「では、次に──」

 

 アンブロシウスからの誘導に従い、アルは報告を行う。

 エルの喪失という外的要因によって報告者(アル)の体調と幻晶騎士(シルエットナイト)開発能力が著しく落ちていること。体調の低下──主に寝不足だが、アンブロシウスから派遣されてきた観測員数名が夜半に少なくとも数度飛び起きた後、しばらく動悸を抑えようとするアルの姿をここ1週間確認していることが続けざまに報告される。

 報告をしながらアルは紙束の中から飛び起きた際に記憶していた夢の内容が書かれた紙を机の上に置き、『このままだと報告者は潰れます』と脅しに近い言葉で報告を締めくくった。

 

「この際、本当に体調が悪いのかは置いておく。時間が解決せんのか?」

 

「その前に僕の限界が来るかと。開発能力に関しても、製図すると兄を思い出してしまうので辛いです」

 

「製図している際、ふとした瞬間に隣の人間や虚空に向かって"兄さんはどう思います? "と尋ねてきました。もはや、自然体過ぎて演技だとしたら別の病気を疑うレベルですよ」

 

「え、そんなことまでしてました!? ……え、本気ですか?」

 

「自覚なし……そこまでか」

 

 さらに出てきた追加情報。しかも、アル本人ですら自覚してなかった症状に本格的にまずい気配を感じたアンブロシウスは天を仰ぐ。アルも完全に想定外だったが親父からのこの一言が引き金となり、アンブロシウスはこの段階で彼を編成に入れる方に天秤が傾き出した。

 

「しかし、調査を行うにしても物資はどうする?」

 

「先王陛下、我々をここに連れてきてるのにその質問はいまさらでは? あと、アルフォンスを試すような笑い顔は止めてください」

 

 まるで試験の答えを目の前に出された状態で試験を開始されたような状態に、クヌートは呆れながらアルの方を見据える。

 たしかに元とはいえ、公爵位の物資や保有戦力、そしてフレメヴィーラの台所と評されるほどの豊富な食料物資と侯爵位に相応しい保有戦力を持ってすれば調査飛行1回分は容易く捻出できるだろう。

 だが、それを要請するのは王族ではなく銀鳳騎士団なので、アンブロシウスがどう手を回したか知らないが形式としてアルは彼らに調査飛行を行う利点を説明して納得してもらわなければならない。

 エルが常日頃平然行ってきたというプレッシャーに、アルは一度深呼吸してから口火を開いた。

 

「今回の調査の目的は蟲型魔獣の攻略法を探し出すことです」

 

 『兄のことを言っておいてそれか』という視線を無視しながらアルの説明は続く。蟲型魔獣の特性のお浚いから始まり、それによって引き起こされそうな魔獣の暴走やベヘモス事変の再来。または、飛行出来るという特性からボキューズ大森海を跳び越してフレメヴィーラ王国に害を為す可能性を殻獣(シェルケース)の習性を例にしての説明。

 どれもこれもアンブロシウスにとってはラウリなどから話を聞いていた推測だったが、直に聞いてみると『十分に有り得る』といった感想しか出てこなかった。

 

「──というわけで、出来たら1匹2匹捕獲して研究したいですね。っと、ここまでは"建前"です」

 

「で、あろうな。だが、わしは"本命"である言い分の見当は付いておるがな」

 

 顔を見合わせながら『ふふん』と意味深な笑みを浮かべるアンブロシウスとアルに、会話から取り残された全員に悪寒が走った。

 

「その魔獣。数が多いとすれば、いつの間にか縄張りに入ってしまうというもの。縄張りを出るまで戦闘を行いながら移動するのは致し方ないことじゃの」

 

「ですねー。いやぁ、仕方の無いことです」

 

 ここで意見が異なっていればそれはそれで喜劇だったのだが、残念なことに2人の意見はぴったりはまってしまう。徹頭徹尾、『事前情報を元に話し合った通りの展開』にクヌートが呆れながら書記官から数枚の紙を受け取るとそれをアルに手渡した。

 

「ああ、やっぱり調査の第二次編成計画があったんですね。じゃあ、そもそも物資うんぬんについては蛇足だったのでは?」

 

「何を言うか。おぬしがどれだけ成長したかこの目で見たくてな。調査飛行に乗り出す建前は良い。物資や戦力の調達もアルフォンスが調査に同行する理由も及第点。なかなかのものじゃったぞ?」

 

 第二次調査飛行の計画書に目を丸くしたアルはアンブロシウスを睨むが、当の本人はなんの悪びれもせずに計画書を奪い取ると最後の方に記載されていた編成予定のページに大きく『アルフォンス・エチェバルリア』と記載する。どうやらアルが向かうことに納得してくれたようで、『良かったのぉ』と人事のように話す目の前の煮ても焼いても食べることが出来なさそうな爺にアルは自身がアンブロシウスの手の平でコロコロと転がっている姿を幻視する。

 

「しかし、王族の身からすれば銀鳳騎士団は精鋭揃い。生きているのか死んでいるかも分からない存在の捜索に向かわせる命令は出したくても出せぬのが現状よ。……それはどうする?」

 

 相手はエルでさえも墜とした魔の森の住民だ。それを構成員が全て精鋭揃いにまで成長した銀鳳騎士団と空戦のベテランである紫燕騎士団が立ち向かえることが出来るのか。そもそも、生死も分かっていない相手にエース級の騎士団という唯一無二の存在を命令で向かわせるのはアンブロシウスでさえも躊躇っていた。

 

「紫燕騎士団は皆、リベンジに燃えておりますよ」

 

「そこまで銀鳳騎士団から学ばんでも良かろうに……。そこにおる騎士団長一派のように、わしらがなんと言おうとも突っ走ってしまう馬鹿は居るもの。仮に銀鳳騎士団もそのような考えならばわし等も止めようとはせんことを覚えておけ」

 

 自信満々に自らの騎士団の指揮を語るトルスティにアンブロシウスは呆れつつ、アルに『銀鳳騎士団全体に真意を問え』と暗に提案する。ただ、その点はアルも考えているし、多少時間はかかるが1人1人に確認していくつもり──なのだが。

 

「まぁー、そんな馬鹿が居ることには居ますし、一応意思確認をしていく計画ではあるんですよ。ただ、その間は大人しくしてたら良いんですが」

 

 頭に思い浮かぶのは紅い機体に乗った金髪の美丈夫。そしてその後ろでスクラムを組みながらウェイウェイしている脳筋達。一日置きにフロイドに『副団長はどこに居るんだい?』と問い詰め、それらの報告は聞いていたのだが、そろそろ何か動きそうだと予感したアルの耳になにやら大勢の人間が騒いでいる声や鎧が擦れるが聞こえた。

 

「見てまいります」

 

 一切止む気配がない騒ぎにクヌートは会議室から出て様子を見に行く。取り残されたアル達は、少しでも情報は無いかと部屋の窓から外の様子を見ると──アルやアンブロシウスが良く見知った隊の1人が複数の馬の手綱を纏めて待機している姿が目に映った。

 

「……あれはおぬしの所の第2中隊じゃろ?」

 

「そうですね」

 

「おぬしの言っておった計画とやら、まだ実行しておらんじゃろ?」

 

「そうですね」

 

 目の前の現実に向き合いたくない一心で、どこかの番組の受け答えのようなおざなりな返答を繰り返すアル。しかし、現実は彼に『そろそろこっち見ろよぉ!』と彼の頭部を鷲掴みにする。突如、クヌートが1人の人物を連れて戻ってきたのだ。

 

「陛下!?」

 

「アルフォンス、おぬしの騎士団のディートリヒが暴走しおった」

 

 淡々と話されるリオタムスの言葉。一瞬頭が完全にフリーズしてしまったのだが、アルはおもむろにアンブロシウスやクヌートの方を振り返ると唇を震わせた。

 

「あの、僕まだ物資の調達方法とかを銀鳳騎士団に連絡してないんですが」

 

「そうじゃな」

 

「あの人達、どうやって物資調達するんでしょ」

 

「陛……先王陛下は不足の物資があると馴染みの商人や我らのような高位貴族から強d……借り入れを行っていたな」

 

「もし、銀鳳騎士団がそれやったらどうなります?」

 

 問いの返答として『目も当てられんことになるな』とアンブロシウスとクヌートの口から全く同じ言葉が出てきたことにより、綿密に立てられたプランが足元から崩れ去る音をアルの耳が捉えた。『ギイィィィ!』と狂ったような声にもならない叫びと共に数度会議室の壁に自らの頭を盛大に叩き付けたアルは、ひとしきり深呼吸をするとリオタムスの方に顔を向ける。額から血がドロリと流れるアルの表情にリオタムスは一瞬慄くが、アルは腰を90度折って深いお辞儀をした。

 

「この度は……我が騎士団の中隊長であるディートリヒ・クーニッツによる暴走で大変ご迷惑をおかけしました。これも私の管理不行き届きに負うところが大きく、誠に申し訳なく心からお詫び申し上げます」

 

 繰り出される丁寧かつ陳謝の言葉の数々。あまりにもいつものアルと異なる対応にリオタムスは面食らうが、後ろから痩せぎすの男達から『会議の準備が整いました』という言葉をかけられ、その言葉に頷きながら会議室に置かれた数枚の紙──第2次調査飛行の計画書に記載された編成名簿にアルの名前が存在することを確認してから口を開く。

 

「先王陛下が納得されているなら私から何も言うことはない。あやつには"私がなにも考えずにすごしていると思っておったのか。この代償は高くつくぞ。"と伝えておけ」

 

 少々──いや、かなりご立腹の様子にアルは何も言わずに平伏する。そのまま痩せぎすの男達を伴ってリオタムスが扉から出て行くと、アルはすっくと立ち上がって『計画とかなり違いますが、強制的に銀鳳騎士団(うち)の真意を問おうと思います』と宣言した。

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