銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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112話

 ディートリヒがシュレベール城に突撃をかまし、リオタムスにエルを捜索するために銀鳳騎士団からの離反することを宣言。リオタムス直々に事の仔細を聞いたアルはひとしきり狼狽えると計画の変更を伝え、後ろにいた親父に黒騎士の発進準備を急がせる。

 

「本来ならば、時間をかけて1人ずつ説得するつもりでしたが……時間が無いのでわざと怒らせてから本音を引き出す作戦に変更します」

 

「え、それって危なくないですか?」

 

「絶対にやっちゃいけませんよ? 僕も殴られるの覚悟ですし」

 

 フロイドに念押ししながら黒騎士まで走ろうとするアル達だったが、アンブロシウスからの制止の声が上がる。ディートリヒが馬を潰す勢いで帰っていると準備に使用する時間が取れないため、アルは少々嫌そうな表情でアンブロシウスの方を振り向く。

 だが、アンブロシウスはクヌートやヨアキムにいくつか指示を出すと、そのままアルをまるで荷物のようにひょいっと片手で担ぎ、未だ衰えを見せない強靭な足腰で廊下を爆走する。

 

「おぬしのことじゃから、またぞろ面白いことでもやる予感がしてな。ほれ、走っている間に説明せい」

 

「えー、ついてくるんですか!?」

 

 先王ともあろうやんごとなき人間が片手で子供を担ぎながら廊下を疾走するという、えもしれない光景にすれ違う者達は一様に目を剥く。しかし、一秒たりとも無駄に出来ないからか、そのままアンブロシウスに輸送してもらうことを良しとしたアルは自身が考えている作戦の目的を説明し出す。

 なお、アンブロシウスの後方からフロイドが必死に彼らを追いかけているが、現役の騎士よりもアンブロシウスの足が速かったことをここに記しておく。

 

「多分ですが、ディーさんはこれから僕を探すと思います。そして、兄さんの捜索を銀鳳騎士団全員で行うように説得するはずです」

 

「道理じゃの。……で、どうする気じゃ?」

 

「わざとやる気を削ぐようなことを言います。仮に僕を殴り倒してでも兄さんを助けたいと言ったのなら、あの人は本気で命を掛け金にボキューズへ行く気でしょう。中隊長1人がそこまでやるのなら、第2中隊だけでも捜索意思ありとして編成に加えます」

 

 怒りというものは正気を奪う感情である。軽い怒りであれば冷静になれる可能性もあるが、腸が煮えくり返るような激しい怒りの場合は冷静に言葉を取り繕うような真似は不可能。つまり、その人物の本音が聞けるわけだ。

 最悪、自分のみがボキューズ大森海に向かうだろうと思っていたアルにとって1個中隊は心強い味方である。自身の騎士団員を騙すというのは人聞きが悪いが、やってみる価値はあるとアルの脳内に潜むパイロットスーツを着ている軍人がサムズアップを送っている。

 

 ただ、今回に限っていえば銀鳳騎士団全体の意見を纏め上げ、さらには捜索する上で必要そうな物を検討と準備が完了している状態であれば満点解答だったのだが……。城に踏み込んだ彼らの人数や騒ぎ的に準備や声掛けに関しては一切していないのだろうとアルは不安になっていた。

 

「ならば、銀鳳騎士団を作ったものとして見届けぬわけにはいかぬな」

 

「いや、どんな会話をするのか出歯亀したいだけでしょ。……あ、でも兄さんの救出に銀鳳騎士団全員が賛同するって証人に先王陛下がなってくれるのは嬉しいです」

 

「じゃろ? ということでどこか隠れられそうな場所で様子を伺いたいんじゃが、良さげな所はなさそうか?」

 

 既に起動状態に入った黒騎士の下にたどり着いたアンブロシウス一行は木の箱に乗り込みながらアルに質問する。だが、作戦場所をエチェバルリア邸の自室に設定していたアルはアンブロシウスが隠れられそうな所を思い起こすが、クローゼットは小さな覗き窓を拵えなければいけないし、机の下は彼の背格好的にはみ出てしまう。

 どうするかと思い悩んだ末、ふと妙案を浮かんだアルは黒騎士を急ぎ降下させるとシュレベール城の中へ入り、数十分後に幻晶甲冑(シルエットギア)を持ち帰ってきた。

 

「それでどうする気じゃ?」

 

「僕の部屋に隠れる場所があまり無いので、この中に先王陛下を入れようかと」

 

 アルが幻晶甲冑(シルエットギア)を持ってきた理由を話す間に再び浮上した黒騎士は、風を捕まえると瞬く間に速度を上げてライヒアラに進路をとる。ぐんぐんとカンカネンから離れていき、1時間もかけずに彼らはライヒアラの駐機場上空へたどり着いた。

 

「では、フロイド君は僕がライヒアラに帰ってきたことを伝えて置いてください」

 

「了解しました」

 

 駐機場でフロイドと別れたアルは、幻晶甲冑(シルエットギア)に搭乗したアンブロシウスと共にエチェバルリア邸を目指す。第二次調査飛行の情報は一部の者しか知らされていない関係上、アルは『兄を失ったばかりの可哀相な弟』という立場なので極力元気がなさそうに虚ろな目をしながら家路に就く。

 

「アル! やっと帰って……せ、先王へ「シィー! シィィーッ!」」

 

 玄関を開けたアルにマティアスが事情は聞いたがそれでもやっと帰ってきた息子を叱りつけようと小走りで近づくが、その後ろに立っていた幻晶甲冑(シルエットギア)の兜が持ち上がってアンブロシウスの顔がチラリッ☆ そんな真に嬉しくないチラリズムを間近で見てしまったことにより、マティアスはその場で間髪いれずに叫びたそうに口を大きく開けるが、ここまでお忍びで来れたのに余計な騒ぎを起こされては適わないとアルはその口を即座に押さえる。

 

「ラウリ、また厄介になる。すまぬが、おぬしらにも協力してもらうぞ」

 

「え、えぇ 我らも協力するといった身ですのでもちろんですが?」

 

 部屋の奥から姿を現したラウリと挨拶をしながら幻晶甲冑(シルエットギア)のままでずかずかと上がり込むアンブロシウス。そんな姿にふと昔の傍若無人ぶりを思い出したラウリはやや遠い目をしながらも、アルからシュレベール城で銀鳳騎士団の第2中隊が引き起こした出来事を聞いて痛そうに頭を抑える。

 

「銀鳳騎士団はそんなやつばかりか」

 

「実力はすごいんですけどね。とりあえず、今から状況とやってもらうことを説明するのでってアーッ! 先王陛下、部品ごとに分けて運び入れないと扉が! 壊れたら弁償してもらいますからね!」

 

「なんじゃ、固いのぉ。時間が無いんじゃろうが!」

 

 そのまま子供部屋に突撃する幻晶甲冑(シルエットギア) IN アンブロシウス。扉に引っかかって力技で何とかしようとしている所にアルの怒声が上がる。もはや、親戚が襲来してきたような空気にラウリは『本当にエルを迎えにいけるように話をつけたのか?』とかなり不安になっていた。

 

***

 

 『せめて副団長と共に来るのが筋であろう』ディートリヒがリオタムスに暇をもらうと宣言した際、彼から呆れの感情と共に言われた言葉だ。

 確かにそうである。例え、エルの行方不明を説明した次の日から家族や腹心であるフロイドに何も告げずに失踪しようとも、失踪が1週間以上続こうとも、アルフォンス・エチェバルリアが銀鳳騎士団の副団長であるということには代わりはない。

 そうと決まれば未だにどこかをほっつき歩いている副団長を探し出さなければならない。未だ覚束無い頭で考えながら馬に揺られ、カンカネンから1日かけて帰ってきたディートリヒ達。オルヴェシウス砦の厩舎に馬を繋いでいる最中、シフトで待機していたフロイドからアルがライヒアラの実家に帰ってきたという報告がもたらされたことで彼の頭は急速に覚醒する。

 

「君達はそこで待っていたまえ!」

 

「タイチョ! 待ってください! ……あー、もう!」

 

 後ろでなにやら喚いている中隊員に目もくれず、ディートリヒは繋ごうとしていた手綱を握って力を込める。

 『1週間もどこに行っていた』、『これからの銀鳳騎士団はどうなるのか』、『一緒にエルネスティを探しに行こう』。アルにかける言葉の数々が次から次へと沸いて来る。もはや、一刻の暇も惜しいとライヒアラの門番に馬の手綱を押し付け、腰の杖を抜き放つと身体強化を施しつつ猛然と街中を走り出す。

 幾度と無く障害が立ち塞がろうとも、『ではこうしましょう』と騎士が考える常識とは異なる切り口で解決してきた副団長。少々──いや、かなりの変わり者だが、今回も妙案が浮かんでいるに違いない。

 そんな一縷の望みを込めてディートリヒはようやくたどり着いたエチェバルリア邸の扉を何度も叩く。

 

「アルは帰って来てますが……あの、今は……」

 

「申し訳ありません。我々も急がねばならないので」

 

 申し訳なさそうに目を伏せるセレスティナやディートリヒの一挙一動を見張るマティアスとラウリに迎え入れられた彼は、一礼をしながら階段を上がっていく。礼を失した行為だとは彼自身も十分に分かってはいるが、騎士団長を助けに行くためのピースが目の前にあるという高揚感が彼から冷静さを奪う。

 『エルネスティを連れて帰ってきたときに詫びを入れねばならないね』と自虐しながら万感の思いで扉を開け放った瞬間、アルと対面した時の第一声候補だった言葉の数々は霧散した。

 

 何日も窓を開けて掃除をしていない部屋特有の淀んだ埃っぽい匂いの空間に座る小さな存在。くすんだ紫銀の髪を一切整えず、どうやって持ち込んだのか正面に飾られている幻晶甲冑(シルエットギア)をただひたすらに磨くアルの姿がそこにはあった。

 

「アルフォンス!」

 

「あー…………ディーさんか」

 

 思わず叫んでしまったディートリヒの声に振り返ったアルは、まるで人の名前を忘れたような反応を示す。まるで別人の如く変わり果ててしまった彼に、ようやく部屋へと入ったディートリヒは片膝を床につけながら目線を合わすとアルに向かって会話を始めた。

 

「この一週間、大変だったんだ。そんな中で君は、どこでなにをしていたんだい?」

 

「乗合馬車でいろーんな所へ行ってましたよ。傷心旅行ってやつです」

 

「傷……心……旅行」

 

「はいー、兄さんが居なくなっちゃったので傷ついた心を癒しに。楽しかったですよ。ディーさんはなにしてたんですか?」

 

 神経を逆なでするような、時折間延びする平和ボケしたような声と内容。それらに対してディートリヒは『ふざけるな!』と言おうとするが、声を出す前に自身の喉を必死に押さえ込む。

 生死さえも分からない状況に早々に見切りをつけて何も言わずに好き勝手に振舞おうとする目の前の人間に、ディートリヒの中にあった今までの副団長として振舞ってきたアルの姿が瓦解していくのを感じた。

 

 しかし、何もかも嫌になる時期があることは今までの人生観から嫌というほど思い知っているディートリヒは、語りかけるように自身が行ってきたことを話し出した。

 エルがまだ生きていると考えたこと。ボキューズという魔の森でエルを助けるためには飛空船(レビテートシップ)やトゥエディアーネといった空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)が必要であること。そしてなにより、国からの命令が必要であること。

 それらを総合した結果、リオタムスへ直談判するが惨敗した旨やアルもエルの捜索に協力して欲しいとのことを話すと、途端にアルは堤を切ったダムの如く笑い出した。その声量は大きく、まるで狂ったかのように笑っている彼にディートリヒはより一層不機嫌になるが、アルの次の言葉に機嫌が一気に最低値を下回る。

 

「ディーさんはボキューズまで行って何を探すんですか? 兄さんやアディの骨ですか? 服の切れ端ですか? それとも、魔獣を片っ端から倒して胃袋を掻っ捌いて残骸でも取り出すんですか? そんなことのために陛下に直訴して怒られるとか、馬鹿ですねぇ」

 

 ディートリヒの持つエルはまだ生きているという推測に真っ向から反する意見。さらに、ディートリヒが行ったことに対して小馬鹿にするような振る舞いに、とうとうディートリヒの頭は『副団長不要』という考えに染まっていく。

 

「そうかい、それが君の選択かい。ならば、君はそこで昔の私のようにウジウジと燻っていたまえ!」

 

「もう終わったことなんですよ。1機で数多の戦力をなぎ倒す兄さんも消え、残っているのは兄さんの出涸らしである僕です。そんなまともに開発も出来ない状態のどこに王族や貴族、各地の吟遊詩人が持て囃す銀鳳騎士団が残ってるっていうんですか?」

 

 何か壁に直面した時にアルがよく吐き出していたマイナス思考。大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)ではかなり厄介だったが、エルやイサドラがケアを行うで何とかなったが、今この場にはディートリヒしか居ない。

 そして、ディートリヒも他の第2中隊員と同じく少々『脳筋的』だったので、どうすることも出来ないと即座に判断した彼はひとまず小馬鹿にされた返礼として拳をアルの右頬に見舞った。

 吹き飛ばされたアルが幻晶甲冑(シルエットギア)に叩き付けられ、小さく呻き声を上げる様を見届けたディートリヒは吐き捨てるように『暇をもらうよ』と冷たく言い捨てる。そのまま倒れ伏すアルと決別するように踵を返したディートリヒは部屋から出ようとすると、剣を片手にディートリヒを睨むラウリとマティアスが部屋の前を陣取っていた。

 

「クーニッツ殿! 自らの副団長を殴り飛ばすとは何事か!」

 

「ああ、こちらに対してあまりにも腹の立つ言い方をしたので、つい手が出てしまいました。もう危害は加えないので、その剣を下ろしてください」

 

「そうか。……出て行きなさい、二度と我が家に近づかないでいただきたい」

 

「言われなくとも、そのつもりです」

 

 売り言葉に買い言葉をいった具合にとんとん拍子で話は進み、ディートリヒは階段を下りるとエチェバルリア邸を出て行く。少し歩いた後、再びエチェバルリア邸を振り返った彼は『騎士団長も副団長も居なくなってしまったか』と少々悲しげな表情を浮かべながら捨て台詞を吐くと、そのままライヒアラの門へ向かって歩いていった。

 

 その様子を窓の隅で見ていたラウリと扉を少し開けた隙間から見ていたマティアスは、緊張を解き解すために息を大きく吐いてからアルの居る子供部屋へ向かう。既にアルはセレスティナの看護によって頬に貼り薬が処方され、前面装甲が開かれた状態の幻晶甲冑(シルエットギア)に腰をかけていたアンブロシウスと会話に興じていた。

 

「やはり、殴られおったな。それに、肝心の用意についてなにも言っておらなんだな」

 

「心が壊れた風のキャラがいきなり準備に関してのあれこれとか頭の良いこというのは変なので黙ってましたが、ありゃ酷い」

 

 会話の内容は先ほどディートリヒが話したこと。ただ、心意気はありがたいし買うのだが、手段をあまり考えていない様子にアルとアンブロシウスはげんなりとした様子で感想を述べていた。その目は先ほどまでのような絶望のどん底にいる人間特有の死んだ魚のような目では決してなく、どうネタバラシしておどろかせてやろうかと悩む悪戯っ子の目をしていた。

 

「そろそろ移動しましょう」

 

「そうじゃな。ラウリ、騒がせたな」

 

「いえいえ。アルフォンス、あのクーニッツ殿に騙して悪かったと詫びを入れておいてくれ」

 

 内心アンブロシウスを許してなさそうな震え声で、ラウリはアガートラムを装着していたアルに言伝を頼む。それを聞いた後にアルとアンブロシウスは大通りといった人目のある区画を避けて路地を進んでいく。

 また、大通りから多少離れた立地であるオルター家を訪問すると子供部屋から過去にキッドやアディがしたようにオルター家の屋根まで移動すると、そのまま屋根伝いにライヒアラを囲う城壁までたどり着いた。

 

「んー。今、ディーさんが馬に乗ってライヒアラから出ましたね」

 

「危うく鉢合わせする所じゃったな」

 

 城壁の胸壁の上に立ちながらライヒアラの城門付近に単眼鏡の先を向けたアルは状況を報告する。

 人を怒らせた手前、すぐに当人と出会ってそのまま事情を話すなどナンセンスの極みだ。なので、ディートリヒと街中でうっかり再会しないようにあの手この手を使って移動していたのだが、思いのほか彼はライヒアラの街で時間を使っていたという事実にアンブロシウスは肝を冷やす。

 

 そんな時、城壁の外側から『先王陛下』と呼ぶ声が2人の耳に入ってくる。その声に両者は顔を見合わせると、アルはアンブロシウスを抱えながら飛び降りた。そのまま魔法で軟着陸を果たした2人は、眼前で駐機体勢をとるジルバティーガと2機のカルディトーレから出てきた人物に目を向ける。

 

「すまぬな、騎士団長! おぬし達もご苦労」

 

「先王陛下、戯れも程ほどにしていただきますよう……」

 

「あー、分かった分かった」

 

 ジルバティーガから降りてきた近衛騎士団長や、カルディトーレから降りてきたクヌートやヨアキムに片手を上げながら気楽な謝罪を述べるアンブロシウス。

 しかし、彼の対応にクヌートは何か言いたげに口をもごつかせた後にかなりマイルドにアンブロシウスを嗜める。アンブロシウスは『また始まった』と言いたげにそんな諫言を耳を押さえながら聞かなかった振りをし、何も言えなくなったクヌートはため息と共にカルディトーレに戻っていく。

 どっちがどちら側なのかはその都度変わるが、その光景はどこかの騎士団長と副団長を思わせるようであった。

 

「アルフォンス君、乗りなさい」

 

 もう1機のカルディトーレの操縦席に戻ったヨアキムは操縦席からアルを呼びかける。その申し出をありがたく受け取ったアルは、差し出されたカルディトーレの手から操縦席までよじ登ると、後ろの荷物を入れる空間にすっぽりと収まる。

 テレスターレを開発し始めてから何年も経過しているにも関わらず、未だに後ろの空間に入れるという見たくもない現実にアルは一瞬だけ空虚な気持ちを覚えるが、カルディトーレが1歩進むごとに生じる振動を感じながら『第2中隊以外、家に来なかったけど賛同してくれる人居るのかねぇ』という別の現実を思い出して不安げだった。

 

***

 

 道中、ヨアキムが『近衛から借りたけど、視界が広くて羨ましい』という言葉からアルが思わずプレゼンを行ってしまい、クヌートから『ちゃんと陛下に報告したんだろうな!』と念を押されるアクシデントはあったものの。3機の幻晶騎士(シルエットナイト)はオルヴェシウス砦の工房までたどりつく。

 

「貴様らは、いったい何をしておるか!」

 

 アンブロシウスが発する獅子のような一喝に、工房内に居た銀鳳騎士団員は一斉にジルバティーガに視線を集める。輝く銀仕立ての外装に加えて所々に黒い縞模様が描かれた特徴的な機体と、そこから降りてくる威風堂々たる姿にすぐさまその場で跪こうとする銀鳳騎士団員を片手で制しながらアンブロシウスは続けて『失望した』、『何も学んでこなかったのか』と冷や水を浴びせる。

 だが、無計画でありながらもエルを助けようと初めに提案したディートリヒは、アンブロシウスの口撃に真っ向から立ち向かう。

 

「仰るとおりにございます! ……ですが、我らは騎士団長を救い出すために!」

 

「では、問おう。事を為すためにどのような計画をしておる。魔獣に対処する戦力は? そこへ行くための物資は? ナイトランナーやナイトスミスもおぬしらだけは不足と見た。…………答えんか、ディートリヒ・クーニッツ!」

 

 次々に羅列される不足事項。当然、ほぼ無計画で事を起こそうと思っていたディートリヒには答えられる術は無い。やがて、何も答えられないことが分かるとアンブロシウスは止めにディートリヒの名前を叫び、彼が完全に萎縮したことを見るや、『やれやれ』と周囲をぐるりと見て全員の顔色を確かめる。

 

「騎士たるもの、戦いには勝利するのが大前提じゃ。それを為すためには周囲の協力……根回しが欠かせん。全く嘆かわしい。エルネスティはともかくとして、アルフォンスはおぬしらには根回しの大切さを説いておったじゃろ」

 

「申し開きもございません! ……先王、陛下? てっきり止められるものかと思ったのですが」

 

「それだとつまらぬではないか!」

 

 あっけらかんとしていながらも説得力のある一言によって周囲を即座に納得させたアンブロシウスは、ディートリヒやエドガー、ヘルヴィといった各中隊の隊長とダーヴィドに近づくと、全員に座るように指示を出しながら自らも工房の床にどっかりと座り込む。

 先王ともあろう人間が工房に座り込むという姿に国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)から出向してきた人間はギョっとするが、ついこの間まで同じようなことをしていた若旦那(エムリス)を見慣れていたその他大勢の人間は何の抵抗もなくアンブロシウスの周囲に集まりながら腰を下ろす。

 

「さて、ではアルフォンスに倣って講義でも開くとするか」

 

 皆が座り込む姿を確認したアンブロシウスが膝を軽く叩いて今までの堅苦しい空気を払いながら『講義』を開く。

 まず、ディートリヒを筆頭に戦いを提案した者が将であること。次に戦いを行うためには準備が必要不可欠であること。そして、現時点まで魔獣という存在を相手取って国を発展させてきたフレメヴィーラ王国の国王をあまり舐めない方が良いこと。

 それらの講義内容に某突撃中隊全員が戦々恐々としていたのだが、アンブロシウスは敢えてその場では指摘せずにシュレベール城から持ってきた紙束を放り投げた。

 

「これは……第二次調査飛行の編成計画ですか!?」

 

「アルフォンスをそのまま騎士団長に据えることも出来るが、それをやると……な? そのー……それにこのままでも言い訳的にも……いや、なんでもない」

 

 なにやら言い辛そうにするアンブロシウスだったが、彼からもたらされたこの計画書は銀鳳騎士団にとってはエルを助けに行くことができる福音のような代物であったため、計画書の中身に夢中でアンブロシウスの様子なぞ誰も気にしていなかった。

 なお、その会話をカルディトーレの操縦席で聞いていたアルは首を傾げていたが、そのリアクションを間近で見ていたヨアキムは『君がその反応をするのは本当に止めてね。──え、本当に分かってない?』と真顔になっていた。ただ、心当たりが行方不明の人間にそんな言葉を振っても一切会話に発展しないことを知っているヨアキムは、『陛下案件』として脳内に留めておくことにしたらしい。

 

「しかし、その計画はアルフォンスに見破られてしまったがな。わしらの想定していた以上の厄介ごとの気配をひっさげて計画の厚みを持たせおったわ」

 

「は? あの副団長が……ですか?」

 

 予想外の名前にディートリヒが驚く。あの廃人一歩手前の人間がそこまでのお膳立てをしていた事実に、先ほどの姿との違和感を覚えたのだ。

 そんなディートリヒの違和感とは別に、アルと最近会っていない面々は『まさか副団長がそんなことをしていたなんて』と口々に言っており、アンブロシウスは彼らの姿を一瞥すると眉間に皺を寄せた。

 

「全てを成功させるための準備はしてもし足りぬ。そのために今は何事も積み上げていく時じゃぞ」

 

「はっ!」

 

「エルネスティも大概身勝手であったが、あれはあれで交渉も中々上手いのが始末に終えんわ。アルフォンスも兄と比べればまだまだじゃが、おぬしらと比べるまでも無かったぞ」

 

 フレメヴィーラの蒼き鬼神のみならず、プレゼンテーションの鬼神でもあったエル。己の欲望のためならば今ある世界の原理(ルール)を変えた人物でもある彼の話す言葉は、一見するとロボ愛を語っているだけに過ぎないが、要所要所にクライアントが知りたがっている内容を散りばめるのが上手かった。

 その内容も並々ならぬ手間や努力に見合った超弩級の成果物でもあったので、エルはこれまで爵位や出自に関係なく様々な人間を動かすことが出来たのである。

 

 一方アルも兄と比べると多少の見劣りはするが、プレゼン能力や開発能力、教導能力はフレメヴィーラ王国における人材の上位に入るだろう。そこから広く浅くを地で良くスタイルも組み合わせれば、エルにも劣らないほど光る人材でもあった。

 

「本来ならば根回しの重要性から叩き込んでやりたいが、それはおぬしに任せるぞ」

 

「えー、先王陛下が言ったんでしょうが」

 

 アンブロシウスの声を合図に後ろのカルディトーレの胸部装甲が開き、中から文句と共に一人の少年が降りてくる。

 アルだ。ただ、その目はエチェバルリア邸で再会した時のこの世全てに絶望したような濁った目とは違い、いつも通りの爛々とした目に戻っていた。まるで、あの時に見たアルの姿や会話が全て夢の中であったかのような錯覚にディートリヒが陥るが、頬の貼り薬が先ほどのやり取りが本当にあったことを匂わせる。

 

「あ、アルフォンス。……どうして」

 

「うーん、簡単に言えばディーさんを騙しました。ごめんなさい」

 

 何がなんだか分からずにまごつくディートリヒを前に、アルは素直に謝罪を行う。そして、ディートリヒがシュレベール城に突撃を仕掛けた際には既にアルは根回しの終盤に入っていたことや、アル自身は命令で銀鳳騎士団を死地に追いやりたくないという理由から、今一度真意を問うためにディートリヒをわざと怒らせて本音を得ようとしたこと。

 そして、殴られた際の口上からエルを救出したいという意思が十分にアルや幻晶甲冑(シルエットギア)に隠れていたアンブロシウスに十分届いたことを伝えると、そのやり取りを聞いたほぼ全員がディートリヒから物理的に距離を離し出す。

 

「え、副団長を殴った? タイチョ、流石にそれはないですわ」

 

「おい、待て! ディー、お前まさか銀色坊主や小僧の家族まで手を出してねぇだろうな!? こっちを見ろ! ほんっっっとにお前は!」

 

「王城で陛下に直訴。副団長を殴りつける。この子が根回ししてくれなかったら終わっててもおかしくないわよ?」

 

 聞き捨てならない説明の数々に遠巻きからディートリヒを責める声は止まらない。銀鳳騎士団の切り込み隊長である彼ではあるが、その場に居る全員──なぜか、共にシュレベール城に突撃を仕掛けた第2中隊までもが彼に非難の声をぶつけたので、ディートリヒはその場でアルのよくしている正座をしながらシュンと落ち込んでしまった。

 

「とりあえず、ディーさんは陛下から"覚えておけ"と言われてましたよ。後、うちの祖父から”騙してすまなかった”と。……で、話は変わりますが ディーさん以外はどうします?」

 

「どうする……とはなんだ?」

 

 アルから伝え聞いた主にリオタムスからの伝言に、エルを助けにいった後に巻き起こるであろう面倒くさいあれこれを想像したディートリヒが『了解したよ』とその場を転げまわる姿はさておくとして。アルはエドガーの方に向き直った。

 いきなり『どうします』という返答が必要な言葉を投げかけられた面々は、なにをどう答えたら良いのか分からずに首を横に傾けるが、代表してエドガーがアルに問いかけるがアルは首を傾げながら毅然と返答する。

 

「どうしたもこうしたも。兄さんを助けにボキューズ大森海に赴くのか否かですよ。ディーさんからなにを吹き込まれたかは知りませんが、僕は皆を喜んで死地に赴かせるまねは極力したくないです。それに、エドガーさんはもう先方と話とか済ませてきたんでしょ? ここで降りるという「断る!」」

 

 ボキューズへの進軍。調査飛行で培った知識という転ばぬ先の杖はあるが、その杖の強度以上の苦難は間違いなく存在する。文字通り命を賭けた任務となることは誰もが予想できるだろう。

 そんな任務を命令という形で仲間を縛り付けることはアルには到底出来なかった。それゆえに彼は自由意志を求めようとしたのだが、他の貴族との話し合いを行っていたエドガーが第2次調査飛行に付いて行くと叫ぶ。その叫びに思わず聞き直すアルだが、エドガーの言葉を皮切りに次々と挙手と参加表明が工房を支配していく。

 

「ディーの野郎も言っていたが、俺達が居ねぇでどうやってイカルガを直すんだよ」

 

「俺達がここまで戦ってこれたのは団長や副団長が色々改造してくれたおかげなんだよ。せめて助けさせてください」

 

「ここまで協力させといて参加させないはナシですよ」

 

「空に居る魔獣なら、やっぱり俺達も居た方が良いですよね。ねぇ、ヘルヴィ隊長」

 

「そうね。ひの……ふの……どうやら決を採ることもなさそうね。満場一致よ、副団長君」

 

 いつの間にかカルディトーレから出てきたフロイドも銀鳳騎士団の輪に合流しながら挙手をしており、ヘルヴィがその場で挙手した人間の数を数え終わると呆れたような表情を浮かべながら自らも挙手する。一連の行動を前にアルは感謝の意を示したかったが、視線の先にデシレア達国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)からの出向組も手を挙げていることが分かると途端に表情を曇らせた。

 

「ラボの方々は申し訳ありませんが、ラボへの帰還をお願いします」

 

「なっ! そんなの横暴じゃないのかい? 私達はもう銀鳳騎士団の一員だと思っているんだよ!?」

 

 国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)から出向した彼女達だが、既に銀鳳騎士団という現場に完全に慣れていた。そして、話的にも自分達にも関係があると思って挙手をしたのに、有無を言わせずに梯子を外されるという結果にデシレアは異を唱える。

 だが、アルからしてみれば彼女達はあくまでも『出向組』。有り体に言えば派遣先の人員である。いくら派遣元である国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)が『どうぞどうぞ』と言っても命に関わる内容である以上、そういった契約などをしておかないといざという時があるかもしれない。

 

「すみません。戻ってこれたら契約とか改めますので今回は……」

 

「分かったよ、私達も銀鳳騎士団を困らせたいわけじゃないからね。ただし、数名はついていかせてもらうよ。そっちのナイトスミスだけじゃ、イズモだけなら良くてもアサマは手が回らないでしょ?」

 

 デシレアからの疑問にアルは騎士団の騎操鍛冶師(ナイトスミス)の数を数え出し、やがて数が足りなかったのか指示を撤回して数人の騎操鍛冶師(ナイトスミス)に残ってもらうよう頭を下げる。だが、デシレアを筆頭とした技術力が高い騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は率先して国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)に帰ってもらうように改めて頼み込んだ。

 少しでも失敗した際の被害が軽くなるように。そんな思いで頼むアルの姿に、これが出向側が騎士団側に介入できる分推量と察したデシレアは少しの長考をもって承諾する。

 

「では、決まりですね。ボキューズに備えて実働部隊は考えうる限りの想定に対処できるように訓練を! ……それでなんですが、ナイトスミスの皆さんにはちょっと色々頑張って貰おうかなぁ……なんて」

 

 自信満々に指示を出し始めたアルは騎操鍛冶師(ナイトスミス)への指示になると極端に声のトーンを落とした。そんな弱気な姿を見せる彼に、ダーヴィドや周囲の騎操鍛冶師(ナイトスミス)は心配するなとばかりに自信満々そうに口を開いた。

 

「銀色坊主を助けるためだろうが! 何でもするぜ!」

 

「そうですよ! なんでも仕上げてあげます!」

 

「副団長っていつもそうですよね! 私たちのこと新人と思ってるんですか? 銀鳳騎士団のナイトスミスですよ!」

 

 次々と言い放たれる心強い言葉。本来であればその言葉の数々に感動し、涙をちょちょぎれさせながら感謝を伝える場面。──なのだが。

 

「え、今なんでもするって言いました? では、さっそく何をしてもらいたいのかこの場を借りて説明しますね!」

 

『え"っ!?』

 

 ニチャリと粘着質な音を帯びた笑い方をしながら工房奥から登場する黒板。当人達にとってはついテンションが高ぶり、その高揚感に酔った上での発言なのだろう。

 しかし、口約束でも『なんでもする』といった青天井の口上は非常によろしくない。それも、アルのような契約や規約という鎖でガチガチに縛られた上で安心して職務を全うするエンジニア気質な人間には絶対にやってはいけない。──地獄を見ることになる。

 話は終わり、ジルバティーガやカルディトーレに乗って帰るアンブロシウス達の耳には『やべぇ』だの、『またかよ』といった銀鳳騎士団の日常的雰囲気を醸し出す怒声がオルヴェシウス砦を完全に出るまで入ってきていた。




次回で前夜編終了予定です。

これは間違いなく皆を引っ張るディーダンチョの器、間違いない。
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