113話
第二次調査飛行の編成に銀鳳騎士団の名前が挙がってからしばらくの時間が経過する。その間、砦の上空から変な
そんなさる日。アルは本来の業務であった
「先日は追加人員として参加される騎士団との調整。そのまた先日は御用商人との引き合わせ。で、本日はどのような御用でしょう? 今日はうちの物資を積み込む予定だったんですが」
「そう嫌そうな顔をするでないわ。……おぬし、近接攻撃が苦手じゃったな」
ソファにどっかりと座りながら戦闘スタイルについて聞いてきたアンブロシウスに、アルは彼の真意が分からないでいた。だが、近接戦闘については苦手というよりも『遠くから安全に無力化できたら素敵やん』がアルの方針だし、銀鳳騎士団は某脳筋部隊が在籍している関係で様々な武器の使い手が居るので剣や槍といった基本的な武器の取り扱いは可もなく不可もない。
そんなことを話すとアンブロシウスは『そうか』と一言だけ呟き、アルを連れて訓練場まで赴いた。訓練場の端に存在する小さな工房の中には訓練に使用するカルディトーレが2個小隊分並んでいるが、その内の1機をアンブロシウスは指で指し示すとアルに乗るように命令する。
「え、いきなりなんで「乗れ」」
アルの疑問に割ってはいるアンブロシウス。その有無を言わせない圧に理不尽に感じながらも、アルはアンブロシウスから銀の短剣を受け取ると目の前のカルディトーレに乗り込み、アンブロシウスも対面に座るカルディトーレに乗り込んでいく。
銀の短剣をスリットに差し込み、起動が完了したカルディトーレを工房から出す際。アンブロシウスはカルディトーレのサブアームに2本の槍を挟み込むように保持させ、両手には剣を装備させる。アルも何かを装備させようとするが、アンブロシウスに『お前は持たなくても良い』と指示されたので大人しくついていくと、彼は訓練場の中央でアルの方に向き直った。
「アルフォンスよ。武器の取り扱いは可もなくといっておったな?」
「はぁ……まぁ。それとこれにどのような関係が?」
「なぁに。いつもは政関係を教えておったが、たまには趣向を変えようと思っての。年寄りの道楽じゃ、諦めろ」
快活に笑いながらアンブロシウスの声と共にカルディトーレは両手の剣を遠くに放り投げ、サブアームで保持していた2本の槍を両手に持つ。その内の1本をアルのカルディトーレに手渡すと、槍を器用に振り回しながら槍の間合いギリギリまで移動していくアンブロシウスに、アルはぶつくさと文句を言いながら槍を構えた。
「ほう……、中々様になっているではないか。ほれ、遠慮せずに来い」
まるで人を小馬鹿にするように挑発するアンブロシウス。そんな彼の機体の胸部装甲に向けてアルは槍を突き出す。重心、持ち手の位置、突き出す姿勢、威力を挙げる捻り。どれも基本に忠実な動きで突き出された教本通りの突き。
──だが、それだけだ。
「甘いわ!」
「イデッ!」
その突きを槍の石突という猫の額ほど小さい部分で防いだアンブロシウスは、返す槍でアルのカルディトーレの足を払う。突然の足払いにカルディトーレはその場に転倒、操縦席にもダイレクトに振動が直撃してアルは強かに身体を打ちつけた。
「まるでなっておらん。そんな教本通りの突き、魔獣との戦闘で使えるか! どうせ、剣の振り方も似たようなものであろう。やってみよ」
槍を投棄したアンブロシウスのカルディトーレは足音を立てながら剣を2本取り、その内の1本をアルの方に放り投げる。先ほどの足払いからようやく機体を起き上がらせることに成功したアルは、アンブロシウスの考えていることがよく分からなかったが一応訓練をつけているつもりなんだろうと察すると、再び胸を借りるつもりで切りかかる。
「なんじゃ、その教本通りの動きは! こうやって避けられたら命は無いぞ、このように!」
「ぐえぇっ」
攻撃を紙一重で横に避けられ、そのまま剣道の胴打ちの要領で剣を機体の腹部に力一杯押し込まれてしまい、アルのカルディトーレはバランスを崩して転倒する。そのなんとも無様な姿にカルディトーレからアンブロシウスのため息が聞こえてきた。
「おぬしがやっておるのは相手が一体、つまり一対一を想定した動きじゃ。学生に多対一なぞ教えても混乱するからの。本来であれば、騎士団でそういった多対一の戦い方に順応していくものじゃが……。法撃戦を主体とするおぬしはその限りではないか」
「面目ないです」
先ほどは基本的な武器を可もなく不可もなく扱えると言っていたアルだが、本当に『可もなく不可もなく』だった。
パッチワークはデュランダルという大型の盾を使用していたが、これもほとんどは防御用の装備として使用されていた。そして、剣や槍を振り回す
その位置づけは『近づかれた際の自衛手段』ぐらいにまで落ちていた。
「調査飛行の際、休息のために地上へ下りるときもあるじゃろう。その時に魔獣に襲われたらどうする」
深い森。視界も通らず、法弾も乱立する木々に邪魔されて目標に当たらない。そんな中を猛然と突進してくる魔獣。アルの意識が氷点下まで一気に冷え込んだ。
ようやく自覚してくれたことにアンブロシウスは『ようやくか』と胸を撫で下ろしながら槍を構える。かなり回りくどかったが、これはボキューズ大森海を想定した近接戦闘のトレーニングであった。
「最初から説明してくださいよ」
「最初に言うとおぬし、"今日の業務があるのでこれにて"とかなんとか誤魔化すじゃろ。……カルディトーレの顔をこっちに向けんか!」
ここまで回りくどいことをした理由をアンブロシウスが話すが、その理由の通りのことをしそうだとアルのカルディトーレの首がゆっくりと横に向き始める。さらに横どころかロボ特有の『真後ろ』にまで首を回し出したので、そんな舐め腐った態度にアンブロシウスはとうとう堪忍袋の緒が切れた。
「ゆえにこうして特別に訓練を行おうと……なっ!」
アンブロシウスのカルディトーレがゆっくりと剣を捨て、地面に置いた槍と持ち替える。そして、気合と共にろくに構えもしていないのにも関わらず、先ほどのアルが放った突きよりも数段速い突きが繰り出された。
「うわっちっ! っとぉ!」
不意打ち気味に放たれた突きだが、アルはなんとか槍の持ち手で軌道を逸らすことに成功。しかし、すぐさま槍が突きを繰り出した本人の元に引き戻されると、再度凶悪な速度の突きがアルのカルディトーレに襲い掛かる。
右肩、胸部装甲、頭部、と次々と繰り出される攻撃。その威力もさることながら、受け止めた際の重さにたたらを踏みながらもなんとか凌いでいく。
そして、仕上げとばかりに片手で握った槍でアルのカルディトーレが持つ槍に向かって薙ぐことで、とうとうアル側のカルディトーレが槍を取り落としてしまう。
「ほれ、そうして愚直に受け止めるから隙が生じる。もし、別の者が居ったらおぬしの命は無いぞ」
アルのカルディトーレが槍を拾い直す傍ら、アンブロシウスはアルが行った防御の仕方を指摘する。
相手の攻撃に合わせて最小の動きを防ぐ。そうすることで操縦的に無茶な動きをすることを抑制し、相手よりも有利に立ち回って攻撃に転ずることが出来る。それは一対一の戦闘でも十分に役に立つが、多対一でも十分に通用するある種の極意であった。
「何も考えずに攻撃を加えるものではない。攻撃することでどうなるのか、相手との位置をよく見極めることじゃ。意味の無い攻撃をしないだけでも相手にとって十分な脅威となろう」
アンブロシウスの言葉に、アルはとあるアニメで言われていた言葉を思い出す。
『無駄玉を撃つな』。鈍重な砲撃タイプの機体に乗っていたキャラに教官が言い放っていた言葉だが、今のアルにも当てはまる言葉だ。
攻撃と防御。剣や槍、もちろん
当然、それを何時でも万全に行えるほど練り上げるには長年の研鑽が必要だが、本能的であれ、計算から導き出したものであれ、その理すら頭の中にない者はいつまで経っても入り口さえ見えてこない。
「別に近接武器のみに傾倒しろとは言わんが、考えながら動き続けろ。さすればそれが習慣となり、いつしか自らの意思とは関係なく考えながらの行動が出来るであろう」
「はい」
反射という瞬きの合間に思考を行うという理想形の一つを説明されたアルは強く返事をしながらカルディトーレに構えを取らせる。
その後、獲物同士が打ち合う音が日中のみならず夜中も絶え間なく鳴り響き、朝方になるまで続けられる。ただ、そんな夜通し騒音を撒き散らす行為に黙っているほど現国王であるリオタムスは優しくなかった。
「──で、何か言い訳は?」
「だってこの人(こやつ)が途中で訓練を終わらせないから」
駐機状態のカルディトーレの前で正座して目の前のリオタムスに向かって反省の意を示す2人。だが、その言動はあまりにも他人の責に従っていたので、怒りを通り越してなんだかやるせない気持ちの方が大きくなったアンブロシウスは、なにを叱責すればいいのか迷いながらもアルに『数日後には出立なのに、時間を浪費するな』と釘を刺すだけにとどめた。
「アルフォンス、色々まだ教えたいことがある。必ず帰って来い」
「絶対帰ってくるのだぞ! まだまだお前にはやってもらいたいことや、お前にしか任せられないことがあるからな!? 絶対だぞ!」
「……? なんですか、その圧力」
アンブロシウスのカラッとした別れとは裏腹に、リオタムスは後ろ髪を思いっきり引っ張ってくるような言葉を放つ。その真意に気付かぬまま、アルは近くで待機していた藍鷹騎士団員と一緒に訓練場を後にする。
「なんじゃ、そんなにクシェペルカのことが気になるのか」
「アルフォンスのことはもちろんですが、……別件でエムリスが何かやらかしそうという報告が来ましてね」
なんでも、冒険家と名乗る人物やその組織とよく会合しているらしく、その報告にリオタムスはとてつもない悪寒を感じていた。
***
「工房に行ってる奴等にイズモとアサマに積み込んだ物資を再度確認させとけ! 忘れ物なんていった日にゃ、ボキューズに突き落とすぞ!」
「あ、副団長が帰ってきた」
「なにぃ!? このくそ忙しいときにどこ行ってやがったんだ!」
砦の飛行場の端で光る棒を左右に1本ずつ装備させ、上空の
第1次調査飛行を行う少し前。様々な所から物資を運んできた関係上、カンカネンでは至る所で渋滞が発生するという大惨事が起こっていた。今回はその反省点を活かし、物資の集積場として砦が使用されることとなり、今も物資を受け取ろうと紫燕騎士団所属の
そんな
「おめぇ、どこで油を売って居やがった! もううちの作業はトイボックスを積み込む以外全部終わっちまったぞ! オプションワークスはアサマの方で良かったよな?」
「それで大丈夫です、助かりました。いえね、ちょっと先王陛下に呼ばれて何手かご指南賜ってました」
黄色と黒の斑に塗られた鉄板装備である鉄兜を被りながらアルは飛行場に歩いていく。その後ろでダーヴィドは『また先王陛下か』と項垂れるが、その言葉にアルは一切の反応することなく
「セラーティ領からの追加物資が届きました!」
「同じく、ディクスゴード領からのシルエットナイトの補修パーツ。商会からのエーテライトも届いてます!」
今回の調査飛行における主なスポンサーの領地から運び込まれる大量の物資を満載させた馬車が矢継ぎ早に砦の門を通り、それらの物資を梱包しなおして右から左に流すという単純だが骨の折れる作業に騎士団員は辟易としながらも作業に没頭する。
休みを挟みながらもずっと行われたこの作業は夕方ごろまで続き、ようやく紫燕騎士団に対しての物資の受け渡しが終わったアル達が凝り固まった筋肉を解すように動かしながら全員で飛行場から工房へ向かうと、既に砦内や工房で残務作業に当たっていた団員が集まっていた。
「人員配置ミスりましたね。……まぁ良いか、では皆さん傾注!」
現状の最高責任者になっているアルの声に全員が姿勢を正す。全員が拝聴の構えを摂っているのを確認したアルは、続けて調査飛行まで残り数日ということを告げるとフロイドを呼びながら手で合図を送る。その合図にフロイドはすぐさま集団から離れると、工房に存在するアルの巣。もとい、仮設作業所からかなりの数の紙を重ねた束を両手に抱えて必死に運搬してくる。
「ありがとうございます。で、この紙を1人ずつ受け取ってください。早い話が遺書です」
『はぁっ!?』
突然訳の分からない言葉を発する副団長ヘ向けた正気を疑う声が工房中に響くが、フロイドはその声に平然としながらも1枚ずつ紙を団員の手に強引に握らせていく。中には『受け取れない』と突き返す団員──というかほとんどが紙を突き返したのだが、その都度アルは『書かない場合は調査飛行に連れて行きません』と全員に聞こえるように話すと渋々ながら紙を受け取っていった。
「おい、銀色小僧。遺書ってなんだよ! 俺達は死にに行くために調査飛行に参加したわけじゃねぇぞ!」
「陛下も"生きあがけ! 死ぬな! "と仰っていたじゃないか!」
そこまで強引だと当然だが反発も出てくる。ダーヴィドやディートリヒを筆頭に文句がボコボコと出てくるが、ひとしきり文句が出尽くした後にアルが発した『絶対に死なない保障があるんですか?』という言葉に全員の呼吸が一瞬止まる。
「遺書はウエスタン・グランドストーム前どころか、銀鳳騎士団創設時期からやりたかったんですよ。ですが、騎士団長がいる手前、どうにも出来ませんでした。ですが、改めて言わせてもらいますが人間は死ぬものです。そして、今際の際(いまわのきわ)にちょうど良く目の前に仲間が居る保障もありません。なので、見取られずに死体のみ回収された場合のことを考えて……お願いします」
常に全力で突っ走り、死ぬときはコクピットで。その死生観の違いからエルが到底考えることが出来なかった言葉がアルの口から全員に共有される。
死とは恐ろしいものだ。だが一番恐ろしいのは誰にも見取られず、遺そうとした言葉や遺志を誰にも伝えられないままこの世を去ることである。
それを防ぐための遺書だ。決して、死亡率が高そうな理由で配ったわけではないということを話すアルに、全員は黙って受け取った紙を自らのポケットに丁寧にしまい込む。
「ありがとうございます。それでは、今日は解散しましょうか」
全員が再びアルの方に向き直り、彼は本日の業務の終了を宣言する。遺書というあまりにも現実離れした宿題を出された面々は、宿直組みを残して解散していく。ライヒアラに帰る集団の中には、もちろん先ほどの宿題を出した張本人のアルも混ざっていた。
(ま、僕も覚悟なんて出来てませんがね)
エチェバルリア邸に戻って夕食を済ませたアルは、夕食中も肌身離さず持っていた紙を部屋の中で広げる。大きさ的にA4サイズという資料を作成するならば読みやすい十分な大きさだが、死後のために書き残すという条件をつけると些か心もとないサイズ感である。
「どうすっかなぁ」
未だ何を書くか決めていなかったアルは、独り言を呟きながら天井を仰ぐ。頭の中でポンポンと内容が沸いては弾けていく感覚についつい微睡んでいると、ふと机の隅に置いていた豪奢な便箋が視界に入った。
「……やっべ!」
クシェペルカの国章が浮かび上がった蜜蝋で封がされていた便箋に、一気に意識が覚醒したアルは続けて忘れていたものを思い出したかのように自らの額をピシャリと叩く。別の国の人間なのだが、連絡が途絶えると不安視どころかちょっと危ない関係に発展しそうな人間をアルはすっかり失念していた。
「でもなぁ……どうやって穏便に出来るかなぁ」
サイドチェストの引き出しからちょっとお高い紙を引っ張り出したアルは文面について考える。
今回の経緯──は機密になるので言えず。かといって何の理由もなくボキューズに突撃をかますということを書くと主にリオタムス辺りが返信に苦労するだろう。
「うーん、元気良く言い逃げ……ムリダナ。人間50年……、こっちじゃ20才以下だからダメダナ」
そんなアルの脳内では麦藁帽子を被った青年が『わりぃ 俺死んだ』と満面の笑みで不吉な事を言ったり、昨今では女体化や獣化といったフリー素材のような扱いになっている武将がお寺ファイヤーをバックに敦盛を舞ってたりしているのだが、これでもアルは真剣に彼女が納得する文面を考えていたりする。
しかし、そんな努力もむなしく1時間、2時間が過ぎ。朝が明け、日が沈み。1日、2日と万人等しくに同じ時間が過ぎ去っていくのに対してアルが書けたのは遺書だけで、去るお方への手紙は最初の一行でさえも書けていなかった。
そんな体たらくながらも、今日は前夜。数時間後にはいよいよ第二次調査飛行が行われる。昨日、デシレア含めたラボへと帰還する人員は諸事情による可変型
──そう、例の手紙を除けば。
「どうすっかなぁ」
数日前と同じ言葉を発しながらアルを窓から外を見るが、答えは何も出てこなかった。
ただ、別にアルはかの人物に対して嫌っているわけではない。本気を出せばそれこそプレゼンで使用するような紙束のような量をもって近況を相手に伝えるほどの思いはある。
しかし、それだと間違いなくアルが何かとてつもない事態に巻き込まれていることが分かってしまい、『お宅の子はどうなっているの!』とクレームを入れられること請け合いだ。
──かといって普通の手紙を送ってもいつまでも返事が来ないことから何かあったと思われる可能性は高いし、正直『これっきりで終わらせたいという言葉が書けたら良いのに』とアルはペンを片手にひとしきり悩んだ末、意を決して1行だけ書いた手紙をサイドチェストの引き出しに放り込んでから布団に潜り込んだ。
手紙をこれ以上書かないし、出さない。別名を逃げともいうそれがアルの考えたとびっきり冴えた方法であった。『なにかあったら王族に任せてしまおう』という丸投げの精神で必死に寝ようとするが、アルは中々寝付けないでいた。
「怖いなぁ。やっぱ書こうかなぁ。……でも、これ以上良い方法浮かばないしなぁ。怖いなぁ」
もちろん、不安が次々と湧き出てきたアルは某霊感タレントの語り口調のような声を漏らすが、一頻り呟いた後はすっかり寝入ってしまった。
***
そして、いよいよ第二次調査飛行の朝がやってくる。砦にはアンブロシウスやリオタムスといった王族を始めとした各地の有力な貴族が訪れており、雑談をしながら銀鳳騎士団を率いる副団長の姿を今か今かと待っていた。
ただ、当の本人は未だライヒアラの町から出ていないので、当直の銀鳳騎士団員は挙動不審になりながらも副団長に『はやくこっち来てくれ』という念をひたすら送っていたりする。
「副団長、そろそろ行かないとまずいかと」
「あー、もうちょっと待ってください」
そんなライヒアラのエチェバルリア邸の子供部屋。階下から声をかけてくるフロイドに向けてアルは叫んでいた。叫んだ体勢のまま彼はサイドチェストを未練がましくチラリと見るが、やがて姿見の前に立つと腰の後ろ側に指した大降りのナイフを掴むと、エルと見分けがつくように長くしていた長髪の端を掴んで持ち上げてからナイフをちょうど良い長さになる所に押し当てる。
ブツリ
軽やかな、かつ決意の篭った音が部屋に溶け、アルの手元には切り離された大量の髪の毛が残る。姿見にはセミロングの長さまで切られたアル──仮にこの姿をライヒアラの町で見られた際、『銀鳳騎士団の騎士団長が帰ってきた』と大騒ぎされるような容姿が映っていた。
「僕が銀鳳騎士団を継ぐんじゃない。僕が騎士団長に成り代わるんだ」
ひとりごちながら切り取った髪の毛を束ね、邪魔にならないように机の上に置いたアルはクローゼットから『エルの』騎士団服を手に取って着替え始める。その数分後、全ての準備が完了したアルが上から降りてくる姿を見たフロイドが大層驚いたのは仕方の無いことであった。
「き、騎士団長!?」
「落ち着きなさい。……アル、本当にその格好で行くのか?」
「はい、銀鳳騎士団はエルネスティ・エチェバルリアを上に据えるしか無いという僕の抗議です」
フロイドが驚く声もそのままに親子の会話は続く。エルが消えたことで銀鳳騎士団の道が途絶えたのなら、その道の先を再び進めることが出来るのはエルしか居ない。──例え、それがアルが成り代わった姿であっても関係ない。
それほどまでに銀鳳騎士団にエルという存在は必要不可欠な存在だと今一度、アルは抗議したかったのだ。
そんな自己の存在を消した。ある意味では自己犠牲的な決意に、近くで聞いていたラウリやマティアスはアルの背中を軽く叩くと男同士のみでしか通じない別れの挨拶を告げる。
「母様、行ってまいります」
「私はアルがエルになるのも、どちらも居なくなるのは嫌。それだけは覚えておいてね」
『死なない』、『両方とも帰ってくる』というオーダーにアルは静かに頷きながらセレスティナと抱擁を交わす。時間にしては短いが、濃密な親子の別れを経てアルとフロイドは城門まで急いだ。
道中、当然エルのことを知っている人間達からの疑問の声が聞こえてくるが、それらを一切無視して2人は城門を潜ったすぐにある駐機場のトゥエディアーネの元へたどり着いた。
「え!? き、騎士団長!?」
「あ、そういうの良いんで。ちょっと時間かかったので最速で」
トゥエディアーネの手の平にフロイドと共にしっかり掴まったアルは、
紫燕騎士団でも平均10分はかかる発進をここまで短縮化させる第3中隊の団員に舌を巻く2人だが、そうしている間にトゥエディアーネは砦の飛行場へ降下していく。
その場でも銀鳳騎士団の騎士団長が帰ってきたと誤解する声もあったが、アルは平然とダーヴィドを呼ぶと2人で工房内に入っていく。そして工房に入るや否や、ダーヴィドに『どういうつもりだ』と問い詰められても、アルはただ一言。『銀鳳騎士団の騎士団長はエルネスティ・エチェバルリアただ1人です』と告げた。
「……分かった。この場の式典ではお前のことを"騎士団長"とだけ呼ばせることにする。だが、空に浮かんだ瞬間おめぇは銀色小僧だからな! 俺にとって銀色坊主はあいつだけだ!」
「ありがとうございます」
アルの発言の意図に気付いたダーヴィドは自身の認識をアルに共有しながら工房を出て行く。工房の外でなにやら大勢の人間が集まってくる気配はあったが、そちらはダーヴィドに丸投げしようと考えたアルは改めてトイボックス・ハーミットを見やる。
「さて、君の弟と僕の兄を迎えに行きましょうか」
トイボックスにとっては弟のイカルガ、アルにとっては兄のエル。奇しくも残された兄弟がそれぞれの兄弟を迎えに行く構図だった。
***
一方その頃。銀鳳騎士団の面々に事情を話したダーヴィドは、リオタムスの式典開始を告げる前口上を整列しながら聞いていた。予定ではアンブロシウスの紹介の後に工房の扉を開き、中からトイボックス・ハーミットが登場。所定の位置についてから降りてきたエル──に扮したアルの挨拶で式典が終了する手はずである。
だが、予定では工房横で待機していなければならない人間が1人もそこに居なかった。
「あれ、工房の扉開けるやつ誰だっけ」
「……しらねぇぞ?」
「そういえば、決めてなくね?」
ぼそぼそとした声がダーヴィドの耳にまで聞こえてくることでようやく彼は1つのミスに気付いた。準備や搬入で一杯一杯になっており、式典時の役割について一切考えていなかったのだ。当然、何も決めていないのだから『俺は聞いてないから、誰かがやるだろう』という認識が全員の頭の中にあり、ごらんの有様である。
「銀鳳騎士団副団長、ここに」
そうこうしている間にリオタムスの声が響く。無礼を承知だが、数人が工房まで行って扉を開けようとしていたその時、工房の扉が僅かに開いた。
その隙間から平均男性よりもかなり小さな人間──アルがひょっこりと姿を現すと工房の扉を開ける人員がいないことにひとしきり首を傾げるが、それでも周囲に誰もいないことを再確認してから両腕を振るう。
すると、工房の扉の隙間からトイボックス・ハーミットの両手がにゅっと出てきたかと思うとまるで人が乗っているように自然な動きで工房の扉を開けながら外へ出てきた。
「あの機体。誰も乗っていないように見えるのだが」
「何で動いているんだ?」
過去にアルがかなり苦労して会得した
ただ、長年『エチェバルリアのヤベー奴等』と呼び声の高いアル達の奇行を見てきた一部の貴族や王族、そしてライヒアラ騎操士学園や
そして、アルの横に付き添うように歩いていくトイボックス・ハーミットがぴたりと所定の場所で立ち止まってから駐機状態に入ると、アルは壇上へと上って整列する銀鳳騎士団や紫燕騎士団、そしてそれらの騎士団の中に混ざる藍鷹騎士団の表情を見ると深く息をついた。
「相手はシルエットナイトを溶かす魔獣。これまで様々な魔獣、騎士といった相手をしてきましたが、こんな相手は初めてです。全員、揃って帰れないかもしれません」
弱気から始まる口上。だが、全員アルが本心では全く違うことを思っていることは知っているのであえて何も言わない。
「ですが、その存在がフレメヴィーラ王国を脅かすのに十分な存在であるということは皆知っていると思います。ならば、騎士がやることは一つです。……陛下、これを」
話を中断させ、アルはリオタムスに前々から銀鳳騎士団全員で書いてもらうよう頼んだ遺書が入った袋を手渡す。事前に内容を知っていたリオタムスはその袋を無言ながらも大事そうに持ち、その姿を騎士団員に紹介するように見せたアルは続きの言葉を放つ。
「今! 僕らの"想い"はこのフレメヴィーラ王国に残しました! だから、申し訳ありません。皆の命をください! 返せる充てがないので、ください!!」
アルは最敬礼でお辞儀をすることで話を締めくくった。他の騎士団では騎士団長が部下である団員に対してやらないであろう態度だったが、その返答として全員は心臓の位置に手を当てるという騎士の礼で答えた。
その劇場のような一幕に、アンブロシウスは『エルネスティには到底出来ぬ役者っぷりじゃわい』と小さく笑いながら拍手を送る。彼の拍手が呼び水となり、いつしか周囲は拍手の渦に包まれていた。
「騎士団長の言うとおり、そなたらの心は受け取った! 往け、あの我が侭とこの国を頼むぞ!」
「銀鳳騎士団!
「紫燕騎士団も遅れるな!」
『御意!』
『我が侭』と称されたものが誰なのか。もはやそれを問いただすものは誰もいない。
こうして、戦意と熱意を帯びた表情を浮かべた面々の迫力のある返答を持って式典は終了する。それぞれの思いを胸に、各自乗り込んでいったレビテートシップが天高く舞い上がるとボキューズに向けて進路をとる。
かくして、一度は途切れかけた物語のページは『アル』という糊をもって繋がったのである。