第二次調査飛行から数日経ったある日。エチェバルリア邸の子供部屋には彼らの母親であるセレスティナの姿があった。
息子2人は年頃なので最近は入らなかった彼女だったが、部屋の主が両方不在のために部屋を掃除しようと久方ぶりに入室を果たし、しばらく使われなかったことで部屋の隅や机の上に積もってしまった埃を相手にテキパキと清掃を行う。
しかし、掃除の手つきとは裏腹に表情は固い。1人は行方不明、もう1人は大義名分は異なるが行方を捜すために長い長い旅へと出て行った。
自ら腹を痛めて産んだ子のことを思うと、今でももう1人──アルだけは何とかしようと城へ乗り込んで国王に直訴したい気持ちで一杯な衝動を掃除によって鎮めていると、ふとエルやアルが使用している机に何かが置かれているのに気付いた。
「髪の毛……。本当にやると決めたら一途な子ね」
『騎士団の騎士団長はエルネスティ・エチェバルリアだけ』と、間違われないように伸ばすことに決めていた髪を切ってまでエルの代わりを務めようとしていたアルの一途さを思い出したセレスティナは苦笑する。
設計や開発における『音楽性の違い』で何度もエルと対峙していたことから、エルもそうだがアルも大概決めたことはあんまり曲げない性格である。今回のことも悩みぬいてから決心したことだと、彼女は胸中にある衝動を何とか押さえ込んだ。
ただ、この代物はいつまでも机の上に置いていて良いかと問われたらNOである。かといって下手をすると、遺髪になるかもしれない髪の処遇をどうしようか決めあぐねていた彼女は右往左往と視線を巡らせる。
「ひとまず……この中に入れておきましょうか」
視線の端に映ったサイドチェストに、これ幸いとセレスティナが髪束をサイドチェストの中に入れる。
すると、髪を束ねていた紐の固定が緩かったのか中に多少の髪の毛が散らばってしまい、それに慌てたセレスティナは代用品の紐を持ってこようとドアに手をかける。──が、ふとサイドチェストの中に何かの封筒のようなものが入っていたことを思い出した。
「たしかあの子……遺書がどうとか言ってたけど。誰かに出し忘れかしら?」
ビデオの巻き戻しのような動きで再びサイドチェストの前に立つセレスティナ。サイドチェストの中を確認すると、中には少々値が張りそうな綺麗な装飾を施した封筒が目に入った。
封も何もされていないことから送られてきた物ではない。だが、あの几帳面なアルが手紙を出すことを忘れたのかと不思議そうな顔で思案していた彼女だが、徐々に手紙の宛先について気になってくる。
『中身ではないから失礼ではない』。『出し忘れであったなら大変』という理論武装を自身に施した彼女は、封筒の裏側を確認する。
そこには──。
「クシェペルカ王国の……王城宛? それもイサドラ・アダリナ・クシェペルカって……王族の人よね」
あまりの大物に便箋を取り落としてしまいそうになるが、セレスティナは持ち前のガッツで踏みとどまる。他国の王族と思われる人物宛の手紙という新たな情報に、既に彼女の頭の上に浮かんでいた疑問符はその数を増していく。
何がなんだか分からない状態になってしまったセレスティナ。だがその時、混乱した頭に『その人に大事なことを伝えようとしていたのではないか』という、アル目線で言ってしまえば余計なお世話感が拭えない考えが過ぎってしまった。
「うん、分かる人に聞くべきね」
そう言い放ったセレスティナは封筒を手に子供部屋から出ると、急いで出掛ける準備を始める。準備を終えた彼女は家を後にし、迷いの無い足取りでライヒアラ騎操士学園まで歩を進めると守衛に話を通した。
学園長であるラウリの娘ということもあってかとんとん拍子に身元確認が終わり、彼女はそのまま学園町室まで誘導された。
「ティナ、どうした? 珍しい……」
開口一番にラウリが彼女がこの場に来ること事態珍しいと口を開くが、セレスティナは黙ってアルの部屋で見つけた封筒を宛先が見えるように裏返してから応接用の机の上に置く。その封筒の宛先を遠目で見たラウリは少し前の彼女と同じような反応をしたが、やがて『ワシよりも先王陛下に投げるべきじゃな』と素早く丸投げの意思を示す。
「まさか、アルがそこまでクシェペルカの王族と親しい間柄……。ああ、だから先王陛下は」
ラウリが一人で勝手に納得したような言葉を漏らすが、何を納得したのか知らないセレスティナが首を傾げる様子に一言謝罪すると、『後はワシがなんとかする』と封筒を自らの懐に仕舞ってからセレスティナと共に学園長室から出ていった。
数時間後。先王陛下との謁見という嘘でライヒアラを抜け出したラウリは、カンカネンの城前に居た。国王であるリオタムスには幾度とない申請や承認が必要だが、政の中心から少し離れたアンブロシウスにはそのような制限はなく、旧知の間柄ということもあってかラウリはスムーズにアンブロシウスとの面談へ至れた。
「なんじゃ、ラウリ。エルネスティ達のように強引に来おって」
「申し訳ございません。少々判断に困る物が出てきまして」
突然の来訪に『ラウリらしくない』と評するアンブロシウスはソファにどっかりと座り込む。いくら政の中心から外れたとはいえ、先王の耳から国王の耳に入ることも十分にあるのでこういった『理由を打ち明けずに会う行動』は普段のラウリなら絶対に行わないことだと分かっての発言だった。
それに対してラウリは頭を下げながら謝罪し、本題であるセレスティナから託された封筒を渡す。
「アルフォンスの私物を仕舞っている棚からこのようなものが見つかりまして」
「ふむ……。あやつめ、肝心な所で日和おったな」
心底詰まらなさそうに宛先を睨んだアンブロシウスはそ知らぬ顔で封筒から便箋を取り出す。他人の手紙を検分するという破廉恥な行為にラウリは何か言いかけるが、『今までの手紙も機密の観点から目を通しておる』という理由に何も言えなくなった。
「……、ほんっっっとーに色恋に疎いな。アルフォンスは! もうちょっと、こう……なんとかならんのか?」
「失礼します」
手の施しようが無いほどにどうしようもない物を見たと言いたげに便箋を机の上に投げ捨てるアンブロシウスの反応に、ラウリはちょっとばかり不安になりながら便箋を手にとって広げる。高価な紙特有の触り心地の良い紙面の上には、アル特有の癖が薄く出ている文字で一行の簡素な文が書かれていた。
さようなら、好きでした。
言いたいことを極限まで削ぎ落とせばこのような文面になるだろうか。あまりにも簡素過ぎる内容に口をあんぐりと開けるラウリに、アンブロシウスは『他にも何か無いのか』と封筒をひっくり返して中身をあさるという暴挙に出る。
ただ、そんなことをしてもそこには便箋以外には追加の手紙やプレゼントといった物は入っておらず、ただセレスティナが何も考えずに髪束をサイドチェストに入れた拍子に紛れ込んだアルの細かい髪の毛が何本か入っているだけであった。
しかし、その髪の毛を見たアンブロシウス達の反応は
「そうか……。今生の別れになりそうだから遺髪を……」
「馬鹿者め。それほどまでの覚悟があるのならもう少しマシな文面を書かんか」
しみじみとし出した部屋の空気。だが、アンブロシウスは『イサドラには伝えねばならんか』と便箋と髪の毛を丁寧に封筒の中へと入れてから部屋前で待機している近衛の騎士団員に蜜蝋と王族が使用する印章を用意するように伝える。
「アルがやろうとしている内容……。エルのことを伏せてボキューズ大森海に調査に向かったという報告書と共に送らねばな」
「今更ですが、なぜうちのアルフォンスがそのようなことになったのか分かりかねますが。……まさか、アルに色々教えていたのはクシェペルカ王国と関係が?」
「いや、単純に教えて面白い奴じゃからな。クシェペルカでもワシや騎士団が教え込んだことで色々面白……ゴホンッ。興味深い結果を色々引っさげてきたそうじゃ」
ラウリも気になっていたアルへの教育が実は政治的な思惑は一切なく、ただの道楽という答えにラウリはただ『そうですか』と項垂れるしかなかった。しかし、その後にアルとアンブロシウスの孫にあたるイサドラとの関係を話されたラウリは再び頭を真っ白にさせる。
「事が事になれば、ワシらは義祖父同士じゃぞ?」
「ですが、肝心のアルフォンスが決死の調査飛行に赴いていますが?」
タイミング良く帰ってきた騎士団員から蜜蝋と印章を受け取ったアンブロシウスは、騎士が部屋を出て行くのを見送ってからニヤニヤとした表情で絵に描いた餅のようなことを言って来る。
それを聞いたラウリは、『じゃあ余計にその手紙を出すのは危険ではないか』といった冷や水を浴びせるが、アンブロシウスは『そこよ!』と封筒に封印を施した指でラウリを差した。
「ワシとしてもあやつの思いが篭った手紙を出さぬのは心苦しい。しかし、既にアルフォンスの見合い計画であの国からの抗議とも取れる手紙が届いて居る状況でこれを出すのは非常に不味い!」
「聞いておりませんが!?」
またしても耳にしたことの無い不祥事の最新情報によって再び状況がよく分からないと混乱するラウリに、アンブロシウスは途端に弱気な姿勢で『じゃからな?』とまるで同意を促すように彼に向かって話しかける。
「その、ワシらでなんとか向こうを納得させる報告書をな……。元相談役じゃろ? 義祖父候補同士、協力をな?」
もはや抵抗する気も無くしたラウリは、そのままアンブロシウスと共にアルに命令を下した経緯などの説明を書いた報告書を数日かけて認めた。だが、その報告書には『エルが行方不明』という事実は意図的に消されており、代わりに『騎士団長補佐(アディ)が行方不明』というエルと比べると重要性が著しく下がるもう一つの事実のみが大量に書かれていた。
ここまで事態が深刻気味に進んでおいてアレだが──。当然、アルはこの手紙をクシェペルカ王国に送ろうとは一切思っていない。
そもそも、サイドチェストに入れてあったから出す気がなかったことになるのだろうが、『他国の王族宛』という非日常的な宛先がここまで話をややこしくしてしまったわけで──。
さらにいえば、サイドチェストに入れた際に解けた髪束の髪が何本か封筒に入り込んでしまったのも、さらに話をややこしくした原因であって──。
再度言うが、アルは手紙を出そうと動いたわけでもないし。遺髪を送ろうとしたわけでもない。
そんなこんなでアルの置手紙と言う名の一種の黒歴史は見事にクシェペルカ王国へ向かって全速前進ヨーソローしていった。
***
「デース!?」
「副団長、どうしたんですか?」
時を同じくしてボキューズ大森海の真上を航行中だったアサマの艦橋。その中で素っ頓狂な声を出したアルに全員の視線が集中するが、代表してフロイドが声をかける。
その声にアルは背中に何か入れられたかのようにもぞもぞと背中を確認する動きを一旦止め、周囲を挙動不振に確認しながらも口を開いた。
「いえ、あの。隠してたものが見つけられたような……帰りたくなくなるような悪寒が背中を駆け巡って……」
「なに突然訳のわからないことを」
よく分からない悪寒に襲われたと説明するアルだが、いくら日がな一日空中で過ごして娯楽が無い団員達でもそのような話をまともに取り合う人間は艦橋のどこを見渡しても居なかった。やがて通常業務に戻っていく団員達を尻目に、話に取り合ってもらえなかったアルは船倉へ行ってこようとフロイドに伝えようとしたその時だった。
「イズモから発光信号! "ゼンポウ オオガタ ス"追記事項は……"バクハツ"? 以上です」
「ああ、例の自爆魔獣の巣ですね。ちょっと追い払ってきましょうか」
伝声管から聞こえてくる報告。その報告内容に、紫燕騎士団からの伝達事項にあった自爆する魔獣の巣と会敵したのだろうと当たりをつけた近くに存在すると踏んだアルは格納庫へ急ぐ。
その行動に
「あれ、機体を出すんじゃ?」
「機体だけ出します。後、この船を前線に向かわせるのはまずいのでイズモまでの道を作ってください。あ、後はイズモに高出力法撃の準備もお願いします」
言いたいことを言って『じゃ』と格納庫まで走っていくアル。先ほどの言いつけを反芻させながら艦橋に戻った彼に
「どうしたんです?」
「イズモまでの道とイズモへの法撃準備を頼むとか。この位置だと……3隻、カーゴシップの1番と3番と7番に発光信号を頼みます。イズモにも法撃の魔力供給準備を要請してください」
「了解です」
アルから頼まれたことを伝達しつつ、フロイドは艦橋から周辺に浮かぶ
現在、紫燕騎士団の旗艦である
アサマ自身が
こうして、アサマの船底からイズモまでの船の道が出来上がり、そのタイミングでアサマの船底が開くと中から
「既に各船には注意喚起をしています。イズモにも魔力供給の準備に入ってもらっているので、このまま進んでください」
「了解」
トイボックス・ハーミットに続いて
「壇ノ浦でも8艘でもないですが、行きます!」
十分な助走をつけながらトイボックス・ハーミットが力強くジャンプする。そして、空中に躍り出た機体は自らの足に増設された大規模な
「次!」
着艦の勢いのまま、トイボックス・ハーミットは走り出す。
その後はバッタのようにぴょんぴょんと船を乗り継いでいき、最終的にトイボックス・ハーミットはイズモの甲板までたどり着いた。
「すみません、待たせました」
「相変わらず無茶を……。いや、アサマをこっちに乗り付けてこなくてよかったぜ」
イズモの拡声器からダーヴィドの何か言いたそうな声が漏れ聞こえてくるが、正面では既に戦端が開かれている。出撃したトゥエディアーネ1個中隊は2つの小隊に分かれ、自爆されないよう魔獣を遠巻きから法撃によって蹴散らしていく。
ただ、その戦闘行動中も巣からは魔獣が湧いてきており、いずれ
「トイボックスに魔力供給を開始しろ! 用意できてるな?」
「作業員は腰に綱巻いとけ! 船外作業だから風に気をつけろ!」
既に昇降機で待機していた
「副団長、端子持って来たよ」
「ありがとうございます」
アルの送った
「親方、魔力流し始めてください」
「相手が相手だ! 派手にいけよ!」
ダーヴィドの声を合図にイズモに内蔵されている数基の
火球の周辺には陽炎が生まれており、漂ってくる熱波を受けた船外作業員はあまりの熱さに滝のような汗を流しながら船内へ飛び込んでいく。
ただ、それほどの熱を生じる魔法を使用すれば、間違いなく
仮に通常駆動状態でこのようなことをしていたならば、大量の魔力が基部や
「砲身内の空冷開始」
演算した
これは過去にアルが実験して敗れ去った空冷装置を『内部の熱を魔法で外に放り出せば冷たくならない?』といった疑問から、実験感覚で行ったら上手くいったという行き当たりばったりの産物であった。
さらに高度が上がれば気温は下がるので、
逆に言えばそれ以外の場合や、現状イズモから送られている以上の魔力の場合はその範囲ではない。アル曰く、『しきい値のチェック』と行った実験では、ムカデ砲のようにジャロウデク産
「収束完了。射線上から離れるよう、味方機に通達!」
アルが声を出しながらホロモニターの中央──レティクルの中心を睨む。測量機器がないために射程外といったシグナルは出ないが、通常のカルバリンならば到底届かない距離。だが、長距離に特化させるためにあらゆる手段を講じたこの『アヴェンジャー』ならば物の数に入らない距離である。
前方のトゥエディアーネが炎の尾を引きながらイズモの直線上から退避していき、突如戦域にぽっかりと開けられた穴に魔獣の集団が次々と飛び込んでいく。
だが、魔獣がこちらに来るよりもアルは自分が法撃を放つ方が早いと踏み、トイボックス・ハーミットを片膝立ちにしつつ機体の股間部に備えたサブアームを伸ばす。サブアームの先端には五指を有した手が接続されており、その手はイズモの甲板の出っ張りに引っ掛けることで機体をその場に縫い留めた。
しかし、その瞬間──風向きが変わった。
「っ!? 観測員から向かい風の報告! 船外に出ている奴は退避しろ!」
「トイボックス周辺に"盾"を置け! この高度から墜ちたら終わりだぞ!」
魔獣の背中を押すように吹き付けてくる向かい風の報告に、ダーヴィドは迎撃よりも早くトイボックス・ハーミットの保護を優先する。ダーヴィドの指示からバトソンは近くのボタンやレバーを押すことで、イズモの甲板で射撃体勢を取っているトイボックス・ハーミットの周辺の装甲が数枚ほど跳ね上がる。
跳ね上がった装甲はそれぞれ
「銀色小僧! あと何秒だ!」
「あと3分……。いえ、1分ください」
なるべく相手に被害を出せるよう狙いをつけるアルの声が届く前に風の援護によっていち早くイズモに肉薄してきた魔獣が、先ほど跳ね上げた装甲とぶつかって爆発した。
その後を追ってきた数匹がボンボンと景気の良い音を響かせながら自爆していくが、操縦席に居るアルは少しも揺るがずにボタンを弄りながらレティクルを睨みつける。
自身が乗っている船が危険に晒されているにも拘らず、イズモに乗っている人間もアルを信じて動向を見守る。
「発射!」
アルの短い叫びと共にアヴェンジャーの先端に留まっていた火球は光線のように照射された。光線のように延びた灼熱の法弾は巣の外壁に一瞬阻まれるが、即座に岩や内部を溶解させながら突き進み、やがて巣を貫通した。
「このまま切り裂く!」
目標に命中したことをホロモニターから確認したアルは、砲身内の熱を外部に逃がすエアバレットの出力を一段階強めながら操縦桿を引くと、トイボックス・ハーミットの胴体を回して射撃中のアヴェンジャーの位置を徐々に動かしていく。
傍目から見ても明らかな巣の危機。もはやイズモやその周辺を飛ぶ
「まったく、なんてぇ所だ」
「魔獣があれだけで済んでよかったじゃないですか。陸上だったら別の魔獣の乱入もありえますよ」
ダーヴィドは初戦の所感を嫌そうに述べるが、アルはまだ対処できるレベルだったことを喜ぶべきだと指摘してから
『バシュウ』という非常に熱気を孕んでいそうな空気が寒々しい大気に混ざることで白い煙がトイボックス・ハーミットの周囲を取り巻いていく。その音を聞くことで、ようやく危機は去ったとダーヴィドは僚艦にトゥエディアーネの回収作業に入るよう通達するように
そして、イズモからの信号を無事に受け取った全艦は、各自の色の誘導灯を照らして周辺警戒任務についているトゥエディアーネを除いた全ての機体を小隊ごとに分けて受け入れていく。しばらくその作業のために足は止めてしまうが、その間も全ての
「では、収容次第出発しましょうか。今日は夜中までこちらで厄介になりますよ」
「ああ、しかしさっきの魔獣は本来ならばもう少し奥だったはずだ。なんだってあんな所に居やがったんだか」
甲板で片膝立ちのまま、アルはトイボックス・ハーミットのクレヤボヤンスを用いて遠方の景色を偵察する。先ほどの巣は既に彼方まで飛び去っており、イズモ達の進路には無限に広がる青空と眼科に乱雑に生える森林しか見えない。
だが、その偵察結果に艦橋のダーヴィドは紫燕騎士団からもらった第1次調査飛行で書かれた地図の写しを指で叩きながら、先ほどの魔獣の出現位置について合点がいかないと唸り声をあげていた。
それを横から見ていたバトソンも同じような考えだったのか、『エルが危険そうだったから引っ越したんじゃない?』と行動を予測する。しかし、ダーヴィドの頭の中では『魔獣の考え方なんて人が分かるわけない』といった意識が働き、『エルがちょっかいどころじゃない被害を負わせて引越しさせた挙句、その弟が今度は巣を半壊させた』という人をまるで慎ましやかに住んでいた村を突如蹂躙する悪鬼のような物言いで締めくくられたことなった。
「兄も兄なら、弟も弟だな」
「いや、僕だって好きで戦ってるわけではないですよ。そんな闘争を求めている人みたいに言わないでくださいよ」
娯楽の乏しい調査飛行中だということもあってか、弄りに弄られたアルは『魔獣が襲ってきても今日一日は何もしないで置こうかな』と不機嫌になったのだが、幸運なのか不運なのか本日から数十日間は魔獣のまの字もないほど順調な航行であった。
その頃にはアルも機嫌をなおし、夜中といった航行しない時間の合間に各船にエアロスラストを用いながら単身向かうと物資の状況や各
「いやー、パイロットに合わせた装備をその場の物資でやりくりして強化する! 現地改修とはこうあるべきですよね!」
「そもそも、いくら暇だからといってさらっと機体を改造しないでくださいよ。イズモにお邪魔しちゃって」
トゥエディアーネ用の
再開した頃のカルディトーレの扱いが多少上手かっただけの青年が、短くも濃い毎日を送ったおかげであら不思議。今ではアルの書いた
ただ、そんなビフォーアフターに対して周囲からは『それは騎士として成長しているのだろうか』という声が囁かれているが、当の本人は『いつ騎士団を抜けても手に職を持つことが出来る』とあまり気にしていなかった。
「でも、他にやることなんて無いじゃないですか。都合良く魔獣も襲来してきますし、問題点が出たらそれようの装備を作って実験させる。良い日常じゃないですか」
「それもそうですね」
そう言いながらもテキパキとした動きで銀板を削っていくアル。正直、そんな物騒なルーティンは願い下げだとフロイドは考えるが、それを禁止した場合のアルがどのような暴走をするか分からないので同意することにした。
こうして日増しにボキューズの奥深くまで進んでいくアル達だが、日がな一日自他問わずに機体の改造に精を出し、時折現れる魔獣にボーナスタイム襲来とばかりになぎ倒していくのだった。
***
とてつもなく小さいが、まるでレーザーのように宙を駆ける法弾。最終的には法弾を形成していた魔力がエーテルに溶けて消滅したが、その光景はエル達がお世話になっている村の大勢がその目で見ており、未だに『空がお怒り』などといったスピリチュアルな意見が後を絶たない状態だ。
「エル君、この間のあれってもしかして」
アディの考えていることにエルは頷きながら同意した。
おそらく、あれはかなりの魔力をつぎ込んで照射した法弾の一種であるとエルは考える。また、そういったフレメヴィーラ王国に無さそうな技術を我先に編み出し、それが使用できるような潤沢な魔力源を持っていそうなエル以外の人物と検索を絞っていけば──、自ずとその人間とボキューズまで来た理由については推測できる。
「僕達や氏族の皆だけだと手が足りない所でしたし、手伝ってもらいましょうか」
「そうね。アル君のことだから色々持ってきてそうよね。調味料とか、イカルガとか」
「親方も連れてきてるでしょうし、望みはありますよ」
現在、巨人族の抗争というとんでもない事態に巻き込まれている2人。心強い援軍の登場が予想される現象に自ずと顔は明るくなっていった。
だが、その数日後。子鬼族の王と名乗る者の登場によってさらに事態がややこしくなり、彼らの表情が見る見るうちに曇っていくことになるのだが、今はそれを知るものは誰も居なかった。
手紙を出さない場合や重要書類を書き損じた場合はシュレッダーでガーしましょうという教訓。
アヴェンジャー
普段はトイボックス・ハーミットで使用するオプションワークスに接続されている武装で、アルが対ボキューズ用に調整したシルエットアームズの火力担当。
着弾した部分を中心に大爆発を起こす法撃を放つ通常駆動と、イズモやアサマに内蔵している数基のエーテルリアクタの魔力によって照射型法撃が放てる『サジタリウスMkⅡ IN デグチャレフ(90話参照)』を参考にした高出力駆動といった2つのモードに変更できる。
高出力駆動時の収束中に発生する熱によって陸上では実射前に損壊していたが、高高度の気温と熱を外部に排出する機構によって擬似的な空冷を実現したことで特定の条件化でなら1発限り可能。ただ、その場合は十分な冷却をしないと通常駆動すら撃てなくなる。
※上記の装備とは別に妨害担当──というか蟲型魔獣のアシッドクラウドに対するメタ装備は別に存在する。