銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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115話

 空中に浮かぶ巣を根城にしていた魔獣を退けた後、山を思わせるほど大きいタコのような魔獣がこれまた巨大な数本の触腕をくねらせながら興味なさげに船団を横切って行ったり、剣舞鳥(ブレイドダンサー)のヌシの番を中心としたかなり大きな群れにぶち当たるという中々に危険そうな一幕はあったものの、未だ調査船団は死傷者もなく空の旅を続けていた。

 

 そんなある日。数日置きにイズモに全員集まって行われた会議が何回か行われ、トルスティやダーヴィドから『そろそろ例の場所だ』と航空士(ナビゲータ)が記載した魔獣の勢力図が書き加えられた地図に指を這わせながら伝えられた。それを聞いた会議に参加する面々は顔を強張らせながら徐々に意識を蟲型魔獣に切り替えるが、彼らの意識が完全に切り替わる前に船団は緊急性を告げる鐘の音に包まれる。

 その音を聞いたある者はまだ心の準備が出来ていなかったのかはっと顔を強張らせながら、またある者は『ついに来たか』と戦いに赴く覚悟の言葉を呟きながら即座に持ち場に着くと、それぞれが与えられた仕事に注力していく。

 

「イズモからのマギスグラフを確認、文面は"ゼンポウ テキ ミユ"です!」

 

「イズモに例の蟲型か確認を取ってください! ただ、既に我々は例の魔獣の生息域に入っています! なので、本船はこれより蟲型を想定した動きを行ってください!」

 

 イズモからの連絡に緊張が走る艦橋だが、アルの指示が届くと共に騎操鍛冶師(ナイトスミス)の1人が伝声管まで走る。各部署に対蟲型魔獣が出た際の指示を伝えると、伝声管から次々に了承を表す返事が聞こえてくる。

 そんな力が入り過ぎない程度の適度な緊張感が艦橋からアサマ全体に浸透していく間、アルはフロイドに同行不要を伝えてから艦橋から姿を消す。

 アルが向かった先は格納庫のトイボックス・ハーミットの操縦席だった。操縦席に座って紋章式認証機構(パターンアイデンティフィケータ)に銀の短剣を刺したり、ベルトを締めるといった起動準備を行っていた彼の元に騎操鍛冶師(ナイトスミス)が機体をよじ登りながら『艦橋から連絡です』と声をかけてきた。

 

「やっぱり、相手は蟲型魔獣らしいです。こちらから折り返すことはありますか?」

 

「了解、艦橋には船体を傾けないようにお願いしたいです。僕が森に落ちますので」

 

 万に一つもありえなさそうな動きを行わないよう頼む指示に、騎操鍛冶師(ナイトスミス)は苦笑しながら了承する。スルスルと格納庫の床まで降りていく姿を眼球水晶で捉えたアルは、別の騎操鍛冶師(ナイトスミス)の誘導に従って準備してもらった魔導兵装(シルエットアームズ)をトイボックス・ハーミットの両手でしっかりと保持する。

 そのまま昇降機を使ってようやくアサマの甲板に降り立ったアルは、早速援護の準備に入った。

 

「クレヤボヤンス起動。今回は援護ですから気が楽ですね」

 

 先日自爆する魔獣の巣に行った法撃と同じように頭部のクレヤボヤンスを起動させると、片膝立ちになってアサマの装甲の出っ張りに股間部から伸びたサブアームを保持させて機体の体勢を安定させる。

 体勢が整ったアルはクレヤボヤンスによって望遠状態になった幻像投影機(ホロモニター)から戦線を確認すると、既に蟲型魔獣との戦端は開かれていた。紫燕騎士団のトゥエディアーネの一団の中にかなり動きの良い機体の存在もあり、その錬度から銀鳳騎士団の中隊長の誰かが出張ってきたと判断したアルは、そのトゥエディアーネを中心に援護を行おうと周辺を注視し出す。

 

「む、あれがアシッドクラウドですか。本当に雲ですね」

 

 いつごろ援護を行おうかと幻像投影機(ホロモニター)を睨み続けているアルの目に、蟲型魔獣の足の節から液体が飛ばす姿が映る。その液体は空中で弾けると、見る見るうちに炸裂した周囲に白煙が漂い始めるのでそれを見たトゥエディアーネは即座に距離を離し始めた。

 伝え聞いていた情報どおりの現象をつぶさに観察しつつ、アルは操縦桿を動かすことでトイボックス・ハーミットに魔導兵装(シルエットアームズ)の先端を酸の雲(アシッドクラウド)に向けさせる。

 

「援護を行うので前線に連絡してください!」

 

「了解」

 

 トイボックス・ハーミットの腰部にあるポーチから板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を一つ抜き出し、それを魔導兵装(シルエットアームズ)の基部にぽっかりと開いた空洞に入れることで魔力が紋章術式(エンブレム・グラフ)に刻まれた溝に流れ込む。魔導兵装(シルエットアームズ)の先端には球状に圧縮された大気の塊が顕現すると躾のなった犬のように待機し、アルの操作を押し込むタイミングを今か今かと待っている。

 

 その間にもじわじわと酸の雲(アシッドクラウド)は広がり、相対するトゥエディアーネが動き辛そうにしているので、アルは手ごろな蟲型魔獣に狙いを定めるとボタンを押し込む。すると、今まで待機状態にあった球体は一直線に広がりつつある酸の雲(アシッドクラウド)目掛けて飛んでいき、目標と衝突することで弾けた。

 

***

 

 時は少し遡り、前線で戦っていた紫燕騎士団は発射された5発の体液弾によって発生した酸の雲(アシッドクラウド)が上空に吹きすさぶ風の力で瞬く間に広がっていく光景を前に攻め切れずにいた。

 酸の雲(アシッドクラウド)の圧倒的な腐食性を第1次調査飛行の惨劇で嫌というほど脳裏に刻み込んだキヴィラハティは、歯噛みしながら白煙の中に潜む蟲型魔獣を睨む。

 

「このまま戦うのは危険過ぎる。法弾で散らすしか」

 

 そのまま戦うべきか悩むキヴィラハティだったがすぐに危険すぎると考えを改めて法撃を行おうとしたところ、近くを飛んでいたディートリヒ機から魔導光通信機(マギスグラフ)が灯る。

 

「"アサマ エンゴ カイシ タイヒ"? アサマはたしか最後尾だったはずだけど」

 

 発信された符丁にキヴィラハティをはじめとした戦闘中の紫燕騎士団員は首を傾げる。ただ、その指示──特にアル関係のものに従わない場合はもっと酷いことになることは、銀鳳騎士団との訓練で嫌というほど思い知っていた彼らは大人しく蟲型魔獣から距離をとる。

 距離を離すために彼らが後退をしていたところ、高度を上げているアサマから何かとてつもない力の塊が酸の雲(アシッドクラウド)目掛けて飛んでいくのが見えた。

 

「うおっ! なん……えぇ……」

 

 不可視ゆえに全然みえなかったが、トゥエディアーネすら容易に破壊できそうな力が高速で機体の横を飛んでいったことに冷や汗を流しながら驚くキヴィラハティだったが、『パァンッ!』とパンパンに膨らんだ巨大な風船を破裂させたような音に再び驚いた彼は、魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を調整してトゥエディアーネで背後の様子を探る。

 

 そこには、先ほどまで漂っていた忌々しい白煙は全く無く、蟲型魔獣の姿が丸見えになっていた。

 空ゆえに各々理解しがたいと独り言を呟いていたが、その状況からいち早く脱したディートリヒ機が装備していたツェンドルグタイプが装備している騎槍の両側面に2本の槍を並べた新型装備、『複合型空対空槍(トライデント)』を構えて蟲型魔獣に近づいていく。

 先ほどアサマ方向から加えられた謎の法撃によるものなのか、蟲型魔獣は覚束無い動きをしながらも向かってくるディートリヒ機に攻撃を加えるために体液をため出すが、その行動よりも早く複合型空対空槍(トライデント)の側面にくっついている長い槍──最近では『ロングジャベリン』と呼称されつつあった魔導飛槍(ミッシレジャベリン)が火を噴いた。

 

「せっかく副団長が作った隙なんだ。有効利用させてもらうよ!」

 

 紫燕騎士団と比べて魔導飛槍(ミッシレジャベリン)の扱いについては一日の長があるディートリヒは、回避を行おうとする蟲型魔獣に食らいつくように魔導飛槍(ミッシレジャベリン)の進路を巧みに変える。そんな軌道を描く魔導飛槍(ミッシレジャベリン)の魔の手についに蟲型魔獣は捉えられ、その頭部に魔導飛槍(ミッシレジャベリン)の切っ先が深く突き刺さった。

 空を機敏に駆けるためなのか防御力はあまり高くないらしく、鋼で作られた魔導飛槍(ミッシレジャベリン)はその運動エネルギーを遺憾なく発揮して蟲型魔獣のより堅いと思われる頭部の甲殻を容易く貫くと、そのまま頭部を粉々にする。

 その余波で身体も千切れ飛んだ蟲型魔獣の残骸は、そのまま体液を飛び散らせながらボキューズの母なる大地へと墜ちていく。

 

「うぅむ、潰しても面倒なことに変わりないか」

 

 倒した蟲型魔獣の遺した置き土産(アシッドクラウド)を見ながら面倒くさそうな表情でひとりごちる。その間も彼の機体周辺には続々とトゥエディアーネが集まり出し、それぞれ追撃戦に備えて魔導兵装(シルエットアームズ)複合型空対空槍(トライデント)を構えて万全の状態を作り出そうとする。──が、彼らが集まる前に蟲型魔獣は動き出した。

 

「なんだ……。あいつら、やたらめったらに攻撃してやがる」

 

「雲が厚くなっていく! 煙幕のつもりか!?」

 

 連携も欠片も無い体液弾が魔獣とトゥエディアーネの間に撒き散らされ、広範囲に厚い酸の雲(アシッドクラウド)が生成される。誰もがその厚い白煙を煙幕に奇襲を仕掛けてくると身構えたその時。

 

「全機、アサマから支援が来るぞ! 散会しろ!」

 

 トゥエディアーネに標準装備されている強化された拡声器からディートリヒの声が周囲に響く。どうやら偵察機(ウィングマン)魔導光通信機(マギスグラフ)を点灯させてたらしく、その言葉に密集陣形を取っていたトゥエディアーネ達は即座に小隊ごとに散会し、酸の雲(アシッドクラウド)から十分に離れる。

 その瞬間、先ほど酸の雲(アシッドクラウド)を吹き飛ばしたような不可視のなにかが高速で通り過ぎる風切り音が聞こえると共に再び『パァン』という炸裂音が聞こえ、あの厚かった煙が瞬く間に消え失せた。

 

「……どうやら撤退するための煙幕だったようだね。深追いは無用、むざむざ釣られてやるほど僕達に余裕は無いよ」

 

 遠くへ逃げていく蟲型魔獣の後姿。そのあまりにも無防備な光景を前にディートリヒは『魔獣が戦術を用いていた』というダーヴィドの言葉を思い出す。

 あの無防備すぎる後姿に調子付いて追いかけ、逆に本隊と別働隊に囲まれるといったことになった日には死んでも死に切れないと身震いしたディートリヒはちらりと遠方で飛行する偵察機(ウィングマン)の位置を確認すると、最新の偵察情報を送るように魔導光通信機(マギスグラフ)を点灯させる。偵察機(ウィングマン)の機体には、アルの元乗機であったパッチワークの頭部のように長距離用の望遠装備が増設されており、その装備で空や森をくまなく観察した偵察機(ウィングマン)はその情報を全体に共有するために魔導光通信機(マギスグラフ)を特定の符丁で灯す。

 

「"ゼンマジュウ コウタイ カクニン"か。どうやら挨拶は成功したようだ。帰って朝食にするとしよう」

 

『了解』

 

 ディートリヒの音頭にトゥエディアーネ達は自分の乗船している船と連絡を取りながら帰還していく。ディートリヒもそれに倣ってイズモへの帰路に就くが、ふと森のほうに機体の首を向ける。

 

「魔獣はここに居た……ということはやはり、君もここに居るんだろうね。騎士団長」

 

 朝日がディートリヒ機の外装を照らす。反射した日の光を映し出した幻像投影機(ホロモニター)に目を細めながらも、ディートリヒは鬱蒼と広がる森の隅々に目を向ける。

 もしかしたら、そこの森の切れ間にこの瞬間にもエルがひょっこり歩いていそうな感覚を覚えるが、すぐに妄想を振り払うように首を振った彼はいつまでも帰ってこないことに怒りの魔導光通信機(マギスグラフ)を連発しているイズモに向けて機体を反転させる。

 

「どうせ、このまま進めばあの騎士団長のことだからなにか騒ぎが起こるだろう。そこに馳せ参じれば良い。……なんというか、いつものことだね」

 

 銀鳳騎士団の当たり前の認識に気負っていた気持ちが幾分かまともになったディートリヒはイズモの船倉に戻っていった。

 

***

 

「トゥエディアーネ、偵察役の小隊以外は全機帰還しました」

 

 各輸送型飛空船(カーゴシップ)からの連絡がアサマの連絡員から伝達されたことで、アルはようやく操縦桿から手を離して脱力する。報告では散々聞いていたが、いざ本物の酸の雲(アシッドクラウド)を見ると報告であった生々しい結果と結びついてどうにも気が落ち着かないのだ。

 

 だが、いつまでもそうしているわけには行かないので機体の周囲に散乱した長方形の板状結晶筋肉(クリスタルプレート)をトイボックス・ハーミットで回収すると、アルはそのまま昇降機を通じてアサマの船倉へと帰還する。

 帰ってきたトイボックス・ハーミットは先ほど酸の雲(アシッドクラウド)に向けて法撃を行っていた魔導兵装(シルエットアームズ)を固定。その魔導兵装(シルエットアームズ)騎操鍛冶師(ナイトスミス)と機体から降りたアルが取り付くと、そのまま整備を始める。

 

「放っているのが大気系なので、外装やエンブレム・グラフの劣化はありませんね」

 

「魔力もクリスタルプレート依存なので大丈夫です。ただ、甲板に落とした衝撃で砕けたものもあるので、取り扱いには気をつけてください」

 

 魔導兵装(シルエットアームズ)自体は問題なかったが、板状結晶筋肉(クリスタルプレート)が破損しているという報告にアルは『申し訳ない』と平謝りで返しながら魔導兵装(シルエットアームズ)をもう一度見る。小麦粉や砂といった粉塵をばら撒いてテストは行ったが、実際の酸の雲(アシッドクラウド)で効くか分からなかった物が役に立ったのだ。第1次調査飛行で亡くなった騎士の家族に『なんとかする』と言ってのけたアルにとって、その結果だけでも満足のいくものであった。

 

 この魔導兵装(シルエットアームズ)。『シナツヒコ』は戦術級魔法(オーバード・スペル)クラスの風衝弾(エアロダムド)を長距離──万が一にも酸の雲(アシッドクラウド)を食らうことがない距離から放つことが出来る蟲型魔獣のアドバンテージを消し去るために開発されたものである。

 そして、このシナツヒコ。長距離に風衝弾(エアロダムド)を放つだけというつまらない──もとい、簡素な開発は当然しておらず、基部に開けられた穴に板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を放り込んで魔力を充填するというアルの考えた魔導兵装(シルエットアームズ)の基本設計は取り入れつつも、空になった板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を排出してさらに板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を放り込むことで戦術級魔法(オーバード・スペル)の出力を増加させる、『使用魔力に物を言わせて殴る』というなんとも脳筋な仕様に仕上げられている。

 

 また、この設計には『トイボックス・ハーミット以外の幻晶騎士(シルエットナイト)が使用する可能性』も考えられており、現にこの調査飛行に参加する幻晶騎士(シルエットナイト)近接戦仕様機(ウォーリアスタイル)法撃戦仕様機(ウィザードスタイル)空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)どれも腰部に魔力補給用の板状結晶筋肉(クリスタルプレート)が入れられるポーチが増設されている。

 その改修によって、仮にアルが前線に赴いている際に蟲型魔獣が横合いから乱入してきても船団を護衛する部隊のみで酸の雲(アシッドクラウド)の無力化と魔獣を殲滅できるようになるので、それに関連して調査飛行前にこのシナツヒコについての通達や、使用手順や注意点といった基本的な講習を全員に受けさせていたりする。

 

「機体も異常ないですね。ご飯にしますか」

 

 シナツヒコや複合型空対空槍(トライデント)といった蟲型魔獣に対抗するために作られた装備群の効力が十二分に発揮されたこともあり、船団の空気はかなり明るかった。

 しかし、エルが墜ちたとされる大まかな空域まで近づいたのは良いものの、GPSのように彼の現在地を断定するようなアイテムが無いこの世界での捜索は困難を極めた。基本足で捜索するしか手段が無い船団は、ひたすら蟲型魔獣が飛んでくる領域を闇雲に動き回りながら夏の虫のように飛び込んでくる魔獣を殴り倒す日々を送る羽目となる。

 そのため、ただ浮かんでいるだけでも源素晶石(エーテライト)を消費してしまう飛空船(レビテートシップ)を一旦どこかで着陸してしまおうかという強硬案も出されるが、地上に降りてしまうと蟲型魔獣以外にも向かってくる魔獣を相手にしなければならないという意見が強かった。

 いよいよをもって案が煮詰まってきた感がすさまじかったが、そこでいつの間にかイズモにもぐりこんでいたアルが挙手を行う。

 

「仕方ない。兄さんが分かりそうな合図でも出しますか」

 

「え、そんなのあるの? って、また勝手にアサマから移動して……」

 

「僕の数少ない隠し芸の一つですよ。それに分かるといっても覚えてなかったら意味ないですが」

 

 そう言いながらアルは圧縮大気推進(エアロスラスト)を使いながら単身でアサマまで戻り、数十分後にラッパを持って戻ってくる。アルが楽器を嗜むことを今まで知らなかった銀鳳騎士団員達はラッパを手に持った彼の姿に驚くが、本人は『兄さん"だけ"が分かるいろんなアイテムを持ってきてますよ』と外部へと流れる拡声器の傍に陣取った。

 

「えっと、こう……だっけ。いや、音違うな。こう……あ、この調子」

 

 固定の音を出すという音楽には程遠い練習をする姿に、本格的になにをやろうとしているのか分からない面々は徐々にアルを奇異な目で見る。そして、練習を開始して決して短くない時間が経過した後、アルは『ああ、これだこれだ』とようやく納得が言った様子で連続した音を出し始めた。

 

 それは、昔の走り屋や暴走族がよく鳴らしていた3つや6つの音階で表現することが出来る俗に言う『ヤンキーホーン』だった。パラリラパラリラだったり、某ゴッドな父のテーマを外の森に浸透するように何度も鳴らしたアルは、『忘年会で使う一発芸のために覚えましたが、まだまだ覚えてるもんですね』と一人やり遂げたような顔しながらアサマに戻っていく。

 

 当然、そんなヤンキー丸出しな音の意味さえも知らない面々は『エチェバルリア語ならぬ、エチェバルリア音か』と理解できないことに対する魔法の造語を新たに付け加えて黙認する。ただ、エルがこちらにアクションを取ってくる可能性が少しでも上がるのならばと、イズモから毎朝と夕暮れに必ずこれらの音が流れてくるのだった。

 

***

 

 そんな毎日を送っていた船団だが、1週間もしない内に事件が起きる。魔獣の襲来を告げる警鐘がイズモやその周辺を飛んでいた輸送型飛空船(カーゴシップ)から鳴り響いたのだ。

 その音に、先ほど例のヤンキーホーンを演奏し終わったアルは踵を返して艦橋へ向かうと、すでに魔導光通信機(マギスグラフ)を解読した騎操鍛冶師(ナイトスミス)がアルに現状を報告する。

 

「先行しているウィングマンからの魔獣の接近報告ですね。しかも1匹。今、1個小隊が向かってますよ」

 

「迷い込んできた可能性はあれど、元々1匹のみで暮らすタイプかもしれません。そこらへんの確認はお願いします。もしかしたら僕とフロイド君が出るかもしれません」

 

 ボキューズ大森海の上空という魔獣の襲来がひっきりなしに来る場所に居る彼らだが、今まで出くわした全ての敵に対して未だ死傷者無しという奇跡にも近い結果を残していた。その結果に少々慢心気味になっても仕方の無いことだが、その1匹が船団を壊滅状態にしかねない危険生物の可能性も考えたアルは周囲の船との連絡を密にして情報提供を受けるよう指示を出しながら格納庫へ急ぐ。

 

 強襲型追加装備(オプションワークス)と合体することを考え、降下甲冑(ディセンドラート)を纏ったアルはトイボックス・ハーミットに乗り込む。手早く起動を終わらせた後、『蟲型魔獣の強化型だと厄介だな』と呟きながらシナツヒコを装備させてからアサマの甲板に降り立つ。

 すると、対応に向かった小隊や偵察から迎撃に切り替えた小隊の包囲網をすり抜けられたとの報告がアルの耳に届いた。

 

「蟲ですか?」

 

「いえ、"フメイ"っぽいです。今、再度符丁を調べさせてます」

 

「了解。フロイド君、艦橋は誰かに任せてください。念には念を入れてディセンドラートを着てからオプションワークスへ乗り込んでてください」

 

 この辺りの強敵である蟲型とは異なる魔獣。それだけでも十分警戒に値する情報だった。

 ライヒアラ騎操士学園で教鞭をとった際、アル自身が言った『魔獣は怖い生き物です』の言葉通り、その魔獣はなにをしてきて、なにが命取りになるのか分からない。

 

「これだから大自然ってやつは」

 

 慣れて来たと思っていたところに経営の人が特大級の案件を嬉々として持ってきたときの心境に近いものを感じながら、アルはクレヤボヤンスで前線──小隊の包囲網を掻い潜った魔獣がどのような姿か観察することにした。

 

「魔獣? あれが? ……シルエットナイトのような」

 

 全体を見た時の違和感を口に出したアルは、じっくりと細部をみるためにもう少し映像を拡大する。

 骸骨を思わせるような顔に、人の上半身が浮いているかのような姿の奇怪な出で立ちの魔獣が巨大な人を抱えて飛んでいる姿。そんな有機的な魔獣(仮)を見ても、アルの『所々が生物の素材のようだけど、幻晶騎士(シルエットナイト)ではないか』という感想は変わらなかった。──というのも巨人のようなものはともかく、それを支えているのはアルの脳内に潜む『ロボ魂』が謎の反応を示しているから生物とはとても思えないからだ。

 

「エドガーさん達も来ましたし、僕が援護する……必要……」

 

 正面にはエドガー率いる第1中隊のトゥエディアーネ。後ろからは包囲網を抜けられた小隊が追いつき、小型連装投槍器(アトラトルポッド)による一斉射で作った魔導短槍(ショートスピア)の槍衾が迫る。

 明らかな『詰み』の様子にシナツヒコを下ろそうとしたアルだが、彼の表情が途端に曇る。

 後ろから迫り来る魔導短槍(ショートスピア)の群れに対し、魔獣が腕を後ろに向けると『連射式の法弾』を放ったのだ。法弾によって悉く打ち払われた魔導短槍(ショートスピア)は森の中へと落ちていくが、魔獣が放ったナンブや頭部兵装のように連射型の法撃や、どこか見覚えのある内部骨格にアルの心臓が一際強く鼓動する。

 

「あれは……なんだ」

 

 自分以外誰もいない操縦席で自問する。その頭には自身が一番受け入れた願望のような予想が湧き水のように生まれ、エルを失ったことで人間性が乾いていた肉体に染み込み始める。

 

 ──しかし。

 

「じゃあ、あれは……誰だ」

 

 先ほど法撃を行った腕とは異なる小さな腕に抱えられた幻晶騎士(シルエットナイト)サイズの人間。それに対してアルが脳内で導き出した答えが『奪われた』というなんともマイナス側な思考だった。

 本来ならばそんな結論を出すと同時に、『いやいや、イカルガだったとしてそれ動かすなんて兄さんじゃなきゃ無理でしょ』と手を左右に振りながら否定する所だが、エルがいないことで結構参っていた精神にそんなプラス方向に考える余裕などなかった。

 

「お前は……誰だ!」

 

 一気に物騒な思考に切り替わったアルは操縦桿を動かすと、トイボックス・ハーミットに立射の状態でシナツヒコを構えさせる。幻像投影機(ホロモニター)の中心に目標を捕らえつつ、片手で腰部のポーチから板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を1枚抜き出すと基部へと装填。射撃状態へと移行する。

 

「フロイド君、オプションワークスは甲板付近で待機。1射したら合体して船団から"アレ"を引き剥がします」

 

 フロイドに指示を出しながらも、アルの頭は『復讐』の2文字に染まる。レティクルを魔獣ではなく、その魔獣が掴む巨人に合わせ、強襲用追加装備(オプションワークス)魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)がすぐ横で響いてきたと同時にボタンを押し込む。

 大気を圧縮して精製された不可視の法弾が、先ほどエドガー機の放った渾身の攻撃すら辛くも抜き去り、その勢いのままイズモに近づく魔獣目掛けて飛んでいく。

 

 だが、その魔獣はその法弾の存在を悟ったのか、先ほどエドガー機に貫かれた騎槍が刺さった方の装甲を纏った腕を法弾が飛んでくる方向に向けて防いだのである。

 ただ、防いだといっても元々損傷を負っていた腕は法弾に耐え切れずに胴体から千切れ、その余波をまともに食らった魔獣はバランスを崩して一気に地上へと墜ちて行った。

 

「フロイド君、急いで合体を もしかしたら……」

 

「こうなるなら殺傷力のあるアヴェンジャーの方がよかったですね」

 

 アルの援護もあって全戦力での完全防御陣形が完成したイズモを尻目に、アルはフロイドに強襲用追加装備(オプションワークス)の合体を命じる。その言葉にフロイドも合体の準備を進めながら後悔の言葉を口にするが、アルはフロイドの言葉が聞こえなかったのか目を伏せながらじっと合体完了を待っていた。

 

***

 

 一方その頃。アルの法撃を受けて森の中へ叩き落されたエル達はというと──。

 

「いやぁ、まさか狙撃されるとは思いませんでしたよ。ジャロウデク軍の気持ちがよく分かりましたよ」

 

「笑い事ではありませんよ! 本当にあの船は貴方の騎士団なのですか!?」

 

 追撃されないよう墜落を装って一旦森の中へ機体を隠したエルはあっはっはーと笑うが、そのあっけらかんとした感想に小鬼族(ゴブリン)の王である『小王(オベロン)』から直々に銀鳳騎士団との連絡役を指名された『ザカライア』という青年は顔を真っ赤にさせながら抗議する。

 

 本来ならばそういったことを行うのはエルやアディの機嫌が悪くなるので憚られる行為なのだろうが、先ほどまでカササギ──大破したイカルガの残骸をこの地に住む小鬼族(ゴブリン)と共に作り上げた機体に掴まって空中戦を繰り広げたところである。

 さらに言えば、先ほどの狙撃によってザカライアは数十秒ほどカササギの身体から離れ、母なる大地へフリーフォールという体験したくない体験もしたところである。語気が強くなるのも当たり前であろう。

 

「とは言いましても、僕達がこれに乗っているって誰も知らないわけですし」

 

「シルエットアームズ次第じゃ、私達丸焦げになっててもおかしくなかったよね」

 

 何気なしにとんでもないことを話し出す2人に、カササギに身体を掴まれていた小魔導師(パールヴァ・マーガ)もぎょっとした様子で同じ反応をしたザカライアの方を見る。小鬼族(ゴブリン)巨人族(アストラガリ)、種族は違えど考えることは同じという謎の一体感を感じたが、このままずっと隠れることは出来ないとエルは操縦桿を強く握る。

 

「もうひと当てしましょうか」

 

「えぇ、もう皆と合流……っていっても聞かないよね、分かった」

 

 エルの強い意志にアディも折れて操縦に集中し出す。その言葉に先ほどよりも凄まじい攻防が行われると予想したザカライアは、先祖代々伝わる杖で必死に演算を行いながらカササギにしがみ付いた。

 

 ──途端、カササギは一気に高度を上げると魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)で再びイズモを目指す。船の前には銀鳳、藍鷹、紫燕といった3騎士団のトゥエディアーネが猫の子一匹通さないような鉄壁の陣を敷いているが、その前にエルにとって懐かしい機体がカササギ目掛けて突っ込んでくる。

 

「あれってトイボックス? なんで浮いてるの!?」

 

「……ふふっ、あはははは! 昔の機体を今の技術に合わせた改造で持ち出してくるなんて、アルはほんっとうに兄孝行ですね!」

 

 自身が手がけた最初の専用機──おもちゃ箱を関した機体(トイボックス)を前にエルは喚起の声を上げる。その間にもぐんぐんと距離を詰めてきたトイボックス。その肩には既に長距離用と思われる魔導兵装(シルエットアームズ)が固定されており、圧縮に圧縮を重ねた業火が煌々と灯っていた。

 

「マギステル・エル! あれは本当にマギステルの氏族なのか!? 九眼位なぞ、御伽噺でしか聞いたことが無い!」

 

「まーた眼球水晶増やしましたね……っとぉ、危ない!」

 

「アーッチ! エルネスティ様、直前で避けるのは止めて欲しいのですが!」

 

 真正面に飛び込んでくる法撃を魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を一気に吹かせた超加速で避けたエルだったが、周辺の空気でさえも灼熱と化した法撃の余波に炙られたザカライアは悲鳴を上げる。

 

 そして、向かってきた相手の目──巨人族(アストラガリ)の位階を示すシンボルが9つもあることに、今まで彼女が出会った中で一番神である百眼(アルゴス)に近い存在。しかも、その相手の繰り出す攻撃をすり抜けるという正気を疑いたくなる行動に小魔導師(パールヴァ・マーガ)は別の意味で悲鳴を上げる。

 だが、エルは既に目の前の幻晶騎士(シルエットナイト)の操縦席に載っているであろう人物に対し、多大な興味と共に一切の隙を見せないよう気を張りなおしていた。

 

 最初は適当にあしらうだけで勝てた模擬戦も、いつごろからか策や罠を張り巡らせ始めた。それらの工作を踏み潰して勝利を収めても、今度は更なる作戦や手数を持って圧殺しにかかった。

 そんな模擬戦を続けること数度経て──ついには部隊を使うことで自身が誇る最強の存在(イカルガ)から1本取ってしまった弟という存在を前に油断なぞ出来るわけも無かった。

 

「さぁ、アル。僕と君のお祭りを始めましょうか」

 

 イカルガとトイボックス。『元』と形容するのが適切な表現の如く魔改造に魔改造を重ねてはいるが、エルの頭から産み落とされた機体がボキューズの上空を舞台に激しくぶつかり合う。




覚悟ガンギマリ+復讐心むき出し状態の二次主人公とエンジョイ気狂い勢の原作主人公との温度差に風邪をひきそう。だけどこの作品ではこれがデフォです。

自身の崇める神に尤も近い眼位の巨人と出会い、あまつさえ敵対する羽目になった小魔導師ちゃんの気持ちを答えよ。(配点:10点)

シナツヒコ
 アシッドクラウドを消し飛ばすほどの風量を持った法弾を射出するシルエットアームズ。--以上!
 特徴らしい特徴といえば、某ベルカ式魔法のようにクリスタルプレートのマガジンを何度もリロードすることで法弾の効果範囲が2倍、3倍と増えていく。(その分負荷もかかるので、10べぇだぁ! をする前に壊れる)
 アシッドクラウドがそれだけヤバいと紫燕騎士団から伝えられていたので、自分以外の誰でも使えるようエンブレム・グラフも取り扱いも使用手順もシンプルにした、ある意味ではアルの苦労の結晶。
 だが、調整に調整を重ねた時間が仇となり、『シルエットアームズは』この1丁しか存在しない。

8/21はお休みをいただきます。
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