銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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116話

 防空網を掻い潜ってイズモへと突っ込んできた新手の魔獣を狙撃することによって森へと無理やり帰したアルは、トイボックス・ハーミットをフロイドの乗る強襲用追加装備(オプションワークス)へと合体する。合体時に生じた独特の衝撃を背中で感じながら、彼は素早く強襲用追加装備(オプションワークス)との魔力経路と身体強化の範囲と出力を再設定する。

 

「フロイド君、アヴェンジャーで消し飛ばします。多分ですが、あんな風程度じゃなんの傷も与えられてませんよ」

 

「えぇ、分かってます。逆に刺激したことで何をしてくるか分かりませんから」

 

 手負いの獣ほど厄介なものはない。種を残すために死兵になることもあるし、戦法自体を変えて積極的に相打ちを狙ってくる個体も居る。

 先ほど撃ち込んだシナツヒコの仕様を把握しているフロイドも実家や銀鳳騎士団での実戦経験から手負いの魔獣と相対した際の心構えは身に染みているので、アルの意見に同意しながら強襲用追加装備(オプションワークス)のサブアームを操作を行う。

 

「副団長、クリスタルプレートの装填完了。射撃権を移します」

 

「了解。フロイド君は操縦に専念してください。詳しい操作内容は逐次指示を送ります」

 

 いつになく真面目なような、はたまた何かに執着しているような声色にフロイドは少々不振がりながらも強襲用追加装備(オプションワークス)の大型魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を動かす。

 その刹那、魔獣の叫び声を思わせる凄まじい爆音と共に強襲用追加装備(オプションワークス)に繋がれたトイボックス・ハーミットは法弾のようなスピードで大気を切り裂いていく。そのスピードから操縦席内では生身の状態だと気絶しかねないほどのGがアル達に襲い掛かるが、降下甲冑(ディセンドラート)や身体強化で無理やり押さえ込む。

 

 イズモや防衛に徹したトゥエディアーネの集団の横を通り過ぎ、先ほどの魔獣が墜落したと思われる場所までたどり着いた2人。すると、森の中からそれは姿を現す。

 クレヤボヤンスを装備していないフロイドはようやくその魔獣の姿を拝むが、アルほどのロボ愛を有していないし、その腕に抱えられている巨大な人間を前にしても得に気にすることなく『魔獣だな』と小魔導師(パールヴァ・マーガ)を魔獣認定する。

 

「発見! やはりまだ向かってくるみたいです!」

 

「このまま直進! ……あと3秒……2秒……今!」

 

 法撃は必中の武器ではない。現在の距離から撃っても回避されることを懸念したアルは必中の距離と迎撃される危険性のぎりぎりを見極めるとボタンを押し込んだ。煌々と輝く一条の熱光線が大気を焼き焦がしながら魔獣を焼き滅ぼさんと襲い掛かるが、それはあろう事か命中するする寸前で回避した。

 しかも、『魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)』のように爆炎がもたらす反作用によって瞬間的な加速を得た回避方法だったので、その回避方法や使い手のことを良く知る2人は信じられない物を見たかのように目を剥いた。

 そのままトイボックス・ハーミットと魔獣──もはや(仮)とつけたほうがしっくり来る気がする物体は、ぶつかるスレスレでお互いの心が通じ合ったようにお互い進路をずらして交差する。強襲用追加装備(オプションワークス)というデカブツを背負ったトイボックス・ハーミットの直線番町ぶりにしばらく戻ってこれないと踏んだのか、魔獣(仮)はトイボックス・ハーミットを追撃することなくイズモの方角へと飛翔する。

 

「……あれ、騎士団長じゃ」

 

「いえ、まだです。奪われた可能性もあるので……空戦で確かめましょう」

 

 連射型法撃を有し、よくよく見れば幻晶騎士(シルエットナイト)のような外見。さらには魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)と思われる装備。極め付けに魔獣らしさの欠片もない理性的な動きという状況証拠の連続に、追撃を行おうと大きく弧を描きながら機体を反転させていたアルの頭はすっかり冷めていた。

 どうやらフロイドも同じ考えに至ったらしいが、アルはどこかの国に所属している飛行隊の悪癖のような言葉を呟きながら先ほどまで自身の頭にあった疑惑を盾として前に突き出す。

 

「まぁ、何事も楽観視は駄目と副団長から学びましたし、ひとまず相手を止めてから考えましょう」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 しかし、状況証拠が揃いすぎていることで頑強だった盾は鍋の蓋レベルまで説得力が低下しているのは言うまでもない。いつの間にか立場が逆転している状況になっていたが、このまま相手を魔獣(仮)と呼称し、動きを止めるために追撃という認識を共有させた。

 その頃には反転も終わり、フロイドは魔獣(仮)を追いかけるべく魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を限界出力で吹かし、その間にアルもトイボックス・ハーミットの肩部に備えた小型連装投槍器(アトラトルポッド)を開いて攻撃準備に入る。

 

「このまま直進! 相手の速度を緩めます!」

 

 フロイドに指示を与えたアルは、相手との距離をじっくり見計らってから全ての魔導短槍(ショートスピア)を発射する。操縦という余計なリソースから解放されたアルは魔導短槍(ショートスピア)にそれぞれ異なる魔法術式(スクリプト)を逐次与え続けていることにより、9発の短槍は意志を持ったかのように魔獣(仮)を囲い込むように魔導短槍(ショートスピア)を動かし続ける。

 だが、それでも9本を別々に動かすのは至難の業だったのか、魔獣(仮)は残り1本となった大きな腕に備えている連射型の法撃によって動きが鈍かった3本の魔導短槍(ショートスピア)を瞬く間に迎撃。そして、そんな魔獣(仮)に保持されている幻晶騎士(シルエットナイト)サイズの巨人も、ちゃっかり魔法現象と思われる攻撃をもって1本の魔導短槍(ショートスピア)を迎撃していた。

 

「んにゃろ……。あのシルエットナイトもどき、絶対人間入ってるだろあれ」

 

「人間って言うか、騎士団長確定ですよね。しかも、あの巨人っぽいのも迎撃してます。ほんっと、騎士団長も目を放した隙に碌でもないことを」

 

 魔獣(仮)と巨人がワンセットだと思っていたら、まさかの2 VS 2の構図にアルとフロイドは中の人(エルネスティ)を罵倒する。だが、残った魔導短槍(ショートスピア)をわざと回避させることで足止めに成功したアルは、小型連装投槍器(アトラトルポッド)に繋がっている各魔導短槍(ショートスピア)銀線神経(シルバーナーヴ)を意図的に分離させてから魔法術式(スクリプト)を送る準備に入る。

 

「フロイド君、ダミーバルーンとスモークを使うので合図で急停止と急降下! 後ろに回りこんでチェックメイトです!」

 

「分かりました! 合図が聞こえ次第、急停止するのでちゃんと踏ん張ってくださいね!」

 

 魔導短槍(ショートスピア)での攻撃に相手は緩慢とした動きでトイボックス・ハーミットの方向を振り返る。そこには、背部に背負う強襲用追加装備(オプションワークス)の装甲の継ぎ目から何本もの濃い煙の線を引き連れたトイボックス・ハーミットの姿があった。

 

 故障を思わせるようなその姿で突撃をかましてくるトイボックス・ハーミットに、船団側の事情を知らない魔獣(仮)──カササギの操縦席に居たエルとアディは『あの子、ほんと何やってんの』とお互い様な感想と共に僅かな恐怖心が芽生えたのも束の間。槍で戦える間合いまで近づいたトイボックス・ハーミットは、機体を急停止させながら強襲用追加装備(オプションワークス)の外装を開け放つ。

 

「ダミーバルーン射出! スモーク散布!」

 

 アルが叫ぶと共に強襲用追加装備(オプションワークス)の中から大小いくつかの物体が飛び出し、さらに大量の煙が噴出する。大気系の魔法を同時に使用しているのか、煙は次第に周囲を白く染め上げる。

 

 時を同じくし、視界妨害など今まで経験したことがないカササギ側のエルとアディは周囲を見渡すが、次第にアディから焦りの色が見え始めていた。

 

「エル君どうしよ。全然見えないよ!」

 

「どう来るのか予測が立てれません。ザカライアさんは……気絶してるので、パールも警戒をお願いします」

 

「分かった!」

 

 視界不良の中、エルは周囲の警戒を呼びかける。すると、カササギの周囲に多数の何かが近くに漂っている気配を感じたので、新たな攻撃を危惧したエルは一番近い気配を頼りにカササギの向きを調整して連射式魔導兵装(スナイドル)による射撃を行う。

 法弾は寸分違わず気配を発していた何かに着弾すると、何かが弾ける音のみが周囲に響き渡った。

 

「キャッ! なに!?」

 

「アディ、落ち着いてください。これは……例のダミーバルーンですか!」

 

 煙で見え辛い中、なんとかダミーバルーンの存在に気付いたエルだったがもう遅かった。既に周囲には大小様々な風船に取り囲まれ、エルは鬱陶しげにカササギで風船を押しのけるが先ほど方向転換したためにイズモの方向を見失ってしまう。

 視界があまり利かず、イズモの方向も分からない。今もなお慌てるアディや小魔導師(パールヴァ・マーガ)を宥めながら、エルは一旦煙から脱しようと上昇を開始──する前に操縦席全体に振動が走った。

 何が起こったのか幻像投影機(ホロモニター)を見ると、トイボックスの上腕部から伸びた橙色をした炎の剣が幻像投影機(ホロモニター)一杯に映り込んでおり、それを見たアディがようやく命の危険を感じとったのか、軽い悲鳴を上げる。

 

Attention,unidentified craft.(所属不明機に告ぐ。)Enable your Real-time lnterpreter!(即時翻訳を有効にせよ!) ──or follow the UN mandate procedure(または、国際軍事) and identify yourself in English,(規約に従い、) that's the official international language.(国際公用語である英語にて通信せよ)

 

 拡声器越しの悲鳴が聞こえたのか、慌てて前腕部の炎の剣を消したトイボックス・ハーミットは連射式魔導兵装(スナイドル)が格納されている大きな腕を動かせないように押さえつけながら謎の投降サインを述べる。

 命の危機は去ったが、またもやよく分からないことを伝えられたアディは目をぐるぐる回しながら泣き顔でエルにすがるが、エルは緊張していた表情を和らげながら口を開く。

 

「"英語などクソ食らえ"って言えば良いですか?」

 

「クッ、フフ。では、次は"オカエリナサト"。思いつくものは?」

 

「銀河中心殴り込み艦隊」

 

 質問を重ねていくほど上機嫌になっていくアルの声。それとは真逆に何を質問し、その質問の解答が正解なのかどうかすらも沸かずに取り残される2人と巨人族(アストラガリ)1人──と気絶者1人。

 そんな謎の質問がこの後も都合3回ほど行われた後、アルはフロイドに信号法弾の射出を命じる。

 

「はい、青と赤1発ずつですね」

 

 アルに命じられたフロイドはテキパキと強襲用追加装備(オプションワークス)に取り付けられている多目的投擲筒(ランチャー)から青い法弾と赤い法弾を1発ずつ放った。まっすぐ空に打ちあがった法弾はしばらくすると満開の花を咲かせて周囲にとある符号を伝達する。

 その符号の意味する言葉は『騎士団長と騎士団長補佐の発見』であった。

 

***

 

 カササギをイズモの船倉に格納してからしばらくした後、アサマにトイボックス・ハーミットやフロイドを置いてきたアルはまたもや単身でイズモへと乗船を果たす。船倉ではエドガーやディートリヒを中心にエルに『お帰り』と告げていた。

 

「にぃさーん!」

 

 兄の姿を一目。そして、見間違いを防ぐために眼を乱暴に擦って二目。幻想が現実を侵食して来ていることを危惧し、頭を数度叩いて三目──といったところでようやくエルが帰ってきたことを実感したアルは、エルの腰に銃杖(ガンライクロッド)が装備されていることを確認してからようやくエルに話しかけつつ突進する。

 

「アルゥー!」

 

 その声に気付いたエルも両手を広げてアルを迎え入れる体勢をとる。

 生死不明の兄と再会する弟。劇の一幕になりそうな展開を予期したヘルヴィや整備の準備を行っていた騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が目を潤ませながら感動の対面の瞬間を心待ちにしていた。

 徐々に近づいていく2人の間。そして、アルの身体がエルに抱きしめられる──前にアルのアガートラムを纏った片手がエルが着ている服のネックライン辺りを掴んだ。

 

「どこでなにしてた、おらぁ!」

 

「あれえぇぇぇ!?」

 

 そのまま身体強化を用いたアルが力任せに布地を掴んだまま腕を振るう。てっきり感動の抱擁をしてくると思っていたエルは、疑問の声を響かせながらアルの膂力をそのまま推進力に変えて投げ飛ばされていった。

 そんな理想とあまりにもかけ離れた展開に作業中にも拘らず船倉に居た全員がその場から動けずに呆気にとられる。ただ、エルが放り投げられたという理解し難い事実に加え、彼はそのまま開きっぱなしだった外に繋がる後ろ扉の先に消えていったことにより、船内は瞬間湯沸かし器のように騒然となる。

 

「ちょっ! 騎士団長が落ちたぞ!」

 

「トゥ、トゥエディアーネを! 早く助けに行かないと!!」

 

「イヤァァァ! 私の旦那様がぁ!」

 

「こ、これがゴブリン流の歓迎か」

 

「アルフォンス! やって良い事と悪いことがあるぞ!」

 

「ディータイチョ、落ち着いて! 第1中隊、手を貸せ!」

 

 収拾が付かないほど慌てふためく船倉内だったが、アルはアルで『あー、3割ぐらいすっきりしたー』と悪びれもせずに満足げに頷いている。その反応に中隊長達が叱りつけようと鉄拳を振りかぶったところ、大気を噴出させる音を響かせながらエルが何事も無かったかのように後ろ扉から中へ入ってきた。

 

「いやー、いきなり投げ飛ばされるとは思ってませんでした。せっかく再会した兄に対して酷くないですか?」

 

「まだ足りないんですけどね? それに、ちゃんとガンライクロッド装備してるの確認しましたよ?」

 

 銃杖(ガンライクロッド)をぶんぶん振りながら不満を言うエルに対し、アルもアガートラムを装備した腕でパンチの素振りをすることで威嚇を行う。久しぶりに会う兄弟にしては一触即発の空気を醸し出す2人だが、やがて『僕自身の感情はこっちに置いといて』とアルは何かを横に置くようなジェスチャーを行ってから親指でカササギを指し示した。

 

「なんで何も言わずにイズモに突撃してきたんですか? 兄さんならアレでトゥエディアーネを拘束して空中で乗り換えてからマギスグラフで連絡取れば、もうちょっとスマートじゃなかったんですかね?」

 

「アルフォンス、それはぜんぜんスマートではないよ」

 

「俺も遠慮する」

 

 エルが何も言わずにイズモに突撃をしてきた理由を問うと共に、やりようはあったと代案を出すアル。ただ、その代案を頭の中でシミュレートしたエドガーや既に『乗っ取られ経験』があるディートリヒは首を横に振って否定する。

 

「もちろん、それも考慮しました。ですが、空中で乗り移るのは暴れられたら厄介なので。あと……」

 

「あと?」

 

「本気の皆と戦いたかったという気持ちがですね」

 

 エルの隠された欲望が顕になった瞬間──船倉内の空気が一変した。トゥエディアーネを興味深そうに見ていた小魔導師(パールヴァ・マーガ)や機体の説明をしていたアディはその氷点下のような視線に気付くと一様に身震いをしながらこちらに飛び火しないよう隅に寄るが、先ほどの戦闘を思い出しているのかエルは『楽しかったですねぇ』と気付く気配は無かった。

 

「そうですかぁ。もうちょっと手加減しても良かったんですよ? いくら兄さんがバーサーカーでも一縷の優しさを信じたかったんだけどなぁ」

 

「いえいえ、銀鳳騎士団や紫燕騎士団。それに藍鷹騎士団の皆さんも加わるとなれば、フルパワーで!」

 

 ムンッと全く盛り上がらない力こぶを誇示しながら自信満々そうに答えるエル。先ほどの速度や迎撃精度から機動面に関してのフルパワーだとは分かっているのだが、これに攻撃面に関してのフルパワーが入るとどうなってしまうのか。そんなエルの言葉に対してアルはたった一言、『地獄かよ』と言うが誰もそれを否定するものは居なかった。

 

「反省の色ナシ。では、乱暴な手続きで無駄に調査船団の物資を消費させた罰は受けてもらいます」

 

 そう宣言したアルは後ろで待機していた銀鳳騎士団員に合図を送ると、各中隊に分かれて行動を始めた。

 エドガー含めた第1中隊はエルが逃げないように自らを鉄壁の壁とし、その間にヘルヴィ含めた第3中隊は船倉内に転がっていた数本の麻縄を繋ぎ合わせて1本にする。最後にディートリヒ含めた第2中隊はヘルヴィから受け取った麻縄でぐるぐる巻きにすることによって1人の簀巻きが船倉の床に転がった。

 

「このまま、イズモの舳先に吊るすか?」

 

「親方、それは止めとこう。他の騎士団の目もあることだし」

 

 逆を言えば他の騎士団が居ない時は躊躇しないという副音声を耳に、簀巻きにされたエルはダーヴィド率いる騎操鍛冶師(ナイトスミス)隊の手によって船内のクレーンにぶら下げられる。それを遠目から眺めていた小魔導師(パールヴァ・マーガ)は『昔、ナブが問いを騙った時に行われた仕置きに似ている』と呟き、アディは『アル君や皆に心配かけたからねぇ』と安心しきったように目を細めていた。

 

「エルネスティ、もうちょっと分かりやすく出てきてくれ。……だが、よく帰ってきてくれた」

 

「僕はあまり心配していなかったがね、お袋さんを悲しませるのは良くないよ。まぁ、僕はこれっぽっちも心配していなかったがね!」

 

「陛下に直談判したくせに、よく言うわよディー。お帰りなさい」

 

「俺がどんな気持ちでおめぇん家族に報告したか分かってんのか? ほんっとこれっきりにしてくれ。……だが、よく帰ってきたな。機体のことは俺達に任しときな」

 

 手ごろな位置に吊り下げられたサンドバック改めエルを中隊長達が口々に文句や挨拶を送りながら叩いていく。

 それを皮切りに、銀鳳騎士団員はそれぞれ一つ二つ文句を言った後に『おかえり』と挨拶を送ることで、ようやくエルは銀鳳騎士団に帰ってきたことを実感する。

 

***

 

「はい、では軽く現状説明をアディにしてもらいまーす」

 

「うえぇ!? なんで私がやるの? エル君じゃ「兄さんはサンドバックの刑に処されているので無理でーす。ある意味、これはアディに対する罰なのでやめませーん」」

 

 銀鳳騎士団員達からの挨拶と居なくなったことに対する文句と共に繰り出される羽のように軽い拳の嵐を受けながら右へ左へと揺れる蓑虫を尻目に、アルはアディに対する懲罰を宣言する。苦手な説明を要求された彼女はげんなりとした様子で今まで起こったことを頭からひねり出そうと知恵熱を出しているが、それに対してアルは一切手助けをせずに見ている。

 

「すまない。あまりマギステル・アディを責めないで欲しい。我らの瞳が小さかったのが悪いのだ」

 

 声をかけてきた巨人に、アルは『話せるんだ』というかなり失礼な印象を抱く。ただ、『師匠(マギステル)』はともかくとして、『瞳』はセッテルンド大陸で使用されている意味とは異なる意味だと推測したアルは『何言ってるんだろ』と首を傾げた。

 

「マギ……? 瞳? ……大きいと思うのですが」

 

「あ、ごめんね。巨人の皆って結構独特な言葉遣いだから。マギステルってのは──」

 

 小魔導師(パールヴァ・マーガ)とアルが話していることに気付いたアディが説明という懲罰から逃げたい一心で翻訳を買って出る。先ほどの『瞳』だが、どうやら前世でいう『ヤバい』という言葉のように会話によって意味がコロコロ変わるらしい。

『瞳を閉じるや瞳を返した』は終わるや死といったネガティブな意味。『幼い瞳』は個人の年齢を現すといった言葉の数々に、アルは『ほえー』と聞き入っていた。

 

 その後もアディ越しの会話によって小魔導師(パールヴァ・マーガ)とアルは異文化交流が続き、アルも巨人族(アストラガリ)の現状についてのひとまずの状況は理解できてきた。

 

「なるほどなぁ。あなた達の村が一番厄介そうだから、問いという戦いの形式を則らずにあの蟲をねぇ……。そっかぁ、あれ操ってるのかぁ」

 

「す、すまない。誤ったことを言ってしまっただろうか?」

 

「いえいえ、パールさんは悪くないですよ。ですが、我々も前回アディ達とは別に死者……瞳を返した戦士が居ましてね。あなた達の言う言葉でフォルティッシモスだったと思います」

 

 その言葉に通訳をしていたアディはピクリと肩を震わせる。前回──蟲型魔獣が始めて船団の前に姿を現した時、1人の騎操士(ナイトランナー)酸の雲(アシッドクラウド)を少量吸って重体になったことを思い出したのだ。

 

「ま、それとこれとは話は別ですね。ひとまず、そちらの事情は分かりました。…………あ、アディはちゃんと後で兄さんやアディ視点の報告書かいてくださいね。罰にならないので」

 

「ヤ、ヤダァァァ!」

 

「ヤダと言われましても、ぶっちゃけ兄さんよりも処罰重いんですからね?」

 

 アディは騎士団長補佐とはいえ、組織の枠組みで言うならば上層陣だ。それなのに誰にも相談を行わずに独断専行。それどころか、騎士団長と共に姿を消すなど言語道断である。

 本来ならば反省文をダース単位で出しつつ、親への無事を伝える名目で一旦帰還させることを考えべきなのだが、巨人族(アストラガリ)の諍いに首を突っ込んでいるので『今すぐ帰る』というアルの考えている最善案を強行するのは難しいだろう。

 そんなアルの気遣いも知らないとばかりにアディはブレイクダンスを踊りだしそうな勢いで否定を身体全体で表現するが、アルはそ知らぬ様子でサンドバック──もとい、エルを再びど突こうと1歩踏み出したところで動きを停止する。

 

「そういえばアディ、僕が兄さんを投げ飛ばしたときになんて言いましたっけ? "旦那様"がどうとかいってましたが」

 

 思い出したことについてアディに問いかけるアル。その胸中には予想可能なとてつもないほどに嫌な予感が渦巻いていたが、決してそれを外に出さずに踏みとどまっていた。

 だが、アルの胸中とは裏腹に、アディは突如動きを止めてから幸せ全開といった様な満面の笑みを浮かべながら『えへへー』とこれまた上機嫌な反応を示す。

 

「この度、エル君と夫婦になりましたー」

 

 エルのことになると文字通り常軌を逸した行動も辞さない彼女の発言に、アルを含めた周囲は『2人っきりになっても進展ないから妄想に浸ってるんだろうな』と勝手に解釈しながら不憫な目を向ける。

 しかし、アルは『嘘ですよね?』といった思いでエルの方を向くと──簀巻きゆえに首のみを動かしてアディの言葉に肯定するエルの姿がそこにあった。その表情は喜ぶよりも、むしろ『察してくれ』といったような色ではあったが、それを周囲が気付く前にくねくねと見ただけで気が狂いそうなダンスを踊るアディの横にいた小魔導師(パールヴァ・マーガ)が口を開いた。

 

「ゴブリ……は失礼だな、アルフォンス。マギステル・エルとマギステル・アディは夫婦ではないのか? 決闘の後にマギステル・エル自身が夫婦だと説明されたが」

 

 小魔導師(パールヴァ・マーガ)という第三者の言葉に、いよいよをもってアディの言葉に現実色が濃厚となってくる。もちろん、それを聞いた船倉内はお祭り騒ぎとなり、サンドバックを叩く音や文句も未だ出会いが無い者達の手によって人知れず強くなっていた。

 

「え、まじ? いつの間に!?」

 

「ようやくか」

 

「ていうか、そもそも騎士団長ってそんな願望あったの?」

 

「結婚するのかぁ……安い賃貸ないかなぁ」

 

「副団長、俺の近くの共同住宅まだいくつかの空きありましたよ」

 

 未だ幻晶騎士(シルエットナイト)一辺倒の騎士団長が結婚するといった内容を信じきれない言葉や、家を出るべき次男の行く先の心配や境遇に涙する団員達が涙するという異様な光景が構成されていく。

 そんな空気の片隅でエドガーとヘルヴィがちゃっかり二人きりになり、なにやら話し込んでいる姿があるのだがその姿も女性団員の目にロックオンされている。

 

 やがて、船倉内は『騎士団長の帰還&結婚を祝い隊』、『副団長の家をなんとかし隊』、『エドガーとヘルヴィの甘酸っぱい恋を尊び隊』という天下三分の計がなされた頃。船倉内に1人の騎操士(ナイトランナー)が姿を現した。

 

「あれ、なに皆面白いことして……じゃねぇや。団長、お連れの人が目を覚ましましたよ」

 

「お連れ? …………ああ、ザカライアさん!」

 

 少々長い暇を空けてようやく思い出された名前にアルはエルの間柄について訝しむ。なので、先ほど連絡を告げに来た団員に折り返しその人物を案内させるように指示を出すと、その間に認識共有をしようとエルに詳しい話を聞く。

 

「そのザカなんとかさんってあの機体にへばり付きながら顔中に色んな液垂れ流してた人ですよね?」

 

「そうですよ。補足しておくと、彼は第一次森伐遠征軍の生き残りの末裔です」

 

 第一次森伐遠征軍。フレメヴィーラ王国が興るきっかけとなった者達が実は生き残って今まで細々とこの地で暮らしていたことに船倉内は少なくない動揺が走る。しかし、1人だけ──アルだけは『で、そこに居るパールさんのような巨人族(アストラガリ)の方と出会った?』と推測を述べると、エルは首を縦に振る。

 

「そうです。ルーベル氏族というアストラガリの一団に隷属している感じです。そこでも色々ありましたが、結果的に僕らの力を借りたいと向こうの王様が彼を連絡要員としてつけたという感じですね」

 

「当人居ない状況で言わせてもらいますが、知ったこっちゃないですね」

 

 血の涙も無いようなアルの返答。だが、本当に調査飛行に出向いた者達の認識としてはその程度なのだ。

 今回の裏の目的である騎士団長と騎士団長代理は既に確保しているし、主命である蟲型魔獣──巨人族(アストラガリ)の命名である『穢れの獣(クレトヴァスティア)』についての有効な装備は実践で検証済み。つまり、もう帰還してもお咎めを食らう心配は無いのだ。

 今後の方針を決めるディスカッションの前準備のために明確な立ち位置を発現したアルだったが、船倉に繋がる扉が叫びと形容できそうな大きな声と共に勢いよく開かれた。

 

「お待ちくださいっ!」

 

 扉からはズカズカと先ほど顔中液塗れだった男──ザカライアが周囲を見渡しながらも明確な怒気を撒き散らしながらアルに近づく。怒っている彼の姿に『うわ、変な部分だけ聞かれちゃったか』といつものディスカッションの前準備を想定していたエルとアルは一様に冷や汗を流す。

 

 ただ、その焦りはザカライアも同様であった。自身とは異なる服装の騎士に自身の常識の埒外の技術が使われているであろう幻獣騎士(ミスティックナイト)。そして、自身が足場にしている空飛ぶ船。1歩歩くごとにザカライアは小鬼族(ゴブリン)の悲願である『計画』が現実味を帯びてくる感覚が込み上げて来る。

 間違いなくこの騎士団の力を借りることが出来た暁には、あの憎きルーベル氏族に一泡吹かせることが出来る。そんな確信にも似た考えを持ったザカライアだったが、その前に目の前の騎士団長に似た者を中心とした者達を説き伏せねばならない。

 

 どのような交渉を行うべきかとアルの目を見ながら思案する彼だが、視界の端に何かが動くのが映るのでうっとおしそうにそちらに視線を向ける。

 

「あ、ザカライアさん。こんな姿で失礼します」

 

「…………な」

 

「な?」

 

「なにをしてるんですかぁぁ!」

 

 船倉の天井から吊るされ、右や左にブランブランと揺れているエル。しかも、当の本人はそんな仕打ちに一切怒ることもなく平然とした様子で挨拶をする姿にザカライアはあらん限りの声量で吼えた。

 彼の常識では騎士とは幻獣騎士(ミスティックナイト)を操縦する栄誉と義務、そして特権が与えられる職業である。さらにいえば、幻獣騎士(ミスティックナイト)には数に限りがあるので必然的にその席数は少ないし、当然だが席を賭けた熾烈な争いも日常茶飯事なフレメヴィーラ王国とは別の意味で修羅な環境に彼は置かれていた。

 そんな彼にとって目の前にある状況──騎士団長が簀巻きにされて天井から吊り下げられるのは、ザカライア達の王である小王(オベロン)が簀巻きにされて城の門に吊り下げられていることと等しいぐらいに刺激の強い光景だった。

 

「あ、気にしないでください。罰なので」

 

「罰と言っても! あなた方の騎士団長では!?」

 

「そうですけど、騎士団長だからって好き勝手やっていいわけじゃないですよ」

 

 至極当たり前だといった表情でザカライアの言葉を受け流したアルは、一度空気を変えるために手を打ち鳴らす。その音に気付いたアディは小魔導師(パールヴァ・マーガ)を連れ、エドガーとヘルヴィは近くで2人のやり取りにニヤニヤ笑っていたディートリヒを小突いてから連行して吊り下げられて動けないエルの周辺へと集まってくる。

 

「さて、ではこれからの方針について話す──前に、僕のやりたい方針から」

 

 周囲の視線が集まる中、アルはゴホンと咳払いをしつつも『はぁ~』と心底面倒くさそうなため息をつきながら一言。

 

「もう、フレメヴィーラに帰りません?」

 

 その瞬間。またもや獣のような大声が船内を駆け巡った。




強襲用オプションワークス(追記)
・スモークディスチャージャーもどき
 内部で濃い煙を発生させ、外装を開くことで周囲に一気に展開する防御用装備。本来の用途は動きながら展開することでレビテートシップが逃げる時間を稼ぐためのものだが、今回はカササギに対して使用。

・ダミーバルーン
 魔獣の外皮内に大気系エンブレム・グラフを刻んだ銀棒を内蔵することで一気に膨らませて運用するダミー。煙と併用することで隠蔽率を上げ、奇襲の成功率が上がる。
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