銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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120話

 ボキューズ大森海の奥に存在するドクトリナ・デ・シーバと呼ばれる岩石が立ち並ぶ荒野。その外延部でこの問いの行く末に大きく絡む戦いが行われようとしていた。

 

「返し損ないとその姿はゴブリンもどき。我らに対して眼を増やすような騙りを……よほどアルゴスの御許へ急ぎたいようだな」

 

 氏族の戦士を展開しながら不愉快そうに顔を歪めるのは、巨人族(アストラガリ)の氏族で最大とも言われているルーベル氏族の長であり、巨人族(アストラガリ)の王と自称する5眼位の巨人。名を『5眼位の偽王(フィクタス・レックス)』という。

 その偽王と相対するのは、穢れの獣(クレトヴァスティア)の襲来によって壊滅的被害を負ったカエルレウス氏族の生き残りである3眼位の勇者。そして、人知れず第2中隊から離れた際に勇者と合流し、そのままドクトリナ・デ・シーバに隣接する森林地帯に身を隠しながら偽王の周囲に居た魔導師(マーガ)達を背後から強襲したトイボックス・ハーミットであった。

 

 特に9つある眼を持つ幻獣騎士(ミスティックナイト)──小鬼族(ゴブリン)巨人族(アストラガリ)と同等といわんばかりに乗っている紛い物に対して偽王はご立腹らしく、周囲に集まったルーベル氏族の戦士に対して大声を張り上げる。

 

「ちっ、だが眼下や目騙りなぞ戦士達で十分だ!」

 

 偽王の声に雄叫びで返答する戦士達。一触即発の空気に武器を構えようとした勇者の前にトイボックス・ハーミットの手が伸びる。その行動から手柄の横取りだと思った判断して力尽くで押し通ろうとした勇者だったが、小鬼族(ゴブリン)の勇者──エルからの話を聞いていたので、なんとか踏みとどまる。

 

「勇者の弟よ。邪魔立てするなら容赦せぬぞ?」

 

「邪魔だてはいたしません。むしろ、あの5つ目にたどり着けるように露払いをさせていただきます」

 

 じりじりとルーベル氏族による包囲網が狭められる中、トイボックス・ハーミットは肩部に装備した魔法短剣(マジックダガー)の柄を握りながらゆっくりと掲げる。魔力が通った魔法短剣(マジックダガー)は凄まじい熱量を持つ炎の剣を顕現させ、それを合図にトイボックス・ハーミットの後ろから第2中隊が歩いてきた。

 紅の装甲を見せびらかすようにゆっくりと歩く彼らは勇者を追い越し、やがてトイボックス・ハーミットの後ろで停止する。

 

「ルーベル氏族の戦士を殲滅してください。ただし、決してあの5眼位には手を出さないように。勇者の獲物です」

 

「……というわけだ。諸君、副団長様の久方ぶりのご注文だ」

 

『ヒーハー!』

 

 どちらが蛮族なのか分からない雄叫びのような返事をした第2中隊が近くに居る手ごろな敵に走っていく。どちらを向いても敵だらけ。彼らにとってその状況は絶体絶命の危機ではなく、『ボーナスタイム』であった。

 少し後のことになるが、この問いの後に血を残すべしといった名目で別の氏族へと迎えられた元ルーベル氏族の従者。彼は当時の記憶をこう語る。

 

 戦士達は竜を包囲しながら笑っていたんだ──と。

 

「があぁぁ!」

 

「なんのぉぉ! ……なんてな」

 

 戦士が上段から振りかぶった棍棒を斧の柄で受け止めたカルディトーレはしばらくつばぜり合いに興じるが、途端に腕にかけていた力を抜きながら回り込むような体捌きで戦士を自身が居た真後ろへ突き飛ばす。

 すると、カルディトーレを後ろから打ち倒そうとしていた別の戦士の棍棒が先ほど突き飛ばされた戦士の頭部にクリーンヒット。そのまま両者は転倒し、その後ろからカルディトーレの持つ斧を見舞われて絶命する。

 

「ほいっほいっほいっほいっどらっしゃぁ!」

 

 別の場所では前腕部と脛に攻撃用の装甲を装備したカルディトーレが迫り来る戦士達の波を補修したばかりの拳と足で器用に捌いていた。

 棍棒を握る腕の肘を殴り折ることで軌道を逸らし、手で相手の手を包み込んでから手首を稼動域外の方向にひねり上げることで武器を落とさせ、腕では間に合わない攻撃には蹴りで迎撃する。

 無論、戦闘能力を奪うだけでは飽き足らず、拳や蹴り、挙句の果てには頭突きといった多種多様な格闘技で次々と戦士を昏倒させていった。ちなみに幻晶騎士(シルエットナイト)は格闘を行うごとに装甲や関節といった内部にダメージが蓄積されていくので、ダーヴィドにバレると後が怖い。

 具体的には先日の問いを鑑み、攻撃的な笑みを浮かべながらピースサイン……所謂、ツーアウトといったところである。

 

「何体やった?」

 

「やっと2!」

 

「俺4!」

 

「甘いですね、僕は5です」

 

『イェーイ!』

 

「君たち、真面目にやりたまえ。あと、副団長は第2中隊じゃないだろう!」

 

 また別の場所では周辺の戦士達を片付け、魔力貯蓄量(マナ・プール)の小休止をしていたカルディトーレの周辺に続々と中隊員やディートリヒ、アルが集まってくる。大きな塊の動きが止まったことで一気に押し潰そうと周囲の戦士が殺到する──のだが。

 炎の短剣で武器ごと溶断、左右に持つ肉厚な剣によって三枚下ろし、突風かと錯覚させうる速度での刺突、共同撃破、エトセトラ……エトセトラ。様々な要因で次々と戦士達の命が溶けていく。

 

 ただ、そんな鉄火場にも拘らず、聞こえてくる中隊員(プラスアルファ)の雑談の内容についてディートリヒは物申す。逆を返せば鉄火場でもいつも通りが出来るほど余裕がある証拠なのだが、聞こえてくる能天気な会話とそれにしれっと混ざる副団長の存在が余りにもお気楽すぎた。

 

「うおぉぉぉ!」

 

「ちょっと黙ってくれないかねっ!!」

 

「うわ、ディータイチョが剣使わずに倒してる」

 

 だからだろうか。雄叫びを上げながら突っ込んでくる戦士に対し、ディートリヒは苛立ちのままに自らの研鑽の証と誇りである剣を地面に突き刺し、フリーになった片腕で戦士の頭部を鷲掴む。そして、そのまま相手の頭部を勢いよく地面に叩き付けて無理やり黙らせた。

 そんなどこかおちゃらけた空気だが、大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)や自国での魔獣狩りで練り上げられた実力は本物である。血の河を生み出さんばかりに暴れまわる彼らに近づこうとするルーベル氏族の数が30……20……10と少なくなっていき、じきに遠巻きで観察する2眼位や1眼位の従者のみとなった。

 

「なん……っ! 紛い物風情がっ!」

 

 最初は物量にニヤついていた偽王も、目の前の惨状に顔色を悪くする。唯一の遠距離での強力な攻撃を行える魔導師(マーガ)が全滅。自分よりも眼下だが、紛い物相手には十分だと思っていた戦士達のこと如くが蹂躙される。

 悪い何かに取り憑かれたような謎の浮遊感が偽王を襲い、つい──本人はその行動を行っている自覚がないままに『その場を何歩か後ずさった』。

 その時、ガツンという硬質な物がぶつかった音がしたかと思うと偽王の横の樹木が凄まじい勢いで燃え始めた。その前には何かを投げつけた形で停止するトイボックス・ハーミットの姿がある。

 

「逃げるんですか?」

 

「なに?」

 

 理解不能な問いかけに偽王がアルに問い返そうとするが、その前に先ほどから業火の中に居た樹木がとうとうへし折れる。燃えたことでいくらか軽くなった樹木だが、それでも重そうな音や熱い火の粉と共に大地に沈む。

 その火の粉が偽王にまとわり付いたことで熱を感じた彼は、ようやく自身が後ずさったことを自覚した。それと同時にアルが言っていたことの真意に気付き、顔をみるみる内に赤くさせる。

 

「あなたが色々やらかしたせいでこんな騒ぎになったんですよ。今更逃げるなんて許しませんよ」

 

「黙れ、紛い物! 眼騙りの分際で俺に「紛い物と言うな!」」

 

 どこかの5歳児のような核心づいた言葉と無意識に逃げようとした自分というコンボに、ついに偽王の怒りは許容量を超える。だが、アルは彼と顔を合わせてから何度も言われた『紛い物』という言葉に噛み付いた。アルの突然の変貌を傍で聞いていたディートリヒは、多少驚きながらも彼がまだ学生だった頃の経験から今のアルが陥っている感情を性格に読み取った。

 ──ああ、兄弟揃って幻晶騎士(シルエットナイト)をないがしろにされると頭に血が上るんだな。……と。

 

「口を開けば紛い物、紛い物といい加減にしてください! シルエットナイトはっ! 人間が魔獣という理不尽な上位に対抗する手段として受け継がれてきた武器です! 鎧です! 眼が多くて図体だけが大きいだけで偉いんなら、この森よりも大きくて眼がそこら中に付いている機体でも作りましょうか!? アァン?」

 

 柄の悪いヤンキーのような言葉で威嚇しながら、もう片手で握る魔法短剣(マジックダガー)を振り回すアル。流石に味方が居る所で振り回されるのは危ないとディートリヒは止めるが、アルの言葉に反応した従者達が小鬼族(ゴブリン)が王を侮辱したと怒り狂いながら突撃してきた。

 

「我らが王を侮辱するなど!」

 

「問いかける必要もない!」

 

 重低音の足音を立てながら突っ込んでくる従者。しかし、トイボックス・ハーミットはグゥエラリンデの拘束を逃れると単身、その従者達に突っ込んでいく。

 

「ついでだから言いますが、アストラガリ達で決めたルールを後で勝手に変えるな! それやられると現場は混乱するんですよ!」

 

 こんなしちめんどくさい問いが無ければいまごろは気兼ねなく帰れたかもしれない。『問い』と言う言葉にそんな考えを思い出したアルは原因を作ったルーベル氏族に対して憤りを顕にしながら、片手で持っていた魔法短剣(マジックダガー)を投げつける。

 投げられた魔法短剣(マジックダガー)の非実体の刃が1人の巨人の頭部を焼き貫くと、トイボックス・ハーミットは走りながらも腕を大げさに振るう。その動作によって腕の溝から金属製の斧を連想させる幅広の刃が遠心力で引き出され、アルの雄叫び染みた大声と共にトイボックス・ハーミットは猛然と突進を続ける。

 腕に良く切れそうな金属製の刃を仕込むという狂った発想と、そんな発想をした奴が大声を上げながら突進してくる状況に相手を打ち倒そうとしていた従者達の頭が一転して冷え込む。

 

「う、腕になんてもの仕込んでるんだ!」

 

「お、落ち着け! 数でおs」

 

「自分達が決めたナレッジぐらい責任もって守ったらどうですか! 栄えある巨人なんでしょうが! こっちだけプログラムのお作法間違ってたら指摘しまくる癖にぃぃ!」

 

 なにやら自分は良くて他人は駄目といった『ダブスタクソ上司』に苦い経験があるのか、アルは叫びながら及び腰の面々を鼓舞するかのように後ろを向いた巨人の背に狙いをつけると、トイボックス・ハーミットの腕部に生えた幅広の刃を力任せに叩き付けた。背の肉は見る見るうちに食い込み、胴体を支える背骨すらも腕の綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)が生み出す膂力で力任せに断ち切った刃は、臓物の破片を撒き散らしながら巨人の両断に成功する。

 

「ロボットはっ! いつだってっ! (くろがね)の城のようなボディを纏ったカッコいい存在でっ! 巨悪を倒す豪腕を放つヒーローなんですよっ!」

 

(アルフォンスって頭に血が上りすぎると支離滅裂になるんだな)

 

 恨み節から一点、アルは自らがロボに熱中し出した原典(オリジン)を熱く語りながら巨人を惨殺していく。言葉の組み立て方が支離滅裂な彼の状態を見たディートリヒが副団長について新たな知見を得る一方、偽王は従者が次々と減っていく状況でひたすら魔法(マギア)を練り上げていた。

 

「良き時を稼いでくれたな! 従者よ!」

 

 そう言いながら先ほどと同等の火球を投げつける偽王。しかし、アルはトイボックスハーミットの両腕を火球に向けると、操縦席に増設された大きなボタンを殴りつけるように押し込む。

 

「なんのぉ! ロケッ○ォパァーンチ!」

 

 トイボックス・ハーミットの両前腕部が切り離されると、まるで魔導飛槍(ミッシレジャベリン)のように爆炎を吐き出しながら火球に向かって突っ込んでいく。ライトニングフレイルのような前腕部から何かを飛ばすという追加装備(オプションワークス)は数あれど、『腕自体』飛ばす装備を見たことが無い。

 しかも見るからにぶっつけ本番っぽい挙動が見て取れたディートリヒ含めた第2中隊の半分ぐらいは『なにやってんだあの馬鹿』、もう半分は『なにあれカッケェ!』と2つの反応に集約された。

 

「いっけぇぇ!」

 

 アルの大声に呼応するように両前腕部は溜め込んだ魔力を全て吐き出さん勢いで燃え盛る火球に突入し──火球の中を突っ切った。

 霧散する炎の残滓を見て唖然と佇む偽王。従者を犠牲にしながらも練り上げた魔法(マギア)を正面から打ち抜かれたことに呆気に取られていたのだ。

 しかし、そんな偽王に気付け代わりのグーパンチが飛んでくる。──そう、魔法(マギア)を突破したトイボックス・ハーミットの前腕部である。

 

「なnヘブゥッ!」

 

 残念ながら右の前腕部は魔力が尽きたのかあらぬ方向に着弾するが、左の前腕部は寸分違わず偽王の顔面にめり込んだ。真正面からモロに受けたことで周囲の巨人は『うわぁ』と顔をしかめ、当の本人は鼻から血がだらだらと出ているがそれを見たトイボックス・ハーミットは何も持っていないサブアームを展開して偽王を指し示す。

 

「これに懲りたら二度とシルエットナイトを紛い物と呼ばないように! あと、ルールを守って正しくデュエルでお願いします!」

 

 もはや自身でも何を言ってるのか分かっていないのだろう。怒りながらも『お願い』をしたアルは勇者の前で礼をし、ズンズンと第2中隊と合流する。先ほど放った腕の件やそこから派生する新しい武器の予感を感じ取った中隊員は、トイボックス・ハーミットを取り囲みながらやいのやいのと騒ぎ始めた。

 

「その腕でどうやって戦うつもりですか?」

 

「いや、ああはならんやろ。もうちょっと副団長なんだからもっと慎重に・・・」

 

「副団長、なにあれ! 俺のにも付けてくれよ!」

 

「武器の一部を飛ばすのとか出来るんですか!?」

 

「斧状にした法弾で溶断するとか良くないですか!」

 

「えぇい、黙りたまえ君たちぃ!」

 

 お喋りに興じる学生を一括する教官のようにディートリヒは叫ぶが、突如として中隊員はディートリヒ──否、ディートリヒの方向に居る勇者と偽王に機体の正面を向ける。尋常では無い戦闘が行われる気配に全員、武器を仕舞うと口をつぐんで戦いの行く末を見守る。

 

「彼が負けたらどうするんだい?」

 

「引き篭もられて体力を回復する暇なんて与えませんよ。僕らが討ち取ります」

 

 戦の風情もへったくれもない指示だが、あちらへの流儀は通したのだからこちらの流儀を通しても良いだろうとディートリヒは『そういうことだ』と指示にもならない言葉を掛ける。

 

 すると、戦闘の口火が偽王によって切られた。

 暴風が吹き荒れるかのごとく繰り出される偽王の棍棒を全て紙一重でかわす勇者は、攻撃の波が途切れる絶妙なタイミングでエルの指示の下で作られた魔導兵装(シルエットアームズ)幻晶騎士(シルエットナイト)が装備する剣で攻撃を行っていく。

 通常、3眼位では使えない魔法(マギア)を使えることに偽王は最初こそ驚きの表情を浮かべていたが、頭の回転は速いらしい。『そういうもの』と認識したのか、魔導兵装(シルエットアームズ)が向けられた途端にステップを踏んで回避するなどの行動を織り交ぜていた。

 

「ふん、金属の剣やマギアを使った程度で調子に乗りおって。そんなにあれらに従うのが心地よいか? アストラガリの誇りはないのか」

 

「5眼位でありながら王の座に座った誇りなき偽の王が言うべきことではない! 我も最初はゴブリン……人間を小さき者と見下していた! だが、力は本物だった! ならばその力に敬意を払うのが我らの誇りではないのかっ!」

 

「減らず口を!」

 

 会話が終わると同時に偽王と勇者の戦いのテンポが上がり、鋼と鋼がこすれあう絶叫と火花の頻度が増す。

 先ほどまでとは比べ物にならない速度の根が縦横無尽に乱れ飛ぶが、勇者は時に受け流し、時に身体全体をひねらせて回避するといったしなやかな動きでひたすら好機を待つ。ただ、重厚な棍棒を剣で受け流すのは並々ならない技量が必要である。タイミングを少しでも誤れば頭部に棍棒の一撃が炸裂する攻防を凌いでいた勇者の精神力は徐々に削られていく。

 

 無言の攻防が続く中、時間が経つにつれて偽王へ攻撃する頻度もめっきり落ちた勇者。それでも、その眼には闘志の炎が宿っていた。

 しかし、攻撃をしている偽王からすればいつまでも粘る勇者の姿は相当不気味に見えた。そのためかいつまでも倒れない勇者に対し、彼は率先して沈黙を破る。

 

「ふん、しぶとく眼を開いているかと思えば逃げてばかりではないか。それでは勇者の号が泣くぞ」

 

 煽り。こと戦場においては相手を怒らせて動きを単調にする常套手段である。

 巨人族(アストラガリ)にとって勇者の号とはその氏族のみならず、他の氏族からも一目置かれる存在である。その名誉を傷つけられれば、いかに冷静な者でも討ち取るのは容易いと考えた上での策であった。

 

「偽の王である貴様には分かるまい! 村を滅ぼされた我の身に宿るこの憤怒の炎はっ!」

 

「好機!」

 

 予想通り大降りの攻撃になったところを偽王の棍棒が勇者の手から剣を弾き飛ばす。だが、勇者は剣を持っていた方の手の痺れに耐えながらも、もう片方の手に握られた魔導兵装(シルエットアームズ)に魔力を送り込むことで偽王の腹部に連続して法撃を叩き込んだ。

 とどめをささんばかりの勢いで放たれた炎弾によって偽王の姿が一瞬だが見えなくなった。──ただ、その一瞬が命取りであった。

 

「悪くない! だが、眼が足りなかったな!」

 

 偽王の声と共に煙の中から雷光が走る。声が聞こえたと同時に本能に従ってその場から飛びのいた勇者だが、雷はいとも簡単に勇者の下まで駆けると彼の身体を躍らせる。その余波は勇者が握っていた魔導兵装(シルエットアームズ)にまで及び、ホワイトミストーで出来た魔導兵装(シルエットアームズ)は瞬く間に弾け飛んだ。

 

 傍目から見ても満身創痍な勇者の姿。このまま進めば勇者の命が確実に失われる状況にグゥエラリンデの首がトイボックス・ハーミットの方に向くが、アルは決して号令は出さなかった。

 

「最後は中々良かったぞ! 流石は勇者と褒めておこうか! 5眼位の我を3眼位の分際で煩わせたことをアルゴスや還った氏族の者等に良く伝えると良い!」

 

「まだだぁ!」

 

 棍棒が勢いよく振り下ろされるが、勇者は近くに落ちていた『柄』を手に取るとちっぽけに残った魔力を流す。元々低燃費を念頭に作り出されたそれは彼の魔力に反応すると柄から勢いよく炎の刃が噴き出し、迫り来る棍棒を鍔迫り合うことなく溶断する。

 まさしくそれは先ほどトイボックス・ハーミットが投げつけた魔法短剣(マジックダガー)の1つだった。ようやく痺れが取れた勇者が魔法短剣(マジックダガー)を逆手に持つと、息も絶え絶えで構える。

 もはや残っている魔力もないだろうにそれをおくびにも出さず戦闘を続けようするその闘志に、半分に切られた2本の棍棒を再び構える偽王。

 

「我が氏族にもここまで粘った勇者は居らんだろう。誇るが良い」

 

 またもや罵倒の言葉が出てくるかと思いきや、多少上から目線だが勇者に対して賛辞の言葉が贈られる。小鬼族(ゴブリン)や眼下と馬鹿にしようとも、偽王自身も巨人族(アストラガリ)の一員である。先の言葉は魅せつけられた力に対して多少の敬意が彼の心を突き動かした結果でもあった。

 

「賛辞として受け取っておこう。だが、負けん!」

 

「抜かせ!」

 

 息が整った両者が再度ぶつかり合おうと地面を蹴り上げたその時──。

 

「な、なんだあれは!」

 

 今の今まで偽王と勇者の戦いを目に焼き付けていた巨人達が、空の彼方を指差しながらにわかに騒ぎ出す。これが巨人1体のみならまだなんてことはないが、流石に周囲どころかルーベル氏族の陣地辺りも騒々しくなるほどの騒ぎだったので、戦いどころではないと断じたのか偽王は、眼前の勇者に語りかけた。

「一時だが、同じ方向を向こうではないか」

 

「承知した」

 

 休戦が成った2人は、改めて巨人達が騒ぐ方向を見て一様に絶句する。

 空の彼方からぼんやりとした巨大な影がこちらに向かって飛んでくる。その影は近づいてくるにつれて鮮明になっていき、いずれとある魔獣の姿が顕になった。

 穢れの獣(クレトヴァスティア)幻晶騎士(シルエットナイト)すら溶かす瘴気を持ち、その瘴気の前には屈強な巨人族(アストラガリ)すらも物の数に入らない。そして、ルーベル氏族がようやく手懐けた魔獣でもある。

 偽王は管理を任せていた小王(オベロン)に対してどういった意味で今頃穢れの獣(クレトヴァスティア)を派遣してきたのかと吐き捨てる最中、アルと第2中隊は静かに動き出していた。

 

「周囲の軍勢に避難を」

 

「避難誘導なんて第1中隊の領分でしょうに……貧乏くじだなぁ」

 

「これも騎士としてのお仕事お仕事。前線の天気は山の天気よりも気まぐれなの忘れたか?」

 

 ぶつくさ言いながらも方針を決めた彼らの行動は素早かった。周囲の動揺しきっていた巨人に声をかけていく。『命令』ではなく『理由を話した上でのお願い』をしたのが功を奏したのか、巨人達はルーベル氏族からの追い討ちに警戒しながらもスムーズに第2中隊と共に撤退を開始する。

 

「ディーさんは勇者の人をお願いします」

 

「副団長閣下はどうするんだい?」

 

「まだ挨拶もしていませんでしたし、"国内へのペット持込はご遠慮ください"って注意しにいこうかと」

 

 穢れの獣(クレトヴァスティア)の大軍勢やその後から現れた大きすぎて全体を見通すことが出来ないほど巨大な物体を目にしたアルは、多目的投擲筒(ランチャー)を起動させながらディートリヒに指示する。話に聞く小王(オベロン)との密約から察するに、おそらく小王(オベロン)もこの辺りにいるのだろうとアルは迎えに来た強襲用追加装備(オプションワークス)に合体を命じながらなにやら機外に出て作業を始める。

 

「あ、ディーさん。僕のこれからについてはこの戦いが終わるまでシィーでお願いします」

 

「いい加減、その秘密主義治さないと騎士団長閣下に怒られるよ?」

 

「本気で騙さないと相手が信じてくれませんから」

 

 なにやら怪しげな会話の最中もアルは時間が惜しいと改修作業の手は止めない。だが、改修作業中もなにやら事態は動いているらしい。暗い赤の甲殻を持つ穢れの獣(クレトヴァスティア)が数匹の仲間を引き連れ、ルーベル氏族が張っている陣の場所目掛けてに体液弾を放っていたのだ。

 

「副団長! ルーベル氏族の陣からアシッドクラウドが! ここも危ないです!」

 

 偵察を行っていた偵察機(ウィングマン)が高度を下げながら拡声器で現状を報告してくる。報告を受けたアルは未だ帰ってこない勇者を連れて撤退させるよう、ディートリヒに指示を送ろうとする──が、その前に彼らの前に小魔導師(パールヴァ・マーガ)や3眼位の子供のような巨人、1眼位の巨人が現れた。

 

「きゅ……9眼位!? それに勇者のように浮いてる!」

 

「ナブ、落ち着くのだ。戦士アルよ、勇者は?」

 

「あっちでルーベル氏族の長と戦っていましたが、じっとしてますね。おっと、まだ長が居るので注意です」

 

 トイボックス・ハーミットの指を森の奥へ向けつつ、アルはこれ以上近づかないように注意を行う。しかし、その間に偽王が勇者に背を向けて自身の本陣に戻っていったことで引き止める理由がなくなったアルは『居なくなったみたいですねぇ』となげやりな感想を述べる。

 

「じゃ、後はお願いします」

 

「あぁ、任せておきたまえ」

 

 そのまま勇者を迎えに行く一同を見渡したディートリヒに念押しすると空へと戻っていく。急を要するので、浮揚力場(レビテートフィールド)ではなく魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を用いることで生じた加速度による負荷をアルとフロイドは耐えながら、彼らは合流を優先すべく魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を吹かす。

 

「既に配置についてるみたいですね」

 

「そのようですね」

 

 イズモに近づくまでの間、アルとフロイドは動き出した飛空船(レビテートシップ)の間を縫いながら各船の動きを見て一言。飛空船(レビテートシップ)の甲板には法撃戦仕様機(ウィザードスタイル)が、細長い銃身がついた機銃には中に騎士か騎操鍛冶師(ナイトスミス)が居るのだろうか周辺をつぶさに警戒している。

 

 ──無理もない。現に彼らの前に現れているのは穢れの獣(クレトヴァスティア)、第1次調査飛行の敗因である。

 しかし、その中でも銀の鳳の紋章を掲げた飛翼母船(ウィングキャリアー)。イズモは巨大な帆を目一杯広げながら風を受けて穢れの獣(クレトヴァスティア)相手に真っ向から立ち向かうように前進する。

 そんなイズモを前にした穢れの獣(クレトヴァスティア)達。魔獣本来の気質からてっきり襲い掛かってくるかと思いきや、空に浮かぶ巨大な物体との間に壁を作るような動きで停止した。

 

「副団長、イズモから発光信号」

 

「"シバシ セイカン サレタシ"。……長いですが、こう返してください。"ショウダン アト クチダシ キョカ モトム"」

 

「承知しました」

 

 強襲用追加装備(オプションワークス)に搭載されている魔導光通信機(マギスグラフ)からアルが言った通りの符号が照らされ、イズモから『了解』の返事が返ってくる。そうこうしている間にイズモは速度を完全に殺し切るとその場で停止、空の上でイズモを中心とした船団と母体と思われる生物を中心とした数多の穢れの獣(クレトヴァスティア)が睨み合う形で相対することとなった。

 

「……オベロン。そこにいるのはあなたですか?」

 

 同化する前兆みたいな問いかけがイズモから聞こえてくる。目の前に在るのは蟠る獣の群ればかりで、エルの問いかけに対して有効的な返答が出来る知性があるとは到底思えない。……思えないのだ。

 しかし、その問いかけに対して帰ってきたのは攻撃ではなく、人類が行うことが出来るコミュニケーションの一つである言葉。それもアルやフロイドといった若い世代でも十分に聞き取ることのできるセッテルンド大陸の言語であった。

 

「これはこれはエルネスティ・エチェバルリア。ずいぶんと待たせてしまったね、ようやく追いついたよ」

 

「うわ、ほんとに魔獣を操ってる。……排除ポイント加点ですね」

 

 魔獣が統率出来ることにかなりの衝撃を覚えたはずだが、謎のポイントと共にアルの顔色は少々陰りを見せた。イズモの拡声器から聞こえてくる声もため息のような驚きの声や、ダーヴィドの物と思われる目の前の事象について納得しがたいような呻き声が聞こえてくる。

 魔獣を支配下に置くなど、常日頃からそれらに対して命のやり取りを行っているフレメヴィーラ王国からしてみれば悪い夢どころの騒ぎではない。

 

 決して小さくない騒ぎを他所に、エルと小王(オベロン)の会話は続けられる。曰く、ルーベル氏族のみならず、全ての巨人族(アストラガリ)は皆殺しすべし。曰く、西へ向かいたい。曰く、小王(オベロン)の父母の地へ向かいたい。

 明らかに横暴な要求の数々。しかも、地上のどこを見ても『村人』がいないのだ。

 

「あの野郎、自分一人だけで……」

 

「フロイド君、もしかしたら後で来るかもしれません。ですが、……"そういうこと"なんでしょうね」

 

 長男でないにしても貴族出身のフロイドは民草を守る責務から逃げ出した小王(オベロン)に対して怒り心頭の様子だったが、アルはそれを宥めつつ腕を組みながら静観の構えをとる。

 どうやら話の方の雲行きも怪しくなってきたらしく、エルは小王(オベロン)が拠り所とする穢れの獣(クレトヴァスティア)に対する切り札(ジョーカー)である、『全身機械でもない生物が未来永劫自分に付き従うのは理想でしかない』と反論を突き付けた。

 

「……いけないよ、エルネスティ君。それはとてもいけない。遠き同胞達と私は手を取り合いたいと言っているというのに。君の態度はとてもよくない」

 

「ならば、その同胞達はどこにいるのでしょうか?」

 

 戦いの前触れを思わせるピリピリとした空気だが、アルはトイボックス・ハーミットと強襲用追加装備(オプションワークス)をイズモの甲板に着地させながら正面の巨大な存在に語り掛ける。突如として謎の機体と声が割り込んできたことで、『誰だい? お呼びじゃないよ』と不快感をあらわにする小王(オベロン)

 しかし、自己紹介で口を挟んできた人間がエルの弟であることや、騎士団の副団長を拝命している存在だとわかるとその態度は180度。いや、通常は徐々に気持ちが傾くことはあれど、不機嫌声から急に猫なで声になるほどの変わりようは気味が悪いを通り越して気持ち悪いと評するべきであろうか。

 

「それで同胞がどこにいるという話だったね! もちろん、全員我が都に居るとも! この話がまとまればすぐに君たちと共に迎えに「嘘ですよね」」

 

「……なぜ、そう思うんだい?」

 

 低い声と共に穢れの獣(クレトヴァスティア)が奏でる羽音が一段階大きくなる。自分が命じればいつでもその機体ごと搭乗者を串刺しに出来ると言っているかのような脅し。

 敵対と見なされかねない行動に甲板に出ていた法撃戦仕様機(ウィザードスタイル)が法撃準備に入ろうとする。しかし、アルはそれを制しながら説明を続けた。

 

「嘘……というのは語弊がありますね。正しくはあなたは都の人間以外、どうでも良い存在なのでは? という疑問です」

 

 言葉の訂正をしたアルは説明を続ける。

 小鬼族(ゴブリン)の集落は上と下で隔たりがある。主に小王(オベロン)を取り巻く街は避難誘導などを行っているのだろうが、それ以外──下村の者達は声すらもかけられていないのではないか。

 ……というのも、仮に声をかけられているとしたら当然だが騎士団が常駐している村にも声がかかるだろうし、そんな話をエドガーが黙っているわけがない。すぐさまトゥエディアーネを用いて飛んでくるだろう。

 他にも複数ある下村の人数を賄えるのや、護衛戦力で守り切れるわけがないといった小王(オベロン)への疑問という名の尋問を続けていくアルだったが、そんな彼の言葉に小王(オベロン)の声はすっかり上ずっていた。

 

「それが、どうだと言うんだい? 必要な人間を切り分けるのは王として当然では?」

 

「そこですよ。我々に保護されたらあなたはもう王ではない。ならば、少なくとも我々の法には従ってもらいます」

 

「カースドベイトの製造や運用、または魔獣を煽動するような行為は我が国ではタブー。……ですよね? アル」

 

 いくら王がフレメヴィーラ王国に来てもそれは『守るべき国を棄てた王だった人』である。それは普通は何というか。そう、『難民』である。元々が王だからと好き勝手出来ないのは道理だ。

 そして、郷に入れば郷に従うという言葉もある通り、難民として入ったからにはフレメヴィーラの法律にも適用される。

 たとえ、いうことを聞くペットのような感覚だろうが命令一つで幻晶騎士(シルエットナイト)や人命すらも危うくさせる魔獣の管理を亡命者に任せるほどフレメヴィーラ王国の上役はお花畑ではない。

 

「早い話。そのような危ないペット同伴での入国はお断りいたします。亡命するなら家財道具一切を棄て、着の身着のままお越しください」

 

 イズモの船橋で船員達が無言のまま配置につく中、アルは小王(オベロン)の言葉を突き放す言葉を送る。その言葉に小王(オベロン)は小さく『それは仕方ないねぇ。仕方ない』と何度も連呼し、それに呼応するように穢れの獣(クレトヴァスティア)の羽ばたきが静まっていく。

 それらの行動に自分達の言っていることが分かってもらえたと思ったと判断したアルはトイボックス・ハーミットの腰を折るように礼をし、『どうか、持ち帰ってご一考ください』と述べた。

 

「ならば……仕方ないねぇ……」

 

「アル! 避け……」

 

 トイボックス・ハーミットが頭を上げたその時だった。穢れの獣(クレトヴァスティア)の集団の中から赤黒い甲殻を纏った一際大きな個体が法弾のような速度で機体に肉薄してきた。

 突然の攻撃に気づいたエルがトイボックス・ハーミットに叫び、近くに居た法撃戦仕様機(ウィザードスタイル)が突き飛ばそうと駆け出す。

 しかし、到底間に合わず──ガツリという独特な音と共にトイボックス・ハーミットの胸部装甲が穢れの獣(クレトヴァスティア)の頭部に伸びる強靭な角によって貫かれた。

 

「ならば、大事なものを失えば……答えは変わるかな? それとも、もう少し減らしてみようか」

 

 耳をつんざくほど激しい叫喚の中。小王(オベロン)は舌なめずりをしながら次なる獲物を物色していた。




え、ここから入れる保険があるんですか
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