銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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121話

 クシェペルカ王国。先の大戦で一時滅亡の憂き目を遭った国だが、友好国であるフレメヴィーラ王国の協力でジャロウデク王国からの侵攻を跳ね除けた西方諸国随一の国土を誇る大国である。

 

 そんな国の王城の一部屋では赤い髪の少女が机に突っ伏していびきをかいていた。色気もへったくれもない豪快さに加え、床には金銭の流れやら人心の掌握法といった様々なジャンルの教本やメモ、ペンといった筆記用具が何の規則性もなく乱雑に散らばる様はまさに汚部屋。もはや華も恥らう乙女かと聞かれても10人中9人は首を傾げるような惨状の彼女であるが、窓から差し込まれる陽の光に丸まっていた背がもぞもぞと動き出す。

 

「朝ね」

 

 元々活発な性格ゆえに血色が良かった彼女の顔。だが、陽に照らされた今の顔はすっかりやつれ果てていた。青白く、もはや幽鬼のような顔色の彼女はそのまま机の脇に置いていたカップからすっかり冷えた紅茶を気付け薬代わりに一息に飲み干し、次の教本から知識を得ようと手をかける。──前に目の前の飾ってある鉄華と柄の部分が変色した銀製の短剣の横に添えられた手紙に指を這わせる。

 しかし、手紙に指を這わせた際に生じた衝撃からなのか、はたまた元々接着が甘かったのか定かではないが鉄華の金属で出来た花弁が綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)で出来た茎からもげてしまう。

 

「……許さないから」

 

 その光景にかなり嫌な想像をした彼女だが、おもむろに手紙を握りつぶす勢いで掴むとぽつりと声を零した。──というのも先日届いたこの手紙。中身には『好きでした』というどのようにも捉えられる一文だけが書かれていたのである。

 そんなふざけた内容に思わず手紙を届けてくれた密偵に掴みかかってしまった彼女。しかし、このことは想定済みだったのか密偵はやんわりと手を離すように伝えると、フレメヴィーラ王国の先王である彼女の祖父から『アルに関する情報は伝えるべし』と指示を受けていると説明しながらアルの現在について機密に接触しない程度に話し始めた。

 

 ボキューズ大森海への調査飛行。謎の魔獣による撤退。そして……第一次から間髪入れない第二次の調査飛行にクシェペルカ王国にとって大恩がある銀鳳騎士団が全面的に参加したこと。

 説明が終わった後、床にへたり込んだ彼女を彼女の母と現在は女王になっている従妹が元気付けながら部屋まで帰したのはつい最近のことである。

 

「なに終わった風に言ってるのよ。絶対帰って来なさいよ。まだ……思い出の中だけの存在なんかにしてあげないんだから」

 

 歴史からボキューズ大森海がどのような場所かは彼女も知っている。そして、そんな地帯に足を踏み入れると最悪、どうなってしまうのかもよく分かっている。

 彼女はクシャクシャになった手紙を机の上に置き、もう一度目の前に視線をやる。そして、目に入った銀の短剣の柄の部分を掴むと、大事な物を扱うかのように丁寧に胸に押し抱いた。──一瞬だけ先端を自身の喉に向ける『誘惑』に駆られるが、自身がそこまでか弱い存在だったかと疑問を持った彼女は鼻で笑いながら短剣を丁寧に元に戻す。

 その頃には既におぼろげだった意識は覚醒し、まどろみの中にいた目にも確固たる意志を孕んだ灯が灯っていた。

 

「アルフォンス成分補給っと。もう少し頑張りましょうか」

 

 謎の成分を作り出す彼女──イサドラは領地経営に向けての勉強を開始する。

 なお、この成分は類似品としてエル君成分や騎士様成分、朴念仁成分などと多岐に渡っている。それぞれ名称も吸入者も異なるが、全てに精神の高揚やモチベーションの増加、安心感の付与といった吸入者の身体に良好な効能が分かっている謎成分である。

 

***

 

 決定的な瞬間。全ての生きとし生けるものに平等に与えられた時間と言う概念は個々人で変化する。ある者は決定的な瞬間を見てしまったがために周辺の声までもがスローモーションとなり、またある者はいち早くこの危険地帯から離れるために即座に意識を切り替えつつとてつもなくきびきびと動き始める。

 

 エルネスティ・エチェバルリアは──後者だった。たとえ前世から交流のある弟が倒れようとも、その身は騎士団を率いる存在だ。アルの犠牲から分かった小王(オベロン)の思惑や、これからこちらに対して行おうとしていることが分かった今、ただうろたえてさらに犠牲を増やすという手札はエルの中にはなかった。

 

「銀鳳騎士団、迎撃を!」

 

「イズモ回頭ぉ! 全速で回せぇ!」

 

「ですが、副d 「ちんたらしてっと死体も残らんのが分からねぇか!」 は、はいぃぃ!」

 

 慌てて回頭が開始されたことによって搭乗者の命令が途絶えたトイボックス・ハーミットは、まるで酔っ払いのように足元をふらつかせながら法撃戦仕様機(ウィザードスタイル)が伸ばした手をすり抜けてイズモの甲板から落ちていく。

 だが、あらかじめ強襲用追加装備(オプションワークス)と合体していたために機体は地面に激突することなく、強襲用追加装備(オプションワークス)に乗っているであろう補佐の操縦によってゆっくりと森の奥へと消えていった。その後姿を艦橋から見ていたエルは、今はフロイドに任せてこの状況を打破しようと伝声管に取り付いた。

 

 現にイズモの監視台近くにある機銃や法撃戦仕様機(ウィザードスタイル)に乗っている騎士といった一部の船員達は胸部装甲に穢れの虫の角が突き刺さる瞬間や、胸部装甲にぽっかりと穴が開いたトイボックス・ハーミットが目に焼きついてすぐさま行動を移せずにいる。そんないつまで経っても法撃が飛ばない箇所があるイズモでは満足に戦えないと危惧したエルは、『見張り台近くの機銃班!』や『甲板の法撃戦仕様機(ウィザードスタイル)!』と名指しで呼びつつ応戦を指示する。

 

「ここは既に敵の射程内です。全員、まずは生存するために戦ってください!」

 

「機体なんざいくらでも直してやらぁ! まずはてめぇらや仲間の命を考えろ!」

 

 アルが常々言っていた言葉に対しての返答のようなことをエルの背後から叫ぶダーヴィドの声によってイズモの防御機関が全て息を吹き返した。徐々に近づいてくる魔獣の影にイズモの側面や甲板に並んだ数多の法撃戦仕様機(ウィザードスタイル)と機銃がそれぞれの切っ先を穢れの獣(クレトヴァスティア)やその奥にいるデカブツ──小王(オベロン)が乗っている幻操獣騎(ミスティックビースト)に向ける。

 

「撃ちまくれ!」

 

「シルエットアームズのエンブレム・グラフが焼けたらすぐに交換しろ! 法撃を絶やすな!」

 

「第3中隊にアサマから副団長の"あれ"とってくるように伝えろ! 雲が邪魔だ!」

 

 魔導兵装(シルエットアームズ)から伸びる法弾が次々と穢れの獣(クレトヴァスティア)の放った体液弾や穢れの獣(クレトヴァスティア)を貫いていく。しかし、ここまで数が揃うと体液弾の圧力は小雨どころではなく、撒き散らされた酸の雲(アシッドクラウド)の密度も半端ではなかった。

 

「甲板のウィザードスタイルは法撃で雲の排除、機銃は法撃を継続してください! イズモの全魔力をもって打ち滅ぼします!」

 

 体液弾の勢いに負けじと大小の法弾が豪雨のごとくイズモから放たれる。イズモは周囲に爆炎の華を咲かせながら穢れの獣(クレトヴァスティア)を自らのキルゾーンに誘い込もうと前進を開始する。

 

 そんな囮のような役目を果たしているイズモだが、これはイズモだからこそ成せるある意味力業であった。

 飛翼母船(ウィングキャリアー)という新概念のネームドシップを担っている本船。アルの思いつきで想定よりも多めに設置してある魔力転換炉(エーテルリアクタ)から供給される莫大な魔力は、イカルガが常時生成している魔力量には遠く及ばずとも通常航行どころか常時魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)でぶん回す勢いでも早々に尽きる量ではない。

 そんな馬鹿げた魔力を推力以外にも使おうと、イズモにはハリネズミのように敷き詰められた機銃だけではなく法撃戦仕様機(ウィザードスタイル)にも銀線神経(シルバーナーヴ)を介した魔力の安定供給化が図られている。これらの改造により、イズモの防衛力は宙に浮かぶ要塞といっても過言ではないレベルまで練り上げられていた。

 

 ただ、この魔獣はただの魔獣ではない。小王(オベロン)の知恵をバックにつけた『兵隊』だ。

 正面からの突撃では崩せないと分かった赤い甲殻を持つ穢れの獣(クレトヴァスティア)の叫びにより、相手の動きが急激に変わる。法撃によってできた弾幕を突っ切るのではなく、数匹ごとに分かれて迂回し始めたのだ。

 トゥエディアーネが小隊で動くことで学んだのか、叫んだ赤い穢れの獣(クレトヴァスティア)の後を淀みなく付いていく数匹。

 5小隊という幻晶騎士(シルエットナイト)大隊級の群れが弾幕をひらり、ひらりとあしらいながら体液弾を射出。若干足が鈍ったところでイズモ目掛けて突撃を開始する。

 小王(オベロン)からの指示で彼らが狙ったのは上部甲板付近で砲撃を放つ法撃戦仕様機(ウィザードスタイル)。その胸部装甲であった。

 副団長と称された者の機体が貫かれる様子から小王(オベロン)はニヤついた笑みで命令し、それを受け取った数匹の穢れの獣(クレトヴァスティア)は位置調整をしながら法撃戦仕様機(ウィザードスタイル)に必殺の角を見舞おうとする。

 だが──。

 

「私達も居るんだからね!」

 

「トライデント命中! キャリー、再突入する時の掃除は頼むぞ」

 

「はいはい。全員、一気に駆け抜けるよ!」

 

 3機のトゥエディアーネを軸とした第3中隊が横合いからトライデントを発射したことにより、既に攻撃態勢を取っていたかなりの穢れの獣(クレトヴァスティア)が無防備な腹部に風穴を開けられた。ただ、そんな戦果を気にすることなく第3中隊は魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を最大出力で吹かしながら貫いたばかりの穢れの獣(クレトヴァスティア)や護衛対象であるイズモの横を通り過ぎて戦域から離脱する。

 

 傍目から見れば敵前逃亡と見えるだろうが、これはれっきとした第3中隊の戦術であった。一旦戦域から離れた第3中隊は弧を描くように大きく方向転換すると、今度は肩に濃い緑色のカラーリングが成されたトゥエディアーネを先頭に再度イズモの防空圏内へ突入する。

 そのトゥエディアーネの手には先ほどアサマから受領した酸の雲(アシッドクラウド)を消し飛ばす装備であるシナツヒコが握られており、トゥエディアーネは腰部に増設されたポーチから板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を数枚引き出して装填作業に入った。

 

「えーっと、この範囲なら1枚? ……いや、2枚? あー、もう! 操縦しながらだと難しいなぁ!」

 

 しかし、全員が使用できるよう操作手順を簡略化したシナツヒコであっても『空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)の操縦中』のケースは対象外であった。仮にアルがその光景を見ていたら『アァァ! 運用者は開発者の斜め上のことすーぐやろうとするー!』と金きり声を上げそうな場面だが、残念ながら彼はここには居ない。

 

「大丈夫? 止まろうか?」

 

「大っ! 丈夫っ! ですっとぉ!」

 

 心配そうに減速の指示を出そうとするヘルヴィだったが、シナツヒコを持ったトゥエディアーネの拡声器から大丈夫そうな気配の声が聞こえる。現にかのトゥエディアーネの操縦席では緑色の髪をした女騎士が額から汗をかきながらも装填作業を終わらせ、幻像投影機(ホロモニター)に映った照準に目を細めていたところであった。

 

「キャリー、本当に大丈夫か?」

 

「伊達に副団長のフォートレスとか、副団長の作ったもの試したりとか、副団長の作ったマニュアルをフロイド君と一緒にやってみたりしてませんよ」

 

 周囲との位置関係に気をつけながらもやたら遠い目をしたキャリー。

 実はこの人物。ヘルヴィなどといった中隊長達と同期──つまり、銀鳳騎士団創設初期のメンバーである。

 入団時も『操縦経験あまりないから、もしヘルヴィが隊長になるんならそこに入らせて。あ、間違ってもディーのところに入れたら……分かってるよね?』と半ば脅迫染みたやり取りの末、ヘルヴィの率いる第3中隊に入った彼女。

 しかし、アルはそのことをあろうことか強請りのネタに使用し、彼女はことある毎にフォートレスの牽引役や、誰も適任者が居ない新装備の実験、他者に渡すマニュアルが初心者が見ても大丈夫かの確認役といった無茶振りに振り回された実績を持つ。

 

 今はフロイドが入団したので半分の押し付け……もとい、頼む形になったが創設初期はことあるごとにキャリーに話が回ってくるので、彼女はなぜこんなに仕事を振ってくるのかとアルに疑問を投げかけたことがある。

 その答えが『キャリーさんの髪って濃い緑なので、目に留まりやすいんです』というあっさりとした理由。当然、その後にアルはキャリーの両手に捕獲されるとそのまま物理的に揺すられるという八つ当たりを食らい、キャリーはキャリーでヘルヴィに『ヘルヴィみたいに薄い緑に染めたい』と愚痴を吐く誰も幸せにならない結果に終わった。

 

「まぁ、お前の髪目立つm 「あぁん?」 ゴメンナサイ」

 

 先ほどヘルヴィやキャリーと先頭を駆けたもう1機。同じく銀鳳騎士団創設初期から居る同期からからかわれかけるが、キャリーはアルとよく似た脅し声でトゥエディアーネの首──頭部兵装を向けると彼は小さい声で謝る。

 

 どうやら第3中隊に女性騎士を集めた結果、隊内のヒエラルキーは女性寄りに傾いたのだろう。隣で心なしかしゅんとさせているトゥエディアーネに鼻を鳴らすと、再び仕掛けるタイミングを計るために幻像投影機(ホロモニター)を見つめる。

 チャンスは数回はあるだろうが、逃すごとに方向転換に時間がかかる。その分仲間が危険に晒されると自覚したキャリーの手に力が入る。

 

「イズモに当てないように……イズモの進路を広げるように……撃つ!」

 

 独り言を言いながらもキャリーはシナツヒコを放つ。不可視の法弾はイズモの前方に展開されている酸の雲(アシッドクラウド)に着弾すると、破裂音と共に周囲の白い雲を晴らした。

 

「よぉし、全速前進! 一気に包囲を突破するぞ!」

 

 進路が晴れたことにより、イズモは魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の炎を長く伸ばしながら酸の雲(アシッドクラウド)の包囲を脱する。しかし、彼らは再び穢れの獣(クレトヴァスティア)が展開する陣を押さえ込むように回り込むと法撃を開始する。

 法撃、魔導飛槍(ミッシレジャベリン)、格闘。飛空船(レビテートシップ)、トゥエディアーネ、法撃戦仕様機(ウィザードスタイル)。持てる全ての手段で穢れの獣(クレトヴァスティア)を撃滅していく銀鳳騎士団。そんな彼らを地上から見つめる者達が居た。

 巨人達である。

 

「行くぞ、彼らにばかりに戦わせてはアルゴスに眼を合わせられぬ」

 

 天駆ける幻獣や船。師匠(マギステル)の仲間達が戦っている姿を見ながら小魔導師(パールヴァ・マーガ)は集まった全氏族に問いかける。

 既に彼女は経験が浅い子供ではなく、立派な連合軍を纏め上げたマーガだ。ゆえに彼女の問い対して侮蔑の言葉は一切無く、戦士や勇者、従者に至る全ての巨人達は『問いはまだ終わっていない』と高らかに叫びながら進軍を開始する。目的地はもちろん、ルーベル氏族の陣地だ。

 

「さて、僕達も別の戦場に赴くとしようか」

 

「戦場へただいまだぁ!」

 

「さっき戦いが終わったのに元気だな、お前」

 

 連合軍が戦支度を整えている最中。避難が終わった第2中隊は、自分達が借り受けている飛空船(レビテートシップ)を呼び寄せて収容作業に当たっていた。既に地上は幻晶騎士(シルエットナイト)戦力が入り込む余地はなく、代わりに空中では1機でも多くの幻晶騎士(シルエットナイト)戦力を欲している。

 なので、第2中隊は己の居場所である最前線に一刻も早く馳せ参じるために軽口を叩きつつも迅速に収容作業に従事していた。

 

「戦士ディーよ。我らはこれよりルーベル氏族の陣へ赴く。そなたらの武運を祈る」

 

「ありがとう。そっちも気をつけたまえ、あの魔獣が空だけとは限らない」

 

「そうですね、あの性格の悪さなら地上の巨人を動けなくしてから人質にしそうですし」

 

 2人のやり取りに声が1つ追加される。その声に驚いた2人は一斉に振り向くと、そこにはアルが何気なく立っている。ただ、イズモの甲板で機体の胸部装甲を貫かれるという現場を見ていない2人は『空に居る面々と合流したんじゃ?』という共通の疑問が頭に浮かぶ。

 

「マギステルのところへ飛んで行ったんじゃ?」

 

「あー、向こうの代表にペット同伴禁止って言ったらキレられて落とされました」

 

「君ねぇ……。まぁ、良いか。それで、地上に降りてきた副団長閣下はどうするおつもりで?」

 

 飛空船(レビテートシップ)から落とされるという状況をあっけらかんと説明したアルに、ディートリヒは今後の予定を聞く。すると、空中に浮かぶ幻操獣騎(ミスティックビースト)に単眼鏡を向けながら『ペットを破壊します』と宣言した。

 幻操獣騎(ミスティックビースト)は忙しなく攻撃を加える穢れの獣(クレトヴァスティア)とは違ってこちらに危害は与えないが、トゥエディアーネにとっての飛空船(レビテートシップ)のように穢れの獣(クレトヴァスティア)をその表面に止まらせて休息を取らせる母船のような役割をしている。ゆえに消耗戦は逆にこちらが不利になってしまう。

 

「なるほどね、だけど、空からあのでかいのを叩こうにもあの雲や魔獣を抜けていかなきゃいけない。だから地上から攻撃をしようってことか」

 

「その通りです。なので、連合軍の中からシルエットアームズの扱いに長けた方とかもろもろ付いてきてもらえないかなと」

 

 戦支度が終わって行軍しようとしていた巨人達を見渡しながらアルは要望を口にする。彼が言う地上からの攻撃は、たしかに空に釘付けになっている小王(オベロン)穢れの獣(クレトヴァスティア)にとって不意打ちとなりえる行動だ。

 ただ、大地を黒く塗り潰すほどの巨体を相手に既存の魔導兵装(シルエットアームズ)が役に立つとは思えなかった小魔導師(パールヴァ・マーガ)は渋顔を浮かべつつ、『師匠(マギステル)の弟』ということで連合軍の中に消えていく。

 

「さて、僕達はそろそろ空に上がらせてもらうよ。……おっと、君がここに居ることは騎士団長閣下には秘密で良いんだね」

 

「お願いします。万が一にも僕が生きてると知ったら本格的に地上へ攻撃するでしょうし」

 

「そうだね、万が一にも君が生きていると分かったら面倒だものね…………うん?」

 

 オウム返しのように会話するディートリヒだったが、ふとアルの言っていることが少々おかしいことに気付く。途端に口中が乾き出すが、それでも擦れた声でアルにどういうことなのかと尋ねる。

 すると、『あ、僕先ほどあの魔獣に機体の操縦席を突き刺されたんですよ』と何気なく話す。

 

「君、幽霊とか怖い話苦手ではなかったっけ?」

 

「いや、苦手ですけど? 一応生きてるんで」

 

「ほんとですよ。おかげでトイボックス・ハーミットが空中で動くと不自然だからって単調な動きしか許さないって言われて、結局僕も不時着する羽目になったんですから」

 

 何がなんだかよく分からなくなってきたディートリヒの背後からフロイドが急に姿を現す。フロイドはアルに近づいて『操縦系統も無茶苦茶ですね』と話しながらトイボックス・ハーミットに刺さっていた銀の短剣をアルに手渡していると、苦虫を噛み潰したような表情のディートリヒが遠慮がちにフロイドを呼ぶ。

 

「フロイド、どういうことか簡潔に説明してくれないかね? 副団長閣下だけだと無駄に話が長くなる」

 

 彼らの反応にどうやらフロイドもアルの考えている作戦に加担しているとディートリヒは判断したのだろう。もちろん、この間にも戦況が動いているので『簡潔に』というオーダーも付け加え、それを聞いたフロイドは事のあらましを話し出した。

 

 アルの懸念はこうだ。

 小王(オベロン)という人物が穢れの獣(クレトヴァスティア)を制御下に置いていると仮定すると、合流した際に穢れの獣(クレトヴァスティア)ごと西に連れて行こうとするのではないか。そして、フレメヴィーラ王国に連れて行き、自身が王だったり銀鳳騎士団が一時的に小王(オベロン)側として戦ったということでリオタムスや貴族に対して無茶な要求をし、その要求が難航した場合は『おう、こっちにはこれがあるんだぞ?』と穢れの獣(クレトヴァスティア)をチラつかせて無理やり承諾させる。

 後はことあるごとに要求し、最終的には穢れの獣(クレトヴァスティア)幻操獣騎(ミスティックビースト)を中核とした一大国家の一丁上がりである。

 

「話半分で聞いていたあの時の自分をぶん殴りたいです。なんですか、副団長の懸念以上の物が飛び出してるじゃないですか」

 

「うん、確かに最初に話を聞くと現実味がないね。だけど……既に来てしまっているからね」

 

 ディートリヒは遠い目をしながら、酸の雲(アシッドクラウド)による橋頭堡を生成している穢れの獣(クレトヴァスティア)幻操獣騎(ミスティックビースト)を見る。現に懸念の1つである穢れの獣(クレトヴァスティア)を伴っての合流は果たされてしまっている。

 おそらくだが、無条件で招き入れた場合はアルの懸念どおりの展開になるだろうことはディートリヒも十分理解した。

 だが、それでもアルが死を偽装する理由にはならなかった。

 

「タイチョ、なにしてるんすか! そろそろ出ないと!」

 

「あぁ、分かった! アルフォンス、じゃあなんで死を偽装したんだい? 別にやらなくてもいいじゃないか」

 

「簡単に言えば、相手の腹積もり次第でイズモを攻撃してた可能性が捨て切れなかったので。対抗手段を携えた者、つまり僕が矢面に立つのは当然のことでは?」

 

 エルと小王(オベロン)が事前にどのような交渉をしていたのかは知らないが、退路が無い交渉とはどこか通常時の交渉事とは異なる──それどころか世間一般の考えからしたら狂っている部分が多々ある。

 もしかしたら、脅しの一環でイズモを攻撃するかもしれない。もしかしたら、法撃戦仕様機(ウィザードスタイル)に狙いを定めて見せしめにするかもしれない。もしかしたら、ザカライアごと艦橋を破壊するかもしれない。

 そんなアルのマイナス思考がぎゅんぎゅんと唸りを上げながら『悪い予感』を生産し続けた結果、最終的には『囮はもちろん俺が行く』、『見敵必当(サーチアンドバッチコイ)』というとんでもない考えに行き着くことになった。

 

 そして、その考えに行き着いた時がちょうどアサマがドクトリナ・デ・シーバに到達する数日前。つまり、トイボックス・ハーミットの陸戦仕様に変更するちょうどその時だ。

 外れて欲しいとは願うが、それでも自身の想像した悪い予感が的中しても良いようにアルはトイボックス・ハーミットの改造を行う際、背部に銀線神経(シルバーナーヴ)と伝声管のコードを巻き取った大きなリールを増設する仕様を混ぜ込んだ。

 

 これにより偽王との戦闘を終えた後、取り付けられたリールから銀線神経(シルバーナーヴ)と伝声管を強襲用追加装備(オプションワークス)に接続。直接制御(フルコントロール)と配線し直した伝声管によって、あたかもトイボックス・ハーミットに乗っているような細工を行ったアルは強襲用追加装備(オプションワークス)の操縦席の隙間に潜り込み、イズモと合流。

 その後はタンク役としての役割を従事したのが事の経緯だ。

 

「言いたいことは多々あるんだけどね。ひとまずこれ以上この場に留まるわけには行かないから、後は任せたよ」

 

 アルの説明に色々ツッコみたいことはあったのだろう。ただ、やはり彼の説明でかなりの時間を要したので、ディートリヒはさっさとグゥエラリンデと共に船に戻っていく。機体が格納されたと同時にイズモの居る方向に向かって進む飛空船(レビテートシップ)をアルが見送っていると、彼の耳に足音と小魔導師(パールヴァ・マーガ)の声が聞こえてきた。

 

「戦士アルよ。連れてきたぞ」

 

「お前がエルの弟か! 兄とそっくりだな!」

 

 小魔導師(パールヴァ・マーガ)と共に姿を現した巨人の内、3つの眼を有する巨人が子供特有の人懐っこい笑みを浮かべて近づいてくる。ただ、彼も魔導兵装(シルエットアームズ)を持っていることからこの問いに参加していたと予想したアルは村で遊んでいた子供のような扱いは一切せず、戦士と対面するかのように騎士の礼をとった。

 

「銀鳳騎士団の副団長を務めます、アルフォンス・エチェバルリアと言います。今回は召集を受けていただき、感謝します。……パールさん、アストラガリの皆さんにこの感謝の言葉って伝わります?」

 

「い、いや。ナブはまだ戦士というわけではないからそんな仰々しい挨拶は過分だとは思うが」

 

「いえ、シルエットアームズを持っていることから既に問いには参加しているわけでしょう? つまり、アストラガリにとっては既に武勇を誇れる戦士では?」

 

 アルは巨人族(アストラガリ)の文化を尊重した上でナブと呼ばれる少年に敬意を表したに過ぎない。ただ、他者の文化を尊重してその文化に順応する考えは最も難しいことであり、最も相手から気に入られる手段でもあった。

 戦士扱いにすっかり気を良くしたナブが魔導兵装(シルエットアームズ)を見せびらかすように構えながら『何をすれば良いの?』と問いかけてくるので、アルは少し思案顔をしながらとりあえず移動するように提案する。

 

「勇者の……いや、戦士アルよ」

 

「あ、どうも。先ほどは戦い前に水を差して申し訳ありませんでした」

 

 すると、ルーベル氏族の陣へ攻め込もうとする連合軍の中から青色の装飾を纏った巨人──先ほど偽王と戦っていた3眼位の勇者がアルのところへ歩いてくる。その姿にアルは偽王との戦いの前に露払いをしたことを咎めに来たのかと勘違いをして初手謝罪を決め込むが、勇者は『気にするな』と口の端を僅かに吊り上げた。

 

「俺でもあの数を相手にすればただではすまなかったからな、感謝する。しかし、俺はアルゴスの元へ向かった氏族の者達のためにあの偽王を討たねばならない。かわりに我が従者やシルエットアームズを持った者達を連れて行ってくれ」

 

「おぉ、かなり洞察力や機転を備えた方だと兄から聞いています! それに、シルエットアームズの部隊も! よろしいのですか!?」

 

「あ、ああ。よろしく頼む」

 

 巨人族(アストラガリ)では眼の数で待遇が決められている。仮にこれが巨人だった場合、姿を見せた1眼位の従者や眼が少ない巨人に対して『我の頼みは1眼位かそこらで十分なのか』と怒りを顕にするところなのだが──。

 そんなことを一切知らないアルは、1人1人の巨人に頭を下げつつ人差し指を両手で持つという『握手』を交し始める。そんな光景に小魔導師(パールヴァ・マーガ)と勇者は顔を見合わせながら、『これがあの勇者の率いる氏族のやり方なのだな』と笑みを浮かべる。

 

「では、俺は行く。戦士アルよ、また眼が合うことを楽しみにしている」

 

 そう言った勇者は見よう見まねだが『騎士の礼』を取ると足早に連合軍に合流するべく歩き出す。ひょんなことから異文化交流が行われたわけだが、空の上ではまだまだ激しい戦闘が繰り広げられている。

 

 エドガー率いる増援が幻操獣騎(ミスティックビースト)の真後ろから現れ、その中にはアディの乗るイカルガの姿があった。かつての乗機が見事復活した姿にエルは意気揚々とカササギに乗ってイズモを発ち、イズモを中心とした船団とイカルガを乗せた船を中心とした船団が挟み撃ちの要領で穢れの獣(クレトヴァスティア)を圧倒していく。

 

 この勢いで行けば空の戦いも一気に片付く。船団の大勢が俄かにそう思ったその時であった。

 

「ん? 何かおかしくないですか? ……っ!」

 

「痛っ、偏頭痛かな。ともかく、トゥエディアーネ。……いや、イカルガやカササギも動きがおかしいですね」

 

 突如、幻操獣騎(ミスティックビースト)が姿を大きく変えたかと思えば船団を守るトゥエディアーネなどの動きが緩慢になったのだ。それと同時にジクジクと痛み出した頭をアルとフロイドはそれぞれ片手で抑えつつ、単眼鏡で空の様子を確認する。

 すると、トゥエディアーネは推進用の魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)に異物が入ったかのように咳き込み出しており、鰭翼(フィンスタビライザ)を動かすのも一仕事といったいかにも『不調』といった様子が見受けられる。

 即座にアルとフロイドは『機体の不具合だ!』と結論付けたかったが、出撃している全機が多かれ少なかれ同じような状況に陥っていたので、2人は片手で頭を抑えながら顔を見合わせて奇怪な表情を浮かべる。

 

 しかし、動きが鈍ったことで魔獣は決して手を抜くことは無い。弱った獲物から葬ろうと穢れの獣(クレトヴァスティア)はトゥエディアーネの部隊に向かって猛然と突撃を開始する。今まで機敏に動いていた分、機動力がかなり落ちたトゥエディアーネは為す術もなくやられてしまうだろうと予期したアルは、手を上空に指し示しながら声をあげる。

 

「巨人の皆さん、移動は中止。今、この場で上空に援護を行いたいと思います」

 

 しかし、その指示に対する大半の巨人の行動は魔導兵装(シルエットアームズ)を下ろしてアルの方を困ったような表情で向くことであった。

 それもそのはずである。巨人族(アストラガリ)にとって魔導兵装(シルエットアームズ)は彼らの時代の最先端を行く装備だ。ゆえにその利用法も錬度も騎士やナイトスミスとは比べ物にならないほど劣っている。

 今までの問いでも同じ陸上を走る巨人相手にしか法撃を放っていなかった彼らが弾幕を形成するといった知識は一切なかった。

 

 そのため、穢れの獣(クレトヴァスティア)を一撃必中しろという指示と勘違いした巨人達の『正気か?』とも言いたげな視線が真下のアルに向かうのだが、勘違いしていることも知らない当の本人は『え、なんでこっち向くんだろう』と痛む頭が邪魔をして考えを纏められずにいた。

 

 ただ、その時。とある小さな巨人が真っ先に魔導兵装(シルエットアームズ)を空に掲げる。──ナブだ。

 元々エルやアディと共に過ごしていたからか、魔導兵装(シルエットアームズ)の扱いが他の巨人よりも達者な彼。それでも飛翔する穢れの獣(クレトヴァスティア)に狙いをつけようと切っ先を彷徨わせるが、やがて空に目線を向けたままアルに質問を投げかける。

 

「狙ってみたけど、速過ぎるよ。俺達、そんなに訓練もして無いから当てれないよ?」

 

「あ、大丈夫です。なるべく量を放って牽制してもらえれば」

 

 アルからの捕捉によって思いがけず誤解が解ける。次々と巨人達は空に魔導兵装(シルエットアームズ)を向けると、従者の一斉で思い思いの穢れの獣(クレトヴァスティア)へ向けて法撃を仕掛けた。今まで空で戦っていた穢れの獣(クレトヴァスティア)達にとってこの法撃は不意打ちだったらしく、数匹が爆炎の中へ消える。

 そんな対空砲火の真っ最中。アルはこの場をフロイドに託し、小魔導師(パールヴァ・マーガ)を呼んでひたすら魔法術式(スクリプト)をこねくり回しながら移動をしていた。

 

「戦士アルよ。そのマギアはなんだ?」

 

「本隊とは別に来た方々への援護用です」

 

 そう言いつつ魔法の演算を行っていたアルは、気付くと先ほどまで痛んでいた頭が楽になったことに気付く。まだ本調子ではないが、急に治まったから『帰ったら休暇とろう』と長旅による身体的、精神的な疲労のせいだと考えながら単眼鏡で戦況を確認する。

 地上からの法撃のおかげで避難が完了した部隊、未だ前線に全速前進している部隊と本隊は順調に立て直せているが、アルと小魔導師(パールヴァ・マーガ)がこれから向かう先──援軍としてやってきた第1中隊と藍鷹騎士団の船団はかなり旗色が悪かった。

 

「第1中隊は……ちょーっとまずいですね」

 

 自身の演算している魔法を1秒でも早く完成させるよう急ぎつつ、ちょうど良いポイントを陣取ったアルは再び単眼鏡で空の戦況を確認する。

 

「イカルガも居ますが、まずいですね」

 

 トゥエディアーネのような拙い動きではないのだが、それでもエルが乗った際とは雲泥の動きを続けるイカルガ。その背中には降下用追加装甲(ヘイローコート)が備わっており、通常の炉でも動かせるように様々な装備の封印が施されていることから撤退を行う殿としては少々心もとない。

 施されていることから撤退を行う殿としては少々心もとない。

 なにせ、『イカルガ』が居るのだ。その戦闘能力を小王(オベロン)に伝えられていれば少々多くの手駒を差し向けるのは道理である。

 

「よし、出来た。パールさん、僕の肩を握って魔力送ってくれません?」

 

「シルエットアームズのようにすれば良いのか? お安い御用だ」

 

 ようやく魔法術式(スクリプト)が出来上がったアルは降下甲冑の肩をトントンと叩きながら小魔導師(パールヴァ・マーガ)に魔力の供給をお願いする。脱出する際、少しでも目立たないように機体は放棄してきているので、こうして巨人に魔力を融通してもらうしか戦術級魔法(オーバード・スペル)クラスの魔法を扱うことが叶わないのだ。

 

 しかし、小魔導師(パールヴァ・マーガ)はアルの頼みに頷きながら降下甲冑の肩を人差し指で触れ、魔導兵装(シルエットアームズ)の要領で魔力を流す。そうすることでアルが魔術演算領域(マギウス・サーキット)内で全力演算した魔法術式(スクリプト)は、降下甲冑越しに小魔導師(パールヴァ・マーガ)から送られてきた魔力や内部に張り巡らされている綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)の助力を受けてこの世に顕現する。

 

「狙いはイカルガと魔獣の中間。この魔法で戦況をゼロに……イーブンに戻します」

 

 巨人の握り拳と同サイズの球体。その中には乱気流のようなものが暴れまわっており、一目でかなり危なそうな魔法であることが伺える。集中しているので何の魔法(マギア)なのかと聞きづらそうにする小魔導師(パールヴァ・マーガ)の目の前でアルは『ここっ!』と叫びながら球体を発射する。

 その球体は一直線にイカルガと穢れの獣(クレトヴァスティア)の前に躍り出ると内包してあった凄まじい突風を全方面に解放する。幻晶騎士(シルエットナイト)であるイカルガすらも後方で収容作業に当たる飛空船(レビテートシップ)付近まで押し出したその風は穢れの獣(クレトヴァスティア)ごと酸の雲(アシッドクラウド)を吹き飛ばし、第1中隊がやってきた空は真っ青な状態──開戦前まで巻き戻った。

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