銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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巨人戦争編_後片付け編
124話


 声を聞いた。大事な者を見送った後のような優しくて高い声。

 声を聞いた。一仕事を終えたような感慨深げな低い声。

 どちらも『ありがとう』という単語のみだったが、どんな事情なのか薄っすらと察することが出来たエルは小王(オベロン)が出て行った穴を見る。

 

「親と子はいつか離れるものですからね」

 

 いささか感傷的なことを考えながらアルが持ってきた繊維質の柱からゆっくりと中心の水晶体を取り出す。ゆっくり、かつ的確に水晶体を取り出していると、カササギの胸部装甲を叩く音が聞こえてきた。

 

「ちょっと! なに終わった風にのんびりしてるんですか! このまま、魔王の崩壊に巻き込まれたら目も当てられませんよ!」

 

 胸部装甲を開けた端から中に転がり込んできたアルを押しのけたエルは幻像投影機(ホロモニター)を見ると、既に轟炎の槍(ファルコネット)の余波によって空間の崩壊が始まっている。さらに奥の方を見ると外部からの衝撃で空間が崩落している光景もあったので、おそらく船団が魔王に攻撃を加えているのだろうと思い至ったエルは急いで水晶体をカササギの空いている腕に抱え込ませた。

 

「あー、すみません。ちょっと声が聞こえてきたので、感傷に浸ってました」

 

「声? 僕ら以外に誰も居ませんよ。それよりも退路を……。アディ、通れそうな空間がないように思うんですが」

 

「そうだね。さっきの爆発で私達の通ってきた道も塞がっちゃったし、ためしに外に向かって法撃でもしてみる?」

 

 どの道も奥に続くことなく潰れてしまっている現状に3人は途方に暮れる。言葉では冷静だが、その実テンパってると途端に冷静になる現象が起こっているに過ぎなかった。

 アディが駄目もとで法撃で出来た空洞を通る提案をするが、崩壊が始まっている魔王に強力な法撃を当てた場合の余波がどこまで届くか分からない。この崩壊スピードから、法撃を撃った拍子に天井が崩壊して潰される可能性もなくはないことをアルが伝えると、アディは『だよね』と再び長考に入る。

 

 喧々諤々と現状の報告や確認、打開策を出していきながらもどうするべきか未だ答えが出ない3人だったが、ふと何かに気付いたようにエルは幻像投影機(ホロモニター)に映し出された水晶体を凝視する。

 

「…………さっき、オベロンが出て行った穴に向かいましょう」

 

「え、道なんて分からないよ!?」

 

「大丈夫です。いざとなればソーデッドカノンで突き破ります」

 

 当てにならない自信たっぷりなエル。しかし、このまま突っ立っていても本当に崩落に巻き込まれるので、『縦に直進したら、横に突き抜けるよりも崩落の破片とかにぶつからないだろう』というアルの後押しによってマガツイカルガ全ての操縦はエルに託された。

 

「右! 左 このまましばらく直進! 前!」

 

「兄さん、本当に大丈夫なの?」

 

 その場から大きく上昇したマガツイカルガは、壁にぶつからないように速度を調整しながら開けた空間を駆け抜けていく。まるで道を分かっているかのように操縦し続けているエルの様子にアルは不思議そうな表情をしながら本当に進む道は合っているのか疑問を呈するが、今はエルを信じるしかないのは彼もよく分かっていた。

 

 そんなアルが投げかけた疑問、実は当たっていたりする。エルはただ、自分に語りかけてくる『意志』の指示に従っているだけなのだ。

 あのまま立ち止まっていてもろくな事にはならなかったということもあったが、語りかけてくる意志に邪な気配を感じなかったので『彼ら』に従う形で案内されているが、方向転換するごとに流れてくる新鮮な空気の気配に目を輝かせる。

 

「だいじょう……正面! 今、忙しいので話しかけないでください!」

 

 だが、スピードが上がるとどうにも方向転換は難しくなる。かなりシビアな操縦が要求される中でアルの疑問に答える暇が無かったエルは、強い言葉でアルを黙らせながらマガツイカルガの操縦に全神経を集中させる。

 空間を通り抜けた瞬間に崩落したり、亀裂が目立つようになってきた通路を経てマガツイカルガはようやく光が漏れる天井へと行き着いた。

 

「アディ、魔力は任せます。最大火力で吹き飛ばしますよ!」

 

「分かった!」

 

 ひび割れた外殻によって蓋をされた天井に向け、銃装剣(ソーデッドカノン)の切っ先が向けられる。そのまま流れるように轟炎の槍(ファルコネット)が高速で打ち出されるが、轟炎の槍(ファルコネット)が数発当たった程度では天井はびくともしなかった。

 それでも、エルは諦めずに何度も轟炎の槍(ファルコネット)をマガツイカルガに撃たせる。次第に周囲の崩壊も本格化し、天井から大小の破片が降り注ぐがエルは魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の位置を小刻みに変えながら瓦礫を器用に避け、アディもイカルガ側からの操縦で法撃を続ける。

 

 7発……8発……9発目といったところで轟炎の槍(ファルコネット)は堅牢だった外殻に皹を入れることに成功する。

 皹の小さな隙間から見える光。それが僅かながらイカルガの頭部を照らした時、エルは大声でアディを呼ぶ。その一声で彼の言いたいことが分かったのか、アディは魔力が流れる経路を変更し始めた。

 

 その一方、エルは銃装剣(ソーデッドカノン)の開いていた刀身を元に戻すと新たな魔法術式(スクリプト)をイカルガに命じ始める。

 系統は身体強化──それも機体ではなく銃装剣(ソーデッドカノン)自体を強化する魔法術式(スクリプト)だ。素のままでもティラントーを撫で斬り出来ていた刀身が凄まじい魔力と精密な魔法術式(スクリプト)によって漂う大気すらも容易に切り裂けそうな鋭い気配を帯びる。

 その気配を感じたエルはカササギの鐙をより一層踏み込むと、マガツイカルガは空中で一度足を溜めた後により一層高速で飛翔する。

 

「銀鳳騎士団が作ったイカルガ、ゴブリンの皆さんで再建したカササギ! そして、それらが合体したマガツイカルガは伊達ではありません!」

 

 硬度と速度が伴った質量は魔王の外殻に生じた皹の中心点を穿つ。その衝撃で皹がさらに大きくなり、やがて幻晶騎士(シルエットナイト)1機分の巨大な穴が開通した。皹を穿った速度を維持しながら魔王から脱出した3人は、ひとまず味方と合流しようとそれぞれ無言で友軍機や友軍船を探す。

 すると、ちょうど良く魔王のすぐ近くでイズモが浮かんでいるのを見つけたアルは幻像投影機(ホロモニター)を指差した。

 

「兄さん、あっちです」

 

「了解。アディ、何かあればすぐに防御するので操縦を代わってください」

 

「分かった」

 

 操縦権がアディに譲渡されたマガツイカルガは進路をイズモへ向ける。その後ろで既に満身創痍気味な魔王の叫びを聞いたエルはカササギの頭部を魔王のほうに向けると、今まで散々派手な行動をしていたのにも関わらず、『最後は派手に行きますか』と魔導光通信機(マギスグラフ)を灯らせた。

 

***

 

「ありゃぁ……イカルガか? なんか後ろにカササギがくっついてやがる」

 

「あれ、なんか符丁送ってますよ? ……ブキ……ホキュウ?」

 

 マガツイカルガの姿に奇怪な目を向けるダーヴィドや騎操鍛冶師(ナイトスミス)だったが、機体から発せられる魔導光通信機(マギスグラフ)の符丁に全員首を傾げる。マガツイカルガの手には銃装剣(ソーデッドカノン)が握られているので、さらに武器を補給する意味が分からなかったのだ。

 

「まぁ、銀色坊主の言ってきたことで間違っていたことは…………かなりあるな」

 

「でも、騎士団長からの指示なんですから聞かないわけには行かないでしょ。船倉、ソーデッドカノンを全部甲板に上げろ! …………え? 良いから上げろ! 大至急! 親方が良いって言ったから!」

 

「いや、別に良いけどよ。そこは勝手に許可取ったことにするんじゃねぇよ!」

 

 勝手に自身の許可を取ったと吹聴する騎操鍛冶師(ナイトスミス)にゲンコツを見舞いたかったが、自分に代わってやるべきことを実行に移した功績から踏みとどまったダーヴィド。多少の振動を伴いながらもイズモの甲板が開かれるとその中から5本の銃装剣(ソーデッドカノン)が納められた台座とシルエットギアに乗った数人の騎操鍛冶師(ナイトスミス)が昇降機に載せられて競り上がって来る。

 

「良かった。伝わったみたいですね」

 

「台座の近くに着陸するよ」

 

 騎操鍛冶師(ナイトスミス)が持つ手持ち式の魔導光通信機(マギスグラフ)が明暗し、マガツイカルガからの符丁が伝わったことにエルは胸を撫で下ろす。その間にもアディは魔導光通信機(マギスグラフ)の誘導に従ってマガツイカルガをイズモの甲板に下ろすと、台座の前に近づいていく。

 多少歩いた後に台座の前でマガツイカルガが足を止めると、カササギの胸部装甲が開かれて中からアルが射出される。そのまま、瞬く間に降下甲冑(ディセンドラート)を纏ってマガツイカルガの前に立ったアルは、両手を前に差し出しながら口を開く。

 

「じゃ、ここらへんで。御二人をこちらに」

 

「分かりました。お願いします」

 

 あくまでも客人を迎え入れるかのように丁寧に水晶体を受け取ったアルは、銃装剣(ソーデッドカノン)を積み込んだ台車を甲板まで押し出してきた騎操鍛冶師(ナイトスミス)達と共にイズモの船内に入ろうと走り寄る。

 ただ、騎操鍛冶師(ナイトスミス)達からすれば穢れの獣(クレトヴァスティア)に胸部装甲ごと突き刺され、地上へ落ちたはずの副団長が平然と自分達の方向に走り寄ってくる姿は恐怖以外何者でもなかった。まるで幽霊を見たかのような表情と悲鳴を騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が上げる中、1人がボタンを連打したことでようやく昇降機が下がり始める。

 しかし、昇降機が下がり始めると同時にアルが昇降機に入ってきたことで彼らの悲鳴は一団と大きくなりながら下へと下がっていく。

 

 そんな大騒ぎのイズモを他所に、アディは台座に置かれた銃装剣(ソーデッドカノン)を次々とイカルガに装備し出した。元々持っていた方とは反対の手やサブアーム全てに銃装剣(ソーデッドカノン)を次々と装備し、やがて6つの手の中に銃装剣(ソーデッドカノン)が納まったことを確認したアディはカササギの操縦席に声を掛けた。

 

「エル君、装備し終わったからそっちで操縦お願い」

 

「了解です。フッフッフ、あの戦艦以来ですが久しぶりにやりましょうか!」

 

 操縦権をもらったエルは早速魔法術式(スクリプト)を流し始めた。

 すると、足場にしていた開放型源素浮揚器(エーテルリングジェネレータ)という浮遊装置特有の虹色のリングが消え、さらには魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)特有の轟音も徐々に鳴りを潜めていく。

 

 しばらくすると、完全に飛行能力を停止した状態のマガツイカルガ。本来ならばその戦闘能力は著しく下がっている状態なのだが、これより行うのは正真正銘──マガツイカルガ本気の法撃だ。

 6本の銃装剣(ソーデッドカノン)を魔王に向けたマガツイカルガは、足場にしているイズモの甲板が陥没するほど強く足を踏み込んだ。これでもマガツイカルガが法撃の余波で吹き飛ばないか心配そうなエルだが、今更中止はありえないと操縦席内のキーボードを叩き続ける。

 

「魔力経路変更、イカルガ側のエーテルリアクタで機体を保持。そして、ベヘモスハートとクィーンズコロネットの魔力を全てソーデッドカノンに割り振り!」

 

 イカルガ内部にある従来の魔力転換炉(エーテルリアクタ)2基から生成される魔力で機体が自壊しないよう慎重に配分。これによりフリーになった化け物級魔力転換炉(エーテルリアクタ)2基の魔力を全て銃装剣(ソーデッドカノン)に回す。

 師団級と旅団級の魔力を食らった銃装剣(ソーデッドカノン)から灼熱の炎が槍状に顕現すると、エルの指示を忠実に待つかのようにその場に静止する。

 その間にも魔王の崩壊はさらに進む。既に魔王を操る小王(オベロン)も、滅びの詩の核となっていた彼の父母も居ない。ただ、それでも魔王の蝕腕は最後の足掻きにと、こちらに狙いをつけていた。

 

「チェックメイトです」

 

 6本もの銃装剣(ソーデッドカノン)から矢継ぎ早に放たれる法弾。さしずめ、轟炎の槍(ファルコネット)多連装法撃(マルチプルショット)と呼称するべきであろうか。

 1発1発が幻晶騎士(シルエットナイト)や決闘級魔獣を容易に撃滅しうる威力を誇る法撃が次々と魔王に突き刺さっていく。さらには先ほどマガツイカルガがぶち抜いたばかりの穴や銀鳳騎士団が外部から外殻を破壊した穴にも飛び込んでいき、内部組織をズタズタに引き裂いた炎の槍が逆側から次々と飛び出て行った。

 

「見ろ、デカブツが割れていくぞ!」

 

「やった……やったぁぁぁ!」

 

「喜んでいる場合じゃねぇ! さっさと移動するぞ! あんな量の雲、最後っ屁にしては多すぎだ!」

 

 全ての魔力を出し尽くさんばかりに放った攻撃の前に、ようやく魔王の生命力が尽きようとしていた。破壊されつくした部位は千切れ、徐々に負荷を増したことによって別の箇所が連鎖的に崩壊していく。

 その光景に勝利の雄叫びを上げるイズモの艦橋。だが、ダーヴィドだけはガラス越しに墜落中の魔王から滝のように流れ出る体液を見て声を上げた。

 魔王が仮に穢れの獣(クレトヴァスティア)と同等の魔獣ならば、その体液は幻晶騎士(シルエットナイト)を腐食させる酸の雲(アシッドクラウド)を発生させうる危険物質だ。

 穢れの獣(クレトヴァスティア)の体積よりもはるかに大きな魔王から出てくる体液が全て酸の雲(アシッドクラウド)になれば、付近に居るイズモ含めた調査船団の全戦力は呆気なく全滅してしまう。

 

「船外のトゥエディアーネにもう一度押すように連絡しろ! 急げ!」

 

「あのー」

 

「他の船にも後退命令! あの白いのが来たら逃げられねぇぞ! 銀色小僧のあれも持って来い!」

 

「あのー」

 

「んだよっ! うるっせぇ……な?」

 

 矢継ぎ早に指示を出すダーヴィドの肩を何者かが小さく叩きながら存在をアピールする。生きるか死ぬかの瀬戸際での指令を行っているにも拘らず、空気も読まずに呼びかけを続ける何者か。

 ダーヴィドはだんだん我慢出来ずに怒鳴りつけながら誰が呼んでいるのか確認しようと振り返る。が、最初は胸倉掴んで今がどんな状況なのかをグチグチ説教してやろうとしていた彼だったが、その言葉は徐々に萎んでいく。

 

 それもそのはず。昇降機や船倉内の報告を聞く暇も無かった艦橋の面々にとって目の前に突っ立っている人間──アルフォンス・エチェバルリアは今、この場に居ること自体がおかしい存在であった。

 

『なんで生きてやがる!』

 

「え、ひどい」

 

 魔王が地に伏すことで生じた凄まじい轟音に負けない声が艦橋に響く中、アルだけは彼らの一言一句違わない内容について不満を漏らした。

 

***

 

 魔王が完全に沈黙した際、穢れの獣(クレトヴァスティア)酸の雲(アシッドクラウド)を用いた策も、隊に分かれて戦うという戦術も一切使用することが無かった。完全な烏合の衆と成り下がった魔獣達に対し、集団戦を軸に設計されたトゥエディアーネ達は負けるはずも無く。結果的に穢れの獣(クレトヴァスティア)はその数を一気に減らしていった。

 

 やがて、空を埋め尽くさん限りに居た穢れの獣(クレトヴァスティア)が完全に駆逐し終わった調査船団は地上の連合軍と合流を果たす。どうやらエルを筆頭とした調査船団が魔王とドンパチしている間に、辛うじて生き残った5眼位の偽王(フィクタス・レックス)がルーベル氏族を纏めあげて撤退したらしい。

 ただ、さらに聞けばその最中に以前から穢れの獣(クレトヴァスティア)を用い続けるのに不満を持っていた者が多少ながらおり、今回のことで完全に偽王を見限ったのか数名ほどが連合軍それぞれの氏族に亡命を果たしたとか。

 依然ルーベル氏族は大氏族と称される規模だが、それでも今回の問いでその数を大きく減らすことになった。さらに亡命を許したことで偽王の求心力にも傷がついたが、彼はそれでも自身を信じて付いてくる同胞の前に立ち、毅然とした態度で森の奥へと歩いていく。

 瞳返すその時までこの地で生き続けるために──。

 

 そんなこんなで『魔眼の変』と呼称された今回の騒動もようやく終わり、調査船団もようやくフレメヴィーラ王国に帰れる……かに見えたが。

 

「警備の仕事はこっちだ、武器が無い奴は貸し出すからこっちに集まってくれ」

 

「鍛冶仕事が出来る奴はこっちに並んでくれ! おっと、そっちは荷車が通るから詰めろ! ……お、お前炉の仕事も出来たよな? 炉の方の手が足りないんだよ、そっちに行ってくれ」

 

「決闘級 切断◎ 打撃◎ 頭狙い 弁当あり @here」

 

 とある下村、元は調査船団の駐屯地にするはずだった場所。調査船団が出払ってから住民は村人のみだったので広さに対して活気が少なかったはずだが、今ではかなりの賑わいを見せていた。

 所々から建築の音が響き、今もなお拡大を続けている村の外周では狩って来た魔物の解体を数人掛りで行っている。そんな村から街へとワープ進化を果たした場所の入り口守る堅牢な門からは、幻獣騎士(ミスティックナイト)をはじめ全身を魔獣の外殻や金属で出来た鎧を纏った者や降下甲冑(ディセンドラート)に搭乗した騎士がぞろぞろ出て行っては森の中へ入っていく。

 彼らは小鬼族(ゴブリン)──カエルレウス氏族の尽力によって『小人族(ヒューマン)』と改められた人々の捜索に向かっており、その成果もあってか他の下村の人々や上街から這う這うの体でやってきた人々がひっきりなしにこの場所を訪れ、街の問題として『仮設で建てていた街の壁をすぐに移動する羽目になる』という苦情が出るまでになっていた。

 そうなると、それらの問題の解決や今後の方針を決めるために奔走している頭脳労働者にお鉢が回ってくる。

 

「もう少し壁は移動しやすい物にしましょうか」

 

「そうなるとミスティックナイトが──」

 

「戦える者も──」

 

 今も流れる水のように発展と変化が生じている街。その中心に建てられつつあった砦染みた建造物の一室では何人もの人間が議論を交わしていた。

 最近入ってきた小人族(ヒューマン)の働き口斡旋から陳情の対応と幅広く議論を行う彼らの半分ぐらいは上街から流れてきた所謂、貴族階級の者達。しかし、もう半分はこの街──元下村の村長や他の下村の村長達だった。

 下村に住む者達にとっては上街の、それも貴族にあたる者達に苦労させられてきたのだろう。ただ、この場所は今も発展途上ゆえに肉体労働者、頭脳労働者どちらも希少である。馬車馬のように働き、同じ釜の飯を食べ、限界を迎えて冷たい床の上で川の字で気絶するという『社蓄ルーチン』がインストールされた彼らからは、過去に起きた格差を一切感じさせないフランクさが見える。

 

「いやー、それよりももっと決めることあるでしょー」

 

「……なぜ、騎士様はそこにぶら下がっているのです?」

 

「今回の戦いで色々変なことしたので。あ、おやっさん左右に揺らさないでください」

 

 ただ、彼らであっても到底理解し得ないナマモノが部屋に居た。『それ』は何故か腰を縄でぐるぐる巻きにされた上に部屋の天井から吊り下げられており、時折横に居るどこにでも居そうな男の手によって右へ左へとゆっくりとしたスピードで揺らされている。

 曰く、『色々しでかした結果』ということであったが、あの戦いについてあまり知らされていない村長達や貴族達はそれぞれ首をかしげることしか出来なかった。

 だが、そのナマモノ──アルの言っていた『決めるべきこと』について、彼らは今の陳情をこなす以外に何かあるのだろうかといまいちピンと来ていなかった。

 

「申し訳ない。決めるべきこととはなんだろうか?」

 

「そうですね。まず、貴方方には色んな道があります。一つはこの街を基点に小王(オベロン)が行ったように再び国を興すこと。もう一つはこの街をフレメヴィーラ王国の領内に存在する街とすること。……他にもあると思いますが、大まかには2つのルートが存在しますね」

 

 宙吊りにされたままのアルは貴族からの質問に口頭のみで話す。

 この街は現在、小王(オベロン)の支配下にも巨人族(アストラガリ)の支配下にも置かれていない。ゆえに文字通り何をしても良いし、道徳的なルールを除いて罰する法もない。一番自由かつ危険な状態だ。

 今はそれでも良いが、後々悪影響を及ぼしかねない状況は速くも脱したほうが良いというのがアルの考えであった。

 

「ですが、いきなりはるか彼方の国の傘下に入るか建国するかと問われましても……」

 

「とりあえずは頭に残しておいてください。国からの支援は滞らないかと」

 

 だが、今までは小王(オベロン)の統治下に置かれていた彼らが、いきなりそんな重大な問いを投げかけられても即断出来るわけが無い。アルもそれが分かっているのか、所謂『頭出し』をしただけに過ぎないと補足を行う。

 建国するであれ、フレメヴィーラ王国の庇護下にはいるであれ、この街は巨人族(アストラガリ)との協力の基で成り立っているが、やはり街を運営するにはボキューズ大森海は些か人間に優しく無い。やはり、継続的な支援は必要だろう。

 そうなると、国に支援を求めるあたり『魔獣に襲われた自国領。または他国への復興支援』という名目を立ててしまえば、穏便にリオタムスが握るフレメヴィーラ王国の財布の紐も緩むだろうというのがエルやアルを含めた調査船団上層部の見解であった。

 

 ただし、フレメヴィーラ王国から送られるのはあくまで支援であり、家畜やペットにあげるような餌ではない。後々フレメヴィーラ王国の庇護を受け入れて『交易』になるのか、支援を打ち切った後に国家を作って『貿易』として物品のやり取りをするのかは定かではないが、どちらにせよ外部との物資のやり取りをするならばボキューズ大森海でしか取れない『特産品』という武器が必要となってくる。

 

「先王陛下から色々詰め込まれたからか、ほんと色んな知識持ってんなお前。……まぁ、いいや あいつ呼んで来る」

 

「こんなこと知っててもシルエットナイトに関係ないのに……ドウシテ」

 

 元々は幻晶騎士(シルエットナイト)を動かす専門的な集団に入っていたはずが、いつの間にか領地経営の知識を詰め込まれる羽目になったアル。『まぁ、実際こうやって役に立ったから良いか』と割とポジティブなことを思いながら事故の報告を聞いた猫のような表情を浮かべる彼を余所に、着いてきていた藍鷹騎士団の親父はとある男性を部屋の中に招き入れていた。

 

 背負子を背負った糸目の商人風といういかにも怪しげなパーツがちりばめられた男性。諸兄の思惑通り、れっきとした不審者──藍鷹騎士団に所属する密偵の1人である。

 

「おう、お疲れ。で、どうだった?」

 

「ひとまず……とりあえず……とは頭につきますが、調査は完了してます」

 

 そういった商人風の男は背負っていた背負子から様々な物品を机の上に並べ始める。

 白っぽい岩石。魔獣の物と思われる内臓が詰められた瓶。はたまた木材の一片。様々な物品が机の上に隙間無く広げられ、村長達は目を丸くする。

 すると、ようやく全ての物品を出し終わったのか商人風の男が『これぐらいですね』と言いながら自らの両手を叩く。

 

「さてさて、いきなり入ってきてどこの誰だと思う方もいらっしゃるでしょう。私はシェイ、前歴はしがない行商人でございました。本日は当時の経験が必要だと隊長から言われ、このように売り物になりそうなものをご用意いたしました」

 

「おぉ、それは心強い」

 

 元行商人という肩書きの自己紹介に街側の人間は一気に顔を綻ばせる。──が、アルはシェイの顔を見た後に親父の顔を見ると、親父は苦笑を漏らした。

 つまり、そういうことである。

 

 医者や薬師といった医療系、行商人といった商人系、落ちぶれた貴族や騎士のようなアウトロー系といった具合で密偵は自身の職業を偽って敵地や調査場所に溶け込む。しかし、医者と称しても知識が無かったり、落ちぶれた元貴族が精力的にアルバイトをしているといった『違和感』は極力避けるために藍鷹騎士団は『そういった役割に準じたスキル』も潜入する上で必要不可欠な技術となっている。

 おそらく、目の前の男のシェイという名前も偽名で、そういった行商人関係のスキルに長けた人材なのだろう。

 

 そんなアルの考察の傍らで、シェイは次々と机の上に並べた品物を手に取りながら解説していく。

 岩塩、とある魔獣の内臓、ホワイトミストー。さすが秘境ともいえるボキューズ産というべきか、そのどれもがフレメヴィーラ王国で取れた物よりも高品質だった。

 

「ためしにこの岩塩、私の手持ちの塩と比べてみましょう。……いかがですか?」

 

「ほほう……こちらの方が後味が微かに甘い。しかし、それは売り物になるのでしょうか?」

 

「産地、かのボキューズから運ばれた塩という付加価値が一つ。さらには他の塩よりも味が良いということで追加価値が一つ。お客と言うものはより良い物に惹かれます。きっと、良いお値段になることでしょうな」

 

「では、付加価値をつけるのならばこちらも」

 

 シェイの言葉に耳を傾けていた面々の中に、いつの間に縄を解いたのかアルが混ざり込んだ。彼は机の上に置いてあった草──フレメヴィーラ王国でよく香り付けに使用される香草を手に取ると、それを細かくちぎってからボキューズ大森海産の塩に混ぜ込んだ。

 

「本来ならば乾燥させて砕きやすくしますが、即席のミックス塩です。少なくとも僕が生まれた街ではこういった物は家庭で作るものですが、ものぐさな人相手に需要あるんじゃないですか?」

 

「ほほう、良い香りだ。確かに我らもこういった身近な物品を作る者も居ましたが、ほとんどは手をつけていない。つまり、穴場ということですな?」

 

「さらっと商品開発しないでいただきたいのですが」

 

 一体いつの間にどこぞのギルドの開発室に瞬間移動したのか。シェイは頭が痛そうに片手で額を押さえるが、その横で親父は『これがエチェバルリアなんだ』と実感の篭った言葉を掛けていた。

 

***

 

 ようやく様々な会議や相談から開放されたエルとアルは、自身の拠点であるイズモに存在する騎士団長室に集まって報告会に興じていた。

 

「あー、たしかにこのまま別国となるかの選択や交易品とかの問題もありますね。ですが、アルって経営とか経理関係の学部とか学科出てましたっけ?」

 

「いや、自分人文の後に専門学校出ただけなんで。若旦那に連れ去られた時に無理やり習わされました名残ですよ」

 

 相変わらず『広く浅く』によく引っかかる知識に舌を巻くエルを余所に、アルは今後の銀鳳騎士団を中心とした調査船団の動きを確認していく。

 本来ならばエルを回収した時点で調査船団の任務は終わっていた。だが、魔王を放置すると後々フレメヴィーラ王国が災禍に見舞われるだろうと予期したエルの独断に調査船団が同意。その流れで討伐したに過ぎない。

 

 ただ、魔王を討伐しただけでこのまま小王(オベロン)の統治から解き放たれた小人族(ヒューマン)達を切り捨てるようにサヨナラというには、調査船団は些かボキューズの内情に深く入り込みすぎた。今後どうなる形であれ、当面の生活や援助を求めることが出来る魅力的な交易品という武器の引き出しを増やす助力ぐらいするのが人情というものだ。

 

 ひとしきりアルからの報告が済んだ後、入れ替わりでエルが今日見聞きした情報をアルに提供する。

 

「そういえば、パールがフレメヴィーラ王国を見に行きたいと言ってました」

 

「パールさんが行くっていうなら他のアストラガリの方も行く人居そうですね。基本的に文化が異なるので、衝突が少なそうな人選……お願いして良いですか?」

 

「分かりました。ひとまずは温和なパールとナブ君を連れて行くとして……他の氏族の皆さんにも聞いて回らなければなりませんね」

 

「そうですね、てっきりヒューマンの方が……っ!」

 

 文化が異なる土地に乗り込むパールの知的好奇心に感心したアル。その時、持ち前の面倒くさがりな性質が彼の頭脳を刺激した。

 

(あれ? 人間なら問題なく乗せれるし、この街の代表とか連れて行って陛下に話してもらえば手早く済むんじゃね?)

 

「どうしました?」

 

「やっぱりヒューマンの方も代表者に来てもらいましょう。その方が早い」

 

 自身の考えを説くアルに対し、エルは『説明面倒くさいんですね』と速やかにアルの内情を見破る。結局、援助などの説得には後で決める代表者を前面に出すことにした2人は再度フレメヴィーラ王国に行く際の巨人族(アストラガリ)の対応について議論を続けていく。

 様々な疑問点と保留を残しながらも議論はつつがなく終了したが、『これは帰るの長引きそう』というげんなりしそうな結論が出た。

 

「えー、フレメヴィーラに連れて行く方々の選定にこっちの常識のお勉強に?」

 

「いや、それよりまず食料と水の問題ですよ。狩りは手伝ってもらいますが、数人規模でも帰路は数度補給に下に降りる羽目になりそうですね」

 

 まずアルが上げたのは食料と水の問題だった。巨人族(アストラガリ)の平均的な食事量を知っているエルが何度も試算してみるが、いくらここを発つ際に食糧を備蓄していても何人もの巨人族(アストラガリ)をフレメヴィーラ王国に連れて行くには帰路の最中に地上に降りて食料補充を何度も行わなければならないという回答に行き着いてしまう。

 かといって、何度も補給を行うことになるとその分だけ帰還が遅れる。急ぐ旅路でもないが、大物を倒した後特有の気の緩みや逆に気の張りすぎでリタイヤする人員が居ないとも限らない。

 

「後は第一報でも送るべきですよね」

 

「そうですね、僕が無事であることもお伝えしなければ」

 

 そして、調査船団がフレメヴィーラ王国を発ってそろそろ第1次調査船団が帰還した時と同じぐらいの時間が経っている。ここらへんで伝令としてエルとアディが無事なことだけでも第一報とし、『後片付けがあるので遅くなります』と言っておく必要があるのではと2人は考える。

 

 既にイズモやトゥエディアーネの概念や大まかな設計図はラボにも共有されているので、是か非かは置いておくとして王族の財布があれば第三次の調査船団は十分に組織出来るのだ。ミイラ取りがミイラになる恐れを読み取った2人はどうするべきかと考えていると、ふいに部屋のドアがノックされる。

 

「夜分に失礼します」

 

「あれ、ノーラさんと……おやっさんにトルスティ騎士団長まで。どうしました?」

 

 調査船団に派遣された藍鷹騎士団実働部隊のトップに紫燕騎士団の騎士団長という錚々たるメンツに、アルは非常事態が起きたのかと身構える。だが、彼らは身構えたアルを手で制しながら『調査船団の次の行動ですが』と話題を振って来た。

 

「そろそろ陛下に第一報を知らせたいと思うのですが、アサマをお貸しいただけないでしょうか?」

 

「もしかして、さっきの話聞いてました?」

 

「? いえ、なんのお話ですか?」

 

「考えることは皆同じってわけだな」

 

 奇しくも同じ考えに至ったことに妙な顔を浮かべたエルとアル。しかし、同じ考えだったのなら話は早いと先ほど報告会をしていた内容を全員に連携し出す。巨人族(アストラガリ)をフレメヴィーラ王国に連れて行くという話に3人は驚愕の表情を浮かべるが、最終的には『逆にこのまま存在を黙認するのも危ない』と理解したのかノーラは改めてアサマを先触れとして出発させることを進言する。

 

「第1にエルネスティ閣下とアデルトルート補佐の無事を伝えること。第2に穢れの獣(クレトヴァスティア)を含めた親玉の存在とその討伐。第3にこの地で根を張った巨人族(アストラガリ)小人族(ヒューマン)の存在と交流関係について。この3つを先に陛下にお伝えする予定です」

 

「分かりました。では、ラボから来ていただいたナイトスミスの方々と共にアサマで先触れをお願いします」

 

 エルに許可を取りながら、アサマを動かすために身体を張ってくれたラボからの出向組と共に先触れを出すことをアルは許可する。これで情報がフレメヴィーラ王国に伝わるので、多少到着が遅れてもリオタムスやアンブロシウスが少々ヤキモキするだけで済む。

 

 大きな議題が1つ解消したアルが安堵のため息をついていると、トルスティから『招待する小人族(ヒューマン)の代表者の選定はお任せください』とアルがやろうとしていた仕事を奪い取る。

 

「え、それ僕がやろうと……」

 

「アルフォンス様は少々隠し事をするきらいがございますので」

 

「そうですね。今回のことで私共も肝が冷えました」

 

「というわけだから、明日からうちの拠点で働いてもらう。例の特産品の試作もあるしな」

 

 彼らの口からは三者三様の言葉。だが、彼らは等しく怒っていた。

 誰にも話さない内から死の偽装という味方にとって痛打になりえる策を平然と行う目の前の副団長。彼の性格的にも検討に検討を重ねて比較的安全な行動を取っているのだろうが、それでもクシェペルカ王族を奪取したときのような『万が一』が起こった場合、彼は平気で矢面に立つ。

 まるで、自身がそんなに価値がない人間かのように──いや、『自身の圧倒的上位互換(エルネスティ)』が一緒に居るからこんなに歪んでしまったのだろうか。

 

 とにもかくにも、これ以上報告や許可もなしに好き勝手されるのは困ると判断した彼らは、所属する騎士団は異なれど『調査船団』としてアルに藍鷹騎士団の仮拠点である食堂での勤務と碌なことに成りようもない巨人族(アストラガリ)へのセッテルンド文化の教育を頼み込んだ。

 期間は帰るまで。意図的な戦力として数えない振る舞いにアルは抗議するが、途中からエルも混ざって説得側に回ったことで逃げ場がないと感じたアルは項垂れながらその仕事を了承する。

 

 こうして、一難去った後特有の『後片付け』は幕を開けられた。




そりゃ(ホウレンソウせずに目の前から居なくなったら)そうなるでしょ。というわけでしばらくアルは食の魔王兼教師となります。ゲェーッハッハッハ

原作ではさらっと流されていた毎度お馴染み片付け編 始まります。

おそらく、ちょっと興味を持ったメシ系の幕間を数本してからボキューズ編は終了。
その後はオリジナル展開(原作のエスクワイアの雛形やらエース用カルディトーレの検証)を挟みます。

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