ボキューズ大森海の乱立する樹木の隙間に爽やかな朝日が差し込んでいく。光の中に生きる者にとって恐怖の象徴でしかない闇は森の奥に追いやられていき、光と共にもたらされるポカポカとした陽気が森に住む生物の活動を開始させる。
ボキューズ大森海の奥地に存在する
しかしながら、光あるところに闇ありというべきだろうか。日光がさんさんと降り注いでいるのにも拘らず、中からどす黒い感情が漏れている建物があった。その建物は日中、貨幣経済がないゆえに働く者達への食事提供を行っているこの街唯一の食堂。用途的に笑顔や笑い声が絶えないのが普通なのだが、それはお客側『だけ』の環境でそこで働く従業員の環境とは別物であった。
「下ごしらえ済んでねぇよぉ」
「もう……包丁持つ手が……」
店の中からは包丁を叩くリズミカルな音や何かを磨り潰す薬研の音が聞こえてくるが、従業員は皆それぞれ目に生気が感じられない。
それもそのはず。草木が眠るとされる時間帯に起きた彼らは、現在までずっと街の住人全ての胃袋を満たすための仕込みを行っていたのだ。肉を包丁で叩き、香辛料を磨り潰し、魔獣からとれた食用の肉を1人前に下ろし、だだっ広い店内をひたすら清掃する。文字に変えるとそんなに苦労も無いように思えるが、なにせ町全体の独身労働者──しかも日増しに救助されて増えて行く彼、彼女達の胃袋を握っている食堂である。規模的にその作業は計り知れなかった。
「おーい、偵察班の奴ら帰ってきたぞ。交代しろー」
「偵察先に行ったら交代で眠るぞ」
「うっす」
そんな彼らだが、本来の職種は食堂の従業員では無い。それどころかこのボキューズ大森海で産まれたわけでもなかった。
藍鷹騎士団。フレメヴィーラ王族が抱える熟練の密偵集団が彼らの真の姿である。
密偵と言うからには当然、周囲の偵察といった裏方の作業も彼らの管轄内なので日夜交代で行われているが、こういった食堂業務と併用して行われているために彼らも中々辛い状況なのであった。
その証拠に帰ってきた藍鷹騎士団員と入れ替わる形で数人が気だるげに外に出て行く。ただ、彼らも街の大通りに出た瞬間には精力的な若者然とした演技をしているところを見ると流石と言うべきであろうか。
フレメヴィーラ王国と気軽に往復できない環境なので人員補充の当ても無く、このまま救助者が増え続けると本格的に過労死するメンバーも出かねんというO-人○待ったなしな状況だが、ふと店の一角に目を向ければひたすら乾燥させた数種類の香草と共に荒く砕いた岩塩を薬研に入れて細かく磨り潰す少年のような背格好の人間が居た。
「アル君、君もそんな無理しなくてもいいんだぞ」
「ああ、いえ。お気になさらず こういう単純作業は頭で製図してるんで」
「なんでそんな元気なの」
絶え間ない激務なので近くの藍鷹騎士団員はその人間──アルに心配そうな声色で休むように言うが、彼は平然とした声で答える。
確かに単純作業は手元が狂うといった現場猫案件を発生させないという前提であれば、別のことを考えながら行うのは推奨されている。だが、成人して間もない人間がその領域に達していることに声を掛けた藍鷹騎士団員は頬を引きつらせた。
なおかつ、アルがここで働いてから毎日このような仕込みを含めた食堂業務を全て行っている。それなのに顔色は別段悪くないどころか、逆に『アイデアが浮かぶぅ!』と叫びながらテカテカとしていることに感心どころか恐怖すら覚える藍鷹騎士団員。
「今考えてたんですが、大気系魔法のエンブレム・グラフを鋳込んだ剣で振った直後に剣の軌道を変えたりとか良くないですか?」
「あぁ、うん。平気そうなら良いんだ。そろそろ開店だからね」
声を掛けた藍鷹騎士団員はもちろん開発畑出身では無い。そんな彼に『こんな装備どう?』という下手な答えを返せば即座に形になる可能性を孕む──というか、銀鳳騎士団の技術力なら数日後には某紅の中隊が振り回していそうな疑問に答えられるわけが無かった。
本来ならば生きて生きるか、
「とりあえず、今度作ってみましょうかね」
何か聞こえた──が、あえて聞こえない振りをする。巻き込まれたくないから。
***
男が崩落していく上街から逃げ出して3日が過ぎた。
獣の遠吠えに怯え、煮沸する術も道具もないので生水を啜って腹を下し、毒かも薬かも分からない草や木の根に齧り付いては人を探す毎日。そんな過酷な日々を過ごしていたからか、彼はまるで浮浪者のような有様へと変貌していた。
「うっ……朝か」
身体の節々から自身の限界を痛みと言う形で警告するが、男は昨夜も就寝中に魔獣の襲撃が無かったことを感謝しながら人が居るであろう下村を目指す。
その後のことは何も考えていない。ただ、人に会いたい一心で彼はここまで進んできた。
「お、起きた」
そんな彼の純粋な願いは一瞬のうちに叶えられる。すぐ横からかけられた声に男は身体ごと横に捻ることで警戒心を顕にする。その勢いで腹に掛けられた厚手の布が地面に落ちるが、今の彼はそれどころではなかった。
希少な金属を惜しげもなく使用した鎧を纏っている騎士。間違いなく上都において絶対的な権限を持つオベロンを除いて最上位に位置する騎士だろうと推測した男は『あ、俺終わった』と涙を流す。
しかし、その騎士は彼が流す涙を勘違いして『よく頑張ったな』と声を掛け、後ろで駐機状態にあった
「そろそろ撤収しよう。安全を考えて2日掛けて街へ戻ろう」
「分かりました」
「いえいえ! 騎士様方のお手を煩わせるほどではありません! どうぞ、この辺に捨て置いてください!」
「えぇ……」
火事場の馬鹿力なのか定かではないが、自身が予想していないほど大きな声が出たことを良い事に彼はそのまま地面にひれ伏す。その懇願に呆気にとられる騎士が何度も手を差し出されるが、男は幾度と無く手を固辞する。
「すまないが、ひとまずこの人達と一緒に拠点に戻ってくれないと俺もそこの人も怒られるから。そろそろ移動しないか?」
「そっちの騎士って普段はどんな接し方してたんですかね?」
「いやぁ、ミスティックナイトの数もなくて毎日席の取り合いでしたからね。お恥ずかしい話、ちょっと特権階級に胡坐組んでたんです。そこは改心したってことにしといてください」
「あー、そういうことね。おっちゃん、そういう騎士とかの制度はうちにはないから。良いからうち来な」
「これは……」
背負われた状態の男は目の前の景色に何度も首を左右に振りながら次の言葉を言い出せずにいた。
堅牢な門を抜けた先には所狭しと建てられた建物や広々とした牧場と農地があり、そこで沢山の人間が動き回っている。門の近くにある鍛冶場では
「おっちゃん、あれだけ飯くってたし食欲はあるよな?」
「あっ……いや……申し訳ありません。その……持ち合わせが」
言葉の真意は分からないが、責められていると思った男はつい謝罪の言葉を口にする。
確かに野営時に今までの空腹を取り返す勢いで差し出される食料にがっついてしまった。もしや、その分の代価を支払わされるかもしれないと危惧した男は歯切れの悪い返答をすると、騎士は『気にすんな』と笑いながら門の前に立っていた別の騎士と一言二言話してから1枚の板切れを男に手渡した。
「まずは飯でも食ってきな。本来なら働いてもらえる割符がなきゃいけないが、救助された当日だからこれな」
「はぁ」
訳も分からず『藍鷹亭』と書かれた板と騎士の顔を交互に見比べる男。そんな行動をしていたからか、騎士は『実際に見せたほうが早いから、俺も行くわ』と懐から金属製の割符を取り出した。
道すがらの雑談で騎士がどうやらこの森の外の国からやってきた人間だと分かって更なる驚愕を重ねる男だったが、道中何事もなく藍鷹亭と呼ばれる店へと到着する。
「あー、腹減った。今日は何食べようかなぁーっと」
独り言ちながら騎士が店の扉を開けるとそこから漂ってくる様々な匂いが後ろに立つ男に直撃する。調理場から立ち上る湯気に溶け込んだ香りは男の嗅覚を刺激し、今まで食べてきたパンのようなものや具が少し入ったスープといった日常的な味や、ルーベル氏族からのおこぼれを大量に戴いた際に多量の塩でどギツく味付けされた非日常の味すらも過去の存在へと変えていく。
今まで碌な物を食べてこなかったんだなと自問自答していた彼だったが、正直な身体──特に胃袋と口中の唾液腺が激しい自己主張を行ってくる。
「ははは、ほら 入って入って」
騎士の言葉に男も恐縮しながら店内へと入る。広々とした空間の所々に円卓が置かれ、その周囲では様々な出で立ちの人間が様々な物を食していた。
楕円形の茶色い揚げ物をザクリというなんとも美味そうな音を立てながら食べている金髪の騎士に、同じく茶色いがゴツゴツとした物を食しているドワーフ、熱そうな石版の上に載せられた肉の塊を切り分けて隣の黒髪の女の子に分ける銀髪の
金髪の騎士がドワーフの食べている料理の皿に黄色い果実を勝手に垂らして怒っていることを除けば、なんとも皆美味しそうに味わっているではないか。
「お帰りなさい」
「副団長、ただいま帰りました。野営を挟む場所まで赴いてみましたが、この人以外は見つかりませんでした」
そんな桃源郷のような景色に見惚れていた男の横で騎士は厨房から身を乗り出した子供──アルと話をしていた。淡々と赴いた場所やら救助者やら業務報告をすると、アルは『お疲れ様でした』と言いながら目の前のカウンター席を指差す。
「見たところ衰弱はしていませんが、食べさせても大丈夫そうですかね?」
男をカウンターに座らせる騎士に、アルは食事が出来るのかと食事処で言うべきではない疑問を口にする。というのも、アルが気にしていたのは前世のとある悲劇を知っているからだ。
セッテルンド大陸ではない別の世界。とある武将が兵糧攻めを敵に行い、それを受けた敵の城内は地獄としか形容しようがない惨状となったという記録がある。
ただ、それはただの前置き。アルが危惧していたのは敵が降伏してからの現象だった。
やがて降伏してきた兵士に対し、とある武将は大量の麦粥を振舞う。ただ、不思議なことにそれを食べた敵は次々と亡くなっていったのだ。
そこから時代を経ていくらか医療が発展し、彼らの息の根を止めた仮説が浮上してくる。
彼らの命を奪ったのは、毒でも刀傷でもなんでもない。ただ、飢餓状態で大量の栄養を摂取したことによる合併症ではないか。
そんな仮説がとある武将について纏められた本に載っており、アルの前世──日本ではその武将はかなり有名な武将だったために根っからの『雑学オタク』のアルはその知識を吸収していた。
「大丈夫です、野営中も食欲は旺盛だったので」
なので、『店で食べてたらいきなり倒れられた』という悪評を防ぐために聞いてみたのだが、どうやら彼は食料が乏しい道中も必死に何かを拾って食い繋いでいたらしい。さらには野営中もジャーキーやパンといった食料をガツガツ食べても異常はなかったと報告されたので、アルは『なら大丈夫か』と呟いてから男に声を掛けた。
「ご注文は?」
「えっと……」
「副団長、今日のオススメは?」
「勧めれるものなんて無いですよ。勝手に好きなもの頼んで勝手に食べてくださいよ」
口を挟んできた騎士に対してアルは客商売をナメているとしか思えない言葉を放つ。
ただ、この店では本当に『本日のオススメ』なんてものは存在しないのだ。最初にもあるように、連日仕込む量が増えていくどブラックな環境に件のオススメを仕込む作業も追加されたらどうなるだろうか。
具体的には伏せるが、碌なことにならないのは確かだ。ただ、客側からしたら客商売をナメた言動なのは変わりないので、ぞんざいに扱われた騎士は『この人客商売向いてないよ』と不満を口にしながら不貞腐れる。
「じゃあ、あの……あの人が食べているのを」
「うい、とんかぁー。……じゃない、あの揚げ物ね。君もそれでいいですか?」
「もう、何でもいいですよ」
未だ不貞腐れる騎士の言葉をスルーし、アルは些か強引だが注文が無事に決まったことに気を良くしながら仕込んだ食材が保管されている冷暗所の扉を開け──何も取り出さずに黙って閉じた。そんな謎行動に首をかしげた男の前に再び立ったアルは、ちょっとだけ申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「すみません、もう仕込んだやつなかったです。ハンバーグで良いですよね」
「えぇ、いきなり注文変えてきたよこの人」
「お客の都合なんか二の次です! まずは在庫! 次に僕の作りたい欲です!」
「誰だよ、この人を厨房にやらせたの!」
勝手な注文させといて、またもや勝手な注文の変更。もはや、調理場を出禁にされてもおかしくはない程の傍若無人振りに騎士は両手で顔を覆う。
たしかに貨幣経済の『か』の字も施工されていない現状においてこの店の食べ物は無料。そう考えればある程度は店の在庫に合わせたお任せメニューになってしまうのは致し方ないことである。
ただ、それでも彼にとって譲れないものがあった。先の注文が取られてからというもの、騎士の口は既に揚げた豚肉──とんかつを食べるのに適した口になってしまったのだ。
あのサックサクで豊かな香りの衣やその衣を突き破ると出てくる甘い濃厚な脂の甘みを須らく受け止める舌の準備が出来ているのに、いきなりメニューを変更するのはあまりにも酷い仕打ちではないのか。
「あの、ハンバーグというのは?」
「うーん、肉を楕円形にしたやつを焼いたやつ? あれってフレメヴィーラとかクシェペルカだと別名だったよな。とりあえず、うちにあるのは全て美味しいですから」
「アルくーん、説明になってないし君の店じゃないよー!」
味覚のリセットに難航して打ちひしがれる騎士や、同じく調理場に入っていた藍鷹騎士団員のツッコミを無視したアルはさっさと調理に入っていく。
まずは調理を行うための環境作りだ。『このクソ忙しい時に余計な物作らせんな!』とダーヴィドや銀鳳騎士団の
「フゥハハー」
そこからしばらく経つとコンロの上に備え付けられた鉄板から陽炎が生じ始める。その間に冷暗所から楕円形に整形された鮮やかなピンク色の塊を4つ取り出したアルは、奇声を上げながらその塊を鉄板の中心に投下する。
ちなみにこの調理工程において奇声は必要ないことは留意していただきたい。
「ハンバーグは最初は強火で焼き固めるのが常道!」
鉄板の中で一番高熱を発する部分に置かれた塊は脂を滴らせながら表面をピンク色から灰色に変えていく。揮発した油分に内包された水分が魅惑的な香りを伴って騎士や男の鼻を楽しませていると、アルは両手にお好み焼きをひっくり返すような大き目のコテを持って片方だけ灰色になった塊達を縦横無尽に移動させる。
鉄板に触れた部分が灰色になった瞬間にまだピンク色の部分を鉄板に当て続け、側面部分も丁寧に焼き固められた塊達。それらを一旦鉄板の端っこ──比較的温度が低い部分に置き、その脇に大人の拳大ぐらいのパンを置いて温めなおした。
「アル君、石板。気をつけてね」
「ありがとうございます」
壷に入れられた白い粉を摘んで肘を曲げながら塊に振りかけていると、調理場に居る藍鷹騎士団員の手で鉄板の中心部に石でできた平皿が置かれる。その平皿に隅に避けておいた塊を2つずつ盛り付けたアルは、鉄板の上に多少の水をかけると即座にクロッシュのような釣鐘型の覆いで平皿を隠す。
蓋に隠されてしまったが、水の蒸発する音や蓋に覆われていても漏れてしまう香気といった徐々に大きくなっていく美味の存在を前に、2人は自身の腹に飼っている魔獣が唸りを上げるのを必死に宥めていた。
「藍鷹亭特製 石板ハンバーグ定食。パンは限りがあるのでおかわりなしでお願いします」
そして、ついにその時はやってくる。男達の前には熱々の石板の上に鎮座した2つの塊が供される。
これがハンバーグという物なのだろうかと男は数秒ほど石板を覗き込み、いざ実食といったところで一つの問題が浮上する。どうやって食べるのか分からないのだ。
今まではパンとスープ、肉の場合は齧り付きというストロングスタイルで生きてきたこの男。初めての経験に思わず無言で首を左右に振りながら食べ方のヒントを模索していると、彼の隣で騎士がさっそくとばかりに木製のフォークとナイフを装備した。
「こいつはこう食べるんだよ」
ハンバーグにナイフを押し当てた騎士は一息に1つの塊をさらに4つに切る。そうすると断面から透明な脂が石板に滴り落ち、石板の上で激しいダンスを踊る。ブレイクダンスさながらの激しさで踊る脂は徐々に甘い匂いを残して揮発していくが、その中には少々ヤンチャな存在が居たらしい。
「あ、鎧に跳ねた。後でちゃんと洗ってくださいよ」
石板から自身の纏う鎧の金属部に過剰なファンサービスを行った脂の跡を見た騎士は少々テンションが落ち込んだ声で『めんどくせぇ……』とぼやくが、もはや我慢の糸が切れたのだろうかフォークでハンバーグの一片を突き立てると息を吹きかける。
「ふぅー ふぅー ……はぁー……あちち。…………うめっ!」
息を吹きかけてもなお熱い肉片を口中で転がして冷ます。そして、十分に冷まされたそれを歯で何度も咀嚼し──呑み込んで──胸の内に溜まった感情を吐露する。
それらの行動に男はこの店に入って何度目かも分からない唾液を飲み込むと、騎士が行った通りにハンバーグを切り分ける。
「はぁ……アクッ! ほふっ……」
最初に感じたのは舌が焼けそうなぐらいの熱さだった。だが、その熱さをなんとか乗り越えた男は万感の思いで口に含んだ肉片を噛み締める。すると、肉の間から脂特有のこってりと舌に纏わり付く甘味が泉の如く滾々と湧き出てくるのを感じた男は無言で目を閉じる。
──甘い。──甘い。久方ぶりの甘さに男は夢中で肉を咀嚼する。
もしかしたら最後に入れた塩が良かったのだろうか。と柄にも無く料理を分析していた彼だったが、唾液や食物で舌の上に広がっていた脂がある程度取れ、徐々に甘さは薄れていくと同時に今まで脂の甘さで隠れていた『香辛料』という未知なる刺激に行き着いてしまう。
「っー!」
「やっぱり上街でも香辛料は貴重なんでしょうか?」
「森では探せばあるんですがね。やっぱり魔獣がネックなんでしょうか」
未知なる刺激に思わず水で口中のものを飲み下す男の行動にアルと騎士は2人で
香辛料が持つ『食料品の保存性』も加味すれば、この食事はある意味で『今後を見据えた食事』でもある。なんとしてでも慣れてもらわなければならない。
「アルー、追加のから揚げまだですかー!」
「アディを勝手に妻にしといてプロポーズもしてない骨なしチキンのお客様は少々お待ちください。あ、もうちょっと小さく切った方が良いですよ」
なにやら円卓についていた
『なるほど』。それが男の脳裏で真っ先に思い浮かんだ言葉だった。
一口目にも感じた脂の甘さはさることながら、それが通り過ぎるとピリッとした辛味が顔を覗かせてくる。最初はその刺激に面食らったが、こういった少量ならば逆に脂で疲れてきた舌に活を入れてくれる有用な存在に化ける。
しかし、鼻から突き抜ける香草の香りはどこから来ているのだろうか。これのおかげで肉と脂の塊であるハンバーグがすんなり口に入っていく。先ほどの調理手順を振り返っても香草を入れた素振りも見えなかった男が無言で食べ進めていると、いつの間に帰ってきたのかアルが隣で食べている騎士と談笑し始めた。
「たまに食べますが、脂まみれなのにしつこくないですよね」
「ボキューズの森で取ってきた天然の香草塩です、これの有無でさっぱり感が違うんです。それに、脂のしつこさに関して言うのはもうちょっと歳とってからですよ。20後半で違和感、30ぐらいでズンッて一気に来るらしいです」
「どこ情報ですか。しかも妙に具体的な言い方だし」
壷を持ちながら勝ち誇ったような笑みを浮かべるアルの言葉に男は再度『なるほど』と思う。確かに香草を塩と同程度に砕いて混ぜてしまえば草特有の苦味などを緩和できるし、香りと味付けの両方を1つの工程で行うことが出来る。
モシャモシャと食べ進める男だが、どうにも味に飽きが来てしまう。すると、そんな彼の心情を読み取ったのかアルがふつふつ沸く赤くてドロリとしたソースが入った小鍋を持ってくる。
「そろそろ味にも慣れてきたみたいですし、味変します?」
「あ、こっちもソースお願いしまーす」
口をモゴモゴさせながら騎士は石板の食器から身体ごと避難させるのを確認すると、アルは小鍋内の赤いソースをハンバーグの上に掛け始める。未だ熱を発する石板とソースが触れ合うと、バチバチと爆竹の如き音と共にソースの赤色が染みた水分が四散する。当然、騎士の方にもその水分が飛んでいくが、これ以上汚れては適わんと卓上に置かれた大きな布で飛んできた水分から身を守る。
「副団長、それ分かっててやってますよね?」
「失敬な、目の前で料理が完成するライヴ感を演出してるんです。あ、そちらにもかけるのでお気をつけて」
「あ、すみません」
プリプリと怒る騎士を横目にアルは態度を180度変えて男の方にもソースを掛ける。僅かに黒ずんだ灰色のハンバーグがソースをかけることで赤く着色されていく。石板に触れることで気化したソースの芳香が男の食欲をさらに爆発させる。
猛然とハンバーグに挑みかかろうとした男と騎士。ただ、その前にアルの静止が入った。
「あれ、副団長。ソース掛けたんだから食べて良いのでは?」
「ふっふっふ……サービスッ!」
掛け声と同時に出てきたのはチーズ。上街の崩壊に伴って逃げ出した家畜を再度集めることに成功した牧場から提供してもらったそのチーズを一旦コンロで炙り、適度にとろけたところをハンバーグの上に掛ける。赤と乳白色というなんとも華やかでご機嫌なご馳走が姿を現したことで、2人の食欲は最高潮へと達す。
そこから先はノンストップだった。伸びるチーズから広がる乳製品特有のまろやかさと少し酸味があるソースにガツンとした肉の美味さが絡み合う。さらには味変する前は自己主張が強めだった香草の香りも、ソースの強い香りの横にそっと寄り添う奥ゆかしい存在へと変わる。
気付けばメインだったハンバーグを全て食べきり、後はソースとチーズが少量のみとなっていた。彼らよりも幾分か──先ほど目の前の副団長と名乗る少年が言っていたような年嵩の自分がこのような重い食べ物を平らげたことに男は未だ信じきれずにいた。
「……食べた」
「おっと、お楽しみがまだあるよ」
ぽつりと呟く男の独り言に隣の騎士がパンを片手に声を掛ける。彼も既にハンバーグは完食しており、既にパンと合わせるような固形物は存在しない。
「これをこうするんだよ」
「あー、やるやる。……でも、クシェペルカでやったらイサドラ様にぶっ叩かれたんですよね」
「王族が居る場所でやる副団長がおかしい」
アルと談笑しながらも騎士は手に取ったパンを石板に残ったソースにつける。石板の熱ですっかり褐色になってしまったチーズを避けつつ、洗った食器をぬぐうようにパンに全てのソースを吸収させた騎士はおもむろにそのパンを口に含み、石板にこびり付いたチーズを丁寧に剥がすとサクサクと小気味の良い音を立てながら食事の余韻に浸る。
「あー、やっぱソース系がある締めはこれだよなぁ。後はこれも」
「チーズは焦げても美味しいですからねー。太りやすいですけど」
「あー、そう聞きますね。言われてみればこの店の物、全部太りやすくないですか?」
「働く人の食べ物ですからガッツリで良いんですよ。サラダとか手間ですし、一々そんなこと気にする人も居ないでしょ。ハッハッハ」
周囲の──主に女性陣からの圧に気付かずに彼らは飄々とした会話が続ける。そんな彼らに注意をしようか男は迷うが、巻き込まれないために騎士が言っていた通りにパンでソースをぬぐって焦げたチーズと共に口に含む。
3度目の『なるほど』。十分にソースが染みたパンは噛むごとにハンバーグから出た脂とソースが口の中に流れる。パンの持つしっかりした食感も合わさって男の満足感は一気に膨れた。
そして、焦げたチーズ。焼かれたことによって香ばしくなったチーズは歯を立てるとサクリと小気味良い音と共に砕ける。食感も楽しいが、チーズの元である乳の味が凝縮されたような濃くて優しい味に男はうっとりしながら食事を終える。
「ものすっっごく美味しかったです」
「在庫によりますが、あっちの砦で職業の斡旋しているので働きながら食べにきてください」
「はい。そちらの騎士様も、お世話になりました」
「お元気でー。また会ったら一緒に食べましょー」
アルと騎士に見送られた男は店を出てから何気なく空を見る。澄み切った青空を瞳に映した彼の胸中には、森の中で彷徨っていた時やここに連れてこられた時のような不安は欠片しか残っていなかった。
それでも多少なりとも残っていた不安の欠片を深いため息と共にボキューズの雄大な外気に逃がした男は、『さーて仕事を探すか』と周囲の目も気にせずに叫びながら街の中心部へと向かっていった。
遠い未来。研究の末に編み出された食にあまり関心のない
はい、というわけで食事処『藍鷹亭』開幕でございます。
ロボットきゃっほいなナイツマの世界観でメシってどうなの?って尾もう方もいらっしゃると思いますが、ただやりたかったというだけです。ゴメンナサイ
かなりメシ寄りの描写で物語が進展しないと思いますが、サイドストーリー的な感じでお楽しみください。
男
上街の中で底辺クラスの暮らしをしていた。鍛冶師の父を持っていたので今までは何とかなっていたが、そろそろ追い出されそうなところに魔王が起動したために図らずも自らの足で上街から出る。
その後保護され、件の定食で元気をもらった後に香草塩の製造に志願。数年後に共に働いた仲間と共に1つの商会として製造業を任され、長い研究の末に様々な香草やスパイスをミックスしたシーズニングスパイスをこの世界で始めて流通させることに成功。ハンバーグが得意な嫁を見つけて幸せに過ごしているとか何とか。
アルフォンス・エチェバルリア
ホウレンソウなしで様々なことを仕出かしたため、満場一致で藍鷹亭に出向した我等が副団長。
最初はホールで給仕でもさせようと言う話だったが、某騎士団長と某右腕の『この子(人)、料理できますよ』という裏切りによって数が足りない厨房役に抜擢。──いつかシメる。
ハンバーグはセッテルンド大陸でも似たような物があるが、『やるなら熱々でしょ』と熱した石板に盛り付けるといった文化汚染を実施。なお、調査船団側ではいつものエチェバルリア語で片付けられたハンバーグという言葉は、『熱した石板にミンチ肉を焼いたものを置いてソースを掛けた料理』としてボキューズ側に定着した模様。
ちなみに男が出て行った後にせっかく忘れていた脂質(カロリー)が多分に含まれている食事をしていることを思い出させたとかで、雑談していた騎士諸共ヘルヴィ含んだ女性団員の手で藍鷹亭の軒先に吊るされる。
騎士
動きやすいからと降下甲冑と護衛のミスティックナイト1機のみで魔の森に入った第3中隊所属の変態。ただ、その実力は本物で道中の魔獣は決闘級異常はミスティックナイトに任せ、小型は一人で殲滅してのけた。
失言によって軒先に吊るされるが、次の日には食べ損ねたトンカツを食べてから満足げな顔で森に取り残された難民を探しに再びミスティックナイトと出て行った。
なんか申し訳ないので、次のオリジナル章に出てくる予定の機体群でメカ系エッセンスをば
エクスワイヤ・チック
原作の支援専用騎の雛形。
アルの登場によって調査飛行終了時にマガツイカルガ関連の情報がスムーズにラボに渡り、既にヘイローコートやエーテリックレビテーターといった『陸戦機を飛ばすための下地』が既にあることに鍛冶師が大ハッスル。原作よりも早い段階で試作が出来上がった。
基本的には原作のエクスワイヤと同じだが、『諸事情』によって左右の安定翼代わりの装甲の下に謎の取っ手が付いている。
試作型指揮官機(開発コード:※何にするかは未定{生存性の高さからニキチッチ?})
コンセプトは生き残る最大限の努力が出来るシルエットナイト。
文字通り、なんでも『出来るぞ!』な機体。WEB版でアルディラットやグゥエラリンデの素体となっていたカラングゥールを銀鳳騎士団からもたらされた技術や、『壊れた際の予備』という発想で設計した万能機。
全身は錆止めを塗っただけの鉛色で、機体特徴として前腕部には腕とは別の『手』が付いている。この手は主に盾を保持する役目ではあるが、ラーフフィストのように伸ばして相手に突き刺したり、木の枝などを掴んで巻き上げることで機体を上に引っ張り上げることも可能。所謂、スラッ○ュハーケン。
他には肩部には小型連装投槍器やシルエットアームズをマウントするアタッチメントが付いていたり、人間で言う尾骶骨周辺から伸びる2本の可動式マギウスジェットスラスタを備えている。
そんな本機だが、クリスタルティシューなどを増やしたので操縦難度は爆上がり。また、色々詰め込んだせいでフレメヴィーラ機の特徴である『長い稼働時間』と『拡張性の高さ』は完全に犠牲となっている。
稼働時間はクリスタルプレートによる予備バッテリーで何とかなるが、ハード系のこれ以上の改良は事実上不可能と作ったラボが言及している。
なお、作成者は第2次調査飛行に連れて行ってもらえなかったデシレア一行を筆頭にシルエットナイトに執念を燃やしすぎたナイトスミスの皆々様。(引退者約1名含む)