銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

160 / 200
幕間(お疲れの大人様ディナー ~経過報告も添えて~)

 月もそろそろ中天に差し掛かる頃。本日もディナータイムという地獄の時間帯を生き抜いた藍鷹亭の精鋭は『今日は数人の犠牲で済んで良かったな』と、さも誰かが倒れるのは当たり前のようなことを話し合いながら閉店準備を行っていた。

 しかし、この時間帯に鳴ることのない扉を開く音によって平和な時間帯が終わりを告げる。

 

「まだやってます?」

 

「やってません。お帰りくだせーませー、旦那様方」

 

「最近、僕に対して当たり強くないです?」

 

 紫銀の髪を揺らしながら入ってきたエルに、机を拭いていたアルはしっしっと手を払いながら退店を促す。そんな態度にエルは最近のアルの態度に付いて聞いてみるが、返って来たのは『兄さんが本当にアディを幸せにするか不安しか感じない』という兄そっちのけでアディを心底心配する言葉だった。

 

「まぁ、結婚したら絶対幸せになるんじゃないんだ。幸せになる家庭を大事にしたらおのずと幸せになるんじゃねぇのか?」

 

「いや、まぁそうなんですけどね。ってさらっと席に座らないでください。もう終わってるんですよ」

 

 なにやら結婚に関して一家言ありそうな藍鷹騎士団の親父は深いことを言いながら着席するが、既に営業時間が終わっている。すぐにでも清掃をして就寝しないと明日がきついゆえにアルは怒り出すが、それでも『オーナー権限』ということで親父は帰ろうともしない。

 

「それに、そろそろ現地の人間も雇って技術研修せねばな。お前達もこのままずっと食堂の従業員になりたくないだろ」

 

「それはそうですが……」

 

「既に食堂で働きたいと言うやつらは目星をつけているから、明日からは簡単に出来る軽食のみにして店のほうはしばらく研修と言うことで臨時休業させれば良い。ってわけで、とりあえず注文良いか?」

 

「分かりましたよ。ご注文は?」

 

 なんとも押しの強い説得に、アルはため息を漏らしながら注文をとる。藍鷹騎士団員達も口々に『臨時休業するなら』と、明日からの主力となる軽食の準備をしだす。明日を楽するための最大限の努力が出来ていることに顔を綻ばせた親父は、上機嫌でアルにオーダーを通した。

 

「とりあえず酒。それと──つまみで在庫で食えそうな揚げ物を少量ずつくれ」

 

「少量ずつってことは数種類を少量ずつってことであってます?」

 

「あぁ、そうだ。色んな揚げ物を食いたいからなってぇ! なんだこの殺気!」

 

 親父の注文を聞いた瞬間、冬場の外気に晒された刃を押し当てられたかのように底冷えする殺気が彼の首元に殺到する。身震いしながらも周囲を見渡すと、誰もが自身の上司に向ける目をしていないことに親父は目を剥く。

 

「隊長、それは我々に死ねと仰っているので?」

 

「はぁ? そんなこと思ってねぇよ!」

 

「おやっさん、宿屋してたのならこの状況でお子様ランチもとい、大人様ディナー頼むとか正気じゃないですよ」

 

「いや、うち揚げ物してないし」

 

 既にコンロから外した鉄板など、調理器具の清掃も済んだ閉店準備中の店内。当然、揚げ物の油も既に処理している。そこに突然やってきて『揚げ物くれ』と頼む客は、控えめに言って出禁にされても文句は言えない。

 油の加熱。揚げ物の準備。揚げ油の処理。飛び散った油の清掃。他にも様々あるが、1人に対して揚げ物を振舞うのはコストが高すぎる。アルは難色を示していたが、親父は妙に良い表情を浮かべる。

 

「まぁ、良いじゃねぇか。代わりに良いこと教えてやっからよ」

 

「はぁ、仕方ないですね」

 

「あ、アル。僕はうどんで」

 

 さらっと注文するエルに『はいはい』とおざなりに返事をしたアルは棚から3つの鍋を取り出す。

 コンロに火を入れてから、まずは井戸から汲んで溜めておいた水がめの水を鍋に移し、その中に廃棄予定だった様々な野菜の切れ端や骨を入れて煮出す。鍋が加熱されるに従って中の水が徐々に沸騰していき、その熱によって野菜や骨から旨味が抽出される。

 ただ、旨味と共に雑身にもなる灰汁や骨にこびりついた肉片から過分な油が鍋の中で出来つつあったスープを濁らせるが、アルは鍋を放置したまま余った食材をチェックするために冷暗所へ向かった。

 

「うどんは当然あるっと。後は芋にハンバーグに卵にカツにパンか。揚げ物3つに野菜刻むかな」

 

 中を物色し、素早くメニューを決める。毎日少量ながらも地道に作っているうどん生地がようやく日の目を見れたことに多少目から水が出てくるが、アルは男の子なのでそれ以上は少々しょっぱい水を流さずに食材を調理台に置く。

 

「ん? その肉は焼くのか? 注文したのは揚げ物だぞ?」

 

「いえ、揚げますよ? ちなみに鉄板の手入れが面倒くさいので今日はもう焼きません」

 

「へぇ、そんなに面倒くさいんですか」

 

 別の鍋に水を入れてから芋を投入し、それを温めている間に持ってきたハンバーグのタネに卵とパンを細かくした物を塗す。そうしていると、エルが雑談代わりの疑問を口にしてきたので前世のバイトで体験した鉄板系の経験を語る。

 

 鉄板の掃除は洗浄の前に焼き焦げた物をヘラで丹念に取り除き、乾いた布で残った汚れごと空拭きを行う。次に熱湯を回しかけて頑固な汚れを浮かせた上で布で完全に水分と汚れを拭い落とす。最後に鉄板を火に掛けて残った水分を蒸発させながら油を薄くなじませれば完了である。

 言葉にしてもあれだが、ひっじょーに面倒臭いのだ。

 しかも、ちゃんと手入れをしなければすぐに錆び付くのでそうなった場合は漏れなくダーヴィドや騎操鍛冶師(ナイトスミス)のお小言を食らいながら再整備が必要となる。

 そんな経験と仮に鉄板がさび付いた時に被る自分の被害を考えれば、今宵は鉄板を使いたくないと言うのも無理もない話である。

 

「大量の注文を捌けたり、上に調理器具置いて熱したり出来るので便利なんですがね。整備を怠ると大変な目にあいます」

 

「料理界のシルエットナイトですね。分かります」

 

「……もう、それで良いです」

 

 煮出した鍋の灰汁を丁寧に取り除くアルは、ついになんでもロボットに例えてくる愚兄への対応を早々に諦めた。そうしている間にも周囲の調理器具は様々な音を鳴らしながら自身の仕上がりを調理者に伝える。

 

「アチチッ」

 

 湯気が舞い上がる湯の中で踊っている芋にアルは串を刺した。何の抵抗もなく串が刺さり、中まで火が通っていることが分かると、彼は一旦湯を捨ててまだ熱々の芋の皮を手早く剥いていく。

 ざらざらした皮を全て取り除いた芋を潰し、さらに目の細かいザルで裏漉ししてから穀物の粉と共に混ぜ合わせて整形。その後はハンバーグのタネと同じ要領で卵とパン粉を塗して置いておく。

 

「そういえば、良いことってなんですか?」

 

「ん? ああ、本国とのやり取りが出来そうなんだ」

 

 芋を入れていた鍋を沸かす一方でスープを作っていた鍋に浮いた脂や灰汁取りをしている最中、最初に親父が言った『良い事』についてエルが問う。すると、親父は上機嫌に調査船団にとって本当に良い事を話し始めた。

 

 数日前、国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)から借りていた騎操鍛冶師(ナイトスミス)を筆頭にフレメヴィーラ王国へ経過報告へ赴いたアサマ。今後の航路を決めていた際、騎操鍛冶師(ナイトスミス)魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)による加速で一気にボキューズを抜けることを提案したらしい。

 アサマだけなので周囲には僚艦も居らず、トゥエディアーネは収容して固定しておけば落伍の心配は無い。そして、道中戦い続けるよりも察知されようがお構いなしに突破した方が損害もないだろうという意見に纏った彼らは、魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)によるアサマの急加速を敢行。夜中の稼動も合わせ、僅かな日数でボキューズを脱してカンカネンへと至った。

 

「流石にそのマギウスジェットスラスタ? ってやつはへたっちまったらしいがな。もちろん、ラボには修理するように頼んである」

 

「別にたどり着いてくれたらそれで構いません。で、そこからなんで本国のやり取りになったんです? その状態だと一方通行だと思いますが」

 

 うどんを茹でつつ、アルは気になった部分を親父にぶつける。『やりとり』と言うならば両者間で情報を疎通させなければならない。

 

「騎士団長、アルフォンスも。昨日というか、今日の深夜あたりに鳴ってた馬鹿でかい音に気付いてるか?」

 

「兄さんが風呂でも恋しくてマジックソードで川を沸かしてると思ってました」

 

「僕はてっきりアルがまたビックリドッキリメカ作って盛大に失敗したのかと思ってました」

 

 親父の問いかけに兄は弟が、弟は兄がそれぞれに疑問の目を向けながら答える。

 銀鳳騎士団では何か盛大な音を伴う騒動が起こった場合、直接的か間接的か騒動によって異なるが、大抵はエルかアルどちらかが原因であるというのが共通認識だ。なので、銀鳳騎士団的にはその対応で問題ないのだが、そんな相手のことを1mmも信用していないような物言いに親父は『それで良いのか銀鳳騎士団』と酷く呆れながら手を小さく挙げる。

 

「その音の正体、うちの騎士団だ。今は寝かせてるが、経過報告で帰したやつの1人が戻ってきてな。陛下からの返事や諸々を託されて、ラボの装備を取り付けたトゥエディアーネを使って一気に飛んできたらしい」

 

「ラボの新装備ですか」

 

「何でも円柱のクリスタルプレートを魔力を貯蓄した状態で溶接して、任意のタイミングで一気に魔力を補充。空になった物は地上に投棄する仕様らしい。又聞きだけどな」

 

「へぇー、増槽みたいなものですか。興味深いですね」

 

 国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)が開発した新たな装備の概要にアルは目を輝かせる。ちなみに調理の手は止まっておらず、今も親父の方を凝視しながら葉物野菜を高速で刻むという危険行為を行っている。──が、親父はあえて何も言わずにキャイキャイと新装備について騒ぎ出した2匹の規格外生物に報告を続ける。

 

「話を戻すぞ? アストラガリとこの街についてはフレメヴィーラ側も協議中だから一旦保留。それとは別に銀鳳騎士団にも色々報告というか、話が来ている」

 

「話?」

 

「まず、銀鳳騎士団はそのまま規模を拡張。中隊はそれぞれ騎士団を成し、それらの上に銀鳳騎士団を据えるという形になるそうだ」

 

 親父の口から述べられた内容に、茹で上がったうどんを鍋から上げていたアルの動きが停止する。鍋から跳ね上がった熱湯が腕や手に引っかかるが、『銀鳳騎士団の規模を拡張』と言う思いもよらないことに彼は無表情で親父に詰め寄る。

 

「ちょいちょい。なぜそんなことになるんですか」

 

「とりあえず、その白いのが入ったザルは置け」

 

 親父の冷静なツッコミに妙な鳴き声を上げていたアルは、そのまま親父の頭に『そぉい!』しかけていたうどんを水洗いした後に布を被せて調理台に置く。危うく大火傷を負いかねなかった親父はさらに危険物を彼が持っていないか確認してから親指をイズモの方に向けながら言葉を続ける。

 

「俺も報告を聞いただけだが、陛下が言うには"啖呵をきった落とし前はつけてもらわねば"ということらしい」

 

「あんのタイチョがぁぁ!」

 

 即座に事態を把握したアルは、今も自室でイビキをかきながら寝こけているだろう某金髪青年に向けてあらん限りの念を送る。そんな彼の姿にどんな理由があって第2時調査船団が結成されたのか、今まで説明してもらっていなかったエルは首を傾げつつも『またいつものように騒動が起こったな』と自身の騎士団についてよく熟知した推測をする。

 

「まぁまぁ、引き抜き対策になったと思えば良いんじゃないです?」

 

「それについては"エルネスティに人選や様々な仕事の割り振りを命じるゆえ、覚悟しておくように"と報告を受けているぞ」

 

「すっごく帰りたくなくなりました。うーん、しかし帰らなければシルエットナイトと触れ合えない。どこかにシルエットナイト触るだけでお金もらえる仕事無いですかね」

 

 騎士としてアレなことを言い出すエルを全員は無視する。そもそもこの調査船団の目的はエルの確保なので、どのみち首に縄つけても帰らせなければならない。誰も助けてくれない状況にすがり付くような目をしながらアルの方を見るエルだが、アルは無表情で白いパン粉を纏った物を次々と熱した油に入れていく。

 シュワリ、シュワリと甘美な音が響く中、おもむろにアルは鍋から視線を外してエルを見る。

 『しょうがないですね、手伝ってあげますよ』という副音声が聞こえそうな笑みを浮かべる頼れそうな弟。だが次の瞬間、見た人を心底イラだたせるような渾身のドヤ顔を放ちながら『ザマァ』という捨て台詞を放った。

 その思わせぶりな態度にエル──キレた。

 

「それが仕事の忙殺されようとしている先輩への態度ですかぁ! "何か手伝いましょうか"ぐらい言えないんですかぁ!」

 

「揚げ物してるんで暴れないでください。それにいつも僕に仕事を押し付けてシルエットナイトの方見てるんですから、いい加減仕事してくださいよ」

 

 ど正論。たまに他人を傷つける言葉がエルのハートを強かに叩く。

 机に崩れ落ちながら『幻晶騎士(シルエットナイト)作りたい』、『改造したい』とさめざめと泣くエルの横で親父は言い辛づらそうに口をモゴモゴさせる。

 

「まぁ、良いか。この状態で言うのもあれなんだがな? アルフォンスの次の仕事は…………新型のテストなんだ」

 

「はぁぁぁぁ!?」

 

 思った通りの叫びが親父の横から聞こえてくる。耳の穴に指を突っ込みながら耐える親父の横で、エルはひたすら言語化出来ない叫びで自らの怒りを表現している。

 

「落ち着いてください。兄さんはアストラガリの皆さんにフレメヴィーラ王国を見せるという約束があるでしょう? それに、銀鳳騎士団は最大3つの騎士団を纏める存在になるのですから仕事量も増える。どこに試験する時間があるんですか? なので、僕が行くのが適任なんですよ」

 

 落ち込む兄をアルは懇々と諭しつつ、その目は狐色に染まった艶姿と小気味良い音で誘惑してくる揚げ物達を見つめていた。

 一気に高温に引き上げ、焦げない内に油の中から褐色美人達を取り出していく。ただ、これで終わりでは無い。むしろ、揚げ物はここからの対応を間違えると、せっかく着飾ったドレスは崩れてしまう。

 奥様必見の知識の集合体──『○ック○ッド』や偉大なる知識の海──『インター○ット』に刻まれた伝承の通り、高温の油によって油切れの良くなった揚げ物を縦に置く。こうすることによって水蒸気で衣がベチャッとなることを防ぐのだ。

 

「分身……分身が使えれば……」

 

 未だにエルはどうやったら新型の試験にねじ込めるか思案しているが、分身なんぞしたらどちらが試験するかで大戦争が起こるので止めてほしい。そんな思いで調理を進めているアルだが、一部の界隈では『お前が言うな。兄弟揃って禄でもない』と苦言を呈される立場なのは彼も一緒である。

 

「設計図すらない話だけの新型機はさておき、こちらでのお仕事はいかがなんですか?」

 

 カツを切り分け、葉野菜と共に盛りつけるアルは2人に問う。本来ならばアルも出来たばかりの街に対して不満点を潰すべく奔走する立場なのだが、オイタが過ぎたせいでこの立場に甘んじている。だが、逆に進捗が芳しくなければそれを盾に動き回ることが出来るのだ。

 今ならば『進捗、どうですか?』と問いに来るエルの気持ちも分かると何気なく聞いた彼。しかし、エルはにこやかに、逆に親父は心底疲れたように『順調』と答えた。

 

「だるまさんが転んだ、だるまさんがしゃがんだ、だるまさんが政治に口を挟んだっと、見事にリアクションが分かれましたね」

 

「僕の方は選別が終わりました。今は親方に合流して帰り支度ですね」

 

 置いておいたうどんをザルごと湯につけること3詠唱。なんともコシのありそうな麺へと変貌したうどんを碗に持ってスープをかける。既に揚げ物の方も準備が終わったので、アルは説明は後に聞くことにして盛りつけられた料理を2人の目の前に提供する。

 

「へい、お子様ランチもとい大人様ディナーとうどん」

 

「いただきまーす」

 

 温かなスープの中を泳ぐ何本もの白い麺が入った碗を受け取ったエルは軽く挨拶を行ってから碗に口を着ける。肉や野菜本来の旨味と共にほっこりする熱が喉を通って胃に落ちていくことで、体を内部からじんわりと温めていく。

 胃に溜まった熱を外部に逃がすようにほうっと息をついたエルは、二本の木の棒を器用に使って白い麺を啜りこむ。ズルズルとあまりマナーがよろしくない音が響くが、その音はなぜか聞いた者の腹に響く音であった。

 

「じゃあ、俺もスープから」

 

 我慢できなくなった親父も、エルの方から漂ってくるスープの香りに釣られて小さな碗に注がれたスープを一口。調理工程から一見すると骨や肉片から出された肉系の味が強そうなスープだが、一口飲んで見れば野性味溢れる肉の旨味もさることながらそれだけに頼った単調な味ではなく、香辛料によって強化された野菜本来の甘味が時折顔を覗かせる。

 最初は一口のみと考えていた親父は、つい二口、三口と飲み進めていく。しかし、あれだけの骨や野菜クズを煮出したにしては野菜特有の苦味や脂による余計な雑身が感じられないことに気付く。

 

「ほんと、お前騎士じゃねぇだろ」

 

「それは褒めてるんですか?」

 

 恐らく丁寧な灰汁取りとその後に余分な脂を丹念に取り除いたのだろう。口では憎まれ口を言っていたのに料理は真っ当というアルの精神が具現化したような仕事ぶりに、親父は『褒めてんだよ』と呟きながらスープを飲み干す。

 

「ほい、お酒です」

 

「すまねぇな」

 

 酒が入った土瓶が供されるが、親父はそれから一旦視線を外して揚げ物に手を付ける。

 一口大に切られた1枚肉のカツ。それにフォークを刺し入れ、大きく開かれた口に放り込んだ親父はこんがりとした衣から生じるザクリという音を楽しみつつ、中身の肉を咀嚼する。

 

「やっぱうめぇな、ここの肉! 臭いけど」

 

「魔獣の肉ですからね」

 

 魔獣の肉は総じて臭くて固い。さらには人を食らったかもしれないという危惧感もあったので、親父はフレメヴィーラではあまり魔獣の肉は食べ慣れていなかった。しかし、この環境ではそんな肉しか出回っておらず、最初こそ我慢して食べなければといざ食べてみると──どハマりした。

 フレメヴィーラでも良く見られる猪型魔獣の肉。それがボキューズという肥沃な大地が絡むと食うに困った人間が苦肉の末に口をつける食べ物から、一般人が嗜む美味へと昇華したのだ。

 歯を立てると多少の抵抗の後にブツリと噛み切れる食感は、肉を食べているという実感を得られるという点から素晴らしいと言う他無い。脂身は残念ながらかなりの獣臭さを放つが、それさえ我慢すれば噛めば噛むほどにしっとりとした肉から甘くて濃厚な肉汁の味が次から次へと沸いて出てくる。

 

「塩くれ、塩」

 

「へい」

 

 鼻に残る獣臭さを酒で流し込んだ親父はアルに塩を催促する。短い返事の後に壷が手渡され、受け取った壷から香草塩を皿の端に小さく盛った親父は、カツにそれをちょいと付けてから口に放り込む。

 

 間違いなかった。

 香草の香りが獣臭さをある程度抑え、塩味が甘さを更に強調させる。そこに酒を呑み込むことで酒の余韻に香草の爽やかな香りが微かに──酒の後口を決して邪魔しないぐらい微かにプラスされることで酒を進ませる起爆剤となる。

 そのままザクザクと食べ進め、やがて一枚肉のカツと酒が無くなった頃合。新たに注文しようとしていた親父の前に酒が並々注がれた土瓶が置かれる。

 目の前には『これで最後ですよ』と言わんばかりのアルの顔。とことん酒飲みの性格を分かっているやつである。

 

「兄さんの方は簡単に聞きましたが、そちらの選別はいかがです?」

 

 その一言に上機嫌で土瓶に口をつけようとしていた親父の動きが止まる。失言でもしたのかと慌てるアルを余所に、彼は潰した芋を衣に包んであげた物を小さく齧りつつ、チビチビと酒を舐めるという寂しげな呑み方へと移行する。

 

「貴族位の1人を正式にこの街の代表。そんで、この下村の村長をその下……現場監督者だな。それに据えた所だ。その2人にはフレメヴィーラに帰国した後に陛下に会ってもらう予定だ。今頃、全員で草案を纏め上げてるんじゃねぇかな」

 

 泡を食んでいるかのように軽く、滑らかな舌触りの芋から伝わる熱を酒で冷やしながら、親父はぽつりぽつりと報告していく。

 その報告に調理場の窓を開いて砦の方を見やると、砦に取り付けられた木組みの窓からは薄っすらと光が漏れている。そこからさらに耳を済ませれば、風に乗ってあーでもないこーでもないと騒ぎ声が聞こえてくる。おそらく、朝になれば砦の近くに住む住人から苦情が届くことは間違いないだろう。

 てっきりまだ決まっていないという報告が出てくると思っていたアルは、首を傾げながら親父を見る。

 

「決まってよかったじゃないですか。何がいけなかったんですか?」

 

「村長だけなら既に決まってたさ! 貴族連中は俺がこれだけ偉いーだの、俺の方がオベロンに重宝されてたーだの。知るかってんだ!」

 

 愚痴を吐きすぎてた親父は腹いせに土瓶を思いっきり傾ける。彼の行動にどんなことがあったのか見なくても分かってしまった面々は、『あー』と親父に向けて憐憫な視線を送る。

 腹に据えかねているのか、切らずに楕円形の揚げ物にフォークを突き刺した親父はそのまま齧り付く。じゅわりと衣に吸われた油と肉の脂身を口の中で咀嚼し、湧き出た不快感と共にそれらを胃に押し込むために再び酒が入れられた土瓶に口をつける。

 

「ブハッ! 村長達の方がフレメヴィーラの気質に合ってる!」

 

 一気に傾けて最後の一滴まで飲み干した親父がやけ気味に心情を吐き出す。

 どうやら親父が貴族や村長達にこの町のまとめ役を選出することを話した際、村長達は既にこの街が出来る前の下村の村長を自分達のまとめ役に推薦していたらしい。なんでも、上町と比べて下町は何時魔獣の襲撃で滅ぼされるか分からないので、仮に逃げ出すことに成功した村人を保護した村は避難民を受け入れるという助け合いの精神が先祖から伝えられたのだとか。

 当然今回のこともその範疇に当たると解釈した彼らは、『この街に助けられたからには、ここの管理者である村長に従うのが筋』という認識を持っており、特に何も言うことなく代表者が決められていた。

 

 ただ、問題は上町からやってきた貴族である。基本的に頭脳労働者としては重宝するのだが、まとめ役という地位の話になった途端面倒くさい存在へと代わる。

 『私は幻獣騎士(ミスティックナイト)の運用を先祖から』だの、『先祖代々小王(オベロン)の右腕として』だのと親父からすれば『知らんがな』という自慢話でマウントを取りながら自分こそがまとめ役に向いていると自薦し出す。どこかで聞いたような話だ。

 

 正直、何人か『処置』したかったのだが、百歩ぐらい譲歩してバレた時に色々本国に迷惑がかかる恐れがあると危惧した親父はこの日まで胃の休まる時間がなかった。

 

「それはお疲れ様です。もう1本どうぞ」

 

「おがみざぁぁん、俺もう駄目だぁ! 結局地頭の良さで決めたけど、不平不満出てよぉ! 金関係の計算もできねぇやつは引っ込んでろよぉ!」

 

 そんな中間管理職の悲哀のような気配をかもし出す親父の前にアルは無言で追加の酒を置き、その優しさに耐え切れなかった親父の涙腺が崩壊する。勤め人足るもの、職務に忠実でなければならない。だが、時には酒でもって愚痴を吐き出したりの見下さなきゃならない時があるのだ。

 今、この時のように。

 

「僕の方もほとんど問いの時間でしたね」

 

「ちゃんと噛めよ」

 

 親父が恥も外観もなく男泣きをしている最中、うどんを食べ終えたエルが話に混ざる。ただ、あまりにも早い食べ方にアルは水しか飲まない戦士のような注意をするが、彼はその注意を無視して話し出す。

 

 エルの方は初めは巨人族(アストラガリ)お得意の『力による問い』で決めようとしていたのだが、今回の訪問の主旨を理解していない巨人がちらほら居たのだとか。なので、エルは『面談』という新たな問いの概念を作り、『少なくともフレメヴィーラ王国に連れて行った際に大人しくできる気性なのか』という観点から巨人1人1人を選別していった。

 ただ、残念ながら大勢の巨人族(アストラガリ)が『小鬼ーじゃなく、小人族(ヒューマン)が多数住む国ならば広そうだ。我等が遊びに行ってやろう』とシュレベール城に塗料を塗りたくってウェーイしそうな迷惑系観光者風なノリだったらしい。

 もちろん、そのような倫理観の者はマガツイカルガの力でもってお帰り願ったのはいうまでも無い。しかし、彼らの中にも『小人族(ヒューマン)の文化というものをアルゴスにお見せし、我らの糧としたい』と全うな思想を持つ者が居り、最終的に複数の士族から選出された数人の魔導師(マーガ)と数人の勇者(フォルティッシモス)がフレメヴィーラ行きのチケットを手にした。

 

「そんなわけで、イズモで帰還している間はこちらの文化を教えてあげてください」

 

「面倒臭い。マガツイカルガの能力を基に武装の設計したいです」

 

 エルは急に話を別の方向に変えて要求を通そうとするが、その要求をピシャリと拒否するアル。彼は新型機のテストの話を聞いた時から、既に彼の頭の中には『嵐の衣(ストームコート)を周囲ではなく一辺に投射する盾とか良くね』や、『斧でやったし、そろそろ剣の刃に魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)をつけてみたい』といった様々な武装のアイデアが湧き出ていた。

 後は帰還中に草案を纏めて新型機のテストの時、現地の騎操鍛冶師(ナイトスミス)達を炊きつければあわよくば。といった皮算用をしていたので、エルの頼みはお得意の『お断り真拳』でブロックする。

 

「そんなー、少しは手伝ってくださいよー」

 

「何時までも僕に頼るんじゃありませんよ。僕だって暇じゃないんですから」

 

「そうだぞ。こいつだっていずれクシェペルカに行くんだから何時までも甘えるんじゃない」

 

「そうそう、クシェペルカに…………え?」

 

 話の流れがおかしくなったことにアルは数秒かけて気付く。ただ、彼の呆気に取られた言葉を聞いた親父は同じく数秒ほど『何言ってるんだこいつ』といった表情でアルの顔を見ていた。

 すると、ようやく自身がうっかりしていたことに気付いた親父は『言い忘れてた』と謝罪してから先ほどの話の経緯を話し始める。

 

「実はな、最初に戻った時にアサマ1隻で人数も少なかったせいか。陛下が大層驚いてな」

 

「そこから何故に?」

 

「全滅だと思われたんじゃないですか?」

 

 エルの回答に親父は無言で頷く。

 現在用意できる装備や人員を導入した王族の本気度合いが伺える第2次調査船団が、銀鳳騎士団の保有する飛翼母船(ウィングキャリアー)の片割れのみ帰って来たらどうなるか。無論、全滅を疑われるだろう。

 親父は知らされていなかったが、報告に戻った藍鷹騎士団員曰く、当時のリオタムスはまるで泣きそうな童のような雰囲気だったらしい。

 

「で、なんで僕がクシェペルカに行く理由に?」

 

「お前、ボキューズに向かう前だがイサドラ様に手紙送ってなかったか?」

 

「書きましたけど、送ってませんよ。なんかコレジャナイって気がしたので」

 

「え?」

 

「え?」

 

『えぇ?』

 

 片やクシェペルカに手紙を送ったと言う話をし、片やそんな物は送っていないと言う。そんな話が噛み合わない2人の言葉が綺麗にハモる。

 さらにはアンブロシウスの名前と共に『おぬしの気持ち、確かに送ったぞ』という証言も得ているらしく、ますます意味が分からなくなったアルは混乱の真っ只中に居た。

 

 ただ、本人は知らなくて当然である。アルが送ったわけでもなく、母親であるセレスティナが発見してラウリやアンブロシウスが妙な気を使って送ったのだから。

 仮に真相を知れば、『余計な気を使うもん書いて放置するんじゃない』と怒るだろうが、第三者からしたらどっちもどっちで片付けられる些細な事故だ。

 

 ──送り先が最悪の部類でなければ。

 

「ちなみに、なんて書いたんですか?」

 

 一応どんなことを書いたのか確認しようとしたエルがアルに問いかける。すると、彼は恥ずかしがりながら記憶にこびりつく内容を頼りなさげな声量で発表すると、その場に居た全員──後ろで聞き耳を立てていた藍鷹騎士団員も揃って『あ~』と心底残念な存在を見たような声を上げる。

 

「遺書だな」

 

「うわぁ、おっも」

 

「こんなの祈りじゃないじゃん。呪いじゃん。呪物じゃん」

 

「その人、幸せを噛み締めるごとにアル君思い出して曇りそう」

 

「そんなの渡された方の気持ちも考えてください! 私だったら絶望して後を追いますよ! 「お前、そんな相手」 フンッ!」

 

 男性団員には『重い』だの『呪い』だの言われ、女性団員からは『渡された人、かわいそう』とイサドラが心配され、最後に床に崩れ落ちる団員も居て、ともはやカオスな店内の中でアルはひたすら『まずい』と連呼する。

 あの文面は悩みに悩んだ末にどうでも良くなって保留にしたものだ。それを見たイサドラ含むクシェペルカ王族の反応は想像に難くない。

 

 なお、この場に居る全員知る由もないが、サイドチェスト内の髪の毛も封筒の中にちゃっかり混入されている。もはや特級呪物『オキテガミ』と化したそれが、何事も無くクシェペルカに着弾したこともここに追加しておく。

 

「やばい……ですよね?」

 

「十分やばいが、まだ陛下が外交でなんとかなると仰っている。今は本国の仕事の方考えとけ」

 

「副団長、手紙を送る際は俺らがチェックするんで絶対に。絶対に! 渡してください!」

 

「女性の観点から私達も見るので! ほんとっ! 頼みますよ!」

 

 藍鷹騎士団員からの『手紙見せろ』コールに呆然としていたアルは黙って頷く。

 その後、報告と食事が終わったエルと親父は帰っていくのだが、食器や調理器具の清掃中ずっとなにかを考えていたアルが突然、『やっぱ生きてた。もうけっ! って明るく言うのはどうでしょう』と麦わら少年のような手紙の返事を提案する。

 だが、当然として全員の大ブーイングにより、何かに失敗してテンションが一気に下がった猫のように店の片隅で座敷童のように佇んで動かなくなった。彼曰く、『大人はいつまで経っても心に少年が宿っている』だそうだ。




新婚旅行に同行フラグが0から1に推移しました。

本日のメニュー
大人様ディナー
 哀愁漂う中年男に捧げる揚げ物3種と刻み野菜。
 内容は魔獣から切り出した1枚肉の食べ応え抜群なカツ、魔獣肉を丹念に叩いて色々混ぜ込んだハンバーグのタネを流用した肉汁たっぷりメンチカツ、ボキューズ大森林で自生していた芋を丹念に潰した泡のように滑らかな食管のコロッケ。
 未だソースが作れないので、香草塩か同じく自生していたトマトっぽいものを潰したソース。お好みでどうぞ。
 旗が必要な際はお申し付けください。
※旗の図柄を見たことで食欲減退の症状が出ても当方は一切責任を負いません。

うどん
 肉片が付いた骨と野菜クズを煮出し、灰汁や脂を丹念に取った特性スープにうどんを入れた物。うどんはアルが毎日生地を仕込んでいたが、大抵売れ残る。そして、夜食に一人で食べるのが通例だったので結構嬉しかったりする。
 しょうゆや昆布がないので、コンソメキューブにうどんを入れた物を連想していただきたい。
 実際食べてみたが、うまいゾ!なレベル。パンチが足りなければコショウか一味を加えるのも良さげ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。