幕間(迷える中隊長とプリン)
フレメヴィーラ王国に招待する
祭りは連日連夜行われ、新たな統治者と堅牢な街の誕生に皆は喉が張り裂けんばかりに喜んだ。そんな祭りが終わって数日経った頃。調査船団を取り仕切る三騎士団の代表からフレメヴィーラ王国への帰還宣言が発せられた。
既に調査船団の持ち物は各
既にイズモを始めとした
そう、今宵はこの街で過ごす最後の夜であった。
「では、明日からこの店は貴方の物です」
「はい、誠心誠意頑張らせていただきます」
アルの目の前でお辞儀をするのはこの街が下村だった時から住んでいる1人の青年。彼はこの店を藍鷹騎士団から
また、同僚からの信頼も十分あり、日々の研鑽を忘れない姿勢。そして、アルが下村で情報収集を行った際に交流した子供の1人の父親だったというちょっとの『えこひいき』がブレンドされた結果、彼がこの藍鷹亭を継ぐことになった。
大きな拍手の嵐で藍鷹亭の引継ぎ式は幕を閉じ、街の人間が次々と来る明日のために帰っていく。1人、2人と外に出て行き、やがて店長の青年が扉の前で再び礼をしながら出て行くと、残ったのは藍鷹騎士団の面々とアルのみとなった。
「じゃ、俺達は地下室の処分してくるわ」
「分かりました。じゃあ僕は最後のチェックしておきますね」
藍鷹騎士団の本拠地である地下室を完全に潰す作業に入る団員達を尻目に、アルは自作のチェックリストを片手に閉店チェックを始める。
調査船団が持ってきたものは全て積み込み、代わりにこっちで作った魔力で動くコンロはこっちに放置していく。揚げ物に使う脂身を使った油やハンバーグといったレシピも1枚ずつ確認してはチェック項目に『レ』字をつけていたアルは、項目にあった店の前に垂れ下がった暖簾を回収しようと扉に目を向ける。
すると、その引き扉は独特の音と共に独りでに開かれた。
「おや、ヘルヴィさん」
「ごめんね。お店、閉めてる最中だよね?」
「いえ、どうぞ。今宵は貴女のために特別営業でございます」
入ってきたヘルヴィの様子がいつもと異なるように感じたアルは、少々キザったらしいセリフで彼女を中へ招き入れる。そんな言葉にヘルヴィは少しだけ笑うと、『それ、アル君のキャラに合ってない』と言いながらも、素直に店の中へと入っていった。
別段、アルは女性だからと甘い対応をしたわけでは無い。むしろ、相手が女性でも『男女平等真拳』を纏った彼の前では誰もが業務時間内かつ在庫の心配が無ければ望んだ注文を受け付けるし、時間外なら平等に店から追い出すべきお客様である。
『お客様は神様です? 神は死にました!』を地でいくアルがなぜこんな配慮をしたのか。それは『いつもの彼女らしくない』、そんな考えがアルの脳裏に警鐘を鳴らしたに過ぎない。
「あったかいものどうぞ」
「ありがと」
最後のティーブレイクとして隠し持っていた茶葉で淹れた紅茶を差し出す。先ほどの掛け合いの前後も2人の間に会話は無く、静かで穏やかな時間が流れていく。
時折、店の奥から藍鷹騎士団員が出てくるが、お互い不干渉を貫こうというスタンスなのかアル達を無視して作業に戻っていく。それはアルも同様で、無理にヘルヴィから聞き出すことはせずに店の中で出来るチェックを終わらせようと動き回っていた。
そんな空間の中、ようやくヘルヴィの口が僅かに開く。
「ねぇ、アル君。エドガーに進路相談したって……ほんと?」
「え? えぇ、進路相談ってほどじゃないですけど。迷っていたみたいなので、ちょっと助言を」
「じゃあ、私の相談も乗ってくれる?」
ヘルヴィの問いにアルは『はい』と答えようとしたが、喉から出掛かった言葉は再び彼の腹に戻っていく。先ほどよりも思いつめたような表情。先ほどの『進路相談』という言葉も合わせ、自身の警鐘は間違いではなかったことをアルは再認識させられた。
そのため、ただ単に了承するのではなく、何に悩んでいるかを明らかにしようとアルは逆にヘルヴィに疑問を投げかける。
「進路相談というと、騎士団のお話ですか?」
「うん。エドガーに付いて行くのが良いか、それとも騎士団長になるのが良いのか迷ってるの」
一応、藍鷹騎士団から陛下の指示を又聞きした次の日に銀鳳騎士団の体制が大きく変わることを団員に話していた。全員、新たな騎士団の初期メンバーという興奮から終始賑やかな形で解散となったが、中隊長ともなると新たな環境への不安があるのだろうか。
そんなことを考えながら、アルはヘルヴィの部下である第3中隊の事が気になった。どちらにせよ、中隊は解散するわけだから彼らの行き先も早急に決めなければならない。そう考えたアルは思い切ってヘルヴィに中隊に伝えたのか聞いてみる。
「……中隊の人にはなんて言ったんです?」
「まだ決めれないって。そしたら、"中隊長のやりたいようにやれば良い。自分達もそれぞれ自分の行きたい場所にいく"って」
「自由奔放ですね」
中隊員から言われた言葉を一字一句違わずに話すヘルヴィに、アルは困り顔で中隊のことは一旦意識の外へ向け、改めてヘルヴィの適正について改めて考える。
テレスターレという気性の荒い
だが、戦闘面においても遊撃手としてこれほど適任な人材はフレメヴィーラ王国の中を探しても数人クラスであることも確かだ。隊の纏め方、法撃タイミング、突撃の足並み。
エドガーやディートリヒのように突出した能力がない分、ヘルヴィは割かしすぐに返事を出すだろうと楽観的に思っていた。
ただ、忘れてはいけない。全ての能力が高水準で手堅く纏められているのも、十分突出した能力なのだ。なまじ、どこに行っても卒なくこなすイメージしか沸いて来ないので、アルは彼女が出した案の不安点から解消していくことにした。
「では、それぞれの道の不安点から聞きましょう。エドガーさんについていく場合の不安点はなんでしょうか」
「エドガーは……その……ね? アレだから……」
「あー、アレね。じゃあ、もう付いていけば良いんじゃないですか?」
恐らくエドガーとの惚れた腫れたのことなのだろう。途中から何かがこみ上げてきそうなほど甘ったるい空気を感じたアルは、『手紙の件どう言い訳しようかな』と別の面倒くさいことを考えながら吐き捨てるように結論を述べる。
すると、『駄目!』という大声と共に机が大きく叩かれた。
「エドガーにうつつを抜かして騎士の責務を疎かにするなんて、エドガーやせっかく私を騎士団に推してくれた陛下にも失礼! ……ってごめん」
「いいえ。ですが、逆を言えばうつつを抜かさなければ良いのでは?」
「今は出来ても、いつまで出来るか分からないし…………デキルカナ」
声量を萎ませながら自信なさげに呟くヘルヴィに、アルはエドガー案の問題点はヘルヴィの自制心だと心のメモに記帳する。
自制心は我慢すればするほど心身に異常をきたし、解放した際の反動は大きいものとなる。
例えるならば、エルに対する
それほどまでに自制心は、時に自身を蝕む刃となりえる。
さらに『いつまで続くか』も問題に上がる。
あのエドガーの騎士団に入るからには、規律は間違いなく重んじられる。あのクソ真面目な彼の場合、就業時間外でも騎士団長であれと騎士団長ムーブが抜け切らない可能性も大いにある。
いくら好意を寄せているからといっても、結婚すらしていない男女がいつまでも耐え切れるだろうか。それは本人達ですら分からないが、アルは恐らくどちらかが爆発して騒ぎになると邪推した。
「では、次にヘルヴィさんが騎士団を率いる場合の不安点をどうぞ」
「これは簡単、私に騎士団長は務まらない。せめて中隊までね」
紅茶を飲み干しつつあっけらかんと答えるヘルヴィ。既に指揮能力が限界ギリギリだったという彼女の言葉に驚いたアルだが、彼女の歯切れの良すぎる言葉に違和感を覚えた。すると、そんな納得がいかないと言いたげなアルの様子に彼女は補足する。
「指揮のこともあるんだけど、特に業務が自信ないかなぁ」
「業務ですか。……確かに」
彼女が中隊までといった理由。それは指揮だけでなく、普段の仕事量も含まれていた。
中隊員の鍛錬や連携の訓練。収支の計算。魔獣といった非常時の対応。死傷者の見舞金といった福利厚生の申請。数えればきりがない業務を想像した彼女の意思は、既に騎士団設立を『なし寄りのあり』といった微妙な方向に向けていた。
さらには、普段
唯、ヘルヴィの考えには一つだけ大きな間違いがある。エルもまた天才的なプログラマーとは別の顔──優秀な中間管理職という側面を持っている。なので、アルの力を使っているのではなく『アルと二人三脚しながら仲良く爆走している』が正しい。
「アル君見てると大量の仕事しながら色々するのむ"ぅりぃ」
「学園で文官候補雇えばいいじゃないですか」
「すぐには使い物にならないし、相性ってあるでしょ? すぐに仕事放り投げれる即戦力が欲しいのよ」
「あぁ、はい」
どの世、どの業種も即戦力という甘美な言葉に騙され過ぎである。確かに即戦力の人材が入るならば、その業種の仕事も知っているので成果も上がりやすいし、教育と言う煩わしい行程も必要無い。
だが、忘れてはいけない。その業種を知っているからこそ、賃金、待遇、役職 エトセトラといった具合に同じ業種のライバル会社よりも自分の所に居た方が良いという飴を与えてあげなければならないということに。
『教育費カット出来るし、低賃金で業績ブーストやでぇ』とあからさまな鞭ばかり与え、性格的な相性も考えずに配置した場合、待っているのは突然の辞表である。いや、前々から前兆があったのに上層部がそれを無視し続けた結果という当然の帰結だろうか。
なんにしても、『即戦力』という都合の良い人材はよっぽどのことでないと来ないということをヘルヴィには分かって欲しかったアルだが、上手く説明できずに『そうですか』とお茶を濁しながら紅茶のお代わりを差し出す。
「お茶だけなのもアレなので、何か作りますね」
「え、良いのに」
「まぁまぁ、それよりも今の気持ちはどうなのでしょうか?」
続きを促しながら戸棚から何かないかと探るが、食材や調味料や便利グッズといった明日の営業に使用する物はあるのだが、菓子といった上等な品は出てこなかった。『とりあえず甘い物』という考えから黒砂糖の小さな塊を手に持ってみたが、今の心に余裕が無いヘルヴィに『落雁です!』とそのままお茶請けとして出すという真似はアルには出来なかった。
(あ、そういえばむかーし。ばっちゃんが作ってくれたっけ)
最近は希薄になってきた前世の日常の記憶。顔すら覚えていない祖母が風邪で寝込んでいた自分に作ってくれた温かくて柔らかいお菓子。材料は申し訳ないが明日の分を少し失敬することにし、早速調理に取り掛かる。
「正直ね、騎士団は断ろうと思ってる。柄じゃないとか統率出来ないとか色んな言い訳は並べたけど、本当は騎士としてまだまだやりたいことがあるだけ。まだ知らないこともいっぱいあるし、やりたいことも両手両足で足りないほどある。そのやりたいことの中に騎士団長って言葉は存在しないの」
小鍋に黒砂糖と少量の水を鍋に入れ、焦がさないようじっくりと熱を加える。砂糖が焦げていくたびに甘い匂いの中に立ち上ってくる焦げ付いた香り。決して不快ではないその香りが店の中を瞬く間にスイーツ一色に染め上げていく。
「望みがあるのは良いことです……が、そうなると銀鳳騎士団に残留も視野に入ってます?」
「うーん、新しい騎士団よりは現実味があるかなぁ。鍛冶師だけじゃ困る場面も出てきそうだし」
いまいちピンと来るものがないのか、さらにあれもこれもと自分の頭の中からやりたい事を羅列していくヘルヴィをアルは黙って見届ける。鍋の中身も黒砂糖の黒とは異なる茶褐色へと変わる頃合、鍋をコンロから離すとあらかじめ水で濡らした布の上に置いて荒熱を取る。
濡らしたふきんの水分がコンロによって熱された鍋の底に触れることで、水分が蒸発していく音を耳で確認したアルは砂糖と少量の水を色付くまで熱した液体──カラメルが外気で固まらないよう差し水を鍋に加える。
「でも、エドガーやディーは騎士団長に乗り気だし、私だけ騎士団を作らずにやりたいことやって…………我が侭だよね?」
「うちの騎士団長が一番我が侭なのに、それを差し置いてヘルヴィさんをそう言う人なんかうちに居ませんよ。それに、やりたい事や好きなことをしていても疲れたり、嫌になったりすることは確実にあります」
トロリとした感触になったカラメルを金属製の型にそっと入れながら、アルはヘルヴィの言葉に反論する。
まず、他の人がどうとかは関係無いし、自分勝手だという人間が居るのならばその人間は間違いなくヘルヴィ含めた第3中隊の活躍や立ち位置を知らない銀鳳騎士団外の人間である。それに例え好きなことばかりをしていたとしても、その好きな事柄に対して理解を深めるために勉強をしたり、困難に立ち向かうべく苦悩することも分からないのであれば、それはただの世間知らずだ。
どちらにしても道を選択したヘルヴィのことを非難するのは彼女自身しか存在しない。アルはそう言いながら店の外へ出て行く。
店の外にある井戸に吊るしていたザルを引っ張り上げ、様々なものが乗っているザルの中から白い液体が入った瓶を取り出す。この瓶の中には外見は牛のような獣から搾り取った物なので、便宜上は牛乳と呼ばれている液体が入っている。が、彼は生物学者ではないために『乳』と常日頃から呼称しているそれを店の中まで運び、中身を舐めて酸味がないことを確認する。
少々酸味があっても腐敗していなければ美味しく飲むことができるが、それは別の機会にしておこう。
「手前勝手な意見になりますが、本当にやりたいことを前にしたら理由なんて後付けにしかならないと思いますがね」
「そうよね、アル君やエル君はいつもそうよね。ごめんって不貞腐れないでよ」
銀鳳騎士団を率いる2匹の悪魔。言葉巧みに自身の概念を押し付け、聞いた者の今までの常識を破壊する存在だ。そんな悪魔の片割れから説得力のありすぎる言葉を賜ったヘルヴィは頬杖を付きながら納得する。
ただ、
そんな顔に不機嫌にしてしまったことをとりあえず謝っていたヘルヴィだが、今度はエドガーの騎士団の入るのか、銀鳳騎士団の残るのかといった選択で悩み出す。
「うーん。銀鳳騎士団に居たらエドガーに会えないけど、一番初めに新しい物に触れられないのはなー」
鍋を火から下ろして荒熱を取り、その間に卵をかき混ぜる。テルモネン製泡立て器をヘルヴィの悩みのように左右に揺らして卵を瞬く間に解き解すと、そこに人肌程度までぬるくなった鍋の中身を入れる。
本来ならば黄色がかった美しい見た目にするために卵黄を少々多めにするのだが、卵白の使い道が無いので全卵を使用することにしたアル。決して卵白のみを泡立ててデコレーションする行程が面倒だったわけではない。ないったらない!
「ですが、そうやって悠長に構えていても良いんですかね?」
「どういうこと?」
混ざった液体を一旦裏漉ししつつ、アルはヘルヴィに疑問を投げかける。ただ、その疑問の真意が分からなかった彼女が首を傾けるので、『騎士団長って皆に注目されるんですよ』と続ける。
それでも、ヘルヴィが『何が言いたいの?』と聞いてくるので、アルは直球で自身の考えを述べた。
「騎士団長ってモテますよ。ほら、例のヘッドハンティングの後とか」
「っ!」
アルの言いたいことが分かったヘルヴィは再び机を殴打する。今回は叩き所が悪かったのか、痺れた手を涙目で擦っているが、その頭はアルの言う最悪を難度もシミュレートしていた。
ディートリヒならいざ知らず、あの朴念仁は人の好意を悟るのが下手なのでいきなり恋に落ちることはない。──いや、恋はそんな打算な物ばかりでは無い。落ちる時は本当に、彼女自身のように落とし穴に嵌ったかと錯覚するほどストンと落ちるのだ。
さらには、アルのお見合いのように貴族との繋がりを持つためにお見合いすることも十分あり得る。いくら、エドガーと自分の仲の良さが銀鳳騎士団の中に知れ渡っていようとも、それは銀鳳騎士団の中だけの話。
『自分だけが知っていた異性の魅力に周囲が気付いて掠め取られる』といった本や演劇でよくありそうな展開になってしまう可能性が十二分に存在する。
「後は、僕達って村よりはましですが城壁で囲まれた街の人よりも死傷率高いですよね」
色恋についてクリティカルヒットな一撃を見舞われたヘルヴィだが、裏漉した液体をカラメルの入った型に流し込むアルから更なる言葉のナイフが繰り出される。
カルディトーレといったカルダトアよりも高性能な量産機の登場により、たしかに
回避タイミングをミスれば──。攻撃が避けられた所に攻撃を受ければ──。質量や物量で圧倒されれば──。いかに堅牢な鎧で守ろうとも、それは絶対的な安全では無い。圧倒的な力を受けても多少長生きできる保険程度でしかない。
「それは……嫌ね」
出撃したまま帰ってこない。そんなイメージがヘルヴィの頭を過ぎる。
なお、フレメヴィーラ王国と友好国在住の約1名が絶賛その感覚に苛まれているのだが、想われている当人は全く気にもかけずに液体の入った型を湯を張ったフライパンに置いていく。とことん自分のことは全力で棚に上げた行動をする副団長である。
「個人的にはヘルヴィさんがエドガーさんの騎士団に入るのを応援しているので、意地悪ですが誘導させていただきました。ですが、銀鳳騎士団の傘下といっても別の騎士団になるので接点は今まで以下になりますよ」
「そうよね。騎士団の運用も1人じゃ大変そうだし、一緒に頑張るっていうのも良いかもね」
エルとアルの関係とはかなり異なるが、ヘルヴィの決心はエドガーの横に立つことに固まっていく。たとえ、少々……少々! エドガーの方向に寄り添い過ぎたとしても、瑣末事と吹き飛ばせるほど仕事で有能さを維持していけば問題はない。──ないはずだ!
「渋ったらこう言えばいいんですよ。"ディーさんところに厄介になる"って。そしたらすぐ掌返しますよ」
「良いわね。それ採用」
ケタケタと笑うヘルヴィの表情はすっかり憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしている。それを見たアルは満足げにフライパンから表面が固まった型を引き上げ、すかさず冷水にて冷やす。
本当はこの後冷蔵庫にでも入れれば滑らかなおやつになるのだが、この世界にそのような家電は無いし、昔にアルが味わった『アレ』は暖かでしっかりとした食べ応えがあった。多少、『す』が入っても胃袋に入っちまえば皆一緒というあの強気な性格は、世界は違えど今のアルに必要なのかもしれない。
遠い世界の祖母へ熱いリスペクトを送りながら、アルは型を湯煎してから皿に向かって型を裏返す。すると、艶かしい薄黄色の身体に茶褐色の王冠を被った女王が皿の上に光臨した。
「お待ちどうさま」
「へぇー! …………へぇー」
「どうしました?」
受け取った皿を最初は目を輝かせながら見ていたヘルヴィは、徐々に声のトーンを落としながらしげしげと皿の上に鎮座するプリンを確認する。
フレメヴィーラ王国でもこういった卵菓子は存在するし、なんなら高級店でありがちな氷室を用いてビシッと冷やした滑らかで冷たいタイプも存在する。おそらく、ヘルヴィもそういった店のものを食べた経験があり、先ほど自分が出したようなプリンとのギャップに戸惑っているのだろうと考えたアルは不安そうに何か問題があったのか聞くと、ヘルヴィは小さく『女子力すごい』と零した。
「喫茶店のマスターみたいなもんですよ。これが女子力だったら、後片付けの手間も忘れてクリームで盛り盛りにしてます」
「そんなもの?」
「そんなものです。お代わり、置いときますね」
カップを再び紅茶で満たしてヘルヴィの前に置いたアルは片づけを行っていく。既に相談事は綺麗に解消され、様々な考えで煮詰まっていた頭がすっきりした彼女はプリンへと匙を突き込んだ。
硬い感触を匙の柄で感じたヘルヴィはさらに力を込めてプリンの一部分を抉り取る。そこには昔食べたプルンとした弾力のある感触が一切無かった。
断面は所々チーズのように空洞が開きながらもみっしりと詰まっているような見た目にヘルヴィは呆気に取られたが、香ってくる香ばしくて甘い香りに堪らず一口。
「甘い」
「そりゃ良かった。色々考えましたからね、糖分補給は必要ですよ」
口に含んだ瞬間、思わずヘルヴィの口からまろび出た感想にアルは笑顔を浮かべる。
硬い感触から噛む力が必要だと思ったほのかに黄色い部分は、舌で軽く潰れるほど口当たりが滑らかだ。卵、乳、砂糖から織り成されるまろやかな甘味がヘルヴィの頬を緩ませ、香り付けに入れられた草の芳醇な香りが鼻を抜けていく。
そこに紅茶を一口飲むと、砂糖が入っていない紅茶の渋みによって口中の甘さが喉まで押し流され、さらなる一口を求める欲求が沸いてくる。
上機嫌で食べ進めていくヘルヴィ。その様子をチラリと見ながら、完全に迷いが晴れたその様子にアルは小さくガッツポーズをした。
***
朝。街の人々や
「ほほう、西のヒューマンは植物を糧にしておるのか」
「肉も食べますよ。ですが、肉のみでは栄養……生きる力が損なわれますからね」
「なるほど、それで先代は氏族に多少の草を食わせていたわけか」
「へぇ、どんな植物を食べてたんですか?」
興味深そうに食文化を語り合うが、彼らは一貫して相手の文化を否定しない。それはアルが最初に『文化は様々』という主張に基づいており、現に語り合いは
そのおかげか、
「アル君、あの話のことだけど。騎士団長君に話してきたから、当分の間はあいつにはこれね?」
「承知しました。コツは守備を固める前に懐に潜り込む……ですよ?」
「分かってる。あいつの癖なんて学生の時から何度見たと思ってるのよ」
にかりと笑ういつものヘルヴィの表情に、アルの脳内に搭載された警鐘は『もう大丈夫』と太鼓判を押す。
きっと、何が起ころうとも彼女は意志を曲げないだろう。それが困難であっても、かなりの労力を伴うことになっても、そして──報われた結果にならなくても。
ただ、そんな遠ざかっていく彼女の後姿がエルのように見えたアルは、それ以上は巣立つ邪魔になると黙って彼女を見届けていた。
「それでは……フレメヴィーラ王国目指して、出発です!」
イズモの伝声管からエルの元気な声が聞こえ、イズモはゆっくりと移動を開始する。目指すはなつかしの故郷であるフレメヴィーラ王国。きっと、発起人であるリオタムスやアンブロシウス。そして、マティアスやセレスティナといった家族も首を長くして待っているであろう──あろう。
「…………帰りたくねぇ」
唐突にチラついた赤い髪にアルは宇宙の真理を理解した猫のように固まる。突如停止したアルに
かくして、帰ってこなかった騎士団長を捜索する名目で飛び立ったアルや銀鳳騎士団の長い長い冒険が今、終わろうとしていた。
~巨人戦争編 完~
これにて今年の投稿は終了となります。
今年も沢山のお気に入りと評価。また、御覧くださった方々。合わせてではございますが、厚く御礼申し上げます。
皆様、良い年越しを
本日のメニュー
プリン
アルが前世で堪能した懐かしの味。
卵に牛乳に砂糖に水と他のお菓子と比べて遥かに揃えやすく、調理もしやすくて美味しいという夢のようなお菓子。苦味のあるカラメルと固いながらも濃厚な甘味をバケツサイズとは言わなくともワッシワッシと頬張る快感は、日頃の仕事によって溜まって行くストレスの解消法としては最上に位置する。──と、筆者は思う次第である。
ちなみに味はともかく、型から取り外しやすいようバターを薄く塗っておき形を美しくしながら手作りで・・・となると、途端に製作難度が跳ね上がる。
型から取り外しやすいようバターを薄く塗っておき、スが入らないよう目の細かい茶濃しで卵液を濃し、蒸す温度にも気をつけ、取り外す時も慎重に行わなければならない。
仮にそれを行わなければ──こうなってしまう。
【挿絵表示】
味は良かったよ?味は・・・なんだろ、すごくしょっぱいや。