銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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新年、明けましておめでとうございます。
今年も銀鳳の副団長をよろしくお願いします。


125話

 ボキューズ大森海上空に数隻から成る船団が進路を西に向けて航行している。進路上に障害物は無く、されど突発的な奇襲に備えて各飛空船(レビテートシップ)の船倉からは小隊規模のトゥエディアーネが忙しなく出入りしていた。

 そんな10隻はくだらないであろう大船団の先頭。正面から向かってくる敵に真っ先に接触する危険地帯に陣取る他の飛空船(レビテートシップ)よりも巨大な船──イズモ。その中では、この調査船団を管理する書面上の責任者達による定例会が開かれていた。

 

「やはり、食料と水が足りないです」

 

「現状、行程の3分の2は消化しています。距離と今まで補給した量から、後2回の補給で何とかなりそうですね」

 

 銀鳳騎士団の騎士団長であるエルネスティ・エチェバルリアが食糧問題について提議する。彼の横で同騎士団の副団長を務めるアルフォンス・エチェバルリアが航空士(ナビゲータ)から報告された現在の大まかな位置と航行予定、さらに今までの補給量から導き出した物資の補給回数を提案すると、正面で話を聞いていた紫燕騎士団のトルスティが横に立つ騎士に視線を向ける。

 

「周囲に下りられそうな場所を彼に探らせます」

 

「お任せください。直ちに隊を編成致しますのでお待ちを」

 

 そう宣言した紫燕騎士団の騎操士(ナイトランナー)を束ねる存在であるキヴィラハティは、扉の前で礼をすると一目散にイズモの廊下を走っていく。足音の方向的におそらく、イズモの艦橋から魔導光通信機(マギスグラフ)で紫燕騎士団の騎操士(ナイトランナー)に連絡を取るのだろう。

 紫燕騎士団の大隊長に抜擢された当初こそ頼りない印章を周囲に与えていた彼だが、前回や今回といった修羅場を潜り抜けたことによって部隊編成や上官からの命令による思考の切り替え方が上手くなっていっている。トルスティも、『頼もしいものだ』と部下の成長を嬉しく思いながら改めて航空図から進路の確認を行う

 現在、イズモの船倉内でじっとしてくれている数人の『お客人達』の身体の関係上、どうしても歩みが遅くなってしまっている。しかし、着実にこの場に居る全員の故郷であるフレメヴィーラ王国まであと一息というところまで近づいている。

 

 エルの墜落から再び結成された調査船団だが、こうして死者無く目的を果たして帰還できるのは大成果と言っても過言ではない大冒険であった。このまま帰還すれば間違いなく歴史の教科書辺りに載るだろうという、人間だれもが持っている僅かな野心を満たしつつあったトルスティ。

 しかし、こんな時が一番足を掬われ易いという事を十分理解しているためか、彼は降下地点捜索の指揮を執ると言いながら部屋を出ていった。

 

「じゃ、議事録はこれで。パールちゃん達に補充のこと伝えてきます」

 

「了解、レビューと書き直しをしておきますね。あ、くれぐれも戦利品については保管数を厳守するように伝えておいてください」

 

「分かってます」

 

 アルは定例会で話し合った内容についてまとめた議事録をエルに提出し、船倉内のお客人達に補充のために地上に降りることを伝えにいく。船倉にたどり着いたアルが周囲を見渡すと、ちょうどお客人達である巨人達が1機の紅い幻晶騎士(シルエットナイト)と共に円陣を組んでいた。

 

「ディーさん、また来てたんですか」

 

「良いじゃないか。暇なんだよ」

 

「おぉ、橋の勇者! 先ほど戦士ディーから1本取りましたぞ! いやぁ、戦士達とこうやって頭の問いが出来るとは!」

 

 彼らの円陣の中心には金属で出来た薄いプレートがあり、そこには様々な絵柄が彫られている。ディートリヒに勝ったと言う魔導師(マーガ)は上機嫌で全てのプレートを回収すると、慣れた手つきでプレートをシャッフル。再び全員に1枚ずつ配っていった。

 そう、これは『カードゲーム』である。これは、補給と称した地上の散策以外は全て空の上という退屈極まりない環境に痺れを切らしたナブや勇者(フォルティッシモス)達から、『何か退屈を紛らせるものがないか』と不安が出て来たことから始まった。

 その時、ちょうどカードで遊んでいた第2中隊員を発見したアルが騎操鍛冶師(ナイトスミス)に頼み、第2中隊が幻晶騎士(シルエットナイト)越しにルールを教えて回ったことでカードゲームの概念は巨人達に伝わっていく。

 

 そもそも、何かの図柄が書かれた札というものは初見である彼ら。だが、それを組み合わせて短時間で手軽に勝敗を決めるというこの『問い』に巨人達が反応しないわけは無かった。

 戦士と魔導師(マーガ)という思考力も戦闘スタイルも全く異なる巨人同士が平等に問いを行えるということもあってか、このカードゲームが浸透するのはそんなに時間がかからなかった。

 なお、今回のディートリヒのように彼らの輪の中に第2中隊や第3中隊の男性陣がカルディトーレに乗って混ざっていたりするのだが、銀鳳騎士団の就業規則に『自由行動中といった労働時間外の行動については咎めない』があるので、割とフリーダムにさせていたりする。

 

「橋の勇者もどうだ? さっき、別の戦士から頂戴した甘い塊もあるぞ?」

 

「いえ、僕は遠慮しておきます。それより、再び皆様の目をお貸し戴く時が来ました」

 

「ほう……すると、また我らの戦利品が増えるな。約束どおり、戦利品をより分けておこう」

 

 アルから伝えられた話に勇者(フォルティッシモス)達は途端にうずうずし出す。彼らは興奮冷めやらぬといった様子で、倉庫の隅に積み上げられた巨大な鳥の風切羽や獣の硬そうな外殻といった、彼らが今までの散策で打ち倒してきた戦利品を吟味しだす。これには、あらかじめエルやアルから聞いていた件とそこから派生した約束事に起因している。

 

 当初、巨人達をこのままフレメヴィーラ王国に連れて行った場合について自分達は見慣れた存在なのであまりよく考えていなかった調査船団だが、いざ出発してみると『一般人が混乱するよね』という当たり前の結論に至った。

 その対応策に幻晶騎士(シルエットナイト)のような鎧を装着してもらった状態で外に出るという案が採用されるが、いざ自分達が降下甲冑(ディセンドラート)のまま日常生活を送れるかと問われれば、小人族(ヒューマン)側であるエルやアル、トルスティといった面々は渋い顔をする。

 『自分が嫌がることを一方的に他人に強いるのは止めた方が良い』と、アルはまず話せば分かってくれる小魔導師(パールヴァ・マーガ)魔導師(マーガ)に相談することにした。最初こそ、鎧を纏って外に出ることに難色を示していた小魔導師(パールヴァ・マーガ)達であったが、小人族(ヒューマン)巨人族(アストラガリ)の関係や秘密にしておきたいという気持ちを前面に出したアルの説得により、とある要望をもって合議となる。

 

 それは、『狩った魔獣の一部で鎧を装飾させて欲しい』というものだ。

 巨人族(アストラガリ)には、強大な獣を仕留めた際にはその一部を戦衣装に彩ることで個人の武を他者に知らしめる文化があるらしい。

 本来ならば余計な積載物を乗せるのは遠慮願いたいが、今回の件についてはこちらが無理を言っている。両者にとって良い方向に落とし込むためにエル達は巨人達から出された要望について議論を重ねていく。

 議論と巨人達との話し合いを何度か交わした末、『戦利品を各自2つまで』という厳格なルールが制定される。戦利品置き場は巨人達が居るイズモの船倉の端っこに決まり、補給のために地上へ降りた際に引越し作業で手間取るというアクシデントはあったが、荷物の搬入的にも巨人達からの要望的にもなんとか丸く収まる。

 

 なお、この出来事から勇者(フォルティッシモス)魔導師(マーガ)がアルのことを『橋の勇者』と呼び始めた。なんでも、小人族(ヒューマン)巨人族(アストラガリ)の橋渡し役として走り回っていたからという理由だが、流石に2つ目の呼び名にすぐさま順応できるわけがなく、巨人達に申し訳ないが辞退するという結果となった。

 

 閑話休題

 そんな戦利品のより分けをしていた彼らだが、船倉内の伝声管からエルの声が聞こえる。

 

「イズモから全レビテートシップへ。キヴィラハティ隊が前方に開けた場所を発見しました。これより食料と水の調達を行います」

 

 伝声管から聞こえてくる指示に騎操士(ナイトランナー)騎操鍛冶師(ナイトスミス)が即座に降下準備に入り、そうしている間にもイズモや周辺の飛空船(レビテートシップ)が徐々に高度を落としていく。

 やがて、降下出来るほどの高度まで落とした船はそれぞれ船倉を開き、中から鎖で固定された近接戦仕様機(ウォーリアスタイル)を下ろしていく。

 

「おぉい、巨人の方々も行くなら鎖に掴まってくれい!」

 

「分かった」

 

 イズモに留まっていた第1中隊の近接戦仕様機(ウォーリアスタイル)を全て下ろした騎操鍛冶師(ナイトスミス)は、巨人達も降下させる準備に入る。

 イズモに搭載された鎖の先端には降下中の安定性を図るために足のつま先を通す輪が存在している。巨人達は慣れた調子で自らの足のつま先をその輪に通し、武器を持っていない方の手でしっかりと鎖を握る。

 降下準備が完了したところでアルが小魔導師(パールヴァ・マーガ)の肩に掴まると、騎操鍛冶師(ナイトスミス)に船倉の開放を指示した。

 

「うむむ、未だ慣れないなぁ。獣に襲われるのは分かるけど、なんとも頼りないよ」

 

「ボキューズなので仕方ないです。もしかしたら横合いから突撃されるやもしれませんし」

 

 空から降りていく感覚に極力下を見ないようにするナブ。他の巨人達も多かれ少なかれあまり地上を見ておらず、嬉々として下や周囲の景色を見ていたのは勇者(フォルティッシモス)小魔導師(パールヴァ・マーガ)のみであった。

 ようやくといった調子で地面に降り立った巨人達が久方ぶりの開放的な空間にストレッチをしていると、飛空船(レビテートシップ)から次々と騎士や補給用のコンテナが降りて来る。地上に降りた騎士達は全員降下甲冑(ディセンドラート)を纏っており、小型重機の力で瞬く間に補給作業がしやすいようコンテナを並べて簡易的な拠点を作っていく。

 その傍らで銀鳳騎士団の第1、第2中隊は動きやすいよう小隊に分かれてその場で待機。やがて、コンテナも一頻り並び終えたところを見計らい、コンテナの上に上ったアルは手持ちの拡声器を手にして口を開く。

 

「それでは、行動開始してください。あまり奥まで行かないように! 何かあれば各自の魔導兵装(シルエットアームズ)で合図をお願いします」

 

 その声を合図に勇者(フォルティッシモス)や戦士、ナブといった戦士側の巨人達は小隊に分かれたカルディトーレ達と一緒に狩りへと出かけ、小魔導師(パールヴァ・マーガ)魔導師(マーガ)達といった魔法使い側の巨人達はアルを連れ立って水の捜索を始めた。

 あっちこっちから木々がなぎ倒される音や戦闘音、そして獣の断末魔が聞こえる森の中を歩く魔導師(マーガ)達。ただ、無作為に歩いているわけではなく、とある草の生えている方向をひたすら歩いていた。

 

「ほほう、これは珍しい。かなりの水が期待できるぞ」

 

 道中、魔導師(マーガ)は珍しそうに何かの草を摘む。巨人族(アストラガリ)サイズなのでアルにとっては背丈ぐらいの大きな草なのだが、どうやらそれは水が潤沢な所でしか生えない種類らしい。池のように巨大な水源なのか、はたまた地下水なのかは分からないが、とにかく水源が近いことに彼らはそのまま森の奥へ足を進める。

 水場が近いからか決闘級の巨人族(アストラガリ)にも喧嘩を売ってくる命知らずな小型魔獣も姿を現し出し、それらを魔法(マギア)で炭に変えながらも進む彼らの前にようやく水源が姿を現した。

 

「お見事です」

 

「アルゴスよ、草の導きに感謝する。ほれ、合図とやらを送るぞ」

 

 湖を中心に森の木々がその湖をドーム状に囲っている。おそらく、トゥエディアーネで偵察してもこの存在を見つけるのは至難の業だろう。

 現地の知恵に脱帽しつつ、アルは法弾による合図を送る。

 

 それからしばらくその場に留まっていた彼らだが、森の奥から2機のカルディトーレとグゥエラリンデが姿を現した。

 

「すっげぇ! 湖だ!」

 

「今まで小っちゃい川とか池だったけど、満足に汲めそうだな」

 

「そうだね、今までの分も補給しておこうか。ウィングマンに連絡を」

 

 カルディトーレの多目的投擲筒(ランチャー)から何発かの法弾が規則正しく上がると、再びしばらく時が経過した後にイズモが湖付近まで移動してくる。

 どうやら水用の容器を全て回収してきたのだろう。イズモの船倉から次々とドラム缶のような物が投下され、そこからは全員でそれらに水を汲んではイズモに収容していく作業を延々と行った。

 予定では半日で終えるはずだった補給作業も、水という重要な物資の無限沸きポイントという思わぬ幸運を拾った調査船団は補給作業を1日がかりに変更。この判断は後の航行に多大な影響を及ぼし、調査船団はこの後は無補給でボキューズから脱出するという1回休んだ後に倍進むという喜ばしい結果となった。

 

 下の景色が鬱蒼とした木々から人の手で作られた畑や家といった農村の風景に切り替わった瞬間、どの飛空船(レビテートシップ)からも大歓声が上がったのはいうまでも無い。ただ、各船の責任者にとって乗組員の意識が散漫になることを防ぐため、あえて『喜ぶのは無事に完了報告を済ませてから』と厳しい言葉を投げかける。

 そんな具合に一路カンカネンへと向かう調査船団。しかし、その道中で銀鳳騎士団にとって実家のような安心感を放つ学園都市に差し掛かったので、この調査船団が結成された諸々の事情から適切に状況を読み取ったトルスティは全飛空船(レビテートシップ)に停止の指示を送った。

 

***

 

 とある日。いつもの定期便よりも騒々しく唸る風の音を耳にした学生は、ライヒアラ上空に浮かぶ飛空船(レビテートシップ)の大群に目を剥いた。

 飛空船(レビテートシップ)が世に出回ってからそれなりに時は経っているが、未だ建造には莫大な予算が必要な高級品である。ゆえに定期便と呼ばれる積載量に特化した輸送型飛空船(カーゴシップ)1隻ならともかく、2隻以上の船団すらも珍しいと思っていた学生にはライヒアラ上空を覆うように停止した10隻以上もの大船団はかなり刺激が強い物だった。

 

「この世の終わりか?」

 

「落ち着け! ほら、あの紋章! 銀鳳騎士団だ!」

 

 最初こそ彼は飛空船(レビテートシップ)内に搭載されている物が幻晶騎士(シルエットナイト)だと仮定し、『あのちっちゃい教官の言ってたこと正しかったんだな』と顔を引きつらせていたが、隣に居た別の学生の指摘で大船団の先頭で止まっている他の飛空船(レビテートシップ)よりも巨大な船の船底へと目を向ける。

 銀の鳳が翼を広げた瞬間を象った紋章。この街のご当地騎士団の紋章に周囲の住民は歓声を上げるが、飛空船(レビテートシップ)の数に顔を引きつらせていた学生は『いつものね』とあまり興奮した様子を見せずに学園への道を歩き出す。

 

「おい! 銀鳳騎士団だぞ!? 帰ってきたんだぞ!」

 

「いや、あの人らなら死にゃしないだろって分かってたし」

 

 そんな彼に興奮冷めやらぬといった学生に肩を掴まれるが、極めて冷静な口調で返事をしながらも『少々力を込め過ぎた握り拳(うれしさ)』をそっと袖の中に隠しながら足を早める。

 そんなクールぶっている彼の目の前──住宅街の中心部に存在する小さな広場に何かが空から落ちてきた。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の胸部走行が開く際に漏れる圧縮空気のような音を何度も鳴らしながら広場に降り立ったのは、人間よりも大きな金属鎧。それが風景を懐かしむかのようにきょろきょろとしきりに辺りを見回しながら兜を引き上げると、前方に居た学生達に気付いて足音を立てながら近づいてきた。

 

「あー、学園の学生さんですよね。ちょっと、周囲への勧告をお願い出来ますか?」

 

「えっ、あっ。へぇあ?」

 

 見知った顔に呆気にとられて即座に動けなかった2人だったが、アルはその間にも近場の住人達に幻晶騎士(シルエットナイト)降下の警告を呼びかけていく。最初は近所に住む有名人が空から降ってきたことに動きを止めていた住人も、銀鳳騎士団が引き起こす様々な珍事に慣れていたこともあってか家や建物の中に入っていく。

 その頃にはようやく学生2人も正気を取り戻し、避難誘導が行われているかのダブルチェックが済んでアルのところへ戻ってきた。

 

「教官、確認完了しました」

 

「お疲れ様でした。また辞職扱いなので"元教官"なんですが、遅刻で怒られたら"アルフォンス・エチェバルリアに捕まった"とでも言っておいてください。多分、なんとかなります」

 

 未だ有効であろう『魔法の言葉』を伝えつつ、アルは手に持った魔導光通信機(マギスグラフ)の出力を高めて空に掲げる。その光に船団の正面を陣取っているイズモからも返答があり、しばらくするとイズモの船倉から何かが飛び出してきた。

 憤怒の表情で固まったかのような面覆い(バイザー)を付けた8腕を備えた幻晶騎士(シルエットナイト)。しかし、その背中には上半身のみの怪物が取り付いているかのようにくっついている異形の存在。学生2人の常識が学園で積み上げていた常識のいくつかは、今この瞬間に破壊された。

 

「も、元教官! あれは!」

 

「え、魔獣ですか!?」

 

「あんなの作る人なんて1人しか。…………無言で指をこっちに向けるのは止めたまえ」

 

 マガツイカルガの姿に慌てふためく学生達にアルは暗に騎士団長の帰還を伝える。──のだが、何故か無言でアルの方に指を向ける彼らにアルはディートリヒのような口調で反論する。その反論中は終始笑顔だったのだが、その目は一切笑っていなかったことに学生達の恐怖心は急上昇していく。

 

 そんな時、建物に避難していく住民とは逆に外に出て広場まで走り寄ってくる人影があった。

 

「アル!」

 

「っ! 母様!」

 

 セレスティナ・エチェバルリア。言わずと知れたエルとアルの母親である。彼女の登場に、アルは徐々に近づきつつマガツイカルガの風圧から彼女や学生を守ろうと学生の帯びている杖を勝手に拝借して大気圧壁(ハイプレッシャーウォール)を目の前に展開する。

 その間にも足場にしていた虹色のリングを徐々に狭めながら降下してきたマガツイカルガは、ただでさえ狭い広場で無理やり駐機体勢を取ると吸気音を納める。

 少しでも身じろぎすれば広場のお隣のお宅が設置している柵を壊しそうな状態。『絶対動かすなよ?』という某ダチョウなクラブ的な言葉を胸中で連呼する最中、石畳へと華麗に着地を果たしたエルがセレスティナに手を振って無事をアピールする。

 

「母様、ただいま戻りました」

 

「ああ…………。エル、お帰りなさい」

 

 万感の思いを紡ぎながらセレスティナはエルに走り寄る。

 ボキューズという魔の森に墜ちて行方不明になった息子が送り出した時と全く変わらない笑顔で手を振る姿に、エルを抱きしめたセレスティナの目には一筋の涙を流れる。

 

「アルも、エルを連れて帰ってきてくれて…………ってあら?」

 

「元教官なら、あっちに向かって飛んでいきましたけど。僕の杖ごと」

 

 一頻り行方不明になっていたエルとの再会が終わったセレスティナは、アルも呼び寄せようと顔を向ける。しかし、その目に映ったのは意味が分からないといった表情で別の方角を指差す学生2人の姿。

 ただ、その方向に心当たりがあったセレスティナは『相変わらず他人優先ね』といつまでも変わらないアルの性分に軽くだが呆れる。

 そして、セレスティナの推測どおりアディの母親であるイルマタルを抱えて連れてきたアルは、アディの元気な姿を彼女に見せることでようやく忙しない行動を停止した。

 

「アル。他人のために頑張るのは良いことだけれど、私はあなたも心配していることは分かってね?」

 

「ふぁい」

 

 感動の再会を演出しようと、どうやらアルは少々はしゃぎ過ぎたらしい。アルの頬を両手で押さえつけたセレスティナは珍しく怒る姿に、彼は困惑しながらも素直に返事をする。

 そんな光景を見たエルとアディも同様に驚いていたが、太陽の位置から長居し過ぎたと判断。セレスティナやイルマタルにカンカネンに行くことを伝えると、学生に杖を返していたアルを回収してから再び飛び去っていった。

 

「本当に……良かった。良かった」

 

「えぇ、よく戻ってきてくれました」

 

 何事も無かったかのように一陣の風が通りを駆け抜ける。ただ、彼女達の胸中には昨日まであった不安といった負の感情はすっかりと消え失せていた。

 なお、その一部始終を見届けた学生達は無事に学園を遅刻したのだが、銀鳳騎士団の帰還ということで全員似たり寄ったりな時間に登校だったのでラウリは特例として午前休校を決定したのは秘密である。

 

***

 

 さて、親子の再会という寄り道を済ませたところで調査船団は改めてカンカネンへ向かった。ライヒアラと同じくそれはもう凄まじい歓声が上がり、伝令役として配置されていた兵が謁見中のリオタムスの下に飛び込んでくるという珍事も起こった。

 

「さて、なんで僕はここに居るのでしょうか」

 

「詳しい話はエルネスティに任せよ。おぬしが居ると、また陛下の胃痛の種となるじゃろ。って聞いておらぬな」

 

 シュレベール城内の王族専用スペース。もはや慣れ親しんだ部屋に通されたアルは紅茶を飲みながらもアンブロシウスの言葉を右から左へと聞き流す。彼の注意はリオタムスと謁見しているであろうエルの方へと向いていた。

 ただ、エルと共に報告に向かうとアルが補足を挟みすぎて到底全量が聞き出せない恐れがあるので、こうしてシュレベール城前でアルを確保。諸々の事情含めてアンブロシウスの目の届く所に隔離した次第である。

 

「今回のことじゃが、本当によくやってくれた。ワシらは危うく1つの金の卵を失うところじゃった」

 

「あの卵、自分で転がって戻ってきそうな勢いでしたけどね」

 

「それでもじゃ。やつ1人……いや、2人か。あれらだけで踏破出来るほど、ボキューズは優しくはない」

 

 ボキューズ大森海の方角を見ながらアンブロシウスは呟く。

 森林地帯という不安定で満足に陣形を整えることが出来ない場所。初めて見る植生によって生じる補給事情。修理や整備不十分によってただでさえ性能が心とも無い幻晶騎士(シルエットナイト)の性能低下。そして、度重なる魔獣の襲撃。大半が闇へ葬られたが、未だ既存する森伐遠征軍についての記録を流し読みしただけでも当時の劣悪な環境は用意に見て取れる。

 そんな森でほぼ着の身着のままで放り出された場合、常人なら数日生き残るが関の山だろう。

 

「改めて、あやつの執念がよく分かったわい」

 

「先王陛下、別に騎士団長と補佐のみと言うわけではないですよ」

 

「ほう? ……いやっ、待て! おぬしは報告するでない!」

 

「えぇ、一応調査船団の責任者の1人なのに」

 

 広げた手を前で振りながら報告を拒否するアンブロシウス。一応彼は『先王』という立場なので、真っ先に報告を聞く権利は既に『現王』であるリオタムスに譲っている。万が一にも無いことだが、ここで報告を聞いて後でリオタムスと話し合った際に僅かでも差異があれば、確認のために再びエルとアルを呼び出さなければならない。

 いくらフットワークが軽いアンブロシウスでも、そんなポンポンと予定を変更できるほど暇ではない。多分! 

 

「せっかくならば本人の視点で聞きたいであろう」

 

「あー、ネタバレはされたくないと」

 

「それじゃ!」

 

 やはり、建前であった。本当はアルからの『ネタバレ』を防ぐためだと口外したアンブロシウスは、再度アルに調査船団の報告しないことを約束させる。

 調査船団視点の報告ならば紫燕騎士団で事足り、裏の事情を含めた報告ならば藍鷹騎士団の報告があれば良い。そして、先の程アンブロシウスが述べたように墜落した本人達の詳細が知りたければ、エル本人の報告が知れれば事足りる。

 そんな錚々たる報告者達の中にアルの居場所はどこにも無かった。

 

「まぁ、そんなことはどうでも良い。……本当にどうでも良い」

 

「あぁ、あれですか。なんであんなことになったんです? 僕、手紙なんて渡してませんよ」

 

 途端にげんなりし出すアンブロシウス。ただ、手紙をクシェペルカ王国に出した覚えが無いアルが反論すると、アンブロシウスは烈火のごとく怒り出した。

 どうやら女王の印章を用いた国家間での手紙のやり取りという手段でアルの確認を取ったらしく、現在も調査船団に参加していない近衛騎士団が保有している貴重なトゥエディアーネと同じく調査船団に参加していない藍鷹騎士団員の手で激しいやり取りが行われているらしい。

 

 ただ、あちらに向かったエムリスの近況も届いているらしく。なにやら『浮遊大陸』という興味深い文面もあったのだが、ほとんどは『フレメヴィーラとの交流をもっと密にするため、飛空船(レビテートシップ)交易や両国出身者の婚約などはいかがでしょうか』から、『それぞれの国の騎士団の模擬戦闘も良いですね。そういえば、そちらの銀鳳騎士団にはお世話になりましたが近況はいかがでしょうか』と建前の中に本命を混ぜ込んだ手紙になので、リオタムスはそれどころではなかった。

 

「そもそも、おぬしが髪の毛入りの封筒を作ったのが原因じゃろうが!」

 

「髪の毛ぇ!? なんでそうなってるんですか、こわっ!」

 

「既になっとるじゃろうが! 勅令である、これから言い渡す任務の傍らであっちの機嫌を直す手紙を送ってこい! ワシが直々に精査してやる」

 

 新たな情報にアルは目を剥くが、アンブロシウスは怒り冷め切らん状態で勅令を出す。なお、アンブロシウスは既に王の席から辞しているので勅令は出せないのだが、それを指摘するものはこの部屋には居なかった。

 そんな騒ぎの中に混ぜ込まれた『新たな任務』に耳聡く食いついたアルは、既に聞いていた話を速く命令と言う現実の物にしたくて妙にテカテカした状態で居住まいを正す。

 

「任務! それはアレですよね! 新機体をアレして……こう……アレな感じでアレですよね!」

 

 もはや語彙力すら蒸発したらしい。急に元気になりだしたアルに、アンブロシウスは少々扱いにくそうに顔を歪めると件の新たな任務について肯定する。

 確かにクシェペルカ王国については早急にアルを派遣したかったが、別段リオタムスの心労を犠牲にすれば彼でも対応可能だ。そして、アルも帰還したので手紙のやり取りを行った後にほとぼりが冷めた所でクシェペルカに派遣すれば、アル本人の安否はともかくとして国同士が不和になるという事態にはならないだろう。

 

「では、早速デュフォールに向かっても良いんですよね! 向かいますよ?」

 

「おぬしは一度、家族というものを省みないか?」

 

 このまま手綱を放してしまえば彼方まですっ飛んでいく犬のようなテンションのアルに、アンブロシウスは家族の元へ帰させようとする。だが、エルとアディに対するなんやかんやもありそうな気配を邪推したアルは『一刻も早く新型機に日の目を浴びせてやりましょう!』といった謎の意気込みを見せると家族ではないアンブロシウスはもはや何も言えなかった。

 

「ならば、その心意気はありがたく買わせてもらおうか。早速出立するが良い、近衛には話は通しておく」

 

「御意」

 

 傍目から見れば仕事人間街道をひた走る勢いのアル。彼の後姿を見たアンブロシウスは『仕事と家庭の比重で諍いが起こらなければ良いが』と、若干ながらエチェバルリア一家の行く末と彼の未来が不安になる。

 ただ、王族の生活スペースから抜け出したアルは意気揚々と近衛騎士団の詰め所まで向かうと、トゥエディアーネに相乗りしてデュフォールまで行ってしまった。

 

「いつまでも、あると思うな、親と金」

 

「エル君、なに言ってるの?」

 

「今のアルに言いたいことを簡潔に言ってみました」

 

 一旦、リオタムスの頭を整理するためにこの日は解散することとなったエルは、既に出張を開始していたアルに対して金言を呟くのだが、それはカンカネンの風に消えていった。なお、先ほどの言葉はボキューズの件も含めて自分にもブーメランが刺さることが多々あるが、彼はそれを右から左へと流した。

 

 なお、アルの脳裏にあった邪推は本格的に推測のみで終わる。そこからさらにしばらく経った後、アンブロシウスがこの時のアルがしきりに家に帰りたがらなかった理由を察して『余計な気遣いの塊め』とアルをなじるのだが、それはもう少し後の出来事である。

 

***

 

 我が貸し与えた供回りを連れて旅立っていった同胞。奴の声が再び近くで聞こえてきた。

 別の者であろう唸り声と入り混じりながらも、その声はある時は山の向こう、またある時は我が産まれ故郷であるここよりも広大な森の方向から聞こえ、その移動頻度に巣が作れているのか少々不安に感じていたところだ。無事に定住の地を見つけたようで良かった。

 だが、我が産んだ同胞ながら近くで巣を構えておきながら顔を出さないのは如何な者か。それどころか、己の産んだ兵すらも見せないのは非常に不愉快極まりない。

 

 これは少々甘やかしすぎたかもしれない。旅立つ前、我が産んだ中でより優れた精兵を供につけたが、耳を済ませてもその声の他には強者特有の響きは一向に聞こえない。

 子育てを怠けたか、はたまた子育てが出来ないほど弱っているのか定かではないが、同胞を──娘を今一度教育するのも悪くはないだろう。

 

 そうと決まれば遠征の支度をしなければならない。弱兵も精兵も目一杯連れて行こう。はるか昔に体験した妙に硬く、圧倒的な力で我が群れを引き裂いた巨人達もう一度出会った時のために…………。

 

~災厄の殻獣編 開始~




母──立つ。というわけでオリジナル編開幕です。時系列的には帰還から新婚旅行の間になりますが、お話にもあったとおりクィーンシェルケースのお母さんが登場します。
巣分けとあったので、元々の巣を持っている方も居るだろうということで出しました。

なお、この編は長期的に見て2023年の夏ぐらいまでかかるかなと。お読みいただければ幸いです。
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