銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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127話

 アルが有給を取得しようとあっちこっちへ出向いて数日後。デュフォールの門の前でアルは呆然と佇んでいた。

 

「おかしい。もっと交渉とか……下手したらトラブって前日に有給取り消しとかがあるはずなのに。こんなにトントン拍子で話が進むなんておかしい」

 

「銀鳳騎士団ってそんな労働環境酷いのかい?」

 

 佇むアルの隣で疑問の声を上げるオルヴァーだが、アルが言っているのは間違いなく前世の労働環境の話。この世界の労働環境しか知らない彼に話したところで到底理解できないと、アルは話の方向を180度変える。

 

「ああ、こちらの話です。思ったよりも早く有給が取れたので驚いただけです」

 

「元々お達しが来てたからね。ちょうど良いタイミングだったよ」

 

 そう言ってオルヴァーは手に持った書状をヒラヒラと揺らした。そこには王族の印が押されており、『カンカネンにて模擬戦を執り行うゆえ、希望日を知らせたし』といった内容が書かれていた。

 本来であれば会議などを開いた後に返信するような重要案件。しかし、この召喚状がアルの有給休暇取得に欠かせない役割を担っていた。

 

「所長、デシレアさんのアレと予備機の積み込みが完了しました」

 

「じゃあ、僕は先に予備機と一緒にカンカネンに行って説明してくるから。あとは頼んだよ」

 

「お任せください」

 

 用意された飛空船(レビテートシップ)に乗り込んだオルヴァーを見送るアルとニキチッチの試験監督官。デュフォールから飛空船(レビテートシップ)が十分に離れたことを確認し、2人はデュフォールの駐機場へ向かう。

 そこには、既に何人もの騎操鍛冶師(ナイトスミス)がニキチッチに取り付いて整備を行っていた。その側にはカルディトーレが1機が駐機体勢をとっており、サロドレアで試験に参加していた騎操士(ナイトランナー)がカルディトーレのつま先に腰を落ち着けながら騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の動きを見物していた。

 そんな彼に2人は近づくと、存在に気付いた騎操士(ナイトランナー)は手を挙げながら気楽げに挨拶を投げかける。

 

「おつかれさーん」

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れ様です。この分ならもう少々時間がかかりますね、この時間に改めて今回の試験の概要を連絡しておきますか」

 

「じゃ、俺も聞いておくか」

 

 進捗的にまだまだ準備に時間がかかりそうな気配を察した試験監督官は、アルと騎操鍛冶師(ナイトスミス)が手ごろな岩の上に座ってから試験仕様書を取り出して説明を開始する。

 このアルの有給休暇。実はカンカネンへの長距離移動試験と現地での模擬戦の合間に取るという、かなりタイトなスケジュールで成り立っている。

 

 まず、試験監督官含む選出された十数名の騎操鍛冶師(ナイトスミス)と護衛役としてカルディトーレを1機と共に、デュフォールから銀鳳騎士団の拠点であるオルヴェシウス砦へ移動。そこでアルが有給休暇を取得し、その間にオルヴェシウス砦の工房を借りてニキチッチの部材の損耗具合を調べ、損耗が酷い部分以外は特に補修はせずに有給期間中である2日を砦内で過ごす。

 3日後、オルヴェシウス砦から発った一同は最後にカンカネンへと赴き、そこで既に到着しているであろうオルヴァーと合流。そのまま長距離行軍を行った機体で近衛騎士団と模擬戦を行う手はずだ。

 文字にすると結構な行程と思われるが、これをフレメヴィーラ式に訳せば『魔獣被害を負った場所へ行軍し、現地の魔獣を殲滅する』という、行軍距離に目を瞑ればフレメヴィーラでは当たり前の軍事行動となる。

 

 ちなみにオルヴァーは、飛空船(レビテートシップ)でまずはオルヴェシウス砦に向かう。そして、出向組に当人達が作っていた支援騎を引き渡してからその足でカンカネンに移動し、ニキチッチの予備機でリオタムス達に機体説明を行う手はずだとなっている。

 

「しかし、武装ですが本当にあれでいくんですか?」

 

「テストはしましたし、大丈夫かと」

 

 ニキチッチのサブアームや両手に装備された銃杖(ガンライクロッド)を大型にしたようなものや、剣身の至る所に穴が開いている奇妙な剣を見ながら試験監督官は怪訝な表情を浮かべる。

 新型機であるまえに試作品なので、当然ながらニキチッチが移動する道中は安全に移動できるよう街道を使う道のりとなっている。だが、魔獣蔓延るフレメヴィーラ王国は残念ながら街道の安全性は一切保障できない修羅の国である。

 そのため、ニキチッチには事前に作成したとある手持ち装備を持たせていた。

 

 ナンブ改。言わずと知れたパッチワークのメインを張っていた連射型魔導兵装(シルエットアームズ)を現在の技術に仕立て直した物だ。

 カササギの連射式魔導兵装(スナイドル)から抽出した紋章術式(エンブレム・グラフ)をパク……リスペクトすることによって連射力と火力が若干向上した本装備。現在もたせている物はカンカネンで行われる模擬戦に備えて威力をかなり落としているが、機関銃もかくやというほどの圧倒敵弾幕を形成した試験実績を持っている。

 ただ、その分消費する魔力も若干増えており、魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を用いた全力の移動射撃時は腰部に増設したポーチから板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を逐一装填しなければ、たちまち魔力切れを起こすほど使い所が難しい装備となっている。

 

 そして、推進剣(ブーステッドソード)。これは剣の中心部に魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)紋章術式(エンブレム・グラフ)を鋳込み、剣身の所々に開けられた穴から圧縮空気を放つことで剣戟が避けられた際に急激な方向転換を行って二の太刀を叩き込むことが可能となる装備である。

 ただ、当初の計画では魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)紋章術式(エンブレム・グラフ)を使って方向転換の高速化や、サブアームで保持した際の補助スラスタ代わりという一石二鳥な構想を練っていた。しかしながら、テスト時に魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)から発せられる超高温に晒されたことによって剣身が1回の使用で溶解。その結果、泣く泣く出力が些か落ちるが熱が生じない魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)に変更したという悲劇の装備である。

 ちなみに、こちらも現在は模擬戦仕様で剣身はわざと鈍く作ってある。

 

 どちらもボキューズ滞在中におぼろげに浮かんできた大まかな構想をデュフォール滞在中に無理やり製図。暇をしていた新人騎操鍛冶師(ナイトスミス)を拉致して作ってもらっただけのセクシーさも欠片もない装備だが、何か欠点があった方が愛おしい理論なのかアル個人としては両方気に入っていたりする。

 

 閑話休題

 説明も終わり、長い長い行軍試験に備えた準備も完了との報告が舞い込んでくる。アクシデントも考えてカンカネンへの到着予定日時はたっぷり用意してあるが、無為に時間を浪費できるほど彼らも暇では無い。

 

「さて、そろそろ出発しましょうか」

 

「あ、ちょっとだけ待ってください」

 

 急にモジモジしだしたアルが口早にこの場を後にする。それを見た試験監督官はその特有の行動に察しがついたのか、『しばらく休憩はありませんからね』と忠告しながら作業中の騎操鍛冶師(ナイトスミス)にもそれとなく同じような注意をする。

 

 一方、デュフォールで拠点にしている宿屋のトイレにたどり着いたアルは何をするわけでもなく、ただその場に佇んで何かを待っていた。

 すると、ふいに扉を何回か叩く音が聞こえる。まるで符丁のような規則正しい音に、便器の前で佇んでいた彼は返答するように扉を数度叩く。

 そこから少しばかり静寂が訪れ、やがてノーラが多少扉を開けながら中を覗いてきた。

 

「準備、完了しております」

 

「わざわざすみません。藍鷹騎士団まで巻き込んでしまって」

 

「いえ、"あの時"のような失態は二度と起こしません」

 

 『起こさない』という絶対的な覚悟が扉を通して伝わってくる。

 今回の長距離行軍は件のカザドシュ事変の反省を踏まえ、藍鷹騎士団も影ながら参加している。当然、オルヴァーもグルで、試験についていく騎操鍛冶師(ナイトスミス)の中に藍鷹騎士団所属のものを混ぜ込むといった裏工作を行っている。

 その他にも藍鷹騎士団は、シャドウラートや展開すると拠点になる追加装備(オプションワークス)を背負った専用のカルディトーレを持ち出し、アル達を遠巻きながら監視もしてくれるらしい。これならば、魔獣"以外"の存在が襲ってこようともニキチッチが危機から脱するための時間は十分に稼げるだろう。

 

「あのー……」

 

「ほかに何か?」

 

 藍鷹騎士団にとって決意の言葉を贈ったにしてはアルの反応が芳しくないので、他に何かしておかなければならないことがあっただろうかとノーラは首を傾げた。

 既に休憩予定地点の偵察も行っているし、偵察網や各連絡員の配置も完了している。再び重要そうなことを思い返していたノーラの頭だが、ふとデュフォールへ着いてからアルにずっとやらせていた存在のことを思い出した。

 

「あ、手紙でしょうか? あれならば陛下に渡しましたよ。今頃、先王陛下もチェックを行ってらっしゃるかと」

 

「いえ、それは良いんですよ」

 

「申し訳ありません。把握しきれていないことかもしれないので、教えていただけないでしょうか」

 

 どうやら手紙でもないらしく、本当に心当たりがないノーラは思い切ってアルに聞いてみることにした。

 すると、少々恥ずかしそうにしながらアルは小さく口を開いて『扉、閉めてもらえます?』と、か細い声でノーラに伝える。

 

『…………』

 

 どうやら、トイレに入っていたら本当に催してきたらしい。

 数秒ほど微妙な空白が2人の間に流れるが、ノーラは『失礼しました』と扉を閉める。『そっちか』と内心抱きつつ、彼女は部隊の指揮を取るために藍鷹騎士団員が集合している別の集合地点へと歩を進めた。

 

***

 

 フレメヴィーラ王国の大動脈である東西フレメヴィーラ街道をニキチッチとカルディトーレが歩いている。既にデュフォールを発って3日経っており、進捗的にはやや遅れ気味であった。

 

「ようやくここまで来ましたか。長かったなぁ」

 

「ツェンドリンブルが出せればよかったんですが……。いかんせん私はああいったのは」

 

「仕方ないですよ。あれは人を選びますもん」

 

 アルと騎操士(ナイトランナー)はお互いに機体を歩かせながら雑談に興じている。その少し後ろには馬車が2台並んでおり、選抜された騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が分乗しながら陽気に騒いでいた。

 彼らの様子から遅れた行程を取り戻そうという気概は一切見受けられないが、これにはれっきとした訳があった。

 

「まさか、1日経たずに魔獣に襲われた隊商と遭遇するなんて思いませんでしたよ」

 

「魔獣街道が近いですからねぇ。ですが、ヤントゥネンに近いとはいえあの隊商は気が抜けすぎかと」

 

 呆れた口調で騎操士(ナイトランナー)はデュフォールを出発した初日に起こったことを思い返す。なんてことは無い、隊商が決闘級魔獣に追われていたところに出くわしたのだ。

 戦闘自体は魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)による高速移動で決闘級魔獣に詰め寄り、推進剣(ブーステッドソード)の推進力で力任せに首を叩き切るという力技で呆気なく終結した。少しでも身軽にしたいためにナンブ改を放り投げたという乱暴さはあったが、評価としては上々の結果をニキチッチは飾る。

 

 ただ、助けた隊商の戦力にアル達は愕然とすることとなった。両手の数と同等の馬車の数でありながら、護衛の幻晶騎士(シルエットナイト)はカルダトア1機というフレメヴィーラ王国で生活をしている者とは思えない軽装で移動をしていたのだ。

 確かにフレメヴィーラ全域でカルディトーレに乗換えが起こってからかなりの時間が経っているので、縁があった騎士団からの払い下げという形で護衛機がカルダトアというのは十分に理解できる。しかし、あまりにも人数を削減しすぎではないかというのがアルを含めたデュフォール組の感想であった。

 

 本来ならば『自己責任』としてその場を立ち去ってしまうところだが、別れ際に手を振っていたら横合いから大きな口が馬車を丸ごとパックンチョ。──とされそうな未来が浮かんできたので、アル達は近くの大都市であるヤントゥネンまで隊商を護衛。そこで護衛した隊商の所属しているギルドの力で各町の厩舎から馬をレンタルし、『魔獣討伐と戦力不足の隊商を近くの街まで護衛』といった理由で遅れる旨を知らせる早馬を出した。

 仮にリオタムスから急ぐように命令されても、ツェンドリンブルや飛空船(レビテートシップ)の補助がない状態の幻晶騎士(シルエットナイト)の移動力なんて高が知れている。それでも急がせたいという気持ちがあれば、恐らく迎えが来るのではないかと思ったアル達は、こうしてゆっくりと旅を続けているわけである。

 

「しかし、なにやら物々しかったですね。おっと、噂をしていれば……」

 

「停止ー! 停止ー!」

 

 ヤントゥネンの外や中に様々な騎士団の幻晶騎士(シルエットナイト)が並んでいる状態を思い返していた騎操士(ナイトランナー)だが、正面のホロモニターに見知った騎操鍛冶師(ナイトスミス)が馬に乗って駆けてくる様子を捉えた。アルもそれが見えていたらしく、馬車を道のわきに寄せた後にニキチッチとカルディトーレから降りた2人は息を切らせながら馬から下りてきた騎操鍛冶師(ナイトスミス)を介助する。

 改めて馬から降りてきた騎操鍛冶師(ナイトスミス)の後ろを見ても何も来ていないので、『遅れても良いっぽいな』とアルは報告内容に当たりをつけたが、念のためにリオタムスからの返事を聞くために試験監督官の側に近づく。

 

「企画していた全工程を5日伸ばすように言われました。横でオルヴァーさんがすっごい青い顔してましたが」

 

「あー、あー……、あ"ぁ”──…………すっごいやな予感がしますね。主に先王陛下が何か企ててそう」

 

「たしか、ニキチッチの予備機持って行ってましたよね。乗ってそう」

 

「思いのほかすぐ慣れて近衛騎士団相手に訓練と称した可愛がりしてそう」

 

 次々と嫌な予感をポンポン噴出させる面々。若干不敬罪スレスレだが、十分にありえそうなので全員あえてその言葉を無視する。それほどまでにやりそうな前科があるのだ。

 

「と、とりあえず進みましょう!」

 

「先王陛下が動作試験やってくれてる可能性あるんですよね。僕ら必要です?」

 

「今更何言ってんだ」

 

 結局進むことになった一同だが、その後は野営中にニキチッチの操縦に興味を持った騎操士(ナイトランナー)がアルの監視の下で操縦席に入り、派手にすっ転んで試験監督官にこっぴどく起こられたこと以外は別に大した問題は起こらなかった。

 そのまま彼らは1日後にオルヴェシウス砦までたどり着き、銀鳳騎士団員に案内された工房でようやく機体を整備台に座らせることが出来た。

 

「おかえリッ○ディアス」

 

「ただいマ○ンガー」

 

『ゼェ○○ト!』

 

 ニキチッチから降り、いざ検査をしようとした矢先にエルが工房へ飛び込んでくる。いつものエチェバルっている挨拶を交わして周囲を困惑させた後、エルはニキチッチを見て瞳を光らせる。

 ただ、今回に限ってはエルに指一本たりとも触れて欲しくはない。仮に動かしでもした場合、その一動作で結果が変わってしまうこともあり得る話なので、アルはそのことを十二分にエルに伝えた。

 

「分かってますって。…………でも、ちょっとだけ触らせてくれても」

 

「さてはおめー、さっきまでの話聞いてないな?」

 

 ただ、残念なことに目の前に居るロボに魂を曳かれた存在には言葉が通じないようだ。『キープアウトの黄色いテープ貼り付けまくってやろうか』とアルは内心思ったが、『封印処理のロボも良いですよね! いつの間にか封印が解かれて主人公が乗るんですよね!』と空腹の熊に餌をあげるようなものだと気付いた彼は実行を踏み止まる。

 結局、同行してきた試験組に管理を任せたアルは工房をそそくさと出て行こうとするが、近くで巨人達の鎧にボキューズから持ってきた戦利品を固定する作業を黙々とやっていた出向組に見つかってしまう。

 

「副団長ぉぉ! シルエットナイト触れてないんですがぁぁ!」

 

「あんた、よくも騙したね!」

 

「いや、"触れたら良いですね"って言ったじゃないですか」

 

「もっとちゃんと言っておくれよ! せっかく正式に出向したのに、今までやってたことがあのデカブツの鎧作りだよ!?」

 

 目から涙をちょちょぎらせながら出向してからの幻晶騎士(シルエットナイト)とは一切関係ない物作りについて抗議するデシレア以下、出向組。

 彼女達は銀鳳騎士団の幻晶騎士(シルエットナイト)技術を習得するために出向してきた。なのに、蓋を開けてみれば肝心の技術の講習は一切なく、通常行われる騎士団の業務とは一切関係がない作業をする毎日。モチベーションが下がるのも無理は無い。

 そんな原因の一端を担ったアルもなんだか罪悪感が出てきたので、未だニキチッチを観察しようと近づいては試験組にガードされるというカバディ染みた動きをしていたエルに声をかけた。

 

「兄さん、出向組っていつまで鎧作りさせるんです?」

 

「んー、そろそろ何かやらせたいのですがね。……僕達が何を教えることが出来るかってところなので」

 

「いや、兄さんが思っている以上にすごい方々ですよ?」

 

 どうにも歯切れが悪い回答とどうしたものかと言いたげなため息をつくエル。そんな彼に、アルはニキチッチの設計や製作をデシレア達が行っていたことや、魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)に対する認識不足によって起こった不具合について説明する。

 

 最初こそ魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の認識不足を話題にしていたアルだが、話はニキチッチの性能面やオルヴァーが届けた支援騎の話へと推移していく。なんでもオルヴァーがすぐにカンカネンへと発ってしまったらしく、エルも出向組の鍛冶道具だと誤解していたようで、それを知ったアルは『ホウレンソウェ……』と社会人の基本スキルを怠ったオルヴァーに心の中で毒を吐く。

 

 ただ、ニキチッチと支援騎。2つの成果を成し遂げた彼女達の腕は間違いないということが分かったエルは、早速デシレアとダーヴィドの話の輪に突貫した。

 

「デシレアさーん! マギウスジェットスラスタについての勉強会しましょ! 勉強会! あ、あとでその荷物のことをアルから聞きましたが、シルエットナイトを空に飛ばせるやつですよね!? 実は僕も同じような考えを思い浮かびまして……、ああもうとにかく話をさせてください!」

 

「えっ? はっ……え、なにいきなり?」

 

「銀色坊主、いきなり話題ぶっこむの止めろって言ってんだろ!」

 

 会話中に突然マシンガントークをぶっこんでくるいつもの調子に、ダーヴィドがエルの頭部をワシ掴む。他人から見れば非日常だが、銀鳳騎士団にとって日常的なその様子にアルはようやく自分がいるべき所へ帰ってきたことを実感した。

 

「あ、アル君。おかえり」

 

「あぁ、アディ」

 

 そんな時、ふと後ろから声がかけられる。アルがその方向を向くと、いつもは元気溌剌といった様子のアディがなにやら思いつめたような表情で見ていた。

 その表情と渡された手紙の内容から『またか』という感想がアルの脳裏を駆ける。つい最近、同じような表情の異性に相談を持ちかけられたばかりだ。

 そもそも、なぜこんな面倒くさい性格と自認する人間に相談を持ちかけるのか。そろそろ厄払いとかでどこぞの神仏系に頼むべきなのか。色んな思考をぐるぐるかき回しながら煮詰めていくアルだったが、目の前で声をかけてきた人間を放置していることに気づき、懐からデュフォールに届けられた手紙をチラリと見せる。

 

「これについてちょっとお話を聞くために帰ってきました」

 

「ありがとう。ほん……とうに…………ありがとう」

 

 なにやら感極まって泣いてしまったアディ。なお、ここは工房なので当然人目が存在する。

 何事かと騒ぎ出す騎操鍛冶師(ナイトスミス)達だが、幸か不幸かアディが気になっていると思われる当人(エル)はデシレアや出向組相手に幻晶騎士(シルエットナイト)関係の常識を破壊する洗脳を実施中なので、アディに気付いた様子は無い。

 

(それで良いのか、夫)

 

 今一度、エルとアディが夫婦になることにアルは不安を感じる。しかし、いつまでもこの場に居ると勘付かれそうなので周囲にジェスチャーで『余計なことは喋るな』と脅迫染みたことを伝えると、彼はツェンドリンブルでアディと共にライヒアラへと帰っていった。

 

***

 

 ライヒアラ騎操士学園のすぐ側にある喫茶店。学生のみならず、町の人間や銀鳳騎士団の人間もよく利用している人気店に入ったアルは、邪魔にならないようマスターに事情を話してから特別に2階へ通してもらう。本来はパーティや少人数で会議をするために開放された空間なので、当たり前だが人気がない。

 

「アル君、ごめんね。せっかくお仕事してたのに」

 

「いえ、どうせ帰るつもりでしたので。少々下に行ってくるので、その間に頭の整理をしといてください」

 

 気を許せばいつまでも謝ってきそうな空気に、アルは一旦話を整理してもらおうと階下に下りる。こういったことは対面に誰か居ると途端に混乱するので、一人になった方が思考が纏りやすい。

 アディの返事も聞かずに階下に下りたアルは、マスターに紅茶と軽食を2人分注文する。そのついでに『話を持ちかけたのは私だから全部持つ!』と言われそうなので先に会計を済ませておき、2階を提供してもらった感謝を込めてチップを少々多めに渡しておく。

 

「君、いつも別の男の子や女の子から相談受けてるよね」

 

「そろそろ、ここの一画を借りて人生相談所でも作りましょうか」

 

「仲介料は3割で良いよ」

 

 冗談に冗談で返すというやり取りにマスターと共にケラケラと笑う。

 アルが学生だった時、教官だった時問わず、彼の前には多くの人生の帰路に迷う人が現れている。勉学のこと、恋のこと、はたまた家事情まで。迷い方は様々だが、迷っている本人は至極真面目に相談を投げかけてくるので、アルもまた真剣に当人と解決法を探そうといつもこの喫茶店に連れ込んでは話を聞いていた。

 

 そんなアルの姿勢や見た目にそぐわない知識や経験の豊富さが迷い人達にとっての誘蛾灯になっているのではないか。その時々の会話の内容を耳にしていたマスターの口からそんな言葉が漏れそうになるが、目の前の人間はこの町のご当地騎士団のトップに近い存在ということを思い出して口をつぐむ。

 やがて、2人分の紅茶と軽食が乗った盆を受け取ったアルが階段を上がると、先ほどと同じさえない表情を浮かべながらも口を真一文字にしっかりと結んでいるアディがアルの方を見ていた。

 

「話は纏りましたか?」

 

「うん、まずはありがとう。あ、これはちゃんとお礼の意味だからね!」

 

「分かってます。流石に呆然と言われるのと、意味があって言われることの違いぐらい分かりますよ」

 

 すっかり落ち着きを取り戻したアディはつらつらと相談事を述べていく。

 なんでも、ボキューズから帰ってきてから一切エルはアディとの夫婦についての話をしていないらしい。

 

「話をしていないって……両親にもですか?」

 

「うん。一緒にご飯を食べてても、まるで何もなかったみたいに……」

 

 それはもうすっかり忘れているのではないか。喉から出そうになったその言葉をアルは紅茶で腹に戻す。ただ、両親にも話していないというのは有り体に言っては『そう』としか思えない。

 長年──それこそ前世からの付き合いなためか、エルの考えをある程度予想するアルだったが、どんなに考えても導き出されるのは『とっさの誤魔化し』という残念な結果だった。

 

「やっぱり兄さんは誤魔化して言ってるのでは?」

 

「やっぱりそうだよねぇ。パールちゃん達に騎士団って言っても伝わらないからだよねぇ」

 

 アルは意を決して話すが、どうやらアディも薄々ながら感づいていたらしい。大きく肩を落としながら見るからに落ち込んだ声色で同調する彼女に、アルは『結婚したいんですか?』と呟いた。

 傍目から見ればアディはいつもエルの側にいたように思う。ただ、アルの距離がエルとアディから近すぎたためか、毎回ぬいぐるみのようにエルを可愛がる姿にアルは本当にアディはエルのことを好き、その上で隣に立とうとしているのか分からなくなってきたのだ。

 

 ただ、そんなアルの悩みはアディからの言葉で杞憂だったと自覚する。

 

「結婚とかそんなのじゃないよ。エル君が走るなら私も走るし、悩んでいたら私も悩む。どうせ危険な場所にも行くんだから、私も一緒に行ってあげるの。それをするために夫婦になりたいの」

 

「それは、子供の頃から色々あった刷り込みが多く含まれた意見かも知れませんよ?」

 

 わざと意地悪な質問をする。魔法を教え、騎士という新たな道を提示し、セラーティ家という本来の家との確執も大分和らげた。

 そんな次々と問題を解決していく存在を前にした子供は多かれ少なかれその者を尊敬し、そのまま恋に落ちる。いうなれば、近所のお姉さんやお兄さんに恋をするちびっ子と似たような感じだ。

 アディの胸に秘めた思いもそうなのではないか。本心ではないものの、アルはアディの目を見ながら反応を伺う。

 すると、アディは両手をぎゅっと握り締めて大きく息を吸い込んだ。

 

「そうかもしれない。たしかに尊敬はしているし、そこから好きになっちゃったんだと思う。だけど、好きになっちゃったの! 他の誰にも渡したくないの! それが刷り込みでも何でも……好きになったんだから仕方ないじゃない!」

 

 言葉を続けていくごとにだんだん語気を荒げながらも『好き』を連呼するアディ。

 たしかにそうだ。好きという感情に理由はないことが多い。むしろ、一目ぼれという言葉があるように理由があるのが稀であろう。

 アルはアディの勢いに笑いを我慢しながら、『実際、一緒にボキューズに墜ちましたもんね。筋金入りですよこりゃ』と呆れる。すると、未だ興奮冷めやらぬアディは『そりゃ、好きになっちゃったんだから付いていくのは当たり前だよ!』と念を押すように言った後に一旦クールダウンするために紅茶に口をつけた。

 

「いやー、すみません。ここで言いよどむ様なら止めたのですがね。あぁ、もう"好き"は結構。正直、今すぐ店から出て手ごろなアパートに契約したい気持ちなので」

 

 若干心の闇が吹き出しつつ、アルはアディの恋を成就させる作戦。『もう真正面からぶつかってみよう』と作戦にもならないアドバイスを送る。

 作戦の概要はこうだ。まずはアルからアガートラムを借り、部屋で二人きりのところを密着。さらにエルが逃げ出さないように身体強化で拘束してから思いと告げれば、きっとあの男のことだから真剣に話を聞いてくれるに違いない。

 

「あ、ちなみに僕は兄さんが部屋から出ないように入り口前で扉を閉める係です。あとは、幼馴染系からのアピールは大分印象が左右されて分かりにくいっぽいですよ。分かりやすくを徹底してください」

 

「アル君の謎知識ってほんとどこから来てるの?」

 

 どこからと言われたアルは反応に困った。なにせ、他人の褌で相撲をとっているチェリーが相談するのがそもそもの間違いだ。相談される身にもなって欲しい。

 かといって『どこかの大尉が言ってました』と言えるわけもないので、アルはお決まりの『それはこっちに置いといて』と言うジェスチャーをしてからサムズアップをアディに送る。

 

「変な物音が聞こえたら、家族連れて避難するのでご安心を」

 

「そういう変な気を回すところが流石だよね。アル君」

 

 ちょっとだけ気持ち悪そうにアディは反応を返すが、アルは全く意に介さずに『お気遣いの紳士ですから』とサムズアップする。ただ、先ほどのアルの対応はどちらかというと『気遣いしすぎた変態』なのではないだろうか。

 

 そんなこんなで『兵は迅速をなんとやら』といった感じでエルへの告白が今夜、決行される。

 アルがアディを連れてエチェバルリア家に帰宅した途端、セレスティナやマティアスに『うちが嫌になったのか?』と涙ながらに訴えかけてくるというアクシデントはあったものの、誤解を解きながらエルが居ない内にアディ主体に説明させ、彼女の気持ちを家族間で共有する。

 

「まぁまぁ! アディちゃん、ようやくなのね!」

 

「うぅむ、昔を思い出すなぁ」

 

 アディからの甘酸っぱい恋の予感に、あらあらまぁまぁと感嘆の声を漏らすセレスティナとマティアスは浮かれ始める。だが、その気持ちは察しの良すぎるエルに作戦が看破される可能性があるので、アルは『くれぐれも普段どおりに』と念を押した。

 

 そして夜。帰ってきたエルは、いつものように家族やオルター家と共に夕食をとって部屋に戻っていく。

 

「ほい、アガートラム。炭を溶いた水で光沢消しをしておきましたし、布を噛ませて音が出ないようにしてます。念のために長袖を──」

 

「アルはどこからそんな隠蔽技術を……」

 

 黒いアガートラムをアディの腕に装着し、さらにバレ辛くするために長袖の上着を羽織らせる。それを見たマティアスが騎士らしからぬ技術の出所についてひとりごちるが、どちらも藍鷹騎士団の隠蔽技術を転用という無駄な技術の使い方をしていることは使っている本人しか知らない。

 

 そして、心や装備の準備を果たしたアディが思い切って部屋に入った瞬間。扉が開かないよう扉の前に陣取ったアルは胡坐を組んだ。

 そうしていると、扉の先から物音とエルの声が聞こえてくる。それを聞きつけた彼は、おそらくアディが身体強化でエルを拘束することに成功したのであろうと予想して若干ほくそ笑んでいた。

 

 後は逃げられなくなったことで受け入れるか、突き放すの二つに一つ。──いや、エルは100%違うことは例え嘘や誤魔化しでも言わない主義なので、少々の葛藤はあっても突き放すことはないだろうと安心してアルは耳に意識を集中させる。

 

「これからも、一緒に居てくれますか?」

 

「絶対に! 嫌って言っても離さないから!」

 

(ほーら、言った)

 

 予想通りの反応にアルはそっと扉から離れると、抜き足差し足と階下に下りていった。

 

 ──が。

 翌日、アディから嬉しげに『準備するからもうちょっと待ってだって!』といった報告がもたらされた。その報告を聞いたアルは、『まだ逃げるか』と愚兄の及び腰っぷりに膝から崩れ落ちていく。

 その後、騎士団長室でガラスが割れたり獣の雄叫びのような声が聞こえるという緊急事態が起こるが、結局何者が犯人なのか知らされないまま、この事件は闇へと葬られた。

 

***

 

「これにて会議を終了する。皆、それぞれ課せられた任に邁進して欲しい」

 

『御意』

 

 数日に及ぶ大会議の末、シュレベール城の会議室から貴族達が出て行く。ディクスゴード家を筆頭に、誰もが並々ならぬ戦力を保有する大貴族である。彼らが出て行った後、入れ替わる形で入ってきたアンブロシウスはようやく終わったと額に出来た皺を揉み解していたリオタムスに声をかける。

 

「陛下、銀鳳騎士団にはこのことは伝えておるのか?」

 

「いえ、銀鳳騎士団はボキューズから帰還して間もないです。なので、ギリギリまで伝えないつもりです」

 

 銀鳳騎士団は既に調査船団と言う大役を成し遂げた後だ。どんなに整備を急がせても中の人間を加味せずに再び死地へ赴かせることは、時に騎操士(ナイトランナー)の死亡という代償を支払うこととなる。

 エルの行方不明を経て少々保守的になってしまったリオタムス。そんな彼にアンブロシウスは『気持ちは分かるがな』と胸中を察するが、あえてさらに口を挟んだ。

 

「そうは言っても、"奴"のことじゃ。またぞろ周辺から断片的な情報を聞きつけて本質にたどり着きかねんぞ」

 

「アルフォンスですか。……本当に厄介ですね」

 

 何も言わずとも第2次調査船団の目的や、エルが行方不明になった際に続けて調査船団を派遣することを看破した男の名前をリオタムスはため息交じりで言う。正直に話しておかなければ、『戦力の逐次投入は駄目ですよ』とリオタムスの心遣いを一切考慮しないような物言いをするに違いない。

 

「分かりました。銀鳳騎士団にシェルケースのことで早馬を飛ばしましょう。」

 

「ちょうど銀鳳騎士団の中隊長2人が騎士団を設立するにあたって人員募集をしておる。そこにアルフォンスを合流させ、仔細を聞かせることにしよう。それに、新型機輸送にあたって藍鷹騎士団が連絡網を展開しておる。それを利用し、オルヴェシウス砦への連絡を行うようにせよ」

 

 こうして事前に殻獣(シェルケース)についての情報を取得したことで顔を青くしていたオルヴァーを見た騎操鍛冶師(ナイトスミス)の情報がアル達に伝達され、彼らは誰かさんががニキチッチを乗り回してオルヴァーの心労が溜まっていると完全に勘違いしたのだった。

 彼らが真相を把握するのはまだ少し──時間がかかる。

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