銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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130話

 殻獣(シェルケース)の数が他の戦域と比べて多い左翼では、今もなお激戦が繰り広げられているが、それでも緑貂騎士団や朱兎騎士団の飛空船(レビテートシップ)が連携して救援要請を発したことで右翼や中央から増援が駆けつけ、何時抜かれるかも分からない状態からなんとか予断を許さないギリギリの均衡状態へと好転していった。

 

「棘がくるぞ! 散開しろ!」

 

 そんな左翼で緋犀騎士団長が前方で戦っている部隊に向けて警告を発する。その声に所属問わずカルディトーレが持ち場を離れて散開し、盾などで山なりに落ちてくる棘の襲来に備えた。

 間もなくすると、土煙や地響きを周囲に撒き散らしながら女皇殻獣(クィーンシェルケース)から放たれた棘が地面へと着弾する。その衝撃でバランスを崩したり、砕けた岩石が脚部に当たって機能不全を起こしたりと多少の被害は出るが、それでも彼らは再び自身の持ち場に集まると迎撃を再開する。

 

「次の攻撃までおよそ3分!」

 

 緋犀騎士団長の指示が再び左翼中に響く。

 緋犀騎士団が左翼に到着してから十数分。度重なる女皇殻獣(クィーンシェルケース)からの攻撃で左翼がズタズタに引き裂かれつつあったが、それらの攻撃は『3分』のインターバルが必要なことが分かった。

 3分きっかりではなく誤差は多少あるし、必ず左翼に棘が来るというわけではないが法則が見つかればその対策は用意である。左翼の中で一番主の位が高い緋犀騎士団長が同じく左翼で戦っていたアルヴァンズのお墨付きを得、『対策役』となることで左翼の棘による被害は激減する。

 

「数が多い!」

 

「黙って撃て、押し切られるぞ!」

 

 ただ、棘への脅威は減ったがそれは殻獣(シェルケース)種本来の強みではない。

 幻晶騎士(シルエットナイト)で戦えば単体はさほど強くない──それどころか弱い部類に入る兵士殻獣(ソルジャーシェルケース)。だが彼らは人間が相手にすれば手に余る生物だ。それが一匹二匹が倒れようとも怯みもせず、逆にそれらの死骸を乗り越えて前進を続けている。

 まるで死兵。それらの相手に加え、上位種の砕甲殻獣(デモリッションシェルケース)撃刺殻獣(デッドリーシェルケース)まで居るのだ。疲弊するなというのも無茶な話である。

 

 ただ、騎操士(ナイトランナー)も人間だ。疲弊した肉体と精神力のまま仕事をしていると決まって『ケチ』がつき、それが後々に大事故へと発展する。

 

「ぐぁっ!」

 

「おいおい、何やってんだ。早く起き上がれよ。…………おい、なに遊んでんだ?」

 

 巨大棘という定期便を無事にやり過ごしたと思っていたとある騎士団所属の機体が1機、大小に砕かれた岩が胸部装甲に当たったことでバランスを崩して転倒した。それだけでは現場でよくある『ミス』なので、転倒したカルディトーレを見ていた騎士は囃し立てながら僚機を見ていた。

 だが、いつまで経っても片足を引きずったままもがくカルディトーレと聞こえてくる焦り声にその騎士の顔はさぁっと青ざめる。

 

「ダメだ! あ、足が動かねぇ!」

 

「は、はやく脱出しろ!」

 

「わかっ……てっ……るっ! な、なんで胸部装甲が開かねぇんだよ!」

 

 起き上がることを諦めたカルディトーレの騎操士(ナイトランナー)は胸部装甲の開閉ボタンを乱暴に押すが、異物を噛んだような音と共に装甲が多少上下するのみであった。満足に脱出も出来ない危険な状況なのに、頭は妙に冴えていた騎操士(ナイトランナー)は胸部装甲に当たったり、転倒した時にぶつけた岩を思い出す。

 

 ただ、思い出しただけで事態が好転するわけでは無い。大きくなりつつある地響きに『最悪の想像』をしながらも法撃を再開しながら声を掛けてくる僚機に向けて叫んだ。

 

「このまま置いていけ! お前まで道連れにするわけにはいかないだろ!」

 

「なに言ってんだ! もう救援を頼んだから、もうちょっと頑張れ!」

 

 劇場のワンシーンのようなやり取りをしながらも法撃による敵に駆逐を行うが、魔力貯蓄量(マナ・プール)が徐々に目減りしていく様子に騎操士(ナイトランナー)は歯噛みする。

 その時だった。勇ましい号令と共に法弾を射出しながら妙に早い幻晶騎士(シルエットナイト)の小隊が近づいてくる。その法撃に救援が来たことを察した騎操士(ナイトランナー)は近づいてくるカルディトーレのような機体を幻像投影機(ホロモニター)に映し出すが、本来あるはずの腕がその機体らにはなかった。

 

 珍妙な機体に騎操士(ナイトランナー)は首を右に傾けるが、その間にテキパキと倒れたカルディトーレを中心に半円状に防御陣形を構築する小隊。それぞれの腕から夥しい量の法弾が殻獣(シェルケース)を食い散らかすのを合図に代表者と思われるカルディトーレ(仮)が呆然と立ち尽くす彼や倒れたカルディトーレに向けて話しかけてきた。

 

「救援要請を請けて来た緋犀騎士団のバルトサールだ。損傷か?」

 

「は、はい。片足が動かなく、胸部装甲も動作不良で脱出が出来ません」

 

 騎操士(ナイトランナー)から情報共有を受けたバルトサールは自信が乗っているカルディトーレの無骨な腕──というか、作業に到底向かない魔導兵装(シルエットアームズ)の切っ先を見て渋い顔をする。どんなに頑張ろうとも目の前の損傷機を引きずって後退できるビジョンが浮かばなかったのだ。

 

「君、損傷機を引きずって行ってくれ。その間は俺達が抑える」

 

「分かりました」

 

 倒れた機体の両肩に手を入れたカルディトーレは後ろにある補給所に向けて後退を始める。ただ、カルディトーレは膂力は増したが同時に重量が重くなっているので撤退は遅々として進まない。

 周囲のカルディトーレもそんな状況は分かっては居るのだが、今この場を離れることができる機体はこの左翼に1機たりとも存在しなかった。

 

 そうしている間にも女皇殻獣(クィーンシェルケース)による攻撃準備が完了する。彼女が次に狙いを定めたのは──やはり左翼であった。

 

「散開しろ!」

 

 緋犀騎士団長の警告に左翼の部隊は即座に散会する。それはバルトサールの小隊も例外ではなかった。

 仮に損傷機もろとも撤退中のカルディトーレに当たっても不運だったと思うしかないとちょっとした言い訳をしつつ、バルトサールは懸命に鐙を動かす。しかし、度重なる散開行動にバルトサールの中で『右に移動する』というルーチンが反射的に出来てしまっていた。

 

「隊長、そっちはダメです!」

 

「バルトサール、上だ!」

 

 小隊員が叫ぶ声にバルトサールがふと上を向くと、巨大な棘がバルトサールの方向に落ちてくるのが見える。

 そう、彼は回避しようと移動していたが、実は棘に近づいていたに過ぎなかったのだ。緊張感のあまりヒュッという息を呑む声を知覚した瞬間、めくり上げられた地面ごとバルトサールの乗ったカルディトーレは空中に放り投げられる。

 僅かな浮遊感を楽しむ間もなくカルディトーレは地面に衝突し、その衝撃で武器腕は左右ともに根元から捥げてしまう。

 

「サブアーム……動かない! なら、脱出するしかないか」

 

 咄嗟にサブアームを動かして転倒から脱しようとするが、仰向けに倒れたためなのかいくら操縦桿を動かしても動く気配は全く無かった。しかし、反応が無いと見るやバルトサールはすぐさま機体から脱出しようと胸部装甲の開閉スイッチを押す。

 『動いてくれよ』という熱心な念が通じたのか、幸運なことに胸部装甲が特徴的な音とともに開かれ、バルトサールは自身の運の良さに内心ガッツポーズで外への脱出を果たす。

 

 しかしながら、彼の幸運はそこまでだった。眼前には迫ってくる兵士殻獣(ソルジャーシェルケース)の群れ。人間には到底太刀打ちできない大きさの魔獣の群れにバルトサールは悲鳴も出せずにその場に固まってしまう。

 このままこの場にいては死ぬのを待つばかり。速く逃げ出さなければと頭の中で反芻させるが、ふとバルトサールは身体の違和感に気付いた。

 

(動くってどうするんだっけ)

 

 あまりの恐怖に体が硬直するばかりか、彼は動き方さえ忘れ去っていた。ガチガチと歯を鳴らしながら目の前の死に呆然と立ち竦むバルトサール。そんな彼に兵士殻獣(ソルジャーシェルケース)よりも巨大な砕甲殻獣(デモリッションシェルケース)の強靭な前腕が振り下ろされる──かに見えた。

 

「へぁ?」

 

 突如聞こえる鋼鉄を叩いたような衝撃音に、目の前で信じられないものを見たかのようなバルトサールの素っ頓狂な声が掻き消えた。

 カルディトーレとは姿が異なる鉛色の幻晶騎士(シルエットナイト)。どこから現れたのかその機体は片手に持った盾を前に掲げて砕甲殻獣(デモリッションシェルケース)の前腕を押さえ込んでいるのだ。

 

「おおぉぉ!」

 

 気合いの入った声と共にその機体は背部や腰に装備した筒から炎を吐き出し、押さえ込んでいた砕甲殻獣(デモリッションシェルケース)を森の方角へと押し返す。その図体の大きさから周囲の兵士殻獣(ソルジャーシェルケース)撃刺殻獣(デッドリーシェルケース)を多数巻き込み、最終的には押し返した砕甲殻獣(デモリッションシェルケース)を大木と盾で挟み潰す一部始終を見ていたバルトサールは突然の出来事を漠然と眺めていた。

 

 すると、バルトサールの周囲に影が差し込む。先ほどから起こっている事態すらも消化出来ていない彼は何気なく上を向くと、上空から降りてくる幻晶騎士(シルエットナイト)に開けていた口を一切閉じずにいた。

 最近開発された空を活動範囲にしている空戦仕様機(ウィンジーネスタイル)。セラーティ領にも導入されており、魚のような胴体を持つその姿から本当に飛ぶのかと緋犀騎士団員達で話し合っていたことは彼自身もよく覚えていた。

 しかし、先ほどからバルトサールが目にしているのは明らかに足がある。呆然と見守る彼の視線を気にすることなく幻晶騎士(シルエットナイト)は両の足でしっかりと大地を踏みしめると、ようやく倒れたカルディトーレの操縦席から身を乗り出していた彼の姿を認める。

 

「無事か?」

 

「両腕ともシルエットアームズって……。うちの騎士団長みたいなことしてる」

 

「いや、武器を主体にしてるから副団長寄りの考えだよ」

 

 拡声器が多少鳴音した後、鉛色の幻晶騎士(シルエットナイト)達から声が聞こえる。機体を起き上がらせてもらった際に聞こえた言葉の数々から、バルトサールは目の前の幻晶騎士(シルエットナイト)の小隊は自身が良く知る人物(アーキッドやアデルトルート)の関係者──銀鳳騎士団の団員であることを察した。

 

「助かりました。後、重ね重ねすみませんがあっちに脱出不能な状態の機体を引きずっているので手を貸してもらえないでしょうか」

 

 バルトサールからの救援要請に彼の機体を可動式追加装甲(フレキシブルコート)で守っていたエドガーは『承知した』と返事をすると、殻獣(シェルケース)の群れの上を魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)で飛び越えて帰ってきたアルを含めた全員に移動を指示する。

 

「アルフォンスとヘルヴィは中央、ディーは前衛。後方は俺で損傷機を囲む形で移動する。目標地点は……もう見えてるな。あの引きずられているカルディトーレだ」

 

 てきぱきとした指示が下され、ニキチッチ全機はバルトサール機の歩調に合わせて移動を開始する。その間も殻獣(シェルケース)が森から進行してくるのだが、遠距離武装を持ったアルとヘルヴィの機体が素早く殻獣(シェルケース)の方向に移動するとナンブ改を撃ち放つ。

 目標は目を瞑っていてても当たる状況なのであえて絞らず、ナンブ改から吐き出された橙色の法弾は兵士殻獣(ソルジャーシェルケース)の悉くを打ち払っていく。

 

「デモリッションがきます」

 

「私がやるわ。副団長君はデッドリーをお願い」

 

 正面から死骸や未だ生きている兵士殻獣(ソルジャーシェルケース)を轢き潰しながら迫る撃刺殻獣(デッドリーシェルケース)。その堅牢な外殻に強化を受けたが元々の威力は低かったナンブ改の法弾が弾かれてしまう。しかし、ヘルヴィは一旦法撃を止めると、ニキチッチの肩部にある小型連装投槍器(アトラトルポッド)の穴の開いた方を砕甲殻獣(デモリッションシェルケース)に向ける。

 エドガーがヘルヴィに向かって飛んでくる撃刺殻獣(デッドリーシェルケース)の棘をフレキシブルシールドで防ぎ、アルがナンブ改で棘を飛ばした下手人を始末していると、小型連装投槍器(アトラトルポッド)から魔導短槍(ショートスピア)が数本砕甲殻獣(デモリッションシェルケース)へと飛んでいく。

 矢のような速度で飛ぶ魔導短槍(ショートスピア)の穂先は的確に頭部に突き刺さり、砕甲殻獣(デモリッションシェルケース)は足をもつれさせながら地面にどうっと倒れ伏す。

 

「よし、急ぐぞ」

 

 砕甲殻獣(デモリッションシェルケース)の巨体により、それより小型の兵士殻獣(ソルジャーシェルケース)撃刺殻獣(デッドリーシェルケース)は多少の迂回が必要となる。その間にさらなる法撃を浴びせかけながらもバルトサール機を連れたニキチッチ小隊は撤退途中の機体の側へと到着した。

 

「皆さんはあっちの方々とシェルケースの対応を」

 

「了解した」

 

 いの一番に殻獣(シェルケース)の群れの中に飛び込むディートリヒに背を向けたアルは、損傷機の状態を検分しながら自己紹介をする。

 

「銀鳳騎士団副団長、アルフォンス・エチェバルリアです。状況は?」

 

「はっ!? で、伝説の?」

 

 突然劇場で人気の当人が現れたことで多少上擦った声を出している騎操士(ナイトランナー)からの説明が聞こえるが、アルはその要領を得ない報告を右から左に流して見聞を続ける。足の装甲が半分ほど陥没しており、胸部装甲が大きく凹んでいる。腕やサブアームは無事だが、これでは這いずって逃げるのも困難だろう。

 加えてバルトサールの機体のこともある。どこに逃がすか決めあぐねていると、殻獣(シェルケース)の体液を機体のそこら中に垂らしたニキチッチが近づいてきた。

 

「ひとまず、フルコントロールで救出してあげた方が良さそうだね」

 

「あれ、もう帰ってきたんですか?」

 

「厄介になるデモリッションやデッドリーを中心に食ってきたからね。今はマナ・プール回復で一旦休憩だよ。……話は戻るけど、ここじゃあナイトスミスも出張ってくれないよ」

 

 ディートリヒが胸部装甲が凹んだカルディトーレを一瞥しながら方針を提案する。

 たしかに殻獣(シェルケース)がわんさか向かってくるこの状況の中を鍛冶道具を持ってえっちら歩いてきて欲しいと頼むのも、それを承諾して実行するのも不可能だ。それならばこの場で機体を破壊してでも助け出した方が手っ取り早い。

 アルはディートリヒの方針に賛成の意を示すと、胸部装甲が陥没しているカルディトーレの腰辺りに簡易執月之手(ラーフフィスト)を打ち込む。執月之手(ラーフフィスト)の拳にも銀が使用されているため、即席の端子としてカルディトーレの魔導演算機(マギウスエンジン)にアクセスしようとしているのだ。

 

「うーむむむ…………。お、繋がった繋がった」

 

 少々苦戦したが、魔導演算機(マギウスエンジン)を掌握したアル。その膨大な魔法術式(スクリプト)の中から身体強化の範囲を設定する部分を消去する。すると、攻撃に晒されたことによって接続が甘くなっていた部分が身体強化の恩恵から外れたことでボロボロと崩れだした。

 

「本来はもっと時間をかけて壊すべきですが、今は時間が惜しいので」

 

 そう言いながらニキチッチの手を凹んだ胸部装甲に引っ掛け、一気に引き剥がす。身体強化のない装甲は多少の抵抗はあるが、難なく引き剥がすことに成功する。操縦席には腕で顔を保護した騎操士(ナイトランナー)が座っており、陽の光に照らされたニキチッチに驚愕の表情を浮かべる。

 

 そのまま僚機の手に収まった騎操士(ナイトランナー)を一瞥したアルは、続いてバルトサールのカルディトーレのほうに首を向ける。

 

「では、そちらの──というか、バルトサールさんだったんですね。挨拶をしたいところですが、まずは小隊ごと後方に行って修理をお願いします。その間、ここは僕達が抑えるので」

 

「そんな、小隊だけでは無理ですよ! 俺達は大した損傷していないのでまだ!」

 

 2個半の小隊でも降り注ぐ棘の妨害もあって穴が空いてしまった現場。それを1個小隊のみで支えきれるわけがないとバルトサールの小隊員が意見する。

 学生の頃などは数が多い相手を前に単機で乗り切るという妄想に駆られるが、現実でそれを行うには一つでもミスれば即座に死が迫ってくるタイトロープを渡りきる必要がある。とてもじゃないが任せられないという小隊員達だが、彼らは一様に片腕が捥げていたり装甲に無数の棘が刺さっていたりと損傷していない機体に乗っている者は皆無だった。

 

 せめて、損傷が少ない機体も随伴させて欲しいと意見する面々を前にアルはどう断ろうか悩んでいた──が。

 

「騎士の心得として犬死にをしろと学園で学んで来たのかい?」

 

 ディートリヒの言葉が反対意見を出していた全員に突き刺さる。

 犬死に。そこまで自分達の戦力には価値がないのかと絶望の底に突き落とされる彼らに、ディートリヒは『失礼』と言い過ぎたことを謝罪すると機体の指を今も前線で戦っている2機のニキチッチに向ける。

 

「私達はああやって敵の中を掻き分け、逃げ、誘い込んでいる。その過程で誰かが行動不能になれば……戸惑いなく切り捨てるよ? さて、君達に問題だ。その機体性能で我々についてこられるのかい?」

 

 左右の腰にある筒から炎を吹き出しながら殻獣(シェルケース)の居ない空白地点に着地して攻撃。攻撃が来る前に再び別の空白地に着地して攻撃。そして、一気に後方に飛びながら筒の推進力をもって敵陣から離脱。

 どの行動も筒から吐き出される炎の推進力があってこその行動にカルディトーレに乗った騎操士(ナイトランナー)は全員黙り込む。

 仮に無理を言ってでもこの場に残ったらどうなるか。敵陣に散歩感覚で乗り込んでいく機体と同じようについていき、数十匹は屠ることはできるだろう。

 

 ただ──次が無い。

 

「ただ、結構集中力がいるから修理をしたら早めに救援に来てくれたまえ。なーに、ティラントーやあの変態に比べれば可愛げがあるものさ」

 

(変態?)

 

 謎の単語と共にディートリヒはニキチッチを前線へ進ませる。彼の合流もあってか、もはや飛び地に空間がなくとも飛んだ先の殻獣(シェルケース)を掃除すれば良いという脳筋的発想の下、殻獣(シェルケース)の討伐速度は爆発的に増した。

 その圧倒的な殲滅速度を目の当たりにし、今度こそ付いていくこと自体が無理と悟ったのかバルトサールは全員に一度後退することを告げる。

 

「あのディーさんがねぇ」

 

 『騎士の心得とて命を捨てろなんてないし、私も無駄死にはしたくない』

 あの日、ベヘモスという圧倒的力の前から逃げたディートリヒの言葉である。並大抵の精神では言った当時のことを思い出してしまう言葉を平然と説得に使う彼の強さに、アルはもはや中隊長達は別の騎士団として動き出していることを自覚する。

 ならば、同じ銀鳳騎士団として作戦に参加できる最後の機会こそ思う存分戦お(たのしも)う。そんな考えをめぐらせた彼は魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)で一気にニキチッチ小隊の後方につく。

 

「遅いぞ」

 

「すみません、ディーさんの語録がかっこよくて痺れちゃいました」

 

「ほう、ディーがなにを言ったんだ」

 

「え、なになに? 後で聞かせてよ」

 

「やーめーたーまーえ!」

 

 緩い会話が続けられるが、その裏では森自体が動いていると錯覚するような殻獣(シェルケース)の濁流を捌く速度は一切衰えない。

 

 砕甲殻獣(デモリッションシェルケース)の堅牢な外殻に推進剣(ブーステッドソード)を防がれるが、足のスパイクを展開した状態の蹴りを頭部に見舞うことで絶命させるディートリヒ機。

 可動式追加装甲(フレキシブルコート)を時には壁として、時には打撃武器として振り回すエドガー機。

 両腕とサブアームのナンブ改から法弾をバラ巻き、小隊に兵士殻獣(ソルジャーシェルケース)を寄せ付けないよう立ち回るヘルヴィー機。

 そして、手の平に強化魔法を付与した状態で死骸の間から飛び掛ってきた兵士殻獣(ソルジャーシェルケース)の胴体を貫いたかと思えば、簡易執月之手(ラーフフィスト)撃刺殻獣(デッドリーシェルケース)を掴んでから別の撃刺殻獣(デッドリーシェルケース)にぶつけて共倒れさせるといった破天荒な戦い方をするアルフォンス機。

 それぞれが持てる全ての技術で殻獣(シェルケース)を押さえている一方。イズモを中核とした本隊は中央の指揮所近くへと到着する。

 

「イズモ、強襲上陸モードで部隊を展開します!」

 

「おっしゃぁ、待ってたぜ!」

 

 エルの指示が伝声管を伝って船倉に届くと共に、待ってましたとダーヴィドは騎操鍛冶師(ナイトスミス)騎操士(ナイトランナー)達に檄を飛ばす。イズモの船倉には片側に3つ。左右合わせると6つの作業台が接続されており、そこにはそれぞれ白い十字を肩に彩ったカルディトーレが座っている。

 元第1中隊、現白鷺騎士団の騎操士(ナイトランナー)達はそれぞれ自身の乗機へ飛び乗った後にパターンを差し込むことで機体を起動させていると、途端に機体を座らせていた作業台の下が錠前を外したかのような重い音を鳴らす。

 

「隔壁開け! 上陸準備に入るぞ!」

 

「展開後は小隊ごとに集合。いつでも移動できるようにしておけ」

 

 作業台ごとカルディトーレが回転する中、それぞれの作業台の後ろにあった壁が上下に開いていく。やがて機体が壁の方に向くと、そこにあったはずの壁が外へと繋がる『出口』と変ずる。外の光に照らされたカルディトーレらは作業台から勢い良く立ち上がると、側に置いていた剣や魔導兵装(シルエットアームズ)を装備してから次々とイズモの外へ出て行く。

 

「あっちは……まだ展開中か」

 

 ふと、イズモから出てきた1機のカルディトーレが他の部隊の展開具合を確認するべく横を見る。他の飛空船(レビテートシップ)から元第2中隊から成る紅隼騎士団や近衛騎士団の機体が鎖による降下を行っている最中で、とてもじゃないか今すぐ隊伍を組むのは不可能な様子だ。

 

 開放型源素浮揚器(エーテルリングジェネレータ)の特徴である『高度の変更がしやすい』という利点は幻晶騎士(シルエットナイト)単品でも十分な効力を発揮するが、特に飛空船(レビテートシップ)には恩恵が大きすぎた。

 なんと言っても高度の変更の調整が効き易いため、今までの鎖方式という危険かつ手間がかかる降下方式が一新されたのが大きい。

 だが、それだけでは終わらない。そこからさらにエルが『整備しやすいように直結にしちゃいましょう』と回転式の作業台を実装。機体を損傷してもイズモの左右にある整備台に座ってしまえばそのまま1分で整備状態に入ることが出来、整備終了後は1分もあれば再び戦場に舞い戻ることが可能というお手軽さである。

 

 部隊の展開速度と修理状態への移行のしやすさ。それだけでも組み込んでしまえば飛空船(レビテートシップ)は空飛ぶ砦となりえる万能な存在となる。

 ただ、開放型源素浮揚器(エーテルリングジェネレータ)は現在はイカルガの中にある2つの化け物級のエーテルリアクタがないと使用出来ない技術だ。そして、そのイカルガを操る騎操士(ナイトランナー)は現場で機体を遊ばせる(物理)が大好きなお祭り男。この出撃方法もラボへ送られてラボの人間が『もったいない』と嘆きながらも、なんとか一部分だけ実装する予感しかしない。

 

(使い勝手はいいんだがなぁ。大団長次第か)

 

 使い勝手や展開速度の速さ的にも満足だったらしく、白鷺騎士団の団員はエドガー経由でこの飛空船(レビテートシップ)の装備を配備するよう、さりげなくアピールしようと心に刻んだ。

 

 そうしている間にも続々と銀鳳騎士団傘下の機体や近衛騎士団が隊を為し、迫る殻獣(シェルケース)を防衛する陣を見ながらどこを担当すべきか話し合っている。

 『先王陛下と一緒に行くか』とあくまでも自由奔放な紅隼騎士団と、左翼を指差しながら『やはり左翼が手薄ですね』と布陣位置を吟味する慎重派な白鷺騎士団といったような感じだが、どちらも大団長であるエルの指示がないと動けないのは変わらない。

 

 しかし、騎士とは異なる『彼ら』は違った。紫燕騎士団の輸送型飛空船(カーゴシップ)からジルバティーガと共に巨人族(アストラガリ)が地に足を付ける。

 突然の巨人──しかも発表前なので敵か味方かも分からない彼らを前に、魔獣かの出現かと指揮所周囲のカルディトーレは剣を抜きながら身構えるが、近衛騎士団の騎士達が『無害です』と宥め回る。

 

「失礼します……っと、あなたでしたか」

 

「エチェバルリア騎士団長。ご無沙汰しておりますが──うぉ!?」

 

 銀鳳騎士団の到着に指揮所から出てきたアーニィス。だが、エルが天幕を開いたことで奥に見えた生足。明らかに人間サイズではないその足を視線を動かすことで持ち主を確認したアーニィスは驚愕の声を上げる。

 

「ほほう、あれら全てがヒューマンの戦士か。手当たり次第問いを投げかけたいところではある……が! 今は名乗りの時である! マーガよ!」

 

「然り! ならばアストラガリここにありと盛大に名乗らねばならぬ!」

 

 そんなアーニィスを余所に巨人族(アストラガリ)は戦場を見渡しながら会話をし始めた。

 肉厚の剣を肩に背負った勇者(フォルティッシモス)が愉快そうに戦場で命の取り合いをしている幻晶騎士(シルエットナイト)を見物し、魔導師(マーガ)が杖を掲げて今か今かといった様子で魔法(マギア)を飛ばそうとしている。

 当たり前だが現在の指揮官はアーニィスなので、エルが指揮権を譲って欲しいといわない限りは彼が何も言わなければ攻撃は却下される。そのことを横に居る小魔導師(パールヴァ・マーガ)が2人に言い聞かせる──が。

 

「ふむ、アルヴァンズよ。大儀である、ワシも参加するゆえ頼むぞ?」

 

「……御意」

 

「あ、みなさーん。各隊で自由に戦っていただいて構いませんのでー!」

 

『うおぉぉぉ!』

 

 自身の立場をわきまえない者がまた2人。ジルバティーガから聞こえてくる声と各隊にフリーハンドを与える大騎士団の騎士団長の姿に、アーニィスは内心『どっちも指揮を執らないのですか!』と叫んでいた。

 そんなアーニィスの心労も知らず、アンブロシウスはジルバティーガの拡声器の出力を最大まで上げる。

 

「フレメヴィーラ王国先王、アンブロシウスである! 救援に参った!」

 

 なにやら聞き馴染みのある名前に手が空いたそれぞれが指揮所の方を一瞬見て──もう一度見直す。

 その形相はあまりにも『救援に来たゾ☆』というにはあまりにも凶暴性を秘めていた。そして、明らかに幻晶騎士(シルエットナイト)サイズの人間が武器を持って雄叫びを上げていた。

 さらに言えば。

 

「ぬぅおぉぉ!」

 

「負けんわぁ!」

 

 その巨人と銀の虎が武器を持って殻獣(シェルケース)蔓延る前線へと突撃していく。その後ろで『勇者(フォルティッシモス)と先王陛下に続けー!』と赤いカルディトーレが次々と戦場へエントリーしていく。

 もはやなにがなんだか分からない状態だが、戦っていた騎士達はとある確信を得た。

 

『銀鳳騎士団が来たから勝てる』

 

 現にその確信は決して気のせいではなかった。

 

「カエルレウス氏族の……併せよ」

 

「分かった」

 

炎よ、敵を討て(イグニアーデレ)!』

 

 中央は小魔導師(パールヴァ・マーガ)魔導師(マーガ)による魔法(マギア)の乱射によって森の中から姿を現した端から殻獣(シェルケース)の群れが駆逐されていき、右翼は勇者(フォルティッシモス)やジルバティーガに紅隼騎士団といった脳筋部隊が救援と称して獲物を掻っ攫っていく。左翼には守備に長けた白鷺騎士団が合流したことで法撃戦仕様機(ウィザードスタイル)に近い緋犀騎士団の幻晶騎士(シルエットナイト)への攻撃が減少し、十全な火力の投射が可能となる。

 

 銀鳳騎士団傘下の騎士団や近衛騎士団の投入により、左翼は十分に立て直せたと判断したニキチッチ小隊は河岸を変えることにした。増援にきた白鷺騎士団とこの場の責任者である緋犀騎士団の騎士団長にこの場を任せると伝え、魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)による驚異的な移動速度を頼りに彼らは左翼から中心部へと戦域を移動しながら殻獣(シェルケース)を片付けていく。

 ただ、ニキチッチは銀鳳騎士団傘下の騎士団が戦闘を開始するまでの間も動きっぱなしである。中心部の殻獣(シェルケース)をあらかた屠っていたアルは、左翼や右翼の戦況や魔力貯蓄量(マナ・プール)のメモリを見て一旦補給をしようと提案する。

 

「押し返してきましたし、今のうちに補給しときましょう」

 

「そうだね。そろそろこの剣も無理だろう」

 

「イズモが近いな。このまま飛び越えて親方達から色々受け取ろう」

 

 殻獣(シェルケース)の波を一足で飛び越えた4機のニキチッチは中央の補給所のさらに向こう。イズモまで急ぐ。

 指揮所のほうから飛んでくる瓦礫や球状の石を避けたり、帰りがけの駄賃として押し込まれつつある小隊近くの群れを殲滅しつつ向かったので多少時間はかかったが、全機無事にイズモまで向かうと壁に開けられた空間の先に鎮座している作業台へと機体を座らせ──られなかった。

 

 この装備の仕様を決める際に『時間がないからカルディトーレの大きさで』とオーダーを出したため、エクスワイヤ・チックの横幅分が壁に引っかかったのだ。

 

「あちゃー、後ろが邪魔ですね」

 

 そう言いつつアルはニキチッチの背部に接続されたエクスワイヤ・チックが広げていた可動式追加装甲(フレキシブルコート)を折り畳み始める。数日と言う突貫工事のために致し方ないが、今後はこういったことを考えてちょっと余裕を持とうと反省した彼は、ギリギリながらも何とかニキチッチを作業台に座らせることができた。

 

「親方、今帰りました」

 

「おぅ、修理作業に入るぞ!」

 

 その後は特にどこも引っかかることはなく、先ほど白鷺騎士団のカルディトーレを出撃させた手順を逆再生させるかのようにイズモの壁が閉じ、ニキチッチは船倉内へと戻っていった。やがて、作業台を固定する音を皮切りに騎操鍛冶師(ナイトスミス)がニキチッチの装甲や失った武装の交換作業を行っている最中、アルはイズモの船倉内に降りるとそのまま艦橋を目指す。

 

「帰りました。戦況はどうですか?」

 

「うぉっと!? アルフォンス殿」

 

「待ってください。……すっかり持ち直しましてますね」

 

 艦橋に入ったアルは開口一番エルに状況を確認する。なぜかそこにはアーニィスも居てアルの突然の帰還に声を上げるが、エルはイズモやアサマに取り付けられたリーコンを伸ばして戦域全体を見渡しながら結果を報告する。

 第3中隊が解体され、2個大隊程度となったが彼らの錬度はこの国で指折りの存在だ。さらに近衛騎士団に加えて昔は武人として名を馳せていたアンブロシウスさえも出撃している。逆にこれで押し込まれようものならフレメヴィーラ王国はとっくの昔に滅んでいるだろう。

 

 それはともかく、今は持ち直していても戦場と言うものは水の流れのようなものだ。いつ氾濫するとは限らないので余裕がある内にもう少し固めておきたいと話し合っている最中。

 

「うぉっと。あの棘が厄介ですね。法撃で崩してしまいましょうか?」

 

「あー、出来るならやっていただきたいですがね。無理でしょ、あれは」

 

 再び棘が地面に着弾する。今度は中央の前線付近だ。

 3分と言うインターバルは分かったが、こう頻繁に攻撃を加えられるのは部隊を動かす身としては厄介極まりない存在である。エルの発言にアーニィスはあまり期待していなかったのかおざなりに返答するが、その言葉に言質を得たとエルのテンションは天元突破する。

 

「確かアルが作ってたアレがまだイズモにあったはず…………よし、いける。分かりました! では現地改修となりますが、いくらか資材をいただいて対策を講じます!」

 

 飛び出していくエルにアーニィスは『え?』と目を白黒させる横で、アルは『あーあ』とまるで制御装置を外れた機体を遠巻きから眺めているような言葉を漏らす。もはやあれは止められないと思ったアルは、アーニィスに『じゃ、また出撃してきます』と言い残してとっとと艦橋から出て行く。

 

「あの人、逃げたな」

 

「アーニィスさんでしたっけ? ちゃんと見てないと騎士団長、なにするか分からないですよ」

 

「エーテライトでいつでも動かせるようにしておくように伝えとくぞ」

 

「あいあい」

 

 艦橋に残されたアーニィスは呆然と立ち尽くす中、そこに詰めていた騎操鍛冶師(ナイトスミス)が彼に注意をする。大義名分をもらったエルは本当に何をするか分からないのだ。

 下手をすると棘を破壊するためにマガツイカルガを出撃することもありえるので、伝声管に近い位置に居た騎操鍛冶師(ナイトスミス)は機関室に指示を流す。

 

 近くでニキチッチの魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の轟音が何重にも聞こえる最中、騎士団長の暴走は日常茶飯事だと言わんばかりに騎操鍛冶師(ナイトスミス)は出来る限りの対応をしていく。

 ただ、肝心のアーニィスはその光景すらも異常だと彼らの動く姿と戦場の様子をひたすら目に映していた。

 

***

 

 なんのつもりだ。

 案の定というべきか、鉄の巨人達に包囲されたがそれはどうでも良い。だが、急にあの娘の気配が近くなったかと思えば近くに居座り、その後は何の挨拶もなく静観を決め込んでいる。娘に着けたあの精兵も、親に顔も出さずに近くを激しく動き回ってて一向に考えが読めない。

 つい棘を飛ばしてみたが、何の音沙汰もなくいたずらに時が過ぎ去っていく。その間も兵は消耗していき、いずれやつらはここまで攻め込んでくるだろう。

 よもや、このまま何もせずに時が過ぎるのを待つつもりではなかろうか。

 

 ここまで薄情で愚鈍な娘と馬鹿者とは思わなかったが……致し方無い。遣いを出そう。あの子に預けたあの馬鹿者よりは劣るが、いつまでもこちらに近づいてこない愚娘と馬鹿者の尻を叩かせるのには十分だ。

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