銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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132話

 女皇殻獣(クィーンシェルケース)を牽引すべく、ニキチッチ小隊は森の中へと進入を果たした。先の獣王轟咆(ブラストハウリング)によって出来た轍に沿って進む彼らの進路上には数十体といった巨大な集団は居なかったが、それでも法撃と共に進んでいなかったからか法撃の影響範囲外から這い出してきた殻獣(シェルケース)種によって数匹程の小さな集団が形成していた。

 

「ディーさん、つかぬ事をお聞きしますが」

 

「今、つかぬ事を聞くタイミングじゃっ! ないと思うっ! んだがっ!? ……ふー、なんだい?」

 

 飛び掛ってきそうな殻獣(シェルケース)を掃除していたディートリヒ向かってアルがお構いなしに声を掛ける。いつもならばアルの質問を少々気だるげながらも好意的に答えてくれるだろうが、今はそんな当たり障りの無い会話を楽しむ余裕は彼には無かった。

 真正面に飛び込んでくる兵士殻獣(ソルジャーシェルケース)を殴りつけ、両の前腕を高く持ち上げて威嚇する砕甲殻獣(デモリッションシェルケース)を切りつけ、さらに横合いから飛び出してきた兵士殻獣(ソルジャーシェルケース)を掴んでから握りつぶす。

 魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)による高速移動中であるにも関わらず鬼神もかくやという暴れっぷりを終えたディートリヒは一旦張り詰めた緊張を体外に出すために息を吐くと、アルのニキチッチのほうに首を向ける。

 この瞬間にも後ろにある空白地は殻獣(シェルケース)に埋め尽くされており、普通の騎操士(ナイトランナー)ならば絶体絶命であることを悟るような環境が形成されつつある。だが、彼らに随伴するエドガーとヘルヴィはいつものような気楽さで移動と戦闘を並行しながらアルの質問に耳を傾けていた。

 

「本当につかぬ事なんですが、近接戦闘で剣を振るった時に思った以上に踏み込んだ感覚は無いですか?」

 

「この機体でかい?──いや、そんなことはないなぁ」

 

「大副団長君の機体だけなら全然つかぬことじゃないんだけど。……引き返す?」

 

 アルの言葉に機体トラブルを真っ先に疑ったヘルヴィだが、アルは引き返すことを躊躇う。今から戻ると時間がかかりすぎるうえに余計な被害が出るだろうし、仮に機体トラブルだった場合は法撃戦を主体とすれば問題はないからだ。

 ただ、ほんの少しのズレの原因が分からない。いわば、歯の奥に物が挟まったような不快感をなんとかして取り除きたいという一心である。

 

「いや、その機体を作ったのはラボの人間とアルフォンスだろ? 俺達に分かるわけがないだろう」

 

 ただ、ニキチッチを作ったのは国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)とアルだ。そんな機体性能的な疑問を聞くのはエドガーの言うようにお門違いも甚だしい。そういった理由でエドガーが話を区切ろうとすると、ディートリヒは未だ思案中のような声をだしていた。

 

「そういえば、君は近接格闘戦をする場合はどうやってるんだい?」

 

「どうやってとは?」

 

「思い出してみたまえ。パッチワークに始まってトイボックス・ハーミットまで続いていた君の戦い方は、主に少し浮きながらの高速戦闘じゃなかったかい?」

 

「そうですね」

 

「だからじゃないかな? 浮きながらだと踏ん張りが利かないと思うんだけど」

 

「…………あっ!」

 

 流石は銀鳳騎士団時代に共に戦った時間が比較的多い間柄。少し考えただけでアルの感じた違和感を看破した。

 そう、アルは常時『浮いていた』のだ。なまじ、『わーい。将之魂(ジェネラルソウル)のおかげで魔力使い放題やー!』と戦っていたので自機の状況に頭が回っておらず、ホバー状態によって地面との摩擦が0になった状態で格闘攻撃を連発。そして、幻晶騎士(シルエットナイト)と比べてはるかに軽い司令殻獣(コマンダーシェルケース)相手に力任せの攻撃をしたせいで前方に滑っていくという事象が発生していた。

 

 騎士たるもの、行軍中に天気が変わることも十分にあり得るため足元の状態の確認とそれに伴った操縦方法は基本の『き』である。しかし、思い返せばパッチワーク時代からホバーで荒野を走る死神の列に参陣していたアルはあまり地面を歩いての行軍は稀で、かつその状態で近接戦闘なぞ両手で数えるぐらいしか無い。

 そんなに放置していれば学んだことも1.2の.ポカンとしてしまっても致し方ないことだろう。

 

「謎に落ち込むのは分かったが、ここでマギウスジェットスラスタは切るなよ? 最悪、転ぶぞ?」

 

「やらかしてたのか……騎士暦数年なのに……やっちゃってたのか……」

 

 やらかしの大きさと気付かなかった己の無知加減に、アルの心は進行方向とは真逆に向いていく。ただ、ここで魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を切ると機動力不足でもれなく殻獣(シェルケース)に群がられるので、ヘルヴィは『反省会は後にして!』と厳しくアルを叱責する。

 

 そんな彼らの進行方向には、近づいたことによってさらにその大きさが増した女皇殻獣(クィーンシェルケース)。彼女は自らを支える脚を1本掲げると、一気にニキチッチの居る付近に振り下ろしてきた。

 『女王の脚に踏まれる』という一定の層には受けるかもしれないシチュエーションだが、物が物である。ペシャンコにされたくないとそれぞれは魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の推進力でその脚の範囲から逃れると、それぞれ担いできた武装を前に出して攻撃を開始する。

 

「魅惑的だが、そのにょっきり伸びた足は邪魔だね!」

 

「アレに当たればフレキシブルコートでも危ういな。注意しろ」

 

 エドガーとディートリヒは手始めとばかりに脚による踏み潰しを掻い潜り、彼女の脚に剣や盾の殴打という近接攻撃を仕掛ける。だが、彼らは知らないが彼女の脚の外殻はエルの拵えた三色装備に格納されたビーストスレイヤーによる一撃すらも意に介さない防御能力を誇っている。

 幻晶騎士(シルエットナイト)による近接攻撃など物の数には入らないと、彼女は悠々と森の中を散策する。

 

「頭を狙います」

 

「手伝うわ」

 

 それならば法撃はどうだろう。アルとヘルヴィはナンブ改による法撃を開始する。

 狙いは硬そうな脚ではなく頭部。これならば比較的ダメージを通しやすく、なおかつ痛みによる注意を引けると法撃を集中させるが、残念ながら旅団級に属される魔獣の身体強化を突き抜ける火力はナンブ改には無かった。

 

「ならば、巨大兵器破壊の心得! その壱を使わざるを得ません!」

 

 エルと履修した『巨大兵器破壊の心得』に従い、アルはエクスワイヤ・チックを展開。脚の節をねらうため上空を大きく旋回する。

 前世では生物学といった高尚な教育は受けていなかったので、『巨大兵器の関節が弱点とかアニメの中だけの世界だろ』と考えていたアルだったが、実際に設計に携わって初めてそれが間違いだと気付いた。

 

 その間違いに気付いたのは初期型のカルディトーレが銀鳳騎士団に来て間もない頃。材質のグレードを上げるのではなく、魔法の観点から装甲をガッチガチにすれば安く強力な幻晶騎士(シルエットナイト)が作れると思い至ったアルは、早速とばかりにカルディトーレの魔導演算機(マギウスエンジン)に手を加えて『全身に一律で』強力な強化魔法を付与してしまう。

 魔力に関してはツェンドルグからの技術を用い、魔力転換炉(エーテルリアクタ)を外付けしたかなり力押しな仕様。周囲からは『またなんかしてるよ』という視線を浴びながらもアルは操縦席に飛び乗って操縦を開始する。

 すると、なんということでしょう。今まで柔軟に動いていたはずのカルディトーレが突如、彫刻のように動かなくなってしまいました。

 

 理由は明白。強化魔法で関節の動きを固めてしまったのだ。

 関節が硬いとそれだけ動かす力を必要とするので、従来以上に駆動系──この場合は綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)になるのだが、それをパワーアップさせねばならない。

 なお、この事態を知ったエルは『あれ、アルってアス○ロン知らないんでしたっけ?』と勇者が魔王を倒しに行くRPGの呪文を参考資料にアルを特別授業に招待。これにより、アルは柔らかい関節を狙う必要性と共に苦々しい黒歴史を得た。

 

「あの頃は若かったですねぇ」

 

 未だ若いのは置いておくとして、唐突に黒歴史を思い返したアルはようやく旋回を完了すると女皇殻獣(クィーンシェルケース)の巨体を支える脚と脚の間にナンブ改の法撃を放つ。細かな法弾はほとんど脚の外殻に当たるが、距離を詰めていく内に法弾は本来当てるべきであった節へと集中し出す。

 このまま撃ち続ければ脚の1本は使い物にならなくなると確信するアルだったが、森の中から飛来するいくつもの棘がエクスワイヤ・チックの外装に命中した。

 

「……っつお!? とっ……った……いっ……セーフ!」

 

「やっぱり大副団長君の言うことは当たってたわね」

 

 被弾したことによって崩したバランスをなんとか持ち直し、無事に地面に着地したニキチッチ。横に居たヘルヴィはアルの機体に突き刺さったいくつかの棘を指差すと、突入前に空中から強襲しなくて良かったと安堵の息を漏らす。1匹1匹は大したことないと思っていた撃刺殻獣(デッドリーシェルケース)も、数が揃えば立派な対空陣地となる。先ほども女皇殻獣(クィーンシェルケース)を守るため、ニキチッチの動きを抑え込むように攻撃を加えたのだろう。

 

「簡単にはいかないか」

 

「だけど、こっちに意識を向けることは出来た。後は撤退しながら誘導すれば……って厳しいね」

 

 アルの言葉を代弁するようにエドガーがやりにくそうな声を上げ、ディートリヒはニキチッチ小隊の方向を睨んで威嚇するような仕草をする女皇殻獣(クィーンシェルケース)を見た後に退路を確認し、やがて諦めたような口ぶりで話す。先ほど通ってきた道が既に殻獣(シェルケース)で埋まっていたのだ。

 

 アル達の試算では、少なくとも女皇殻獣(クィーンシェルケース)をエスコートしながら撤退する時間はあると考えていた。

 ただ、少々殻獣(シェルケース)種自体の多さを見誤っていたらしい。既に足の踏み場も無いほどの殻獣(シェルケース)が轍を埋め尽くす様に、ニキチッチ小隊は女皇殻獣(クィーンシェルケース)の攻撃を避けながら襲い掛かる殻獣(シェルケース)を相手にし、なおかつ撃刺殻獣(デッドリーシェルケース)に撃ち落されないような低空で駆け抜けねばならないというハードモードが確定する。

 

「仕方無い、やりましょ」

 

「では、ディーさんを最前衛。その後ろは僕とヘルヴィさんで、最後はエドガーさんで」

 

 ただ、そんな状況で悲観して現実を受け止める彼らではない。出来ることをやり通すために陣形を組み治し、一気にトップスピードに持っていくようニキチッチの脚を撓ませた。

 

 そんな時、どこからともなくアルの名を呼ぶ声が聞こえてくる。森の奥地でこのような声が聞こえること自体不可思議なのだが、アルはエドガー達に周囲の警戒を任せるとニキチッチの首を左右とついでに上下に向ける。

 すると──居た。『アルフォンス副団長閣下ー!』と叫ぶ1個中隊分のトゥエディアーネの姿が。

 特徴的な機体色やアルのことを『閣下』と呼んでいること、そしてその声のことを良く知っていたアルの顔はたちまち喜色に塗り替えられる。

 

「紫燕騎士団です!」

 

「嘘! なんでこんなところに!?」

 

 撃刺殻獣(デッドリーシェルケース)がそこかしこに居ることから、信じられないと救援に来たトゥエディアーネ達を見たヘルヴィが叫ぶ。そうこうしている間にも森からいくつもの棘が飛んでくるが、それらはトゥエディアーネが両手で持った巨大な盾を森の方向にかざすことで防がれる。

 棘と盾がぶつかる音を引き連れ、トゥエディアーネ達はグングンと女皇殻獣(クィーンシェルケース)に接近する。そして、十分近づいたところで機体に取り付けられた小型連装投槍器(アトラトルポッド)からいくつもの魔導短槍(ショートスピア)が地上に向かって放たれた。

 

 魔導短槍(ショートスピア)は爆炎を吹き出しながら何匹もの殻獣(シェルケース)の命を刈り取ると、その勢いのまま地面に深く突き刺さった。本来の魔導短槍(ショートスピア)はそこで攻撃能力が失われるのだが、今回放たれた魔導短槍(ショートスピア)はその状態から第2の刃を抜く。

 なんと、自爆したのだ。1発1発は大した威力ではないが、そこかしこから爆音が轟く様にアルはまるで空爆地帯に放り込まれたような錯覚を覚えた。爆発による破壊力や魔導短槍(ショートスピア)の残骸を浴びた殻獣(シェルケース)は軒並み戦闘不能。女皇殻獣(クィーンシェルケース)も多少のダメージを負ったらしく、女皇殻獣(クィーンシェルケース)の横を優雅に通り過ぎたトゥエディアーネ達に脚を向けるが、その攻撃は虚しく空を切る。

 

「戻ってくるので、その時に掴まってください!」

 

 キヴィラハティはそんな言葉を残してさらに森の奥まで機体を進ませる。まさか迎えが来るとは思わなかったアル達だが、この機をむざむざ逃すつもりはないとエドガー機以外の機体は重量を軽くするためにサブアームに握らせていた装備だけを投棄する。

 しかし、剣などといった装備を数点捨てたぐらいでトゥエディアーネがニキチッチを運べるとは思わなかったヘルヴィがアルに問いかける。

 

「でも、このまま連れて帰ってもらえるほどあの子って力あったかしら」

 

「ひとまず引き上げてもらうだけです。その後は自分達で飛ぶので、今からエーテル供給をしておいてください」

 

 一旦引き上げてもらうだけと言いながらエクスワイヤ・チックにエーテルを充填していくアル。その間も激しい攻撃がニキチッチ小隊を襲っているのだが、先の攻撃で殻獣(シェルケース)が軒並み倒されているので話しながらでも十分対処は可能だった。

 そうこうしている内に再びトゥエディアーネが舞い戻ってくる。これも先ほどのように撃刺殻獣(デッドリーシェルケース)の棘が彼らに向けて射出されているが、両手持ちの堅牢な盾を突き破ることはなくトゥエディアーネ達は高度を落としていく。

 

 勝負は一瞬。仮に1機でも取りこぼせば、その分旋回しなければならないので激しい対空砲火に晒される時間が多くなる。盾を捨て、手を伸ばしてきた4機のトゥエディアーネでどの機に引っ張り上げてもらうか事前に決めたアル達は、アルの『3……2……1……今っ!』という掛け声と共に簡易執月之手(ラーフフィスト)を空へ向けて射出した。

 それぞれの執月之手(ラーフフィスト)を掴んだトゥエディアーネは魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を思いっきり吹かすことでニキチッチは瞬く間に空へと舞い上がる。

 

 ただ、せっかく誘い込んだ獲物を逃がさないと撃刺殻獣(デッドリーシェルケース)の棘が空へ脱出したばかりのニキチッチに襲い掛かる。だが、その棘はエドガーの可動式追加装甲(フレキシブルコート)やニキチッチの執月之手(ラーフフィスト)を掴んでいるトゥエディアーネ以外の機体が持っていた盾に弾かれた。

 

「盾持ちはそのままカバー! 棘を通すなよ!」

 

「分かってる」

 

「副団長閣下、ご無事で」

 

「ありがとうございます。ニキチッチ各機は射出したラーフフィストを投棄、単独飛行に移ってください」

 

 地上からジワジワ浮き上がると撃刺殻獣(デッドリーシェルケース)女皇殻獣(クィーンシェルケース)に飛行を妨害される恐れがあるが、こうやって浮き上がってしまえばもはや障害は無いに等しい。盾を持ったトゥエディアーネに守られながら、アルはワイヤーが絡まると困るのでニキチッチの片腕から伸びている簡易執月之手(ラーフフィスト)を基部ごと強化魔法の範囲から外す。

 既にエクスワイヤ・チックの源素浮揚器(エーテリックレビテータ)には浮遊するのに十分なエーテルが込められているので、そのまま魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を点火しながら翼代わりの可動式追加装甲(フレキシブルコート)を広げた4機のニキチッチは多少バランスを取るのに難儀したが、徐々に安定した飛行で森の上空を滑るように飛翔する。

 

 無事に飛行に成功し、心に若干余裕が出来たこともあってか全員は『そういえば』という心の声と共に女皇殻獣(クィーンシェルケース)の方を見る。

 

「やっこさんは…………よし、良い子だ」

 

「このまま法撃で挑発しながら誘導します」

 

 こちらの方を見ながら煩い鳴き声をあげる女王様の姿にディートリヒは口角を上げ、その横でアルはヘルヴィと共に手に持っていたナンブ改で女皇殻獣(クィーンシェルケース)を挑発する。ただ、距離があるために大半の法弾はエーテルへと解けていくが、数十発に数発位の頻度で彼女の顔面や顔面付近に生えた腕のような器官に当たっている。

 

 そんなチマチマとした攻撃が気に食わないのか、周囲の木々を地上を進む殻獣(シェルケース)ごとなぎ倒しながらも女皇殻獣(クィーンシェルケース)は空を飛ぶ蚊蜻蛉のような存在の後を必死に追いかける。

 魔獣愛好家の目からすればまるで海辺でキャッキャウフフしているかのような追いかけっこに見えるかもしれない動きで彼らは森の入り口へと女皇殻獣(クィーンシェルケース)を誘導する。だが安心して欲しい、追いつかれれば機体ごと切り裂かれて命が消し飛ぶ修羅場である。

 

 そんなこんなでやっと森を抜けた彼らを大勢のカルディトーレが待ち構えていた。

 それぞれ戦線を維持しているそれぞれの騎士団から少数が選別された2個中隊ほどの戦力。彼らは魔導兵装(シルエットアームズ)の切っ先を迷わず森の奥から迫ってくる女皇殻獣(クィーンシェルケース)へと向けた。

 

「法撃開始!」

 

 モルテンの指示に合わせ、数多の法弾が女皇殻獣(クィーンシェルケース)や彼女の周囲に居た殻獣(シェルケース)に命中する。この一斉法撃によって殻獣(シェルケース)の悉くを撃滅するが、肝心の女皇殻獣(クィーンシェルケース)はいくら法弾が当たっても怯む様子も無かった。

 

 そんな恐るべき体力に法撃を行っていた部隊のそこらから動揺が走る。──が、このタイミングで指揮所よりもさらに奥に鎮座するイズモの甲板からイカルガによる長距離狙撃が実施される。

 馬上槍を思わせる法弾が非常に強力な熱波を振りまきながら女皇殻獣(クィーンシェルケース)の顔面に命中し、その熱さや痛みから逃れようと彼女は暴れ狂うという形容がぴったりとはまるような動きで周辺の木々をなぎ倒し、味方である殻獣(シェルケース)をその手にかけていく。

 

 その光景に周囲は『やったか!』とある種の呪いの言葉すら発していないものの、戦いが終わったかのような雰囲気を醸し出していた。

 

(うーん、やったかって言いたいですが。多分やってませんよね。中で爆発してませんし)

 

 そんな雰囲気の中、アルは未だ戦いが続くと確信する。いつでも動けるよう、近くに設置されていたマナボックスで消費した魔力を補給し出した。

 

 アヴェンジャーの通常駆動。着弾した位置に大爆発を起こす法撃パターンなのだが、実際の狙いは魔獣の硬い外殻を熱で貫いてから内部で爆発させてダメージを与えることにある。

 その『遅延』を行う魔法術式(スクリプト)の製作にはアルですらも難儀し、実際アヴェンジャーを構成する部品のほとんどはその遅延魔法術式(スクリプト)を刻んだ銀板という苦肉の策が見え隠れする出来なのだが、そこを話してしまうと長くなってしまうので一旦置いておく。

 

 その性質上、女皇殻獣(クィーンシェルケース)の頭部から中に入ってから起爆。簡単に言えば生物にとって不可欠な脳を爆破して命を絶つのが正常系の結果といえる。

 だが、今回は顔面付近で大爆発しただけ。つまり、『異常系な結果』である。

 

「倒せていないだと……」

 

「そんな……」

 

「どうしろってんだよ。あんな化け物」

 

 顔面に大火傷を負ってはいるが未だ立っている女皇殻獣(クィーンシェルケース)の姿。まるで歯が立たない感覚を押し付けられたのか、お約束の言葉と共に悲痛な空気がじんわりと周囲に伝播する。

 ベヘモスに比べれば一回りほど脅威が下がるが、女皇殻獣(クィーンシェルケース)も旅団級に該当する魔獣だ。かなりの死傷者が出るのは騎士達も分かってはいるが、炎の槍(カルバリン)の数十倍は下らないであろう凄まじい法撃を受けながら倒れない魔獣の姿に悲観的になるなというのは少々酷であろう。

 

 だが、騎士を束ねる存在であるモルテンは悲観的な空気を取り攫うべく、彼らを鼓舞しながら次なる一手を指示する。

 

「ひるむな! ハードクラストバンカー用意!」

 

 モルテンの声に合わせて後方から2機1組のカルディトーレが計4組現れる。彼らは対大型魔獣用破城鎚(ハードクラストバンカー)を小さくした物を1組で1つ持っており、徐々に走る速度を上げながら女皇殻獣(クィーンシェルケース)に近づいていく。

 

 これはカルダトア4機の機動性を潰した状態で突撃させるという現在の対大型魔獣用破城鎚(ハードクラストバンカー)の仕様に不満を持った国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)の若手騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が結託し、カルディトーレの膂力と走破性を損なわずに強力な一撃を叩き込めないかと言う案を追及した対大型魔獣用破城鎚(ハードクラストバンカー)のダウンサイジングした物である。

 サイズダウンの代償として少々威力は低下したが、従来のように4機で敵の攻撃に怯えながらえっちらおっちら運ぶことは無くなったのは現場の騎操士(ナイトランナー)にとってとてもありがたかった。

 

「右! 左! 一旦止まるぞ!」

 

「バっ! 横だ! 右右!」

 

 当然、女皇殻獣(クィーンシェルケース)は近づけさせまいと脚で踏み潰そうとするが、機動性が上がっている彼らは互いに声掛けを行いながら器用に攻撃を避けていく。

 やがて全組が女皇殻獣(クィーンシェルケース)の脚に取り付き、魔力を流すことで対大型魔獣用破城鎚(ハードクラストバンカー)の必殺の一撃が彼女の脚に突き刺さっていく。その衝撃に彼女の胴体が尻餅をつくかのように地に落ち、『今度こそ』といった思いがそこかしこから漏れ出た。

 

 だが、忘れてはいけない。女皇殻獣(クィーンシェルケース)は旅団級であると同時に幻晶騎士(シルエットナイト)ですらも見上げるほどの巨大な魔獣でもある。

 魔獣の大きさというものは体当たりなどの質量攻撃もさることながら、巨体を支えるために強力な強化魔法を常時展開している。ゆえに『大きければ大きいほど破壊力が増し、硬い厄介な生物』である。

 

 対大型魔獣用破城鎚(ハードクラストバンカー)の攻撃から立ち直った女皇殻獣(クィーンシェルケース)が苛立たしげに脚を地団駄させる。ところが攻撃を終わらせたカルディトーレ達は既に彼女の攻撃範囲外から脱出を果たしており、その様子を遠巻きで見ていた。

 

「は!? 皹だけ?」

 

「なんて硬いんだ!」

 

 そんな時、彼らは見てしまった。対大型魔獣用破城鎚(ハードクラストバンカー)をぶつけた箇所の外殻に皹が入っている光景に。

 もともとの大きさならばもう少しまともなダメージを負わせることが出来たかもしれないが、あの荒れ狂う魔獣にもう一度──今度は回避行動もままならない兵器をぶつける気力は彼らには無かった。

 

 それは他の騎操士(ナイトランナー)達にも言えることだった。法撃は効果が薄く、頼みの綱であった対大型魔獣用破城鎚(ハードクラストバンカー)の攻撃も皹が入るだけ。しかし、このような状況でも目の前の魔獣を倒さなければフレメヴィーラ王国に明日は無い。

 幸運なのか定かではないが、女皇殻獣(クィーンシェルケース)の登場によって他の戦線に流れ込んでくる殻獣(シェルケース)の波も些か落ち着いたという報告が寄せられており、現在アルヴァンズ達が各戦域から増援を召集するべく動き回っている。

 

 そんな中、アルはジョーカーを切る決意をする。

 

「エドガーさん、赤・蒼・蒼」

 

「了解した」

 

 エドガー機の多目的投擲筒(ランチャー)から先ほどアルが言ったとおりの色付き法弾が空に上げられる。その符丁の意味は──イカルガの出撃。それもマガツ状態で来るようにというオマケ付きである。

 

「やれやれ、また大団長に頼らざるを得ないとはね」

 

「増援は呼びましたが、まだまだ時間を稼がなければならないですよ? ならば、"呼んだけど頑張ったらイケた。"って言い訳するのも悪くないのでは?」

 

 自分達で出来そうだったことだと思っていた仕事がいつの間にか膨らみ、上司の手を煩わせなければ完遂出来ない状況に陥った新人のような心情を吐露するディートリヒ。しかし、アルは逆転の発想を彼に授ける。

 今のイカルガの状況は分からないが、アディがアサマに乗り込んでいるのでまずは彼女と合流するのに少々時間がかかる。それに加え、カササギを取っ払った状態で狙撃をしていれば換装作業も時間が掛かるので、事が上手く運べば『遅かったじゃないか』とエルに言うことも可能であろう。

 

「たしかに増援を頼んだだけだね。今すぐ引き継ぐわけでもない」

 

「そうです。"弱らせるのはいいが──別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう? "ってことで」

 

「なぁヘルヴィ。アルフォンスがどんどんディー化して来てて怖いんだが」

 

「どこで教育方針間違えたのかしら」

 

 ニキチッチの顔を見合わせつつ、とてつもなくフラグ臭を漂わせるセリフを肴に笑いあう2人。その2人の横で、ある意味では副団長の教育を担っていたエドガーとヘルヴィといった保護者ズが呆れた調子で並び立つ。

 こうなってしまったディートリヒは飛び出していくし、あの流れではアルも飛び出していくだろう。

 今や、遠/中距離に重きを置いていた副団長も徐々に弱点である近距離の経験値が溜まりつつあるので、ディートリヒは別にしてもあの大副団長だけはサポートはしなければならないと心に決める。

 すると、エドガー達の考えの通りにディートリヒとアルは少しばかり士気が低下している状態のカルディトーレ達の間を縫い、瞬く間に最前線へと躍り出る。

 

「ディーさん、脚の節を狙いましょう」

 

「そうだね、まずは堅実に削っていこうか!」

 

 巨体を支える脚から繰り出される幻晶騎士(シルエットナイト)すら一撃で容易く破壊できるほどの攻撃を掻い潜りつつ、ディートリヒはアルの持ちかけた提案どおりに動く。魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)による機体の加速と手に持った最後の推進剣(ブーステッドソード)による加速を合わせた、並の魔獣なら一瞬かつ一太刀で片付ける必殺の一撃を女皇殻獣(クィーンシェルケース)の脚の節に叩き付ける。

 しかし、まるで鋼を相手にしているかのような手ごたえと轟音。そして粉々に砕け散った推進剣(ブーステッドソード)の刀身を見たディートリヒは女皇殻獣(クィーンシェルケース)からの追撃を巧みにかわしながら彼女の攻撃範囲外まで後退する。

 

「っ、ここも硬いとはね!」

 

「いいえ、外殻よりも傷がついてます! このまま攻撃を!」

 

 ディートリヒの後に切りつけたアルの幻像投影機(ホロモニター)には、女皇殻獣(クィーンシェルケース)の脚の間を繋ぐ節からとめどなく流れる体液が映る。このまま攻撃を続ければいずれ脚を断ち切ることに成功しそうだが、生憎サブアームに掴ませていた武器は全て森の奥に置いてきてしまったばかりだ。

 

 見切り発車しすぎたことを恥じながらアルとディートリヒはどうするべきかと考えるが、『もはや徒手空拳で戦うしかないんじゃないか?』という結論しか出てこずに困り果てていたところ、彼らの横を朱色の襟巻きを装備した異色のカルディトーレ3機が通り過ぎていった。

 一歩──それも数cm、数秒誤れば死という代償を支払うことになる死合い場の中を先ほどのアルやディートリヒが行ったように攻撃をかわしながら突き進んでいった彼らは、装甲という犠牲だけで女皇殻獣(クィーンシェルケース)の足元まで接近した。

 

「ぬおおぉぉっ!」

 

 先頭の1機がハンマーを振りかぶると、気合の入った声と共にハンマーの後ろから爆炎が生じる。その反作用を用いた痛烈な一撃は、対大型魔獣用破城鎚(ハードクラストバンカー)によって生じた皹をさらに大きくする。

 一撃を見舞ったカルディトーレがハンマーを再び担ぎなおして後退すると、その機体と入れ替わる形で2機のカルディトーレが剣と槍を前に突き出しながら前進する。

 

「騎士団長に続け!」

 

「あぁ!」

 

 ハンマーの衝撃で一時的に動きが緩慢になっているとはいえ、いつ体勢を立て直すかも分からない魔獣相手に2機はそれぞれ持った武器を大きくなった皹に突きこんでから捻り上げる。中の柔らかい肉の部分がかき回されたことで女皇殻獣(クィーンシェルケース)がけたたましい鳴き声を上げるが、彼らはその戦果を確認するよりも早く先ほど入れ違ったカルディトーレと合流を果たした。

 

「モルテン騎士団長!」

 

「すまんな、少々準備をしていた。とりあえずだが、受け取ってくれ」

 

 ニキチッチ小隊と合流したモルテン達は自らの機体をニキチッチに背を向けるように立たせると、サブアームに掴んだ武器を差し出すように動かす。本来であれば救援と補給で喜ぶべきなのだろうが、1個小隊が持ってこれるだけの装備を手にしても女皇殻獣(クィーンシェルケース)を討伐するには到底足りない。

 

「ありがとうございます。ですが、これだけでは……」

 

「準備をしていたといっただろう。……おっと、そろそろ離れたほうが良いな」

 

 せっかく救援と補給をしてくれた手前、申し訳なさそうにアルがそのことを言う。しかし、モルテンは指揮所辺りから放たれた赤い3発の法弾が空に舞い上がるのを見ると、全員に『巻き込まれるぞ』と警告しながらその場を離れるように指示を出す。

 モルテンらの登場から事態が矢のように流れていくために困惑していたニキチッチ小隊だったが、とりあえず自分達よりも場数を踏んでいるモルテンの指示に従うように後退を始める。

 

 ただ、後退するのを女皇殻獣(クィーンシェルケース)がただ見ていたわけでは無い。ようやく体勢を立て直した彼女は、けたたましい鳴き声と共に先ほどからチョロチョロ周囲を飛び回っていた彼らを潰そうと脚を前に出した。

 

 その時だった。

 女皇殻獣(クィーンシェルケース)の足元に数本の剣が刺さる。彼女にとっては小さき者が握る小さな武器という認識のそれらだが、どこから飛んできたのかと脚を止めた彼女はつい上を向く。

 そこには先ほど飛んできた数本の剣が可愛く見える量の武器が、天から降る雨の如く彼女のほうに落ちていく光景が広がっていた。

 

「始まったか」

 

「モルテン騎士団長、あれはなんですか?」

 

「ん? 君の出してきたあの……なんだ?」

 

「臼砲ですよ。あれにシルエットナイトの武器を1門につき1つ詰め込んで発射させてます」

 

 元々は丸く削った石や金属の弾や瓦礫を大気の魔法によってと奥に飛ばして魔獣を撃退する幻晶騎士(シルエットナイト)いらずの案だったのだが、現場の機転で現地に武器を大量に輸送する手段にしたらしい。朱兎騎士団員の言葉にアルは『なるほどなぁ』と感心しながら指揮所のほうから山なりに飛んでくる幻晶騎士(シルエットナイト)用の武器の流星群を見る。

 ただ、錬度や臼砲自体のつくり込みが甘い部分があるので少々狙いがずれているが飛んでくる武器の物量に女皇殻獣(クィーンシェルケース)の動きが完全に止まった。

 

「いやぁ、なにがどう作用するか分からないものですね」

 

「武器についてはこの戦いに参加している騎士団の補給品から出ている。こちらから要請すればすぐに届けてくれるだろう」

 

 人間万事塞翁が馬というのだろうか。自身の行いが思わぬ助けとなったアルは、武器がそこら中に散らばった戦場にニヤリと笑う。手始めに近場に突き刺さった剣を地面から引き抜いてサブアームにつかませた彼は、中隊規模となった戦力に突撃指示を出す。

 

「じゃあ、武器も手に入ったことですし。行くとしましょうか」

 

 そう指示を出したアルは一直線に女皇殻獣(クィーンシェルケース)へと突貫する。

 おそらくこの戦闘こそこの戦いにおける最終局面。そう確信した中隊はそれぞれの獲物を手に前方を行くアルの後を追った。




【連絡】
3月にかなり忙しくなるので2週間に1話(3月は2話のみ投稿予定)のペースとなります。
次の投稿予定は12日となります。

空爆
 射出するショートスピアを飛竜戦艦の装甲に風穴を開けた徹甲榴槍(ピアシングジャベリン)タイプに換装したことで空爆が可能となった。地面に突き刺さった後に爆発することで広範囲攻撃を可能だが、高度や速度の調整が難しいので一部の者達しか成功していない。
 なお、思っていた以上の爆発能力だったのでキヴィラハティ他、救出部隊は『大丈夫だろうか』と一瞬不安になったのは、ここだけの話。

臼砲
 本来はラッパ銃みたいに瓦礫などを散弾のようにと奥に発射するのに使用するが、現場判断でシルエットナイトの武器を遠くに飛ばすことに成功。
 『現場はね、開発者の意図と全く異なる使い方をするんですよ。だから、モンキーテストが必要なんです。助かりましたがね』と、後に某騎士団副団長は語る。

ハードクラストバンカー
 サイズダウンしたことでシルエットナイト2機で運用できるようになった改造品。まだ改善点がある内に改名は面倒くさいということで呼称はそのまま『ハードクラストバンカー』。
 欠点としてはサイズダウンによる威力低下なのだが、そこらへんの魔獣ならば問題なかった。ただ、相手が悪かったのである。
 主人公やその周りが次々と新機軸を思いつくのも好きだが、この世界の住民も負けず劣らず色んな物を生み出していくのが大好き侍の作者がねじ込んだ一品。
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