マジックテープ財布と申します。
ナイツマにはまったので書いてみました。
お楽しみいただければ幸いです。
最後に:
原作者(天酒之瓢様)に多大な感謝とメック魂を込めて
マジックテープをバリバリさせていただきます。
プロローグ
ここはK県K市に存在するとある中堅ソフトウェアメーカー。
そのオフィスに向かって足早に歩く人影が2つ。
「先輩、次は中井さんのプロジェクトのヘルプです」
「中井さんがヘルプ出すなんて珍しい。仕様書には目を通した?」
「もちです!」
先輩と呼ばれた方、倉田翼とその横を歩いていた鞍馬翼はオフィスの前までたどり着くと一息つく。
その時、一人の社員の声が扉の前まで響いた。
「リーダー! 佐藤が力尽きました!」
その声に伝播し、次々とよくない報告が扉の前まで聞こえてくる。
「先輩、想像以上ですね」
誰かの咆哮も聞こえた所で顔を引きつらせた鞍馬は横を振り返るが、先輩である倉田は涼しい顔で中で入っていく。
(うわぁ、死屍累々…)
今まで倉田と共に数々の炎上案件に参加し、平常稼働まで持ち直した経験からこれは自分が経験した中で5指に入る酷さだと肌で感じた。
鞍馬が固まっている間に倉田はリーダーである中井のデスク前で止まり、声をかける。
「中井さん」
「今度はなんだぁっ!?」
中井が叫ぶ声に若干ビクつきながら鞍馬は自分達が使う席の確保を行う。
(中井さん、いい人なんだけど声でかくてなぁ)
「おーい、鞍馬。前の2つ空いてるから使うか?」
声がした方向を向くと、以前に一緒に仕事をさせてもらった立原が手を振っている。
挨拶をしながら着席し、すぐに仕事が取りかかれるように自分と横のパソコンを設定する。
「…うん、コーディングが足を引っ張ってるんだな。じゃあ僕は主にそちらを担当するとして」
中井と情報の刷り合わせが終わった倉田が鞍馬の後ろを通って席に着く。
「先輩、設定もう済んでます。パスは前と同じにしておきましたので変えておいてください」
「わかった。後、コーディングがまだっぽいからテストの準備任せて良いか?」
「テストマシンの確保と仕様書とテスト仕様書の確認ですね。テスト要員は休ませてもいいですか?」
「日付変更にはテスト開始させるから帰らせないでね」
打てば響くといった具合に話が決まり、鞍馬はテストを行う人員の元へ小走りで向かう。
その姿を見ながら倉田はテキストエディタにコードを流し、進捗を読み込みながら周囲へ指示を出す。
彼らはこの職場においては若手だが、この会社に入ってからなしてきた実績を信じ、社員は指示をこなすべく作業に没頭する。
「先輩、木場さんに頼んでいた仕様書の記載部分の修正を確認しました。後、木場さんとテスト要員の人には休憩室で休むように言っておきました」
「テストマシンは?」
「人数分と予備機を確保済みです。これからテスト仕様書の確認と修正を行います」
デスクに戻ってきた鞍馬は握り拳を作って答え、自分の作業を進めていく。
その光景に安堵のためか涙を浮かべる中井は心の中で二人にサムズアップを送った。
(流石、ヤバい案件にばかり回されてきた、社内の『最終防衛ライン』倉田翼様と『直掩機』鞍馬翼だな。俺も負けてられん!)
そうして全員が作業に没頭し、納期という敵を相手にした戦いは最終局面へと進んでいく。
***
スピーカーからチャイムの音が耳に届く。時計は社内規定上の定時である時間を刺している。
鞍馬はカバンから魔法瓶を取り出し、中のお茶を紙コップに入れて倉田に差し出した。
「先輩、終わりましたね」
「ああ、僕達の勝利だ」
彼らが修羅場に参加してから3日。
彼らの手腕とそんな彼らの指示を嫌な顔をせずに従ってくれたチームメンバーによって奇跡的に持ち直していた。
「よし、納入連絡終わり! 作業完了だ! 皆、ご苦労だった! これでもう後は休んでいいぞ!」
デスクで小躍りしている中井を眺めつつ、倉田と緑茶をゆっくり飲み干した。
ほのかに温かい緑茶の熱を感じ、彼らは他の戦友達と同じように机に突っ伏し眠りにつく。
結局全員が盛大に寝過ごし、家に帰宅したのは終電間際の時間帯だったが些細なことであった。
***
そこから時が過ぎ月末の金曜日、死闘を終えていくらか余裕ができた二人はいそいそと帰り支度を始める。
「先輩、今日給料日ですし…いきます?」
「鞍馬、僕があそこに行かないときは死ぬときだけだよ」
「ですよねー」
他愛ない話をしながらオフィスがあるビルから出ようとすると二人に声がかけられ、振り返ると先日死闘を共にした社員達と中井が親指を立てながら立っていた。
「倉田、鞍馬! 飲みに行かないか? 先日の礼で奢るぞ」
「すみません! 今日はこれで!」
「すみません! また誘ってください!」
普通であればスキップの後にチークダンスを踊りながらついていく二人だが、今回は中井が言い終わると同時に走りながら挨拶をする。
「残業代! いただきましたぁ!」
無人ATMの中で倉田は咆哮を上げた。手にあった通帳には今月の給与が預金残高に反映され、非常に目に優しい光景になっている。
「先輩、不審者として通報しますよ? 僕も下ろすんですから早く出てください」
むすっとした鞍馬の声にしまらない笑顔を浮かべながら預金を下ろす。
「残業代キターーー!」
「お前も言ってるじゃん!」
鞍馬も同じく咆哮を上げながら預金を下ろし、そろって駅前の大型家電量販店へ足を運ぶ。
「さっすが月末! 品揃えが眩しい!」
「サーフェイサーに塗料と筆のフィルターにパーツ取り用のセール品も確保」
「お、新作だ。確保確保」
数時間後、紙袋をぱんぱんに膨らませながら満面の笑みで店を後にする二人の男がいた。
二人はそのまま住宅街を闊歩しながら今回買ったものについて談義を行っていた。
「あ、先輩。明日お休みですし『あれ』します?」
『あれ』と言われて倉田は記憶を遡る。『120戦61勝20引き分けだな』と口を歪めて返すと鞍馬は眉に皺を寄せる。
「次は勝ちますよ」
『あれ』というのは俗に言うプラモデルの早組み立てである。お題はよくパーツ取りに使う量産型ロボットで、勝てば晩御飯を奢るシンプルな勝負である。
「晩飯といえば、先週の昼に仕込んだうどんがかなり余ってるんで押し付け、ゲフンッおすそ分けしますね」
「流石うどん国の使者、布教に精が出るね」
『水が足りなくなったら先輩の血で茹でますよ』と若干ブラックなジョークを言いながら横断歩道を歩いていると横から光が当てられる。
目を細めつつ確認するとハイビームで横断歩道に突っ込んでくる車が目に入る。
車から見て信号は赤、停止を意味する色を理解していないのかぐんぐんと二人との距離をつめる車に
あっけに取られ、気づいたときには既に避けても間に合わない距離だった。
(せめて先輩だけは!)
鞍馬が荷物を手放し、突き飛ばそうと腕を相手に伸ばそうとした時だった。
パシンッ
乾いた音と共に二人の手の平が合い、その直後に彼らの体は嫌な音を立てながら宙を舞った。
(あー、もったいない。このプラモと積みプラモ作りたかったなぁ
……ていうか、あのタイミングでお互い突き飛ばして轢かれるとかコントかよ!)
宙を舞い、激痛によって意識を失うまでのわずかな時間、鞍馬の脳裏には遺されたプラモへの思いと、
二人が同じタイミングで突き飛ばそうとした結果、まるで取っ組み合うような形で跳ね飛ばされた
(あのプラモ、ブログにあった改造とか試したかったなぁ。あのくそでかいプラモ、GWとは言わずにも組んどけば良かったなぁ)
夢の中のようなふわふわした感覚に身を委ねながら暗闇から聞こえる心地のよい旋律に耳を傾ける。
そのあと少し経ち、鞍馬の身体は浮遊感に包まれる。
此処ではないどこか、異なる世界。
セッテルンド大陸の中央からやや東よりに位置するフレメヴィーラ王国。
東側に広がるボキューズ大森海と国境を接し、そこからやってくる魔獣達との戦いの最前線となっている国である。
いつ戦闘になるとも知れない故に強力な騎士団を擁し、西方諸国の盾としての誇りを持つ、曰く“騎士の国”。
その王都、『カンカネン』から東に半日ほど進んだ街のとある家で二人分の産声が響く。
「あなた、名前は決めてくれた?」
短めの金髪を生やした大柄な男と紫がかった銀髪の美女が声を潜めながら話している。
大柄な男、マティアス・エチェバルリアは自分と自分の妻、セレスティナ・エチェバルリアに抱かれている赤子をしばらく見ながら答える。
「双子か。兄はエル……エルネスティ。 弟はアルフォンスでどうだ?」
「素敵な名前ね。これからよろしくね。エルネスティ、アルフォンス」
(はっ?)
倉田翼と鞍馬翼…いや、エルネスティ・エチェバルリアとアルフォンス・エチェバルリアの物語はここからはじまる。
"Hello! Our World! ";