銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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まさかの1ヶ月のお休みを取ってしまい、大変申し訳ありませんでした。
結果的にまだエルやアルが突発的な思いつきをした銀鳳騎士団状態なので、もうしばらく投下が不定期になります。
重ね重ねではありますが、申し訳ありません。


嵐の結婚式編 結婚式の章
133話


 思わぬ増援と奇策により、女皇殻獣(クィーンシェルケース)との攻防を再開したアル達。おそらく正面の彼女もこの攻防が最後だと野生の勘で読み取っているのだろう。しかしここでアル達を倒しても、兵を消耗しすぎた彼女には抵抗できる手勢がほとんど居ない。

 それでも長年自らの陣営を産み、育ててきた矜持からか自らを鼓舞するかのような鳴き声を上げながら自身の頑強な脚を横薙ぎに振るう。

 中隊を優に一掃出来るような巨大な脚が迫るが、いくら膂力やその他の性能を数割パワーアップさせたカルディトーレでもその脚を飛び越えれるようなジャンプ力は有していなかった。

 

「手を!」

 

「すまない!」

 

 だが、ニキチッチは違った。背中の支援騎であるエクスワイヤ・チックには既に機体を浮かせるためのエーテルが充填されている。

 アル以外のニキチッチは近場のカルディトーレの手を掴むと魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を起動。浮揚力場(レビテートフィールド)の助力を得た大ジャンプをもって女皇殻獣(クィーンシェルケース)の攻撃から一時的に逃れることが出来た。

 

「危うい所だった。ありがとう…………ところで、アルフォンス副団長はどこだ?」

 

 危うく初見殺しでやられそうになったことに冷や汗をかくモルテンらだったが、ふとアルの姿がないことに気付く。

 記憶を思い返してみればジャンプで回避する直前から居なくなっていた彼に、モルテンは回避が間に合わずに巻き込まれてしまった懸念が浮上して冷や汗を流す。ただ、しばらくするとディートリヒが女皇殻獣(クィーンシェルケース)の上をまるで陸上選手かのような綺麗なフォームで駆け抜ける1機のニキチッチを見つけ、それぞれはなんとも言えない空気を醸し出した。

 

「タイミングは見切りましたよぉぉ!」

 

 一行からそんな珍獣を見るかのような視線が向けられていることも知らず、アルは女皇殻獣(クィーンシェルケース)の頭部を攻撃するために脚の上を全力疾走していた。

 ベヘモス然り、巨樹庭園(ギガントガーデン)女皇殻獣(クィーンシェルケース)然り、なまじ体力が多くて身体も大きい魔獣相手には頭部──さらにいえば脳に損傷を与える方法が一番手っ取り早い。だが、敵は野生に生きる獣なので無闇に突っ込んでも迎撃されて終わりだろう。

 

 そんなところに脚の横薙ぎという隙がでかい攻撃が来た。

 ならば『実益の方が危険性に勝ると行動する気狂い』と他称されるアルが飛び込まないわけがない。他のニキチッチには存在しないアル専用の魔力転換炉(エーテルリアクタ)、『将之魂(ジェネラルソウル)』からの潤沢な魔力から生み出された圧倒的なジャンプ力と機体強度によってニキチッチはものすごいスピードで脚を駆け上がっていく。

 

 ただ、幻晶騎士(シルエットナイト)が人に見えるほど女皇殻獣(クィーンシェルケース)の脚は巨大だ。そんな部位を全力で走っても短時間で頭部にたどり着くのはアルのニキチッチでも厳しかった。

 

「むぅ、間に合いませんか。なら、お土産を……どうぞっ!」

 

 再び立ち上がろうとする女皇殻獣(クィーンシェルケース)。徐々に滑り落ちる感覚にアルは、咄嗟にニキチッチの足裏のスパイクを展開する。

 それでも女皇殻獣(クィーンシェルケース)が脚を立て直していくので、本格的に振り落とされる前にニキチッチの手に持っていた剣を彼女の顔面に向けて投擲した。剣は回転しながらも真っ直ぐ彼女の片目に突き刺さる。

 全身くまなく硬い存在でも目といった器官は急所らしく、女皇殻獣(クィーンシェルケース)は戦場中に轟く叫びと共に再び地面に伏す。

 

「節を狙え!」

 

「立たせるな! ここで足を封じるぞ!」

 

 アルが作った圧倒的隙。その隙に乗じ、カルディトーレやニキチッチは外殻の一部が剥がれ落ちた脚や節に殺到する。

 それはまるで巨大な生物を捕食しようとする蟻のような光景だが、サイズがサイズゆえにあながち間違いではないだろう。何時の世も囲んで棒で叩くという戦法は強力な一手になりうる。

 動けない相手であることをいいことにハンマーで外殻の皹を広げ、その皹に剣や槍を突き込んで内部をズタズタにするカルディトーレ。その横ではニキチッチが節に近接攻撃や法撃を加えていく。

 しかし、モルテンのハンマーは別としてその他の持っている武器は量産品なので折れるたびに先ほど飛んできた武器の山から新しいのを交換していく。

 未だ武器の在庫は十分だが、仮に無くなれば信号法弾さえ上げればすぐにでも『魔獣への攻撃』と称した補給が飛んでくるだろう。

 

 そして、飛んでくるのはなにも武器だけでは無い。彼らの上を大量の法弾が飛び越えては女皇殻獣(クィーンシェルケース)の全身にくまなく着弾していく。

 

「撃て! とにかく弱らせるんだ!」

 

「マナ・プールが尽き掛けてる、はやく交換してくれ!」

 

「おぉ、アルゴスよ! 照覧あr「照覧しなくて良いから! 大人しく槍投げててくれ!」」

 

 支援を受けながらも様々な魔導兵装(シルエットアームズ)を担いだカルディトーレの集団や槍を持つ勇者(フォルティッシモス)女皇殻獣(クィーンシェルケース)に向けて攻撃を行う。おそらく、フレメヴィーラ中探してもこれ以上の援護射撃は早々お目にかかれないだろう。

 それらの攻撃により、とうとう女皇殻獣(クィーンシェルケース)はその大きな体躯を支えることができなくなる。脚だけではなく胴体の所々からも体液が漏れ出し、明らかに死に体であることが伺える。

 

 すると、そんな魔獣の姿についついこんな欲がまろび出てくる。

 

 銀鳳騎士団長(エルネスティ)が居なくても勝てるのではないか──と。

 

 エルとイカルガは四捨五入すれば齢20という異例の若さで数々の伝説を立てた人間だ。その戦闘能力を始め、開発能力は他の騎士と比べてはるかに抜きん出ている。

 なので、当然『もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな』というご尤もな意見も出てくる。現にアルがこの場に最初からエルを投入しなかったのはいざという時の指揮という側面もあるが、本来は貴族達にエルとイカルガが居る戦場を常態化させたくないというアンブロシスからのオーダーである。

 

 ただ、その意見は女皇殻獣(クィーンシェルケース)の常軌を逸した戦闘能力によって訂正されている。今もイズモではマガツイカルガの準備は着々と進められているだろう。

 しかしながら最初から戦っていた人間にとって、最終的にホイホイ来た挙句にトドメだけ刺されるのは面白いはずも無い。そして、ただでさえ最新機や装備をドヤ顔で引っさげてきたのに色々タイトロープを渡って今に至るアル達も似たような感情を浮かべるだろう。

 

 彼らだって人間である。時に間違うし、時に感情を優先させ、時に正論をぶつけられると破壊衝動に目覚めるか弱き生き物だ。今回もその類に漏れず、『殺れる時に殺っておかないと』の精神が彼らに宿ってしまった。

 

「法撃薄い! どんどん撃ち込め!」

 

「どっせぇぇい!」

 

 ひっきりなしに板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を補充させた紫馬騎士団のカルディトーレを筆頭に遠距離攻撃は厚みを増していき、女皇殻獣(クィーンシェルケース)の眼前では早く倒してしまおうという気概が前面にでしまい、各機は損傷覚悟で入れ替わり立ち代りで攻撃を加えていく。

 

 しかし、いくら死に体であろうとも旅団級魔獣。耐久力は折り紙つきであり、むしろそれらの攻撃によって秘めていた凶暴性が増してしまう。その凶暴性が向かう先は──一番近いアル達であった。

 脚ほど長くも無いが、女皇殻獣(クィーンシェルケース)には腕と形容できる触手が存在する。その先には鋭い鎌のような刃先が付いており、彼女はそれらを縦横無尽に振るいながら中隊に襲い掛かる。

 

「足がッ!」

 

「ディーさんは後t「アルフォンス、前!」」

 

 鋭利な腕に装甲などが切り飛ばされる中、ハイリクス・ハイリターンの戦い方の代償を支払った機体が現れる。突出しすぎたディートリヒ機が1本の触腕の先にある刃を切り飛ばすが、別の触腕にニキチッチの足を切り飛ばされたのだ。

 その光景を見たアルが素早くディートリヒに後退指示をかけるが、その最中にも関わらず1本の触腕の刃先がアルが乗っているニキチッチの頭部に突っ込んでくる。それに慌てたアルは直前で首を傾けることで右側の視界を犠牲にしたが、何とか戦闘不能を避けることが出来た。

 しかし、これ以上の戦闘は少なからず死亡のリスクが跳ね上がってしまうことに、アルは全体を守るための行動に出る覚悟を決める。

 

「一気に決着をつけます」

 

 操縦桿での操作から直接制御(フルコントロール)に切り替えたアルは、全身に張り巡らされた綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)という触媒結晶の代わりとなる物質を経由して一つの魔法を演算し出す。

 電撃矢(スパークダート)。雷系統の一つに分類されており、当たり所に寄れば人間を失神に追い込む威力を持つ少々扱いが難しい魔法だ。

 ただし、この魔法をそのまま使うのではない。拡大術式を何度も繰り返して実行することで、元々は幻晶騎士(シルエットナイト)の小指の先にも満たなかった電撃の玉は徐々に巨大化。やがて、魔法はバチバチという放電音と共にニキチッチの左手から少し離れたところで停止する。

 

 魔法の顕現に約10秒。先ほどの言葉と鳴り止まぬ放電音で振り返ったモルテンにアルは再び声をかけた。

 

「頭を狙います」

 

「それは…………いや、仕方ないか。すまない」

 

「いえ、可能性が高い方が動くのが道理です」

 

 大きくなった電撃の玉を前にモルテンはアルのやろうとしていることを即座に把握する。

 かの銀鳳騎士団長──エルネスティ・エチェバルリアはベヘモスなどの大型魔獣を討伐する際に生き物の圧倒的急所と呼ばれる頭の中。つまり脳を電撃で焼くことで勝利していることは主であるディクスゴード公爵の伝手でモルテンは知っている。アルはそれに倣おうというのだ。

 

 ただ、未だ暴れる大型魔獣の頭部に近づくだけでもその難易度は計り知れなく、仮に電撃を当てたとしてもその電撃が脳を完全に焼くまでその魔獣が大人しく待っている様なことは決して無い。

 本来ならば危険すぎるゆえにモルテンがその役を肩代わりするべきだろうが、直接制御(フルコントロール)によって幻晶騎士(シルエットナイト)魔導兵装(シルエットアームズ)が本来備え付けられている魔法以外の魔法を顕現させる操作技術は彼には無い。

 

 遅滞戦術を用いようとも、先ほどまで行っていた激戦をもう一度やる余裕は彼らには無い。『銀鳳騎士団長が居なくても勝てる』と慢心していた頃の自分達に張り手したい気持ちで一杯のモルテン達は、何かを言いたげに口をモゴモゴさせつつも機体の首を縦に振ることで同意を示す。

 

「損傷している機体はさがれ。他はアルフォンス副団長の道を作るぞ」

 

「分かりました。ヘルヴィはディーを頼む」

 

「すまないね」

 

 モルテンが動き出した後を片足を半ば断ち切られたディートリヒ機をヘルヴィに託したエドガーが追従する。彼らは威嚇をしながら抵抗を示す女皇殻獣(クィーンシェルケース)の触腕の刃先を装備で受け止め、そこから受け流すことで隙を作る。

 

「お前達!」

 

『応!』

 

 ただ、このままだと触腕が再び戻ってアルを襲い掛かる可能性がある。そこでモルテンは連れてきた2人に声を掛けると、彼等はそれぞれ手に持った剣と槍を触腕に突き刺して拘束を試みる。

 正直なところ拘束時間はあまり期待出来ないが、ほんの僅かな時間でも触腕の動きを封じる事が出来ればそれで十分だ。

 その間に動かなくなって久しい女皇殻獣(クィーンシェルケース)の足にアルのニキチッチが取り付く。滑り止めのためか足のスパイクを展開しながら一直線に彼女の頭部を目指すが、彼の前に数本の触腕がその鋭い刃先を突き出してくる。

 

「フレメヴィーラ魂ぃぃ!」

 

 だが、向かってくる触腕に対してアルは上昇するという選択肢を取る。エクスワイヤ・チック内の源素浮揚器(エーテリックレビテータ)を再起動させる傍らで魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)による大ジャンプを敢行。真下には全ての触腕が通り過ぎたのを見届けてからエクスワイヤ・チックによる飛行で一気に女皇殻獣(クィーンシェルケース)の眼前に迫ろうと翼の役割を持つ可動式追加装甲(フレキシブルコート)を動かそうとするが、耳障りな金属音と共に凄まじい揺れが操縦席を襲う。

 

「なっ! 翼が!」

 

 ニキチッチの首を横に向けて状況確認をすると、左側の幻像投影機(ホロモニター)に鮮やかな断面を残したエクスワイヤ・チックと落下していく可動式追加装甲(フレキシブルコート)が映った。恐らくだが空の脅威を学んだのだろう。恐るべき学習速度である。

 

 ただ、このまま高度を落とすと狙い撃ちをされる。そう考えたアルは魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)で最低限のバランスを取り戻しながら操縦席の横に備え付けられたボタンを叩き、エクスワイヤ・チックとニキチッチの接続を強制的に解除する。

 そのまま魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の出力を調整しながらも女皇殻獣(クィーンシェルケース)の頭部を目指すが、ヒヤリとした感覚に幻像投影機(ホロモニター)を注視する。

 

 すると、彼女の目が『こちら』を見ていた。

 

「ヤバッ」

 

 アルが叫ぶよりも速く、女皇殻獣(クィーンシェルケース)は全ての触腕を空中に放り出されたニキチッチに向かわせる。1本1本に必殺の意志が込められたそれらを魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)のみで全て避けるのは難しい。

 

 そう──難しい。つまり、やろうと思えば出来るのだ。

 ただそれはアルにとって苦渋の決断でもあった。かなり昔の話になるが、それを行った際の副作用のことを思い出すと使用が憚られるが、それをせずに命を失っては元も子もない。

 少々の葛藤はあったが、時間にして1秒も経たない思考の果てにアルは使い道が極端に限定されている手札の1枚である『目に限定した身体強化』を切った。

 

「身体強化!」

 

 声を出すと同時にアルの目の周囲が熱を帯び始めた。今、彼の脳は目の前の命に関わる事象から自身を助けるために勝手な判断で主要な感覚以外を鈍化させている。

 まるで前世で死ぬ間際のようなゆっくりとした景色の中、魔法によってさらに鋭敏化した視覚で迫ってくる女皇殻獣(クィーンシェルケース)の触腕の軌道を正確に読み取っていく。

 

 見当違いの触腕、肩や足といった直ちに影響が出ない部分に当たる触腕、そして──操縦席に向かってくる触腕。最後の触腕の数が多いことから彼女の殺意が隠し切れないレベルであることが伺えるが、アルは構わず直接制御(フルコントロール)を維持しながら触腕の中へ機体を投じさせる。

 

「噴射は最小限! 肩や足は捨てる!」

 

 動くのは方向調整する時に絞り、肩などの装甲に守られた部位に当たる触腕はあえて受けることで被弾を極力避ける。触腕の先端にある刃がニキチッチの装甲を切り飛ばし、脚部や腹部といった部分の内骨格が露出する。だが、そんな被弾は物の数に入らないとアルは次に来るであろう本命に全神経を集中する。

 失敗した場合、モズの早贄のような操縦席を串刺しにした不恰好なオブジェが出来上がるだろう。そんな恐怖を感じながらもアルは彼と機体を繋ぐ操縦桿を強く握り締めた。

 

「ひとつ! ふたぁつ!」

 

 一直線に操縦席目掛けて向かってくる触腕に、ニキチッチは右手に装備した剣をタイミング良く振るい続ける。これが操縦桿で操作をしていた場合、多少のタイムラグが発生して迎撃なぞ到底出来なかっただろう。

 そこでアルが事前に切り替えた直接制御(フルコントロール)が輝く。搭乗者の疲労や綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)といった内部部品の急激な劣化を代償とするが、人機一体となりうる操縦によって触腕の先にある鋭利な刃に剣を当てて弾き飛ばすことで操縦席への直撃を凌ぎながらニキチッチは女皇殻獣(クィーンシェルケース)の顔面へと落ちていく。

 

 しかし、このような土壇場で女皇殻獣(クィーンシェルケース)も学習する。目の前の生物(?)の胸は防御しているのに他は無頓着ということに気付いてしまった。

 頭部を損傷されれば生物が活動を停止することを1人の人間のライフサイクルよりも長く生きてきた彼女は知っている。

 

 ──だから。

 

「頭部が破壊された!? でも、くれてやりますよ!」

 

 数本の触腕がニキチッチの首を刈り取る。突然左半分しか見えていなかった幻像投影機(ホロモニター)が完全にブラックアウトしたことに面食らうが、アルはそのまま慌てることなく胸部装甲の開閉スイッチを押す。

 突発的なトラブルには即興の対応が案外上手くいくものだと前世にエルから教えられたことがある。なるほど、案外上手くいった。今まで見えなかった右側の情報も分かるし、なにより触腕が操縦席付近に命中すればどの道命はないということを嫌でも再確認できる。

 他にやれる人がこの場に居ないのだから仕方ないからだろうか。今更ながら背水の陣だと気付いたアルは自虐げに笑う。

 

「取った!」

 

 こうして全ての触腕を払いのけたニキチッチは、最後の軽量化として今まで触腕を払いのけてきた剣から手を離す。そして、強化魔法で手透きになった右拳を強化しつつ女皇殻獣(クィーンシェルケース)の目に向けて渾身の左ストレートを放った。

 本来であれば強化魔法によって彼女の目は容易く突き破られ、戦術級魔法(オーバード・スペル)クラスまで練り上げられた電撃矢(スパークダート)によってあっという間に決着が着くだろう。

 

 だが、そうはならなかった。

 

「なっ……避けた!」

 

 拳が命中する寸前。女皇殻獣(クィーンシェルケース)の頭部が僅かに動いた。──いや、『動かした』と言った方が正解だろう。

 そのことでニキチッチの左手の行き先が頭部の中でかなりの頑強さを誇る額へと変えられ、強化魔法を何度もかけたはずの手は歪な破壊音と共に砕け散り、さらにその衝撃が腕全体まで伝播する。

 長時間の戦闘行動で酷使されたニキチッチの綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)がたった1回の整備補給で全快する筈はなかった。さらには直接制御(フルコントロール)という代償を行う行為を行ったことで既にギリギリの状態だった右腕の綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)の一部や内部骨格といった内部機構は伝播してきた衝撃にとうとう音を上げた。

 

 ベキリ、メキャリという歪な破壊音や砕けた拳からキラキラした欠片が零れ落ちるのを見たアルは忌々しそうに歯ぎしりをするが、即座に考えを切り替える。

 『武器が無ければ拳で、拳が無ければ足で、足がなければ体当たりや噛み付きでもすれば良い』というのは誰の言葉だっただろうか。そんな戦闘民族的考えが頭に過ぎったアルは、ニキチッチの垂れ下がった左腕を機体の右手で掴むとそのまま引き千切った。

 そして、出来立てホヤホヤの『鈍器』を握り締めたニキチッチは魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を吹かして小さく上昇すると、再度女皇殻獣(クィーンシェルケース)の目を狙って鈍器を突き入れる。すると、先ほどのはおそらくだが苦し紛れの回避だったのだろう。すんなりと左腕が彼女の目に付き刺さった。

 

「ラーフふ"ぃっ!」

 

 絶叫を上げる女皇殻獣(クィーンシェルケース)。その突き刺した左腕に向けて右腕の簡易執月之手(ラーフフィスト)を射出しようとしたアルに突如として悪寒が襲う。

 首筋に真冬の外気に長時間晒された刃を当てられたかのような身の毛をよだつ感覚。それが殺気と呼ぶ物なのかは分からないが、アルはその感覚に従ってニキチッチの腰部に存在する魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の出力を上げて無理やり高度を上げる。

 

 その瞬間。左腕が壊れた時とは比べ物にならない破壊音と衝撃が操縦席を襲う。

 何がどうなっているか分からぬまま女皇殻獣(クィーンシェルケース)から距離が離れていくことに焦ったアルは、元に戻ろうと魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)に指示を送るが反応は無い。それどころか下半身からの応答がまったくといってなかった。

 

 それもそのはず。アルからは見えないのだが、先ほど女皇殻獣(クィーンシェルケース)が行った触腕の攻撃によってニキチッチは腰から下が切り取られていた。幸いにも魔力転換炉(エーテルリアクタ)が内蔵されている部分の少し下を切り取られたので魔力貯蓄量(マナ・プール)が徐々に失われることはないが、あの時彼が直感を信じて動かなければ『ア/ルフォンス』や『アル/フォンス』になっていたのは間違い無い。まさに九死に一生というのはこのことであろう。

 

 ただ、古来にはそんな言葉と共に『一難去ってまた一難』という言葉も存在する。距離が離れたことで触腕が先ほどのように襲い掛かってくるが、今のニキチッチにまともな回避は出来そうに無い。

 そのことは直接制御(フルコントロール)によって返って来る反応で分かっていたアルは慌てて操縦席のベルトを外して脱出に掛かろうとするが、何もない空中でニキチッチは何かに抱えられた。

 

「まったく、無茶しますね」

 

「アル君って……ほんとアル君だよね」

 

「あー、間に合いませんでしたか」

 

 その何か──マガツイカルガの拡声器から話しかけてくるエルとアディの呆れ声に、己の力不足を痛感しながらアルは返答する。その間にも向かってきた触腕はアディが操作する本物の執月之手(ラーフフィスト)を起点とした雷霆防幕(サンダリングカタラクト)で触腕ごと消し炭に変えているので、マガツイカルガの到着によって既に女皇殻獣(クィーンシェルケース)は文字通り『詰み』の状態である。

 

「あ、あそこに腕が突き刺さってます。あそこに電流流してもらえれば」

 

「何を言ってるんですか、とどめはアルの仕事ですよ。僕はそんな手柄を奪い取る上司じゃないですよ」

 

「へぁ?」

 

 残ったニキチッチの手で女皇殻獣(クィーンシェルケース)の目に突き刺さった腕を指し示し、後は任せようと観戦モードに入っていたアルがフリーのカメラマンみたいな声を出す。そんな彼に自らを『手柄を横取りしない主義』だと言ったエルは魔力経路の調整と接近は自分とアディが受け持つから、突き刺さった腕に伝わせる雷系統の魔法の構築をしてくれと指示する。

 はたから見ればアルに花を持たせる言葉なのだが、アルの耳には『一人でサボんな』という罵声に聞こえたのはここだけの話である。

 

「アディ、接近は任せました」

 

「りょーかい、いっくよー」

 

 アディの声に合わせてマガツイカルガが急速に動き出す。そんな機体を前に女皇殻獣(クィーンシェルケース)は残っている触腕を総動員させて迎え撃つが、それらの攻撃を驚異的な機動力で回避していくマガツイカルガ。

 エルもその間にマガツイカルガの魔力貯蓄量(マナ・プール)から受け渡せる量を計算し、イカルガの腕を通して魔力をニキチッチに譲渡する。

 

「マガツイカルガの余剰魔力をニキチッチに譲渡完了。アル、ブチかましてあげなさい」

 

「魔力供給を確認。……もらったの全部使い切りますよ?」

 

「えぇ、構いません」

 

 目盛りが一気に振り切られた魔力貯蓄量(マナ・プール)を横目にアルは貰った全ての魔力を使うことについて許可をもらい、その後は躊躇せずに巨大な魔法術式(スクリプト)を演算し始める。先ほど仕上げた戦術級魔法(オーバード・スペル)クラスの電撃矢(スパークダート)魔法術式(スクリプト)を関数──鋳型と定義する。その鋳型をループすることで何度も実行し、マガツイカルガの周囲にはいくつもの電撃玉が形成されていく。

 

 そして、マガツイカルガが女皇殻獣(クィーンシェルケース)の猛攻を掻い潜って眼前に立ちふさがった頃には総計10個ほどの電撃玉が機体の周りに浮遊していた。ここでそれらを投げつけても良かったのだが、女皇殻獣(クィーンシェルケース)の頑強さを思い知っていたアルはここでもう一手間加える。

 新たに演算した魔法術式(スクリプト)。結合と整形を主軸にした魔法術式(スクリプト)によってそれらの電撃玉は一つになり、やがて1本の槍と変貌する。幻晶騎士(シルエットナイト)が持つ槍のような形状だが、突き刺す分には申し分ないそれをアルはこう名付けた。

 

 ケラウノスと。

 

 古代ギリシャにおける最高神の別名。雷霆の名でもあるそれは、一瞬の内に女皇殻獣(クィーンシェルケース)に突き刺さる。外殻を軽々と突き破った電撃は脳どころか全身の至る所を蹂躙し、道中の器官を真っ黒に染め上げていく。

 そうなると想像を絶する痛みによって女皇殻獣(クィーンシェルケース)も暴れに暴れるはず……なのだが。どういうことか暴れることもなく力なく大地へと倒れていく。

 

 ──そう。既に彼女は絶命している。それが彼女にとって幸運なのかは定かではないが、ケラウノスが着弾したのは先ほどニキチッチを破壊した額だった。脳が瞬時に焼かれたことで彼女はその先に続く内部が焼かれる激痛を逃れることが出来たのだ。

 何度も言うが、それが彼女にとって幸運なのかは定かでは無い。だが──きっと──おそらく。幸福だったのかもしれない。

 

「うおぉぉ! やった!」

 

「銀鳳騎士団がやったぞ!」

 

「生き残ったんだ!」

 

 女皇殻獣(クィーンシェルケース)が生命活動を終えたことで彼女の強化魔法が徐々に薄れていく。それにより外殻が剥がれ落ちていくと、その光景を見た部隊が次々と声を声を上げては『勝利』という確信を戦場全体へと伝播させる。

 そんな地上の歓声を聞きながらゆっくりと降下していくマガツイカルガ。しかしながら、拡声器ではアルを呼ぶエルとアディの声が響いていた。

 

***

 

「いやー、なんとかなって良かったですね」

 

「おぬしは自身のやったことを少しは反省するべきだと何度言えば分かる」

 

「もう少しすれば僕達も出撃してたのに……」

 

 『ハハハー』と笑うアルにアンブロシウスとエルが二人がかりで嗜める。実の所、多方面から『お前等が言うな』と言われそうな構図だが、今回のことは一歩間違えればアルの今後に多大な影響が及ぶ行為だったのだ。

 目というものは一般的な身体強化とは違って扱いが難しい。一度間違えれば強化した部分を支える土台の組織が壊死し、そのまま失明と言うこともありえる。

 過去にそれらの危険性をその身をもって経験したのにも拘らず、アルは再びその力を使用したのだ。

 ただ、目の充血ぐらいで別に失明の危険はないという診断に加えて『仕方が無かった』や『それがなければ死ぬ危険性もあった』ことから情状酌量の余地がある、責任は自分達にもあるという報告も一緒に戦っていたエドガーやモルテンからも届いている。

 

 だが、それならば他に手があっただろうというのが2人の意見だ。

 

「伝令を走らせるなり、信号で知らせるなりせんか。色々出来るよう仕込んだつもりじゃが、そのような無体を働かせるつもりで教えたつもりは無いぞ」

 

「ごもっとも」

 

 一通りの意見を『ごもっとも』という言葉と共に聞いた耳の反対から流したアルは窓から外の様子を見る。

 現在、アルはイズモの医療室に居るが、未だ外ではシェルケースとの戦いの後片付けが行われていた。怪我人などは後から到着したらしい白と赤のツートンに塗られたカルディトーレの背負っていた巨大なコテージのような建物に収容されて行き、殻獣(シェルケース)の死骸は土木パッケージを装備したカルディトーレによって掘られた深い穴に放り込まれた上で魔導兵装(シルエットアームズ)を持ったカルディトーレや魔導師(マーガ)達がそれらの死骸に火をつけている。

 

「…………どのくらいの犠牲が出ました?」

 

「全体で2割ほどじゃな。もし、これがカルダトアのままじゃったら危なかったのぅ」

 

 2割。数字マジックのおかげで少なく見えるかもしれないが、多くの騎士団が参陣した中での2割だ。その数は決して楽観視出来る数では無い。

 

 窓の外では脚がぽっきりと折れたせいで転倒したカルディトーレと4つほどの棘が全て胸部装甲に刺さったカルディトーレから夥しい量の血を流している2人の人間が運び出され、そのまま袋に詰められて回収されている様子が見えた。その光景にアルは魔獣や幻晶騎士(シルエットナイト)同士の戦場の悲惨さというものを再確認した。

 ただ、その考えの次には『もう少し自分が頑張っていれば……』といった少々思い上がった考えが浮かんでは、脳内でガイスカの顔が浮かぶとアルを叱りつけていた。

 

 そんな一人脳内トリップをしていたアルの横ではようやく言いたいことを言い終わったのか、アンブロシウスは『ともかく』と話題を切り替えている。

 

「これほどの大戦じゃ。せめて立派な式典を開こうとは思うが、それより今後じゃわい」

 

「今後?」

 

「はい。ニキチッチについては一旦デュフォールに送り、そこからラボの皆さん任せになる運びです。なのでアルには銀鳳騎士団に戻ってもらい、先ほど先王陛下と決めた色んなことをやってもらおうかと」

 

わぁい、たすく。 あるふぉんす たすく だいすきぃー。…………ナ め と ん の か、休みないとか出るとこ出るぞ」

 

 ふわっふわの無垢な声色が一瞬の内にドスの効いた声になる。先ほどまで命のやり取りをしていたのだ。せめて休暇ぐらいもらえてもバチは当たらないだろう。

 ただ、何事も報酬次第では何とか頑張れるというものだ。ボーナス。特別賞与。プロジェクト終了後の特別休。エトセトラエトセトラ……。それが出ないのならばしかるべき場所に訴えることも視野に入れなければならない。

 そうアルが思っていたが──。

 

「全て終わった暁にはクィーンシェルケースの触媒結晶を用いたエーテルリアクタを「やります!」」

 

 即答であった。ちなみに、かの女皇殻獣(クィーンシェルケース)の触媒結晶だが今回の戦いに参加した面々からは『貰っても持て余す』という承諾を事前にとってあるので、なにも銀鳳騎士団の独断でないことだけは付け加えておく。

 

「で、なにをすれば良いんですか?」

 

「まずはオベロンの両親をエルフの里に帰すお手伝い。次にライヒアラ騎操士学園からいい加減授業をしてくれとのお達しなのでそれの対応も。後、うちの騎士団も分けられたので補給内容と補給先の変更願いを担当文官に提出などを」

 

 大量の依頼にアルは『ちょっと待て』と言いそうになるが、ふと考えなおす。大量の仕事は始めは面食らうが、一つ一つタスクを分解していけば割と何とかなるものだと目の前のロボキチは昔言っていた。

 そう考えると変更願いなぞ授業の合間や教官の詰め所でも書けるので、メインタスクはエルフの里と学園の授業のみ。結構楽勝なのだろうかと考えていたアルに、エルは最後に爆弾を投下する。

 

「これは後々なんですが、僕とアディの結婚式をセットしてくれます?」

 

「エルネスティ、日取りが決まったら即知らせよ。場所はカンカネンで執り行うゆえに場所を開けねばならん」

 

「僕はブライダル業界出身じゃねぇよ!」

 

 ──前言撤回。全然楽勝ではなかった。




これにて災厄の殻獣の章は終了。次章、結婚式が終了してからいよいよ次へと参ります。

ケラウノス
 スパークダートの魔法を繰り返し処理と圧縮をすることで出来た魔法。見た目はシルエットナイトの持つ槍のような形をしており、突き刺した所から高圧の電流が対象を包む。
 なお、投げつけるのも別のスクリプトが必要となる。仮に持って投げつけようとした場合、機体に沿って搭乗者が黒こげになってしまうので大変危険。
 モデルは一連の流れを含めてレッド○レームの光雷球。

白と赤のツートンに塗られたカルディトーレ
 ラボによって調整された、背中にコテージのような巨大な建造物を背負ったカルディトーレ。武装は一切ないが、本機の仕事は怪我人などの収容と輸送。そして、予めコテージ内に駐在してもらっている医者達による治療行動にある。
 先ほども記述したとおり、武装は一切帯びていないゆえに本来は戦闘行動で使用する大量の魔力分をコテージ内で使用される火や明かりに回せている。
 元々はウーゼルの療養地への移送用としてラボに開発を依頼していたため、本機はエチェバルリア兄弟は一切関与していない。
 今回のことからアンブロシウスはウーゼルの身体が耐えられない可能性が出てきたため、魔獣被害が出た村への救援用に舵を切られることが決定した。
 モデルはガン○ム運命のホスピタルザ○ウォーリア。


おまけ

これは作者が床屋に行った時に電流が走ってできた小ネタである。

 オルヴェシウス砦。銀鳳騎士団の拠点となっている場所の工房で物語が始まる。今朝、出勤したばかりのエルがしきりに髪を弄っており、そんな珍しい様子を見たダーヴィドが小首を傾げながら彼に話しかける。

「どした、銀色坊主? やたら髪なんか触ったりして」

「いえ、伸びたなぁと思いまして」

 髪の手入れなんぞセレスティナに指摘されなければやらないため、現在は後ろから見ればアルよりも少々短いぐらいまで伸びていた。今も目の前で製図しているアルをエルと間違えて呼んでいる騎士が居るのでこのまま何もしないのは駄目だとエルは、アルに髪の毛を切るよう頼むと椅子に座る。

「はーい、お客さーん。今日は何カットで~?」

「なんですか、そのチャラい理容師ムーブ。普通で良いですよ」

 切った毛を除けるための布を被せられながら軽い感じ全開のコントを聞き流しつつ、エルは目の前に置かれた鏡を見る。すると、『は~い』と間延びした返事の後にアルが取り出してきた物に彼は目を剥きながら勢い良く椅子から飛び退いた。
 アルが手に持ったそれは、取っ手を握ることで上下2枚の櫛状の刃を往復させて髪の毛を刈る用具。昔風に言えばヘアクリッパー。前世の時で言えばバリカンだった。

「ちょ、チョ、待って! ストップ、ストップ!」

「あぁ、今日はこれじゃないんでしたね」

「しないわ! 未来永劫しないわ!」

 椅子から転げ落ちながら叫ぶエル。なお、その後はヘルヴィに切ってもらうことで事無きを得た。
 今日も銀鳳騎士団は平和である。

おわり

なお、作者は『あ、いつも使ってるから、つい出しちゃった』からの『出しちゃったなら仕方ないので、刈り上げしてください』と頼んだ模様。タイムイズマネーだからね、是非もないよね。
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