結婚式。主に結婚する側の親戚縁者や友人を招いて婚姻することを周知する儀式である。ただ、縁起が良いなどといった理由で6月に集中することが多々あるので、ご祝儀に5月の稼ぎが吹っ飛んでしまうことも有り得る悪魔の儀式でもある。
そんな結婚式をプランニングするのは主にマナーや習慣、デザインといった数々の資格を持つ人達。会社ごとに呼び名は異なるが、この場では『ウェディングプランナー』と呼称することにしよう。
しかし、様々な呼び名はあろうとも彼/彼女達の仕事は変わらない。結婚式について漠然とした理想しか持っていないカップル達から理想や要望を聞き、持ちうる限りの人脈やプランで実現できるように尽力する。それがウェディングプランナーの仕事である。
「まず、ご要望は?」
「国中のシルエットナイトを並べた中で結婚式がしたいです」
「エル君を精一杯おめかししたいです」
「まぁ、楽しそうね」
新郎の要望にウェディングプランナー(仮)のアルは『ふざけんな』という言葉を外部に出さないよう下唇をキュッと噛む。アディの要望は日本の結婚式で行われる『お色直し』を何回か行えば満足するだろう。その分だけ衣装代は嵩むが、天下の銀鳳騎士団の騎士団長の財布がそんなに柔な……最悪、トイチあたりで貸せば問題ないだろう。
また、やったこともないタスクを振ってきた嫌がらせでドレスを着せるのも中々面白そうだ。仮に言及されても、『新婦様のご要望でございます』とアディを盾に使いながら借金の明細でも見せればそれ以上の口撃をエルは行わないはずだ。
中々に黒い考えを纏め上げるアルだが、エルからの要望に眉間に皺を寄せる。クシェペルカ王国などの西方とは異なり、
それらを集めるにも各騎士団を纏める貴族等にお願いをしに回ったり、貸し出し中の予備機や人員の補充といった政治的問題。貸し出しを許可されても輸送経路の策定やら、途中で魔獣に遭遇した際の対処といった輸送問題。カンカネンでの一時的な格納場所に式当日の待機場所といったスペースの問題。まだまだ懸念事項は湧き水のように出てくるが、それらを処理するのはリオタムスやアンブロシウスといった王族への協力が不可欠だ。
だが、とりあえず浮かんだ疑問点だけは聞いておかなければならない。そう思い至ったアルはエルに問いかける。
「新郎であるエルネスティ様にお尋ねします。国中と言うと一つの騎士団を仮に招待すると騎士団長機やあれば副団長機、そして一般騎士の3機が必要になるという解釈ですか?」
「そうですけど……。アル、普通に喋って欲しいです」
「いえ、本日の私は新郎であるエルネスティ様と新婦であるアデルトルート様のご結婚をサポートするべくこの場に望んでいます。なので、仕事モードで対応いたします」
「新婦……結婚……ウェヘヘヘ」
「まぁ、アルのお仕事の格好を見るのは初めてね」
そんなアルの問いかけに三者三様。それも問いかけに対しての回答ではない彼の出で立ちについての声が返される。
アルは今、
もちろんこの行動に意図など無い。今も受け答えしながらしきりに伊達メガネを上下にクイクイ修正しているのもただのおふざけだ。
ただ、そういった資格も保有していない前職プログラマーに結婚式の企画をしろと言う無茶振りにシラフで対応できるほどアルが肝が据わった人間でないことは理解して欲しい。某ハジケ空間では同等にハジけていないと命に関わるようなものだ。
なお、この場にシラフで挑んでしまったマティアスとラウリ。両者は黙りこくりながら揃って酒の入ったグラスを傾け、まったく同じタイミングで喉を鳴らす。アルコールの力でこの場に適用しようとしているのだ。
「アルフォンス。参加者はどういった規模を予想しておる? そこを考えんと式の準備に差し障りあるじゃろ」
「エルネスティ様のご希望に沿う形であればカンカネンの式典会場を抑える形になりますね。到底、お食事などが足りませんよ」
「そこは商人ギルドを通じて料理や酒を出す屋台を配置できないだろうか」
「向こうで白鷺や紅隼騎士団の補給内容の変更とかしなきゃいけないので、ついでに質問してきます」
またしても同じタイミングでグラスを置いた父と祖父がいよいよをもって結婚式の企画に参戦する。彼等の支援を得たアルは、現時点での要望とカンカネンで結婚式を行うに当たっての疑問点と懸念点を纏めてリオタムスやアンブロシウスに見てもらおうと企画書の作成に着手する。
「発注先は各分野のギルドで纏めた方が良いの。その方が安くなるし、商会もギルドに所属しておるから余計な恨みを買わずに済む」
「なるほど。では、作業別に纏めておいた方が良いですね」
リハーサルを加えた作業期間を想定で書き、各作業で使用される想定金額や発注先候補を学園の金銭関係もしていた杵柄でラウリと共に羅列。さらには各作業と発注先候補を図形と線で相関図を作って表現するといったところでマティアスはふっと微笑を浮かべながら席を立ち、無言でアルとラウリのために紅茶を淹れ出した。その姿はちょっと悲しそうである。
そんな時、エルが手を挙げる。その瞬間に嫌な予感がアルの頭を過ぎったが、新郎であり孫である彼の意見を聞かないわけにはいかないとラウリが彼の方を向く。
「なんじゃ? エルの要望は陛下にお伺いを立てようと思っておるが」
「いえ、もう一つ。……アル、マガツイカルガとニキチッチで模擬戦をしましょう」
「え、ヤダ。ぜっっったいヤダ」
「そんな嫌がらなくても良いじゃないですか」
またしても無茶振り。だが、エーテルリアクタを盾に強請られてもマガツイカルガとは戦いたくないアルは即答する。
こうして、アルのかなり忙しい結婚準備期間が幕を開ける。
***
昨日話し合った内容を全て記載した企画書とも呼べる代物。
カンカネンへ赴いたアルは謁見予定を伝え、メモしておいた白鷺騎士団と紅隼騎士団の拠点の場所を参考にしながらシュレベール城の文官達と共に補給物資や給与の送付先変更や団員数の変更申請といった雑務をこなして時間を潰す。
「おぉ、居った居った。どうせ、もう申請等は済んだであろう。陛下に見せる前にわしが確認してやろう」
まぁ──、そんなことをしていると何処からともなくアルが来たと言う話を聞きつけたアンブロシウスがやってくる。まるで親戚の子が来たかのような反応をしながら手早くアルを回収した彼は、『陛下に見せる前の確認や手直しをする』というそれっぽい理由でシュレベール城の奥に存在する王族のスペースまでアルを引っ張り込んだ。
ただ、流石にアルも何度も招かれたからかいい加減慣れたらしい。大人しく連行された後は昨日作った計画書をアンブロシウスに見せ、ソファーに座ると共に結婚式についての構想を語りだす。
「飲み食いの問題か。わしの一存では決めれぬが、恐らくは一般開放して飲食を無料にした屋台を出させるようにギルドに要請する方向になるじゃろう」
「一般開放って。…………試算しましたが結構とんでもないお金が吹き飛びますよ?」
「なにを言っておる。ウエスタン・グランドストーム、2度のボキューズ大森海調査飛行の立役者、そして今回。シルエットナイトのことや他の騒動は省くが、少なくとも銀鳳騎士団は既にこの国の中核となる騎士団じゃぞ? そこの騎士団長とその補佐が婚姻する。あとはおぬしでも分かるじゃろ」
アンブロシウスの説明を一言で訳すと、『お前達は目立ちすぎた』だ。王族肝いりの騎士団だけでも『アレ』なのに、エルが突き進んだ先で色々やりたい放題やったおかげで今では銀鳳騎士団は劇の鉄板ネタだ。
そんな噂の張本人を一目見ようとする人間が今回の結婚式に参列したがらないわけが無く、それこそ参加制限をやろうものなら暴動が起きるだろう。
「ですが、お金の心配があるのでは?」
「……おぬしになら言っても良いか。ここだけの話じゃが、傷病手当がカルダトアを運用していた頃に比べて格段に減っておってな。陛下も最初は渋るじゃろうが、多大な貢献をした者達の一世一代の式に金銭的な援助が出来ぬと言う風評には勝てぬであろう」
「さらっと機密事項を暴露するの止めてくれません?」
お金の心配をしていたら機密を判断材料に大丈夫だと太鼓判を押され、アルは何も聞いていない風を装って『金銭面』というタイトルが書かれた紙に『色々あって大丈夫』というぼかした回答と花丸を書く。
そうしていると金銭面の話から一変、アンブロシウスは唸りながら計画書の一部分を見ている。
「なにか?」
「いや、エルネスティの要望がな」
フレメヴィーラ王国の
まず、輸送の問題。これは予めエルにイズモやアサマといった
次に交渉とその地の防備。これは王族やカンカネンの文官、その地を治める貴族に頑張ってもらうしかない。命令系統の再定義や隊の再編成といったその領地の問題は貴族でないとその地の騎士団を動かせないし、そもそも防衛の要である
「場所はあの式典の会場ということでよろしいですか?」
「逆にあそこ以外で大量のシルエットナイトを格納できる場所が思い浮かばんわ」
「ですが、それでも国中のものとなると心もとないですよ?」
「うぅむ」
2人が頭を悩ませる
式典で使用するだけあって広場は近衛騎士団が所有する全
他にも式典にではなく、花嫁と花婿が歩くバージンロードのようなものとして両サイドに立たせるという物騒な案も考えられたが、アルやアンブロシウスの頭では当のロボキチの思考を十分にトレースできないので本人達に案を出してもらおうと言う話になった。
「参考までに聞くが、アルフォンスが執り行うならどのようなものにしたい?」
「家族同士でひっそりが良いですね。お金も掛かりますし、少なくともこんなお祭り騒ぎは嫌かと」
金銭感覚はあくまで小市民なアルは自分なりの結婚式を想像するが、『そういえばそんな考えで振られたことあったっけ』とテンションが一直線に下に向く。ただ、アンブロシウスは目の前の人間が絶賛闇オーラを全開にしているのにも拘らず、少し顎に指を置いて考え込んだ後に口角を少し上げる。
その後はアルより先の謁見を済ませたリオタムスが参加してくるが、アンブロシウスの予想が全て的中。なおかつ2人を悩ませていた
そんな時、リオタムスは結婚式に参列予定の面々を見ながら何かを考えるそぶりを見せる。
「アルフォンス、この結婚式には
「……っあー。あっちの婚姻文化を聞くの忘れてた」
失態だといわんばかりにアルは自らの頭を鷲掴む。
しかし、文化交流を意図して招いた以上は
長い長い長考の構えを取った末、アルは今後を決める重要な一手を決めた。その一手とは──。
「う~~~~ん。一旦こっちに置いときましょう!」
数時間後の自分に託すことにした。決して面倒くさいからでは無い。ただ、専門家である
そんな心情を汲み取ったのか、リオタムスは『それが良い』と同調して結婚式の計画書の中で王族が主体として動かなければならないタスクとアルが主体で計画していくタスクが選り分けられていく。中にはどちらがやっても結果的に変わらないタスクも多く存在したが、その度に『おぬしの方がこの仕事をやりやすいのではないか』や、『陛下や先王陛下がおやりになることでしょう』、『それよりもこちらの方がよい』などと自分以外の誰かに押し付けようと躍起になっていた。
ただでさえ忙しいのに余計な物も背負わされては敵わないというのが勤め人の心情である。時には勝ち、時には負けながらも3人は作業を分担すること半時。ようやく現在で分かっている作業の取り分けが決まった。
「では、そういうことで」
「うむ。緊急の連絡があれば藍鷹騎士団を頼ると良い」
会議が終わった後かのような開放感を感じさせながらそれぞれは部屋を後にする──前にアンブロシウスがアルを呼び止める。何か伝え忘れた事項があるのかと用を問うが、アンブロシウスから聞かされたのは
ニキチッチ、そして陸戦機でありながら飛行を可能とするエクスワイヤ・チックのポテンシャルは素晴らしいものであると
だが、ニキチッチはカルディトーレとは異なり操縦性や1機当たりの生産コストが跳ね上がる。そんな現実を前にこれまたほとんどの貴族が二の足、三の足を踏んでいる状況である。
「朱兎騎士団が現地運用したいから2機ほど融通して欲しいと申し出ておる。カルディトーレのようになるかはその成果次第じゃな」
「ラボの皆さんは? 結構入れ込んでる感じでしたが追加研究しないので?」
「どこかの誰かのように今は別の機体を作りこんでおる。……そもそもそれを託したのはおぬしと聞いたぞ?」
そう言うアンブロシウスは懐から1枚の紙を取り出す。
そこにはエクスワイヤ・チックよりも巨大な物体──まるで飛行機のような物を背負う機体の設計図があった。
下部には腰の辺りを背中に引き上げて変形することで飛行状態での高速移動をもくろむギミックの説明書きがされており、一番下にはアルの名前がしっかりと書かれている。
「あー、そういえば送ってました」
「やはりか。休暇中のナイトスミスらが工房1つ使ってそろそろ試作が出来るとオルヴァーから報告があったぞ。まったく、仕事熱心と褒めるべきか悩むわい」
「あそこの人達って新技術大好きですからね」
元々の原因かつ、
「ひとまず、
「あぁ、テレスターレや銀鳳騎士団の制服の縁があるので大丈夫です。困ったらお金だけください」
銀鳳騎士団の制服はともかくとして、テレスターレと服飾はどのような縁があるのか少々気になった王族達。だが、他のタスクも詰まっているために結婚式の日取りまで安穏と出来るゆとりが無い。彼等は次のタスクである
「計画力も分析力も徐々に育ってきたわい」
「では、そろそろでしょうか?」
「そうじゃな、最近やり取りをしておらぬがあっちも力をつけていよう」
アルが居なくなった部屋の中でそんな話が繰り広げられているが、アルは乗合馬車に乗りながら熱心に結婚式のプランニングを進めていく。
途中で『そういえばマガツイカルガの模擬戦のことをいうのを忘れてた』と思い出すが、今更戻れる距離では無い。少し考えた末、後で無理そうな理由を前面に押し出してリオタムス辺りに却下してもらおうともくろんだアルは馬車の中に居た結婚していそうな雰囲気を醸し出す商人や町人などにも婚姻に関するマナーなどを旅中の雑談代わりに聞いていく。
やがて、ライヒアラの近づくとアルは雑談の対価として噂程度の粒度で銀鳳騎士団の騎士団長の婚姻話を馬車内にばら撒き、そのままライヒアラの生家へ帰っていった。
こうして、結婚式に向けた激動の1日目は幕を閉じる。
***
2日目。先王の要求や疑問点の答えを新郎新婦両家に共有したばかりだが、この日もアルは消化すべきタスクで大忙しであった。
朝のライヒアラ騎操士学園に乗り込んだアルはそのまま1限目の授業に登壇している。噂の銀鳳騎士団の副団長が行っている講義を聞こうと教官、学生問わず集まった人達で学園の中で一番大きい講堂は一杯になっており、話を聞くにどうやらこれ以上の人数が居たために熱意がある者の中からさらにくじ引き的な厳選もされているらしい。
彼等の机の上に置かれたノートのような物が、アルが何かを話すごとに真っ黒になっていく様子からその熱意はうかがい知れる。ただ、自分の講義がそんな熱意溢れる彼等に聞かせるような内容なのかなとも少々不安になっていたりするアルであった。
「魔獣をシルエットナイトで討伐するのに一番大事な要素は連携です。時にはカルディトーレがトゥエディアーネに偵察情報を打診したり、その逆もありえるかもしれません」
「教官、銀鳳騎士団の旗機であるイカルガは参考にしない方が良いですよね?」
「当たり前…………いやー……最近は連携してます。もっと手がつけられないです」
物が歯の奥に挟まったかのような歯切れの悪い回答に教官や学生がざわつく。
本来であればイカルガとエルは連携は必要ない。その圧倒的な火力を前に悉くを壊滅させる敵にとっての鬼そのものだ。ただ、それがある意味王道の手段である『合体』によって──アディという他者との連携によってさらに手が付けられなくなった。
「正直言えば、僕はもう騎士団長とは模擬戦はしたくない程度にダメです。なんか、模擬戦を強請ってきてましたがダメです」
『えぇー!』
「これ以上の説明は脱線するので戻ります!」
藪を突いたら蛇が出るどころの騒ぎではなくなってきた。蒼き鬼神とも称される騎士団長とその次席という好カードに興奮するのは仕方のないことだが、当人にとってはたまったものでは無い。
声量を少々上げながらもアルは、今回の授業の本題である
今まで試験的に符丁を増やしては『これと組み合わせればそれはいらない』といった理由で闇に葬られてきた様々な符丁だが、最近ようやく正式版として纏められた書物が世に出てきたのだ。
もちろん銀鳳騎士団や紫燕騎士団専用のローカル符丁もあるのだが、正式版の登場と普及によって各
当然、この正式版の作成にはエル、トルスティ、アル、キヴィラハティといった空を往く人間の先進者達も参加しており、さらに紫燕騎士団の名が世に広まる一助となったとキヴィラハティが泣きながら言ってきたのをアルは覚えている。
そんな血と汗と涙と一部ロボット愛に塗れた辞典並の本を掲げたアルは、3人1組かつ後で回収するという約束をしてから本を配ってから授業を行う。数十分と言う時間はあっという間に終了となり、終わりの鐘と共に教官や学生はそれぞれ書いたノートを見ながらの議論や預けられた本の貸し出し交渉をするために講堂に残っている。
「エチェバルリア教官! この部分だが!」
「きょうかーん、この符丁って」
「あ、次の予定があるので失礼します」
未だ講堂を出ていないアルも集団に呑み込まれるが、彼はしきりに『予定がある』というと窓から外に出る。講堂が1階なのでそのまま校庭を歩くその姿に全員は不思議そうな表情を浮かべながら見守っていると、途端にライヒアラの住民にとっては聞き慣れた
「それでは!」
大声を出したアルはおもむろに右手を空に掲げると、右手の袖口に仕込まれた先端に分銅の付いた
「まぁぁたあーしtイダダダア! フロイド君、早い! 腕! 腕捥げる!」
間延びしながら遠くなっていくアルの声に唖然とする一同。しかし、彼が豆粒程度の小ささまで遠ざかると誰も示し合わせることなくそれぞれのグループで行われていた議論を再開する。
自分達は関係無い。多分、何か起こったのだろうが十中八九悪いのはあの教官だろう。と、アルがやっていた普段の行いを思い出しながらも彼等は次の授業に遅刻するまでノートに書かれた黄金に等しい情報の精査を続けていた。
数十分後。そんな彼等が一様に『休み時間はアルフォンス教官のメモを精査する時間に充てました!』と豪語する最中、当人はと言うと──・
「フ、フロイド君。そっと! そっとですからね!」
「そうしたら何時までもはまりませんよっ「お"がぁぇっ!」」
学園から額面通り飛び出したアルは銀鳳騎士団の本拠地であるオルヴェシウス砦の駐機場でフロイドに肩を押さえ込まれていた。実は先ほどのワイヤーを用いた退勤方法によって彼は肩を脱臼しており、その処置をフロイドが行っている。
「少し考えれば分かることでしょう」
「ですが、一々面倒じゃないですか。……あ、そうだ。シルエットギアを着込めb「素直に迎えを呼んでください」」
少々考えれば分かるのに目の前の人間は欲望に忠実と言うか、時折『アホ』になる。少々失敗した所でまた新しい実験や試みをするだろうから十分に目を光らせないといけない『
「おっと、急がないといけませんね。いやー、あの鬼畜騎士団長と先王には困った物ですよ」
「そう言う割にはうれしそうですね……ってリアクタ作ってもらえるんでしたっけ」
「ふふーふ。大隊級と旅団級! なにを付けちゃおうか迷いますねぇ」
数日前から事あるごとに言ってくるフレーズにすっかり耳タコなフロイドは『また始まったよ』という心の愚痴を呟きながらアルの後を追う。慣れ親しんだ道の先にある工房には様々な機種の
そんな工房に明らかに浮いた騎士が3人。まるでおのぼりさんのように周囲をきょろきょろ見回っては時折。銀鳳騎士団の面々が久しくしていなかった驚愕や感嘆の声を漏らしている。
間違い無い。あれらが新人だ。フロイドもどうやら同じ意見らしく、『ここに居る人って皆反応がスレてますからね』というお墨付きもいただいたアルは手っ取り早くコンタクトを取るべく3人に近づく。
「カルディトーレはフレメヴィーラで生まれました。ジャロウデク王国の発明品ではありません。我が国のオリジナルです」
「誰dってアルフォンス副団長!?」
車を100%OFFされそうなカーディーラの真似をしながら近づくアルに気付いたボサボサ頭の青年がたじろぎながらアルの名を呼ぶ。この状況を簡潔に言うならば、上司が見学でもしておいてくれとどこかに言ったかと思えば後ろから組織のNo2。しかも、今を生きる有名人と問われれば真っ先に名前が挙がる人物の上位層と出会ってしまったところであろうか。
ともかく挨拶をしなければと青年は何度も頭を上下させる傍らで禿頭の大男が挙手をしながら話し出した。
「副団長閣下。つかぬ事をお伺いしますが、以前にカンカネンの芝居小屋でお会いしませんでしたか?」
「はい、ゴンゾース君にダブついた銀鳳騎士団物語を渡しましたね」
「おぉ、やはり! あの時は副団長閣下の姿が分かっておらずにとんだ失礼を! あの後も授業後に確認とご挨拶に伺おうかと迷いた折に、急に辞められたので」
「あー、仕方ないですよ。あの馬鹿が森に墜ちましたから」
禿頭の大男──ゴンゾースと和気藹々とした様子で話すアルに面食らった新人2人。辛うじて搾り出せた言葉が『知り合い?』という言葉のみであった。
ただ、それだけの言葉でも意図は伝わったらしく、ゴンゾースは『母校の名物教官ゆえに何度か授業を受けた』とアルを紹介し、アルはアルで『何度か授業で当てて面白い考え方をする人だから盾を使った戦法を教えた』とゴンゾースを紹介する。
「副団長が教官って……そっちの学校って変わってるね」
「自ら志願したわけじゃないですがね。それで? お三方は既に乗機はお決まりで?」
「それがですね」
ようやく本題へと戻ってくるが、あいにく3人の衣装選びはまだまだといった様子だった。だが、そんな3人にアルは笑いかけながら『案内するので好きに言って下さい』と工房の奥へと3人を招待する。
そこらへんの小さな子でも知っている銀鳳騎士団の副団長であり、傑作機であるカルディトーレを作る一助となった人間に案内されるというだけあってかゴンゾースはもちろんのこといつもはテンション低めなボサボサ髪の青年──サムエルと眠たげな目をした青年──レコは背筋を伸ばしながら目の前の小さな子供にしか見えない人物を追う。
「うわ、なんだあのフレキシブルコート。ハサミみたいだ」
「こっちはシルエットアームズを束ねてる。何に使うんだろう」
「ふむ、蒼のマギウスジェットスラスタがついた機体……。銀鳳騎士団の旗機であるイカルガのような……」
「あっちは攻撃を受け止めつつ反撃でチョッキンできないか試した試作品。その横が別領地の武装をこっちの考え方でリメイクしたやつ。蒼いのはお察しの通り、騎士団長のおもちゃ箱ですね。まずはあれに考えたやつくっつけて簡単なテストするんですよ」
道すがら新人3人の呟きを丁寧に拾っては答えていくアル。本当に贅沢すぎる案内に無駄に元気の有り余る約1名を除いて内心では興奮していた。
そんな折、とうとう彼等はツェンドリンブルの前に立つ。その圧倒的な存在感や友軍を乗せて駆ける姿を想像したのか、ゴンゾースは視線を何度もツェンドリンブルに向けた後に自身の乗機にしたいと告げる。
その決断に2人は信じられないとばかりに正気を疑う声を上げるが、対するアルは胸元からメモを取り出すと新人の乗機についてのメモを取る。
すると、そんなアルにレコが話しかけてきた。
「あのー、副団長閣下ー? ツェンドリンブルってどういった経緯で開発されたのでしょうかー?」
「開発経緯ですか?」
「はいー。カルディトーレは授業で学びましたしー、カルダトアやサロドレアの歴史も教わっているので単純な世代交代だと思っているのですがー。……この機体だけは後ろに何もなくてー」
間延びする声だが、よく勉強しているがゆえの疑問。なるほど、ディートリヒは実に優秀な新人を迎えたらしい。
半人半馬という特殊な出で立ちは最近ではあまり驚かれなくなったが、昔は魔獣と言われていた。ただ、その開発経緯やコンセプトは乗り手となるゴンゾースに知ってもらうのも悪くはないし、コンセプトに沿った運用は良き乗り手の第1歩だ。
そう考えたアルは新人3人を一旦工房の隅にある黒板と椅子が置いてあるだけの会議スペースに呼び出した。
「レコさんでしたっけ? 実の良い着眼点です! この機体は後ろに土台となる機体は存在しない、いわばツェンドリンブル系列こそが銀鳳騎士団で初めて生み出された機体なのです」
「なんと! では、副団長閣下! なぜこの機体を作ったのかは貴方が?」
「いいえ、騎士団長です。あの時はこの考え以外に速力を上昇させる手段が無かったんですよね」
「マギウスジェットスラスタを使えば良いでは? それに、ストランド・クリスタルティシューを使用すれば速くはならないのですか?」
「当時はマギウスジェットスラスタをはじめとした速力を比較的に上げる装備はなかったんですよ」
そう言ったアルは当時を思い返す。カザドシュ事変については『試作機の暴走』ということにして説明したが、同じ速力の
そして、その速力に秀でた存在は何かと問われると『馬』であることも彼等は首を縦に振る。
「ですが、なぜ騎馬に人間の胴体を?」
「"人間と同様な動きで戦える"というのが建前ですね。ちなみに最初は胴体と騎馬の動きの調整が難しく、2人乗りでした」
雑学を交えながらの説明にレコとゴンゾースは拍手で感謝を示す。ただ、アルの言った『建前』という言葉に引っかかったサムエルは首を傾げるが、どんな騎士団にも秘匿情報はあるものだという先入観からそれ以上の掘り下げはしなかった。
ただ、彼等は知らない。その建前に隠された本音が『騎士団長と副団長がかっこいいと思ったから』というかなりどうでもいい理由だったことに。
「じゃあ俺はトゥエディアーネでー」
「え、再訓練だぞ?」
「空の需要はまだまだありますからね。トゥエディアーネを1機っと」
メモを取るアルを余所にレコは分解中のトゥエディアーネを見て眠たげであった目を輝かせる。その横ではゴンゾースが詰め込まれた部品が細かに詰め込まれたある種の美術品のような出で立ちにテンションを上げながら解説している。
そんな同僚の姿に未だ乗機を決めあぐねていると思われたサムエルがカルディトーレを相棒として決める。どうやら突出した機能や奇抜なデザインがない『平凡性』に惹かれたらしく、
「他の騎士団でも1機1機に異なる調整が加えられているのは教えてもらっていると思いますが、この騎士団も同じです。本人達の錬度や適正を第1にという前提はありますが、その上でオプションワークを紹介したり1から作っていたりしています。なので、オプションワークスを扱いたくないのであれば言ってくれたら拒否は可能ですよ」
「え、そうなんですか? てっきり、試験の名目で変な装備をつけられると思ってましたが」
「銀鳳騎士団はシルエットナイトの製作も行いますが、紅隼騎士団はディートリヒ騎士団長の騎士団です。そういうのはやっぱり騎士団長に話を通してからになりますね」
開発者集団でもある銀鳳騎士団傘下の紅隼騎士団に入団したからには色々ゴテついた奇抜な物に乗らされる心配をしていたサムエルはアルの説明にほっとするが、アルはまだ話を続ける。曰く、紅隼騎士団の面々──つまり銀鳳騎士団の第2中隊や第3中隊に所属していた
今までエルやアルの欲望に塗れた様々な
「そういうわけなので、機種転換訓練といったものは基本的に存在しません。たまにその日の気分で機体変える猛者とか居ますよ」
「マジっすか」
「すごーい」
「やはり伝説の騎士団。何もかもが規格外ですな」
別種の機体をすぐに扱えると言う規格外っぷりを聞かされた3人はその後に迎えに来たディートリヒに連れられて工房を出て行く。その後姿と工房から漏れる夕日にアルとフロイドは1日の終わりを肌で感じ取りながら一様に伸びをする。
「フロイド君、明日の予定は?」
「朝は騎操士学園の授業で、昼からアストラガリの皆さんと婚姻についての文化交流。既にパールさんやマーガの皆さんには声をおかけしています。後は夜中に結婚衣装について相談したいとあの店の人が約束を取り付けていました」
「分かりました。明日も忙しそうですね」
どうやらまだまだ忙しい日々が続くらしいが、やりがいはかなりある。そして、残業をしないでも1日が終わってくれるのはなによりの報酬だ。
企業戦士だったアルはそう思い込むことで明日への活力を漲らせていた。
後半はWeb版の新米騎士三バカラスの服選びを参照しました。