銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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135話

 無事に紅隼騎士団の新人の乗機が決まった次の日。アルは昨日と同じ時間に授業を行ってからオルヴェシウス砦で巨人族(アストラガリ)と対談していた。

 なお、昨日の反省を生かしてフロイドには校庭に下りてもらったが、例のあの退勤シーンを斬新だと捉えた数人の学生や教員から『え、昨日のやつやらないんだ』という視線が突き刺さっていたのはアルだけの秘密である。

 

「婚姻の作法?」

 

「はい、こちらとそちらで認識をすり合わせしたいんですよね。あ、もちろん文化交流に来ていただいているのでそちらの文化にも配慮も出来るかと」

 

「ありがたい」

 

 魔導師(マーガ)達はアルの言葉に何度か頷き、それぞれが巨人族(アストラガリ)の婚姻で行う仕来たりのような内容を語りだす。ただ、小魔導師(パールヴァ・マーガ)だけは『先代にまだ早いと言われて聞かされていなかった』とアルと共に魔導師(マーガ)達の言葉を拝聴する構えを取っていた。

 

「まずは当日。我等は自らが打ち倒した魔獣の素材を用いた武具を纏って参加する。これは自分がどれだけ誇り高く、また強き存在であるかを誇示する行動である」

 

「然り、勇者などの戦士の装飾は基本的に魔獣の外殻じゃったな」

 

「後は魔獣を狩り、その肉を婚姻の儀で焼いて振舞うという風習もあるが……ここでは厳しかろう」

 

 ひとしきり巨人族(アストラガリ)の婚姻儀礼について魔導師(マーガ)から聞いたアルは顎に手を添えて長考する。

 そういえば、魔獣の素材は調査の帰りで行った補給作業で狩った物が全員分倉庫に眠っていたはずである。さらに、他になにか彩るのに都合が良い物はないかと記憶を思い出しながらリストアップしていったアルは、ひとしきり巨人族(アストラガリ)に融通できるであろう物資に当たりをつけると手を叩きながら発言した。

 

「分かりました。この国に来るまでに倒した魔獣の素材を皆さんにお返しするので、それぞれの武具を飾り立ててください。また、同じ素材ではマンネリする方もいらっしゃるかと思うので、銀鳳騎士団からは塗料を進呈致します」

 

「おぉ、流石は橋の勇者! 感謝するぞ!」

 

「いえいえ、存分に自分を表現してください。……ですが」

 

「分かっておる。これほど歩み寄ってくれるのだ、我等も虹の勇者や橋の勇者の恥とならぬよう動かねばアルゴスに眼を向けることが出来ぬ」

 

「うむ。勇者や戦士達には我等も気をつけておこう」

 

 巨人族(アストラガリ)の文化に配慮した提案に魔導師(マーガ)達は興奮した様子で賛同してくる。その後も『どのような装飾をしようか』やら、『どのような色が良いか』などといった議題で話し合いがされていくが、興奮しすぎて巨人族(アストラガリ)の婚姻文化についてあまり分かって居なかったアルや小魔導師(パールヴァ・マーガ)は置いてけぼりであった。

 

「アルフォンスよ。本当にそんな約束を勝手にしてしまって大丈夫なのか?」

 

「後で親方達に情報共有するので大丈夫ですよ。むしろ、魔獣の素材は元々皆さんの物ですから返却するだけですし、塗料については中隊が2つの騎士団になったので色々余ってて……。かと言って返却するほど重要な物でもないのでむしろありがたいです」

 

 在庫品を捌けたことに晴れやかな顔を浮かべて小魔導師(パールヴァ・マーガ)に理由を話したアルだが、心の奥では『これで暴れたりとかはないだろう』とドス黒い打算的な算盤を弾いていた。

 先日にアルはシュレベール城で銀鳳騎士団が本隊、白鷺騎士団、紅隼騎士団に分かれたという申請をしてきたが、未だにオルヴェシウス砦の倉庫には白や赤の塗料や日用品といった物品が埃を被っているのだ。かと言ってそれをカンカネンに返却する暇も無ければ、あちら側も魔力転換炉(エーテルリアクタ)綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)ならまだしも塗料や日用品などという返却されても処理や後の経理に響きまくる物品ばかり送られても迷惑だろう。

 

 ならば、親交の証として銀鳳騎士団が使ったと言いつつも巨人族(アストラガリ)に使ってもらうことで、彼等が結婚式当日に好き勝手な行動を行うリスクを1%でも潰す方に使った方が良いというのがアルの判断であった。理由を話しておけばリオタムスやアンブロシウスも怒らないだろうし、塗料云々は騎操鍛冶師(ナイトスミス)隊からの陳情でもあったので朝会にでも伝えておけば大丈夫だろう。

 色が厳つい武具を身に纏った巨人族(アストラガリ)が来る可能性に対して近衛騎士団への報告は……しなくても大丈夫だろう。多分──きっと──恐らく──トラスト ミー。

 

「そちらの長……陛下とかいったか? それは怒らぬのか?」

 

「まー、詳しくは言えませんが……皆で幸せになりましょうよぉってことで」

 

「……ひとまずは理解した」

 

 確かに人間と巨人族(アストラガリ)両方とも自身の文化を押さえつけられることがない極めて冴えたやり方だ。しかし、小魔導師(パールヴァ・マーガ)は目の前で胡散臭そうな表情をしながら誤魔化しの言葉を吐くアルに少しばかりの不信感が芽生えたのは内緒である。

 

 その後も巨人族(アストラガリ)の婚姻文化に合った獲物の肉云々を勇者辺りに魔獣を狩ってもらい、その肉を『新郎新婦がボキューズに墜ちた際に食していた物』という名目で出してもらうといったアイデアを陳情に書き加えたアル。気付けば夕方になっており、今日の話し合いはこれぐらいにして彼は帰路に付いた。

 

「ふぃー、つっかれたっと。……あ、先輩」

 

 そんなこんなで無事にライヒアラに帰ってきたアルは生家の扉を開ける。すると、既に約束していた客人が到着して紅茶を飲んでいた。

 客人とは初期の綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)を手伝ったり、銀鳳騎士団の団服の作成だったりと様々な方面で力を借りた元被服科の女性のことで、彼女はアルの姿を見るなり手を振って挨拶をしてくる。

 

「おー、副団長君。待っていたよ」

 

「その節はどうもお世話になりました」

 

「良いって良いって。今の私があるのも銀鳳騎士団のおかげだし」

 

 手を振りながら彼女は身の上話を話し始める。どうやら銀鳳騎士団の団服の縁から、彼女の店にエドガーやディートリヒが尋ねてきたたしい。だが、2つの騎士団の団服なぞ1店舗で受け持つなぞ不可能だと彼女は所属している被服ギルドを通して依頼。元々有名な銀鳳騎士団の団服も扱っていたからか、ギルドからも目をかけられた上に店の売り上げも良く、彼女は俗にいう『波』が来ている状態だとか。なんとも景気の良い話である。

 

「それはおめでとうございます」

 

「ありがと。だから、結婚式の衣装ってことで私を呼んでくれたことも嬉しかったの。後輩っていうのもだけど……やっと恩を返せるってね」

 

「あ、恩があるから無料とかは無しでお願いしますよ。職人のサービスは自身の技術で行う……そうでしょ?」

 

 前世では早い、安いといった別方面に淘汰されつつある技術方面のサービス。しかし、ありがたいことにエルもアルも趣味に使用する額はともかく、一般よりも多目の給与が支払われる職場に居るのでそういったサービスはありがた迷惑だ。逆に一生に一度の式なので、お金の心配をすることなく職人が誇りに思えるような仕事をしてもらえた方が彼女にとってもエル達にとっても最上の結果となる。

 そう思ったアルは『いくらお金をつぎ込んでも構いませんし、間に合うならばギルドへの依頼にするから人を増やしても構わない』と背中を押す言葉を投げかける。

 

 すると、黙って頷いていた先輩は大きめの鞄から紙束を抜き出すと机の上に置く。──どこかで見た光景だ。

 

「ひとまず、デザインはいくつか考えて持ってきたの。見てもらえる?」

 

 置いた拍子にテーブルが『ズガン』という聞き馴染みのある音を奏で、対面の先輩が愚兄を幻視させるようなニコニコ顔で紙束から数枚のデザインを机の上に並べ始める。──これもどこかで見た光景だ。

 

(どうだ?)

 

(我々の苦労が分かったろう?)

 

 どこからともなく謎の声が聞こえてくるが、恐らく気のせいだろう。だが、このまま居れば物量で押されることも分かりきっているアルは増援として隣でニコニコしているセレスティナにアディを呼んでくるように頼むと、やはり衣装ということでかなりの興味があるのかエルを掴みながらアディがすっ飛んできた。

 

「うわぁ! 綺麗! これはなんですか!」

 

「これはですね! ~×で~の製法で○○に仕立ててまして」

 

「あら、それは▲▲領で流行ってるとか聞いたわね」

 

「そうです! 最近、ギルドにその領に居た職人が──」

 

 美容、アクセサリー、そして服。女性がこの3点に対して特に執着するのはどの世界でも一緒なのだろうか。デザインが描かれた紙と共にエル達が普段行使している魔法には一切出てこない呪文のような言語がアディと先輩、そしてセレスティナの中で交わされていく光景をエルとアルは宇宙の真理を解き明かそうとする猫のような表情で見ていた。

 

「エル君、エル君! これ着ようよ!」

 

「……アディ、それ君用では?」

 

「大丈夫! これはデザインだから仕立ててあげるわよ!」

 

 ただ、そんな中でちゃっかりエルに煌びやかなドレスを着せようとする動きもあったので、エルはそこだけは阻止しようと話半分で聞いていたりする。

 

 こうして夜は更けていき、アディが元々希望していた1回の式で複数のお色直しをするために2人合わせて片手で少し足りない程度の衣装を発注。かなりのお値段にはなったが、飛ぶ鳥落とす勢いの銀鳳騎士団のトップだけあって貯えから十分支払──えなかった。

 

「アル、ちょっと貸してください」

 

「結婚したらマジでシルエットナイトの像買う趣味抑えてくださいよ。嫌ですからね? 生活費すらも像に費やして、それらを捨てられたからって理由で離婚するの」

 

「捨てないよ! エル君の宝物なんて!」

 

 どこかの掲示板のようなネタにアディが噛み付く。

 しかし、『人はガラクタって言うけど、俺は宝物って呼んでる』とどこかの誰かも言っていたように、人によってその価値は大きく異なるものだ。少なくとも趣味にかまけすぎないように釘を刺したアルは2階で休もうと階段の手すりに手をかけるが、少し考えるとそのまま『フロイド君とこに泊めてもらいます』と言って出掛けていく。

 結婚秒読みの夫婦の側に居たくなかったし、向こうもなにかするならばアルの存在が邪魔だろうと考えた結果である。少なくともお気遣いの紳士を心の師に持つ彼の行動はエル達に──。

 

「アル君ってたまに変に気を回すよね」

 

「そうですね。そのせいで変なところから仕事請けてきたりと苦労するのに懲りないですよね」

 

 ……届いていなかった。

 

***

 

 次の日もアルは忙しかった。『も』とはいうが、ニキチッチの試験騎操士(テストランナー)を引き受けた時からまともな休養を取っていない気がする。

 このがむしゃら感を形容するならば──そう、前世のかなり炎上している現場にいきなり放り込まれた時と似ている。仕様を把握する暇も無く投入され、途中で1日ぶっ倒れたのにも関わらずなにかの時間が250時間を越えた時は『辞表』という文字を筆ペンで書こうとしたものだ。

 その思い出したくない記憶がフラッシュバックしたことでアルの目からは少しだけ涙が出たが、高出力の魔力転換炉(エーテルリアクタ)という自身にとって最高の報酬のために今日もライヒアラを疾走する。

 

「じゃあ、これで」

 

「お任せください」

 

 被服ギルドにて全て金貨で満たされた大きめな袋2つというべらぼうな衣装代を払ったアルは、そのままライヒアラ騎操士学園に出勤。盛況具合を鑑みたラウリによって1限のみの授業が1限と2限ぶっ続けに増量した魔導光通信機(マギスグラフ)を用いた符丁講座を行ったアルは、フロイドの迎えで今度はカンカネンへと飛び立った。

 

「待っておったぞ」

 

 駐機場にて停止したトゥエディアーネから降り立った瞬間、アンブロシウスが狙い済ませたかのように声をかけてくる。もはや『どうして』や『なんで居るんですか』といった言葉すら不要だった。

 それでも軽く驚くアルの手を掴んでカンカネンの中へ引き摺っていくアンブロシウスの様を見たフロイドは、どこか犬のパワーに引き摺られる子供の図が頭を過ぎる。100%不敬なので口には出さないが、恐らく周囲もそんな図が思い浮かんだのだろう。フロイドと同様に生暖かい視線をアルとアンブロシウスに送っていた。

 

「まずは近衛からじゃな」

 

 そう言ったアンブロシウスはカンカネンの中を練り歩きながら近衛騎士団の詰め所にわざわざ出向き、恐縮しっぱなしの騎士団長や騎士達にアルから連携された巨人族(アストラガリ)の婚姻文化に対する心構えを説くと同時に結婚式予定日の巡回ルートや各自の待機場所。そして、エルの希望を叶える為に近衛騎士団から提供する機体や搭乗する騎士の選定を済ませると詰め所から出て行く。

 

「次はギルドに寄るぞ」

 

 その足で今度は商用ギルドに顔を出すアンブロシウス。ギルドの扉を開けて中に入った瞬間から四方八方で『旦那!』という挨拶や、呑みの約束を取り付けようとする商人の声が発せられることから常日頃からここに顔を出していたことが伺える。

 そんな彼等に『先約がある』と一蹴したアンブロシウスはギルドの受付に行くと、受付に立っていた男と握手を交わした。

 

「世話になる」

 

「えぇ、概要は既に拝見しました。概ねはこちらでご用意できるかと」

 

 そう言った彼等はギルドの奥へと入っていくが、その前にアンブロシウスはアルに『後はこちらでやるゆえ、5日後の準備にかかれ』と彼をギルドから追い出した。

 カンカネンについてから終始アンブロシウスのペースだったので、アルはその点についてアンブロシウスを自分勝手と毒づきながらも命令は命令なので、大人しくフロイドと共にオルヴェシウス砦へと帰っていく。

 

 アンブロシウスが言った5日後。その日は小王(オベロン)の両親をアルヴと呼ばれる種族の里へ送り届ける日である。

 銀鳳騎士団のイズモを用いた上空警護だけではなく、白鷺騎士団と紅隼騎士団の地上部隊の警護という師団級でも余裕で対処できそうな布陣で王城にて安置されている2人をアルヴの里まで送り届けるのだ。

 既に編成表はエドガーとディートリヒの手から渡されており、彼等の中隊に居た古株達が地上部隊に居ることを確認して居るのだが……。ここでアルの中に存在する教官魂が耳元で囁いた。

 

「フロイド君、白鷺騎士団と紅隼騎士団の拠点に行って下さい」

 

「了解です」

 

 突然の進路変更。ただ、フロイドにとってアルの気まぐれは慣れっこなので、トゥエディアーネの進路をオルヴェシウス砦の方向とは全く異なる方向へ向ける。

 その後、白鷺騎士団と紅隼騎士団の駐屯する砦に赴いたアルはそれぞれの騎士団長に思いついた内容を伝える。

 

『いや、それは急すぎるのでは?』

 

 当然だが、それぞれが駐屯する砦が離れているのでお互いの事情も考えも分からない。しかし、両騎士団長は同じような言葉でアルの考えに反対の意を示した。恐るべきシンクロ率である。

 ただ、そこですごすご引き下がるほどアルは聞き分けの良い人間ではなかった。『そちらにとっても悪い話ではないと思いますが?』と相手にも利になるWIN-WINの関係を説明し、数度の舌戦を交えた末にアルの意見が通された。

 

 ただ、今から行動を開始するのは時間が経ち過ぎているし、なにより連携が取り辛い。なので明日の明朝にでも銀鳳騎士団傘下の騎士団全員がオルヴェシウス砦に集合する流れとなったため、アルは先に話を詰めていた白鷺騎士団にトンボ帰りしてこのことを報告。その後に騎士団長であるエルに報告を行っていく。

 

「……なるほど、アルの言いたいことはよく分かりました。多少急ではありますが、むしろ銀鳳騎士団の傘下だからこそ必要な業務ですね。僕の方からも学園には休ませる連絡を入れておきましょう」

 

「あざーす!」

 

 怒られることを覚悟していたが、何のお咎めもなく終わったことに多少の肩透かしを喰らいつつも次の日から白鷺騎士団と紅隼騎士団といった銀鳳騎士団傘下の全戦力が集まってオルヴェシウス砦周辺が違う意味でお祭り騒ぎとなるが、約束の5日後にはカンカネンの駐機場周りに集まって整列する彼等の姿があった。

 次々と騎乗しては魔力転換炉(エーテルリアクタ)を始動させていく騎士と幻晶騎士(シルエットナイト)達だが、その集団の中に角を額に着けた2頭の立派なツェンドリンブルというとても目立つ存在が居た。両機のトーイングアンカーは同じ荷馬車(キャリッジ)に繋がっており、その中には布が掛けられた巨大な物体が固定されている。

 

 それだけでもなにやら物々しい雰囲気だが、その物体の横に備え付けられた待機場にはアンブロシウスや国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)の局長であるオルヴァーといった錚々たる顔ぶれが座っており、仕上げとばかりにアルが乗り込むと内側から荷馬車(キャリッジ)の乗り込み口を閉鎖。しっかりと指差し確認をすると、そのまま彼は伝声管の蓋を開けて荷馬車(キャリッジ)に繋がったツェンドリンブルの騎操士(ナイトランナー)達に声をかけた。

 

「じゃ、安全運転でお願いしますね。ヘルヴィさん、ゴンゾース君」

 

「任せて」

 

「は、ははははいぃぃ!」

 

 荷馬車(キャリッジ)に備え付けられた伝声管からそれぞれ覇気の良い返事といつもの快活とは程遠い動揺しきった声が聞こえてくる。

 ──そう。今回の輸送任務は白鷺騎士団と紅隼騎士団に入った新人騎士も護衛として参加している。そのため、昨日までオルヴェシウス砦で各機体の慣熟訓練や機体調整を行っており、その間に元銀鳳騎士団の騎士達はカルディトーレやツェンドリンブル。トゥエディアーネといった銀鳳騎士団を代表とする機体の扱い方を新人へ叩き込んでいく。

 ゴンゾースもその例に漏れず、ヘルヴィや元第3中隊の数人が面倒を見た甲斐もあってツェンドリンブルの操縦をなんとかものに出来た。

 しかし、いくら操縦をものに出来たからと言っても未だ新人。カルディトーレ以外は多少のトラブルで操縦不能に陥って怪我とか目も当てられないだろうと、エルとアルは新人の乗るトゥエディアーネを副座仕様に変更。ツェンドリンブルはゴンゾースしか騎乗申請がなかったことからヘルヴィのツェンドリンブルと銀線神経(シルバーナーヴ)で繋ぐことでいつでも操縦に介入できるよう細工を行っているので対策は万全といえる。

 

 ただ、銀鳳騎士団側の対策は万全でも先王に国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)の局長、そして大騎士団の副団長という面子の移動手段となっている事実にゴンゾース本人は未だガッチガチである。

 

 しかし、いくら緊張していようが既に賽は投げられている。もはや後退の2文字はこの集団にはない。

 その証拠に上空のイズモがトゥエディアーネに守られながら先に出発し、周囲のツェンドリンブル隊も2頭立ての荷馬車(キャリッジ)を守るように周辺に展開しながら走り出した。

 動き出した周囲にヘルヴィは短く『行くよ』とゴンゾースを叱咤し、彼もようやく覚悟が決まったのか『動きます』と大きな声を出してツェンドリンブルを走らせる。

 瞬く間にカンカネンから離れていく銀鳳騎士団。その行軍速度にオルヴァーは感心しながらアルに話しかけた。

 

「流石。銀鳳騎士団は準備も行軍も神速ですね」

 

「いえいえ、シルエットギアあってのことですよ。それより──っと、忘れてた」

 

 何かを言いかけたアルがふと立ち上がり、そのままツェンドリンブルの操縦席に繋がる伝声管の蓋を取る。そして、操縦中である2人が突然の会話に驚かないように伝声管の側に設置された鈴を鳴らすと、長年荷馬車(キャリッジ)を曳いていたヘルヴィが『なに?』という言葉をかけてくる。

 

「いえ、ゴンゾース君に授業をと思いましてね」

 

「な、なんでしょう?」

 

「その機体に乗る以上は信用が第一です。 荷馬車(キャリッジ)という閉鎖空間でどんなに偉い人がどんなに黒い政治的な話をしていても、君は聞かなかったし誰かに話せない。良いですね?」

 

 アルが説いたのは機密に対しての心構えだ。一応伝声管には蓋はついているが、聞こうと思えば荷馬車(キャリッジ)内やツェンドリンブル内の会話は聞こえてしまう。いくら幻晶騎士(シルエットナイト)飛空船(レビテートシップ)といった新技術はエチェバルリア兄弟や西方の技術によって一足飛びに進んでも、防諜といった観点の認識をフレメヴィーラ王国隅々に行き渡らせるにはまだまだ時間が掛かりそうだ。

 

 ただし、自らで如何様に采配できる組織があるにも拘らず対策を行わないエチェバルリア兄弟ではない。特にアルは日ごろから2つのことを教訓としている。

 自分の地位よりも上の情報を聞かない。仮に聞いたとしてもきこえなかったものとしてそれ以上は流布しない。所謂、『Need To Know』と呼ばれる情報漏えいの原則である。

 『給湯室ネットワーク』、『ここだけの話』といった人の口に戸口を立てられないゆえの情報漏えいのリスクはいくら言っても完全に避けられないが、認識するだけでも一定の抑止力にはなる。

 現状、そういった情報が漏れる話は藍鷹騎士団の耳にも聞こえておらず、『銀鳳騎士団は口が堅い』といった謎のブランドが発生しつつあるとノーラやアンブロシウスからも聞いている。

 

「承知しました! 全身全霊を持ってこのことは頭に留めておきます!」

 

「あ、はい」

 

 緊張から抜け出し気味なためか、妙に大げさな返事をするゴンゾース。本当に分かっているのかは謎だが、とりあえず伝えることは伝えたので『引き続きお願いします』という言葉を最後に伝声管の蓋を閉じる。

 すると、一連の会話を聞いていたオルヴァーとアンブロシウスは妙に感心したような表情をしながら『流石、現教官』と拍手をする。

 

「やはり、わしが教官をするように命じたのは間違いではなかったな」

 

「いやはや……、勉強になりますね」

 

 混じりっ気無しの賞賛だが素直に喜べずに微妙な表情を浮かべるアルを余所に、オルヴァーは『国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)の皆から』と数枚の紙束を懐から取り出す。そこには『銀鳳騎士団副団長用変形試作機』という長ったらしい名前で先日にアンブロシウスから見せられた機体の設計図が描かれていた。

 

「今、一部の鍛冶師とパーサーはこの機体の作成に取り掛かっています。任務途中で姿を変える──変形しての運用の利点は素晴らしいですが、何が障害になるか分かりません」

 

「それを僕に解析してもらおうと?」

 

「はい、元々これはアルフォンス副団長の案なので原因究明は可能でしょう。それに貴方にはイカルガ級には劣りますが、高出力のエーテルリアクタを保有しています。運用魔力を測るのに最適な人選かと」

 

 オルヴァーの考えにアルは納得する。変形機構のモロさや燃費といった可変機の弱点はおおよそアルの頭に入っているし、いくら操縦難易度が高かろうともフルコントロールを駆使すれば特有の癖も把握しやすい。

 アルの納得も得られたところでオルヴァーは機体の説明をし出す。時折、石に乗り上げる衝撃で尻が突き上げられつつも彼等は真剣に新しい概念が生まれる予感にワクワクしていた。

 

 そうして数時間。機体の概要から導き出した機体の弱点になりそうな部分を指摘していたアルの耳に、ツェンドリンブルから荷馬車(キャリッジ)へ伝達事項を知らせる鐘の音が届く。

 アルはアンブロシウス達に了解を取ってから伝声管の蓋を開ける最中、ふと窓を見ると周囲のツェンドリンブルが停止している光景が目に入る。

 

「こちらキャリッジ。どうしました?」

 

「あ、副団長君。外見てなかった? 着いたわよ」

 

 ヘルヴィの声にアルはもう一度外を見る。いくつもの砲台が上に備えられた見た覚えのある城門。アルチュセール山峡関要塞だ。

 既に各荷馬車(キャリッジ)から護衛のカルディトーレが降りてはグゥエラリンデやアルディラットカンバーの側へと集合しているので、アルは到着をアンブロシウス達に伝えると手動で荷馬車(キャリッジ)の乗り込み口を開けた。

 

「副団長」

 

「えぇ、お願いします」

 

 乗り込み口が開けられたことでシルエットギアの集団が荷馬車(キャリッジ)内に納められた物体の固定を解き、要塞側が用意した馬車の荷台に運ばれる。その間も目隠しの布は取り払われることはなく、運ぶ彼等もまた知る必要がない情報を積極的に見ようとはせずに作業を行っていく。

 そうこうしている間にイズモも着陸し、エルがアンブロシウス達と合流する。

 

「固定完了です」

 

「うむ。では、行こうか」

 

 アンブロシウスの指示により、物体を運ぶ馬車とアンブロシウス達を乗せる馬車はゆっくりと要塞の奥の扉の奥へ入っていく。整備された山道を進む馬車だが、いつの間にか薄い霧が辺りに漂ってきた。視界不良で迷う危険性に少々不安げアルにオルヴァーは『大丈夫ですよ』と笑いながら自らのターバンを解き始める。

 

「どうやってアルヴって人とコンタクトをとったのかと思いましたが、オルヴァーさんが連絡係だったんですね」

 

「そのとおりです。……もしかして、気付いておられました?」

 

「まぁ……、局長というには若すぎる見た目なので」

 

 自分のことを棚に上げた発言をしながらも、アルはオルヴァーの『長く尖った形状をした耳』を見る。

 銀鳳騎士団が設立されるまで国内の幻晶騎士(シルエットナイト)開発を一手に引き受けていた組織の長としては少々年齢的威厳を感じれられないオルヴァー。そこから導き出される答えは、エルやアルのような『規格外』という線と見た目どおりの年齢ではない線である。

 

 しかし、エルやアンブロシウスからの命によってもはや第2の故郷と呼べるぐらい来訪したデュフォール。そこで立ち上げられた様々なプロジェクトや期日の摺り合わせといった雑務を共に行ってきた経験から、オルヴァーは国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)で最高峰の実力を持つガイスカ以上の力量はないことは分かっている。

 ともあれば、もう答えはわかりきっている。アルはこの世界で見た目以上に歳を取っている人種を見たことがあるし、前世でもそういった種族を物語の中限定だが知っている。

 

 だが、ここで『実力主義のフレメヴィーラでガイスカさん以上の実力ないのに局長っておかしいですよね』といった正論のパイルバンカーを相手に叩き付けるほどアルは鬼でも悪魔でも空気の読めない狂人でもない。若すぎる見た目とだけに抑えたが、それでもオルヴァーは『髭でも生やすべきですかね?』とちょっと気にした様子で同意を求めてくる。

 

 そんな彼等の談笑と共に馬車は薄い霧の中を進んでいくと、不規則に生えた捩れた木々やそれに寄り添う形で建てられた建物が見え出した。こここそが、アルヴの民が住まう『森都(アルヴヘイム)』である。

 しかし、馬車は底では止まらずに森都(アルヴヘイム)からさらに奥まった『森護府(しんごふ)』と呼ばれる場所に向けて進む。いかにもエルフなどが住みそうな森と住居が共存しているような神秘的な光景から白亜の塔へと馬車外の景色が切り替わってもなお馬車は進み続け、やがて大きな門扉の前でようやく止まる。

 

「お待ちしておりました。彼等はこちらでお預かりします」

 

「うむ、我等は大老(エルダー)と話をしてこよう」

 

 淡い緑色の衣を纏ったアルヴの民達の手によって荷台に載せられた物体の布が取り払われ、結晶体の中に封じ込まれた小王(オベロン)の両親の姿が顕になる。それを見た民達は一様に目を細めながらも丁寧に、かつ迅速に結晶体を運び出していった。

 

 それらの動きを横目にエル達は森護府(しんごふ)の中へと入っていく。吹き抜けのような広い空間を数分歩いた後、一行は玉座に座る森護府(しんごふ)の壁のように白い肌を持つ人物と相対する。

 

「此度の再会こそ長くないな。アンブロシウスよ」

 

「そうじゃな。わしらの感覚としても短い別れからの再会じゃわい」

 

 感情の抜け落ちたような冷たい声と快活な熱の篭った声から交わされる挨拶を皮切りに、アンブロシウスは森都(アルヴヘイム)の外──フレメヴィーラ王国と隣接するボキューズ大森海で巻き起こった事件を話し出す。

 最初こそアンブロシウス達人間──アルヴの民でいう徒人(ただびと)の話を無関心に聞き流していた大老(エルダー)だが、かの第1次森伐遠征軍に参加していたアルヴの民が居たことに閉じていた目を見開いた。

 

「連れ出したのか?」

 

「かの戦の記録はほとんど残っておらんが……おそらくは」

 

 なぜ居たのか。どうやって連れ出したのか。様々な疑問は尽きないが、記録がないのでそれ以上は分からない。だが、当時の人間の咎を現在を生きる徒人(ただびと)に背負わせる道理は無いのか大老(エルダー)はただ一言。『よく導いてくれた』と感謝の言葉が告げられた。

 

***

 

「案外早く片付きましたね」

 

「エルダーは1日の大半を思索に費やすので……」

 

 1日が過ぎ、ようやくアルチュセール山峡関要塞に戻ってきたアンブロシウス達。結局あの後、夜間の移動は危険なので泊まるように言った『キトリー』とアンブロシウスが呼んでいた大老(エルダー)は再び思索の構えを取ったので、彼等は大人しく宿泊してから帰路についたのだ。

 しかし、アルからしてみればせっかく同胞を送ったのに彼等に顔すら合わさないのはどうかと思いっぱなしであった。ただ、思索にふけることこそが長く生きたアルヴの行動らしく、オルヴァーは苦笑いを浮かべながらアンブロシウスと共に荷馬車(キャリッジ)に向かって歩いていく。

 

 すると、荷馬車(キャリッジ)方面がなにやら騒がしい。そればかりか、まるで飛行機みたいな背負い物をした謎の幻晶騎士(シルエットナイト)が土下座をするかのごとく膝を折り曲げた状態で宙に浮かんでいた。

 

「あ、副団長閣下。オルヴァー局長と副団長に会いたいとラボからお客人が来ているのですが」

 

「え、ラボから?」

 

 ゴンゾースからの報告を受けたアルとオルヴァーは一緒に来ていたエルとアンブロシウスを伴って騒動の中心地へ赴く。声をかけながら通してもらうと国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)から来たとされる騎士が彼等の到着に気付いて走り寄ってくる。

 

「君でしたか。その顔と浮かんでいるそれから見るに、完成しましたか」

 

「お久しぶりです」

 

「アルフォンス副団長、お久しぶりです。予定よりも早く試作が完成したので砦まで行ってきたのですが、こちらにいらっしゃるとのことで飛んで参りました」

 

 そういった騎士はアルと軽く握手を交わす。彼はニキチッチの試験にてサロドレアで参加した試験騎操士(テストランナー)であり、国立機操開発研究工房(シルエットナイト・ラボラトリ)の中でトゥエディアーネのような空中を往く機体のテストが少々行える稀有な人材である。

 試作型降下用追加装甲(ヘイローコート)の頃は脱出手順が満足に纏められる前だったので見送られたが、降下甲冑(ディセンドラート)との併用が前提のこの試作機であれば安全だろうと彼はそのままこの可変機の試験騎操士(テストランナー)となった。

 

「ほう、これが例の……」

 

「結構速そうですね」

 

 目の前の試作機に興味を持ったアンブロシウスとエル。土下座を行うように膝を折り畳んだ状態で下半身を支える腰部を背中にくっつけた出で立ちは、アンブロシウスには奇妙に映る一方でエルは『大型兵器の予備動力として使われそう』という印象を受けた。

 そんな意見の相違が地味に起きていることはさておき、試験騎操士(テストランナー)は早速変形を見てもらいたいのか浮かんでいる状態の試作機に乗り込んでいく。

 

「では、シルエットナイトに変形します」

 

 その声かけにエルとアルはアンブロシウス達や銀鳳騎士団の面々を試作機から十分に離し、念のために大気圧壁(ハイプレッシャーウォール)の用意をした後に地べたに正座をするとワクワクした様子で試作機の変形を見届ける。服は着ているがそれが彼等にとって正式な待機状態である。

 この世界で始めての可変機。それに胸が躍らないロボオタが居るだろうか。いや、居ない! 

 そんな反語を両者が鼻息を荒くしていると──。

 

 バキィッ

 

 聞きたくない破壊音。地に落ちる下半身。そして、はじけ飛んだことで周囲に散らばる大小の破片。一瞬で何が起こったのか分かった2人は変形失敗という周囲から漂ってくるげんなりとした空気の中──。

 

(原因究明と対応しなきゃ!)

 

 ニッコニコな様子で上半身のみ浮き上がった試作機を見つめていた。




開発スピードが半端ないと思いますが、そこらへんはそこらへんにおいといてください。
騎士団の鍛冶師5ダースぐらい用意してもエルとアルの脳内にある設計図全て作ること出来なさそう。
可変機に関してはメタスとリガズィ・カスタムを合わせたようなやつを想像していただければ
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