銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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GWに何か幕間入れたかったですが、消滅したので今年は無しです。


136話

 森都(アルヴヘイム)小王(オベロン)の両親を帰したことで、残タスクはエルとアディの結婚式をセッティングする作業のみとなったアル。しかし、アンブロシウスら王族や各ギルドの助けもあり、残作業はもはや細々とした調整や現地での作業となった。

 そうなってしまえばもはやアルの手から離れたも同然だ。一応、最後は全体をざっと見て回ることは必須だが、後は専門家に任せてしまえば良いというアンブロシウスの太鼓判に彼はようやく休暇を満喫していた。

 

「あの、副団長。なんでここに居るんですか?」

 

「休暇なので。さーて、ではこの試作機に手をつけていきましょうか!」

 

「休暇中ですよね!?」

 

 現在、アルが居る所は我等が銀鳳騎士団の本拠地となるオルヴェシウス砦の工房。つまり、職場である。

 その中でさも当然のように試作機に近づいていくアルの行動が理解できずにデシレア含めた騎操鍛冶師(ナイトスミス)達が叫びながら彼を静止させるが、本人はいたって冷静に『だから休暇ですよ』と文句を言ったので自分達がおかしいのかと騎操鍛冶師(ナイトスミス)達はこれ以上の追求を止めて試作機へと目を向ける。

 

 副団長専用試作可変機。目玉である可変機構を実演中にぶっ壊したある意味、伝説を刻んだ幻晶騎士(シルエットナイト)である。

 試作機なので操縦席周りをメインに必要最低限の装甲しか積んでいなかったのが功を奏したのか、それとも綺麗に『しさ/くき』となったのが良かったのか、それとも騎操鍛冶師(ナイトスミス)の腕が良かったのか、全ての都合が良かったのか分からないが、工房に持ち込んでたった1日で元に戻った試作機から目を離した彼等は黒板が置かれた会議スペースへと足を運ぶ。

 

「それでは、対策会議を行いたいと思います。まずは仕様書はどうでしたか?」

 

「えーっと、いつもの試験環境はマナ・プールが満タンの状態で外に出し、そこから試験開始だったみたいです。ですが、テストランナーからの聞き取りでは、デュフォールから一直線にオルヴェシウス砦を目指し、そこで副団長が不在と分かった後にそのままアルチュセール山峡関要塞まで飛行したと判明しました」

 

「なんだい。じゃあ、魔力枯渇で自壊するのは当たり前じゃないか」

 

 ちゃっかり議長となっている休暇と言っておきながら作業を行う馬鹿(アルフォンス)の対処は諦めた騎操鍛冶師(ナイトスミス)は、試験騎操士(テストランナー)から貰った試験環境や条件についてみっしり書かれた仕様書の内容や試験騎操士(テストランナー)から聞き取った情報を連携していく。

 すると、試験環境に反した行動をとり続けた試験騎操士(テストランナー)からの証言にデシレアはため息をつきながら鼻を鳴らしながら呆れ果てる。

 

 この試作機と似たような使い方をするトゥエディアーネも分解すれば分かるが、空を飛ぶための様々な部品をパズルのように詰め込んでいるので強化を行う余力はあまり無い。その状態でさらに姿を変える要素を考えなしに組み込んでしまえば、負荷が掛かる変形を敢行してしまって魔力切れを起こすという事故が起きるのは当たり前だ。

 どうやら他の騎操鍛冶師(ナイトスミス)も同じ意見だったらしく、アル以外の面々は頷いて同意を示す。

 ただ、この会議は過去の失敗を責めることを主軸に開かれたわけではない。そんな共通意識からそれぞれは案を出し合いつつ、チョークで黒板に自ら考えた思いを案として書き連ねていく。

 

「あれ、副団長は?」

 

「小便だろ? ……つっても、大きさを弄るしか今のところアイデア無しだよなぁ」

 

 いつの間にか消えているアルの心配を余所に各自が出し合った案を見比べる一同。それぞれ書き方は異なるが、大まかに分けてツェンドリンブルやトゥエディアーネのような大型にする案と逆にサイズを小さくして魔力消費を抑える案と分けられる形となる。

 案が出た後はそれぞれが口を開いてはどちらの案が正しいか話し合うが、その口論は数分立っても終わる気配はなかった。

 

「サイズダウンは論外だね。マギウスジェットスラスタはどんなに小さくしても魔力をかなり食うから、小さくしたら貯蓄した魔力が一瞬で溶けるよ」

 

「サイズアップも厳しいかと。変形して地上運用を考えるとバランスもありますし、1機だけ大きいのも運搬や戦闘といった運用的にもまずいかと」

 

 大きくするのも場所や整備の手間をとり、小さくすればそもそも飛ぶのか分からない。あちらを立てればこちらが立たずといった展開に、騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は最終的な判断をどうするのか決めあぐねていた。

 すると、その集団に幻晶甲冑(シルエットギア)に乗ったアルが大きな物体を持って姿を現す。銀のようではあるが市場に流通しているどの銀よりも煌びやかで、放たれる迫力はまるで生きた魔獣を思わせる巨大な物体。

 

 将之魂(ジェネラルソウル)。積み込んだ機体は違えど、大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)をはじめとした数々の戦場をアルと渡り歩いてきた歴戦の炉を前にそれぞれが息を呑む中、鈴を転がしたような声が彼等の耳を震わせる。

 

「お待たせしましたー。ってあれ、なんでサイズアップとかの話になってるんです?」

 

「え? いや……あ、そうか。副団長にはそれがあったね」

 

 今まで議論していたことを説明する前にデシレアは納得する。

 将之魂(ジェネラルソウル)はイカルガが通常駆動で稼動している女皇之冠(クイーンズコロネット)よりも少々劣るが、それでも通常の幻晶騎士(シルエットナイト)が持つ魔力転換炉(エーテルリアクタ)よりも高出力だ。なので、今回の問題点である魔力を多く使う問題に対しての銀の弾丸ともいえる。

 

「実はクイーンズコロネット級の炉も受領予定ですが、ひとまずはこの子だけで満足に動かせる状態まで持って行きましょう」

 

「分かった、ダーヴィドのやつに話してくるから準備を進めといて」

 

『うぃっす』

 

 その後に聞いてもいないのに聞かされた機密級の追加情報を右から左に流しつつ、デシレア達は将之魂(ジェネラルソウル)を試作機に取り付ける作業に取り掛かる。魔力転換炉(エーテルリアクタ)の取替え作業を銀鳳騎士団の騎操鍛冶師(ナイトスミス)総出で迅速に行った後、試作機は変形実験のために一旦クレーンで工房の天上付近に吊り下げられる。

 

「固定完了!」

 

「盾持って来い! それとシルエットナイト乗れるやつはフレキシブルコートで壁を作れ!」

 

 念には念を入れて魔力貯蓄量(マナ・プール)を最大まで充填している間もダーヴィドの的確な指示が飛ぶ。

 銀鳳騎士団は幻晶騎士(シルエットナイト)開発の最前線。つまり、その分だけ失敗も起こっているのだ。結晶筋肉(クリスタルティシュー)の断裂や魔力伝達ミスによる自壊は当たり前。自壊の余波で弾け飛んだり強化魔法の範囲を誤って飛んでくる大小の装甲を避けることも日常茶飯事。それらの労災を繰り返すごとにダーヴィド達は自分達を防護する鉄壁のノウハウを蓄積していた。

 

 ダーヴィドや他の声が大きい騎操鍛冶師(ナイトスミス)達によって避難警報が瞬く間に工房全体を包み、直ちに可動式追加装甲(フレキシブルコート)を装備したカルディトーレが試作機を取り囲む。そして、可動式追加装甲(フレキシブルコート)でもカバーしきれない小さくも人間にとっては結構大きな残骸から身を守るため、幻晶騎士(シルエットナイト)の装甲の端材を使った大型の盾を持った騎操鍛冶師(ナイトスミス)が守りを固めるその陰に作業員は次々と隠れていく。

 

「良いかー! 絶対頭出すんじゃないぞー!」

 

「全班の退避、完了してまーす!」

 

「よーし! 銀色小僧、行ってこい!」

 

 拡声器を用いた大声での安全確認が飛び交い、ようやくダーヴィドからのGOサインが出る。吊り下げられた試作機の前でその言葉を待っていたアルは、『ヒャッハー』と世紀末を漂わせる掛け声と共に圧縮大気推進(エアロスラスト)で試作機の操縦席に飛び込む。

 しかし、心躍る試作機であっても事故で死にたくないと安全ベルトを忘れず締め、先日起こった悲劇と同じ轍を踏まないよう魔力貯蓄量(マナ・プール)のメモリをしっかりと指差し確認を怠らない。

 

「マナ・プール良し! ベルト良し! 前面閉鎖良し! 親方ー、全部良しです!」

 

「救護班も待機完了、外部見回りも大丈夫だ! やってくれ!」

 

 流石は高出力いうべきか。魔力貯蓄量(マナ・プール)が満タンなことを示す目盛りに指を這わせたアルは、ダーヴィドに内部確認が完了したことを伝える。その後は盾を持ったダーヴィドが最後にぐるっと周囲を回って固定状況や救護班の確認を行い、アルに実験の開始を伝える。

 改めてGOサインを出されたアルは試験仕様書を片手に変形手順のとおりに操作を行いつつも、変形する際の魔法術式(スクリプト)がどうなっているか解析するために魔導演算機(マギウスエンジン)にアクセスを果たす。

 

「えーっと、レバーを倒したらここのフラグが飛んで……。あー、ここを弄ってるんですね。……んで、ここに流れて腰を後ろに引き上げながら脚を変形させると」

 

 プログラミングの補助を行うコードエディタのデバックモードのようにアルは魔法術式(スクリプト)を1節ずつ止めながら読み解いては次の1節へと遷移、丁寧に試験機を変形させていく。ゆっくりと脚部は折り畳まれ、それらを支える腰が90度曲がってから胴体に刻まれたレールに従って背中にくっつくように上がっていく。

 そんな足の動きと平行して背部の追加装備(オプションワークス)にも動きがあった。飛行機を思わせる形状のそれが背部から90度稼動し、中間に開けられた空洞の中に幻晶騎士(シルエットナイト)の頭部がぴったりと納まる。

 その段階で下半身の変形も終わり、最終的には最終的には幻晶騎士(シルエットナイト)の全長の半分ぐらいに納まったかなりコンパクトな飛行形態が完成した。

 

「いや……これは……飛べるのか?」

 

「形を変えるシルエットナイトか……」

 

 『世界を変えるのに、3分もいらない』とはどこの言葉だったか。時間にして2分足らずと戦場ではあくびの出るほどの遅さだが、それでも幻晶騎士(シルエットナイト)の常識に『形態変化』という新しい概念が追加されたことにダーヴィド含めた騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は口々に感想を言い合う。

 

 その最中、操縦席でアルは魔力貯蓄量(マナ・プール)の目盛りを見つめていた。あの時は従来の魔力転換炉(エーテルリアクタ)に加えて魔力貯蓄量(マナ・プール)が完全に回復しきっていない状態だった故の事故だったが、それでも事故は事故。再発に備えてこうやって確認を取っていたわけだ。

 

「マナ・プール、全体の3割減。変形成功しましたが、これはちょっと中身を見るべきですね」

 

「よし、デシレア! 試作機は任せたぞ!」

 

「あいよ! あんた達、さっそく外装の製図に入るからね!」

 

「へいっ!」

 

 変形が無事に成功したことで、デシレアを含んだ騎操鍛冶師(ナイトスミス)の数人が製図台やら紙が保管されている区画に突撃を開始するなどと下はかなりの騒ぎとなっている。しかし、『高出力魔力転換炉(エーテルリアクタ)をもってしても3割の魔力消費』という事実にアルは本格的に魔法術式(スクリプト)を精査しようと脳内のメモ帳に刻み込む。

 

「じゃあ、僕は今日から午後の授業担当なのであとはよろしくです。……あ、暇を見て修正点見つけておきたいので、今日中に試作機のスクリプトを紙に写しといてください」

 

「まーた……まーた副団長はそういった無茶言うー!」

 

「まぁまぁ、給料に色つけて明日は早く帰れるようにするので」

 

 いくら図形で表現出来ようが、幻晶騎士(シルエットナイト)1機分の魔法術式(スクリプト)となると膨大である。そこからそれを描くと言う仕事がどんなに大変なのかは推して知るべしだ。授業に間に合うようにフロイドに送迎を頼むアルの後姿に構文師(パーサー)が大声で叫ぶが、彼のタスクが今日期限だという事実が訂正されることはなかった。

 

***

 

 次の日。特にカンカネンから火急の連絡も来ず、かといって暇だからと会場入りしても迷惑になるだろうと邪推したアルは朝までオルヴェシウス砦で魔法術式(スクリプト)の写しを片手に試作機の外装取り付け作業を監督し、昼に『飛行試験』と称してライヒアラ騎操士学園に試作機で突撃をかましていた。

 なお、その試作機は防犯の一環としてアルの目の届く範囲──校庭に佇んでおり、今もアルが受け持つ授業以外の学生や教官が物珍しげに窓から覗いているが、自分には関係がないことのように彼は空に対する授業を展開していた。

 

「~~であるからして、他国との通信は特に気を使う必要があります。……ですよね?」

 

「そうですな。クシェペルカとの交易があった時も間違えて直進しそうになりました」

 

「その時はどういった対応を?」

 

「昔からの手旗でなんとかしましたが、意思の疎通が遅くて衝突目前でしたよ」

 

 そんな授業だが、本日はしきりにアルは教壇近くに座っている身なりが整っている男性達と談笑していた。本来ならば授業中に談笑というのは非常識なのだが、授業に参加している学生や教官はそれを一切咎めない。むしろ、それらの会話を一言一句逃さないとばかりにノートに記録していた。

 

 彼等の正体──それは商業系ギルドの重鎮、またはギルドを興した名打ての商人達である。飛空船(レビテートシップ)を用いた商売を行っている彼等は、アルが教官として復職して空での意思疎通方法について教えていると分かるや否や学園長であるラウリに授業の参加を頼み込んでいた。

 学園長室を訪れては『本だけでは分からない部分を説明して欲しい』、『問題に直面した場合の対処方法とかも教えて欲しい』といった並々ならない情熱が篭った理由を述べては帰っていくのを何日か。そんな説得にとうとう折れてしまったラウリは、授業の特別枠として講堂の壇上近くに特別席を用意したのはいうまでもない。

 

 それを聞いた商人達は喜びながら授業料としては高すぎる寄付を学園にもたらしたのだが、そこで待ったをかけたのがアルだ。曰く、『席を金で買ったと思われかねないし、それを許したらもっと増える』と相変わらずの心配性を発揮した彼は授業に参加してもらうのではなく、『教材』として商人達にあるお題を話してもらうことに決めた。

 

「では次は……そちらの方。貴方の九死に一生の話をお聞かせいただいても?」

 

「えぇ。お恥ずかしい限りですが、欲張りすぎて船倉に物を詰め込みすぎましてね。そのせいで動きは鈍くなるわ、いつもより止まり難いわと散々な目に合いました」

 

「なるほど。皆さんの中にも卒業後はどこかに勤める方も居ると思いますが、過積載は事故の元です! 今は大丈夫でも必ずどこかで大変な目にあいます! なので、それをやろうとしている人が居たら止めてあげてください」

 

「危うくシュレベール城へ突っ込みかけましたからな!」

 

 笑って良いのか微妙な言葉で締め括られながらも順調に彼等はその席に座る条件を消化していく。商人達が授業に参加できる条件、それは飛空船(レビテートシップ)で体験した九死に一生話を語ってもらうことであった。

 そもそも、飛空船(レビテートシップ)は普及して間もない輸送手段である。なので、そういった事故やヒヤリハットのような話は商会やギルドの中で完結してしまい、そこらの酒場では簡単に収集できないのだ。

 だが、成功例よりも失敗例──今回の場合は現場で起こった事故や原因というものは聞く者からしては値千金なことが多い。なので、それぞれの危なかった経験を語ってもらったに過ぎないが、商人達も自分以外の失敗例や原因といったものを学べると思ったのか上機嫌で語ってくれている。

 

 他にも強風によって進路が魔獣の巣付近に向いてしまったことや、前方に荷物を積みすぎてあわや飛空船(レビテートシップ)運用1日目で大破になりかけとことなど現場の話が次々とされていき、それこそ獲れたての魚のような生の情報を講堂にいる全員は夢中で記録する。

 

「では、今日はここまでで。次回は紫燕騎士団で使用頻度の多かった符号を大隊長のキヴィラハティ殿を呼んで解説していきます」

 

 軽く次の授業の説明をし、相変わらずビッグゲストを連れてくる教官の人脈の太さにテンションがかなり上がっている講堂をそのままにアルは窓から校庭へ飛び出る。そのまま止めていた試作機の足元に置いていた降下甲冑を纏い直すと一気に操縦席に入り込んだ。

 

「また次回をお楽しみに」

 

 拡声器から気の抜ける声がかけられると共に浮揚力場(レビテートフィールド)の作用によって宙に浮く試作機。地面から少々離れたところで浮遊を止めると、幻晶騎士(シルエットナイト)形態から一気に飛行形態へと変形していく。

 金属が擦れあう少々不快な音が数度あったが試作機は自壊することなく無事に飛行形態と成り、再び浮遊を開始。やがて、校舎よりも高く浮遊した機体は後方に纏められた魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を一気に作動することで驚くべき速さでライヒアラの街から飛び立っていった。

 

 そんなクリエイター特有の『見せびらかし』を済ませたアルだったが、ちらっと魔力貯蓄量(マナ・プール)の目盛りを見る表情はどこか浮かない。

 

「やっぱり3割かぁ」

 

 変形で使用した魔力を逆算した『3割』。それがこの試作機が抱える欠陥である。

 魔力転換炉(エーテルリアクタ)はその辺で突っ立っていようが、複数の敵に囲まれた乱戦であろうが炉や吸気部分が壊れない限り半永久的に魔力を生み出す部分だ。それが皇之心臓(ベヘモスハート)将之魂(ジェネラルソウル)のように高出力ならば生成する魔力が消費する魔力を上回ることも相応にあるはずだ。

 

 なのに減った。3割という一般的な炉2つと同じぐらいの魔力が消費された。

 

「処理で使用する魔力が一定なんですかね」

 

 渡された写しを見る時間はなかったが、アルは故障内容からおおよその問題を考察する。その元ネタはもちろん、前世でたまにあった話だ。

 あの日は確か……別部署で使用している業務アプリの立ち上げが遅いという不満が出てきたのだったか。なのでその解析を振られたアルは自身の使っているPCで解析を行うと、なぜかスムーズにアプリが動くという不思議な挙動を見せる。

 その挙動におかしいと思ったアルが実際に立ち上げが遅いと言って来た使用者に詳しく聞き取りを行うと、そもそもアプリを使っている裏側で処理の重い別業務の作業をしていたと言ってきたのだ。

 結局、もっと性能の良いPCを使用するか、アプリの実行によって本来使用するメモリを少々小さくするかという別問題が浮上してアルの仕事が終わったのだが、今回の現象はなんとなくそれに似ていた。

 

 一定のリソースを食う前提の魔法術式(スクリプト)ならば、どのように高出力な炉を積んでも使用するリソースは一律である。それによって燃費が変わらないというのであれば考えられる手段は2つ。

 その魔法術式(スクリプト)以外──試作機で言えば変形処理以外を如何に低燃費で抑えるか。それとも変形処理で使用する一定のリソースで行うという処理自体を失くすかだ。

 

「もう少しスクリプトを改造したいですが、実機が足りぬぅ」

 

 ただ、いかに魔法術式(スクリプト)の処理を変えようとしてもこの試作機は武装どころか外装も全て積み込めていない。それらに平行して魔法術式(スクリプト)を変更するのは可能だが、魔法術式(スクリプト)の挙動実験と鍛冶仕事の両立など事故の元でしかないのでアルは頭を悩ませながらもオルヴェシウス砦へと降り立った。

 

「お、帰ってきましたね」

 

「兄さん、渡してた台本や今後の予定の確認は……こっち見ろ」

 

 工房の前で待っていたエルがアルの言葉を聞くと共に首を真横に向ける。『いっそ、そのまま180度にしてしまおうか』という危なっかしい思惑を余所に、アルがため息をつきながらも予備の台本を懐から出して『頼みますよ』とさらに念を押す。

 

「いやぁ、だって……こんなにする必要あるんですか?」

 

「あるんです。そもそもですが、兄さんがあんなこと言わなければもう少し穏やかでした。厳しい言い方ですが、こんなはずじゃなかったと思うのは兄さんの想像力不足ですよ」

 

 少々きつい言い方をするアルだが、本当のことだ。それもこれもエルが『フレメヴィーラ中の幻晶騎士(シルエットナイト)を展示したい』というトンチキな願望がなければ、もう少しマシな結婚式が開催できたはずなのだ。

 全機種ということで各領地のカスタム機が無いか確認する際、ここぞとばかりに『私も参加しても?』とフレメヴィーラ中の貴族達が参加表明を行ったのである。そこに『NO』と突きつけるのも後々遺恨が残りそうなので許可を出さざるを得なく、そうなると飛空船(レビテートシップ)の送迎や新郎であるエルの挨拶回りの予定といった調整が厳しくなってくる。

 

 それでも限られた時間で一気に済ませようとアルの提案で各領土を巡っていくのではなく、ディクスゴード公爵領といった名立たる貴族の領地に一旦集まって一気に送迎。そして、カンカネンに降り立ってすぐに合同で挨拶といった予定が組まれたが、その苦労を分かってくれないエルに少々アルはムカッ腹を立てていた。

 

「それ、アルにも言えますよね?」

 

「ヤメマショウ キョウダイ ドウシ ナカヨク」

 

「……そうですね」

 

 しかし、先ほどの強すぎる言葉に思わずエルも鋭いカウンターを放つ。数々のマイナス思考とそれに付随した優しすぎる心がゆえに突き放したエピソードが存在するアルにその一撃はきつく、現実逃避しようと彼は停戦協定を結ぶ。

 ただ、エルも停戦には同意しながらも、心の中では藍鷹騎士団経由で聞かされた王族の計画が反芻する。

 この結婚式の準備と序盤の進行で銀鳳騎士団でアルが行わなければならない業務が終わる手はずだ。今後のことはまだ知らされていないが、恐らくは自身やアディが薄々想像した通りだろうとエルは開発の提案をアルに持ちかける。

 

「どうです? あの開発に僕も参加させてもらえません?」

 

「えー、兄さんが入ると指揮系統乱れそうだからヤです」

 

「最後ぐらい兄の願いを聞いても良いじゃないですか」

 

 拒否されたことでつい『最後』と言ってしまったエルが慌てて口を閉じるが、時既に遅くアルに聞き返されてしまう。返答に困るエルだったが、咄嗟に『オルター姓を名乗るかもしれないからこれでエチェバルリアの仕事は最後かと思って』と言い訳をする。

 

「長男様なんですから万に一つもありえないですよ」

 

「ハハハ、そうですね」

 

「仕方ないですねー。今後、何回最後って言われるか分かりませんがちゃんとスケジュール通り行動するうえならば許可しますよ」

 

「わーい」

 

 アルにとっては一生に一度と似た何回も使われること前提のお願いに聞こえたかもしれない。ただ、エルにとっては文字通りの『最後』であった。エルの想像通りならばこの先、どんなに共同開発を訴えかけても内容によっては一蹴。よほどの大事の場合は少々協議の時間が取られてしまい、現在のように気楽に声かけも出来ないのは容易に想像出来た。

 

(ならば、最後にアルを盛大に見せびらかせてもらいますよ)

 

 今までのテレスターレやツェンドルグといった技術革新にあたる開発はどちらかといえばエルが考え付き、それらに付随して便利な装置や強力な武装といった機体のおまけ的な物品は理解が追いついてきたアルがこさえるというのが一種のお約束であった。

 

 しかし、恐らく──否、確実にこの可変式幻晶騎士(シルエットナイト)はカルディトーレと同程度の度肝を抜く機体に仕上がるだろうとエルは確信を持っていた。

 ならば、今回は役割を交代しよう。そして、エチェバルリア兄弟は兄だけが幻晶騎士(シルエットナイト)開発における金の卵ではないと、今だ分かっていない貴族に知らしめよう。そう、この行動の真意は対象が幻晶騎士(シルエットナイト)から人間に変わっただけの『見せびらかし』であった。

 

 そうを決まれば迅速に作業を進めなければならない。そう判断したエルは予てより作っていた例の物を取りに行く。

 

「では、手始めにエーテルリアクタでも持ってきますか。その辺で待っててください」

 

「お、もう出来たんですか?」

 

 その言葉にアルはすっかり浮かれ気味となり、エルが幻晶甲冑(シルエットギア)で巨大な魔力転換炉(エーテルリアクタ)を工房まで運んで来た時にはその浮かれは最高潮に達し、死霊が盆踊りしているかのような狂喜乱舞ぶりを晒す。

 その姿にエルは一言だけ『"舞って"じゃないです』とツッコみながらもダーヴィド達に声をかけ、デシレア主体での魔力転換炉(エーテルリアクタ)格納作業が行われる。

 

「ん? エーテルリアクタの格納位置がおかしいな。設計ミスじゃないのか?」

 

 ただ、いざ図面を見たダーヴィドは魔力転換炉(エーテルリアクタ)の格納場所として指定されていた場所がおかしいと声を上げる。

 ツェンドリンブルやトゥエディアーネといった魔力転換炉(エーテルリアクタ)を2基積む機種は、その胴体に魔力転換炉(エーテルリアクタ)を納められるほどの大きさを持つが、試作機はカルディトーレを少々大きくしただけのサイズしかない。そうなってくると2個目の炉を積むにはイカルガのように胴体部分を大きくするか、今回のように身体とは別のところに格納するしか手段は無い。

 騎士団設立当初から銀鳳騎士団製の幻晶騎士(シルエットナイト)に携わっているのでそこに格納するのが理想だと頭では分かって居るのだが、それでも背部のサブアームに保持している追加装備(オプションワークス)にそれを入れるのは抵抗があった。

 

「いや、ミスじゃないよ。これはここに付けるのさ」

 

「とは言ってもよ。被弾した時とか危なくねぇか?」

 

「その辺は身体強化の出力次第でなんとでもなるさ。逆に言えばそこ以外に格納場所がね」

 

 対してデシレアは再度、新しい魔力転換炉(エーテルリアクタ)の格納場所を理由込みで明確にする。

 たしかに被弾時に取れる可能性と言うものも考慮しなければならないが、その点も考えてサブアームは太く、強化魔法もかなりの出力が割り振られている。それに、追加装備(オプションワークス)には機体を中に浮かせるエーテリックレビテータも備えており、仮に追加装備(オプションワークス)が外れたら可変自体が無用の長物となるので『その時はその時』というわけだ。

 

 その説明にダーヴィドもようやく納得気味に首を振り、魔力転換炉(エーテルリアクタ)の格納作業が開始される。ガチャガチャと機材が取り付けられる騒音を横に鍛冶仕事を手伝えないエル達はというと、構文師(パーサー)達を呼んで魔法術式(スクリプト)内の問題を取り除こうとしていた。

 

「今回の問題点は変形処理なので……この辺りからこの辺りですね」

 

「範囲は広いですが、1つ1つ見ていきましょう」

 

 そう言いながら魔法術式(スクリプト)を解説込みで解体していく。魔法や幻晶騎士(シルエットナイト)を動かす魔法術式(スクリプト)は1つのストーリーのようなものだ。登場人物と言う名の値や対象が動作をすることで存在を変え、また別の場面で活躍する。その活躍によって別の人物が生まれ、それがまた別の物語を構築する。

 それらを細かに分解することで物語の中の不整合──バグを見つけることが出来るのだ。

 次々と魔法術式(スクリプト)を読み解いていくと、不意に構文師(パーサー)の1人が声を上げた。

 

「あ、団長、副団長。この処理ってそもそもリミッター付いてないのでは?」

 

「え、そんなまさか」

 

「シルエットナイトにリミッターは基本だろ?」

 

 リミッターの有無について周囲の構文師(パーサー)が次々と指で示された部分の記号が入り混じった魔法術式(スクリプト)を確認するが、一様に『マジか』という表情を浮かべる。

 幻晶騎士(シルエットナイト)魔力貯蓄量(マナ・プール)が最低値を下回っても直ちに自壊はしないというのが共通認識である。それは魔導演算機(マギウスエンジン)内の魔法術式(スクリプト)に予めリミッターを付けており、仮に最低値以下になった場合は機体の保全に全魔力が回され、それ以上機体を動かせないようロックがかけられるようになっている。

 

 ただ、それはサロドレアやカルディトーレといった一般的な幻晶騎士(シルエットナイト)の話。新たに可変機構を取り付けた試作機の魔法術式(スクリプト)にはそのリミッターが存在しなかった。

 いや、正しくは存在はしている。しているのだが、どこからもそのリミッターを司る処理が実行されるような作りをしていなかったのだ。

 念のために構文師(パーサー)全員と共にエルとアルも再度見直し、特に変形中に魔力貯蓄量(マナ・プール)が尽きた場合などよくありそうな部分の処理を注視してみたのだが、残念なことにどこにも『○○の場合、リミッター処理を実施して強制停止する』といった魔法術式(スクリプト)は見受けられなかった。

 

「この前の事故はこれが主な原因ですか。おかしいと思ったんですよ、一定の消費だけで自壊するなんて」

 

「一定の消費ですか?」

 

「ここですよ。大まかに言えばマナ・プールの何割って処理になってます」

 

「へー……ほぉー……。うわぁ、アル。これ今のマナ・プールじゃなくて、全体のマナ・プールが対象ですよ」

 

 新たなバグも分かったところでアルは、全員に自身が見つけた一定数の魔力を変形に費やしてしまうバグを連携するが、バグの位置が分かったエルが目を凝らしながら精査した後に声を上げる。アルでも見落としていたバグが存在していたのだ。

 

 リソースの何割を消費するかという処理は、『現在のリソースの値』を取得するものである。そうしなければ先にアルが思い返していた事象や試作機で起こった変形失敗事故のようにリソースが割かれた状態で実施したは良いが、全体の魔力貯蓄量(マナ・プール)から何割かという途方もないリソースを食って即座にガス欠。というのが常態化してしまう。

 

 仕事で言い表すならば──そう。総社員10名の部署内で7人が働いている中に突然、6人でやらなければならない仕事が割り込んできた。なお、増員は送られないものとする。……と言えばイメージが付きやすいだろうか。

 とてつもなく胃の辺りがムカムカする話ではあるが、それを現在の余力を逐一計算して割り振ってやれるように出来ればこの問題は解決する。

 

「逆に余力を計算して実施するのは安定感はありません。……まぁ、現在の魔力から何割って計算するので何回でも実施できるわけですがね」

 

 雑学を交えながらエルとアルは各変形工程に使用する魔力量を定数化し、万が一定数以下の魔力量だった場合はホロモニターの隅にエラーが出るようなリミッター処理を実装する。これによって魔力が心もとない場合の変形は不可になって安全性が増すが、ここで終わらないのがロボオタクの性である。

 

「ですが……ね。どんな時があるか分からないのが世の常ですからね」

 

「そうですね。保険は大事」

 

「お二方……なにを?」

 

『リミッターは解除するために存在します!』

 

 なにを言っているのか分からないといった具合に立ち尽くす構文師(パーサー)達だが、エルとアルはなにやら通じ合った風に『Year!』と叫ぶと彼等に構わず処理を追加していく。

 

「コードは何にしようかなぁ」

 

「僕の場合、自爆コードは"びっくり箱"(ジャックインザボックス)ってやってますがね」

 

「まーた自爆なんて危なっかしいもの搭載して……。こっちは"イカロス"で行きましょうかね」

 

 魔力貯蓄量(マナ・プール)が少なくなった際に変形すればたちまち自壊してアルも地上に真っ逆さまだろうという意味を込め、アルは太陽に近づきすぎて墜ちた逸話を持つ人物の名前をコードに決める。すると、ようやく魔力転換炉(エーテルリアクタ)の格納作業が終わったらしい。

 

「さて、では続きをしますかね」

 

「いや、そろそろスケジュール読んでくださいよ。忘れて挨拶しないとか、やり取り抜かすとか許しませんよ?」

 

「すみません、そのスケジュールでちょっとお願いがありまして」

 

 ──嫌な予感がする。今すぐ耳を塞ぎたい衝動が起こるほど嫌な予感がする。

 ただ、聞かねばならない。既に褒章は頂いたから、ある程度のことは許容しなければ契約と違ってしまう。

 ならば何を言ってくるのか。頭をこねくり回しながらも身構えるためのヒントを見つけるために視界を巡らすアル。そして、その両眼が目の前の試作機に向けられたと同時にエルがいよいよ自らの希望を述べる。

 

「この試作機も結婚式に並べてもらいたいのですが」

 

「やっぱりかぁ!」

 

 試作機を見た瞬間に過ぎった考えがエルの口から放たれたことにアルは頭を掻き毟る。

 もちろんだが、既に結婚式のスケジュールも準備も進めている。それを分かっている上で新たに幻晶騎士(シルエットナイト)を並べてほしいと頼むのは狂っていると言う他無い。だが、そう言って断ろうとしたアルの脳裏にちょっとした葛藤もあったりする。

 恐らく人生に一度の結婚式。自身の願望を全てかなえた状態でやりたいはずだ。それに、その頑張りを評価されて送られた魔力転換炉(エーテルリアクタ)なのにそれを搭載した機体を参加させないと言う片手落ちの展開をしても良いのか。

 どちらかといえば参加寄りに天秤が傾いたアルだが、無い袖は触れない。しかし、工房の奥でイカルガと、アディの結婚指輪兼乗機の『シルフィアーネ・カササギ三世(サード)・エンゲージ』の最終チェックを行うというダーヴィドの大声が聞こえた瞬間、彼に電流走る。

 

「あ、いけるかも」

 

「流石ですね。では、それでお願いします」

 

 そう言ったエルは過去の物となったスケジュールをアルに手渡すと、意気揚々と魔法術式(スクリプト)作成にはいっていく。その後姿にアルは『謀られた?』と一瞬考えるが、葛藤の末に芽生えた『考えられる最高の結婚式にしよう』という意気込みの燃料に直ちにカンカネンへと向かう。

 

 こうしてカンカネンとオルヴェシウス砦を往復する毎日に舞い戻ったアルとフロイドにより、結婚式の流れ──特に新郎新婦入場のあたりを無理やり変更された。当然、当日まで残り片手とαという日数でそれをやられたので現場は烈火のごとく怒り出したが、彼らの謝罪行脚によって事なきを得る。

 なにせ、これは新郎であるエルの要望を最大限叶えるための予定変更だ。予定よりも早く報酬を受け取った手前、生半可な成果では申し訳が立たないというアルの結構面倒くさいところが発揮されたことで残り数日をフルに使った諸々の手直しが行われた。

 

 無論、試作機もオルヴェシウス砦に帰った際に進捗発表会を称して作成に介入し続け、貴族達への挨拶のためにエルとアディをカンカネンへ送り、さらにはスケジュールの読み込みとリハーサル作業で結婚式当日まで幻晶騎士(シルエットナイト)開発が一切出来ないようにすることも忘れない。

 そんなハードワーク過ぎる日常に対し、睡眠時間という手っ取り早く削れる安息時間をがっつり削ることで全てのタスクを終えたアルはとうとう──結婚式当日を迎えた。

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