兄さんとアディの結婚式が終わって何日かが経過した。どうやらあの結婚式の影響力は凄まじく、フレメヴィーラ王国全土の情報を纏める作業をしていたおやっさんが、『貴族、騎士、民間問わず近々結婚式を執り行う風潮になっている』と溢していた。
一目見ただけで大変そうな作業だったから『大変ですね』と言ったら露骨に嫌な顔をしながら手伝うように言ってきたけど、僕は藍鷹騎士団に入ってないから手伝えないんですよね。アー、ザンネンザンネン。
ただ、見知った人間がそういう話に発展しているかもしれないので、少々の手伝いを対価にチラリと結婚関係について見せてもらったが残念なことに銀鳳騎士団関係者の名前。特に『某ブランシュ騎士団長』や『某オーバーリ副団長』といった名前がなかった。彼の度を越えた鉄壁さにあきれ果てるばかりだ。まったく、誰に似たのやら。
──そうそう。僕の住居についてだが、第2次調査船団の時に転がり込んだフロイド君の隣にある藍鷹騎士団が借りた部屋に決まった。たまにおやっさんやノーラさんといった連絡要員の面々が拠点として使っているが、基本的に無人なので部屋の維持と家賃の半額を条件にしたら『お前もすぐに居なくなるからな』と思い出したくないことを言われながらも許可をもらった。
実家とのやり取りも『結婚を済ませた夫婦の居るところに次男が居るのもアレ』。といった具合に結婚式が終わって帰ってきた直後に家を出たので問題はない。……が、兄さんは心底気持ち悪そうな表情で『お気遣いどうも』と言ってきたのはかなり凹んだ。解せぬ。
そんなこんなで本などの大荷物は実家に残して数日の着替えだけを持って引っ越して来たわけだけど、一息ついたら久方ぶりの気ままな生活を謳歌──出来るわけもなかったよ。
引越しが終わって床に座ってボーっとしてたら、ノーラさんとおやっさんが領地経営系の教本を土産に持ってきて『勉強はしておけ』ってさ。僕の気ままなスローライフ? ものの数十分で終わりを告げたよ。
正直、夏休みの宿題や大学の卒論みたいに先延ばしにしたかったけど、あの人達のことだから起きたらクシェペルカ王国行きの馬車の中に居たって状態を平気でやりかねない。一応出来るだけ準備をしているってポーズはしておかないと非常にまずい。
残念ながら銀鳳騎士団の仕事は既に割り振られておらず、簡単な作業を忙しそうにやって1日を過ごすといった得意な逃げ道は塞がれている。なので、これはなるべくやりたくない。もとい、後の方に回したかった学園との話し合いを開始することにした。
なにかと抜けている自覚のある僕も、さすがに結婚後は授業のたびにクシェペルカ王国からフレメヴィーラ王国に帰れるほど余裕のある生活が送れるとは思っていない。なので流石に
あー、めっちゃ胃が痛い。痛いけどいつかはやらなきゃいけない。ちょうどおやっさんから陛下達が送ってきた秘密兵器を受け取ったし、明日にしよう。一応、お父様やお祖父様に話を通しておかないと……あー、胃が痛い。
「は? クシェペルカ王国に? 何を仰ってるんですか?」
「アルフォンス教官、今は冗談を言って良い場でも時間でもありませんよ?」
ほら、これだ。出勤当初は先だっての結婚式に対して数々の祝福の言葉を贈ってきていた教官や教官達を取り纏める主任級の人々も僕がクシェペルカ王国に行くから学園を辞める話をすると睨んでくる。
大方……というか、十中八九そうなるだろうと思っていたので予想通りの展開に逆に笑えてきた。
「こちらをどうぞ。後、リオタムス陛下からの手紙もあります」
ここで僕が言葉を交えても碌なことにならない。そう考えて件の秘密兵器であるクシェペルカ王国から送られた手紙の写しと陛下が直々に書いた僕の周囲の状況を簡潔に書いた手紙を渡したが、まさしく効果覿面といった様子だった。
なんせ、僕でも未だに信じられない情報。それを証拠として一気に開示されても、貴族ですらない一市民の教官の方々は簡単に消化することはできないだろう。
「わ、分かりました。ひとまず、書類の準備をしてきます」
「ご迷惑をおかけして申し訳ないです」
定型文染みた謝罪をし、そのまま僕は主任級の人から教官を辞める際に書く書類にサインをしていく。途中、昨日の内に話を通していたお父様とお祖父様が駆けつけてくれるが、既に全員に話をしたということを知らせるとそのまま帰っていった。
駆けつけて援護してくれるならもうちょっと待ってれば良かった……申し訳ない。
「はい、結構です。後は最終日に私か、主任級以上の方に声を掛けてくだされば大丈夫ですので」
「ありがとうございます」
その後は書類作成もつつがなく終わり、主任の人が教官の詰め所を退出すると同時に鐘が鳴る。僕にとって胃が痛い報告の第2幕を告げる合図だ。
授業に使う物を台車に載せ、急いで講堂に向かうと既に学生や教官が勢ぞろいで着席している。毎度ながらその勤勉な態度に感心するが、今日ばかりはその熱心さが怖かった。
「えー、授業を始める前に皆さんにお知らせがあります。数コマをもって僕の講義は終了します。理由は『えぇー!』」
うるさ。『なぜですか』って、僕も同じ気持ちだよ。『なにか任務ですか』って、縁談という名の捕獲宣言を隣国から貰ったんです。『怪我でもして入院か』って、まだ元気ですよ。
まったく、本人が話してもいないのに憶測が飛び交うのは居心地が悪い。とりあえず静かにさせてっと。
「はーい、戸惑うのは分かりますが静かに。再びクシェペルカ王国に行くことになりました」
「なんで今更クシェペルカ王国に行くのですか?」
理由を聞かれるが、これは言った方が良いのだろうか。いや、事が露見すれば嫌でも耳に入ることだからどうなんだろう? まぁ、理由も話さずドロンは後味悪いからボカして言ってみようか。
「詳細な理由を言うのもアレなので、ボカしますね。ヒントは銀鳳騎士団物語の僕の役の結末です」
「盾を残して跡形もなく消える」
「違います」
それはもう、僕は死んでいるのでは?
「報復のため、坂道を転がる謎の石臼と共に敵国へ突っ込む」
「違います」
ミシリエでやったなぁ。懐かしい。あれを発展させるのも面白そうですね。
「えーっと、森に隠居する」
「違います」
そのパターンは殿下と一緒に劇で見たなぁ。ていうか、光と闇の2属性にアルフォンスに分かれてる設定って銀鳳騎士団物語のテンプレなんだろうか。光と闇の性質を併せ持つ最強のアルフォンス・エチェバルリアって設定とかあっても良さそうなもの何だけどなー。
しかし、一体何人のアルフォンスが劇で生まれてそれぞれのエピソードが綴られたのだろうか。モデルの人間として興味に尽きないが、ちょうど1人の教官が『最後に王族の1人と恋仲になっていたような』と僕の答えたい展開を言ってくれた。
「はい、それです。此度、そういう方向になりまs『ヒュー!』」
指笛うるさっ。はい、そこもウェーブみたいに順番に立ち上がらない。え、何? どちらから告白したのか? どっちでも良いでしょそんなの。は? ヘタレ? 誰が言った、出て来い。訴えた上で勝つぞお前。
その後は大した授業も出来ず、終了の鐘が鳴った。まさか授業に参加していた教官からも色恋沙汰に関して口を出されるとは思ってなかったからかなり疲れたけど、もうこれで学園に関しては終わった。
それに、後はお楽しみの試作機を仕上げる作業で今日は終わり。まるでテーマパークの門前で入場を待っているみたいでテンション上がるなー。
そう思ってた──そう思ってたんだ。
***
「そうです。新婚旅行に行きましょう」
「いきなり何言ってるんですか」
『そうだ、京都に行こう』とばかりに新婚旅行を提案するエルに、アルは待ったをかける。なお、この場にはアディも居るが新婚旅行の響きに充てられて正常な判断を下せずにいるので、実質エルの思い付きを実施出来るように遂行するのは彼のみであった。
さて、エルが言った新婚旅行。実はフレメヴィーラ王国にも近しい文化が存在する。
前世では結婚式といったバタバタと忙しない行事を完遂した二人が非日常的な場所と時間を共にゆっくりと過ごすことで夫婦としての思い出を作っていくという目的として行われていることだが、こちらでは魔獣の大発生などで隣り合った領地同士の結束が強いフレメヴィーラ王国らしく『貴族間での顔の見せ合い』の意味合いが強い。
なお、その意味合いから分かるとおり一般人には全く浸透していない概念である。また、かつては送り出した夫婦が魔獣に襲われ、結婚式のすぐ後に葬式が執り行われたと言う悲惨も家もあったことから魔獣犇めく王国内を自由に移動出来るほどの自衛力がない場合、周囲から怪訝な顔をされるかなり特殊な文化でもあった。
「いえいえ、これでもかなり考え込んだ結果なんですよ? 例えば余計な波風を立てないように新婚旅行って名目でクシェペルカ王国にいけますし、家族ってことでアルも同伴できます。後、魔獣がやってきてもイカルガとあの試作機ならば余裕で撃退できるでしょ」
「たしかに」
いつもの思い付きでの発言かと思いきや、案外ちゃんと考えてのことだったらしい。新婚旅行のついでに先だって招待を受けたから来た体にすれば周囲に勘繰られずに王族に接触できるし、その際に人払いをしてもらえばエムリスのことやアルのことを話しやすい。
イカルガも一緒に同行することでエルがイカルガを動かす系の作業に夢中になり、新婚状態のアディをほったらかす恐れがある以外は結構筋が通っていた。
「ひとまずこれで企画書出してみますか」
「イカルガだけは止められそうですけどね。イカルガにかまけすぎて、成田離婚ならぬクシェペルカ離婚されそうで」
「そんな! イカルガも家族じゃないですか! 除け者は可愛そうですよ!」
「兄さん知ってる? ペットって貨物扱いなんだよ」
「じゃあ僕も貨物で良いですよ! 人間だって大まかに言えば肉袋なんですから!」
「うわ、いきなり変な理由でキレ出したし……こわっ。じゃあ、もう何も言わないので勝手にしてください」
イカルガの扱いについてギャースカ言うエルに打つ手無しと降参の意を示したアル。『勝手にして』という言葉を聞いて論破出来たと思った彼は、凄まじい勢いで企画書をレビュー含めて3日で書いた後にそれを藍鷹騎士団に託す。
しかし、まさか僅か数日で具体的な企画書を持ってくるとは思っていなかった王族。退位したことで割かし暇になったアンブロシウスはまだしも、纏った時間などが取れないリオタムスがボトルネックとなって企画についてエル達と話し合う時間が全くといって良いほど取れなかった。
そんな中、銀鳳騎士団はといえばいつもの開発ターンを満喫していた。
「さて、試作機も外装の取り付けが終わりました。今度は武装ですね」
「おかしい。いつの間にか兄さんに計画を乗っ取られている」
元気な声を出しているエルとは対照的にアルは納得行かない表情で試作機を見つめる。彼の服装はいつもの団服とは違ってフォーマルなものを選択しており、首から『協力者カード』と手作り感満載の小さな金属プレートを提げていた。
騎士団から抜けた今、アルは銀鳳騎士団にとってはお客様である。ゆえにエルが前世のようなプレートを作って渡したまでは良かったが、まさかプロジェクトまでついでに引き継がれているとは思わなかった。
「良いじゃねぇか。開発が終わればシルエットナイトをもらえるなんて贅沢な話じゃねぇか」
「ところで整備費とか駐機代とかどうするんだい?」
「あれ、親方達って僕がクシェペルカ王国に行くって話……あ、忘れてた」
アルのふてくされたような態度にプロジェクトを横取りされたことに怒っていると誤解され、ダーヴィド達が宥めに入る。ただ、アルが銀鳳騎士団からの退職金代わりに
あまりにも食い違った意見だったのでアルは記憶を遡るが、ダーヴィド達にクシェペルカ王国行きについての話を一切していなかったことを思い出す。『クシェペルカ王国行き』という単語に面食らったダーヴィドとデシレアだが、ふと我に返ると『そういうことは早く言え』とアルの頭にアイアンクローをかます。なにごとも『ほうれんそう』は大事というわけだ。
「後でエドガー達や学園にも言っとけよ。いきなり失踪したってこっちに問い合わせ来ても対応しねぇぞ」
「あぁ、学園には言ってます」
「なんで学園には言って、こっちにはなにもねぇんだよ。……まぁ、良いか」
ご尤もな意見だが、今は目の前の開発に集中しようとダーヴィドは予めエルやアルが書いた設計図を黒板に貼りだす。
一見だけならば胴体部分に存在するカルディトーレよりもかなり複雑化した変形機構やパッチワークから引き継がれた念には念を入れすぎた増加装甲に目を惹かれるが、メモ書きなどを舐めるように見渡してみれば変形機構よりも武装の多さが目立つ。
頭部兵装は基本として腕部にはスライド式で展開する剣が両腕分。腰にも手持ち式の短剣を納めるポーチが左右に存在し、一般的な騎士団のカルディトーレと比べるとかなりの重武装であるが、この機体の武装は
「おいおい、オプションワークスにシルエットアームズなんて何考えてんだ? それは飛ぶためのものだろ」
「いえ、飛んだ後……空中戦が出来る様にします。先端には大出力の法撃が可能なシルエットアームズ、両翼の付け根には単発ではなく連射式のシルエットアームズを積み込もうかと」
あくまで空中戦と言い張るアルだが、
「ダメだダメだ、ただでさえこいつはパッチワークみたいに色々載せてるんだぞ! 特にこの腕の剣なんて簡単に着脱は不可能だし、機構と剣自体かなりの重量だから動かし辛ぇゾ?」
空中戦は法撃と突撃能力さえあれば良いが、地上だと法撃のみだと仕留め切れないケースが多々あるために近接格闘に秀でた武器や改修が人気だ。限られた重量の中でそれらを上手く混合させることは非常に難しく、ダーヴィドは暗に法撃主体か格闘主体のどちらかに寄せるように言ってくる。
「んー、なら法撃に寄せましょうか。全体的に装甲少なめで、腕部にも牽制用のシルエットアームズを取り付けましょう」
その忠告を素直に聞いたアルは法撃寄りの構成にしようと案を出し、ダーヴィドも重量配分を再び計算し出す。片や金属の部品と金属の塊である剣を一緒にした腕や全身に着込んだ増加装甲、片や
「ここがこうなって……」
「あ、親方。ここの数字間違えてます。あとここも式が違いますね」
「だぁっ! 銀色坊主、邪魔すんじゃねぇ!!」
横から茶々を入れてくるエルをアディが居る方向に投げ飛ばしつつも計算が終了し、どうやら規定範囲の重量に収まっていることからダーヴィドはOKを出した。その号令を待っていたと言わんばかりに
「おう、後でクシェペルカ王国行きについて話聞くからエドガー達集めとけ」
「ういーっす」
ダーヴィドの指示に気楽げに返事をしたアルは、エルからトゥエディアーネと一応まだ銀鳳騎士団の騎士であるフロイドの借用許可を取ると真っ直ぐ白鷺騎士団と紅隼騎士団の砦へ向かう。両騎士団には未だアルが銀鳳騎士団を抜けたという情報が入っていないので、若干申し訳なさそうにするフロイドの横でアルはなんの悪びれもせずに顔パスで騎士団長室へと向かう。
「僕や騎士団の今後について話があります」
「よし、分かった。行こう(行くよ)(行くわ)」
対面してからは二つ返事どころではないスピードで同行に同意した元中隊長達。ただ、流石に砦2つをはしごするのは時間をかなり食い、彼等をオルヴェシウス砦に招待した時には夕日がそろそろ落ちかける時間となっていた。
だが、今回も下手をすると再び銀鳳騎士団傘下の部隊を展開する必要があるかもしれないため、オルヴェシウス砦に寝泊りしてもらうことに決まる。
すると、いつもの銀鳳騎士団ならば残業などはあまりさせないことをモットーにしていたことを思い出したディートリヒが不思議そうに口を開く。
「そうするぐらいだからよっぽどのことなんだろうね」
「はい、エムリス殿下がクシェペルカ王国の船を奪って冒険に出ました」
『よっぽどのことだったー!』
投げ込まれた手榴弾。いや、もはやダイナマイトを束ねた類だろうか。その強烈な威力に集められたエドガー、ディートリヒ、ヘルヴィ、ダーヴィドの4人の目が一瞬で死んだ魚のようにどす黒くなる。
今までの彼等だったら先ほどの叫びの後に『なにやってんだあのバカ』や『え、これ大丈夫? 国際問題にならない?』といった罵詈雑言や今後に向けての会話が続くはずだが、もはやそれらを考える思考も語彙力も焼却されているのだろう。まるで強大な敵を前に呆然と立ち尽くす戦士のように『あ……あ……』と意味の無い単音を口から漏らしている。
「なので、フレメヴィーラ王国的には殿下を引っ掴んで連れ戻す必要があります」
「そしてクシェペルカ王国からの情報提供の結果、冒険の地は南方大洋にあると言われている浮遊大陸です」
「浮遊って……島が空を飛んでんのか?」
「なるほどね、ならトゥエディアーネ……と私達が重要ってことね」
「そうですね、察しが早くて助かります。他にも意見をどうぞ」
いきなり浮遊大陸という聞きなれない言葉を言われたダーヴィドは何のことだかわからないような顔でさらなる情報をもらおうと尋ねるが、その横でヘルヴィは実働部隊だった経験から即座に戦場となる土地にふさわしい機体とそれに慣れた元第3中隊の役割が重要だと看破する。
エルもアルもリオタムスから噂を聞いただけで詳しい話が分からない以上、その空に浮かぶ島という情報だけでどのような戦力が適切のか、そしてどのような広さでどのような敵対者が居るのか全くの未知数。ならば、歴戦の文殊の知恵に協力を仰いだのが今回の狙いだ。例えエルとアディが浮遊大陸に乗り込んで数日でエムリスを確保して帰ってくることになっても、事前にリオタムスに報告しておけば依頼を出した彼が良いように記録を作ってくれるであろう。
エルの促しにようやく荒事に発展すると仮定した編成の相談だと理解したダーヴィドが口を開く。
「そんなら、まずはレビテートシップがいるだろ。それも浮遊大陸っつーんならクシェペルカ王国を助けに行った時のような逐一補給や整備が出来る環境じゃねぇ、調査船団のような船団が必要だ」
「同感だね。付け加えるならば、敵対する存在がいる可能性も捨てきれないよ」
「そう考えると陸地が占領されていた場合、整備もままならないな。空中で補給や整備ができるイズモやアサマは最低でも引っ張り出さないと駄目か」
敵の存在。長年銀鳳騎士団の剣の切っ先であった男や盾であった男の発言にエルとアルは意識を変える。
言われてみれば、西方諸国の中でフレメヴィーラ王国に一番近い場所がクシェペルカ王国だ。必然的にその噂話の流入はその他諸国よりも遅めだろう。
それに今は
クシェペルカ王国に噂話が来ていることから既に浮遊大陸全土が群雄割拠の時代に突入している感が否めないが、仮にそんなパイの取り合いに移行する前に少しでも切り取っておこうとしている存在に対して『あなたの占領地で整備をしたい』と交渉するのはあまりにも愚かだ。
ならば、イズモのように工房を持つ大型拠点を最低でも用意しなければならない。相談して早々に大所帯になりそうな気配だが、これはまだ序盤。続いてエドガーが語りだした。
「俺からはニキチッチが欲しいな。あれの性能はイカルガといった規格外を除けばフレメヴィーラ王国で1.2を争う出来だ。おそらくだが、あれほどの性能の物は他の国にはないんじゃないか?」
「珍しいね。機体の性能よりも騎士の練度を重視しているエドガーが」
「たしかにありゃ良い出来だった。敵の心配をするっつーんなら、よほど良い武具を持っていく必要があらぁな」
「ちょっと! 私も賛成だけど、大事なこと忘れてない!?」
機体のことを議題に挙げたエドガーにディートリヒが珍しげに彼のことを茶化し、ダーヴィドもニキチッチを編成に加えるという意見に賛成する中で、ヘルヴィはニキチッチ──特に陸上機の重要な役目があることを指摘する。
拠点の確保というのは基本的に歩兵の仕事である。そして、それはカルディトーレなどの陸上機に乗った騎士でも機外に出るというリスクを度外視すれば割と簡単に拠点の確保は可能だ。
ただ、トゥエディアーネの場合はそう簡単にはいかない。地上への着陸という1工程が増えるだけだが、その過程で攻撃を受けるとトゥエディアーネはそのまま地面へ墜ちてしまう。着陸も
「レビテートシップなんていつまでも飛んでいられない。敵を仮定するならば大陸のどこかに拠点があると仮定するのが筋よ」
「たしかにトゥエディアーネは地上攻撃は出来ても占領までは手間がかかるな」
「それに、エクスワイヤ・チックをつければそのまま着地して戦闘を行いやすいね」
「おぉ、それがあったな! 空も飛べるし陸上も走れる機体、良いじゃねぇか!」
これで2つ目の案が決まった。問題はフレメヴィーラ王国の試作機やエクスワイヤ・チックという次世代の正式
すると、何かを思い出したディートリヒが『あっ』という聞いた者が須らく不安になる言葉を発した後に挙手をしながらアルを呼んだ。
「アルフォンス、ゴンゾースはどうするべきかな?」
「あー……忘れた」
ゴンゾース・ウスティオ。ライヒアラ騎操士学園を卒業後、即座に夢のような存在であるディートリヒ率いる紅隼騎士団に入団した期待の新人である。新人の中で唯一初めにツェンドリンブルに志願した勇者でもある。
なお、ファーストペンギン現象と言えるのだろうか。件の輸送任務後に若手の中からツェンドリンブルの乗り換え申請が多発したので、紅隼騎士団ではツェンドリンブルで隊が作れるほどとなっていた。
閑話休題
ディートリヒの話を聞いた際、全員の頭の上ではあの禿げ頭の大男が快活に笑っていた。ただ、同時に次に向かうであろう場所とツェンドリンブルは激しく相性が悪いのではないかと全員の意見が一致するのはそう難しい話ではなかった。
浮遊大陸。『浮遊』である。すなわち、崖から足を滑らせれば真っ逆さまなのは火を見るより明らかだ。
いまだ浮遊大陸の広さは想像できないが、そこを爆走するカルディトーレと比べると重量級な機体。『危険だからやめろ』と言いたくならないはずもない。
「一応カルディトーレも乗れるんですよね? 彼には一応説得してみて、ダメだったら……遺書でも書かせて自己責任ということで」
「機体も装備も自己責任……だね。分かった、他の団員にもそう言っておくよ」
「なんですか、今の間」
微妙な間が発生したが、ディートリヒはアルの提案を了承する。その時、彼はアルの言葉に後ろで組んでいた手を力強く握ったのだが死角ゆえに誰も彼の反応に気づく者はいなかった。
こうして長々とした話し合いも意見を出し尽くしたのか全員が黙ったタイミングで代表者のエルは締めくくりにかかる。後は出てきた案を纏め、『新婚旅行中に出撃が予想される時の備え』というタイトルを付けて追加報告として藍鷹騎士団の手に託す──が。
「前のことを含めて話をされたいらしい。ちょうどいいからお前も連れていく」
本当に長年の付き合いゆえの気軽さで報告書と共にアルはカンカネンへと拉致されてしまう。ちなみに、もはやツーカーの仲となっている銀鳳騎士団と藍鷹騎士団。『アルフォンス元副団長を企画整理のために説明のためにお借りします』と拉致された時と同タイミングでノーラが事後承諾をもらいに行ったところ、『じゃあ事前説明はアルに任せるので、話がまとまったらそちらに向かいます』とまるで面倒事が減ったとばかりの笑顔で返事をしたとかなんとか。
***
「──以上が仮に浮遊大陸とやらに赴く場合に必要な備えに対する説明です」
「そのぐらいかかるか」
内容が内容なので、藍鷹騎士団の手からアルを受け取ったリオタムスはアンブロシウスと共に貴族達が話し合う防音がなされた会議室で備えについての説明を聞いていた。最初は先に送られてきた新婚旅行についての質疑応答を予定したが、対応の内容が大掛かりになることを踏まえ、アルが先に説明させてほしいと希望してきたためだ。
最初こそ備えと聞き、多くて
「いや、これでも少ないと思うのですが。具体的には各地への連絡要員として藍鷹騎士団にも参加願いたいです」
「それほど敵が強大と?」
「複数の勢力を想定しないと危なそうですからね」
現王であるリオタムスの手前なのか、じっと無言を貫いていたアンブロシウスがようやく口を開く。
噂話の発生時期は分からないが、力のある国々は浮遊大陸という未知なる地に足を突っ込んでいるのではないかというのがアルの弁だ。その場での交渉や動き次第で敵にも味方にもなる危うさがある以上はどんなに用心を重ねても足りないということはないだろう。
アルの説明に納得はするが、それでも国外に出したことのない新型機や新たな形となったイカルガという戦略兵器の存在を露呈する必要があるのか。情報を流出し、西方諸国に新たな概念の
たかがエムリス1人。だが、彼はフレメヴィーラ王国を治める王族の1人でもある。仮に捕縛された場合、政治的にも非常にまずいし、どちらかと言えば身内に甘い系のリオタムスからすれば見捨てるという選択肢はなかった。
「分かった、ひとまずはその備えを始めておこう。だが、ニキチッチの派遣と新婚旅行にイカルガを持ち出すのは却下とする」
「まぁ、分かってました」
分かり切っていた答えにアルは苦笑いを浮かべる。いくら復興が進んだクシェペルカ王国でもいきなり大仰な戦力であるイカルガを持ち込むのは民草に無駄な緊張感が走らせかねない。また、イカルガは文字通りエルが心血を注いだ最高傑作であり彼しか十全に扱えない欠陥品なのだが、解析して使える部分を集結させれば高コストなエース機として大成出来るだろう。
早い話が『整備はやりたくないけど、1回触ってみたい代物』である。いくら友邦であろうともそんな機体の整備を任せることは出来ない。
ニキチッチもまた然りだ。数機しかない高コスト機を量産する暇がないというのが建前だが、小隊かつ全員エース級の腕前の人間が乗れば
ただ、ニキチッチはともかくイカルガを持っていく意見はエルが発案だ。むしろ反対意見を言っていたアルとしては『どうぞどうぞ』なので、決まったことをエルや銀鳳騎士団中核の面々に共有するためにメモを取り出して先ほどの会話の内容を記録し出す。
「アルフォンス、そのメモをどうするのだ?」
「え? 帰って騎士団長閣下にお伝えしやすいようにするためのものですが?」
長年やってきた社会人スキルの賜物だが、リオタムスやアンブロシウスはメモを取るアルの姿を何度も見ているはず。なのに、なぜかメモの取り扱い方を聞いてくる2人にアルが不思議そうに返答するが、彼らは揃って『エルネスティを呼び出す間、おぬしをここに滞在させる予定だぞ(じゃぞ)?』と不可解なことを言い出した。
「なぜです?」
「領土を治める学がないとか言っていたではないか。ならばこの機会に少しでも学ぶと良い」
「幸いなことに財務を取り仕切っているところが手が足りておらんと言っておってな。……計算が出来ぬとは言わせんぞ? おぬしの学園時代の成績はラウリを通じて把握しておるし、シルエットナイトの設計では欠かせぬことじゃ。やれ」
「わ……ァ……」
モロに『お前暇だろうから勉強でもしてろ』と言われ、せっかくの余暇を満喫しようと思っていたアルの精神は(身長が人の子供並みに)小さくて(境遇が)可哀想なものになりかけるが、上から言われたことは絶対だという前世からの社畜根性を発揮した彼はそのままトボトボと退室していく。
男にはやらねばならぬ時がある。今がその時なのだ。……多分!