銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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141話

 無作法に来訪してきた招かれざる客のヘアスタイルにより、日曜日の夕方という前世の憂鬱タイムに放送されていたアニメのことを思い出して呆然としていたアル。しかし、その間にもその男はアルのことをじぃっと見ていた。

 

「君、名前は?」

 

「お初にお目にかかります、エザール辺境伯閣下。アルフォンス・エチェバルリアと申します」

 

「アルフォンス……、フレメヴィーラの方は偉丈夫って聞いてるし……。ならば、君があの有名な魔女の方かい。そんな可愛らしい顔で魔女なんて、世間は酷いね」

 

 何やら変な勘違いをしているのだろうが、別段それぐらいで怒るほど彼の堪忍袋は脆くない。──が、性別を間違えたことも考えるとツーアウトであることはアルの脳内にある『ジャ●ニカ暗殺帖』にしっかりと記載する。

 そんな器の小さいことを考えているアルの全身を値踏みするように見ていたエザールだが、傍目から見てもそこら辺に居る小さい子供のように思えたのか興味を本命のイサドラに移してしまった。

 

「あぁっ! イサドラ、君が僕以外の者と結婚すると聞いて飛んできてみれば……友達まで使って僕の気を引きたかったのかい?」

 

「いいえ、エザール様。これっぽっちもあなたのことなんて気にしておりませんわ? 早くお帰りになって?」

 

 アルのことを『友達』だと勝手に納得したのか、芝居がかった口調でイサドラに話しかけるエザール。ただ、彼女から飛び出してきたのはとんでもない切れ味のカウンターだった。

 辺境伯という王族からの信頼という点では元クシェペルカ王国内でもかなりのところまで食い込んでくるであろう家に対してこの言いよう。しかも、『早くどこかへ行け』というジェスチャーのオマケつきなところを見ると、イサドラのストレスや堪忍袋も限界であることが伺える。

 

 しかし、流石辺境伯というべきだろうか。そのカウンターを真正面から受けながらも、イサドラが空でヒラヒラさせた手をガシリと掴む。そのまま、彼女の目の前で跪いて自身の唇を掴んだままの手に落とした。

 

「君をここまで強がらせてしまうなんて……僕はなんて愚かなことをしたんだ。寂しくさせてしまってすまない」

 

(あ、これ高橋さんに送られてきた元旦那さんのメールに似てる)

 

 エザールの口から語られるまるで悲恋劇の男役のような言い回しに、完全に蚊帳の外となっていたアルは前世の同僚の携帯に送られてきた頭ジュリエットメールを思い出していた。ただ、イサドラの腕にサブイボが数多に出てきているので、このまま放置するとイサドラがまたしても爆発しそうな気配を感じたアルは計画を実行に移すことを決意する。

 アルは思いっきり机に顔を伏せ、唾液で目のあたりをなぞってから脳内で悲しいことを思い返しだした。

 

 イメージする最凶の思い出。失恋話、仕事で失敗した話、『君、ここ以外だとやっていけないよ?』と言われたこと。さすがにここまで来るとガチで凹んで泣き出すからそこまでにしておいたが、顔を上げるとイサドラや隣で空気となっていたマルティナが本気で驚くような泣き顔を晒したアルが立っていた。

 

「そんな……、イサドラ様がどうしてもと仰ったから来たのに。覚悟を決めたのに……酷いっ!」

 

「えっ……え? アル、待って!」

 

 アルの豹変具合に一瞬だけ動きが止まったイサドラ。慌ててエザールの手を払いのけてアルの肩を掴もうとするが、彼女の手は虚しく空を掴んだ。

 そのまま部屋から飛び出したアルは、ドアを出てすぐ横の付近で屯っていた出刃亀3人と視線を合わせると、『お ぼ え て ろ』と唇を動かしてから一目散に廊下を走り抜けていく。そんなアルの姿にいまいち状況を理解できなかったエル達は、ポカンとした表情で走り去る彼の後姿を見ていた。

 

***

 

「我ながら演技臭かったですかね?」

 

 しばらく廊下を走った後、アルはふと足を止める。先ほどのやり取りを思い返しながら割としつこい演技だったことを反省するが、あれぐらいしなければ分からない人間も探せば居るものだ。

 ただ、『魔女』だの『友達まで使って』だのと、どうにもエザールの考えていることがアルの理解の範疇を超えてしまっているので、そこだけが懸念点だと彼は心配になりながらもマルティナから渡されたメモの通りに廊下の突き当りを目指す。

 

「奥から1……2……3……4つ目。これですね」

 

 誰も追いかけて来ないことをもう一度確認し、奥から均等に配された花瓶の数を数えながら歩いていったアルはおもむろに奥から4つ目の花瓶に手を突っ込む。普通ならば中に入れられた水が付着して不快な思いをするはずだ。しかし、今回はそういったことはならず、手元に1枚の紙が納まっていた。

 

「この住所は……藍鷹騎士団の詰め所ですか」

 

 そこに書かれていた住所。それは砦を出る際に親父から渡された藍鷹騎士団に貸し与えられた詰め所の場所と酷似していた。その横には時刻もあり、どうやらその時間に藍鷹騎士団の詰め所に向かうような指示書なのだろうとアルはあたりをつける。

 

「同行者はよした方が良いですね」

 

 一瞬だけエルとアディの付き添いも考えたが、新婚旅行中に水を差すのも悪いのでその足で王城を出たアルは街中を少しぶらついた後に件の詰め所の入り口へと足を踏み入れる。5分前どころか10分前行動なのだが、入り口で待機していた密偵と思われる人物は快くアルを詰め所の中へ迎え入れてくれた。

 中にはフレメヴィーラ王国で見知った顔や見慣れない顔の者達が居り、その中心で特に見知った人間がアルに向かって手招きをしていた。

 

「よう、振られ男」

 

「あれ、おやっさん。随分早いですね」

 

「定期便に乗せてもらったんだ。……おっと、時間ぴったりだな」

 

 あんまりな言い草をアルに投げかけるが、突如として再開した親父の目つきが鋭くなる。

 それもそのはず。集団に守られながらマルティナが入ってきたのだ。集団は決まった装束に身を包んでおり、周囲の態度から同じ藍鷹騎士団所属の密偵ではないのだろう。

 

「マルティナ様、このようなむさくるしい場所などに来られずとも。一声かけていただければ場所は用意させましたのに」

 

「いえ、少なくともそちらもフレメヴィーラ本国への報告が必要でしょう。手間が増えると相手に悟られかねません」

 

 どうやらマルティナはフレメヴィーラ所属の藍鷹騎士団もこの問題に協力してもらう腹積もりらしい。

 しかし、彼女はその要請に対してどれぐらいの人員が必要かを明確に示されていなかった。元フレメヴィーラの王族に加え、出立前にリオタムス直々に『頼むぞ』と言われているので手加減は出来ないが、同時に表向きの動向理由であるエル達についていく人員も捻出せねばならない。

 要員計画について眠れない夜が来る予感に親父は苦虫を噛み潰したような顔で『御意』とだけ呟く。

 

「結構。それでは、こちらで分かったことを開示いたします」

 

 同意を得たことにマルティナは満足げに頷くと、傍に控えていた密偵の1人に合図を送る。その合図に周囲の密偵がそれぞれ持ってきた紙束を詰め所の中心に置かれた大机の隅に置いていき、机の中心に様々な書き込みが為された新生クシェペルカ王国の地図を設置した。

 

 ただ、そんな情報開示の準備中に周囲を見ながらソワソワする人物が1人。彼の姿を見つけたマルティナは、まるで青春の1ページを見たかのような微笑ましい気持ちになりながら微笑を浮かべた。

 

「私とイサドラが同じ時に城を出るとエザール辺境伯に怪しまれるでしょうからね。時間をおいて来させています」

 

「あっ、いえ。イサドラについてはなんの心配もしていません」

 

 嘘である。マルティナからの話にぱっと表情が明るくなったことは周囲も当然気づいており、ちゃっかり彼女のことを『イサドラ』と呼び捨てにしたことも皆知っている。

 アルとしては自身の頭の中を見透かしたような言葉を反射的に否定をしてしまっただけなのだが、他にも色々バレている言動に皆、一様にニヤついた目で『はいはい』と適当な返事をしてお茶を濁す。

 

 しかし、残念ながらここに集まったのはそんなほっこりするためではなく、もっとドロドロした政敵に関する情報を共有するためだ。その考えから親父は軽く咳払いをして空気を変え、この地に留まってクシェペルカ王国の密偵と協力して調査をしていた藍鷹騎士団員から受け取った資料に目を通す。

 

「ひとまず、こちらで受け取った調査資料を確認したい。今回の騒動の首謀者は旧ロカールとの国境付近に領地を持つエザール辺境伯、そしてお付きとしてトッツ男爵とマグリット子爵の2家……で、合ってるか?」

 

「合っています。捜査の過程で他にロカールとの国境に領地を持つ貴族も調べましたが、辺境伯の息がかかった貴族はその2家だけです」

 

 手始めに今回の首謀者を共有する。やはり黒幕は件のベイビー野郎……もとい、エザール辺境伯。そして、部屋に入ってきたその他2名であると代表者の密偵が話す。

 てっきりもう少し居るのだと思っていたアルは『それだけですか』と零すが、それを聞いていた密偵が『これ以上は旨味を十分に取れませんからね』と言うと、さらに手紙を束ねた物が数束ほど机の上にどかりと乗せられた。

 

「これは?」

 

「少し前、家の者に扮した密偵によりもたらされた密書です。エザール辺境伯の隠し部屋から見つけ、量が多いので抜粋してきたらしいです」

 

「これを見たので、私はフレメヴィーラ王国の方々と連携してこの問題を取り組むように決めました。貴方方にとっても決して無関係ではないと思うので」

 

 マルティナの顔色が優れないところから、とんでもない厄ネタなのだろう。その密書は複数の封をする印章以外にも複数の印章が押されており、アルがそれを手に取って封筒を開閉しながら押された印章を確認する。ただ、紋章官でもないアルがどの貴族の持つ紋章なのか判断できるはずがなかった。

 

 ただ一つの紋章を除いて──。

 

「なんでジャロウデク王国の紋章があるんですか」

 

 『ジャロウデク王国』という言葉に藍鷹騎士団員の動きが止まる。その後、いち早く現実へと戻ってきた親父やそれより上の存在の確認作業の末、どうやらその紋章は本物であることが証明された。

 

 そこから先は、どのような内容の密書なのかが調査対象となる。アルを含めた藍鷹騎士団全員で封筒に書かれた日付を頼りに時系列を組み立てていくと、手紙の一番古い時期はどうやら大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)発生から1年ぐらい前からのようだ。

 

「優秀な方のようですな」

 

「えぇ、時間があってもここまでドンピシャの時期を選ぶのも難しいですよ」

 

 先ほどマルティナが言っていた『抜粋』の通り、欲しい情報だけ的確に抜いてくる密偵の技量に親父とノーラは舌を巻く。これがエクセルファイルとかならば検索をかけて一発だが、紙媒体の物を日付を見ながら痕跡を残さず検分し、一気に抜いていくのは熟練の密偵のそれである。

 

 そんな職人仕事を見せられては同業者として燃えるものだろうか。藍鷹騎士団員達は食い入るように1年前からの密書を順番に精査し、その光景を既に情報がいきわたっているのかマルティナを含めたクシェペルカ王国の密偵達は眺めている。

 

「いや、いやいやいや。これは……」

 

「あまりにも出来過ぎてますよ」

 

「いえ、書き方が妙に柔らかいですし。その線が有効じゃないですか?」

 

「でも、仮説通りならば事前情報にあったティラントーの存在も納得がいきます」

 

「どうぞ、思った事をどんどん口に出してみてください」

 

 1年前からの密書を数枚見たのみだが、それぞれの感じたことを藍鷹騎士団全員で議論する。親父とノーラを含めた数名が『あまりにも出来過ぎた話の展開だ』ともう一度密書を読み直すが、アルを含めた数人が自分たちの浮かんだ推測こそ真実だと熱弁する。

 そんな各々が感じた推論──。それは、端的に言えば『エザール辺境伯と懇意な仲となっているジャロウデク王国の貴族が居る』というものだ。

 

 そこら辺の露店であるような一山いくらほどのゴシップにもならない仮説に過ぎないが、国同士を跨いだ手紙にしてはフランクな文面や、送り主の持病など長年付き合っていないと分からないことを心配する内容がその推測を仮説へと昇華させた。

 

「えぇ、その通りです。私共もエザール辺境伯やその周囲がジャロウデク王国の貴族と親しくなっていると仮定し、これらを再び精査致しました」

 

 どうやらアル側が当たりだったらしい。マルティナの合図に密偵はさらなる情報を開示する。

 多少回りくどいが、一気に事情を言われても混乱して情報を聞き流す恐れがあるゆえにアルも藍鷹騎士団員も黙って新たな情報が書かれた紙面に注視する。

 

「なんですか? これ」

 

「はい、エザール領や彼に追随する2家の領土が戦闘になった際の記録です。とは言っても伝聞なので詳しくないですが……」

 

 どこからこんな物を持ってきたのだろうか。クシェペルカ王国の調査能力に今日で何度目かも分からない驚きの表情を浮かべつつも、アルは丁寧にそれらを検分していく。

 

 すると、どうやらかのエザール家、トッツ家、マグリット家はここ最近で代替わりしたらしい。その理由はやはりというべきか、ジャロウデク王国がクシェペルカ王国の国境を越えた際の戦闘であった。

 詳しい戦闘内容は書かれていないが、レスヴァント対ティラントーなぞ結果は火を見るより明らかだ。その後は前エザール辺境伯らが乗っていたとされるレスヴァントの頭部を槍の穂先に吊るして示威行為を行ったことで、現エザール辺境伯が降伏。そのまま橋頭保とされたらしい。

 

「……っ! ウエスタン・グランドストーム勃発の数か月前から順番に並べろ!」

 

 戦闘記録を読んだ親父が叫び、その指示に従って密書が時系列順に並べられる。

 人間、嫌な予感ほどよく当たるものだ。数か月前の手紙から『とある試作機』の名前が挙がり出し、その数週間後には『とある正式量産機』の名前や配備状況が所々に記載されていた。

 おそらく、その辺りでクシェペルカ王国とジャロウデク王国のパワーバランスを悟ったのだろう。正式量産機の配備状況を記した密書の返信から普段よりも密書の厚みや、『事前に脱出』といった戦においての具体的な動きの指示が増えている。

 

「こりゃ、完全に裏切ってますね」

 

「そのようですね。おかしいと思ったのですよ。真っ先にぶつかったにしては国境付近で一番初めに復興していますから」

 

「しかし、エザール辺境伯がなぜ今更イサドラ様に?」

 

「おそらくですが……。あら、どの日付だったかしら」

 

 何十枚にも及ぶ密書の中から目当ての密書を探すことに難儀しつつも、マルティナはやがて数枚の密書をアルに手渡す。かなりの文量だが、丁寧に読み進めていくとエザールの狙いが『ジャロウデク王国が攻め滅ぼした際の元クシェペルカ王国の統治代行』だと分かった。

 

 これは『IF』の話となるが、あのまま銀鳳騎士団が現れなければいずれエレオノーラはクリストバルと結婚し、ジャロウデク王国の王都で人質生活が強いられたことだろう。そして、出来上がるのは王が不在の荒れ果てた元クシェペルカ王国。

 その統治やジャロウデク王国に送る金銭や物資などの管理する地位をエザールが狙っていたのだろう。

 

 だが、そうはならなかった。とあるロボキチの投入によってジャロウデク王国は敗退。今では周辺国家に領土を切り取られ続け、かつての大国の威厳すらも感じられないようになってしまった。

 

「おそらく、陛下は年若い娘なので勢いで押し込めると思っているのでしょうね。イサドラを狙ったのも、陛下よりもやっかみが少ないと思ったのでしょう」

 

「大公の娘ですからねー。後々領土が増えることを考えればお得物件でしょ」

 

 エザール側の考えそうなことをマルティナとアルは口々に言うが、ここまで来ると相手はほぼ詰みの状態である。後は実際の書類のような目に見える証拠を複数ほど然るべき場所に提出し、捜査許可を取ってから踏み込んでしまえば後は良しなにやってくれるであろう。

 

「無論、この通りです」

 

 すると、クシェペルカ王国の密偵は1枚の紙を広げる。そこにはクシェペルカ王国の印章──エレオノーラしか振るうことが許されない最高権限でエザール領周辺の捜査権やいざという時の捕縛権を付与する命令書があった。

 なんだか既にお膳立てされている気がするが、藍鷹騎士団はこれから巻き起こるであろう大捕り物の気配に緊張の糸を張り巡らせていた。

 

「そこまで準備が完了しているのであれば、我らの出る幕はあるのでしょうか?」

 

「あります。むしろ、居てくれなければ人手が足りません」

 

 そう言ってマルティナは計画を話し出す。

 既に婚約者の噂とその婚約者は騎士だという噂をわざと撒くことで、デルヴァンクールにエザールとその取り巻きをおびき出している。その隙に飛空船(レビテートシップ)なりなんなり使うことで迅速にエザール領などの邸宅を家宅捜索するという『鬼の居ぬ間になんとやら』と呼べるような作戦だが、問題が一つあった。

 恐らく『婚約者は騎士』ということで幻晶騎士(シルエットナイト)による決闘で相手を諦めさせようと思っているのだろう。彼らは飛空船(レビテートシップ)でデルヴァンクールに来ているのだ。

 

 家宅捜索を行う時間がどのぐらいかかるのかは未知数だが、少なからずエザール領の本邸からデルヴァンクールまで早馬がやってくるだろう。

 もし、バレてしまえばもはや征伐という力業かつ周囲に隙を作る解決法しかなくなるので、問題点を話し終えたマルティナはその解決法を言う──前にアルが口を開いた。

 

「申し訳ないですが、早馬の人を消すしかないでしょうね」

 

「頼もしいわね。……彼に何か教えました?」

 

 捕縛も言葉での懐柔も後々遺恨が残る。ならば、『理由は分からないけど情報が渡らなかった』方が都合が良い。マルティナはそう考えていた。

 ただ、アルの口からその血生臭い解決法が飛び出てきたことに、マルティナは彼のことを褒めながら親父に視線をやる。

 

「いえ、そんなに見られましても我々が育てたわけじゃないです。勝手に育ったんです」

 

「そんなこと言わないでくださいよ、パパー」

 

「お前、いい加減にしろよ!?」

 

 マルティナの言葉に対し、親父は手を左右に高速で振りながら否定を示した。

 藍鷹騎士団で行うような密偵技術を障り程度しか教えておらず、このような察しの良さや清濁を合わせて吞み込む胆力は自前の物だと続けて反論する。──が、アルの子供のような口出しをしてきたので彼はアルにダーヴィドから教わった銀鳳騎士団名物のアイアンクローにて制裁を加えてこの話を早々に切り上げさせた。

 

 なにはともあれ、エザールはもうおしまい!ということなのだろう。当の本人はそんなことは知らずに勝利の美酒でも飲んでいるのだろうかと王城の方を呆然と見ていると、部屋に外套を深く被った女性が入ってきた。

 

「あれ、さっきの女中さん」

 

「お前、イサドラ様のお付きだったんじゃ」

 

「はい。イサドラ様が抜け出そうという頃にエザール辺境伯が訪ねてきまして……」

 

 フードを脱いだことで先ほどの女中だと分かったアルが声を上げるが、挨拶をする暇もなさそうに彼女は事情を話し始めた。

 これも端的に言えば、イサドラがこっそり部屋を脱出しようとしていた時にエザールがいきなり押し掛けてきただけに過ぎないのだが、今の時間帯は夜中。約束もなく押し掛けるのは非常識だと苦言を呈される時間帯なのが問題だ。

 

 もちろん、彼女はあくまでもお付きとしてエザールに『女性の部屋にこのような夜分に──』と遠回しに追い返そうとしていた。だが、かの辺境伯様曰く『婚約しているのだから良いだろう』の一点張りで退こうともしない。

 その有無を言わさぬ様子に流石のイサドラも恐怖したのだろう。思わず、『あの子に謝罪がしたいからどいて!』と言い出したらしい。

 

 強気な性格ゆえについ出てしまった言葉だろうが、いつまでも友達に固執するようなイサドラのそれはエザールにとってさぞ不快に聞こえたのだろう。

 剣幕で押し切れるかと思いきや、『妻を一人に出来ない』と言って外に出ていく。事の重大さから自分1人の手に負えないと、交代の人員にイサドラに無体を働けないよう見張りを任せて王城を出たのがほんの十数分前であった。

 

「すごいですね。フレメヴィーラ王国だったら周辺から途絶されて滅亡待ったなしですよ」

 

「魔獣という共通の敵が居ませんからね」

 

 敵を誘致した疑惑持ちで、外部から聞いても無理やり感のある婚約話を持ち掛け、とどめとばかりに夜分の非常識な訪問と連れ出し。いくら辺境伯という強力な身分だとしても周囲との協力をもって魔獣から領地や民を守るフレメヴィーラ王国であれば即座に周囲から見放され──る前に暴れん坊王族(アンブロシウス)に処断されそうなイメージが沸々と湧き出てくる。

 

 しかし、イサドラを連れ出したのならば時間的猶予も少ない。彼女が知っている酒場なぞ片手で数えるぐらいしかなく、全てはずれの場合は何をしでかすか分からないからだ。

 

「ともあれ、時間がありません。この後の僕の動きは?」

 

「アルフォンス殿には相手が持ちかけてくるであろう決闘を受けていただきます。持ち掛けて来なければ売ってください」

 

 逸る気持ちを抑えつつもマルティナに声をかけるが、彼女の横に居た密偵が代わりにアルの今後について話し出した。

 曰く、エザール家はこれでも空気が読める──否、空気を自分に有利な方向に変えた上で決闘を行うのが上手い家系らしい。視線を集め、如何に自分が正当なのかを主張し、『気に食わなければ掛かってこい』と煽る。そこまでいくと周囲も勝手にヒートアップするので、『逃げ』という選択肢が勝手に潰される。

 その後にいくら勝った時の景品を釣り上げようが、どんな工作を行おうが勝ってしまえば後はこちらのもの……だそうだ。

 

 なにせ相手は辺境伯。一見するとただの伯爵のような位置づけの爵位と思われるが、戦線によっては最前線を担う所謂『壁役』だ。広い領地に堅牢な防衛設備、守っているのも精強な軍。有事の際には指揮系統すらも掌握できる大物である。

 前世の過去の歴史では、仕える国が滅んだ際に公国として独り立ちする者も居たらしく、そんな世間的に見れば超大物に対して『工作があった』と物申しても、工作があった形成が見つからなければ周囲は逆に物申した人間を厳しく非難するだろう。なんとも上手い話だ。

 

「仕える国を間違ってませんかね?」

 

「私もそう思います。むしろ今では、ジャロウデク王国の貴族と懇意にしているのが当然だと思ってます」

 

 かの国は強さを重きに置く国である。噂では武力的に強い貴族の領地に対し、その貴族の子供を人質にとるという卑怯極まりない手段で勝利をもぎ取った伯爵でも『謀に強い』という形で国や周囲に受け入れられたこともあるのだとか。

 

 だからこそ、今なのかもしれない。復興が済んで一丸となって進もうという今のタイミングで国風に合わない邪魔な貴族を一気に掃除すれば当面の安泰は約束される。青写真を引いたのはマルティナだろうが、エレオノーラもよく決心したものだとアルは彼女の成長に心の中で涙した。──エルやアディと共に出刃亀したのは許さないが。

 

「ともかく、イサドラが来る前に酒場でやけ酒気味になっておく必要がありますね。少しでも相手が有利だけ思ってくれれば良いのですがね」

 

「えぇ、イサドラの知っている酒場はここと、ここと、ここ。王城から一番遠い場所はここです」

 

 机の中央に置かれた地図に指を這わせながらマルティナは言う。娘の知っている酒場なぞどこで知ったのだろうかと不思議に思ったが、恐らくあの脳筋殿下(エムリス)と同じで密偵によって筒抜けなのだろう。

 そんな取り留めないことを考えながらもアルはマルティナの説明もしっかり聞いていたらしく、彼女の説明が終わった途端に手甲型の杖であるアガートラムを左腕に装着してから行動を開始する。

 人の波を器用にすり抜けながら彼女が指定した酒場に迷わず到着したアルは、念のためにイサドラ達が来ていないことを確認すると、手ごろな席に座って適当なソフトドリンクを注文する。

 

(えーっと、身体を揺らしながら目をトロンとさせるんだったかな)

 

 前世の飲み屋や藍鷹騎士団が隠れ蓑にしている酒場に入り浸っている客のように、ソフトドリンクを片手に如何にも『管を巻いている客』を装って相手を待つアル。すると、酒場の入り口辺りがにわかに騒がしくなったかと思えば、足音がアルの横で止まった。

 

「やぁ、ミシリエの魔女。先ほどぶりだね!」

 

「どうも。どうしたんですか? イサドラ様まで引き連れて」

 

 会って間もないのにやたら距離が近いエザールは一旦置いておき、その横で申し訳なさそうに顔をうつ向かせるイサドラの方にアルは視線を向けて問いかける。すると、イサドラが何かを言う前に彼女を隠すようにエザールが前に出てきた。

 なるほど、外面から見れば不躾な視線から淑女を守る紳士だ。事情を知っている人間に対しては煽りにしか見えないが。

 

「いやぁ、彼女がどうしても君に謝りたいと言っていてね! 僕からも要件があったし、夫としては妻が心配でね?」

 

 やたらと『夫』、『妻』を大きく言いながら周囲の視線を確認するエザール。周囲への印象操作に余念がない仕草にアルは若干のやりにくさを感じていた。

 だが、仕掛けるのはここではない。こちらが逃げられないように仕組むのなら、あちらからも逃げられないようにした上で相手を骨ごと叩き割るのがフレメヴィーラ流である。

 

「いえ、"勘違い"は誰にでもありますよ。なので、イサドラ様からの謝罪は不要です」

 

 明言してしまえば向こうに主導権を与えるものなので、『誰の考えが勘違い』なのかは一切明言しない。ただ、『お前の可能性もあるぞ?』という圧をかけるのみだ。

 その挑発返しともとれる言葉にエザールも微笑を浮かべ、『そうかい』とだけ答えて口をつぐむ。そのまま両者は黙りこくり、無為な時間が流れていくかに思われた。

 

「なんだ、その態度は! エザール様がわざわざ訪ねてくださったんだぞ!」

 

 すると、エザールの傍らに居た大柄の男がアルの胸ぐらを掴みながら叫び出した。小柄なアルの身体は簡単に宙に浮かび、言いたいことを言い終えたのか大男はそのままアルを机に叩きつけようと振りかぶる。

 確かに煽ったが、流石に大怪我はゴメンだと左腕のアガートラムに魔力と演算した魔法を注ぎ込もうとする──前に事態が急変する。

 突然、エザールが何かを叫びながらその男の鳩尾に己の渾身の拳をぶち当てたのだ。

 

「貴様! 男爵の身でありながら女性に対する接し方も分からんのか!」

 

 床に落とされたアルをかばうようにエザールはうずくまる男の前で仁王立ちする。怒鳴りつける彼に酒場の熱は一気に上がっていくが、酒場の空気とは逆にアルのテンションは冷え切っていた。

 

(こいつ。また変なこと言ったな)

 

 そろそろ気づいても良いだろう。そう思いつつも、心配性の擬人化でもあったアルは自身の姿を今一度、客観的に分析する。

 背丈は年齢的に見ても小柄。見た目は男とも女ともとれない中性的な感じで、筋肉や脂肪関係なく喉仏が小さい。それゆえなのか、地声が少々高い声。髪も第2次調査飛行時にバッサリ切ったが、あれから何か月も経っているので、既に元の長さに戻っている。

 なお、服装もイサドラが推していたゆったりとしたどちらにもとれる服装で纏められていたりする。

 

「申し訳ない。こいつは私の優秀な右腕なのですが、女性の扱いについては本当になっておらず……。私の顔に免じて何卒!」

 

「は、はぁ」

 

 膝を折って真面目に謝罪するエザール。ただ、やはりというべきか女性扱いがまだ継続していることにアルの心境は複雑であった。

 しかし、そこで疑問が残った。ならば、なぜエザールは妻(仮)であるイサドラを奪い取られるという考えに至ったのか。もしかして、フレメヴィーラ王国がお堅くてクシェペルカ王国だと全然普通なのだろうか。

 そうなると、今一度イサドラを問い詰めねばならない。ただ、目の前にペラペラ答えてくれそうな男が居るので、アルはつい気になったことを聞くと彼は笑いながら答えてくれた。

 

「君とイサドラは仲が良いんだろう? 僕の気を引きたくて男役を引き受けたんじゃないのかい? ははっ、もしかしてって思う部分もあったけど今一度見てようやく納得したよ。あ、引き続き妻とは良い友達であってほしいな」

 

 一方的に捲し立てられるが、要するにエザールを嫉妬させる狙いで中性的なアルに間男役を演じてもらっていたと解釈したらしい。

 正直、彼の話を聞き終わったアルは『なに言ってんだこいつ』状態だったが、相手が自分のことを下に見てくれるならば都合が良い。むしろ、そのチャンスを『成人男性なんですけど! フレメヴィーラ……の騎士だったんですけど!』と豆粒ほどしかない小さいプライドを優先して潰すわけにはいかない。

 心の奥では舌を出しつつ、アルはエザールに元気よく頷いた。

 

「はい、もちろんですわ。それで、僕に何か御用でしょうか?」

 

「うん、用なんけどね。君はかのフレメヴィーラ王国の同姓同名の青年と同じく、シルエットナイトの知識や戦術にかなり詳しいようじゃないか。どうだい? 僕のところに来ないかい?」

 

「彼のことをご存じで?」

 

「いや、会ったことはないよ。活躍は劇で、風貌については社交界で知っただけだよ。風貌は色々言われてるから分からなかったけどね」

 

 どうやらエザールも偏在するアルフォンス・エチェバルリアの被害者らしい。初対面の際にフレメヴィーラ王国から来た線を早々につぶした理由が明白となり、点と点が線になるような感覚に若干エクスタシーを感じているアルに、エザールの横で『誰だお前』と言いたげなイサドラの視線が刺さる。

 

「どうかな?」

 

「えぇ、お断りします」

 

「うんうん……ことわ? 断るぅ!?」

 

 まさか断るとは思ってなかったのだろう。客観的に見れば辺境伯という大物からの直々なスカウトだ。地位も名誉もうなぎ上りで、そこで覚えが良くなり続ければ側室も狙える立場を蹴るのは馬鹿のすることだ。今日聞いた中で一番情けなさそうな声を上げ、明らかに狼狽するエザールは早口でアルにセールストークをし始める。

 

「なぜ? 君が研究する施設も、君専用のシルエットナイトも用意しよう。研究費も、人員も! ……そうだ! 君では手の届かないような貴族の男も紹介しよう!」

 

「甘いですね、僕はこの世界の半分ぐらいもらわないと首を縦に振りませんよ?」

 

 金、物、異性と様々な物で釣ろうとするエザール。だが、残念なことにアルは売約済みかつ、今後の売買予定は一切ない。そもそも性別の認識すら勘違いしている相手に勘違いした条件を出されたところで信用など出来るはずがない。

 通じようがないが、『世界?』とお約束に対して聞き直していたエザールは本格的にアルがなびかないことを悟るとため息を一つ。『仕方ないか』と、まるで最終手段を発動する前のように独り言ちると、アルの前で片手のみの手袋を見せつける。

 

「決闘しよう。種目はシルエットナイト同士の対決、僕が勝てば君の身柄は僕が預かる。別に素振りだけではないよ、僕はそれだけの覚悟だ」

 

 キザったらしいセリフで手袋をアルに押し付けるエザール。だが、彼の言い分は自分が勝った場合のみの事ばかりでアルに一切の旨味がない。

 自信の表れなのか、考える頭がないのか。どちらかは知らないがそのことを指摘する前に手袋を相手のポケットに返すというユーモアを見せつつ、そのことをエザールに言及する。

 すると、案外素直なのか彼は『それもそうだね』と咳ばらいをしながら納得してくれた。

 

「じゃあ、君が欲しいものはなんだい?」

 

「そうですね……」

 

 少しだけ考える素振りをし、アルはようやく何かを思いついたかのような演技でイサドラを指差した。

 

「イサドラ様が欲しいです。彼女の治める土地で暮らしたいです」

 

 はっきりとした要求がいつの間にか静かになっていた酒場を通り抜ける。『彼女の』と言った通り、アルの要求にはエザールの入る余地はどこにもないのは明白だ。それが分かった彼は笑いながらそれを了承した。

 

 勝負は5日後。幻晶騎士(シルエットナイト)はエザール側が事前に用意するらしく、それを用いてほしいとのことだ。

 エザールの元に2人とも行くか。それともエザールのみを排除するか。2つに1つの対立はこうして始まった。

 

 ──は、良いのだが。

 

***

 

「なぁにこれ」

 

 翌日届いた幻晶騎士(シルエットナイト)を前に呆然としていた。

 見た目は完品のレスヴァント。1世代前の機体なことに目を瞑れば申し分ない。

 しかし、長年幻晶騎士(シルエットナイト)に触ってきた感覚というのだろうか。何かがおかしいと感じたアルは奇麗に磨かれた装甲の1枚を剥がして中身を見てみると、引っ剥がした部分から露出している銀線神経(シルバーナーヴ)が断線していた。

 何本どころの騒ぎではなく約半分ほどが断線していることから、おそらくこれは戦場から持って帰ってきた機体を形だけ綺麗にした物なのだろう。やってくれるものだ。

 

「もしや……」

 

 アルの嫌な予感が続く。ふと、操縦席を見やったアルは急いでレスヴァントに乗り込む。そのまま魔力転換炉(エーテルリアクタ)を動かして魔力を機体全体に浸透させつつ、直接制御(フルコントロール)を用いて機体の状態を確認し出した。

 魔力の流れから両脚は最低限移動は出来る状態だが、両腕部は修理しなければ満足に動かないという状況にアルは表情を曇らせるが、一番の問題はそこではない。後回しにしていた魔導演算機(マギウスエンジン)内の魔法術式(スクリプト)を精査──、することもなくアルは『あの野郎』と人知れず罵声を漏らした。

 魔法術式(スクリプト)が軒並み消されているのだ。これでは駐機状態どころか、歩行させることもままならない。

 

「なーにが、"フェアに行くために新品にしたよ"だよ……」

 

 わざわざレーヴァンティア数機で巨大な台車を押してレスヴァントを運んできた時点で疑えばよかった。そもそも、飛空船(レビテートシップ)を持ち出している情報から工作を行った機体の準備が万端だと推測出来ていればよかった。こんなことなら、届けに来たエザールを後ろからドロップキックしてやれば良かった。

 そんな後悔が沸々と湧いてくるが、後の祭りなので諦めて一時的に借りた保管所に運び入れるために行動を開始する。

 

「まぁ、良いさ。兄さんや皆で戦えるようにしてあげますからね」

 

 擦りきれた操縦桿を握りしめながら、アルは魔力貯蓄量(マナ・プール)が全然回復していないことを気にしつつも直接制御(フルコントロール)によってゆっくりとレスヴァントを歩かせていく。魔導演算機(マギウスエンジン)からの補助はないが、やることは魔導演算機(マギウスエンジン)抜きのシルエットギアで予習済みなアルは一歩ずつしっかりと歩いていく。

 その一方で呆然と立ち尽くすであろうアルを見て楽しもうと思っていたのに、当のレスヴァントが歩いていく様子を遠巻きに見ていたエザール一行はというと、『魔法術式(スクリプト)を抜き忘れたのではないか』とかなりの動揺を見せていたとかいなかったとか。




以上
そこら辺に居る女の子だと思った?残念、両国承認済みな騎士(技術者)だよ!な回でした。

なお、以下は決闘が決まった後の両サイドの脳内

エザールサイド:外見だけ取り繕ったオンボロなんて5日で何とかなるかよ。この決闘、いただきだな。

エルネスティ/アルフォンス:好きに改造出来る素体ゴチっす!よっしゃ、徹夜で仕様書くべ!
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