142話
完品だと思ったら外見を体裁良く整えただけの粗悪品だったという消費者センターに駆け込みたくなるレスヴァントを受領したアル。事前に借りていた工房の整備台に機体を座らせると、工房の影から槌や巨大なレンチを持った
「皆さん、お疲れ様です」
「鍛冶師はレスヴァントを隅々まで調べろ。お前達は例の保管場所から少しづつ部品を運び込んで来い」
アルが機体を下りた瞬間、私服姿ではあるが近衛騎士団長が全員に指示を飛ばす。その指示を皮切りに
予め近衛騎士団も協力するとは聞いていたが、ここまで人員が割かれるとは思ってもみなかったアルは恐る恐る近衛騎士団長や
「本当にありがとうございます。ですが、近衛騎士団が関与するのは流石にまずいのでは?」
「え? 俺は休暇の日に友人の手伝いをしようとしただけですよ。なぁ?」
「そうですね。なぜかそこにうちの部下達や騎士団長が居ただけです」
『ほら、休暇中ですよ』と私服を摘み上げながら白々しい大義名分を語る近衛騎士団長と筆頭
「我々もあの辺境伯には思うところもありますので」
「あの人、お忍び視察とか平然としますからね。後、結構言い方きつい。騎士団長向いてないだとか、僕の知り合いに君よりも向いている人員は居るとか……。自分の手駒にすり替えたいだけじゃねぇか!」
たしかにお忍びで偉い人が視察に来てグチグチ言われるのはムカっ腹どころか胃に悪い。近衛騎士団長の嫌気がさしたような物言いにアルは何も言えなくなってしまったが、それでも深入りしすぎて『辺境伯家の失脚に手を貸した』という汚名が近衛騎士団にへばりつくのはどうしても避けたかったので、『決して深入りはしないように』とだけお節介を焼いた。
ただ──。
「うわ、マギウスエンジンの中身空っぽだ!」
「ほほう、ならばせっかくですしスクリプトを最適化させましょうか!」
「エルネスティ閣下、それは間に合うのですか?」
何故居るかという野暮なことは聞かない。ロボの改造の匂いに誘われた可能性は否めないが、恐らく藍鷹騎士団経由で聞いたのだろう。──そう思いたい。
「兄さん、アディはどうしたんですか?」
「護衛を兼ねてエレオノーラ様とイサドラ様でお泊り会するみたいです」
相変わらず察しが良い義姉にため息が出る。ひとまず、イサドラの件についてはアディに任せておけば良いと判断したアルは、現在進行形でレスヴァントに組み込む
「兄さん、とりあえずパーサーの方にスクリプト改良の概要伝えたらこっちに。ちょっとやってほしいことがあるんで」
「分かりました」
アルの会話が終わるや否や、エルは再びズビャリズビャリと遠目では黒すぎて何が書かれているか分からない紙を量産する作業に戻る。その横では必死に理解しようとして死んだ魚のような目をした
目の前にはレスヴァントから摘出した
「あ、アルフォンス殿。こいつ、どうします?」
「吸気口が半分潰れてちゃ、魔力も満足に回復しませんよ」
「え、これを使うんですか?」
「え? もちろん使いませんよ。ただ、せっかくもらったのですから実験して使いつぶそうかと思いまして」
決闘に使用する機体を用意する──つまり、貸与なのだがアルはすっかりもらった気でいるらしい。そんな彼が近くにあった
ただ、銀は鉄よりもはるかに軟らかい物質だ。例え
「銀なんて柔らかすぎる! 攻撃を食らったら即魔力切れが起きますよ!」
「最低限はスクリプトで補強します。ただ、大半は別のスクリプトになりますが」
そのリスクを
系統は風。その性質は大気を圧縮して一定の方向に飛ばすという操作を行うといった
「アルフォンス殿、これは?」
「大気を圧縮してエーテルリアクタの吸気口に突っ込むスクリプトです」
自信満々のアルが解説を開始する。
まず、前提として
ならば増やすためにどうするか。そう考えると
ただ、1つ目の案はイカルガやツェンドリンブルのように
2つ目の
あっちもこっちも不安や無理といった言葉が残る。悩んだ末、アルはこの新婚旅行が始まる前にエルと共にとある兵装を作っていたことを思い出す。
今回はそれを
「まぁ、ぶっつけは怖いので試験はしますよ」
ただ、この理論はあくまで机上の理論だ。試験をすることを宣言したアルに、全員は『当たり前だ』と叫ぶ。そんな話し合いの最中、ようやく
そして、アルがやろうとしていたことを聞くと開口一番で『じゃ、僕がやります』と自らをアピールした。件の
なお、その八つ当たりはエルにとってはお茶の子さいさいで、全くといって良いほど効いていなかったのは秘密である。
***
エルに
中心に開けられた空洞にびっしりと刻まれているエンブレムや、長大な見た目にアテラリーの姿が思い浮かんだアルが近衛騎士団長に向かって口を開いた。
「高火力のシルエットアームズですね? シルエットナイトからの魔力供給なしで動くくらいの大きさに仕立て直したとかですか?」
「ご明察の通りです。近衛騎士団で試験中の物で、クリスタルプレートを用いた魔力供給方法にしております」
アルの考察は当たっていた。
どうやらこれの大元の素体はウェスタングランドストーム後期に作られたアテラリーで、その目玉である背部の
威力こそレビテートシップを一撃で叩き落すことが出来なくなったが、
(バズーカみたいなものか。ほんと、よく思いつくなぁ)
「クリスタルプレートはあそこにはめて、1発撃つごとに交換というのが今の運用です。正直、手間がかかってしまいましてね」
説明を聞きながらアルはクシェペルカ王国の開発能力の高さを改めて思い知る。
拠点防衛用の機体に加え、
うかうかしていたらこちらがお荷物になる考えと共に、とてつもなく頼りになる存在が横に居る安心感にアルは武装の前で笑みを浮かべた。
「良いなぁ。捗るなぁ」
「あの、今日を含めて残り数日しかないのでどうかお手柔らかに」
「そうですね、期日は絶対です」
期日は今日を含めて5日。テストや修正は長く見積もっても1.5日は欲しいのが技術者心であろう。アルもそれを認識しているのか首を上下に振ってはいるが、彼がやろうとしていることが一般人の常識からかなりずれていることを知るのはレスヴァントの修理を行っている工房に彼らが帰ってきた時だった。
「ほほう、バズーカみたいなシルエットアームズですか」
「ふふふ、あんなのを見せられたらもう……ねぇ」
何やら不穏な顔話の後、エルとアルは即座にこの場を近衛騎士団長に任せると工房から出かけて行く。何事かと思ったが、作業的には問題ないのでレスヴァントの修理を続けて行くこと数十分。ようやく帰ってきた彼らは大きなトランクを引っ張っていた。
「ど、どうしたんですか!?」
「いや、お泊りの準備ですよ。徹夜で改造案を仕様書にしようかと」
「僕もそれの付き添いで」
平然と徹夜宣言をする2人。徹夜で仕事をするという人間ならば誰しも持っている『閾』を平気で踏み越えていくフットワークの軽さに、近衛騎士団長は寄せすぎて皴が出来た眉間を揉みしだく。
しかしながら、決して悪い話ではない。時間的に無理のある難題を解決するには生活のための時間を捧げる必要性がある。俗にいう『睡眠時間があるではないか。……書け』である。
ただ、それをフレメヴィーラ王国の騎士にやらせて良いのか。それが近衛騎士団長の良心をギリギリと締め付ける。
なにやら葛藤している近衛騎士団長の一方で、エルとアルはトランクを開けて中身を確認し出す。残業や休日出勤が割とありがちな炎上プロジェクトを抱え込んだ経験がある彼らにとって夜間作業は息を吸うようなものだ。
しかも、その対象が大好きなロボットの仕様書の作成。ロボットに魂を捧げた人間と覚悟というブーストをキメた顔面以外はロボット沼にズブズブな人間にとって『ご褒美』以外何物でもない。
「一応、辺境伯側の妨害も考えて歩哨は立たせますが……用心してくださいね?」
『はーい』
そんな2人の心の内も知らぬまま、本日の作業は終了する。やはりエルの介入もあったからか、
このまま決闘に殴り込みをかけても問題のない出来だが、詳しい話は明日することにしたアルは近衛騎士団長らを帰すとエルに向かって大きな紙を広げる。
「やりますか」
「やりますかぁ!」
すっかり静寂に包まれた工房内。その中ではランタンの光を頼りに2匹の悪魔が嗤っていた。
***
翌日。昨日居た近衛騎士団員達と入れ替わる形で新たな近衛騎士団員と
「いえいえ、我々も仕事で来ているので」
「あれ、今日は休暇では?」
「お? なんだ、聞いてなかったのか」
なんだか話が噛みあっていない。すると、横で聞いていた本日の筆頭
なんでも昨日の近衛騎士団員達は本当に休暇中だったのだが、全員にこれを強いるのは良くないので後続はすべて『休暇を建前とした異動』という計画だったらしい。どうやら十分白い勤務状況にアルはホッとする傍ら、『報連相!』と絶叫したがアルもアルで色々やらかしているので他人のことは言えなかった。
「で、今日はレスヴァントの改造からやっていくって話だが?」
「はい、まずはこの機体の外見を大きく変えます。……が、大半はレーヴァンティア・ガードナーの増加装甲を取り付けたり、筋肉の配置を真似るだけですね」
「なるほど、あくまで機体をレーヴァンティア・ガードナーの仕様にレスヴァントを合わせるといった具合ですね」
気を取り直したアルは、レスヴァントの改造計画の概要を説明し出す。説明するアルの目が若干血走っていることが気にかかるが、両者は文字通り夜中一杯かけて作られた仕様書をめくって内容を頭に叩き込む。
改造計画は以下のとおりである。
まずは増加装甲を取り付けた改造だ。最初こそオリジナルの増加装甲でパッチワークの復活を目論んでいたアルだが、増加装甲一つをとっても新規なので製作にかなりの時間がかかる。
いくらパッチワークにしたことで『あの機体が何でこんなところに!』といった辺境伯の動揺を誘うのが主目的でも、費用対効果が望めない以上は廃案にせざるを得なかった。
しかし、実利を取った──この場合は防御能力の向上などを意図した改造ならできる。既にレーヴァンティア・ガードナーという拠点防衛用の
「工期短縮の目的でこんな具合になりましたが……どのぐらいで行けそうですか?」
「それぐらいなら1日で済むな」
やはり、かなりの時間短縮になったようだ。それに気を良くしたアルは、続けて二つ目の改造案を話し出す。
二つ目は
先の増加装甲案で既にレスヴァントの脚部は積載量の限界が来ているのは計算で分かっている。なので、新たな脚部を作成するついでに現在の
「うーむ、俺達はそういった技術は持ってないからなぁ。ここに居るやつらで1日……いや、もう少しかかるか」
「やはり厳しいですか」
ただ、話を聞いていた筆頭
「おっと、そう悲嘆するもんじゃないよ」
「ん? ……随分奇妙な取り合わせですね」
「私はヘレナちゃんからお願いされただけなんだけどねー」
ひとまず、時間がもったいないので上半身だけ改造をしてもらうよう頼んだアルは、さてどうしたものかと頭を悩ませる。すると、突然工房の裏手の扉が開かれて近衛騎士団長、藍鷹騎士団の親父、そしてアディが入ってきた。
中々に奇妙な組み合わせなので意図を問うと、誰もが口をそろえて『エレオノーラ様の遣い』と言っていることにアルは首を傾げていると近衛騎士団長と親父は『妨害も考えて、数名に同じことを言うんだ』というアルがまだ知らない知識を紹介する。
「……で、エレオノーラ様はなんと?」
「えっとね……。近衛騎士団の工房を1日だけ貸してあげれるらしいよ」
どうやら兄の嫁はボイスレコーダーに相応しくないようだ。再生が覚束ないことに顔をひきつらせた近衛騎士団長は、親父に『補足あればお願いします』と断ってから自らが聞いたエレオノーラからの伝達事項を話し出す。
昨日の進捗を聞いたエレオノーラは、それ以上の支援が何かできないかをマルティナや他の親エレオノーラ派というべき貴族たちと協議する。
開発力は問題なく、支援物資も潤沢。ならばあとは人手のみという結果に落ち着いた彼女達は、中々に思い切った支援内容を思いつく。
すなわち、近衛騎士団の工房で作業をすることである。
近衛騎士団の工房はスパイ対策のためか、周囲に人家はなく目隠しの壁が建てられている。つまり、そこに運び込んでしまえば現在の工房のように人目を気にすることなく、大々的な改造作業が可能となるわけだ。
「なお、我々近衛騎士団には全力を持ってアルフォンス殿の支援を行うように仰せつかりました」
「うわーお……」
大盤振る舞いな支援に思わず立ち尽くすアル。つい、いつもの癖で断ろうと口を開く前に親父は『終始、目が嗤ってない笑顔だったぞ』という報告が付け加えられたことにより、口を開けたまま固まった。
キッドの失踪に加えて国内のいざこざ。既に彼女の修羅ゲージが天辺に届きつつあるのだ。普段温和な人間が怒り出すとヤバいという考えから、即座にアルは素直にその支援を受け取ることにした。
「一応、この工房に代用のレスヴァントを置いて何人か配置する予定です。なので、怪しまれることはないかと」
「んー、じゃあ後は本当にマギウスエアスラスタだけなのか」
「ん? なんだ、マギウスエアスラスタで悩んでたのか?」
改めてタスクやボトルネックになる事項をまとめていると、横から親父が声をかけてくる。それに気づいたアルがホバー機構を搭載した脚部云々の話をを親父にダメもとで話してみたところ、少し思案してから『ちょっと待ってろ』と工房を後にする。
その数十分後、ようやく帰ってきた親父の後ろに見るからに
「人聞き悪いこと言うんじゃねぇよ、おめぇの兄貴のシルエットナイトを整備する藍鷹騎士団の鍛冶師達だ!」
「え……あっ。本当だ」
見知った顔がちらほら居ることにアルはようやく気付く。親父曰く、『お前の兄貴の
「アルー、お待たせしました。中々良いデータが取れましたよ」
そんなことを話していると、工房の奥からエルが抱き着いたアディを引き摺りながら紙束を持って突撃してきた。その姿に一瞬、小型犬に振り回される飼い主の姿を幻視するが、至極平静を装いながらアルは渡された紙を確認する。
昨日と今日の日中は件の
エーテルが内包する外気を圧縮して一気に
それでも変更点をでっちあげるならば純粋なエーテルを吸気させるティラントーよりも炉の劣化具合が緩やかで、
「やっぱり、楽して何かを得るのは無理ですね。この炉を組み込みましょう」
「あ、このエーテルリアクタ。詳しく見てみましたが、結構劣化してますよ」
「まじっすか」
炉の劣化なぞ昨日今日でなるはずがない。と考えれば自ずと思いつくのがティラントーである。かの機体から取り出された高濃度エーテルに漬け込まれた炉を機体に組み込んだのだろう。つくづく妨害に余念がないとアルは呆れるが、肝心な問題が残っていた。
「どうしましょうかね」
「そういえば、アルの機体の奴は使わないんですか?」
たしかに、アルの手元には機体に組み込まれる
そうなると仮に被弾などして外部に
「あぁ、それぐらいでしたらうちのレーヴァンティアのを都合しましょう。あれらも元々はレスヴァントからの流用品ですから、ティラントーのように消耗はしてないでしょう」
「助かります」
なにから何までお世話になりっぱなしにアルはペコペコ頭を下げるが、対する近衛騎士団長も『いえいえ』と水呑み鳥のように頭を上下させる。
そんな社会人の風刺みたいな風景に作業用のシルエットギアを着込んだ
「アルフォンス殿、上半身のみですが改造を行いました」
「あ、お疲れ様です。確認します」
改造が一段落したという報告に話をしていた全員がレスヴァントの方を見やる。すると、少し前まではジャロウデク王国から案山子と揶揄されてきた弱弱しい出で立ちの機体が消えていた。
代わりに居るのは上半身の至る部分に頑強な増加装甲をくっつけ、いかにも膂力がありそうな太い腕を備えた騎士の姿。どうやら予め件の筒状
ただ、残念なことに脚部は未だ着手できていない。その為、上半身だけみれば屈強な騎士の姿も、全体的に見てしまうと『下半身が貧弱過ぎるだろ』と思わず言ってしまうほどアンバランスな出来となっている。
「良い出来です。では、積み込み準備を」
「了解しました」
そんな
整備台ごとクレーンで持ち上げられた元レスヴァントは、
その夜、それも日付が変わるか変わらないかの頃合い。デルヴァンクール内では
「お騒がせしております、所属不明のレビテートシップが発見されました! 外に居る方は家の中へ避難してください!」
拡声器から慌てた声を出しながら近衛騎士団長機を主軸にした数小隊はデルヴァンクールの外へ向かい、他の部隊は小隊ごとに区画を警邏する。見るからに慌ただしい対応に先のデルヴァンクール襲撃の印象が未だ癒えきっていないのか住民達は速やかに自宅に避難していく。
その隙にとある区画の工房に置いてあった