エルネスティとアルフォンスが生まれて1年がたった。
二人は既に歩行もマスターし、家の隅々をよたよたと歩いては家族をほっこりさせている。
この日もアルフォンスは書斎に潜り込んでは床の上に置きっぱなしになっている本を開いて中身を見ていた。
その本には様々な生き物の図解や文字が書かれていることから生物図鑑のようなものとアルフォンスは当たりをつけたが、日本語や検索サイト頼りの英語しか出来ないアルフォンスには本の文字が何語で書かれているのか見当もつかなかった。
(もっと外国の言葉とか勉強しておけばよかったなぁ)
前世の後悔をしながら本から目を離すとふとプラモデルの箱が視界の隅に映る。
目をこすって再び見るとそれはただの木の箱であることが分かり、アルフォンスは落胆する。
プラモデルやロボットを愛でれない日常は予想以上にアルフォンスの精神を蝕んでいた。
その日の夜、祖父のラウリが何かの箱を抱えて帰ってくる。
「二人とも、プレゼントじゃ」
ラウリが床に箱を置き、二人を呼び寄せる。
二人が中を見ると赤や黄色といった様々な色で着色された木片が綺麗に収められていた。
「積み木ですね」
「うむ、遊ぶものが少なかろうと思っての」
二人の父であるマティアスの言葉にラウリが頷く。
誤飲防止の為なのか二人の口よりも大きい木片にマティアスはラウリの心遣いに感服する。
「おじいさま、ありがとうございます」
「ありがとうございましゅ」
思わぬ贈り物をもらった二人はたどたどしいお礼を言い、ありがたく頂戴し、積み木箱を協力して子供部屋に運び込む。
積み木箱を運び込むと早速エルネスティとアルフォンスは、背中合わせになってそれぞれの制作作業に没頭する。
「────♪」
大まかな形を作って足りないものは溜まりに溜まった妄想力で補いながらロボ欲を満たすアルフォンスは、某狸型ロボの主題歌を口ずさむ。
それはろれつが回ってなく、音程もうまい物ではなかったが、後ろで座っていたエルネスティの耳に届いた。
積み木が組み上がるにつれて曲も進んでいき、少年が空が飛びたいという願いに道具の名前を言う場面になった。
「あい、────♪」
まさかの掛け合いに驚いて後ろを向くと兄のエルネスティが立っていた。
***
時は二人が積み木で遊び始めた頃に遡る。
エルネスティは、積み木で遊んでいるアルフォンスを確認しながら自分も積み木で人型を作り始める。
(ここが肩パーツでここがコクピットで……)
彼の目には既に積み木がロボットの各部位のパーツに見えていた。
アルフォンスとは一線を画したロボに対する妄想力をフルに使って青色の積み木をメインに使いながら何かを組み立てていく。
そんなエルネスティの耳にとある曲が聞こえてくる。
(え…?)
ここでは聴く事はない。あってはならない曲が聞こえる。
後ろを振り返ると歌を口ずさみながらハイテンションで手を動かす弟の姿があった。
(まさか、アルフォンスも?)
自分と同じ転生者なのかと疑問を抱く。
確かに生前のネット知識に比べたら歩く時期も早かったし書斎に入っていく姿も何度も見たが、自分のロボット欠乏症が割と重症だったので気にしていられなかった。
そう考えると居ても立ってもいられないと言った様子でエルネスティは積み木を手に立ち上がり、アルフォンスの背後に近づく。
そして、アルフォンスが少年が空が飛びたいという願いに道具の名前を言う段階で口を開く。
「あい、────♪」
***
そして時は今に至る。
アルフォンスは後ろに立っていたエルネスティを見ながら信じられないと呆然としている。
するとエルネスティが持っている積み木を床に下ろす。
下ろした積み木をカチャカチャと動かすとやがて2つの文字列が出来上がった。
『こんにちは』
『Hello』
いびつな文字を積み木で作り、首をかしげる。
アルフォンスは日本語で作られている積み木を自分のそばに寄せて座りながらではあるが、頭と視線を下げる。
お辞儀はアジア圏ではよく見られるが、アルフォンスが行った頭と一緒に視線を下げるお辞儀は彼が前世でひたすら行った社会人のそれであった。
それを見たエルネスティは信じられないものを見たような顔でさらに手を動かす。
心なしか少しペースを上げて文字を作る。
『日本人?』
アルフォンスは首を縦に振り、『そちらは?』という意志を込めて手の平をエルネスティに向けるとエルネスティも積み木を動かしながら首を縦に振った。
『なまえ』
(日本人と知っていきなり名前って急展開過ぎないかねぇ)
アルフォンスはその文字に少し戸惑いながら手を動かす。
『く ら ま つ ば さ』
その文字にエルネスティは泣きそうになる。
その姿を見たアルフォンスは、もしかしたらエルネスティは前世の恋人でも転生した姿かと考えたが、よく考えたら前世では恋人居ない暦=年齢だったことを思い出したので別の意味で泣きたくなった。
そんな中エルネスティは、先ほどの積み木の『ま』の部分を動かして『た』という文字をつくる。
そしてその文字を先ほどの名前にくっつけた。
『く ら た つ ば さ』
あの時、共に車に轢かれた先輩の名前がそこにあった。
しかし、同姓同名を考え、アルフォンスはさらに突っ込んだ質問を重ねる。
『さいごに のみに さそってくれた リーダー』
『なかいさん』
『さいごの しごと せきが まえ』
『たちはらさん』
『しょくぎょう』
『SE か ぷろぐらまー』
アルフォンスの質問にエルネスティはほぼノータイムで手を動かして答える。
[お、君もロボット好きなの? いいよね。この作品]
[鞍馬! 丁寧なのはいいけどもうちょいコードの量減らそうなー]
[仕事のことは忘れて僕の部屋でロボアニメ鑑賞会するぞ! ]
質問が答えられる度、先輩である倉田翼とあの大型電気店で出会った頃からの記憶が走馬灯のように蘇ってくる。
気付けばエルネスティとアルフォンスはがっしりと握手を交わしていた。
確認のための質問も再会を分かち合う会話も不要だった。否、出来なかった。
握手をしているアルフォンスとエルネスティの目から水滴が流れては顔の輪郭をつたい、顎に溜まってはぽたぽたと地面に落ちていく。
まさかの同郷、しかも生まれてくる時は違えど死ぬときは同じという某誓いのような最期を共に体験した人物ということで彼らの感情は跳ね上がる。
その感情の揺れは精神は立派な大人だが、生まれて間もない肉体の方ではどのように処理すればいいか混乱し、泣くことで発散しようとする。
やがて、涙だけだったのがすすり泣きに移行する。
***
ひとしきり泣いた後にエルネスティは握手を解いて積み木を動かす。
『いま の ふまんは?』
泣きはらした目元のまま微笑を浮かべる。恐らくエルネスティも分かってて聞いたのだろう。
アルフォンスはゆっくりと積み木を動かして仰々しく膝と手を着き、所謂『orz』の姿になりながら積み木を指差す。
『ロボがない』
二人は涙で塗れた顔で笑みを作った後、ため息を吐きながら積み木を片付ける。
「おぼとぉ」
「おぼっとぉ」
この世界の住人からすれば意味不明の声をつぶやくが、
同じ世界の先輩と後輩がいるという事実で今は満足するエチェバルリア兄弟であった。