銀鳳の副団長   作:マジックテープ財布

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浮遊大陸編 アル、骨休めの章
145話


 近衛騎士団の練兵場。いつもは町の方まで響かない程度に音を抑えた修練が義務付けられている場所なのだが、今日だけは違った。

 スリングを使用した金属球が盾と衝突する交通事故を何倍にもした轟音から始まり、魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)の耳につんざく音や大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)終盤のデルヴァンクール奪還戦を思わせる法撃音や爆発音。正直、何時苦情が寄せられるかハラハラしながらも近衛騎士団長はレーヴァンティアから騎士達にマルティナやイサドラへの伝令と練兵場の出入り口を固めるよう指示を出す。

 

 その指示に騎士達は行動に移していくが、そうしている間にも金属同士がぶつかり合う轟音と共に拡声器越しの会話が練兵場全てに行きわたる。

 

「第1幕はこんなところですね」

 

「なるほど、ご協力ありがとうございます。辺境伯閣下」

 

「いえ、私も彼もウエスタン・グランドストーム前に家督を奪われ追い出された身。なので、ここで潔く果てますよ」

 

「なるほど、ジャロウデク側のマルグリット家とツット家にそんな人間は居ないというわけですね。……ほんっと迷惑ですね」

 

「おっと。最期の相手がこんなに相手をしてくれる若者とは思ってもなかったゆえに、つい本当のことを ハッハッハ!」

 

 上機嫌で剣を振り回すトッツ子爵──改めツット辺境伯。しかし、その太刀筋は決して今の彼の機嫌のように飄々とはしていなかった。

 一瞬でも気を抜けば増加した堅牢な装甲ごとレスヴァントを叩き切られる鋭さ。現にレスヴァントの拳に早くも対応し出したソードマンの突きにより、人間でいう左胸に貫通はしていないまでも空洞が開けられている。心底、魔導兵器である幻晶騎士(シルエットナイト)に乗っておいてよかったと思う反面、アルは目の前の人間がエルとは別ベクトルの常軌を逸した相手ではないことを再確認する。

 

 恐らく長年、それもエルとアルが生まれる前から幻晶騎士(シルエットナイト)に乗り続けたのだろうその技術の冴えは、エルのような常軌を逸した機体性能や世界の概念を塗り替えた突然変異では決してない。いうなれば、リオタムスのような愚直な訓練のみで武の高みへと登った存在だ。

 そうなると下手な小細工は逆に悪手。弄した途端に小細工ごと踏み倒して致命的な一撃を受け入れることとなるだろう。

 

「さて、休憩は終わりましょうか」

 

「そうですね、ではもう少し語らいましょうか」

 

 涼やかな辺境伯の声にアルはやせ我慢で答える。肉体的にも精神的にも切羽詰まっているのが正直なところだが、この相手だけは倒しておかなければ近衛騎士団の何人が食われるか分かったものではない。

 下手すればこの人が大暴れしている隙に他の2人が脱出されてしまう恐れがあるので、アルはレスヴァントの拳の増加装甲を打ち鳴らしながらソードマンへと肉薄させる。

 

 大振りの隙をついたレスヴァントが剣の腹を叩いて剣閃を逸らすが、背面武装(バックウェポン)の法撃を間近で食らうことによってレスヴァントの追撃を阻害したり、ソードマンの剣をわざと増加装甲の厚い部分で受けることによって半ば食い込ませ、そのまま梃子の原理でへし折るといった何とも泥臭い戦いの中でも拡声器からの声は止まらない。

 

第1幕は自身がジャロウデク王国のツット領を治めていた元辺境伯。もう1人がその部下的な立ち位置であったマルグリット領の元子爵で、2人共──否、『彼らを含めたジャロウデク王国のツット家とマルグリット家と話に出てきていないシザール家、そしてクシェペルカ王国のエザール家とマグリット家とトッツ家は元々1つの大きな家だった』という衝撃的な事実が判明したところで終わった。

 なんでも、元々1つの家だった彼らは森伐遠征軍の折に当時の当主が死亡。その教訓から、当主の血を引く6人の息子達がそれぞれ家を合計6つの家を分けることによって完全に家の血が絶えることを防いだそうだ。

 そして、世界の父(ファダーアバーデン)が分裂してそれぞれ独立していく中で3家がジャロウデク王国、もう3家がクシェペルカ王国の所属となり、それぞれが頑張って今の領地と地位を得るに至ったわけである。

 

(家に歴史ありってレベルじゃないですね。まさか、建国前からの付き合いだったなんて)

 

 驚愕の事実に驚くアルだったが、金属同士を打ち鳴らす音に交じってツットの第2幕が聞こえてくる。第2幕『なぜ、クシェペルカ側が裏切ったのか』が彼によって語られていく。

 

 たまにだが国を越えた交流をする6家だが、そんな平和な暮らしがいつまでも続いたわけではなかった。

 今から数年前。ジャロウデク王国の『カルリトス・エンデン・ジャロウデク』から西方諸国を相手取った統一戦争──大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)の草案が知らされたのだ。

 ただ、当時は飛空船(レビテートシップ)は試作の『し』の段階。加えてティラントーも存在しないので、やることと言えば数に頼った戦い方しかなかった。

 そのため、『こういうプランなんだけど、お前も数を率いて来るよな?』的な有無を言わさない空気を出ながら各領地から兵を捻出していた王に、当時はまだ現役の辺境伯であったツットは首を縦に振らざるを得なかった。

 

 ただ、そうなってしまえばロカール諸国連合との国境付近に位置するツット領は必然的にそちらの方面──ロカール諸国連合をはじめ、ジャロウデク王国と同等の国土を誇るクシェペルカ王国と事を構えることとなる。しかし、いくら国からの命であっても元々は1つの家であり、つい最近も家を訪ねて親交を深めていた親戚同士である。

 そんな親戚に手をかける決断をツットは下すことが出来なかった。

 

 そんな思いから何とかする方法を模索してみるが、露骨に侵攻ルートを変更するのは無理筋であった。王族といういつでも彼らを処断できる立場の上司が居るうえ、仮に侵攻ルートを逸らすことが出来ても戦功欲しさにはみ出し者が辺境伯領を襲撃しないとも言い難いのだ。

 どうしたものかと悩みながらもクシェペルカ王国側の辺境伯の地位に就いたエザール家との情報共有代わりの文通をしていたが、突如としてツットの息子がとある──相手に裏切らせる提案をしてきた。

 

 しかし、その提案を聞いたツットは、バレた時があまりにもリスクが大きいと一時は却下する。すると、彼の息子は密かに各家の息子や賛同してくれる当主に根回しをして『民主制』という数の力で強行に出た。

 その結果、反対をしたツットとマルグリットは地位を息子に奪われてしまい、そのまま複数の家を巻き込んだ大掛かりな裏切り計画の要員として組み込まれてしまった。

 

「本来ならばこの段階で息子を斬り捨てたりと色々過激にやりようはあったが、やはり親が息子を害するというのは出来ませんでした」

 

「こっちにも慈悲をくださいよ!」

 

 しみじみと懺悔しながら語るツットに対し、レスヴァントの両手でソードマンの剣を真剣白刃取りしながらアルは泣き叫ぶ。

 

 閑話休題

 こうして思わぬところで足を掬われて辺境伯位から転げ落ちたツットは、息子の命でクシェペルカ王国のトッツ男爵とマグリット子爵の家にそれぞれ厄介になる。名目としては『隠居生活のついでにまだ幼い彼らの子供の教育係』というなんてことはない理由だったが、裏ではクシェペルカ側の親戚に計画されている大戦のことを伝えるついでに『裏切り』の提案を頭出しする密命を帯びていた。

 

 ただ、国を裏切るという行為は重罪である。それに国への忠誠心の高い親戚やその妻、息子が居た場合は密告の危険性もあるため、彼らは教育係という昼行燈を決め込みながらも念入りに親戚達がクシェペルカ王国に密告しないかを見定めた。

 数か月にも及ぶ調査の結果、トッツ男爵はエザール辺境伯の腰巾着といった様子で特にクシェペルカ王国への強い忠誠心はなく、彼の妻は息子の出産に耐えきれずに命を落として後妻も居ないことが分かった。

 マグリット子爵もまたクシェペルカ王国にはこれといった忠誠心はなく、意思が貧弱なので大部隊が攻めてくるとあっては裏切りを躊躇しないであろう。彼の妻はかなりの実家大好きな様子らしく、ここ数年は実家である東側でゆっくりとしていて別居みたいなものと運が味方をしたようなことが分かった。

 

 その後、この機を逃すわけにはいかないと彼らは速攻に走った。親戚同士の会合という盗聴の心配のない密室空間にて、西方全てを平らげるほどの大戦をジャロウデク王国が仕掛けることやその動員数の多さなどを中心に、そして『未確認情報』と言う名のブラフとして仕様検討段階の飛空船(レビテートシップ)に関する情報をクシェペルカ側の親戚に回した。

 あくまでも調査の結果なので、『もしかしたら忠誠心に目覚めるかもしれない』と今後の展開にはかなり胸をざわめかせたが、これも幸運なことにクシェペルカの王族に密告する人間は居なかった。特にエザール家はクシェペルカ王国側でいち早くその大群や秘匿兵器に当たるため、現当主や息子共々ジャロウデク王国の裏切りに対する対価の交渉といった『生き汚さ』が前面に押し出た慌てようであった。

 

 そこから先は何度も言ってある通り、クシェペルカ王国に忠誠を誓う3家の騎士達を『生贄』に裏切りを決行し当主達は信に置く者達のみで集まった後に後のことは息子と元辺境伯などの地位にいたツット等に任せてジャロウデク王国へと高跳びした。突然の当主交代については多少の騒動はあったが、戦時中ゆえに裏のことを一切邪推されなかったことが手伝ってか、占領下ではあるが中々に良い空気を吸っていた彼らなのだが……。そう、盤面がひっくり返ったのだ。

 銀鳳商騎士団の登場や新生クシェペルカ王国が興った報告は当然、エザール達の耳にも入っていた。ただ、ここは既にジャロウデク王国の拠点となっており、ここで再びクシェペルカ王国のために働くといったが最後……な状態だった。

 

「領から抜け出してきたってこっちに来たら良かったじゃないですか。だったら、今頃近衛とかに召し抱えられてたやも知れませんよ?」

 

「まさか、あの状態でひっくり返るとは我々も思いませんでしたので」

 

 『たられば』を指摘するアルにツットは当時のことを思い返しながら返答する。なお、現在も激しい攻防の真っ最中でレスヴァントの右手から繰り出した貫き手がソードマンの左側頭部をえぐり取ったところである。

 

「っ、視界が! 私も同じことを思ったよ。だがね、うちの辺境伯閣下はどうにも腰を落ち着け過ぎたらしいんだよ!」

 

 さらに殴打の構えを取るレスヴァントを蹴り飛ばし、距離を話したことで一旦落ち着いたツットは続きを話す。

 

 情報が人伝というアナログな世界名ゆえに戦力としてやってきた銀鳳商騎士団の実力は不確定で、なおかつヴィーヴィル製造の噂も地位の高さから噂話程度のことが分かっていたエザールは『どうせ、ちょっと反抗したら力尽きて潰れるだろ』とジャロウデク王国が占領した領土の多さやかの国からの手厚い支援に少々楽観的になっていた。

 

 ここまで聞かされれば相手の想定不足を疑われるだろうが、どこの誰が最新式の幻晶騎士(シルエットナイト)の設計や専用の飛空船(レビテートシップ)の設計をちょっぱやで仕上げる人間の出現を予想出来るだろうか。もちろん、多少の損害を被るだろうが時期に収まる方に期待するのも致し方ないことだ。

 しかし、居ちゃったんだから仕方のない。気づけば親征が執り行われ、ヴィーヴィルも銀鳳商騎士団の活躍で墜とされ、デルヴァンクールも取り戻された。

 もはや、『風向き……変ったわね』と言っていけしゃあしゃあと元鞘に収まる時期はとっくに過ぎ去ってしまったのだ。

 

 こうして、各地の反抗作戦への不参加、特にエレオノーラが旗印となった親征も『拠点代わりにしてるジャロウデク王国の人に噂されると恥ずかしいし(超意訳)』といった理由で欠席したことによって代変わりしたてのエザール達。当時は株の売り時を逃したトレーダーのように呆けていたとかなんとか。

 

 それでも前当主が手腕を振るっていた時代から決闘によって色々な物を得てきたエザールはこれぐらいではへこたれず、針の筵に立たされながらも(形ばかりの)復興や(内通の証拠を隠すのが本命の)資料整理といった雑務に邁進していたが、どうやらその間にジャロウデク王国ではカルリトスが大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)の責任を取って隠居。未だ成人していない『エリアス・イニゴ・ジャロウデク』を担ぎ上げたことで著しく国力が下がった状態に付け入った諸外国がジャロウデク王国を切り取りに来たらしい。

 端的に言って詰みの状態なので、助けて欲しいといった具合の手紙が舞い込んできたのだとか。

 

「しかし、そこまで失敗したら夜逃げして平民に戻ればよかったのでは?」

 

「貴族というものは面子に拘りますからね。貴方も覚えておくとよいでしょう」

 

「金言っ! ありがたくっ!」

 

 ここ一区切りなのか、代金替わりの戦闘が激しさを一層増す。1本の剣から繰り出される鋭い太刀筋の他に蹴りや殴打といった格闘、そして背面武装(バックウェポン)といった体勢崩しも併用してくることからアルは次第に押され始めていく。

 

「潔く果てますとか言って! 往生際悪くないですかね!」

 

「私もシルエットナイトで色々やってきましたからな! ここまで付き合ってくれる強い騎士が相手をしてくれているのですから、最期は心行くまで戦いたいものなのですよ!」

 

 どうやらジャロウデク王国はフレメヴィーラ王国と同じバーサーカーの比率が多いらしい。お国柄から見れば仕方がないが、この時だけアルは『さっさと諦めて欲しい』とかなり不謹慎かつ失礼なことを考えていた。

 

 拳と剣、格闘と格闘。それぞれの攻撃の応酬によって既に両者の機体はボロボロの状態となっている。

 厚い装甲部分で法撃を受け、そのよろけに対して斬撃による追加攻撃を仕掛けてくるソードマンにカウンター気味に拳を叩きこむ。テンポや仕掛けるパターンなど異なる点が多々あるが、似たような攻撃を繰り返しながらもなお、両者は一歩も引かない。

 片方は好きな者のために、片方は今まで押さえつけていた己を武という形で発散するために。理由は違えどそれぞれの胸に抱く『何か』のためにどちらも率先して攻撃を止める素振りは見せなかった。

 

「いやぁ、本当に命を賭けたやり取りというものは心が躍る。もう少しで終わりなのが心惜しい!」

 

「割と今更ですが、投降しないおつもりで?」

 

「本当に今更ですな。これでも武人の端くれなのでね、あんな拙い謀で処刑されるなんてまっぴらなんですよ。もはや、貴族でもありませんし」

 

 打撃によって至る所が陥没しているソードマンからツットの本当に楽し気な言葉が聞こえてくる。

 その言葉の節々から本当に裏切りを助長させる作戦やイサドラとの婚約作戦は嫌だったのだろうということが伺えるが、ここで手加減をしてしまえば死ぬのはアル自身だ。

 己の息を整えるため、アルは最後の問いかけを辺境伯に向かって行った。

 

「結局、なぜイサドラ様を狙ったので?」

 

「エレオノーラ陛下は今、こちらに来ているフレメヴィーラのお付きの方にご執心でしたからな。ならば、別の近しい方を……といった具合です。しかし、まさか決闘するとは思わなかったですよ。おかげでこっちはかなり大変でした」

 

 どうやら某忍者のタマゴ養成施設の学園長並にエザールが突然思いついた苦し紛れの作戦らしい。本当ならば、あのまま力推しをすればいずれは根負けした隙を突いて『既成事実』でも作ってしまえば良いという作戦だったが、そこに騎兵隊がラッパを鳴らして『ひひーん』してきたわけである。

 その噂を聞きつけたエザールはならばと大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)前からずっとブイブイ言わせていた決闘の準備を始めるが、ここで問題が一つ。『全員が乗れる機体がない』ことに気づいたのだ。

 レスヴァントは型落ちゆえに既にすべて廃棄処分となったし、レーヴァンティアはトッツ以外は残務処理にかまけて訓練もまともに受けていなかった。

 

 そこで辺境伯のオリジナルチャートが火を噴いたわけである。そのチャートの詳細は──そう、『ティラントーに乗ること』であった。

 実はこの辺境伯達一行。ジャロウデク占領時代に『そっちに行くんだから』と密かにティラントーの慣熟訓練をしていたのである。その経験からティラントーに乗ることに決めたエザールだが、ここでも大胆なチャート変更を敢行する。

 撤退ということで放置されたソードマンをティラントーに偽装し、仮に危なくなった時の保険としたのだ。

 

 なお、彼らは全員このソードマンに乗っていた騎士とは面識は無ければ部隊員でもない。ただ、回収の頼みを受けて保管スペースを貸しただけだ。つまり、ジャロウデク王国軍から放棄されたということで今の所有権はエザールにあるといえる。

 ただ、ここで起こったミスというのが偽装工作に予想以上の工数がかかったことである。

 当たり前だ、いくらティラントーと似たような意匠であろうともちゃんと設計や計算をしないと外装というものは簡単に取れてしまう。そんなリアルタイムアタックでいう『ガバ行為』によって、本来行う予定であった塗装作業は出来ず仕舞いという結果となってしまった。

 

 ここまで話すと『ガバはともかく、オリチャー挟み込むとか馬鹿なんじゃねぇの?』と思われるかもしれないが、ボロボロの機体を5日間で渡されることがかなりの足枷なのだ。

 言うなれば古いパソコン数百台を数日でレストアして開発ができるような環境に仕立て、それを用いて製品のテストを行うと言っているようなものだ。専用の知識や技術を持った人間、そして人手がないと到底不可能な話だ。

 今回はそんなことが行えて、武装も考える余裕があった規格外が2匹ほど突っ込んできたというもらい事故のようなものだ。諦めてもらうほかない。

 

 総評すると、大西域戦争(ウエスタン・グランドストーム)前から培われてきた妨害マニュアルによって妨害工作は完璧だったが、かの大戦やエルネスティ兄弟が広めた最新鋭機のおかげでずさんな決闘準備しか出来なかったというとてつもなく残念な評価となってしまう。──が、決闘準備にいくら時間をかけようともエザール達の周りの状況や持ちうる手札から鑑みれば完璧で究極な準備をすることなんぞ、どだい無理な話であった。

 

 ***

 

 さて、国は異なる親戚同士の壮大な話から作戦というには少々お粗末な顛末までが長々と語られた会話をしつつも、幻晶騎士(シルエットナイト)同士の戦闘が未だ続いていた。

 しかし、ツットとの一騎打ちが行われてからかなりの時間が経っていたこともあってか報告を聞いたマルティナがイサドラと、なぜかエレオノーラを伴って練兵場へとやってきた。

 

「ふむ、もう時間もないらしいですね。いやはや、計画を推敲している時は案外力推しで行けそうだと邪推しておりましたが、既に思い人がいらっしゃったとは。しかも、ここまで足の速い方とは思いませんでした」

 

「知ってます? フレメヴィーラの女性は執念深いらしいですよ?」

 

「そうでしたな。彼女は……まさしくフレメヴィーラの血だ」

 

 イサドラとマルティナの姿を幻像投影機(ホロモニター)に納めてわずかに笑ったツットが、ソードマンの握った剣を上段に構えさせる。間違いない、彼の人生で最高の──そして最期の攻撃を放つつもりだ。

 そんな虫の知らせにも似た感覚にアルは魔導大気推進器(マギウスエアスラスタ)を停止させ、徒手空拳の構えを取る。ここで避けたり投擲物をぶつけて打ち倒すのは可能だが、それではなんとなく可哀想な気がしたのだ。

 『裏切り工作』に嫌悪し、家から追い出され、やりたくもない仕事をして失敗。再起を図る謀も今、潰えた。

 

 無論、今までのことを聞いたアルもツットのことを同情していた。例え、話されたことが全て嘘だとしても、そんなバックストーリーを考えれるのは一種の才能だとも思うほどだ。

 だが、ここで絶たねばならない。どこぞの雲が一つ漂った青空が似合う侍のように、敵の馬廻り衆を『あんたが惜しい』と放っておくほどアルはクシェペルカ王国で偉くない。(フレメヴィーラ王国ではアルよりもリオタムス辺りが喜々として囲いそうだが……)

 

 『終わり良ければ総て良し』というには少々血生臭すぎるが、せめて最期ぐらいは手向けを行っても良いのではないかというのがアルの未だ残っている日本人としての気持ちだった。

 そんな避けるわけでもなく、遠距離から攻める気もないレスヴァントにツットは短く『本当に良い騎士だ』と呟くと、しばし動かなくなる。別に高血圧によって志半ばに果てたわけではない。彼が行っているのは前世のいうルーティンであった。

 

 ルーティン。日常的に行われる決まった手順や習慣のことで、スポーツ選手などが集中する際に行っている姿をメディアが取り上げたりしている。ツットも同じような目的でルーティンを行っていたが、最期を自覚しているだけあって凄まじい気迫であった。

 ツットの脳裏には生まれた時からこの瞬間までの映像が流れていく。それらはまさしく彼の人生そのもので、ツットはそれらを思い返すごとに剣に重みが宿っていくような気がした。

 

「行くぞ」

 

「いつでも」

 

 やがて集中し終わったのか、ツットはアルに声をかける。その声にアルも操縦桿や鐙の調子を確認し終えると、彼に返事をする。文字通り、正々堂々というわけだ。

 

「ズエリャァァ!!」

 

 ツットが動く。一足飛びにレスヴァントに肉薄したソードマンは、ぶつかりそうな勢いのままレスヴァントの頭部に剣を振り下ろす。このままアルが何の反応も示さなければ、アルごとレスヴァントが一刀両断されそうなほど鋭く、重そうな一撃。

 だが、その一閃に対してレスヴァントは肉薄した状態のソードマンの懐に一歩分、余計に踏み込んだ。

 

「なっ!」

 

「まずは体勢を崩す」

 

 何かを思い出すかのようにアルがブツブツ呟きながら、剣を振り下ろしているソードマンの腕と腕の間にレスヴァントの右腕を差し込んで頭部に鋭い張り手を食らわせた。手で押し出されたことによってソードマンの視界が上を向いてしまい、ツットの全てを賭けた一撃は空を切る結果となってしまう。

 

 この時点で負けを確信したツットは、黙って操縦席に自身の身体を固定していたベルトを外す。剣や魔導兵装(シルエットアームズ)主体の幻晶騎士(シルエットナイト)戦闘では珍しいが、長年ジャロウデク王国にいた経験から格闘戦を行う酔狂な騎操士(ナイトランナー)はかなり少ないが存在していたし、彼らが相手の体勢を崩した相手に対して行うことを幾度もその目で見てきたからだ。

 

「元陛下直伝、フレメヴィーラ式格闘術」

 

 そうアルが宣言すると、レスヴァントの両手が動く。右手でソードマンの胴体、左手で股間部を掴むと、筒状魔導兵装(シルエットアームズ)を十全に使いこなせるように強化したレスヴァントの膂力を存分に使ってソードマンを一旦持ち上げ、下に勢いよく叩きつけた。

 よくパワー系キャラが敵に向かって行うような攻撃によってソードマンの外装は見るも無残な形と変貌。その後、ソードマンは一切動かなかった。

 

「さて……」

 

 物言わぬ鉄くずとなったソードマンに一礼したアルだが、瞬く間に冷徹な表情を浮かべる。幻像投影機(ホロモニター)の先にはエザールのティラントーが映っており、拡声器から過呼吸気味な悲鳴を垂れ流しながら機体の腕を必死に動かしては牛歩のごとく前に進んでいる。

 あの様子では遠くへ行けない。そう考えたアルは、その芋虫のような物体から最初に倒した──ツットの話を信じればマルグリットと呼ばれていた元子爵の乗っていたティラントーを見やる。脚部を潰して戦闘行動が行えないためにてっきり脱出や這いずって移動しているかと思いきや、倒れた場所から移動していない。

 

「騎士団長、小隊であのティラントーの騎士を確認してきてください。くれぐれも慎重に」

 

「承知しました」

 

 数機のレーヴァンティアを伴って動かないティラントーの傍に近づいた近衛騎士団長。その間も這いずって練兵場の出口へ向かうティラントーを冷徹な目で見やるアルだったが、向かわせたティラントーの方から聞こえてきた叫びにレスヴァントの頭部を向ける。

 

「どうしました?」

 

「ナイトランナーは死亡していました。パターンの短剣を喉に刺していたので、恐らく自害かと」

 

「はーっ……。ほんっとーに覚悟完了してる人達だったんですね」

 

 虜囚になるでもなく、ましてや法的措置で罪人になるでもなくひたすら戦いに殉じる姿勢。それは彼らが幻晶騎士(シルエットナイト)を操る者、騎士であることの証明だった。

 もし、自分が同じ立場ならこんなに潔い最期を迎えることが出来るだろうか。醜い自問自答しながらも、最期まで騎士としての在り方を全うした彼らに対し、アルは尊敬の念しか抱くことしかできなかった。

 

 今一度物言わぬティラントーとソードマンに黙祷をした後に、アルは思わずため息をつく。だが、未だ決闘は終わっていない。レスヴァントをゆっくりと進ませると、未だ這っているティラントーの肩を激しく踏みつけた。

 

「ひぃあ"ぁ"ぁ! やめろ、来るなぁ!」

 

 右肩。左肩。激しい衝突音と共に両手を喪失したティラントーからは、数刻前まで上から目線の発言をアルに浴びせていたとは思えないほど情けない悲鳴が聞こえてくる。そこからティラントーはさらに背面武装(バックウェポン)を後ろ向きに起動。やたらめったら法撃が射出されるが、仰向けに倒れているので照準は全然定まっていない。

 ただ、狼狽え弾でも法撃は法撃。生身で練兵場に居る近衛騎士やイサドラ達、そして飛空船(レビテートシップ)で観戦しているエル達には脅威である。素早く背面武装(バックウェポン)の固定装置を2本握ったレスヴァントは、アルの『よっこいしょ』という気の抜けた返事と共にティラントーの背面武装(バックウェポン)を根元から引きちぎった。

 

「さて、動けませんね」

 

「あ、アルフォンス君。いや、閣下? わ、私はただ騙されていただけなんだ。そう、そうなんだ! ずっとあれらの監視があってね!」

 

 元々緩慢な動きであった脚部も根元から破壊したところでエザールは次々と頓珍漢な言動を捲し立てる。やれ『騙されていた』、やれ『裏切ったわけではない』。最終的には単身でジャロウデク王国を偵察していたとまでいう荒唐無稽な物言いだったが、アルの返答は至極あっさりしたものだった。

 

「あー、そういうの良いんで」

 

「……は?」

 

「国同士がどうかとか、戦略とか裏切りとかどーでもいいんですよ、僕は」

 

 そう言ったアルは『ただね』と言いながらティラントーをうつ伏せから仰向けに転がし、胸部装甲にレスヴァントの足を添える。このまま機体の重心をずらせば装甲は瞬く間に陥没し、圧力で変形した己の機体の装甲に潰されてエザールは息絶えるであろう。

 

「や、やめろ。あ……あぁっあっ私はっ! こんな所で!」

 

「でも、イサドラを……僕を必要と踏み込んできてくれた人を奪うって言うんだったら。あの人は奪おうとしても手に入らないものだと分からせるまでですよ!」

 

 重心を変えたのか、ミシリという音が練兵場を支配する。それでもアルが欲していた答えを一向に言わない辺境伯。そんな彼があれだけの武や覚悟を有していたツットや自決するほど覚悟を決めていたマルグリットを供周りにしていた事実に多少腹が立ったアルは、かなりドスの利いた声で自分の欲する答えを彼に求めた。

 

「止めてほしければ言え! 僕の……俺の女から手を引けぇ!」

 

「あ……あぁっ! こちらの負けだ! だからっ! だがら"ぁっ!」

 

 その瞬間、レスヴァントはティラントーの胸部から足を離して停止する。それを合図に近衛騎士団長のレーヴァンティアから決闘終了の合図が空に向かって放たれた。




決闘編終了となります。

色々ツッコミがあるかと思いますが、作者の頭でこういうハカリゴト全開のことはやるべきではないなと思いました まる
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